君の恋人
日曜日の14時15分、いつもの駅のホーム。連絡はない。
「こんにちは」って、挨拶してくれる声を待つ。ローファーに大きめの黒いリュックサック。左手で敬礼のポーズをとる君。
たとえば、僕が、君の好きな推理小説作家の違いについて語れたら。君の髪型がときどき変わっているのに気づいたら。天気みたいに忙しい君の機嫌について、僕の悪い癖が出なければ。
「いつもそうだよね」
「君だってそうだろ」
この繰り返しが続いたとしても。
僕は、いつだって、君は自由だと思う。だから僕も、君の知らない僕で、君の知らない時間を、ひとりでどこへでも行ける僕に満足していた。振り向いたら、君もときどき振り向いてくれて、またそれぞれ知らない時間を歩く。
僕は君の話をあんまり聞かないけど、君の自由に僕の自由を思っていたから、空を飛ぶみたいな気持ちで、君は君の好きなときに、僕に寄り添ってくれればいいと。ふり返って君がいなくなったとき、僕の鳥は飛んで行ってしまったと思った。でも、君は僕の描く鳥なんかじゃなく、一歩一歩、君の道を歩く君で、空を泳ぐ自由じゃない。君の地平を見渡せる目が君にはあったんだ。
君の好きな推理小説家を言えなくても、君の髪型の違いがわからなくても、それを気にしない僕のままでも、君は僕の愛し方を知っていた。
一途さの足りなかった僕に、教えてくれないか。
僕の恋人が、どこにいるかを。
日曜日の14時15分、連絡はなくとも、あの敬礼のポーズを見せてくれるかを。
君の恋人が、いつもの駅のホームで、僕の恋人を待っているって、どうか伝えさせてほしい。
今度こそ君の恋人になりたいって、今度こそ僕の恋人を愛するって、君の自由を知る君に伝えたい。