7
「ねぇ、どいてよぉ。」
公園のブランコにムーを抱いて座るミツルに、男の子が文句を言っている。
「あぁ?そっちのが空いてるだろうが。」
ミツルが、アパートの方を見たまま、隣のブランコを顎で示す。しかし、男の子は譲らない。
「こっちのに乗りたいんだよぉ。ねぇ、どいてよぉ。」
「ったく、うっせえなあ。」
ミツルは、しぶしぶ立ち上がった。その時、アパートからミカが出てくるのが見えた。
「おい!」
と、声をかけてからハッとした。ミカが立ち止まり、涙を拭いてから、こちらを見たのだ。ミツルは、黙ってミカを見つめた。ミカは、頭を下げた。そして、勢い良く頭を上げると、涙顔で微笑み、足早に去って行った。ミツルの胸が、ズキンと痛んだ。俺があんな飲み会を開かなければ…。ため息をつき、ミツルは、アパートを見上げた。ユウタは…どうしているだろうか…。ミツルは、慌てて部屋へと向かった。
部屋に帰ると、ユウタはソファーに腰かけていた。ぼんやりと空を見つめている。
「…よぉ…。」
ミツルは、ムーを床におろした。ムーは、ソファーに駆け寄り、ユウタの横にぴったりとくっついた。ユウタは、ミツルに視線だけ送り、無気力に笑った。こんなユウタの笑顔は初めて見る。
「どうした?」
ミツルは、ユウタの隣に腰かけた。
「大丈夫か?」
目を閉じるユウタ。体中の力が抜けてしまったかのようだ。
「ミカちゃん…お前の事…諦めたんだろ?」
ユウタは、僅かに頷いた。ミツルは、静かに息を吐く。
「そうか…。」
ユウタは、目を閉じたままだ。
「まぁ、よかったじゃねぇか。」
努めて明るくミツルは言った。
「うん…。」
消え入りそうな返事をしたユウタの閉じた目から、涙が流れた。初めて見るユウタの涙に、ミツルは息を飲む。
「…ユウタ…?」
「僕は…酷い事したんだ…あんな…素敵な子に…。」
ユウタは、ゆっくりと目を開けた。
「傷つけちゃった…勇気を…出してくれたのに…。」
ユウタは、流れる涙を拭いもしなかった。ユウタの姿に、ミツルは、自分がした事の大きさに気づく。
「…ごめん…。」
ミツルは、ユウタの肩にそっと手を回した。ユウタは、小刻みに震えている。ユウタは、ミツルに寄りかかり、か細い声で言った。
「ミカちゃん…すぐ元気になるよね…。」
ミツルは、ユウタの肩をギュッと抱いた。
「おう。大丈夫だ。あの子…あれでなかなか芯が強いぞ。」
ユウタが、フッと笑った。
「…うん…そうだね…。」
「ごめんな…俺、余計な事しちまって…。」
もっとよく考えて行動するべきだったのに…。いくら後悔しても、もう遅い。
「…本田くんのせいじゃ、ないよ…。」
ユウタは、力無い笑顔を作ってみせた。この笑顔に、なおさら胸が苦しくなる。
「俺は…またお前を傷つけちまった…。」
苦々しく言葉を吐き出すミツルに、ユウタが微笑んだ。
「僕は、傷ついてないよ。」
「でも…俺は…。」
「僕は、大丈夫。」
「ユウタ…。」
「もう、なんで本田くんがそんな顔するの?当事者は、僕なんだけど。」
ユウタは、笑った。それは、心からの笑みだった。ミツルの胸の痛みが、スッと和らぐ。
「ありがとう。いつも僕のために。」
優しい声で、ユウタが言う。ミツルは、ただ頷いた。ユウタの声が、少し明るくなる。
「でも、女の子はもう…。」
ユウタは、隣でおとなしく座っていたムーをひざに乗せた。そして、
「もう、ムーだけで十分だよ。」
と、笑顔で、言った。
〈3〉
自分が、こんなにセンチメンタルだとは思わなかった。ミツルは、ユウタに尋ねた。
「卒業アルバム、あるか?」
ユウタと暮らすようになり、平穏な毎日を送れるようになった今、あの頃の二人を見てみたくなったのだ。だが、ユウタは、あっさりと答えた。
「無いよ。捨てちゃった。」
「捨てたぁ?」
「うん。だって、持ってるのも嫌だったんだもん。」
いつもの調子で、特に悪気も無くユウタは言ったのだが、ミツルにはグサリと突き刺さった。
「あ…そうか…。」
「本田くん、無いの?」
そう聞いてから、ユウタは小さくアッと言った。
「もしかして…実家にあるの?」
「おぅ…俺の部屋にあるよ…。」
あーあ、と、ソファーにもたれるミツル。
「つーか、俺の部屋、まだあんのかな?」
「行ってみない?」
ユウタの提案に、ミツルは体を起こした。
「はぁ?」
「実家に、取りに行こうよ。」
「やだよ。」
「行こうよ。」
「いいって。」
「僕も、アルバム見たい!」
「でもなぁ…。」
「行こうよ!ね?行こう!」
こんなに押してくるユウタは、珍しい。ミツルは、渋々腰を上げた。
もう夏も終わりだ。ミツルには、あっという間に夏が過ぎていったように感じる。夏だけじゃない。毎月、毎週、毎日が、駆け足で終わっていくようだ。もっとゆっくりと時間よ流れろ、と、ミツルは願う。駅のホームで、電車を待つ。アスファルトの熱を連れた風に吹かれ、ミツルは顔をしかめた。ふと、ユウタを見ると、涼し気に微笑みを浮かべ、空を見ている。ミツルもつられて、空を見上げた。少し高くなったような気がする空は、突き抜ける青さで、ミツルの心のモヤモヤを吹き飛ばした。いつの間にか、ユウタの隣でミツルも笑顔になる。電車がやってきた。二人は、黙って乗り込む。…二人で見上げたこのなんでもない空も、後になってきっと思い出す…。ミツルは、電車の中からまた空を覗き見た。電車は滑るように発進し、後に蒸し暑い風が残された。
二人は、落ち着いた雰囲気の住宅街がある駅で、下車した。遠くでセミの鳴く声が聞こえる。吹く風は、少し心地良い。大きな家の建ち並ぶ中をしばらく歩き、一際立派な豪邸の前でミツルは立ち止まった。
「ここ?」
ユウタは、恐る恐る尋ねた。ミツルは、頷いた。
「うっそぉ…すごいね。」
ユウタは、ため息を漏らして豪邸を見上げた。ミツルが、大学を中退してから一度も帰った事の無かった家だ。
「自分ちなのになぁ…キンチョーするぜ…。」
ミツルは、ゴクッと唾を呑み込む。
「僕も、緊張してきた…。」
二人は、重厚な造りの門を見上げた。
「よし!押すぞ!」
ミツルは、意を決して呼び鈴を押した。
「はい?」
インターホンから、落ち着いた女性の声がした。ミツルの母親だろうか。
「俺…ミツルだけど。」
一瞬の間があった。そして、
「坊ちゃまでございますか?しょ、少々お待ちください。」
お手伝いさんだったようだ。そりゃ、この家ならお手伝いさんもいて当然だ。かなり慌てていたが、無理もない。少し待っていると、門は自動で開いた。玄関までは、高級料亭かと思うような、よく手入れされた植え込みの間の打ち水された石畳を歩いた。玄関の戸を開けて、品のいい年配の女性が二人を待っていた。
「お久しぶりでございます。」
女性が、深々と頭を下げる。ミツルは、親し気に声をかけた。
「米倉さん、元気そうだね。」
「おかげさまで、まだお世話になっております。」
米倉は、顔を上げ、ミツルの顔をまじまじと見つめた。
「坊ちゃまも、お元気そうで…。」
その瞳は、潤んでいる。
「ちょっと、俺の荷物取りに来たんだけど…俺の部屋、まだあるかな?」
「もちろんでございます。毎日、お掃除させて頂いておりますよ。」
「悪いね…俺、いないのに。」
「とんでもございません。綺麗にしておいた甲斐がありました。」
米倉は、胸を張って嬉しそうに言った。ミツルが、家の中を探るように見渡しながら、
「で…いる?あの人達。」
と、顎を撫でた。
「はい。旦那様も奥様もおいででございますよ。さ、どうぞ。」
ミツルが、三和土に足を踏み入れる。その後ろから現れたユウタに、米倉は初めて目を向けた。
「あ、こんにちは。僕、本田くんの友人で、鈴木ユウタといいます。」
丁寧に挨拶をするユウタ。米倉は、顔を輝かせた。
「まあ、ようこそいらっしゃいました。そうですか。坊ちゃまのご友人でいらっしゃいますか。」
「はい。本田くんには、お世話になってます。」
「何言ってんだよ、世話になってんのは、こっちだろ。」
「そんな事ないよ、僕は…。」
「はいはい、わかったから。上がろうぜ。」
米倉は、本当に嬉しそうに二人を見ている。だだっ広い玄関ホールに上がると、ミツルは、ホールの奥にある扉を見つめた。少し考えていたが、グッと口を結ぶと、その戸を開けた。中は、落ち着いた広い洋間で、ロマンスグレーで貫禄のある男性が、ソファーで本を読んでいる。ミツルの父親だ。
「えっと…ただいま…。」
振り絞るような声を、ミツルがかけた。父親は、本から視線を上げないまま、
「何しに来た。」
と、静かに言った。とたんに、ミツルはムッとして、
「荷物取りに寄っただけだ。すぐ帰るよ。」
と、荒々しく言い放ち、乱暴に扉を閉めた。
「行くぞ。」
と、米倉を押し退けそうな勢いで、ホールの横にある大きな階段に向かう。
「ユウタ!来い!」
ドンドンと音をたて登っていくミツルの後を、ユウタは慌てて追った。二階のミツルの部屋も、もれなく広かった。部屋一面に張られたガラス窓から、明るい光が差し込んでいる。洗練された造りの勉強机に本棚、ソファーセット。とてつもなく大きなテレビ。二間続きのようになっていて、奥が寝室らしい。
「ホテルだね…これ…。」
ユウタは、口を開けたまま見渡した。ミツルも、感慨深そうに部屋を眺めていたが、ふいに本棚に近づいた。大きな本棚には、昔のファッション雑誌や音楽雑誌が、ぎっしり並んでいた。
「とっといてくれたんだ…。」
ミツルは、並んだ雑誌の背を愛しそうに撫でた。それから、机に向かい、引き出しを開けた。
「あった。」
ミツルは、卒業アルバムを掲げた。二人は、ソファーに座り、アルバムを目の前にした。その時、ノックの音がした。
「おう。」
ミツルが答えると、米倉が入ってきた。テーブルに紅茶のセットと菓子を乗せる。カップに紅茶を注ぎ、
「どうぞ。」
と、ユウタに差し出す。
「ありがとうございます。」
ユウタは、頭を下げて受け取った。ものすごくいい香りの紅茶だ。喉が乾いていたユウタは、早速口をつけた。
「ん!おいしい!」
今まで飲んだことの無い、フルーティーで爽やかで、芳醇な香りの紅茶だ。
「すっごいおいしいよ!本田くん!」
瞳を輝かせて、ミツルに報告する。ミツルは、楽しそうに、
「そうか。」
と、笑った。米倉も、クスクスと笑って、
「素敵なご友人でいらっしゃいますね、坊ちゃま。」
ミツルに、カップを渡した。
「ああ。コイツすげえいい奴でさ。俺、コイツの家に居候してんだ。」
「まあ。」
米倉が、目を丸くした。
「居候って、どういう事です?」
「女に追ん出されてさ。それで、行くとこ無くてコイツん家転がり込んだんだ。」
「一体、何をなさってるんですか!」
それまで、ニコニコと笑っていた米倉の顔が引き締まった。思わず、ミツルの背筋が伸びる。つられてユウタも座り直す。
「女に追い出されたって…。情けない!」
「いや…その…追い出されたって言うか…あの…俺の方から出ていったっていうか…。」
「それで、鈴木様にご迷惑をおかけして!」
「いえ…僕は、迷惑だなんて…。」
「いいえ!」
米倉は、ユウタの言葉をピシャリと遮った。二人は、一斉に正座をした。
「坊ちゃま!もう社会人なんですよ!もっと、責任ある行動をとってください!」
「は、はい…。」
ミツルは、しゅんとして頷いた。ユウタは、
「米倉さん…すごいですね…。」
と、目を丸くした。
「そうなんだよ。たまに、超怖いんだよ。」
頭を掻き、照れくさそうにミツルが言った。
「それは、坊ちゃまがいけない事をなさるからです。」
米倉が、胸を張って言う。
「わかってるよ。感謝してるんだぜ、俺。」
「坊ちゃま…。」
厳しい顔をしていた米倉が、途端に優しい顔に戻る。ミツルは、そんな米倉に笑顔を向けた。
「米倉さんだけだもんな。俺の事、気にかけてくれたの。」
「坊ちゃま…そんな事…。」
米倉が、困ったように口ごもる。
「ホントの事だろ。」
ミツルが、ぶっきらぼうに言って、フルーツケーキを頬張った。さっきの威勢の良さはどこへいったのか、米倉はしょんぼりと背を丸め、盆を持って立ち上がった。
「どうぞごゆっくりなさってください。」
ユウタに軽く頭を下げると、静かに部屋を出ていった。ユウタが、ため息をついた。
「もう…米倉さん、困ってたよ?」
「ホントの事だからな、あいつらが親らしい事なんかしちゃいねぇって。米倉さんもわかってるから、何も言えねぇんだろ。」
フルーツケーキを口に押し込むと、ミツルは紅茶をすすりながらアルバムを開いた。また、ユウタが見た事のない怒りを噴出するミツルが、現れた。ユウタには、その怒りの理由はわかっていた。けれど、口にはしなかった。代わりにフルーツケーキをひと口食べて、
「おいしい。このフルーツケーキ、この紅茶にすごく合うよ。」
と、ミツルに言った。ミツルは、アルバムから視線を上げた。ユウタの顔を見て、ブッと吹き出す。
「すげー嬉しそうだな。そんなにうまいか?」
「うん。食べた事ないよ、こんなにおいしいの。」
「そりゃ、よかったな。」
ミツルの機嫌があっという間によくなった。それから、二人でアルバムを眺めた。卒業生の集合写真は、どセンターを陣取り女の子に囲まれているミツルに対し、ずっと後ろで人に埋もれているユウタという、気まずい空気になったが、個人写真では、ユウタもいつもの笑みで写っていて、ミツルをホッとさせた。
用事を済ませた二人が階段を降りると、米倉がやってきた。
「坊ちゃま、こちらをお持ちください。」
ミツルに、ショップバッグを渡す。
「何?これ?」
「奥様からです。」
ミツルの眉が上がった。そして、何か言おうとした時、洋間からミツルの母親が出てきた。若作りをしているにしても、父親よりかなり若い。ブランド物のシックなスーツを上品に着こなしている。ミツルの事を、他人を見るような顔で見ている。ミツルは、母親を一瞥して、プイと上り框へ向かった。その背中に、母親が声をかけた。
「あなた、ちゃんとした友達もつくれるのね。」
「あ?」
上り框に立ったミツルが、ゆっくりと振り向く。少し顎を突き出し、冷めた目で母親が言う。
「それなのに、ろくでもない友達としか付き合わなくて。」
鬱陶しそうに、ミツルは三和土の方を向くと、靴を履き出した。ユウタも、急いで靴に足を突っ込む。
「私への当てつけみたいに、悪い事ばっかりしてたわよね。ホント、腹が立つったら。」
母親は、腕を組んでミツルの背中に言葉を飛ばす。
「ああ?」
再びミツルが、母親を振り向いた。体の中が、フツフツと沸騰し始めているのが、ユウタにはわかった。母親は、ミツルを挑発するように、鼻で笑って言った。
「後妻の私が、気に入らなかったんでしょ。高校生にもなって、やる事がガキだったわよねぇ。」
まずい。完全に煮立った。ユウタがそう思うと同時に、ミツルが鬼の形相で、土足のままホールに足をかける。
「あッ、あの!僕、ガンなんです!」
ユウタの声が、ホールに響き渡った。ミツルの鬼の形相がサッと消え、驚いた顔でユウタを振り返る。母親も面食らったようで、ユウタを見つめている。
「僕は…家族がいないので、一人で最期を迎えるつもりで…一人で暮らしていたんです。でも…本田くんが、僕と暮らすって言ってくれて。僕の事、色々心配して世話してくれて。僕、本田くんにすごく感謝してるんです!」
ユウタは、力強く話した。ユウタを見るミツルの瞳が、心なしか潤んでいる。
「あら…そうなの…。」
母親は、組んでいた腕をほどいてミツルを見た。ミツルと目が合ったが、ミツルはすぐに逸らすと、
「行くぞ、ユウタ。」
と、玄関の戸に手をかけた。同時に、洋間の扉が開いた。現れた父親が、低い声で言った。
「困ったことがあったら、連絡しなさい。」
ミツルは、振り向きもせず、一気に戸を開け、出て行こうとした。
「本田くん!」
とっさに、ユウタがミツルのシャツを引っ張った。ミツルは、そのまま仁王立ちになった。父親が、声をかける。
「お前の友達のために、言ってるんだ。」
ミツルの体が、微かに揺れた。気持ちを静めるように息を吐き出すと、外を向いたまま、
「…わかった。」
とだけ言い、玄関を飛び出した。
「お、お邪魔しました!」
ユウタは、深々と頭を下げ、慌ててミツルの後を追った。
ミツルは、竜巻のように石畳を通り抜け、門を出ると、大股でツカツカと生まれた家を後にする。
「待ってよ!」
ユウタが、ミツルを追いかける。ユウタの声に、反射的にミツルが足を止め、振り向いた。
「歩くの、速いよ。待ってよ。」
早足のユウタが、やっとミツルに追いついた。
「あ…悪かったな。」
我に返った、というような顔のミツル。
「大丈夫か?」
「うん。」
ユウタは、息を整えて歩きだした。その隣に、ミツルが並ぶ。ミツルは、口をひん曲げて笑った。
「ひでぇ家族だろ?」
「そんな事ないよ。」
「気ィ使うなよ。昔っからああなんだよ。あいつら、自分の事しか考えてねぇんだよ。」
「あいつら、って…。お父さん、僕の事、友達って言ってくれたよ?」
「…まぁ…そうだな…。」
「お母さん、何くれたの?」
「あ…持ってきちまった…。」
ミツルは、ぶら下げているショップバッグを見て、舌打ちをした。
「置いてくりゃよかったな、こんなもん。」
「また、そんな事言ってー。」
ユウタは、バッグを奪い取った。歩きながら、中を覗く。
「あ、おいしそう。」
ユウタが、バッグの中身を取り出す。高級そうな店の豪華なサンドイッチだった。
「あ…。」
ミツルの足が止まる。
「何?」
ユウタが尋ねると、ミツルは、こめかみを掻きながら、ボソッと言った。
「俺の、お気に入りだった店のサンドイッチ…。」
ユウタの顔が、一気に明るくなる。
「ほらぁ、お母さんだって、本田くんの事…。」
「ちげぇよ、米倉さんが、気ィきかしてくれたんだよ。あいつが、こんな事するかよ。」
ユウタは、仕方ないなぁ、といった様子で笑って言った。
「やっぱり、みんな嬉しかったんだよ。本田くんが帰ってきて。」
「んな訳ねぇよ。」
「そうだよ。」
「違うって。」
「…これからは、たまに帰ったほうがいいよ。」
「やだね。」
「帰りなよ。」
「やだ。」
「ね?」
「……。」
どこかの家から、煮物の匂いが漂ってくる。さっきよりも、風が涼しくなっていた。ミツルが、クンクンと鼻を動かして言った。
「夕めし、どうする?」
「サンドイッチは?」
「ふざけんな。こんなの腹の足しにもならねぇよ。」
「じゃあ、僕が貰っちゃお。」
「どうぞ、どうぞ。」
「んもー、意地っぱり!」
「俺は、何食おうかなーっと。」
「絶対、サンドイッチ食べなきゃダメだからね!」
「牛丼、食いてぇなぁー。」
「サンドイッチも!」
ゆったりとした歩調で、夕食の相談をしながら、二人は駅へと入っていった。




