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きょうのお墓ご飯  作者: 臭大豆
First order
8/13

翌・七月某日(昼下がりの頃)その3

 そのタイミングを待っていた!とばかりに音もなく現れたその大きな影。まあ幽霊は自分が喋る声以外の音を出さないものなのだけど。

 そうそう、ラップ音とかポルターガイストだとかいう怪現象があると噂されているけど、鏡の顔の男いわく。それらは自然現象が原因のもの以外はおおよそ全て、幽霊の声によって引き起こされるものなのだそうだ。

 食器が割れたりするほどのものは。暇を持て余しすぎた幽霊が自分ののどを鍛えすぎた結果。その声が大音量の高周波、共振する超音波で皿やガラスを破壊し、また単純に家を揺らすほどの声量が出ているという話である。

 ・・・話というか、実際に自分で聞いたときは驚いたなあ・・・心臓が止まるかと。

 まあそんな話はともかく、その場には新た食事の席に加わったやや大柄のイタリア人の幽霊が立っていた。坂崎さんのようにふわふわしたり地面や物をすり抜けたりせず、鏡の顔の男がするような自然な姿勢で地面に立っている。輪郭や鼻、眉根の筋肉、頬の筋肉のそれは、海外の方特有の表情豊かそうなそれと。柔らかい目尻がやや下がり気味の目付き、優しそうなその表情は、たまーに見かける「よく料理の味見をしていそうな料理人」に近い体型

(実際これは褒め言葉である、根拠はないがそういう料理人の方のいるお店の料理は美味しい、そんな気がする。あくまで根拠はない話だが)

も相まって実にフレンドリーで優しそうに見え、そして実際そうである。と、言ってもそこまで太っているというわけではなく。いわゆる中年男性の、年相応の(この人の年は知らないが)お腹という感じで、しかし生前フライパンを沢山振っていたであろうその手はたくましく、―彼は料理人であったのだ。その若々しく見える幽霊らしからぬ精気に満ちた顔立ちとで若々しく見え。しかし、その一方で三つのブロックに分かれているワイルド系お洒落なあごひげと太めの眉、頭の上方、頭頂から前髪、もみあげ周辺は帽子をかぶった際の涼しさと清潔さを保つために短く切られているが襟足はそこそこに伸ばされている、少しばかりくせっ気気味の髪型が男性的なワイルドさ、ワイルドでハンサムな様相をかもし出している。いわゆるワイルド・ジェントルマン(謎のワイルド推し)だ。でもやっぱり目つきは優しい。

 服装は生前、というか死亡直前のラフスタイルな格好をそのまま続けているようだ。広い肩幅で背中がピチピチに張った、腹も張った。彼にとっては小さめのサイズの(気分を引き締めるためにあえてそうしていたとの事。)表面にトマトの意匠と「Pomodoro」(イタリア語でトマト、の意)の文字がトマトの曲面にそって並んでいるデザインと裏面に「Pomodoro ・Forza!」(ポモドーロ・フォルツァ=トマトの力)という、PとFの文字が大きめで強調されたロゴになっている横並びの文字がデザインされているTシャツを着て、腰から下にはマジックテープ式の腰バンドで止めるタイプのエプロンとその後ろから覗く半ズボンと、そして正面のエプロンの裾下からチラリと覗く脛毛(日本のスタイルに合わせて腕毛は剃っていたそうだがその脛は中々セクシーである)。そしてくるぶしまでの短い靴下と草履の様な、鼻緒のあるタイプのサンダル。右側の鼻緒の外れやすいそれを履いた姿であった。そのスタイルというのは、今と同じような、そして、彼の死んだ夏の時期に。彼が仕込みを行う際の、ラフなスタイルであったそうだ。

 彼自身はこの服装について「いつもは、お客さんの前では本当はもっとシェフシェフした姿だったんですがね」と恥ずかしがっていたようだ。まあ今の姿を見る限りそれにも慣れたようだが…本当、万全な状態では死ねない事もあるということだよなぁ。

 せめて、パジャマ姿の時とかシャワー中に不幸に遭わない様にという事だけは心掛けたい。

 裸で寝る人も要注意である。

 ちなみに私の今日のTシャツは。お気に入りの焼き鳥Tシャツ、鶏Tシャツ。卵やらひよこやら若鶏やら焼き鳥と焼き鳥屋の提灯と暖簾がデザインされたプリントと、胸に墨っぽい字で「 鳥 喰 」と、丁度両胸に文字が来るようなプリントがあしらわれたTシャツだ。

 お求めは「ファンクドランカーズ」、愛称「ふぁんくど」のホームページかお店で。

 「まあ、私も幽霊なんですがね」

 目を細め、眉を「八」の字にして。ニヒルな表情で笑う「その人」。

 「お、今日はここにいたか。昨日はどんな「遊び」をしてたんだ?」

 「HAHAHA…遊びというか、昨日は河原のバーベキューに混じって、盛り上がってる若者たちの会話にひたすら合槌を打ってましたよ。ああいう話を聞けるだけでも楽しいものですねえ、・・・河原にゴミをそのまま放置していったのは残念に思いましたが」

 「ははは…そいつら地元民か?なんなら一発「祟って」やろうか」

 鏡の顔の男の無表情と物騒な言葉に空気が少しばかり冷たくなった。

 「いえ、車のナンバープレートにはナントカ…岡?そう書かれてましたからココ、服縞圏ではないところの人ですね。里帰りかもしれませんが」

 「よし、少し探してみるかな・・・暇だし。」

 「…ほどほどにね?何をするのかは知らないけど」

 私は実際に目にしたことはないが。この鏡の顔の男というのは、長く幽霊を続けているうちにどうも「生きた人間に干渉することの出来る能力」というのを持ってしまったようなのだ。まあ彼の言動を見る限り・・・

 …悪いことに使うのでなければ別にいいか、とも思うが。

 「うーん、私はそういう人を、私たちは、では彼らを叱れないですからねえ、そうでなくても、今は叱れる大人なんていないんですよ。そう言う風に今の日本では見聞きしました。だからやるなら、やってくれるならしっかりお願いしますねー」

 「うーん、そういうのって悲しいですよね。私もトラックの運転手をしてましたが結構道にゴミを捨てたり、お店でトイレを借りればいいものをわざわざ野外で立って用を足す連中ばかりいますからねえ・・・えっと、お名前はなんていいましたっけ?私は坂崎といいます」

 「OH、自己紹介が遅れてすいませーん。私はイタリアーノノののお、トマーゾから来てました、内陸?のところです。Tomaso=Tavolaトマーゾ・ターヴォラ、といいます、トマスでもmが一つ多いほうのトマーゾ、T・o・m・m・a・s・o。それでも。ではなく、Tomaso。それですよ。どうぞよろしく」

 「トマー・ゾ。さんですね。それにしても日本語お上手ですなあ」

 「アリガート。サカザキ、さんはおだてが上手だね!なーんて」

 オーギュストクラウン(喜劇的でトラブルメーカーの道化、ピエロ)の様にいたずらそうな顔を作りおどけながら言ったトマーゾの唐突な切り返しに。

 「「「どっ」」」

 「…ぷっ」

 その場で固まりだした男幽霊三人組と。おまけの響宇は爆笑と微笑を重ね合っていた。

 「わはははは!トマスも日本式の返しが上手いよなあ!エエ!?」

 「あはははは……いやー、そう返して来ますかまいったなあ!あはは…」

 「AHAHAHAHAWAハハ…!」

 「くすくす…   ・・・・・・・・・」

 なんだこれ×3。

 喋る男三人寄れば、けたたましい。

 今の返しは私も少し面白いな、とは思ったが。何だろう、このノリは。

 同じうるさいにしても、せめてこの場に管理人一家の妹さんがいればなあ・・・

 雰囲気が悪いとかそういうことではない、メタ的に言えば。絵面的に、この華のなさ過ぎる状況はあまりよろしくないのではないのだろうか、そうでなくなくなくなくなーい?

 ・・・()

 駄目だ、付け焼き刃のギャル語ではますます逆効果になってしまっている。

 しかしお酒もなしにこのテンションというのはどういうことなのだろうか。というか、正直おっさん三人が寄り集まったこの状況に、華のない私一人ではもはやどうしようもないなあ、うん。私のようなカスミソウのドライフラワーでは。このむさくるしい空気をどうにかすることは出来なかったのである。主役が脇役に、脇役が主役になるということは。移り変わりの激しい、世の中の無常を表すものとしては往々にしてよくある話で。

 「…まあ皆楽しそうならそれでいいか。」


 結局私は脇役に徹することにした。団欒の中では料理人の顔なんて見えなくてもよいもの。

 ただ、おかげで。その後鏡の顔の男とトマーゾさんのフォローもあり、最初はどこかぎこちない感じもあったが、徐々に私もこの奇妙な「男共の輪」に入り込み、打ち解けられた。

 この様子を傍から誰かが見ていたとすれば、それは「若い女性の奇妙な馬鹿騒ぎ」にしか見えなかったであろうが。というか本当に、切に誰にも見られていないことを願う。

 「あっはっは、それにしてもこうして響宇ちゃんみたいな若い娘の手料理を食べられるなんてなァ。うちの職場は男ばっかりのとこだからバレンタインデーに義理チョコ貰う事とかもぜんっっ然なくて。いや、「友チョコ」は貰ってたんだけど、それがちょっとカマっぽい人でさー…でもその人、職場で1,2を争うくらい気が強いんだぜぇ?」

 「貰えるだけいいじゃないですか、それにお返しも結構大変だからそれはそれで。」

 「あっはっは、それもそうだな!でも男は貰うと結構嬉しいんだぜ?あ、家内には内緒な」

 「ふふふ、言っても信じてくれませんよ。私みたいな人が今の貴方と会ったって言っても」

 「そしてあんたみたいな若くて綺麗な人とそんな話してた、って信じないって?言ってくれるねえ、このお。まったくお譲さんは料理だけでなく辛口トークもいける口だあね?」

 「い、いえ別にそんなつもりではなくてですね…///」

 私も坂崎さんと仲良くなれたようで。そして坂崎さんもようやく「素の自分」を出せるようになってきたようだ。料理だけでは作り出せない、賑やかな「空気」が意図せず生まれたのはよいことだと思う。ゆっくりと時間を掛けて慎重にやるばかりではなく。人によってはこうしたやり方が手っ取り早いこともあるのだなあ。うん、やはりこの二人には感謝すべきである。やはり誰かの助けがなければ。人は何かを為すことが出来ないものなのだなあ。

 料理を作るための食材や調理器具ですら。私一人では全てまかなうことは出来ないものだし。

 「そっかー・・・やっぱ俺って死んじまってるんだよなあ。本当あいつに何て言えばいいんだよ、いやもう言えないのか、あんたと一緒でもう触れもしないんだろうし」

 すいません、と謝る間もなく。変わらず饒舌な坂崎さんが言葉を継いで行く。

 「いやー、そういや嫁といえば。うちの嫁さんと俺が知り合ったのも丁度嫁さんがあんたと同じくらいの年頃でさあ?俺が三歳位年上で…まあうちの家内は気が強いけどな!」

 というか、坂崎さん↑もオレオレ系のキャラだったのだなあ。最初から結構気さくな感じだとは思ったけれど、あれでも一応表向きの体裁は作っていたのね。

 私のほうはまだ敬語であるけど、これで結構打ち解けている。というか、基本的に目上年上の人には敬語を使うものだからこれでいいのだ。とりあえず、「親戚同士」程度の仲になったと。そう見てもいいかもしれない。

 とりあえず、ここまで得られた情報と、鏡の顔の男の語った情報。そしてその後で私が聞き取った新しい情報を元に、坂崎さんの見た目と合わせて坂崎さんがいったいどういう人物なのかということを定義付けてみる。

 本名、坂崎 航平、こうへい、という名前だそうだ。性別は勿論男、年齢は三十五歳。そこまで覚えている辺り、結構記憶は残っているようだ。嘘でなければの話だが。鼻筋は通っているがやや丸めの鼻で、口はアヒル口気味。目付きはきりっとしていてやや鋭い感じ。あご周りは小さめ、人懐っこくておしゃべり好きなアヒル系おじさん(何だそれ)といったところだろう。顔もまあ、割といい部類に入るので(私基準)結構人からは好かれそうだ。もっとも私のようなやや内気な人は躊躇するだろうが。眉毛は細く、髪型は前髪(頭頂部?)長めのツーブロック。この辺では高校生ぐらいしか見かけないお洒落な(田舎基準)髪型だ。ただ、やっぱり顔の皺や肌の具合から、それなりの年齢、というか。やはりおじさんおじさんしてる顔という印象を受ける。髭は剃っている様だ。服装は、最初は会社の作業着でも着ているのかと思ったが、明るいところでよくよく見てみるとそれはお洒落ツナギというか。インナーのタンクトップ(らしい)が前ジッパーの隙間から覗く、涼しげな水色のそのツナギを袖まくりズボンの裾まくりをして着ている。バイクを運転していたためか、靴は本革のエンジニアブーツ。黒く、つやつやで。しかし履き込まれてそれなりに傷が目立つ、ベルトの金色の金具もよく見ると少しメッキが剥がれている。が、それがより一層お洒落であると私は感じた。ちなみにエンジニアブーツといってもショートタイプのもののようだ。足首かさ少し上くらいの長さ、そしてその上の捲られたツナギの裾の隙間から覗く生足のダンディズム。

 セクシーではなくダンディーだ、あくまで。この人がもう少し若ければまた違ったかもだが。

 職業はトラックの運転手、奥さんがいて子どもは多分いない。旅行が好きで、バイクのツーリング(奥さんと行くそうだ)も好き。安酒をかっ喰らう(呑む)のも好きだそうだ。

 おおよそこんなところだろうか、まあこれだけ分かれば十分だ、

 …というわけにはいかないのだ。まだ詳細に聞かなければいけないことがある。

 「ところで坂崎さん、死んだばかりで何度も辛い事をお聞きして申し訳ないのですが、

 それは、この人。坂崎航平さんの死因についての情報である。

 「・・・うん、やっぱりさっき話したところまでしか覚えてないなあ。」

 「本当にそこまでしか覚えていないんですか?その、前のことも。」

 そこの記憶は、ごっそり抜け落ちているということか…嘘をついているわけではないから、もしかすると。その記憶が坂崎さんにとって思い出したくないものであり、本人が無意識に「失くしたもの」として記憶に鍵を掛けているのかもしれない。その可能性も大いにありうる。

 唐突ながら幽霊の謎の話をしよう。わざと分かりにくくした文章だから、読み解く気がなければ最後の二行辺りまでそのまま飛ばしてもいい。

 この世とあの世の狭間を漂う成仏できない幽霊の言う、「忘れた記憶」というものは。一度体から離れ霧散した魂が「幽霧」によって再形成される際にそのように変質してしまった、目に見えぬ錠前のようなかさぶたのようなもの、所謂その幽霊が狭間に存在する理由であり。そしてその「亡霊」の存在そのものを形成しているもの、つまり「亡霊の本質そのもの」なのである。

 姿がハッキリしている幽霊というのは。実は、その「忘れた記憶」。即ち、自分の心残りが強くくっきり残っている、あるいは何らかの要因により薄く曖昧であったそれが表在化し出して来たものなのである!

 ・・・通常、魂は。現世に未練がなければ体から離れた直後に蒸発し、そのまま「あの世」へと雲のような姿となって、他の魂と一体化して向かっていくのだが。時折、その魂に残った残留思念が蒸発するはずの幽霊の霧を捕まえ、激しく渦巻いて「亡霊」を形作ることがある。

 その「亡霊」が形成される現象こそが「幽霧」というものなのだ!

 未練なき魂は水が蒸発するようにすーっとこの世を去っていくのだが、この世とあの世の狭間をさまよう、成仏できない「亡霊」はそうでない。それはなぜか?それは彼らが、塞がり切らない傷をその心に、≒魂に残しているからだ。塞がらない傷は、≒残留思念と言うことも出来る。魂の霧はそれを塞ぐかさぶたなのだ。幽霊の血肉、と例えてもよい。

 彼らが遺すのは、「心の傷」に繋がる、魂がその傷から漏れ出して霧散し、蒸発してしまわないように作られた。強固な錠前にして魂に形作られたかさぶたのようなものである。

 醜く残ったかさぶたは、心の傷の完全な治癒の、即ち「成仏」の妨げになるのだ!

 否、生者と死者の世界の狭間。そこに生まれた歪んだ裂け目、歪んだ傷跡。治癒しないまま消え去ることを望まない呪われた傷!

 そこに張り付いたかさぶたの塊こそが、この「亡霊」達の正体であるとも言える!

 更に否!かさぶたは傷の表在化したもの、傷を浮き出させるものでしかないのだ!

 即ち亡霊の正体は!

 心≒魂に残ったままの傷の!即ち怨念の!その、魂の一部が血晶化したものなのだ!!

 「うーん、まあ夏の暑い日に。ボーっとしながら運転してたら覚えてないこともあるでしょうよ」   違う、そういうことを聞きたいのではない。

 花塚響宇の目指すこと。それは、この亡霊の「かさぶた」を剥がす事である。即ち、心残りを失くすこと。成仏させること。しかし彼女は普通の人にはない力を持ちつつも、「それ」についての、幽霊の成仏についての専門家などでは決してない…

 だからこそ彼女は、料理を作り続けているのだ。幽霊の心に届く料理というものを。

 幽霊の心の傷を埋める料理というものを目指して彼女は料理を作り続けているのだ。

 それが彼女に唯一出来る、彼女が幽霊の「ため」に出来ることなのだ。

 「思い出せないというのなら。それならしょうがないですね、ただ、もしかしたら。それが坂崎さんを助けるきっかけになるかもしれないのでお聞きしたいと思ったんです」

 「ははっ、俺を助けるってそりゃあ、元の体に戻してくれるって事かい?それなら思い出したいけどねえ・・・生憎、その時に戻って見ることは出来ないし、やっぱり今はどうしようもないよ。ま、戻れるものならぜひ戻ってみたいけどねえ、俺の体と過去、どっちの意味でも」


 「・・・戻れないぞ」


 はっ、と坂崎さんが声のする方に笑顔の消えた表情で振り向く。

 そこにいたのは、坂崎さん本人の、自分の顔。余裕の笑みの消えた顔。

 ではなく。鏡の顔の男。その鏡面に。坂崎さんの顔が映り込んでいただけのことである。

 「期待を持ったままそれをズルズルと引っ張って、後で恨みを持たれちゃ困るからここでハッキリ断言しておくぞ。坂崎さん、あんたは二度と、元のところには戻れない」


 「              」


 坂崎さんがなんと言ったのか私には分からなかった。それはきっと、声にもならない声で。

 しかし、そこには、空気の通らぬ喉につかえた。嗚咽のような濁音が確かに存在していた。

 その言葉にし難き心をきいきい、と引っかく不快なラップノイズ異音階怪音に、私の心を支える骨組みは、少し軋んで悲しげな音を立てた。

 このざわめきは、いつもどうしようもなく苦しい。いつも、いつでも、今になっても、だ。

 それは「他の人」が私に遺した音と共振するから。余計響いて、故に、余計苦しいのだろう。

 「・・・俺はな。多分、自分の前の人生よりも長いだろう時間をここで過ごしてる。始めは生き返ることを望んだが、その過程で。自分の死体が…自分が誰だったか分からないまま、その死体が火葬されるのに十分な時間を経て。それを実感して。俺は生き返ることを諦めたんだ。・・・俺はまだ見つけてないし、それがあるのかどうかも分からないが。よしんば死者の魂を、体に戻す術があったとしても、そいつはもはや叶わぬことなんだ」

 「その通り、死んだらあとは潔く成仏するのみですね。・・・私はまだもう少しだけ心残りがあるのでそれをしませんが」

 トマーゾがちらり、と響宇の方を見る。しかし彼女の視線は怯えた顔の坂崎航平に釘付けで。

 「あの  その 、   えっと、   でも っあの      ぅぁぁ   。・ 」

 私の視線は、張り付いている。坂崎さんの恐怖が張り付くデスマスクに。

 「わかるか、あっちを見てみろ。墓の方をな。あそこがなんだか分かるか?何があるのか?そう、あんたのいた場所、あんたの名前が刻まれた墓だ。つまりそれが意味するのは・・・」

 「ああ、やめてくれ!わかったよ、もうそこからは聞かなかったことにしておくからさ…」

 「いえ、聞いておいた方がいいです、聞かなくちゃいけません。それが坂崎さんのためですから、・・・さあ目を開けて、そして聞いてください」

 私は坂崎さんの地面にそむけ、閉じた目を開けさせるために声をかけてやる。理解が追いつかないかもしれないけれど、性急過ぎたかもしれないけれど。・・・つらいけど。

 「ああいやだ、いやだいやだっつ、ききたく、き、きたくっつ!ききたくない!!」

 坂崎さんが自分の体を、温かさも感じず只、ざらりとした砂の感触しかしない筈の自分の両腕を、必死の形相で自分の胸にギュッと抱き寄せる。必死の形相、しかしそれは決死には遠く。

 死を決するには未だ遠かった。まだ、自分の生を力強い執念で望んでいた。坂崎さんのように陽気な人でも。自分の死を受け入れるときにはひどく怯える・・・

 いや、普段陽気に振舞う人だからこそ。…「本質から遠ざかろうと必死にもがく」人だからこそ。逃避しようとする人にこそ。何もかもジョークに変えようとしているからこそ。

 「自分の死」という現実は。石棺のようにひどく重く耐え難いものとしてのしかかるのだ。

 これは必ず、必要なことである。なればこそ。今ここで曖昧にしてしまったままでは、ずっとそのまま。引きずったまま。坂崎さんはその「現実」からの理解を、なかったものとして。逃げ回り、引きずり回しているうちに落として失くしてしまうかもしれないのだから。

 「・・・あんたの死体が、荼毘に付された体が。カルシウムと、燃え残ったリンと。その他諸々が骨壷の中に、あの石畳の下の冥い空洞に納められてるって事なんだよ、

つまり、・・・・・・                 もう遅いんだ」

 鏡の顔の男の放った冗談一つ、軽口一つ混じらないその言葉の重さを受け止めた坂崎さんはしばらく呆然としたまま立ち尽くしていたが。

 「・・・・・・・・・・・・・・・そうですか、わかりました」

 坂崎さんは、覚悟したのか。自分の死について。ひとまず認めたような返答をした。

 「せいぜい遺せるとしたならば・・・そうだな、あんたの骨が健康なそれだったら。燃え残った分の炭素から、人工のダイヤモンドでも作れるだろうな、遺族がそれを望むなら」

 鏡の顔の男の、墓の下の暗い空洞から無理矢理搾り出したようなブラックなジョークで笑う者は、その場の何処にもいなかった。そう、それを放った本人ですら。

 「・・・つまんないこと、言わないで。必要なことならいいけど空気が変になるじゃない」

 「ああ、すまんな・・・だが、現実なんてそんなもんだ。それはお前にも分かるよな?」

 「ああ、これは夢ですか?ゆめだろうなあ、俺の。そうであってくれ、ああ…」

 「まあまあ、それじゃあ私の面白い死因でもお聞きすれば少しは気が楽になりますよ。私は今みたいな丁度、夏のアツイ日。このしまらないラフな服装で・・・」

 「ああ、お前の死因も俺と似た感じだったな。こいつの話は中々笑えるぞ?」

 そこから三人の死因トークが始まり出して、話は終わろうとしていたが…

 「…それじゃあ。質問のやり方を変えてみようか。聞き出し方を、変えてみよう。」

 私は更に、踏み入った強硬手段に出ることにした。 そして蜃気楼の様に「鏡」が揺らめく。


 ・・・後で思い返せば、何でそんな風になったかは分からないが。夏の暑さのせいだった?

 いや、それは紛れもなく。私自身の、心の逸りの所為だった。

 (この人を早く、救ってあげたい。)

 愚かな話だ。

 急ぎ足で話を聞いて、すぐにでも成仏させてやるということがよいことではないというのは、前にも分かったはずなのに、分かったつもりになっていたはずなのに。

 本当に人は、愚かなものだ。永劫続く輪廻の中で、無駄な過ちを繰り返す。

 そしてその愚かさは死してなおも変わりはしないのだ。

 自分でそれに、気付き悔い改めない限りは。千年悔いねば、変わりはしない。

 人を理解し、救ってあげたいという気持ちも。善という我欲もその歩み寄り方を間違えれば。

 自分の欲が膨らんで暴走した、我欲のままに突っ走る畜生に己を変えることに人は気付かない!そしてそれは、自分が理解されたい、と思うだけの愚か者が行う独善と同じ価値のものに時としてなりえるのだ!

 ワタシハカガミヲトリダシタ、オバアチャンノカタミノテカガミダ。

 ならば私は、せめてなら。「終わりよければ全てよし」であることを祈ろう。

 このかがみには、さきほどのしょっきとおなじようなふしぎなちからがある。それは―

 この独善のもたらす結末がよいものになることをせめて祈ろう。

 彼女が幽霊の、彷徨える亡霊の「ため」に出来る、只一つのことによって為される事を。

 I’m Crying! I’m Crying!!! Feel Crazymind!

 私はひどく、「捨てて置けない」と心の中で叫んだ!狂ったように、感じてた!

 それが彼女の行える、彼女にしか出来ない、他に代わるもののない行為ことなのだから。

 「坂崎さん、私の顔を見てください!」

 彼女はその人を諭すではなく、只ひたすらな感情論に走ることを選択したのである!

 虚ろな瞳の坂崎航平が振り返った先、そこにあったのは手鏡に映る自分の顔であった。

 「ん…・・・あ・・・…う……ー。」

 彼女の顔の前に掲げられたそれを見た途端、坂崎航平は凍りついたように動きを止めた。

 響宇の持つ祖母の形見の手鏡には、幽霊の「心」の中の真実、つまり記憶を映し出す力があるのだ!その際、映された幽霊の動きは止まっている。

 但し、鏡に映し出された「それ」が見えるのは僅かな時間のことである、その鏡では、あくまで全ての記憶までは読み取れない、但し、ただし―

 その鏡を使うものが望めば、その「限られた僅かな時間」の中で映すものを。鏡の使用者が望んだものに限定することが出来る。

 モザイクのような、砂嵐のような。色の混ざりすぎた絵の具の様な鏡面がマーブリングに変化を創める!鏡に映る無数に折り重なったモアレの様な記憶の風景が歪み、その中の一つの区切り、注目すべきワンシーンが今抜き出されようとしている!心の記録の固定化が始まる!

 そして彼女が限られた時間の中で見ることを望んだ「それ」とは―



 「あなたが一番記憶に残っている料理、もう一度食べたいと思っている料理は何ですか?」



 彼女、花塚響宇は。目の前の幽霊、亡霊、彷徨える人。その人の心の傷を、その情景を聞き出すのではなく。敢えて彼の、坂崎航平の「心が満たされていた瞬間」をその身で感じることを選択した!

 それは決して打算的なもの、例えば「満たされた感情を再び与えることで亡霊を成仏に導く」という様な、計算を重ねた単純な問題解決の仕方ではない!

 あくまで彼女の感情的な、本一冊に記されたロジック程度では解きほぐせない、彼女の複雑な感情によって導き出された、仮定を遡れば複雑で、しかし単純な「問題提起」の仕方!

 彼女は料理人、その端くれとして。自分の「料理」という力で亡霊の持っていた「幸せな時間」を指し示すことで、自分と向き合い、自分の傷と向き合い。亡霊が自らの意思で未練を断ち切り、成仏させる方法を無意識と、そして数々の模索の中に選んでいたのだ!


 光を放った坂崎の色を吸い取った鏡写しのマーブリングがぎゅるり、と捻れて廻り!鏡面が光り、人の目に見える仮染色の視界、紫外線の反射としてフィルター越しに真実を映し出す!


 そして坂崎の横にもう一つの鏡、鏡の顔が現れて。置物のように立ち尽くす坂崎の体を手袋越しに伝わるざらり、という感触と共に、響宇の手鏡から見て右斜めの射角。響宇の正面にいた坂崎から放たれる「光」が斜めの入射角、30度の位置になるように配置する。

 そして鏡の顔の男は坂崎と対になる「ハ」の字を描くような反対側の位置に立つ!

 角度は広角、百二十度!坂崎から放たれた光は鏡の顔の男の顔に向かって反射する、しかしその光は、鏡の顔の男の鏡面には彼自身が自分で覆い隠した左手により反射しない!

 「反射光の位置座標の受信と同期を確認。適切な光成分座標も確認。これで「ブックマーキング」は完了したな…後はお前が、正面に立った私を見ればいい。まあ、いつものことだな」

 「いつもありがとう」  「礼は後でいい、三割増しでな…「一礼」をするのも、二礼二拍手一拝もなしだぞ?」   「・・・じゃあ四拍手か八度拝八開手でいいかな」

 間にくだらない屁理屈めいた冗談を挟みつつ、鏡の顔の男が左30度から90度の位置、響宇の正面に向かい弧を描き移動する。鏡の顔の男は響宇の正面に立つと、左手で覆い隠したその鏡面を露わにした。

 帽子に右手を当て、胸を張り、腰に顔から話した左手を当て。顎を引いた姿勢で身構える。

 「ちゃんと見て来いよ、響宇!「味見」をして、寸分違わず再現してやれ!そこの坂崎の、心から望む思い出の味をな!―お前はそうすると決めて動いたのだろう!」

 「うん、わかってる!」

 今しがた行われた行為は響宇の手鏡と坂崎の記憶情景を同期させる行為であり、そして更に坂崎の記憶情景と響宇の手鏡、そして鏡の顔の男の鏡面とを同期させる行為である。つまりは三つの「装置」をリンクさせたのだ、記憶の発信装置である坂崎と、記憶の受信装置である響宇の持つ手鏡と、鏡の顔の男の鏡面を。


 (▲どうして俺が必要なのかって?・・・まあ説明を聞いとけよ。▼)


 響宇の持つ手鏡は、確かに幽霊の記憶を「見る」ことが出来るが、しかしそれだけでは響宇の求める「思い出の料理の再現」は難しい。…単純に手鏡で「見た」場合に得られる情報というのは只の視覚情報。その追体験のみなのである。

 プロの料理人でも、レシピや詳細な料理の調理工程を見たのならまだしも、「目の前に出された料理の皿」、否、それだけではない。その「においも味も感じない、映像や写真のみのようなもの」からその料理の見た目だけでない「味」まで再現するのはほぼ不可能であろう。

 しかし、鏡の顔の男の鏡面を使った場合、鏡の顔の男の鏡面の反射光を利用してその「記憶情景」を見た場合、その料理の、例えば今回ならば坂崎が記憶の中で食べていた「思い出の料理」の匂いや味(痛覚≒辛味含む)、触覚、熱さ冷たさまで追体験できるのだ!

 「反射」の果てに得られるのは、特定の成分の集中された、余分な景色が省かれ、その分凝縮された。「食卓」の周りの、映像のみでない匂いや味、触覚、更に言えば料理の弾け焦げる音まで理解できるきわめてリアルな群像劇の追体験効果!視界は限定されるが響宇にとってより有用で、尚且つ必要である情報が得られるようになるということだ!

 ただし、これを行うと副作用として響宇の意識が一時的に失われてしまう。手鏡のみを用いたときには起こらないその現象は、その「詳細な追体験」に心が集中しすぎてしまうから起こる現象なのか、

 それとも―

 響宇は手に持った自分の顔の前の手鏡を顎の下の位置で固定するように降下させ。正面に向き合う。目がくらむほどの、網膜が焼けるのではないか、と思うほどの眩しい光を目に入れて。

 「これもいつだって、目に入れても痛くない。・・・なんてことはないんだよなぁ」

 自分の意識を、その光の中に溶かすように、同化させるように集中させていった―

 かくして、合わせ鏡に閉じ込められた様に。響宇の意識はその光の中に入り込んだのだ。

 光が、

 記憶の。

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トマーゾ・ターヴォラ「で?出てきたと思ったらまたワタシは置き去りなんですか」 鏡「ああ、そうだな・・・」 響宇「そうですね・・・」 トマ「オーウ!また投げやり!投げやりなんですかー!」 響宇「ちょっと静かにしててください・・・今集中してるんですから。」 鏡「そう。きょう、わたし、すごいしゅうちゅう。じゃまするよくない。いいか」 トマ「ナンデカタコトナンデスカー!大分容量食われちゃってますねこれー?」 四季「そういえば響宇さんと鏡さんのそれって何をしてるんですか?なんかそれで幽霊の記憶をどうとか・・・」 響宇「ごめん、黙って」 鏡「ダマレ!」 四季「アッハイ」 礼「・・・お茶でも飲んでまってようか。」 トマ「そうですね・・・」 四季「で、結局あれは本当に何をしてるんですか?」 トマ「ンートですねえ、幽霊の記憶を映し出して・・・まあ本編見てればわかりますよ」 四季「礼ちゃん、トマーゾさんは何て?」 礼「本編みろ、だって」 四季「・・・四季ちゃんまで僕をぞんざいにするんですね・・・ひどい」 礼「ちょっ!?おにいちゃん!?本当、いや本当なんだって!」 四季「あ、トマーゾさんが頷いてます・・・本当なんですね、よかった」 礼「・・・私ってそんなに頼りないかなぁ」 四季「信用はしてますよ・・・」 礼「嘘でしょそれー」 四季「アッハイ。ゴメンナサイ」 トマ「次回、いよいよ坂崎さんの生前の秘密に迫りますよ。お楽しみにねー」 響宇(・・・またトマーゾさんが締めるんだ・・・)

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