続・七月某日 その2
階段を。
―降りて、下って、私はさっき「あいつ」に指定した場所に向かっていくのだ。
そこは、石の小道とアスファルトの緩やかなカーブを描く道との境界線から幾らか近く。
大きな庭石がごろりと並ぶ近くの、椿の垣根とクヌギだかコナラだかのどんぐりが生る林の切れ目と椿の囲いがある、木の屋根の。丸い木の自然造形をそのまま生かしたような丸い四本足の柱の屋根と、その下に平べったい木のテーブルと、丸く背が低い四つの椅子のある場所だった。話をしたり、休憩をするにはもってこいの場所なのだ。
終わりの方に短い緩やかな傾斜があるアスファルトのカーブ道を上り、そこまで体を持っていく。ついでに桶も忘れずに持って、だ。
いくらか薄暗くなってきたので、慣れた道とはいえ幾らか足元に注意して歩く。
「やあ、いつもご苦労なことだな」
後ろを向いて座っているそいつがそこにはいた。いや、正確には手前の方の椅子の右側に、テーブルのほうも向いて座っているので正面か。まったく、格好つけて。顔くらい見せてくれればいいのに…
まあ顔なんてないんだけどね。
ここにいるこいつの顔は鏡なのだ。
椅子に座る格好をして、空気椅子の体勢で腰も靴裏も、革靴の裏も浮かせているこいつは幽霊である。こいつの名前は…覚えていない。
…と。本人が言っているのだが。
こいつにはどうやら記憶がないようなのだ。一般的な知識教養等日常生活に必要な記憶は残っているらしいが、どうも日常的な記憶や思い出というものはあまり残っていなかったようで、忘れてしまったようで。…しかしどうでもいいような事はたまに思い出すようで。自分の名前すらも覚えていないようなのだ。「鏡の男」と呼んでくれと本人がそう言っているので私は彼を、こいつをそう呼ぶことにしている。まあ基本的に呼びづらい名前なので、他の「誰か」に紹介するときや改まった口調で話をするとき意外は「あなた」とか、「ねえ」とか、「おい」とか。…貴方とか姐とか甥ではないよ?議論や感情がヒートアップしたときは「お前」とか。そういう風に呼ぶようになっている。もはやそれはそうあるべきであるもののように、自然な形でそうなっているのである。
「うん、待たせたねえ君。」
そしてたまには普段は呼ばない「君」なんて呼んでみる。深い意味はない、ただ単純な遊び心である。
「…なんだ?さっき私が不愉快そうにしてたから怒っているのか?」
その単純で浅い遊び心を深読みしてしまったのか、足組みをして、左ひざの上に右脚を乗せて鏡の顔ではなく、投げかけた言葉で私の心を探ろうとしているようだ。
「いや、違うよ?別になんでもない、ただの気分だよ」
「なんだそうか…それならまあいい、座れ。」
「はいはい、言われなくてもそうしますよー」
こいつが埋めている一つの席を除いた残り三つの場所の何処に座るかを少し迷って。
私はそいつの横の席に座る。
「…なんで隣に座るんだ?向かいに座ればよかろうが」
「私はこっちの向きが好きなの。…わがままを言えば、本当はあなたの座ってるそこがいいんだけどなあ」
「鏡の男」の顔に映った女性の顔の視線は。鏡にはなく、鏡の男の足元の方に、組んでいる足とスーツ、スーツのパンツ(ズボン)の布(?)地に隠されて見えない丸く背の低い椅子の境界の方に向いていた。
「本当にお前は俺には遠慮がないな?まあそれは俺もそうだからそれでいいのかも知れないが。分かったよ、向こうに移ってやろう」
そういう風に私に声が聞こえたところで、黒いズボンとその上の、白く背中と肘に皺が出来たYシャツと頭の上のシルクハットが動く。
顔が鏡の幽霊は、いつもとは違いその暑そうな上着を脱いでいた。いつもは基本、春だろうが夏だろうが暑かろうがじめじめしていようが雨が降っていようが、上下のスーツを着た季節感のない格好をしているのだ。サラリーマンや訪問販売員の方がまだ夏服冬服、夏スーツ冬スーツで季節感のある格好をしているというものである。
…が、今日はどういう訳か。まあ深い意味などないのだろうが、スーツの上を脱いでいたのだった。
…キャラクターの印象を決定付ける最初の話で、読者が最初に読む話でこいつはいったい何をやっているのだろうか?いやまあ、私としてはこの方が見苦しくなくてよいのだが。
しかしいつもスーツ姿で通しているキャラとしてはこの上ない失態である、とも言いたいな。
…本当、色々とがっかりな奴である。
私が言うなって?うん、確かにそうかもね。こいつの方が私よりは余程頼りになると思うよ。
「ところで別に暑いから、って訳でもないよね」
幽霊の鏡の顔に軽い疑問を浮かべた、しかし心の中ではすでにその答えを知っていそうな彼女の表情が映る。
「ん?何が、…ああ。上着か?只の気分だよ」
そういって幽霊は、きゅっきゅっ、と鏡の顔を持っていたハンカチで磨く、…ように、拭く。
口がある(おそらくその辺り)曇っているのは私の顔だけでなく、こいつの顔も同じのようであった。―意味合いは違うけれども。
口のところ、そういうものが位置的にある、と思われる場所から。…実際にはそこは平面の筈なのだけど。そこからいつもは口調を荒くしたり溜め息を吐いても曇らないはずの。鏡の顔を曇らせる吐息がもわ、っと。大気中にくゆる煙のように、その顔をもわもわ煙らせていた。
そのスモークガラスには、余計に曇る顔が更に陰影深く、しかし見た目的にはぼやけて映り。
…うーん、謎だ。
最初にそれを見たときには「ホラーだ」と思ったものだけど。
それなりに、いや、結構慣れた今となっては。それがホラーというか、ミステリ的な意味合いを持つものに私の中では変化してきているようだ、そういう価値観に変化している。
…けして無価値にはならない、実に面白く、しかし私を終わりのない思考の渦に、悩みに誘う。なんだかよく分からないそれ、しかし、この世界そのものの形、「不条理」という認識を遮るスモークガラスのような、しかしその先に「それ」がはっきりとあるのは分かる、言い表し様のないそれ。
まあ、嫌いではないと思うけど、正直な所「よくわからない」ものである。
だって、世界的に見れば。日本人の常識なんて少数派であり。
多くのもの(道具だったり、戒律だったり)を共有したり、直感的に感じ取る集団からは浮いた存在で。個人が物を所有し、個人が疑念を抱くという、そういう形というものは。まあ、どちらが正しいなんて言えないけど、私にはそういう風に曖昧な答えしか出せないけど。
見る人たちが見れば、かなりの異端ととれるものだから。
だからこそ私たちは、少なくとも私って奴は。余計に色々と迷ってしまうのかもしれないなあ。
きっとそういうロジックなんかでは、理解することは難しいことなんだろうなあ。
社会というのは、世界というのは。実に不条理だ、と言われるが。本当は本当にシンプルで分かりやすいもので、私たちが自分でそうしているだけ。分かりにくくしているだけ。そこに尽きるのかもしれない。
…分かりやすかろうが複雑だろうが、不条理な事そのものに変わりはないのだろうけどね。
「何をぼーっとしているんだ?」
「ん、いや別に。いつもの事だよ」
「ふうん、そうかね。」
鏡の顔の男の口の辺りからごひゅう、と息を立てて「ふうん」の言葉が吐き出される。しかし、それなのに、「それ」では、その吐息では曇らない鏡の顔。
一つの疑問なんてものは、時間が経つ程薄まっていくものだ…複雑な、雑味の様に。時間が経てば経つほど数そのものは増えていくが、そのおかげで。「一つの事」に関する疑念というものは薄まっていく。そしていつしか。放って置こうが突き詰めようがどうでもよくなって。
…そういうのは、料理なら幾らでもこだわれるものなのかな?
しかし料理においても限られた時間の中で上手くやることが必要な場合もあって。ああ、本当に。「上手い具合」とは、「臨機応変」とは。塩加減よりも、火加減よりもよく分からない。
「……」
「…・・・…。」
だから、私は自分の丁度いい時間で。丁度良いくらいの間を取って。こいつとは話すのだ。
私が適度に納得するか、どうでもいい、と諦めるまで。時間が有り余っていて。その上、私と暫くいるからだろうか?左手に着けた、時針も秒針も止まった時計を見ることもなく。ちょうど良いくらいのタイミングを見計らい、こいつは言葉を継いでくれる。
そういう訳で、私はこいつと話すのは嫌いじゃない。所々悪態を吐いているように見えるかもしれないが、寧ろそれは自分を繕うとする、作ろうとする必要がないほど気を許しているからということであって。…ああ、何と言えば。こう言えばいいのかな?
いつも堪らなく退屈な、退屈そうにしているこいつの話を私は聞いて「あげて」いる。そしてその見返り、というわけでもないのだが。私はこいつに自分のこと、悩み事やら嬉しいことやら。話したいことを話したり、そしてただただ聞いてもらったり。
そういう関係でいいのだと、そういう風なものなのだと。私はこいつとの関係に、そういう答えを出して。そこで思考を止めている。取り敢えず、現段階ではそれ以上の進歩はないだろう。
そういうことを思考し終わって、私の遠い目のぼやけたピントが「そこ」の牡丹の木の紅葉、「こちら側」に迫り出した、先端からその曲線の根元の方まで真緑が映える葉。その群れの一部と、木の模様だか汚れだかでまだら模様になった幹の一部に合わせた所で。
鏡の男は、口を開かず。しかし私に。遠い意識からまだ帰りきらない静かな空気の中に、確かに私宛てであろう、それ以外ではないであろう言葉を発していた。
「線香の煙ってのはな、俺たちにとってはただ煙たいだけじゃないんだ」
「へえ、そういうものなんだ?…たとえば、どんな風な?」
言葉の足りない口調で、しかしその意図は伝わるであろう言葉で鏡の顔の男に問いかける。意識のほうは戻ってきたが、まだ口の周りの筋肉のコントロールは戻っていないようだ。
「そうだな、お前にもよく分かるように例えるとだな……チリペッパーのような、唐辛子のような。刺激の強いスパイスを直接鼻や喉に突っ込まれるようなものなんだ」
「へえ、そうなんだ。」
とは返答したものの、前にいる目も鼻も口も耳もない鏡の顔の男ではまったくイメージがわかないので、私は管理人一家の「妹さん」、式見礼ちゃんの姿をイメージする。
(へっくし、…ドゥシュシ!!エッキシ!…ウワー、うわーあ!痛いよ、痒いよ!ムズムズするし、痺れてなんか辛いよー!ドゥエッフ!!うえーん、これはっ!ドゥクシッツ!ヒドゥイ、ハクショッツ!!しみるよ、ひどいよー!鼻が抗議と猛反発の嵐でどぅっふぉんふぉっ!たすけてーお水お水ー…お水ちょうだイイッキシッツ!!ドゥワクションッ!!)
うん、実に分かりやすい。こういう時は、こういう時ばかりはあの子の騒がしすぎるくらいの騒がしさが実にイメージを伝わりやすくする…20割増し、300%くらいの割合で。
「・・・あー。」
「どうだ、どんなもんか分かったか?」
「うん、とってもよく分かったよ。」
「うむ。分かったか、それじゃあ―」
「ん?帰るの?」
「もう一回嗅ぎに行って来る」
「何で!?」
なんで?なんで?なんで……・・・と、胃壁の様にうねる広い空が私の声を呑み込んで行く。
空が曇っている所為だろうか?いつもより狭い、いつもは広々と、吸い込まれそうで足が浮きそうなほど広い空と、その下にある、山々の中に空いた擂り鉢状の広い空間の中には、いつもよりその声は響いてはいかなかった、―そんな気がした。
「何でわざわざ自分からむせりに行くの!?さっきは嫌そうにしてたじゃん!」
「いや、沁みるとは言ったが別に嫌いだとは一言も言ってないぞ?私がむせていたのをお前が勝手に勘違いしただけで、そういう解釈をしていたという訳で。」
「えー・・・そういうものなの・・・?」
いやまあ、確かにそうなのかも。私が勝手に身振り手振りから想像していただけで。まったく、こいつは分かりやすいように見えてまったく良く分からない奴だ。表情が読めない、…そればかりでなく。こいつはなかなか動きの読めぬ、気分屋というか、冷静に見えて意外と感情的であったりとか。
「たまには俺もスパイシーで刺激的な感覚に包まれたいのだ!今日はお前も何も持ってきてくれなかったし…こうも何もないところでは退屈すぎて仕方がないのだ、邪魔をしないでくれ!この私のスパイシーで芳しい一時を!」
「分かったよ…じゃあ今度はそういうの、そういう料理作って持ってきてあげるから。でもその代わり、私のお願い聞いてもらってもいいかな?」
「何だ?」
「私の前でそんなみっともない事しないで」
「・・・邪魔をするなと言っただろう!」
「―なんですと?」
「俺は!今!この瞬間に!スパイシーな感覚に包まれたいんだよおおおお!!」
アスファルトのカーブを道なりに、普通の人のように走っていくそいつ。空気や重力に縛られないそいつの走りは尋常ではなく速く。とても速く。突風並みに速く。
「あっ!この、待ちなさい!待って!お願い!」
私も重力に引っ張られながらも、重い腰(←重くないよ!)を上げて、がしゃんがしゃんと体を動かし、揺らし、前に進めていく。そいつが必ず向かうであろう方向に。
「ゲホッ、ムホッ、ゴホッツ…うーん、たまらん!たまらんぞおおおおお!」 ゲホッ!
私が石段の下に差し掛かると、その上では既に嫌ーな感じの声が聞こえていた。全速力で、足を伸ばして段抜かしで石段を駆け上る私。
そして伸びる、私のふくらはぎのヒラメ筋とジーンズの股部分の生地。
その生地には新しく噴き出してきた汗が染み込み、汗のマーブル模様をより一層くっきりさせたのだうおおおおお「こらあああああ!」 …はあ、ハアっ。
私は低い視線から。腰を下げた、肩で息をするような体勢から、アオリの角度から鏡の顔の顎の辺り(のっぺりしている、ぬっぺっぽうとかぬっぺほぺふとか。しかしそこにはのっぺらぼう、肉妖怪のような肉感はなく、無機質な、冷たい光が反射するのみである)を睨みつける。
「いいじゃないか、別にそいつ以外は誰もいないんだし」
「私以外は、って!あなたがよくても私の今後の為には、話を聞いてもらう相手としては信用がならな…って、」
「・・・」
私はしばし沈黙する。瞬きすら止め、口を開き、腕の筋肉を硬直させて。
「……」
響宇の目の前にいる鏡の顔の男も、まるでその姿を鏡映しにしたかのように沈黙する。
この瞬間、聞こえているのは響宇の心臓の音だけであった。
響宇だけがそれを聞いていた。どくんどくんどくんと、早くなる。暖かい血が流れていくその音を。
しかし、それを。血液を作り出している骨髄は。背骨は。その一瞬の内に凍り付き。
() - (○) (●) - (◎) ?
=| =| =○ ? =○ =| = □
() - (○) (●) - (◎) !
「えっ?」
瞬きと共に私の思考が戻ってくる。…そいつ、って何?「そいつ」、「以外」って。
私はその言外の意味を理解するために、考えるよりも早く周囲をきょろきょろ、首をぶんぶん振って辺りを見渡す。夏陽炎の中、冷汗を掻いて。背筋に走る冷気に軽く身震いをして。
が、誰もいない。右往左往させられた汗で湿った髪の毛の束は元の位置、肩に付くか付かないかぐらいの位置に戻り。髪の束から振り落とされた最後の汗の一滴が、墓地のアスファルトにすうっと吸い込まれていく。消えていく、何もなかったかのように―しかし。
きっと「そいつ」は。何もないように見えて、目の前の鏡の顔が告げる通りに「そこ」に、未だ私の知らない、理解できていないその場所に「立っている」のだ。
「何だ?気付いてなかったのか?」
「え?いま…そいつ、って・・・」
「さっきもそこにいただろう。まあ、この煙にも動じない位、遠い目をして静かに座っていたから気付かないのも無理はないが…」
別に幽霊が怖い、とか。「今更」、「慣れている」のに、そう言うつもりはない。
ただ、なんとなーく分かりますよね。
知り合いと二人きりで妙なテンションで話していたと思ったら、たまたま近くに人がいた…
そのときの気持ちが、分かるだろうか。なんと言うか、ものすごく気まずいというか、はっとするというか。
正直、幽霊なんかより怖いですよね?…少なくとも私はそうです。
しかも、もしかしたら相手には私が一人で騒いでいるように見えるかもしれなくて…ああ、それを一瞬でも想像してしまうと!
まったく、恐ろしいったらありゃしないものです。
「ほら、そっちだ…」
「そっちってどっち!?」
「俺の目線を見ろ・・・少なくともお前が見回してるあっちこっちの方向にはいないぞ」
「目線って言ってもわかんないよ!」
私はそう言って鏡の顔の男の目の辺り、少し顔を上げた私の困り顔が移っている辺りを見る。
そこにはやっぱり目線なんてなく、見える目線なんてものはない、のであるのだ。
「ああ、だよな。じゃあ分かりやすく教えてやる…お前が今いる婆ちゃんの墓石の所、そこから三個先の墓石のところ。そこにそいつはずーっといるぞ」
「え?そんな近く?」
でもそんな近くにいるならすぐ分かる筈なんだけどなあ?そんな所に立っているなら。
合わせ示したかのように、というか実際合わせ示してその結果二人はそっちの方を見る。
しかしその様子は、二人とも別々であった。
一人は、その存在が珍しい、まだその正体を突き止めていないような様子で、素早く首と顔と、体まで動かしてそちらを見て。
そしてもう一人はというと。
落ち着いた、いつものような姿。紳士的な堂々とした、しかしそこにはふてぶてしい、不遜さも見え隠れするような。いわゆる「スノッブ」
(英国の、本物の紳士(≒貴族)、上流階級の真似事をする下層階級の人々のあり方を表立ってではないが新聞や詩人の歌などで揶揄する為、またはそういう風なわざとらしい振る舞いをする下層階級の人間が自分を自虐する、ジョーク的な意味合いで使われた言葉のこと。広く使われる場合(例・ ショ・ミーンA:「おうい、あれだよ、あれなんていったっけ?あの、きぞくのあれとか、あれ。しゃべりかたとか、やすもんを「まじたかそう、これまじたかそうでいいやつですわー」とかいうふうにまねるすっげーおもしれーの、そのやつなんだったかなあ?」 ショ・ミーンB:「ああ、其れは「スノッブ」というものですな。始めは俺…私も面白半分でやっていましたが、今は其れが本当に面白くて面白半分ではなく面白全傾向でやっておりますよ。ははは…ノブレス・オブリージュ。貴方も如何です?我が友、ヘ・イミーンよ」のような使い方)強い意味で、強い侮蔑の意味を込めて言う時は「スノバリー」(例・「ふん、形すら取り繕うことも出来ない中途半端なスノバリーが」)と言われていた。)
的な感じで。腕組みをしたままゆっくりと。そちらのほうに目を向けた。
…一体そののっぺりとした顔の何処に目があるのかと言う事については黙っておいて欲しい。
彼も気にしているかも知れないのだから…
いや、気にしてなどはいないのかも知れないが。
「気になるか?だが…気にするべきではないかもしれないぞ?」
「え?」
「もしかしたら見て後悔するものかもしれないぞ?まあ気になるなら見ればいいと思うが…」
「そう言われると余計に気になるんですけど」
「ああ、そういう風に言ってるからなあ」
「…それじゃあ見ない方が後悔しないかもね」
「なんだと」
そうは口で言いつつも、やはり「そこ」にあるものが気になるので三個先の区画にある墓石を目で追ってみる、直線のラインですーっと。
「ふふ…やはり本能には逆らえないようだな」
私は鏡の顔の男の言葉を当然のように無視して三個先の墓石を見る。そこにあったのは、何の変哲もない。私のおばあちゃんのいるお墓の隣の隣、更にその隣のお墓だった。
新しく作られたばかりの、石畳どころか敷き詰められた黒色の敷石たち、丸くつやつやした石の群れすらもピカピカに光る、新しいお墓。
だが、ぱっと見たところはそれだけのようだった。それだけしかないようであった。
何の変哲もない、ただのお墓。怪しい所などどこにもないように見える、少なくともここからは。
「え?別に誰もいないみたいだけど…」
「そうか?そんな筈はない、「そこ」にいるだろう。もう少しよーく見てみろ、見すぎない程度に。…いや、もっとよく見ろ、じっくりとな。」
「はいはい、無視無視」
「じゃあ代わりに私がお前の事をよーくじっくりまじまじと見てやろう」
「どうしてそうなるの」
もはや驚きや疑問の感情を表すイントネーションを出すことすらしない、平坦で淡々とした口調に、そういうテンションに私はシフトしていた。夏の暑さとこいつが近くにいるだけで、ここまで人は無気力になれるのだ。
「うむうむ、ほう…ん?うーん………お前、髪の中に葉っぱが紛れ込んでるぞ?」
「んーえーどこどこーちょっと顔借りるねー」
急速にテンションが下がりぼんやりとなった、ぼやけた視界で鏡の輪郭を何となく捉える。
「おいおい、そんなにまじまじと見つめるなよ・・・照れるじゃないか」
私は平坦な感情のまま目の前にある鏡で自分の頭を見る。
…本当だ、嘘かと思ったが。
鏡の顔を見て、その正確な位置を確かめた上で私は頭についている葉っぱを手で払いのけた。
気まぐれに吹いたような通りすがりの風が落ち葉を私の右方向へとさらっていく。
何気なくそっちのほうに目をやる…
葉っぱが目線よりも下の所をくるりと回る。さっきはそのまま落ちるかと思ったが、風の流れがが葉っぱを繊維と同じ直線で捕らえ、そのまますーっと低空飛行で飛距離を伸ばす。
―と!
その先に 「奇妙なオブジェ」 が見えた気がした。
私の視線はそれを認識した途端そこに釘付けになる。思考回路すら、脳細胞すらそこに持っていかれ、上手く自分でこの状況を分析できないような、そういう感じの加速度的錯覚妄想に襲われる。…時間は止まって、遅くなっているのに。思考も、体も動かない…いわば、軽い金縛りのような状態になってしまった。
端的に。そう、端的にだけ答えるとすれば。
それは美しく整えられた人工物の視覚美的なデザインに、機能美の最高峰、とまでは言わないが。人間の感性からすればそこから観れば美しいと思えなくもないであろう、人間の体が混ざり合った現代アートだ。
そのぶっとんだデザインセンスのミスマッチさに思わず私は「!?」と驚きの感情、エクスクラメーションマークとクエスチョンマークを取り戻す!!
「うわっつ!!?」
固まった時間が後ろの方にのけぞり、戦慄と鳥肌が走る。突如として口が開き、声が響き。まぶたもぐいっと開いて白目の面積が倍位になる。体の筋肉は、手から指から背中から首から足から爪先まで強張っている。
勿論、顔がつるつるの男の方ではなく、顔が恐怖で歪んでいる女性の方だ。つまり、今この瞬間右横の方から回りこんできた鏡の顔の男の顔に私の顔が顔に、顔が鏡の顔に映っている私の事である。
…女性にあるまじき表情をしている。幾ら怖がっているとはいえ、これは―…
ひどい!
そんな形容しがたい表情だ!
「どうした?」
「お、おはっつ、おはくっ、おはかっ・・・」
陸に上がった魚のように、息継ぎもままならない様子で口をパクパクさせながら喘いでいる。
とても普段魚をさばいているような人間とは思えない。
「うん、そうだな。」
「ゆ、ゆ、ゆゆ、ゆーれー…」
首と頭と、前に突き出された胸の肉とスペアアバラのブロックと、肘の高さまで上げられた
両手が揺らめいている。
しかし強張っているのだろうか、揺れるほどの胸はない。…全くないというわけではないが。
「ああ、いるな。」
自分の落ち着きを分けてやろうとでも言うのか、冷静な態度で普段となんら変わらず接する鏡の顔の男。
しかしその顔は、その顔が鏡でなければきっとニヤニヤ笑っていることだろう。
「すり抜けてるッ・・・墓石。」
「…やっぱりまだまだトラウマになってるのか、…あの事。」
「当然!」
はっきりとしない不審に震える状況の中。その声だけは裏返るでも震えるでもなく、無駄に返事だけははっきりしていた。
私がさっきまで見ていた墓石のところには何もいなかった。
しかし、その先の、私の居るお墓の隣の隣の、更に隣。私のおばあちゃんのお墓の二つ、三つ程先の最近新しく建てられていた墓。最初は物珍しくもあったものの、この墓地にお墓が立つのはいつものことでもあったので数日通ううちにもはや見慣れていたというのもあって、その存在を特に気に留めるということはなかった。
そしてそこに件の彼は居た。自分の墓石であろう場所に、体育座りをしながらぼぉー、っとうつろな目で、遠くの、多分、もう宵闇に溶けかけている夕日を眺めているようだ。
そう、彼は墓石のところにいるのだ。
墓石と全く、同じ場所に。石の中にいる、いや、彼そのものがまるでずっとそこにあった石のように。彼は身動き一つせずそこにいる。いや、瞬きくらいはしているのか・・・?よく分からない。何故なら彼の目は、丁度石と空気との境目の辺りにあったから。…近付かないとよく分からない。
頭と膝、膝にちょこんと乗せた手が墓石の境界線、表面とぴったりくっついた形ではみ出している。捲られたズボンの裾の下に見える脛のラインが妙に生々しい。
墓石の中からすり抜けた幽霊の体は、身じろぎ一つせず、ただ遠くの方を見つめている。
私は別に、幽霊が怖いというわけではない。
私はただ、只。
「幽霊が物をすり抜けているというシチュエーションが怖いだけなのだっ。」
「ああ、言わなくても分かるぞ、知ってるよそれは」
「…。」
思考が言葉になって押し出されるほど、どうやら私のそのトラウマは強いようだ。
…どういうトラウマかって?
説明したくもない。
私からは、私は。私の口は完全にその義務を放棄する。
考えるだけで、考えようとするだけで思考が停止してしまいかねないからである。
まあとにかく、幽霊が物をすり抜けて、そのままの状態でいるという状況というのは私にとって…まあ普通の人にしてもそうだろうが、こういう文章系の作品においてはとても重要な語りが落ちてしまうほど恐ろしい状況なのである。
…こわい!
「あの人、いつから…って言うか確か、あのお墓って管理人さんたちが旅行に行く前に、葬儀場の人とか親類の人たちが来てた所だよね?・・・結構、「早い」よね。一日、二日じゃ結構早いほうだよ」
「ああ、多分昨日の夜からだ。一応言おうとは思ったんだが、今日はもう時間も遅いからまた明日か、でなければ明後日にでもしようと思ったんだが」
「そういうのは先に言ってよ!おかげで見たくもないもの見ちゃったじゃん!」
「うあーっ、俺の親切が裏目に出たかぁー!でも親切心だっただけになんか謝りたくない!」
頭を、帽子を潰して押さえて、悶絶しながら我を通そうとする鏡の顔とワイシャツの男。こいつが今どんなことを考えているのかは、何処を見ているのかということは表情など見なくてもよく分かる、怖がる私を玩具にして楽しんでいる。そんな様子がよく分かる。
「いや、謝れ!」
「すまん!」
そこに存在感をくっきりさせる女性、奥まで見えそうなほど映りこむ響宇の激しい剣幕と大きく開いた目と口に、思わず、しかし姿勢は崩さず謝る鏡の顔の男なのであった。
0・
・1
・・2
・・・3分後。
「それじゃ、やっぱり幽霧が…」
「ああ、久々に見たが中々綺麗なものだった。本当これが見たくて幽霊やってるようなものだからなあ、ククク…」
「…幽霊は本当気楽でいいよね」
普通に目や口が付いていればにやけた表情が映るであろうそいつの顔に、私は呆れにも似た、しかしその内側はまだ煮え切らないレア目の、まだ生々しい「幽霧」という現象への冷え切るような恐怖の感情が脂身を沢山含んだハンバーグの内に閉じ込められた肉汁の如く残っていた。
幽霧。それはある現象に付けられた呼び名のことだ。
端的に言えば幽霊が自分の形を成すときに起こる霊現象の一つである。因みに名づけたのはこの鏡の男より前から存在していたという幽霊達らしい。
ただ、その性質や美しさは霊現象というよりは自然現象に近いものがある。私も一度見たことがあるが、普通の人には見れないそれは霞のようであり、小型の積乱雲のようであり、夕方の紫色の雲のようであり、そうかと思えば地面を這うオーロラのようになったり…鏡の顔の男が言うには、その「夕霧」というものは幽霊によって、その故人が体験してきた様々な記憶によってその姿を変えるという。その発生時間もまちまちで短いものは一分にも満たず、確認できた中での一番長いものでは三時間にも及んだという。しかしその長さはその人の生きた時間に比例するかというとどうやらそうではないらしく、寧ろ子どもや自分に自信のなかった人、自己を上手く形成できなかった人ほど夕霧の発生時間は長いようだ、と鏡の顔の男は言っていた。あいつが見ていた中で三時間という一番長い発生時間を必要としたのは四、五歳位の子どもだそうで、夢見がちで感情の切り替えが出来ない故人ほど幽霧の変化は緩やかで。逆に現実主義者で自己がはっきりしていて、感情の切り替えがスムーズに行える人ほど(しかし上の項目とは矛盾しているような?そうでもないのかな?まあ聞いた話だからね)夕霧の流れは速く、竜巻のようにごう、っと空気がうねり唸り、気がついたときにはそこに姿形、自我のはっきりした幽霊が現れるようだ。
私が見たのは恐らくとても短い時間だったのだろうが、それでもあの時は多種多様に姿を変えていた。本当、綺麗だったなあ…怖いくらいに。
もしあの時、本当に引き込まれて消えてしまっていたら、と思うと本当に怖い。
幽霊達には只の自然現象のようなものであり、今そこにいる鏡の顔の男のようにその現象を楽しむ者すらいるようである。
しかし、生きた人間の精神には、体というよりは心や魂というべきものか?そういうものにはよい影響を及ぼさないようであり。また又聞きで申し訳ないのだが、それに直接触れてしまったことのある人がいたという。
その人は、「自分が自分でなくなってしまった」そうだ。…それ以上のことは聞けなかった。あいつは別に話してやっても良いような様子だったが、私はその先のことは聞かなかった。怖くて聞けなかった…もしあいつがあの時助けてくれなかったら、自分もそうなっていたかと思うと。「そんなふう」に、私の想像するような事態になっていたらと思うととても怖くて…
あの後、あいつはずっと傍にいてくれた。あの時はそれがとっても心強かったなあ。
祟りだとか、霊障だとか、狐憑きだとか。そういう原因不明の精神疾患というものは。
そういうものの中の幾つかは。もしかしたらこの「幽霧」という現象によって説明がつくのかもしれない。
「いや、そんなことないぞ?幽霧ってものは見てても浴びても気持ちがいいものだが、さすがに近付きすぎると危ない」
「へえ、さっきの煙みたいに干渉しちゃうんだ。例えばどんな風に?」
「そうだなあ…まあ源泉のある温泉か氷の浮かんだプールの様なものとでもいえば伝わるか?」
「っていうと?」
「適度な熱さの温泉は浸かっていて気持ちいいが、源泉の50度以上の熱湯に近いようなところに近付くと火傷や大火傷をするし、冷たい水は気持ちがいいが、水風呂なんてそんなに長くは使っていられない上に、それが氷の温度、氷点に近い零度手前の0度なんていったら溜まったものじゃないだろう?心臓が止まりそうなくらいに凍えっちまう、そうだろう?」
「なるほど、わかる」
どうやら影響力は強いけど触れることによって消えたりする程までの干渉力はないようだ。まあこいつ程度の姿がくっきりした幽霊だからなのかもしれないが。形の曖昧な幽霊が触れれば、それは中々に危ういのだろうなあ。
「まあ俺はそういう暑さ寒さももう忘れちまったがなあ。熱さ寒さが喉元どころか脊髄の後ろまで暑さ寒さが突き抜けて行っちまったって言うかな。」
「なるほど、わかる。…わかんないけど何となくわかるよ」
「だが幽霧はな。熱さ寒さみたいな感覚じゃないがなんていうかこう、体に響くって言うか…いい刺激になるって言うかな?それに、視覚でも中々楽しめるからな。」
私はははっ…とあきれた笑いを浮かべながら。件の墓石のところまで墓石一個分ほど距離をつめる。鏡の男も、それに合わせて右斜め横の方で音も立てずにてくてく歩く。
…ようにアスファルトの道と同じくらいの高さに足を置き。浮きながら歩いて、すーっとスライドしていく。かなりのローアングル、地面と同じ高さか或いは地面の下から映す感じのカメラワークならそれで正解、その不自然で自然な様子がよくよく見える。
「しっかし、結構体はくっきりしてるね。」
先程の幽霧に関する持論を聞いていたときの目を丸くした顔とは打って変わって嫌そうな顔で、遠くのほうを眺める墓石を体が貫通する幽霊を見ながら言う。今度の白目はさっきと違って、普段の半分くらいの面積だ。
「ああ、足があるってことはそれなりに自我の残った幽霊って事だ。(着てるのはツナギか?)…悪い空気は今のところ感じないがな」
「そう…。」
(▲まあ、そんな奴がいたら俺が見逃さないし、「どうにかする」がな▼)
霊によってはその魂が、形を成さず煙の様な形で天に昇っていく(実際、正当な形で成仏する幽霊が何処に行くのか私は知らない。幽霊が見える私であるが、これに関してはあくまで比喩でしかない)はずの魂が。人の形を成して私の様な「幽霊が見える人物」にはっきりと見える形になる。(まあつまり、そういうものを「幽霊」と私は呼ぶのだ)それまでにはその幽霊によって時間差があるように、その幽霊の姿形も人(?)によってさまざまである。例えば蜃気楼や霧のように本当に実体の薄い幽霊もいれば、普通の人間より存在感のある、生前そのままの存在感を残した形も色も濃い幽霊もいる。また、自分が希薄な故に手や足がない姿の幽霊もいれば、足があるどころか自分が生前着ていた服を自分の好みで変える幽霊すらいる。…今私の近くにいる鏡の顔の奴の事だ。(と言っても変えるのはワイシャツやネクタイ、ハンカチに靴下位だが)そいつの話だと、本当に突き抜けた、狂った幽霊の中には手や足を多く生やしたり、自分にもともとなかった翼や人間のものとはつくりの違う目玉なんかを生やし増やしたりするものも存在する、という話だが…実際私はそういうものを見たことはないので、まあ眉唾物の情報である。
そしてもう一つ。「発生」する時間や姿。さっき話していた「早い」というのは幽霊にはそれぞれ「死が生まれる」までに個人差があるということを言っていて、また今話したとおり、幽霊はその姿にも個人差があって。またその他に、幽霊には更に個人差があるものがある。
それは、記憶である。
大抵の幽霊は、個人差はあるが記憶を失っているものだ(私が今まで出会ってきた中ではほぼ全て、記憶を「作り変えている」場合も含めるとすべてそうである)。どうやら幽霊というものは自分を霧の状態から人間の形に作り変える際(あくまで私のイメージである、…しかし、こちらは私が偶然目撃した幽霊が霧の中から出てくるシーンを参考にしているし、鏡の顔の奴もよくそういうのを見ているらしいので信憑性は高い、信じるかどうかは別だが)、記憶が変質してしまうらしいのだ。…なくなってしまうというより、「忘れてしまう」というのが正しいようだ。それはもう本当に個人差があって―
自分の死んだ理由以外、自分の家の場所や私のそれより多い知識を知ってる幽霊から。
死んだ理由は覚えているけど、それ以外の一般常識を忘れている幽霊や。
更には一般常識はおろか、言葉すら忘れた獣の様になってしまった幽霊までいるという。(まあこれは鏡の顔の以下略に聞いたことなので以下お察しください)
そして中には、自分の記憶を自分の妄想に置き換え、都合のいいように作り変えている幽霊も存在する。そういう幽霊の幻想を判断する能力を私は持たないが―
しかし、幽霊が私に見せてくれる料理の記憶は嘘を吐かない。
詳しい説明は作中のどこかでされているはずだが、私には幽霊が食べたい料理を、そこから繋がった心の声を、求めるものを聞くことが出来る力があるのだ。
「すみません…」
どこからか誰かの声が聞こえた、きっと私の記憶の中のどこかの場面がフラッシュバックされたのだろう。そうそう、そんな感じで思い出に強く残っている食事を食べた時のありがとう、だとかごめんなさいだとか。そういう優しい記憶を私はその料理、記憶に残る料理を再現することで読み解くことが出来る。嘘を吐く、とはよく言ったものだが、しかし。幽霊の中にある食べたい料理の記憶、自分が本当に好きだったものの記憶というのは嘘を吐かず、嘘偽りなくその幽霊のことを教えてくれる。…それでベストを尽くしても成仏できないのなら、私にはお手上げだが…
「すみませーん」
その力で私はこれまで何人、何十人という幽霊を成仏させてあげた、導いてあげた。と言えば偉そうに聞こえてしまうかもしれないが…まあ正直なところ、運がよかっただけなのかもね。
「あのー。」
それこそが私が幽霊に出来る只一つのことであり、只一つの武器であるといえる。
「あのーすいまっせぇん、あのぉー。」
「え?」
「おい、手招きされてるぞ(やはりツナギだな、間違いない。)」
すみません、と何故だか知らないが謝る声のする方に目を向けると。
「・・・きゃっ」
そこには墓石から顔を出して、右手をこちらに振っている体育座りの幽霊がこっちを見ていた。これはこれで怖いなあ、じゃないや、どうやら彼の方もこちらの存在に気付いたようだ。
「今日は、お姉さん。初めて会う方にこういうこと聞くのもなんだけどね?」
「は、はい。」
「そっちの変なお面つけたお兄さんって何してる人?今日ここでイベントとかなにかあるの?」
???→式見礼「え?何?」 鏡の顔の男「何だ、お前だったのか礼…」 礼「うわっ、誰かの声がすると思ったら…例のスーツ姿の幽霊さんですか?」 鏡「おい、そっちは只のマイクが置いてあるだけの空席だぞ・・・」(※式見礼は幽霊の声は聞こえるが姿は見えない) 礼「あ、そうなの?」 花塚響宇「礼ちゃん、こんにちは。」 礼「あ!きょうさんやっほー。」 鏡「最初の「録音」はお前の声真似だったか。」 礼「そうだよー。喋り方までしっかり似てたでしょ?」 鏡「ああ、似すぎてて元のキャラがまったく分からなかったな…中学生にしては名演だ。俳優になれるぞ」 礼「わーい!」 響宇「ところで今日は私達、どうして駅前のレコーディングスタジオなんかに居るの?そしてこんな大きいテーブル広げて録音用の機材?とか用意して。」 礼「そうだよー」 鏡「何だお前達、聞いてないのか?」 礼「うん、何かねー、普通の人には見えない幽霊達と。そして普通の私達との会話を録音して読者の皆様に伝えようっていう企画だってくらいしかね」 響宇「え、そうだったんだ?っていうか…」 鏡「思いっきり聞いてるじゃねーか!大体合ってるぞそれっ!」 礼「でも鏡スーツさんが居るとか聞いてないしっ!」 鏡「(何だその呼称!?)お前は私が嫌いなのか?」 礼「いや、幽霊全般が苦手なんだよね私。だって霊障のせいでわたしとお兄ちゃんしばらく酷い目に遭ってたし」 鏡「お前のそれは自業自得だって聞いてるぞ?」 礼「それはまあ…ね。でも例えばたまたま草むらで毒ヘビを踏んづけて噛まれちゃったとして許せるかな?或いはムカデに噛まれたりハチに刺されたり。そんな感じの不幸な出来事だったんだよあれは。そしてその例えるなら「毒」みたいなものはまだ残ってるし?四季お兄ちゃんの方は今でも目の下にクマ出来てるしガリガリだし・・・」 響宇「本当、酷いよね…」 鏡「いやそれは霊障関係ないから!というか響宇、お前まで…」 響宇「はっ!四季さんごめんなさいっ!」 ???「あのう、僕がどうかしましたでしょうか…?というかどうした、礼ちゃん?」 一同「「「!!」」」 礼「四季お兄ちゃんお便り持って来てくれた?」 ???→式見四季「うん、持ってきたよ礼ちゃん。あ、響宇さん、鏡さんこんにちは。」 響宇「あっ、こんにちは。」 鏡「こんにちは…っと、ジェスチャーだったな。というか何だこの流れは」(※四季には幽霊の姿は見えるが声は聞こえない。この兄妹は数年前に遭った霊障の後遺症として幽霊を認識できる能力が残っているのだ。) 四季「さあ、準備を進めましょうか。・・・ところで礼ちゃん。」 礼「なに?」 四季「僕は霊障の事とか全然気にしてないからね。寧ろいつも寝起きがよくていい位で。」 鏡「・・・あっ?えっ、ちょっとマジでそれ霊障関係してるのかぁおいぃ?」