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きょうのお墓ご飯  作者: 臭大豆
First order
7/13

翌・七月某日(昼下がりの頃)その2

 「すまん、失敗した…」

 「・・・・・・わお。」

 「イヤッッホオォォォオオオオォォン!!」

 この時私は既に墓地の高台に着いていた。歩みの記憶が曖昧で、と言うのも。実は私はそこで「驚くべき変化」を目にし、それがある高台まで走っていったからなのである。そりゃあ、歩みの記憶なんてないものだ。肩を揺らし息を荒げつつ、私は今進行している状況を整理する。

 簡潔に言うと。昨日の幽霊、「坂崎さん」が墓地の上空を飛び回っている。…ツナギ姿でだ。

 それも物理法則にとらわれないような、極めて自由なポーズでだ。具体的には、紐で片足を縛られてぶら下がったような姿勢で平行移動したり、腕を組んで直立した姿勢でジャイロ回転したり、座禅の姿勢でふわふわ飛び回ったり・・・うん、やっぱり個人差出てるなあ。

 幾らか目にしたことのある光景ではあったが、いつ目にしても慣れないものだな。

 つい昨日まで、普通の人とほとんど変わらない様子であった幽霊が。自分の置かれている奇妙な世界の法則、生と死の境の世界の法則を理解しだしたとたん、その宙に浮いた世界と自らを同調させるかのように、奇妙な姿で宙に浮く。

 もっとも、時間が経てば飽きるのか、そうした幽霊は時間の経過とともに元に戻っていく。

 「失敗だ失敗だ失敗だ失敗だ失敗だ失敗だ失敗だ失敗だ失敗だ失敗だしっぱ失敗だ・・・」

 今私の横にいるこいつのように。時間が経てばまた「最初」のようにまともな姿に戻るのだ。

 少なくともそうでない狂った様な幽霊というものは私は目にしたことがない。

「・・・実はあんまり反省して無いでしょ?」

 「ああ!」

 …いや、ここに一霊ひとりいた。恐らく笑顔で私を見てる、クレイジーでふざけた奴が。

 「やっぱりね。―破ッ!」

 私は線香を上げた手で、漫画で見たような見よう見まねの右掌低をその透かしたような鏡の顔に叩き込む。

 「おぎゃあああああお!?」

 …線香に触れていた、力を込めて叩き付けた掌の部分ではない指の部分しか入らなかったか。その鏡の顔には親指と、くっついた人差し指中指の形の穴が開いていた。まあいいや・・・

 「・・・死者特有の、仕事やしがらみから解放されて、自分の幽霊としての特性を知った者がその新しい感覚にとまどいつつもはしゃいでいる、よくあるパターンのはっちゃけ方だな」

 その次の瞬間には、何事も無かったかのように元に戻って話をしてるもの。

 はあ、と溜め息を一つ吐く。まったく、本当にどうしようもないとしか言いようがない。

 ので。

 「取り敢えず、ご飯にしようか?」

 「その言葉を待っていた!」

 「私もご一緒していいですか?何だかお腹が空いた・・・様な空かない様な気が。」

 いつの間にかこちらに近付いてきていた坂崎さんが、私の右手の重箱を好奇いっぱいの眼差しで見つめている。それはなんだか無邪気な子どものそれのようで。先程までの自由に空を飛びまわっていた様子も相まって、昨日の坂崎さんよりも印象を更に柔らかいものに変えていた。

 「どうも、坂崎さん。多めに作ってきてありますのでどうぞ♪」

 ご飯を食べるなら、人数が多いほうがいいとよく言う。孤独…もとい独りのほうが気楽でいいという人もいるが(うおォn)、まあ実際そういう気分のときもあるが。私は基本的に前者派である。クチャラー、食べるときに舌打ちをする人(歯に物が詰まる、と言うのは分からないでもないが…)、牛乳を噛んで飲む人など。そういう「気になる食べ方」をする人や、「よく出来た食べ方」をする人。普段幾ら表面を取り繕っていても、食事をするときはその人の育ちや本性がそれなりに分かって面白い。女の子が彼氏と付き合い始めたときには、そういうところを観察してみるといいかもしれない。偏食、テーブルマナー、舌の好み…食事のスタイルと言うのはその人の個性だけでなく、その人と自分が一緒にいられるかを示す指標になるのだ。

 幻想を抱くことは決して悪いことではないが、恋においての「憧れ」は、それを原動力にした恋というものは、必ず不幸な結末で終わるものだ。諦めろとはいわないけれど、こちらにも妥協、良く言えば受け入れる心と言うものは必要だと思う。妥協を含めて、足し引きをして結果、本当にその人が好きならば。「憧れの上での恋」ではなく、「相手を知り尽くした上での恋」ならば。その関係はずっと続くし、自分で納得したものだから、と受け入れられる。

 もっとも私には彼氏とかいないし、居たことなんかもないけどね!

 泣いてなんてない!

 「ありがとうございます!それでは…」「いや、

 ちょっと待って、と坂崎さんを手で制す。私は辺りの様子を伺ってみる。

 「・・・やっぱりいたか…」   うん、お墓だったら当然だよね。

 そして、黒い地面にじゅわっ、と水滴が垂れて染み込む。。それは言うまでもなく焼けたアスファルトと汗である。水滴が落ちて、染み込む。それが短い時間で連続していく。

 「え?誰か他の人でもいるんですか?」

 違う、そうではない。確かに人の目というものも気になるところではあるのだが、この場で特に気にすべきものと言うのは・・・

 「坂崎さん、あっちの林のほうを見てくれる?」

 坂崎さんは私に指示されるがまま段々になっている墓地の上にある松林に目をやる。すると、「ああ、」と。坂崎さんにも合点が行った様である。

 松林に並ぶ黒い影。そしてそれらは私達の様子を伺いつつ、野太いしゃがれ声で鳴いている。

 「そうだな、カラスが料理を狙っているんだ」

 そう言い放つのは、林に並ぶそれらと同じく、今日は「いつも」の通り黒いスーツに身を包んでいる鏡の顔の男であった。

 「へえ、そういえばこっちを見てる気がしますね。気のせいかもしれませんけど(笑)」

 「いえ、実際こっちのほう見てますよあれは。…ほら、そこにも。」

 そう私が指差した先には、墓石の上に止まるカラスと卒塔婆を揺らして遊ぶカラスが!

 「たまーにお供え物を置いて帰る人がいるんですよ。カラスはそれを覚えてるんです」

 「カラスは頭がいいからな。本当はこの墓地にお供え物を置いて帰るのは駄目なんだが、たまにこっそり落雁(お菓子)やおはぎなんかを置いていく奴がいるんだ。いや、悪いこととは一概には言えないがな?」

 うん、供養のためにお菓子を上げたいという気持ちも分からないでもないが、しかし。そのせいで他の人のお墓にカラスのあれがこびりつき、お菓子の包みがそこらに散らばると言うことも考えて欲しいと思う。

「でもそれは全部カラスの餌になる。置かれたおはぎを半殺しなんかではなく全殺し、つまり見つけたそばから全部掻っ攫っていく。あいつらは遠くから様子を伺ってて、墓参りに来た奴がいなくなったそばからサッと、本当に素早く包装を破って、プラスチックの容器を開けて。持っていくんだ。本当、死人は食べ物を食えないもんだがそれにしたってひどいもんだよ」

 うまいんだかうまくないんだか良く分からないおはぎの例を交えてお供え物の末路を「目で見たままに」話す鏡の顔の男。うまさはともかく、カラスもおはぎは好物のようである。

 餌付けしてみたいなー、と言う気持ちもあるがそれはやっぱり我慢であるのだ。

 ところでカラスも食べられるらしい(私がカラスを)。いや、獲って食べたりはしないけど。

 どうせ食べるなら、管理がしっかり行き届いてるところのカラス肉がいい。

 「供えておくなら、缶ジュースくらいにしておくといい。お前に言ってもしょうがないけどな・・・どっちにしたって死人はお供え物を頂くことは出来ないんだ。気持ちは伝わるがな」

 なるほど、とカラスの件については納得した様子を見せた坂崎さんであったが、でもその後すぐに「ん?」と首を傾げて別の疑問を浮かべるに至ったようである。

 「あれ?でも…それじゃあ私達もこの料理は食べられないんじゃないですかー!やだー!」

 鏡の顔の男が語った「死人はお供え物を以下略」という言葉を聞き逃さなかった坂崎さん。

 「ん、…まあ、それは料理を目の前にすれば分かることだ。自転車の振動でちょっとばかり形の崩れた、響宇の料理を見てみるがいい、目で見て楽しむのも悪くはないと思うぞ」

 鏡の顔の男が伝わるか伝わらないか、いや、多分伝わらない風にわざとらしく言い回す。

 「・・・やっぱり目で見るだけなんですか?いや、匂いも一緒に」

 「残念ながら幽霊には匂いも伝わらないぞ?…お前はここで線香以外の匂いを嗅いだか?」

 坂崎さんが首をビクン、と上げて、そのまま頭を肩ごと下に向ける。多分、落ち込んでいる。

 「うん、先ずはちょっと場所を移しましょうか。食事はその後ゆっくり…ね?」

 「目で楽しむ、って奴ですか?幸いお腹はあんまり空いてないみたいですが…はあ。」


 足下の黒い地面がゆらり、とゆらめき。

                                視界も、移ろう。


 それから私は、一人そこから、墓地の段々の一段目から遠く離れた墓地の管理人さんの事務所・兼・家の裏庭に移っていた。裏庭、と言うか。墓地の事務所の裏庭はただの芝生の広がり、つまりは開けすぎた場所なので、正確に言うと事務所の通路側ではない方の横のスペース、梅や桃の木で芝生側からの視界はふさがれ、地震で崩れっぱなしの低い崖でサイドからの視界はカバーされ、そして墓参りに来る人たちから見えるであろう方向には造園業者のトラックが!

 …完璧ではないが、少なくとも炎天下の墓地で一人料理の入った重箱を広げ、一人で談笑している(ように普通の人には見える)姿を見られたら即119番、救急車ものだろう。

 そうでなくてもあの炎天下に長時間いたら救急車ものである。しかしここなら、まあ人目についても墓地にいるよりは気まずくはなく、まあ気まずいが・・・見つからなければいいだけの話である。それにここならカラスの襲撃も防げる。

 それから遅れて、重箱を広げているところにふわりふわりと二人が飛んでくる。

 「いや~、まだジグザグ浮遊は綺麗に出来ないですね~」

 「そりゃあ一日、いや、(一日)足らずじゃあ出来ないだろう。その内出来るさ」

 仲良く飛び方の練習などして。いつの間に、と言うのは聞くまでもないことだが。一応私は鏡の顔の男に問いかけてみる。無論食器を並べる手は動かしつつだ。

 「いつの間に坂崎さんと仲良くなったの?」

 「ん、そりゃあまあ昨日からだろ?なあ。」

 「はい、加々美さんにはあれから色々と教えてもらいまして」

 にこやかにアイコンタクトを交わす二人に、私はなんだか、何ともいえない距離を感じて。

 「ふーん。ほら、食器渡してあげてよ。仲のいい人の手からね」

 「なんだ?熱くて苛々してるのか?フーフーしてやろうか」

 「人をおちょくってると(線香の灰を)ぶっかけるぞ!」

 しぶしぶ、いや、しょぼしょぼと言う感じで(グチュグチュという感じではない)鏡の顔の男が私の持ってきた二セットの箸とフォークをを手にする。

 すると、その食器は鏡の顔の男の手袋をはめた手にぴったりと収まった。

 「んー………!やっぱりいいなあ、この温かい木の感触と、冷たい金属の感触は!物に触れられる、これだけのことが嬉しいと感じるとは。生前には思いもしなかっただろうな!」

 鏡の顔の男は、私が食器を、おばあちゃんの形見の食器を手渡す度にいつもこうして感動している。というか、その手袋で感触が伝わるものなのか?…というのは最早気にならず。

 石畳、アスファルト、金属の手すり、フェンス、門戸、芝生植え込み土庭園の飾り石。

 普段はその体に触れることのない筈の「物」の感触。それをじっくりと噛み締めているのだ。

 「ほら、受け取れ」

 鏡の顔の男が坂崎さんの手のひらの上にぽとり、と食器を落とす。鏡の顔の男曰く、いや、「他の幽霊」に聞いた話はどれもそうだが。幽霊と幽霊、それら同士はお互い触れることが出来るそうなのだが、その感触は何故か、砂に触れたときのそれと似ていて気持ち悪いそうだ。

 「…ほお。なんだかずいぶん久しぶりに物に触った、と言う感じがしますね」

 鏡の顔の男から手渡されたその食器に「触れている」という感触に、自分の体をすり抜けていかないそれに「不思議」な感情を抱く坂崎さん。その時背筋に何かが走る。

 「まあ実際そうなんだがな。お前は死んでから、ずっと物らしいものに触れてないわけだし。だが、昨日の夜お前に握手を求められて触れられて、その上お前が悲鳴を上げたのには驚かされたぞ・・・そしてちょっとショックだったな」

 鏡の顔の男がうなだれている。漫画ならその鏡の顔に棒線が沢山引かれているだろう。

 「いやー分からなかったものでつい…っていうか、死んでからとかあんまり言わないでくれませんか、まだちょっと落ち着かないもので」

 ああ、その辺りはまだ受け入れ切れていない感じなのね。それはそうか。

 「なんかねえ、そう言われれば言われるほど。生きてたとき?って言うんですかね、その時の事をもっと、なーんか色々思い出せてない今よりもっと、忘れちゃう気がして」

 「ああ、すまんな。私は死んでから結構経ってるからなあ…そういうアフター・エチケット的なものをうっかり忘れてしまうところがあるのだすまんな」

 「いえ、そんな畏まられるより笑い飛ばしてくれたほうがいいですよ。喋り方も昨日ぽろっと言ってたような「俺」でいいですし」

 「おう?なんだよそうかよそれじゃあそうするかあ、いやー悪いな坂崎さん!はははは!」

 「あはははは…呼び捨てにしてくれてもいいんですよ加々美さん!」

 「「わはははは……!」」

 ・・・なんだこれ。

 私の中に湧き上がる、この良く分からない疎外感の様なものは何だこれ。なんだろうこれは。

 悔しくなんてない!

 「…で、こうして食器を持てたのは良いとして、まさか料理が食べられないなんて事は」

 「ありえない話ではないな」

 「ところがどっこい、食べられるんです!」

 私が変なテンションと満面の作り笑いでどっ←こい→です←と発音しながら答えると。

 「うわー…」

 「どうです?驚きましたか?」

 「ええ、ところがどっこい、なんて久しぶりに聞きましたよ。実際に言ってる人を見たのは初めてです」

 「そっちに驚いたの!?」

 「ところがどっこい!ところがどっこい!わはははは・・・!」

 「もー!いいからお前はそのどこにあるか分からない口で料理でもつまんどけっ!」

 鏡の顔の男の体をバシバシと・・・叩けないので、私の手がその体の胸の辺りで空振る。

 「ぎゃああああ!痛い!痛い!!洗ったつもりでもまだ線香の効果残ってる!」

 「清めの水の力じゃないの?拭いてはないけど、手ならちゃんと向こうの水道で洗ってきたから」

 若しくは水道水の塩素の力だろうか。塩素系の洗剤とか手についたらヤバイもんなあ…

 「うう…喉から下の内臓を持っていかれた気分だ、もう戻ってきたけど」

 「じゃあその焼け爛れた食堂を通っていくであろう私の料理の感想を早くください」

 「半端なものなら承知しないぞ?今日は初めて作るものを持ってくる、と前に言ってたが」

 そして鏡の顔の男が料理に箸を伸ばし、その鏡の顔の口の辺りで喰らい付く。

 その様子を見て、坂崎さんが唸る。

 「…うーん、私には加々美さんがが料理を「食べてる」って風には見えないんですが」

 「うん、私も正直そうは見えない」

 鏡面が割れたり動いたりする様子もなく、ただ料理だけがどこかに消えていく。たまにその口元と思われる辺りに食べかすやソースだれがついているのを確認できることがあるが、しかしそれは目を放した隙にいつの間にか消えている。そんな神秘の、いや、怪奇的な現象を二人でまじまじと眺めていると。

 「うん、今日も美味いな。流石響宇だ、惚れ直したぞ」

 「…それはどうも」

 飛んできたのは賛辞の言葉。思いがけず投げられたそれに私は思わず微笑んだ。

 「見栄え食材の質云々ではなくこの料理の技術の素晴らしさを語ろう。この美味さと言うのはやはり響宇の経験、そして技のなせる賜物だな。第一に、食材の火加減。焦げてもいないし生ではないのは勿論のことだが、第二に技術!使った肉の部位の質もあるだろうが硬過ぎず柔らか過ぎずの丁度いい食感だな!読者に見えないところで実はこっそり丁寧に筋切り

(肉の腱など硬い部分に包丁を入れ食感を良くすること)

をしているのも流石だな、ブロック肉でよくやるな!野菜の大きさもごろっとしすぎず、細かすぎず舌触りがよい。経験が生きたな、当然ながらトマトの皮が残らない裏漉しを採用したのも良いな、レシピ通りのことかもしれないがそれでも手間を惜しまず良くやっている」

 …火。「ストラコット」なのにそれはいい事なのだろうか、いやまあいいことなんだろうなあ。野菜のカットや筋切り、裏漉しについては普通の人からは聞けない感想なので正直嬉しい。

 「第三に、食材の味付け。十分味が浸みているな、ちゃんと冷まして味をなじませている。合格だ。塩加減も食材の味を殺さない丁度いい具合だ…主食、米やパンがないのが残念だが、付け合せのトマトと食べるには丁度いい。…使ったワインはいつものだな。まあ嫌いじゃないぞ。野菜の甘味と、トマトの酸味、そしてオリーブオイルの爽やかさが肉のヘビーさを程よくほぐしてくれている。ああ、セロリの爽やかさも相まっていいな。そしてそれだけでなくにんにくの香りがしっかりするのもたまらんな。冷めかけているのにオイルに移した香りが鼻に喉に来て、満ち足りた感じになるのに。それでも野菜の爽やかさが、オリーブオイルの爽やかさが。俺にもっとかっ喰らえと囁いている、そしてその結果明日を生きる活力が俺の仲に流れ込んでくるのだな!いや、本当自分が既に死んでいることを忘れるくらいだ!まあ煮込み料理と言うシンプルなもの故に目立った技術と言うものはないが、その分ごまかせない基礎的な技術と味の評価でお前はこの私の食べてきた料理の記憶の中でも中々、いや、上々の力を持っている。少々言い方は悪いかもしれないが、下手な料理屋ではお前にかなわないと言っても言い。それだけの技巧とセンスをお前は持っている、今回の料理でやはりそれが再確認できた。賞賛に値するものだよこれは、うまいよ。うまい、まあ俺は金も何にも持ってはいないわけだが、それでもこうして料理を作ってくれると言うのは実にありがたいものだな」

 と、言う鏡の顔の男の熱弁に対し私はどうしたかと言うと、

 「はい、坂崎さんもどうぞ」

 「あ、はい。それじゃあ」

 私はその熱弁をよそに。所謂「普通の人」である坂崎さんに料理を勧めていた。いわスルー。

 「おい聞いているのか響宇?」

 「はいはい、ちゃんと聞いてますよー」

 聞いていない振りをしてはいるが、実はちゃっかり聞いている。やっぱり自分の作った料理がほめられるのは嬉しいものだ。研究に研究を重ねた料理の評価をしてもらうと言うのもドキドキものではあるが、初めて作った料理の評価を頂くと言うのもそれはそれで面白いものだ。

 「…つれない態度をとってはいるが。やはり料理には「本当の事」が出るものだな…ふふ」

 「!」

 鏡の顔の男の顔に、照れ隠しのフォークが突き刺さる。

 訂正、突き刺さらずにすり抜ける。

 「このフォーク、シルバーじゃなくてよかったね」

 「んー、でもこのフォーク眉間の辺りを貫いてるだろ?なんか色んな意味でぞわっとなる」

 「うん、そうだね。眉間の辺りに指とか近づけるとぞわっとくるよね」

 「まあ、眉間を過ぎればそれもかわいいものだと思えてくるから不思議だよ、わからんが」

 「『謎だが、きっとうまくいく』って感じのやつ?私も好きだな、その言葉。」

 私達が常人には理解できない不可思議奇妙なやり取りをしている一方で。

 「美味しい!本当だ、食べられる・・・じゃなくて、美味しい!何ですかこれは!じゃなけて、うん、凄いですよこれは!美味しいです!」

 何とも普通な、しかし普通ではない人の。極めて普通な予備知識による飾り気のない感想が私の料理を食べているそれと同じ口から飛び出していた。

 「本当ですか?」

 「ええ、家内が作ってくれた料理よりも美味しいと思いますよ」

 ・・・そう言われると複雑だなあ。特に、この「管理人夫妻」の家の近くでそんな事を言われると何だかより複雑である。―あの件は、丸く収まってよかったが。

 「流石にそれは冗談ですが」

 「ああ、やっぱり」

 私はがっかり半分、でもどこか「よかった」という思いを半分ほど表情に浮かべる。よかった、メシマズな坂崎さんの嫁なんてものはいなかったんだ、と言う気持ちを。

 ああ、違うの。墓地管理人の奥さん、しずかさんの料理も美味しいんだよ。うん。

 只、私と料理対決をしたらお嫁さん補正がなければ負けるって位の腕前っt…いや何でも。

 「でも同じ位、比べられない位美味しいですよ」

 坂崎さんが昨日のような「作り笑い」ではなく、恐らく、「本当の笑い」と言うようなものでこちらに微笑みかけている。やはり一皿の料理の前では誰も嘘を吐けないものなんだなあ。

 「料理には人それぞれの個性が出ますからね。…お褒め頂きありがとうございます」

 そうしてはにかみ笑う私の表情もまた、料理を前にした嘘のないそれであったのだ。

 それから私は柔らかくて美味しいだとかトマトの酸味が爽やかで美味しいだとか、セロリはちょっと苦手だとか言う味の感想を聞いた。トマトも人によって嫌いというのは割とあるようだが、それ以上にセロリは結構嫌いな人が多い野菜だと思う。私は好きだけどなあ。栄養ありそうな味だし。そして何より、春に食べる山菜…とはまた別のベクトルの爽やかさを感じる。

 さて、どうしてこうして。この様に幽霊が料理を食べられるのかと言うと、詳しい理屈は良く分からないのだが、これまでの何度もの検証の結果、今日持ってきた重箱やお箸、フォーク。それらをはじめとしたおばあちゃんの形見である食器。それを使えば幽霊でも料理が食べられるようになるらしいのだ。それを初めて発見したのは鏡の顔の男その人である。科学的な根拠はまったくない、と言うかこの状況そのものがオカルトで。そんな中この鏡の顔の男や他の幽霊と話し合った結果成り立った一つの推論と言うのが「この食器が霊的な性質を持ち、尚且つ生者の世界の食物と幽霊を結びつける性質も併せ持っている」ということである。

所謂「逆ヨモツヘグイ」

(死者の世界の食べ物を生者が食べること。ペルセポネ、イザナミの話は正直女性の私から見てひどいと思う、もっとも神話とか昔話の原作そのものが、自体が色々とひどい話だが。)

現象を起こすことが出来、場合によっては、上手くやれば。消え入りそうなほど虚ろな霊の存在をくっきりした状態にしたり、未練を残してあの世に逝けず彷徨っている幽霊を成仏させることも出来る…あくまで上手くいけば、の話だが。勿論、私の料理だけではどうしようも出来ないことと言うのはたくさんあるのだ。そもそも私はそれを目的としているわけではないし…あくまで私は「私に出来ること」をしているだけなのだから。

 どうしておばあちゃんの食器がそうした性質を持っているのかということについては(私達の間で)諸説あり、それを挙げていくと先ず「死者となったおばあちゃんの霊性が、何らかの形で食器に移っている」説、これは最初の説で納得度もそれなりに高いが、しかし根拠の程が曖昧でいまひとつ決め手に欠ける説だと私は思う。次に「食器そのものの素材が特別なものである」説。これは私のお母さんから得た「普通のお店で買ってた」と言う情報から完全に否定された。可能性としてゼロではないが、しかしちょっとファンタジーすぎるのではないかなと

思うよ。悪いとは言わないけど。それからもう一つ挙がったファンタジーな説が「実は食器とか関係なく私にそういう力が備わっているのでは?」説。これは度重なる検証によりがっつり否定された。おばあちゃんの食器を使わなければ食べることはおろか、鏡の顔の男や他の幽霊は匂いすら感じることは出来なかったし、

(逆に言えばおばあちゃんの食器さえ使えば匂いや詳細な味覚が得られると言うことである)

手を加えていない市販のアイスですら食器に載せて出したら幽霊は食べることが出来た。そうして「私の特別な力で幽霊が料理を食べられるようになっている」的な説は完全に否定された。が、しかし。

幽霊を見ることが出来る力や、その他諸々(後述)、私が手にするに至った色々な力は。ファンタジックというか、オカルティックというか。そういう力であることは否めないと思う。知識もまた力であるんだなあ。無知の知も侮れないものだけど。

続いて「愛情の力」説。おばあちゃんが愛情を持って料理を作り、その過程でその「愛用の食器」を使い続けた結果食器におばあちゃんの愛情≒心≒魂が宿り、それが本来ならばアンチマナーである筈の「現世から彷徨う霊への直接的な渡し箸」を可能にしているという説である。最初の説を基にして熱弁されたこの説は、鏡の顔の男の理屈的な語りをも押し切る力を持っていた。それに押し負けてはいたが、鏡の顔の「墓参りに重箱を持ってきていたことで重箱や食器に線香の煙や思念が移り、それが祈りの力と作用して、儀式のような形で霊的な道具が産み出された」説もファンタジー的ではあるが「愛情論」がなければ納得せざるを得なかった。仏様への祈りが線香の煙を幽霊にとってとげとげしくない柔らかなものに変え、それが重箱を思念の力と一緒になって包み込んだことで重箱を、そして重箱の中の料理を食べられるのだというオカルトながら納得できそうな説。しかしその節はおばあちゃん本人(霊)の「墓場に持ってきていたのは風呂敷と重箱、そして料理だけで箸や皿などは持ってきていなかった」という証言から否定され、結果として「愛情論」が暫定的ではあるが採用されるに至ったのである。

 そうそう、この鏡の顔の男は、そして私は。前のお盆の時におばあちゃんと再開を果たしている。そしてその後で思い出したらしいが、鏡の顔の男はおばあちゃんがこのお墓に重箱を、私が今持っている重箱を携えてお墓参りに来ていたのを目にしたことがあったようなのだ。

(流石に面識のない人という事で料理に手を出す事はなかったそうだが。というか、出したとしてその時点で触れられたかどうか。匂いがしたか、というのは覚えていないということだ)何だか運命的なものを感じざるを得ない。因みにその際、幾度となく。おばあちゃんは重箱の料理を狙ってやってきていたカラス達と激闘を繰り広げていたそうだ。…そりゃあ覚えてるわなあ、でも忘れてたけどね。とにかくそれだけおばあちゃんの料理は美味しかったのだ。

 そういえば私がこの鏡の顔の男と出会ったのも、幽霊の姿が見えるようになったのも。おばあちゃんの形見の折りたたみ式手鏡がきっかけだったっけ。初めてあいつを目にしたときのこと、今でも覚えてる。あいつは手鏡の反射光で眩しがっていたなあ。そういうわけで私はその諸説中の「愛情の力説」に強く賛同している、と言うかそれを提唱したのは私だ。

 結局全てやっぱり絶対。幽霊達が私の料理を食べられるのは、おばあちゃんのおかげと言うことだ。それは確実不変不動の真理である。うん間違いない!

 やっぱりおばあちゃんは死して尚不滅で最高だっ!!

 「ところでさっき坂崎さんが言ってたことについて聞きたいんですけど」

 「何ですか?」

 「ほれ、えーっと、あの。生前のこと、っていうか、さっき話してた。生きてたときのこと、今坂崎さんが自分で覚えてることについて聞きたいなーって思って」

 「ああ、それなら俺が話してやろう」

 と、私と坂崎さんの間に鏡の顔の男が割って入ってきた。割れ物注意の張り紙もなしに、鏡の顔がその中のどこにあるのか良く分からない口でご機嫌に語りだす。

 「坂崎さんは服縞圏生まれ、まあここに墓があるからにはそうだよな。墓碑を見る限り、先祖代々の墓に入ることになったんだろう。高校を卒業して上都してからは新都の郊外暮らしでトラック運転手をしていたそうだ、更に詳しく言うと新都運送のドライバーをしていて、まあ配送業だな。だが配達先は都内ばかりであまり遠くに行く事はなかったそうだ。倉庫整理もしていたらしい、まあ全国から集められた荷物を倉庫から都内のエリアに運ぶ仕事ってところかな?記憶が曖昧ではあるそうだが、恐らく妻と暮らしていたらしい。子どもはいたかどうか分からない、多分いなかったらしい。仕事の忙しさ故に休みは少なかったそうだが、それでも休日には妻とどこかに行っていたような気がする、とも言っていたな。趣味は旅行、車は持ってなくてバイクか電車での旅行が趣味、家で安酒をかっ喰らうのも好きだったそうだ。煙草は嗜む程度。それから、最後の方に何故だか一人でこちらに、自分の実家の方に向かっていたそうだがそれを「最期」にその後の記憶がないそうだ」

 「ほう…」良く知ったことのように随分としたり顔で話すのね。いや、表情はないが。

 「それが俺が坂崎から聞いた話の全部だな。それ以上の情報は今は多分出てこないだろう」

 成る程、つまり鏡の顔の男は今話している、坂崎さんについての情報を本人から既にそれだけ聞きだした、と言うことか。いやまあ幾らかは私も昨日の時点で聞いてたが。

 「ほお、良く覚えてますね加々美さん。昨日の夜中に話したのに」

 「ところがどっこい、覚えてるぞ!」

 「・・・・・・・・・」 無言とジト目の圧力。

 「夜通し聞かされた話だが一応覚えてるぞ。別に寝ようと思わなければ寝なくてもいいようになるしな、幽霊って言うのはそういうもんだぞザッキー」

 「うーん、ちょっと置いていかれた感じだなあ。(ザッキーって何なの…)」

 「まあまあ、私としては花塚さんとも仲良くしたいところですよ、知ってる人がいなくて心細いですし」


 すると。



 「HAHAHA…それではよかったら私とも友達になりませんか?」

 



 「!」






鏡「あー、ちょっと前にこんなこともあったよな」 響宇「むー、本編絡みの記録映像で話を完全に逸らすつもりだな・・・それにしてもあんたの「力」には結構助けられたよね。「これ」も含めて。そういう力もさっきの話に関係してるの?」 鏡「そりゃあ生きれば生きるほどに。知識と力は身につくものだからな」 四季「わー、本当凄いですね。地デジにも劣ってませんよ、画面はすっごい小さいですけど」 礼「私にはなーんにも見えないね。なーんかは。きこえるけど。」 鏡「まあ小さい画面に意識を集中させるという打算もあるし、このくらい小さい画面じゃないと音声まで「容量」が行き渡らないからな。最後に出てきた奴・・・一体誰ーゾ=何ーヴォラなんだ・・・」 響宇「こら、ネタバレよくない!」 鏡「いいじゃないか、もう知ってる奴は知ってるんだし。それに俺たちの今の会話だって十分」 響宇「だめっ!」 鏡「はい」 礼「何、例のシy」 響宇「やめてっ!」 礼「はいっ。」 鏡「というかもうその辺に来てるんだけどな、何ーゾ。」 響宇「え?誰ーヴォラさんも来てるんだ。」 鏡「まあ忙しくなくて「現時点で」成ぶ・・・」 響宇「それもネタバレー!」 四季「よくわかりませんが、鏡さんが豪快なネタバレをやらかそうとしていると言うことはわかりましたよ」 礼「うん、おおよそ正解」 ???「本当、厄介な人ですねー。アハハッ。」 礼「あ、ほんとにいた」 四季「んー、こちらにいらしてるんですか?・・・あ、はみ出してますね、ドアのところ・・・」 響宇「はみ出っ!?ちょ、ちょっと待って、後ろ向いてるから全部出てきたら言って!」 四季「もう出てますよ?」 ???「どうもコニチワ。本当、今日は皆にぎやかでいいですねー。おーハナシ好きのワタシとしてはー。待っているのは退屈でしたー。話の進行の配慮があっての退屈は必然でしたけど。」 鏡「お前もっと普通に喋れよ・・・いつも程度には。まあでも本編進行の都合上今回はここで終わりなんだがな」 ???「エー・・・ナマゴロシ?ナマゴロシなんですか?一体日本の義理と人情はどこですか!我慢と忍耐をキョーヨーされるばかりなのね!?」 礼「義理と人情は来週になったら届くんじゃないですかなぁ?新しいお便りは届かないみたいだけど」 鏡「こりゃ、トークだけで終了するかもな・・・」 ???「そして今回はこれで終了デスね。んじゃまたねッ。」 響宇(あなたが締めるんだ・・・)

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