ショートショート021 最後の……
私の仲間が全員死んだ。
仲間といっても、仲のいいとか、身近なとか、そういう意味ではない。そんなレベルではない。
父が死んだ。母も死んだ。
祖父母も両方死んだ。
兄弟も死んだし、子供もみんな死んだ。
幼いころからずっと一緒だった仲間も死んだし、その親も兄弟も残らず死んだ。
たまに見かける程度の知り合いも死んだ。
会ったこともない者もたくさんいるが、それもことごとく死んだようだ。
つまり、局所的な、ごく限られた地域でのはやり病とか、そういうものではない。
私たちが生きているこの世界全体、そういう規模で、仲間が死に絶えたのだ。
仲間というのは、そういう意味だ。
そして私が最後だ。
私たちが必死に生きてきたこの世界で、最後に死ぬ。
そういう存在に、私はなったのだ。
何かがおかしい。
そう思ったときには、もう手遅れだった。みんなバタバタ倒れていった。
原因は、はっきりとは分からなかった。分からなかったが、おおよその見当はすぐについた。
奴らだ。
奴らがいったい、どんな方法で私たちをここまで追い込んだのか。
もちろんその方法は気になったが、気にしたところでどうしようもなかった。
あとには、遺体すら残らなかったのだから。
遺体はみな、とけるように消えた。まるで、この世界の中にとけていったかのようだった。
まわりの仲間がどんどん死んでいって、私は怖くなった。
だから私は、私の家族が全員死んだあと、旅に出た。
住み慣れた土地を離れた。
ひょっとすると、少しくらい、生き残っている誰かがいるんじゃないだろうか。
そんなかすかな希望を抱いて、私は旅を始めた。
外の世界は厳しかった。故郷とくらべてすごく寒いし、やたらと風も強い。
それでも私は旅を続けた。
ときおり、故郷と同じような環境のところを見つけた。そのたびに、生きている仲間がいないか、調べて回った。
だが、どこへ行っても、どれだけ行っても、仲間は一人も見つからなかった。
哀しいことに、この世界に残っているのはもう私だけなのだということは、確かな事実のようだった。
いったい、どうして、こんなことになったのだろう。
私たちは、ただ、あるべきように生きてきただけなのに。
私が生まれ育った土地にご先祖さまたちがやってきたのは、ずっと昔のことらしい。
いつのころの話か、はっきりとは分からない。祖父母もよく知らないようだったから、かなり昔のことなのだろう。
言い伝えによると、ご先祖さまは、相当苦労したらしい。
そのころは今とは違って、あのあたりの土地はまずしかった。
敵も多かった。何度も何度も襲われて、おおぜいが殺された。
それでもご先祖さまは、せいいっぱい生きた。
敵と戦い、居場所を守った。まずしい土地を切り開き、生活の基盤をつくった。いっぱい頑張って、たくさん食べて、どんどんと子供を生んだ。
大きな災害もたまにあったらしいが、何とかふんばって生き延びた。
そうして、やがて私が生まれた。あの頃は平和だったなあ。仲間もおおぜいいた。
そして私もまた、あのときまでずっと、あの場所で生きてきた。私だけではない。みんなそうだ。
この世に生まれ、食事をしっかり摂ってすくすくと育ち、子供を生み、次の世代にバトンを渡して死ぬ。
あるべきように行動し、あるべきように生きてきた。
これからもそうして生きて、最後もあるべきように死んでいくはずだった。
なのに、それなのに。
なぜ、こうなったのだろう。
どうして、こんなことになったのだろう。
なあ、さっきから私の話を聞いてくれている、どこかの誰かよ。
もしも知っていたら、教えてほしい。
どうして、こんなことになったんだ?
私たちは、私たちなりに、ごく普通の暮らしをしていただけなんだ。
何も悪いことなんかしちゃいない。私たちは、私たちが生きるための、最低限のことをしていたに過ぎないんだ。
それなのに、その私たちがなぜ、家族を奪われ、友を奪われ、あまつさえ私たち全ての命を奪われなければならないのか。
おかしいではないか。理不尽ではないか。
そりゃあ私たちだって、まったく悪さをしなかったわけではない。しかし、それを悪さと言ってはいけないだろう。
私たちは、他の生き物を傷つけた。苦しませた。
でもそれは、ありとあらゆる生き物がやっていることだろう。
自分以外の生き物を苦しませたり、殺したりして、食べて栄養にする。自分が生きていくための血肉に換える。
それは、生き物の宿命のはずだ。
それともあなたは、まったく他の生き物を苦しませることなく、これまで生きてきたとでも言うのだろうか。
なあ、どこかの誰かよ。
私たちは、この世に存在するあらゆる生き物と同じように、多くの命を殺めてきた。
でもそれは、必要なことでもあるはずだ。
もしも、生きるために他者を殺して食べるという、そういうシステムが存在しなかったら、いったいこの世界はどうなるか、あなたは考えたことがあるだろうか。
きっとこの世は、生き物であふれかえってしまう。
ぎゅうぎゅう詰めだ。
だから、他者を殺して食べるということは、必要なことなんだ。
そうでなければ、本来食べられるべきだった他者は、無制限に増え続けるだろう。
そうならないために、誰かが、たとえば私たちが、他者をきちんと殺す役割を担っているんだろうと、私はそう思うんだよ。
なあ、どこかの誰かよ。
きっと私の話を聞いてくれているであろう、どこかの誰かよ。
この世で最後に死んでいく私の、死に際の最後のお願いを、どうか聞いてはもらえないだろうか。
どうして私たちは、世界のことわりではなく、人間の都合で全滅させられなければならなかったのだ?
私たちだって、人口調整という形で、それなりに人間の生存に役立ってきたはずだ。
もしもあなたがその理由を知っているのならば、天然痘の最後の一個体たる私が死ぬ前に、ぜひ教えてくれないだろうか?