翌・七月某日(昼下がりの頃)その4
(※このまえがきは編集により削除されました。この不要領域は磁霊砂ビットレートの調整の為に使われます)
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ビ、
「・・・…はっ。」 ク ン。
意識が戻り、体がビクッ、と動く。いや、どちらが先だったか?・・・よくわからない。
どれくらい時間が経ったのだろうか。私は元の、「自分の居場所」に戻ってきていた。
「・・・あれ?俺はいったい何を… ああ、何だ、夢・・・ (ザラッ)じゃ、ないのかよ。」
「夢」から覚めて自分の「現実」に落胆している坂崎さんに鏡の顔の男のフォローが入る。
「お帰り、坂崎さん。あんたは・・・その、ちょっと気絶してたんだ」
「ああ、そうだったんですか?何か目の前が眩しくなった気がして…眩暈がしたのかな?」
「多分、心労のせいかもしれんな。まあその、なんだ。悪かったな・・・ちょっと休んでるといい、何、今日はもう大丈夫だ」
「・・・???ああ、はい。わかりました加々美さん」
「・・・…~~~♪……♪」
少し意識がぽわーっとしている私の方に、トマーゾさんの歌が近付いてくる。…民謡かな?
「♪フンフンフ~ン…おかえりなさい、響宇さん。いやー、意外と早く終わるものですねー。
短めの曲を歌い終えるか終えないか位でお二人さん、ビクッと動いてをしてましたよ」
「ああ、トマーゾさん…どうも」
トマーゾさんの出迎えに生返事を返す。私は再び、光の中で味わった「それ」を思い出す。
それは赤くて、
舌の上でとろけて。
何だか優しい味だった。
(「パンの・・・お粥?」)
私が「彼」の記憶を追体験した先で見たもの。彼が心で求める、料理の正体。それは。
オリーブオイルでにんにくを炒め、トマトやバジル、オレガノ(ハーブ。シソに煮た香りでバジルと同様トマトによく合う)とパン(ここで使われているのはフランスパン、とりわけバターの効いたバタール?だったと感じた)をチキンブイヨンで煮込み、塩と胡椒で味付けした料理。そういう料理の味の記憶のひとすくいが、記憶をすくったスプーンから舌や鼻空、食堂や半ば空っぽになりかけていた胃の蠕動の感覚を通じて私の中に深く深くしみこむように流れ込んできた。
うん、この味は― 。とても優しい味だなあ。にんにくを使っているのにあんまり刺激が強い幹事じゃなくて。食欲が無いときでも、食欲があるときならなおさらするりと入っていく、幾らでも食べられそうな、そんな味、そんな料理だ。
しかしその後。うーん・・・?でも・・・と、私はなにやら違和感を感じた。
ここで、先程自分が感じたイメージと、もともとの記憶にあったパン粥の味。(私は以前、パン粥を食べた経験があったのだ)そのイメージが混ざり合っていたこと。
その齟齬に気付いた。
記憶の混雑、混成。人の記憶というものはかなり曖昧なものである。そして人は自分に都合がいいような結果を無意識のうちに選んでしまう、人間はヒューリスティック(理想の回答)を常に求めているのだ。結果記憶は嘘をつく、嘘を作り出すことがある。この彼の料理を「感じた」とき、まさにそういうことが起こったのである。
中途半端に情報があると人はそれに頼りすぎてしまい、かえって混乱してしまうものなのだ。
今の味は・・・トマト、あってる。にんにく、きいてる。バジル、大好き、オレガノ、そう。うん、調味料も特別なもの、隠し味を使ってるわけでもないし・・・・・・粉チーズ?これはさっきのには無かったなあ。でもこれは除外していいとして・・・・・・ん、チキンブイヨン、
チキンブイヨン・・・これだ。これが何かに置き換わっている!
そうだ、それ以前の大前提を忘れていた・・・このパン粥には、パン以外の何かごろっとした具材が入っていた!
この味は・・・豚肉?しかし何か違う・・・鶏肉とは違うのは確かだが、でも鳥っぽい味もして、しかし純粋な豚肉ではない・・・このあじ、このしよっかん。。。
そうだ、加工されている。これは恐らくミートローフである、そう、ミートローフだ。しかし厄介なことになるかもしれないなあ。
加工品なら、そのメーカーとまるっきり同じようなものを探さないと・・・
数々の「料理」の経験を積んだ響宇が記憶の追体験先でその経験を元に、その人より研がれた味覚で看破した情報をまとめていると。
「どうです?響宇さん、何か分かりましたか?」
トマーゾ・ターヴォラ。彼が私に語りかけてきた。
丁度いい、彼に色々聞いてみることにしよう。
地中海出身でこそないが、彼はイタリアの出身だ。しかも、私と初めて出会ったとき、私の手の包丁傷や火傷の痕、あかぎれと手入れした爪を見て一目で料理好きだと見破った中々「出来る」シェフであるのだ。そこはまあ、関係ないが。トマトを使った料理には詳しいはずである。早速彼に助力を求めよう。予備知識は幾らでもあったほうがいい、うろ覚えでは歯が立たない。先ずは、基本的な調理の工程をマスターしなくては!
…その際にもしかしたら「さっきの味」を忘れてしまうかもしれないが。その時は鏡の顔の男に頼んでさっきの「記録」を見せてもらえばいい。あれは幾らかの間残るのだ。
・・・忘れちゃわないよう、後であいつに念を押しとかなくてはな。
そういう訳で、鏡の顔の男が坂崎さんを介抱(?)している間、私はかくかくしかじかをトマーゾさんに話し、第一線で戦っていたプロシェフの助言を得ることにした。
…それにしてもトマーゾさんと会ってまだ一年も経ってない気がするが、結構頼っちゃってるなあ。まあ本人は「暇だからいい」って笑って言ってくれるだろうけどね。
「ポモドーロのパーネ・リーゾ・オッティモということですか?あ、リーゾ・オッティモはリゾットのこと。…ま、知ってますね?お粥ーが最高。メニューにはなかったですが食べたことはありますし、まかないでも作ったことはありますから。口ーでよければお伝えしますよ」
私がトマーゾさんから聞いたパン粥のレシピというものは。私が知っているものとあまり、というか。ほとんど変わりはなかった。実際にトマーゾさんが作ったものを食べられないのは
残念であるが…レシピは同じでも、やはりトマーゾさんの作るものは美味しいんだろうなあ。
パン粥の作り方というものは。
そこまで難しいものでもない(実際に作ったことは無いが食べたことはあるし、レシピ本に載っていた手順ではそこまで複雑な工程があるというわけではない)し、日本人にはなじみこそ無いがそこまで珍しいものでもない。また、今思い出したのだが。なじみこそ無いとはいったが、乳離れの時期子どもが食べる離乳食。その中には子供向けのレシピではあるが、パンと牛乳を煮た子供向けのパン粥というものもあり、記憶に残ってこそ居ないかもしれないが、これまで多くの人が食べたことがある料理ではないだろうか。
だからといって「簡単」だけで事が終わるということはない。
私が解決した「難しい題目」。主人を追って、しかし雨で匂いが消されてしまったために主人を追うことが出来ず迷い込んできた犬のご飯や、親とはぐれた子どもが求めた、今や絶版になりかけていたアイスなんかに比べたらそこまで難しいことではないと思うかもしれないが―
もしかしたら、部分的にはそれらより難しい要素を含んでいるのかもしれない。
洋食というそこまで得意ではないジャンル。まあこれはいくらかの経験を積んだ今ならそこまでたいしたことではないかもしれないが、しかし初挑戦の料理であるということ。記憶なら曖昧なものは寧ろ無いほうがいいのだが、料理の経験は少しでもないよりはあったほうがいいというものなのだ。
そして、あの「ミートローフ」。
地元名産の、その土地特有の土の味を持つブランド食材でないと求められるその味を再現できない、そのために調達を行うという状況よりは簡単かもしれないが、だがしかし。私はそこまで加工品には詳しくないし、加工品の種類によっては並大抵じゃない数の製品が存在する事も予測できる。そして、その製品が絶版になっている可能性、入手困難なものである可能性。
・・・ああ、考えれば考えるほど状況は困難になっていく・・・
いや、考えすぎかもしれないな。杞憂は無駄になるばかり。今までの経験で私はそういうことも学んできたのだ、考えてみるより、動いてみること。
よし、先ずは・・・
「ありがとうトマーゾさん、参考になりました。うん、色々試してみるね!」
私は軽く一礼をすると、坂崎さんと、鏡の顔の男のいる方に向かっていった。
使っていた食材や料理を食べた場所のことについて、何か思い出せることは無いか坂崎さんにそれとなく(不安)聞いてみようというのだ!
「え、パンのお粥…かい?食べたことあるかって?」
鏡の顔の男は相変わらずの無表情でこちらを見ている。…うん、多分今は無表情だ。
私がトマト味のパン粥について尋ねると、一瞬驚いたような顔をして、その後唸る坂崎さん。
私が知ることが出来るのは、せいぜいその料理を作るための「大まかな」工程と(たとえばこの食材は香ばしい感じがするからいためたものを使ったのか、と大体の想像をつける。隠し味なんかも自分の判断で見極める)使われた食材くらいのものだ。知ることが出来るのは「味」、そしてそこに付加され、そこから導き出される条件。それが私に分かることである。
…とはいうものの、それだけではさすがに無理がある。
今挙げたのは、昔の、本当の始めの頃の私が知ることが出来た、それしか知ることが出来なかった情報である。
私は長い時間の中で、―時間的にはそこまででもないかもしれないが、体感時間的には結構長い努力の中で、更に幽霊の思い出の料理を再現するための力を手に入れた。
私は料理の記憶の味だけでなく、食材の切り方や料理の舌触り、温度まで確かめることが出来るように、再現できるようになったのだ。そこには「皆様」の助力もあるが・・・
もともと現実の世界でなら、私はそういうことを出来ていた。
才能とか、そういう特別なことではない。子どもの頃からおばあちゃんと一緒に料理を作って、中学校の頃は料理部のインターハイや全国大会のための練習の日々、そして高校のときのお婆ちゃんが亡くなるまでの板前見習い(と言ってもほとんど雑用だったが…しかし私はそこで「見て盗む」技術も極めたのだ)を経て、お店の料理を食べただけで大体の食材や調理法までわかるようになっていたのだ。―もちろん、色々と、取りどりに努力はしたよ。
つまり、幽霊の記憶の体感と私の体感を一致させれば造作もないことだったのだ!
…軽ーく言ってるけど、本当はとっても大変だったわけで、うん。
「確か…あったよ。でも何で?俺ってば一時期パン粥にはまっててさあ、家で作ってもらって食べてたこともあったんだよ。懐かしいなあ・・・確か、ええっと。あいつと、結婚する前。
同棲してたとき、一緒にバイクで行ったどっかの牧場のレストランで食べてさあ、それ以来あの味が・・・」 牧場!成る程、あの丸木組みのテーブルは、私が「追体験」で見た狭い景色は牧場のレストランのものだったのか!
「その中に、ミートローフ。豚のお肉の加工品とかは入ってませんでしたか?」
「おお、凄いね!驚いたなあ、何で分かるの?確かに入ってたよ!牧場とか、その地方特産の奴なのかな?たーだお土産屋で見たときは結構高いなーっておもったね、一緒のが入ってたかどうかはわかんないけど、俺はそれ、売ってた方は食べてないわけだし」
と、坂崎さんが嬉々爛々としてそれだけではない色々なことも話し、
「・・・でも、もうそれは食べられないんだよなあ、・・・・・・はあ。」
そして私は坂崎さんの嬉しそうな「思い出し笑顔」が、別なこと、耐えがたき現実を、理解しがたき不条理を実感したことを思い出して「思い出し悲しみ」に変わるのをその瞳に映す。
そして網膜に焼き付いたそれを、更に脳裏に焼き付けて。
そそくさと、よそよそしく。手早く料理の後片づけをする。
…重箱と箸、フォークだけなら片付けは容易だ。私は、私が食べた訳ではないのに不思議と中身の片付いた重箱の中に、静かにでもなく、荒々しくでもなく。適当適度に食器を放り込む。
食器は一時かちゃり、と音を立てたが。その後は平静を保つように静かだった。
「それじゃあ今日はこれで帰りますね。・・・何だか色々とすみませんでした」
浅葱色の風呂敷に包まれた空の重箱が機械的なお辞儀と一緒に揺れて、短く金属音を放つ。
「え。なんだい、もう帰っちゃうのかい?・・・・・・まあ、そうか。そうだよな。(幽霊の俺のためになんか…)うん、加々美さんもトマーゾさんもいるからいいか。引き止めちゃ悪いよね。」
すれ違うというか、遠ざかっていく、元々遠かった他人の様な二人の遠距離感をよそにして。
(・・・・・・カガミ?さん、って誰のことを言ってるんでしょうか?)
トマーゾが普段聞かない加々美という名(※鏡の顔の男の偽名)に疑問の色を浮かべていた。
(カガミ、トハイッタイナニモノナンダ。) 人工着色料無添加の総天然色である。
「それじゃあまたね。」 そっけない、気力の薄い。繋がりの薄そうな再開の挨拶。
「ああ、俺・・・私が入り口まで送っていくぞ。まだ伝えることもあるしな」
「はい、こっちはダイジョブですよ!戻ってきましたら、カガミサンと鏡の顔の男さんもいますし、賑やかですね。新人さん二人で賑やか、楽しいですね、後で。騒ぎましょう」
「・・・お前は何を言っているんだ」
「ああ、他にも誰かいるんですか?後で紹介してくださいね」
「ええ、私にも紹介してくださいね、そのカガーミンサンッテ人。」
(▲???、よくわからん。▼) こちらでも色々すれ違っていた。 齟齬っていた。
響宇と鏡の顔の男が霊園を背にして並んで歩き出し、トマーゾと坂崎はその場に残る。
鏡の顔の男、そしてトマーゾの疑問が解けたのはそう遠くない、その日の夜の事であった。
しかしそれまでの間。鏡の顔の男の顔は、時折曇りを見せていたのであったのだ。
短い距離、自転車を押して、二人だけの会話が繋がる距離と空間とが保たれて。自転車のチェーンと車輪が回る音の中、二人は今日の「反省」を始めた。
「・・・今日もまた、先走って失敗しちゃったね」
「ああ、そうだな・・・・・・ 俺もだ。」
と、いっても。そこからの「反省会」的な会話はあまり弾まなかった。
二人は自分の短所と失敗が分からない程馬鹿ではない。今回の急ぎ足の理由も、その、アンサーも。それぞれが自分たちの中で持っている。それぞれが自問自答の回答を持っているのだ。
ただ、分かっていてもこうして過ちを「繰り返す」愚か者であるのも確かだが。
進行する物語に口は挿めないが。私はもっと、この二人は「そういう話」をすべきだと思う。
反リ省ルだけなら人間以外でも出来る。千年他人を恨めたとしても、それは人間として誇るべきことではない。畜生、外道の罪業である。大切なのは、悔い「改める」ことなのだ。
「これから、どうするの? 私はいつも通りだね」 (…本当に。)
「俺は…またあいつと話をしてみるよ。不器用なりにも、あいつを慰めることは出来るさ」
遠くの入道雲を見つめる鏡の顔が。その心の内の虚無を、空虚を、愚かに組まれた座す禅を。
・・・「不器用老古な頑固者」という言い訳を胸にした、逃避する心の有り様を映していた。
只、実際問題それは難しいものだ。それを自分で、他人に上手く伝えることすら。
…なればこそ。心苦しくても、傷つける事を恐れずに。「大事な人」とこそそういう話はするべきなのだ。そのまま、関係が壊れる程断層する程に齟齬が生まれてすれ違ってしまう前に。
反省と改善を怠れば。その場の結果としては成功したとして。
それが後に「良く」繋がるかどうかは、引き継げるかどうか、という事は分からないのだ。
前だけを、真っ直ぐ前だけを。最近になって再び見始めた正面を向いていた響宇は、鏡の顔の男の方に向いて。…その虚ろな「受容体」が、彼が現状そうであることをいい事に話し出す。
・・・お互いがお互いそうした関係で接しているからこそ「上手く」行っている所もある。
「それじゃあ坂崎さんのアフターケアお願い。…なんか、ごめん。せっかく楽しくお話できてたのに。ちょっとあせっちゃったかもしれないね」
そこからは必然。私が心のどこかで望んだ通りに、鏡の顔の男は私に受け答えをしてくれた。
「気にするな、というか謝るべきなのは俺の方だ。久々の食事でつい饒舌になってしまってな・・・いつか必要なことだったとはいえ、様子も見ずに必要以上にベラベラと喋って、必要以上にダメージを与えて。本当、すまなかった」
そしてその「予想通り過ぎる」答えに、私はほんの少し。声のトーンを怒気で軋ませ捻る。
「うん、…これ以上は気にしないようにしよう、お互いね」 苛々。
・・・本当に何を求めていたのだ私は、、、本当は、こいつに叱って欲しかったのか?
しかし、叱られたとしても。「自分と変わらない境遇の癖に」とどうせ否定するのに。。。
「それ」を自分で望んでいたはずなのに、我侭だなあ、傲慢だよなあ暴食だ私って奴は。
この場にトマーゾさんでもいてくれれば少しは雰囲気が柔らかくなるだろうが、生憎彼は。坂崎さんの方に付きっ切りで、おそらく(頼まれずとも)話をしてくれている。
本当、私は。誰かに助けられなければ何も出来ない奴なんだよなあ。…くやしいや。強欲だ。
しかして、虚無だ。私には最早何もないのだと、そんな幻想だけが私を惨めに満たして。
そしてそんな時、そう思うとき。隣のこいつは、笑うのだ。
「そうだな。それじゃあ…後でお前の、ああ、お前の家じゃなくてばあちゃんの家か。そこまで杯を取りに行くよ。せめて酒でも付き合ってやらなきゃな・・・それから出来れば酒の用意も頼んでいいか?俺なら杯とか器さえ用意してもらえれば酒の調達は無理なことじゃあないが、お前に用意してもらわなきゃその、何だ。泥棒になって心苦しいからな。レプラカーン(大酒呑みの妖精。靴屋の小人の夜の姿とも言われる)が盗んだってことには俺は出来んのさ、紳士だからな」 いつもと違った、ニヒルな笑い。それが「スノッブ」というものか。
いつものように、いつもの「ように」。ジョークを飛ばし出す鏡の顔の男。
「うん、…そうだね!」
鏡の顔の男のどこからか搾り出したような空元気に、私は合わせ鏡のように乗っかっていく。
表情は見えないが、…見えないからこそ。こいつの事は、よく分かる。
「―後で坂崎さんに好きなお酒の銘柄聞いといてね!私お酒とか分かんないから!一応、買える年齢にはなったけど!それから私は坂崎さんの思い出の料理を作ってみるからね!」
「頑張り過ぎて夏風邪引くなよ?ゴッドブレス・ユー!だ」
「うん、じゃあねー!」と、一陣の風が去って行き。
凪の時が来る。
「・・・・・・・・・」
鏡の顔の男の無言の背中で、凪の中の音。飛行機雲を吐き出す空の音と蝉の輪唱が響く。
自転車のかごの中で、空っぽになっていた重箱に納められた箸とフォークががちゃかちゃと擦れながらやかましく揺れている。オイリーなソースに塗れて不快感でも訴えているのか。
その落ち着かない音は、普段から不安定である私の心をそれよりも一層騒がせた。
地面を踏む様に蹴る様に回す自転車のペダルが重く感じる。雫が肌を走る。
私が今走っているその道は、坂道ではなく未だ平坦区間のはずなのに。
平坦区間を走る私の胸は、不快なざわめき、罪悪感が木霊する盛り上がりを見せていた。
やかましく走る私の自転車は、静かに凪いだアスファルトの林道を上ってゆく。
「悲しいほどに、お前と、さ。俺って奴は、似ているんだよな」
鏡の顔の男に表情があるとすれば。今のそれはまさしく、海の青色を映していた。
太陽と月。昼と夜。月は太陽に照らされて光る。
入れ替わり消える光と闇よりも、光と光同士の方が鏡写しである。
何処まで光が差そうとも。赤色の影の、青い光は消えぬのだ。
数多の星は今日も瞬いて、流れる星屑は擦れ、違う。
小さき恒星の光は響くのか、宇宙のベージュの闇の広さの何処まで?
鏡の顔の男が響宇を見送り終える少し前。
俺は何だか良く分からないまま。・・・本当に、何だか良く分からないことになっている。
「―それで、日本にきてから。その人に嘘のこと色々なの、教えられちゃってコンガラガ…
死んで、幽霊となって。そして何故だか。このイタリアの人と二人っきりでここにいる。
うん、「良く分からない」って曖昧な言葉は便利だったが…今はもうやめておこう。
でも適当に認めたらそれはそれで面倒で・・・でも、社会に出たらそういう風に、適当でも「そうだ」と認めなきゃいけないときが多々あるわけで。
ここ、ってどこかって?聞いた話だと墓地だよ。…霊園って言うのか?まあ、綺麗なとこだ。
そして俺、坂崎航平35歳(妻持ち)はあの「花塚響宇」という若い女性のことを思い出す。
年齢はもうすぐ二十歳、ハタチになるって言ってたな。髪の色は青と、前髪の三房、真ん中の前髪と両サイドが緑。青は地毛で緑のところは染めてるらしい…
珍しい色の地毛だよな?青って。アニメとか漫画ではよく見かけるが。
そしてすっげー鳥鶏してるTシャツに、今日はショートパンツだったか。靴は花つきのパンプス。田舎暮らしにしてはちょっと冒険してる見た目だが、おとなし目っていうか。最初の印象は墓場の暗さとジト目っぽい感じの目つきもあってちょっと根暗かなーっては思ったが、今日で印象変わったな、ってかどういう子か分かったわ。真面目っぽい子なのな。そして優しいのな。…それだけに今日の「最後」の方はちょっと、いや、大分面食らっちまったが…
んー、あの子。また明日もここに来るのかな?
「まあ俺のためを思ってしてくれたことなんだよなあ、今思えば。急なこと過ぎて、急展開過ぎて取り乱しちまったがなあ。・・・んー、どうしてあの子は…幽霊の俺にも親身になってくれるんだ?・・・逆に俺が幽霊だからだったりするのか?優しいのは。」
俺は脈絡もなく語り出す。まあ、向こうがしていたのは只の世間話だったから問題ないだろう。それに、そのくらいじゃ怒らないような優しい目付きしてるし。
「ん?はい、そうですねー(笑)」
「…悪いけどまじめに答えてくれないかな?」
「オー。悪いけど私はいたってまじめですよ。あの子は本当、誰にでも優しい・・・そして、よく気を使う、よっぽど見知ったような人でなければ、例えば、そう、鏡の顔のあの人のような・・・そういう人でなければよく気を使う、純粋で優しい子ですよ。」
トマーゾの表情は実に豊かだ。最初はおどけて、続けて普通に。そして真面目に変化する。
「・・・只、それ故に。純粋すぎて、気を使いすぎる故に。ひどく傷付きやすくて危ない、脆い人だとおもいますね、あ、涙もろいとかそういうのでなくて。フラジャイル、あ、これイングリッシュ。わかります?壊れ物、ってかんじの。そういう漢字だったと思います」
(…表情は真面目なんだが、何でだろう?今ひとつシリアスさ、ってのに欠けるなあ)
彼はいたって真面目である。誠実だからこそ、日本語、その語彙、その力が万全でないにもかかわらず上手く言葉を彼なりに選び、相手を暗くさせない為のジョークを挟むのだ。
身振り手振りを挟みつつ、彼は自分で、「親しい人」のことを表現していく。
「鏡の顔の男さんから聞いた話ですが。あの人は、響宇さんは。自分の愛するNonna、アー…、おばあさんが死んぢゃってしまってからはずっと塞いでたそうで。あ、穴を塞ぐとかそういうのでなくて。ふさぐ、こむ。塞ぎこむってことですよ」
「何、おばあさんが?・・・そーか、そりゃあ災難だったな」
そう言った坂崎は、自分の祖父母の葬式を、そして病院のベッドや老人ホームで見た祖なる人たちのことを思い出す。小さかった頃の俺は悲しみよりも、驚きのほうが大きくて。葬式でも涙は流れなかったが、それでもやっぱり、悲しい、ってのは覚えたもんだな、そういう感情。
「まあ、今はだいぶによくなったようですが、それでも私も、鏡の顔の男さんも心配で。前向きになったのはいいですが、急に無理をしすぎて潰れちゃってもだめでしょう?」
そうか、あいつはあいつで大変なんだなあ。と、思う。共感するよ。
若いときってのは、本当に度が過ぎるくらい前向きで。それ故余裕がなくなるもんだよな。
老いたら老いたでどうなる、ってのは俺にはもう分かれなくなっちまったが・・・
うちのやせ細ってがりがりになっちまったじいちゃんは。あの飛び出した目で何を見てた?
そして婆ちゃんは、父ちゃんの方の婆ちゃんは。見えもしない蛇を死ぬ前に見た、と言って。
自分で見えないことっていうのは、誰かに聞かなきゃ分からないものなのかな。
「加々美さんもやっぱり心配してるんだなあ・・・真面目な人ほど病気になるもの。」
「うん、そうですね。その加々美さんって人も。きっと一緒に心配してくれますよきっと」
そうして幽霊らしく「死」というテーマを元に干渉などしていると、
「坂崎さーん・・・」 鏡の顔の男が飛んで戻ってきた。そして空中で放物線を描き。
「・・・すまなかった!」 そしてそのまま、俺たちの前に着地した。
それも、流れるようにスムーズな動作で行われたな腰の低いお辞儀の姿勢でだ。
「おお!スーツ姿から繰り出される流れるような「レイ!」Bello(美しい)!」
その奥ゆかしさに感動して舌を出すトマーゾをよそに、俺は動揺を隠せなかった。
なんて言うか、あまりにも色々唐突過ぎてもうわけが分からんぞ!
「ちょっと急にどうしたんですか加々美さん!」「え?カガミさん?どこですか?」「頭を上げてください、何がなんだか分からないまま謝られても正直どうしたらいいか・・・
そんな俺をよそに低姿勢のままの加々美さんの謝罪は続く。そしてトマーゾは挙動不審だ。
「許してやってくれ…あいつに悪気はないんだ、悪い気分をあんたに与えてしまったかもしれないが・・・/
/俺は加々美さんの話をしみじみと聞く。それはさっきのトマーゾの話と同じで。/
/・・・あいつはいい奴だよ。そして、あいつもあいつで結構傷付いてるんだ。勝手な話だがな…本当に、二人とも先走って申し訳なかった。だが、俺はともかく。あいつのことは許してやってほしいんだ・・・」
一瞬、間が空く。トマーゾも落ち着いた様だ。そして俺が弁解の終わり、それを理解すると。
「…顔を上げてください。そんな低いところじゃ俺の話が聞こえないでしょう?」
加々美さんに頭を上げさせた。俺は、話をするのに相手の頭が低いのも高いのも好きではないのだ。・・・必要性があるときは別として、だ。(本当、世知辛いもんだ、…った。)
そして俺は自分を隠さずさらけ出してくれたその人に快い返事を返すことに決めたのだ。
「許しますよ。だって・・・だって!私達もう友達じゃないですか!友達だったらそんなちょっとのことで遠くに言ったりしない、ね、そうでしょう?だから頭を上げて…」
「・・・ありがとう」
俺の話の途中で再び頭を下げ、一礼するその人。しかし今度の低姿勢は短かった。
「お前…」
「いや、私はただ単にそういうの、湿っぽいのぎすぎすしたのが嫌いで仲良くやりたくて」
その先の話を聞いてか聞かずか。俺の目の前に、俺のだらしない顔が反転されて映る。
「―いーや、俺らは「先輩」だろうが!歩み寄ってくれるのは嬉しいことだが、ちゃんとその辺のことはわきまえとけよ!?」
「えー!?そっちの方向に話題がシフトしちゃうんですかー!?」
「HAHAHA…私は友達感覚でいいと思いますよ。仲良くしましょう坂崎さん!」
こうして二人は正式に許され、和解は滞りなく成立していた。
「それじゃあ俺はまた響宇の所に行ってくるよ。今日は酒盛りだ…坂崎さん、好きな酒とかあるか?高いのは無理だが安酒でいいんだろう?」
「え?奢ってくれるんですか!それじゃあでかい紙パック酒の麦焼酎「上白澤・慧」を…」
酒の話題で男幽霊三人衆が椅子から立ち上がって歓喜する三人の外国人さながら盛り上がりだす中、自宅に向かう響宇はすでに思索を巡らせ始めていた。
響宇は料理のこととなると頭の切り替えが早い。料理のことを考え、そして料理を作るとき。普段の冴えない姿の彼女ももちろん彼女であるが、料理に携わる彼女の姿。それはもっとも彼女が彼女らしくある姿であるといえるし、実際にそう見えることであろう。
それは料理の天才か、―はたまた、単なる料理馬鹿というべきもの、学者馬鹿の様なものか。
幾らレシピがあろうとも、材料と、それからお金。それがなければ望む料理は作れない。
そして、節約することも生きている者にとっては重要なことだ。響宇は買い置きの食材の中で、どこまで流用できるものがあるか家にある食材をテーブルと、そして畑。記憶の中でまぜこぜになっているそれらを脳内に並べた。 「ふーむ・・・ 塩コショウ及び必要と思われる調味料・潤沢。オリーブオイル・安売りの際の買い置きが十分にある。パン・・・は半額の冷凍食パンがあるが、別途、恐らく、フランスパンやバタールを買い足す必要があるだろう。だめもとで夜のスーパーを覗いて・・・うーん、でも? ・・・まあそのくらいならけちらなくてもいいかなあ。漫画や嗜好品を我慢するか。にんにく・は、一応あるが一玉の…半分くらいか。買い足したほうがいいな。にんにくは自分で育てるより買ったほうがいい。バジル・オレガノ・は家の庭の菜園にあるから大丈夫だ。本当、ハーブは手入れをしなくてもたくましく育ってくれる。その点にんにくはこまめに手入れしないと大きくならないからなあ。チキンブイヨン、の代用品、チキンコンソメ・はあるな。割と冷蔵庫にあまっていたはずだ。だが念のため新しいストックも買っておくか。使うかどうかは分からないけど。・・・ああ、トマトも!一応家の菜園にミートソースや煮込みなどで消費し尽くそうとしない限り余るほどあるが、トマトの味って雨とか気候でかなり変化するものだからなあ。出来る限りオリジナルと近付けるために、トマトそのものの味も、品種や産地の違いも考慮して。様々なメーカー、日本産のものと外国産のトマト缶、紙パックのトマトを準備しておこう、備えよう。
「うん、パンとにんにく、トマトを買えばいいってことね。」
後はガベザ・・・ゲホッコホッ、失礼むせった。酒だ。まあそれはあいつが来るまで保留だ。
私は調理用の酒以外にほとんど興味はないのだ。(まあまだギリギリ未成年だし。)
・・・ちゃんと買えるかなあ、まあじぶんではのまないとはいえ、なあ?
・・・念のため「大人っぽい」服装で、そして堂々とした態度でいけば買えるか。
(※因みに作者は二十歳になって一人で酒を買いに行ったが大丈夫だった。フケガオ!)
男の人ならひげを生やせば大人っぽさを演出できるが、女性はちょっと苦労する。
「・・・・・・化粧も、苦手だけど。してみようか」
そうして考えているうちに家に着いた。最近暑いからか、あの猫ちゃん見かけないなあ。
自転車を家の敷地の低位置に転がし(ストッパーをかけて)やや急ぎ足で家の中を駆ける。
「さて、基本の食材はいいとして・・・」 家の備蓄は私の記憶通りのストックがあった。
問題はミートローフだ。まあ試作品は普通の市販品で代用するとして・・・割といい値段するんだよねえ、あれは。それからスッパムとかそうでないものとか、そうでなくても色々種類があるのだ。田舎のスーパーだからそこまでではないが、それでも減塩とか、スパイシーとか。・・・うーん、先ずは安いものを探してみよう。
・・・そういえば何処の牧場かということを聞いてなかったな、さらっと言っていた気はするが、聞き流していたなあ・・・失敗した。
「後であいつが来たら聞いてみよう。」
響宇は狩人のような目つき、或いはそれよりもパワフルな「主婦の眼光」で自分の料理が美味しく出来るよう成功のビジョンに目を向けている。この場合の成功とは、所謂「成仏」だ。
自分の料理を食べた「その人」が。満足している光景を響宇は信じる。それにより力が増す。
無論、論ずる必要もないほどに勿論、上手くいかないこともある。いかに彼女の料理の腕前がプロのそれに近いとはいえ、只の料理の再現では幽霊が満足しないこともある!同じものを、同じ見た目のものを作れたとして!「オリジナルに極めて等しい調理工程の再現」を可能としたとして!味覚の鋭い者なら食材一つ違えば、使った食材が同じでも、時期や生産者が違えば、「土の味」が違えば!響宇の作ったそれを「違う」と否定する!そして苦心に苦心を重ね、それを完全に再現したとしても!実は重要だったのは味などではなく、食器や場所や、「その場の雰囲気」。その料理を食べたときの空気の再現が必要だったということが後になってわかるという事もありえるのだ!
「なんだ、俺に用か?」
その「成功」に向けた精神統一を崩すように、本当に唐突に。鏡の顔の男が現れた。
「きゃあっ!?」
それは驚くだろう、普通ならば墓地にいる筈、という固定観念がある幽霊が家の中に居れば。
もっとも、幽霊を見慣れた響宇が、しかもその男が来訪することを事前に知っていた彼女が驚いたのは別の要因によるものだが。
インターホンを押すこともノックをすることも出来ない幽霊は、既に家の中に上がり込んでいた。知人や家族ですら、居ないと思い込んでいたら急に目の前に現れれば驚くものだ。
「あー驚いた・・・来てたならちゃんと声かけてよ。だいぶ早かったんだね」
「ん、ちゃんと「俺が来たぞー、俺がぞー!俺ぞー!」と玄関先で叫んだが?お前、集中しすぎていたな?それじゃあ泥棒やニンジャや野良熊にだってちょろいと思われるぞ」
「チョロインなんかじゃないですー、私は人見知りクーデレ(←違う!)微ヤンデレ属性の友達になれてもそこから先がなかなか進展しないタイプのヒロインですー」
「・・・なんだそれは?漫画かなにかに出てくるキャラクターの役職か?」
「それはさておき、坂崎さんの方は大丈夫なの?トマーゾさんに…
「坂崎さんにはもう許しをもらってきたさ。お前もついでにな。だから、さっきの不手際をお前は気にすることはないってことだ。後は料理に集中するだけだ」
「…そっか…それはありがたいね。うん、その分もっとがんばらなくちゃね。ところでちょっと聞きたいことがあるんだけど。坂崎さんって、どこの牧場で「あの料理」を食べたって言ってたかな?私はちょっと覚えてなくて」
鏡の顔の男が頭の横で右手の人差し指をくるくると回し、その読めない表情を躍らせる。
「ほほう、俺の記憶力を頼りたいと?それは嬉しいことだが・・・・・・んー、確かに。坂崎は「牧場に行った」とは言っていたが。俺の記憶する限りでは。そこが何処の牧場だった、というのは言っていなかったな。確かにその筈だ」
「え?でも坂崎さんはその牧場について何か、その場所の名前も話していたはずじゃ…」
「それはお前の思い込みだろう。まあ、そうでなくてもお前が覚えていないのなら同じだよ、聞いていようがいまいがどちらにしたってな」
「そっか・・・そういうことも、思い込みもあるよね」
私はほー、っと蕩けた様に脱力する。脱力、私の、相手への信頼の証。私の記憶力よりこいつのそれは遥かに優れている。それこそ、私の過去の「恥ずかしい失敗」を、喧嘩した時に余さず捨て台詞として羅列できるだけの記憶力があるこいつの言葉だからこそ信用できるのだ。
「うむ。…だがちょっと待っていろ。今、墓場で「受信」した坂崎の記憶映像を、ほかの音声などの情報容量を全て視覚情報に回し、つまり視野領域に限定したものと。それからもう一つ、情報を音声のみに裂いた音声情報をチェックして何か手掛かりがないか探してみる」
鏡の顔の男の得た「映像」。それは限られた情報、成分の薄いものであるが。しかし鏡の顔の男はその成分を自分の共有した「坂崎さんの粒子」、簡単に言えば「坂崎さんに触れたとき、鏡の顔の男に付着した砂」
(砂の一部は磁石のように他の霊に吸い付く、様は「誰かを求める」性質を持つらしい。こいつの仮定によれば、生きた人間に起こる「金縛り」や「取り憑き」というのは。この「磁霊砂」というものが本来触れることの出来ない筈の幽霊と人が、幽霊の意思により接触し続けることで次第に磁霊砂が生者への吸着力と反発力、両方を持つものへと変化し、その反発作用によって起こる斥力が人間の魂≒心≒精神に影響を及ぼすものとなる、それが肉体の疲労感、精神的疾患を起こす要因、つまり前述のような現象を引き起こすものとなるとなると鏡の顔の男は考えているそうだ。更に言えば、その現象を鏡の顔の男は「祟り」とも呼んでいて、時折彼は「悪党」にそれを行い、暇つぶしとストレスの発散を行っているそうだ。彼曰く「強がっている悪党が弱気をさらけ出し始め、そして医者や神仏、先祖にすがり祈り懺悔を始める様子は見ていてとても愉快ですっとする」とのことだ。そして「幽霧」がその内部で起こしている斥力はそれよりも遥かに大きいもので、故に人間が触れれば最悪、「狐憑き」と呼ばれる現象を引き起こしながら死ぬこともあるという)
を用いることにより嵩増しすることが出来る。分かりやすく言い換えれば、彼は視界が限られた、風景の一部の切り抜きである写真の周りに更に大きな視野領域の枠を作り、その枠の内部、その空洞を「モザイク変換機」の要領で、補間する。つまり、元の絵の周りに、自分で自分の記憶を元に(この場合坂崎さんの記憶)描き足した絵をジグソーパズルのような形で接ぎ足すことが出来る、
つまり、限られた情報量しか得られない記憶の記録映像、情報が不足している、マスコミが作為的に、個人の主観的に切り抜いたような不完全な情報に対し情報「不足不明瞭部分の穴埋め(磁霊砂を用いる)となじませ(磁霊砂を変質させる)及び継ぎ足し(変質させた砂を不足部分につながる、違和感のないものへと仕上げる)という事をこいつは出来るということだ・・・実にオカルトを超えた化学現象めいている!電子機器、機械的である!
でもこいつ自身は機械音痴なんだよなあ。どのみち、どっちの意味でも触れないけど。
「あいつとは会ってからまだ日が短いが、昨日の夜は一晩中近くにいたし、接触した時の付着粒子と。それから、「同期接続」の際に意図して擦り取った分で再現及び補修変換に使う分の記憶粒子はまあ、足りるだろう。多くはないが、その場に情報さえ落ちてれば拾える分さ」
鏡の顔の男は先程頭の横で回していた人差し指で頭の側面をトン、トンと叩き。そして、
ざらり、と両手に集めた坂崎さんの「磁霊砂」を顔に塗りつけ、ぬるり、ざらり、ぬるりと手袋を擦り付け。ぬるり、ざらり、ざらりという動作でその滑らかな鏡面を傷つけた。
手を除け広げられた鏡面には無数の細かい引っかき傷が付き、響宇には「それ」を知ることが出来ない。この「補間された記録」を観られるのは鏡の顔の男本人のみであるのだ。
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先ずは、無明の闇に、極限まで映像情報が遮断された領域に。砂嵐、音割れしてノイズの混じった大き目の音が、人間の声や動作と環境音が混じりあった音が響く。・・・今回は「牧場のレストラン」ということもあり、そこまで耳障りな混線音ではないようだ。
「ふむ・・・」鏡の顔の男は、その音だけの闇の中を音と自らのものをすり抜ける体を頼りに歩き回り、そして音を聞く。
クラシック、いや、アイリッシュ民族系の有線放送の音楽、品書きを捲る音、かちゃかちゃと響く食器の音、汁物にスプーンを入れる音、ドリンクを飲む喉の音、パンをかじる音、厨房で鍋が振られ、寸胴が穏やかに煮え、一仕事を終えた食器ががちゃん、と流しに沈んでいく音。
シェフ達とウエイトレスの慌しいやり取りの声、レジに向かい店員が駆けていく足音、家族連れ数組の、それぞれ個性的な、楽しそうだったり不機嫌そうだったりする声、会計を行う店員と痩せた男の声(声で分かる)。
そして恐らく坂崎と・・・その対面に座る、「奥さん」であろう人物の声。
そのどこにも。鏡の男の注意を引くような。必要と思われる情報は載っていなかった。
いや、必要かもしれない要素こそ見つけたものの。この音の流れの中のみでは。それはまだ確信には至らぬものであったのだ。
「ふーむ・・・目ではなく耳を皿にしたところで。相応でない器に料理は載らないか」
鏡の顔の男はその顔を両手で多い、「磁霊砂」をその手の平に吸い付かせ、集めとって。
「ならば私が目利きをし。味の分からぬ素材を皿に乗る料理に変えよう」
そして今度はその砂で両耳のあるであろう位置の見えない空洞を塞ぎ、そして目を見開く。
◎◎◎◎目◎◎◎◎◎◎・・・・・・・・・◎◎◎◎◎◎・・・◎◎◎◎◎◎◎目目目目目
視力の回復し始めた目で、広い視界の、レストランの内部全体位には広くなった映像の視界から、今度は必要な情報のみに絞りスパッと切り抜いていく。
先ず、先程品書き、メニューを捲る音のした所から。そこに書かれた、その店の店名を読み取った。 「店の名前は・・・「牧場食堂」。参考には・・・・・・まあ、なるが。情報としては少々弱いな。個性の弱い名前だ、嫌いではないが、うーむ・・・」
メニューに住所は・・・書かれていないな。表面が革張りのメニューだ。表に回って店の名前を見た所で同じことだ。外の景色も要領不足で霞んでしか見えない。
「・・・ならば、本命の一つをあたってみるか。ここが外れれば苦しいが・・・」
先程店員と痩せた男が会計をしていた場所。即ち、レジスターが置かれた場所である。
鏡の顔の男はそのレジスター、現金の詰まった箱がある空間に手を伸ばし・・・
「現金掴み取り!」 やはり、空を切る。 「・・・ふう、やはり虚しいな。」 そしてそのまま、諦めずに辺りを探っていると。鏡の顔の男はあるものを見つけた。
それは何の変哲もない、飲食店によく置かれるようなただのマッチ箱達の塊であった。
が・・・ 「よし、やはりあったな!ふふ・・・値千金の情報源だ!」 しかし。
鏡の顔の男はそれを見て大きく頷き、そして歓喜した。ガッツポーズで。
鏡の顔の男が求めていたもの。それは現金などではなく、そのありふれた店の側面だ。
その側面には、マッチをこするベルトではないところには。その店の住所と地図が印刷されていた。鏡の顔の男が狙っていたのはレジスターの、旧式の、アナログ会計式のレジスターの中の現金ではなく、この場においてはより価値のある、店の宣伝のための情報だったのだ!
(あ、(飴か。)ありがとうございます。このマッチも貰って行っていいですか?)
レジで飛び交う会話を鏡の顔の男は聡く聞いていた、そこに自分の求める「宝」はあると!
先程の音の中では見つからなかった確信が、流れ変化していく記憶映像の中で、それは形を成しここに現れたのだ!
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「おい響宇、当たりだ。お前の求める情報があったぞ。これから読み上げるからメモしておけ!」 ・・・鏡の顔の男に響宇の声は聞こえない。記憶映像に自分の意識を集中させているためだ。一度深く集中させた意識は、元の状態に復帰させるまでに時間がかかる。しかし、鏡の顔の男が発するその声は、間違いなく響宇に伝わるはずだ、響宇が聞き間違えさえしなければ。少しでも早く自分が得たその情報を伝えたかった鏡の顔の男は、響宇にその声をもって、響宇には届くその声を以ってして伝える。 「これからお前にレストランの住所を伝える、準備は出来たか?出来ていなくても三度ほど、間をおいて繰り返し伝える。ゆっくりとな・・・ 越姫圏 西預市 知ってるか?西、に、預かるだ… 河 大河、のカワだ。 ん、接いで城、キャッスルのシロ。で、河城、町。 ×、 ×、の。 ○、○、○、○、の、○。 ○、○、○、○、 の、○だ!」
鏡の顔の男から得られたその情報を元に響宇がインターネットでの検索を始めた中。
「河城自然牧場で売られていたミートローフ…多分あの地方の名産ですかねえ?そういってましたよ。ああー、それにしてもまたいってみたいですねえ・・・今度一緒に行ってみませんか?うちの女房と、それから、子どもと一緒に・・・なーんて。あはは。」
坂崎さんはトマーゾに、自分のその牧場での思い出を語っていたのであった、何故だかは知らないが。彼の中には不思議とそういう気持ちが芽生えていたのである。
「ふう、ごくろうだったな、響宇。そして苦労ついでで悪いんだが、上白澤・慧という焼酎をだな・・・後、婆ちゃんの水筒か酒瓶、それから杯も頼む。俺がこっそり持っていくから」
「坂崎さんの好きなお酒ってどんな感じのですかー?ワタシ気になりますねー。そういえば私が日本に来てからの話なんですがー、そう、またその嘘ばっかり教える人の話でーす!精米機、ってありますよね?そう、お米を脱穀?する場所と機械ですねー。今はそのこと分かってますが、その透明な扉を開け閉めする場所が、雀を取るための罠だってウソブカレて・・・」
「雀かー、屋台で食ったことあるけど骨っぽいよなあれはなー。」
響宇はこれから、自分の周りが「いつも」のように、慌しくなっていくことを予感した。
「店の名前は分かったけど・・・ここ、牧場の中じゃないよね?近くに河城自然牧場ってところはあるみたいだけど・・・うん、坂崎さんの記憶が曖昧になってたのかなあ?よくよく考えたら牧場の中にレストランって、まあないわけじゃないけど衛生的にどうなのかなあ。でも、そのミートローフはその店の近くの牧場で手に入るのよね?ああ、少し不安になってきた・・・そのミートローフを使ってるってことは。ちゃんとメニューに書いてあったっていうのを(鏡の顔の男が)見てきたから問題ないけど、通販で手に入るのかなあ?」
「ああ…。(うーん・・・ぱそこん、と、ねっとか。ビデオテープの録画もげーむぼういとかすーぱーこんぴゅーたーふぁみりーって奴も正直俺にはさっぱりなんだよなあ)」
「・・・ちょっと待って?越姫圏って、確か・・・うん、近いかどうかは分からないけど!うん!これはラッキーだ!うん、うん!ちょっと電話して頼んでみよう!」
でもそれは必ずしも悪いことではない。響宇は自分の目の前に眩いばかりの光明を見た。
行動するものにこそ、不確定な不安要素を拭い去る思いがけぬラッキーというものは与えられるのだ!
(※編集により不適切な表現性ノイズを削除いたしました。警告、しかし、警告、完全なノイズ除去は、警告。行われておりません。) ???「 束 ・ 」 響宇「・・・誰ですか?」 鏡「・・・ほう・・・?珍しいな。こんな珍客が迷い込んでくるとは」 トマーゾ「この人は・・・確か。「 」で・・・」 響宇「ねえ、この人のこと知ってるの?」 鏡「いや、俺も詳しくは知らないな・・・だが、少しだけなら」 トマーゾ「私もですよ。」 四季「あの・・・どちら様でしょうか?」 礼「だれ?」 響宇「え?礼ちゃんにも見えるの?この人って・・・」 鏡「こいつは恐らく幽霊ではない。精神と肉体の境界が希薄になったか・・・とにかく、わかることは。こいつはここにいるべきではない存在で。」 トマーゾ「ビョウキか何かでしょうか。顔が真っ青ですね。とにかく、直ぐに治るでしょう」 響宇「具合が悪いんですか?ちょっと待ってて下さい、今お茶か何か」 ???「 ありがと 戻らなけれ 。 頭 痛 、 ば ねば、 ・ ・」 礼「約束・・・?」 ???「 なら・・・ ら 。 」 四季「・・・!消えた・・・!?」 響宇「ねえ、今のは・・・成仏、したの?」 鏡「・・・響宇、今の部分の録音。そこだけ編集で消しておいてくれ」 礼「え?録音?けすの?なんで」 トマーゾ「 ガユガムカラデース」 響宇「・・・うん、わかった。」 鏡「もう一度、眠りに就いたら元に戻るだろうよ。すべて正しくな・・・」 礼「ねー、 則ってなんなの」 トマーゾ「ソレハ トニテヒナルモノ・・・ダイジョウブ。モトニモドルカラ。タダシイカタチニモドルカラキットダイジョウブナノダ」 鏡「時折映像に混じる 。それが彼であり、しかし彼でなく。彼の本質は・・・」 響宇「・・・?」 鏡「いや、なんでもない。とにかく。乱れた機材を元に戻さなくては・・・ 万全になればそれをするだろうよ。混濁した も と正しい があればまた元に戻る。 を混濁させてはいけない・・・二つは正しく住み分けるべきだ」 トマーゾ「遊びであって遊びでない。人生は、多くの謎かけに満ちたものですね」 礼「メタいメッセージだね」 ???「 」 響宇「え、まだいたの!?」 鏡「おい、早く戻って調子を戻さないか」 ???「 ・・・皆様、カラダニキヲツケテネ」 トマーゾ「お客様がお待ちですよ。しっかりね」