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きょうのお墓ご飯  作者: 臭大豆
First order
2/13

七月某日 その2

 /▼

 私は、「彼女」を見ていた。遠くから。

 遠くのほうから、彼女を見ていた。

 その距離はやはり遠い。ここからは。見えるとはいえ―…

 私と彼女との距離は、やはり遠いのだろう。それは恐らく間違いないのだ。

 彼女が見えたのは坂道を抜けてから。まあ、その前から彼女がこちらに来ることは分かっていたがー…

 実際にそれが見えたのは、彼女が坂道を抜けてからのことである。つまり私の視野はそのくらいまでと言うことだな。若い姿であるとはいえ、年経て老いれば視野も狭まると言うことか。

 本当、海千山千という言葉は当てにはめられずならぬものだ。使う機会も特にはないしな。

 私は彼女が、林道から出てきた彼女が変わったドレスを着ていることに気付く。

 …汚れているな。泥か…ははっ?いやあ、いやいや、いやはや。ははは。

 ジーンズには泥、シャツには砂から縮れた苔の片。頭には枯葉まで付いている。何だお前は。そこの林道から掘り起こされた山芋か?

 まあ野生の山芋ほど細くはないが・・・おっと、「あいつ」とは言え女性にそれは失礼か。

 「手土産」は、何もないか。まあな、夏に気力が落ちるのは当然のことだ、仕方あるまい。

 …やっぱり楽しみにしているのだなあ、私は?

 あいつの事も、

 あいつが作って持ってくる料理も。

 「花塚 響宇。」

 私は彼女のその名を空に響かせた。

 無論、空になど響くわけはないのだがな。

 私の声が響くのは、空っぽの場所だけであるのだからな。

 はなづか きょう。

 少なくとも、あいつが居る時は、その時だけは。私が「ここ」にいる理由を得られる、「ここ」にいる時間をけして無為なものでないと思える、そんな気がする。

 あいつを見ていると―

 …なんだか笑えて、面白くなってくるのだ。

 特に深い意味はないぞ?

 そう、あいつは私にとっての只の暇潰し―

 …と、少し前は、あいつと出「逢」ってすぐの頃はそう思っていたのだがな。

 今はそうでなく。過去は暇つぶし、無為な歯噛みの穀潰し。しかし今は―

 「…ん?」

 私は胡坐の形に組んだ足に乗っかるように、上半身を前に出してあいつを見てみる。なにやら動きがゆっくりになって、それから立ち止まって何かを見ているようだ。

 「また花でも見ているのか?あの位置…今の時期は…ああ、紫陽花か。まだ咲いていたな、あそこと、林道のあの区画と、あそこの方の、百日紅がある参堂の方にも。」

 あいつはこうして、周りの景色をよく見ているのだ。

 そういうときのあいつはのろい。それはもう、カタツムリの様に。

 背負うことなどない殻を背負って、殻に籠りつつふわふわのろのろしているのだ。

 「それを言うとあいつは怒るがなあ…」

 あいつは本気なのだ。

 料理をしているときと、

 自分に一番よくしてくれたお婆ちゃんを思うとき。

 その時だけは。

 「だがしかし…縛られすぎるのもよくないことだとは思うがなあ。」

 あいつの、花塚響宇の婆ちゃんは故人である。

 そいつはしっかり成仏している…

 筈だろうなあ、きっとそうだろう。

 道を外れていなければいいが…まあきっとそれはないがな。

 だってあいつは、盆と彼岸に俺と会っているものなあ。

 逆にその日以外に会った事はないが…

 それが何よりの動かぬ証拠だ。

 今が夏と言うことは、盆も近くだ。きっと又あいつはこちらに来るだろうよ。

 俺をどこかで知ってたあいつが。あの優しそうな、若けりゃ俺が…私が。恋でもしそうな婆さんが。

 それを響宇の奴も何より楽しみにしている。それはもう―

 現を抜かすほどにな。

魂が体から抜け出さんばかりの、いつものあいつとはまったく違った気の入り様だ。

 とにかく普段の抜けたあいつとは違うってことだな。…変わらないところはまったく変わらない訳だが。というか寧ろ、そういうところに気合を入れすぎるせいでより一層ドジをやらかしそうな感じでもあるが。…事故ってのは、そういう気が緩んだときに起こるもんだ。

 …事故、ねえ。そういえば…もう何度も考えていたことだが。

 どうしてあいつは、あのばあさんは。

 誰も知らず、俺すら忘れていた俺のその有様をどうして知っていたのかねぇ?まあ、・・・

 …「まあ」、じゃ済まない疑問ではあるよな。

 疑問ではあるが。しかし判断材料もなくこのまま考えていたのでは「まあ」ではきっと済まないしそれが明かされるのはきっとこの先の話になるだろう、ので。

 俺は「取り敢えず」。響宇の様子を観察してみることにした。

 「それにしても、ずいぶん間抜けな面をしている。」

 だがそれが可愛いなどとは口が裂けても言えないがな。

 なぜなら、この顔が裂けるようなことがあれば。ひびが入ってたちまち割れて、亀裂の部分から崩れてしまうからな。それ以上の意味は特にはない。それ以上は。

 …嘘は言わんよ。鏡というものは残酷なまでに真実を映し出す、そういうものだろう?

 もっとも私は鏡そのものではなく、顔が鏡で出来ているだけだからな。そもそも本当の鏡なのかも怪しいわけで。…そういえば、鏡の裏には金属があるのだったな。だとすれば…

 本当の私の裏側は、内側は・・・光を通さず真っ暗なのか、黒なのか。墓石のように。

 それとも眩しい位に反射するのか、光差す正道に反発するのか、目障りなようなものなのか?全てに、自分に、自分ですら反発してしまうのか?

 「・・・ああ、埒が明かないな。自分を見るというのはやはり滅入るものだ、表情すら見えない物を見て、顔色さえ伺えないのにどうやって判断すればいいのだ。やはりよろしくない」

 そんな自分をどこかに押しやるように。首を傾けた私は遠くの方の、石壁の下にいる彼女を。彼女の表情を、分かり易く目に見えやすいそれをカチカチに固まった金属板に照らし合わす。

 彼女と私の心を合わせる。そうして見えるは、人物の心。記憶を埋める様に合わせて。

 「花塚 響宇」の色彩、私という角の尖った山稜鏡 (フィルター)に通された、真実スペクトルとは違った認色カラーパターン。私に見えるものと実際の「認識」は違っているかもしれないが。紫陽花に見とれる心の色は、どこか物憂げな紫と青色の方に移り気で。

 しかし彼女そのものの色は、彼女が目にする紫陽花のそれとは違った。

 淡い、オレンジ色の淡い夕日が彼女の柔らかい頬の陰影を丸く柔らかに浮かび上がらせる。

 意外と遠くに流れていった灰色の雲の塊は、紫の紫陽花の色とよく似た色に染まっていて。

 …人の心は、常に変わっていくものだ。どれか一つが真実ではない。

 その一時の、流れていく一瞬一瞬の間に感じたものこそが、本当の真実なのだろう。

 記憶や記録も真実ではあるが、それは正しく真実ではない。記録媒体が時代の流れとともに変わっていくように、変わって行く事こそが、そしてその、もっとも最新のものこそが自分にとっての真実である。私は、そう思う。

 …君は記録こそ、過去の出来事こそが真実だと、変えるべきでないと本当にそう思うかね?

 ならば彼女の、「花塚 響宇」の陰影が、今より暗い物であってもよかったというのかね?

 血色のよい顔の、丸い頬に射す、境界の曖昧な黄昏色の光と闇をうろつく今よりも。

 青ざめた顔の泣き充血した目の眠れずくまが深い目の下の。こけた頬に居座る、その在り方を死へと誘う暗い暗い陰影が。彼女の明暗を分け、暗が刺し殺し暗い闇へと共に駆け落ちしてもよかったというのかね?絶望が死霊と骸を作ればよかったというのかね?

 十八日前の夜の様な、街灯も月明かりもない、暗い森の中で。ケン、ケェン…と鳴き叫ぶ声が徐々に、しかし実際の時間としては見つかってから十秒と経たない位で。生命のピークが最大から最低のところまで弱まっていく雉が鼬に貪り食われたという、滅多に目の当たりに出来ない残酷な真実の物語の方がお好みかね?脈打つ雉肉が血を鼬の喉に運ぶさまのほうが。

 確かに真実は、定義付けられた「真実」という言葉はそういうものかもしれないが…

 ニヒリズムも嫌いじゃないが理想位、欲望くらい持っても良いじゃないか。どうだね?

 人間は生者は暗い感情を抱くより欲望を抱けばいい。

 欲望のままに、私欲のままに。脂ぎるほどに幸せと飯を喰らい、遺産なんかを残しておくより胸焼けなんかを抱いていれば良い。

 …死欲もまた、人間の欲望であるがな。人が求める欲の種類と量は様々だからな。

 時には実態も分からない「痛みも悲しみもない世界」を求める。そういう欲望もあるだろう。

 人は何でもではないが道を行く為の知識を知っている限り、歩いていくための力がある限り色々なことが出来る。どういう道を歩くかどうかは人それぞれだ。青々とした木々の下を歩くことも、切り株や鋭く足に刺さりそうな竹の株、石ころすらない道を歩くことも出来るのだ。

 そして彼女は、今再び自分の道を歩き出した。…手ぶらに見えるが、知識と力を持って。

 私は彼女が向かうその先を知っている、よく知った道は見ずとも分かる。 

 銀杏の木々が立ち並ぶアスファルトの舗装道。その手前にある、その霊園のその入り口には石で作られた看板があるのだ。私はそこに据えられた表象、石と一体化した文字を思い出す。

 「白川霊園」

 墓石と似た素材の石で出来たその石版、黒に近い灰色の、光沢のある、楕円の形の平らに削られた広い表面と文字以外は自然的な形の石の看板は、彼女が向かうその場所を示していた。

 その看板は、数少ない限られた人の、限られた時間ではあるが。確かに誰かを導いていた。

 人を極楽浄土へと送る経文。…高い金を払って買った戒名のようにただそれだけでは意味がない、本当に大事なのは死んだ人へと六文銭の渡し賃を渡してやるという気持ちなのだが。

 その気持ちを確かめるように、この墓の名前と場所を思い出し、確かめるためにある。そういう大事なものであるのかもしれない…まあ、見ない人はまったく見ないかもしれないが。

 しかし、お経は経文を見ずとも唱えられるようになるように。

 結局大事なのは気持ちであるのだ、この看板からはそういう気持ちが感じられる。

 …少々綺麗事になってしまったか?まあたまにはそういうところに磨いたような輝きを与えてやっても良いと思ってな…まったく注目を浴びないというのも辛いものだからな。

 ところで、墓石というのは割と土ぼこりや、食べ物を供えられる場所では烏の糞(少々汚い話だが、鳥は糞と尿が一緒に排泄されるらしいな…総排泄腔、卵も出てくる場所からな。つまり、よく使われる「鳥の糞」という言葉は定着してこそ、こびりついてこそいるが正しいものではないのかもしれないな。あー、食事物の作品で汚い薀蓄、失礼した)で汚れている。

 たまには墓場に行って墓石や灯篭を拭いてやったり、周りの草を引いたり、玉砂利の隙間に溜まった枯葉なんかを除いてやったりするといい。

 …卒塔婆と花立てしかない墓なら別だが。

 後、打ち水はしすぎるなよ?墓石が痛むからな。打ち水したら、拭いてやれ。

 …話に水を差したか。

 今の彼女は、答えを求めている。逃避ではなく、明らかに前に進んでいる。今はまだただ、ただひたすらに。力を磨いて、「お婆ちゃん」から自分の求める答えを導き出すために。

 まだ死んだ婆ちゃんからは離れられていない、背負わなくてもいい荷物を背負ってはいるが。

 今は取り敢えず、それで良い。…と、思うのだ。

 彼女は、三年前よりは前に進んでいる。戻された場所を、そして座り込んで涙で濡らした場所から立ち上がり、聞いた話をメモに取り、足りないところは書き足して。前とは違う道順でしっかりゆっくり進んでいるよ。

 ゆっくりと、しかし、確実に。

 人の時間は進んでいくのだ。生きている限り、止まったりはしない。

 それを物言わず教えるかのように、日は傾いていく。夕の闇が、宵の闇が迫っていた。

 オレンジと紫の夕日が過ぎれば。日は闇に落ち、次の朝まで夜が待つ。

 「私達」はこれまではそれを、止まって見ているのみだったが―

 しかし、彼女は人間だけでなく、この夜に、夕闇に。宵の前後頃に。

 「私達」の時を前に進める為の、素晴らしい時間を作ってくれた。

 それは即ち―

 (「今日の、お墓ご飯の時間だね」)

 /▼ダレカガイル。ソコニイタノハ、エプロンヲツケタハーフパンツデミジカイキンパツノセノタカイゲンエイ。ニホンデハナイクニノオトコニミエル。▲/

 何もない、墓地の石畳の真ん中の道の。風の吹く場所からそんな声が聞こえた気がする。

 「・・・私の声ではないぞ?」

 私が私の声で喋る。つまり。今の違う声は私の声ではない、別の、「奴の」声だった。

 その男は多分、彼女がよく知り。私もそこまでと言うわけではないが、そこそこ見知った人物であった。私達の中の、つまりは「個人」だ。

 ―否、正確ではない。

 「故人」である。故に「個人」ではなく。故に「人物であった」と言う方が正しいか?

 彼は幽霊である。

 そして、

 彼女を待っているような我も、我らは、我々は。未だこの世に未練を残し成仏し切れていない幽霊であった。・・・つまりは、ソウイウコトデ或。

 ▲/クロクソマッタ、サンカクノヌノ。

 私達はそれを、汚れ穢れた三角布を。この尖った魂の上に戴いている存在であるのだ。

 「おっといけないなあ、このままじゃ。

 宙に浮いたままではあいつに何を言われるか分からん。私はあいつの前では「紳士」でいるよう心掛けているからな…。」

 結構、ボロは出ているが。正直ここまでのどこまで上手くやれたことだろうか。

 「私」の外面そとづらの、中の、「俺」を隠せなかったように。―そう言うと私俺は。

 空中で胡坐をかいていた足を下の方に伸ばし、そのまま伸び、背伸びをするような形で十メートル強程の高さから、ふわふわと浮いてあいつの様子を伺っていた場所から墓場の石畳、十三段の石の階段(しかし、実際こういうところというのは多いのだろうか?学校の階段、そしてここ、墓場の石階段。私のぼんやりとした記憶にはなぜかそういうところばかりが残っている…本当に思い出すべき記憶は思い出せないのになあ。)の上の高台に私は降り立った。

 どんな感じで、どんな風にだって?

 それはもう、いつもの様に「スー」っと言う感じで、自然体でだ。

 この高台の高さを足せば、二十メートル…程はないか?せいぜい十五メートルくらいか、そのくらいの高さにはいたのだろうか。まあ浮いているのは慣れているのだ。色々とな。

 「…おっ。」

 ズッ・・・

 勢い余って、足がくるぶしの上、脛の三割の所まで埋まってしまう。石畳の中に埋まる。

 否、「すり抜けている」のだ。

 地面より高いところに浮いていたこと。

 足首より下がが地面をすり抜けていること。

 それは私が普通の存在と違うものであると言うことを語るには十分であった。

 「いかんな、ちゃんと足は地面の高さに着けておかないと・・・あいつは、そういうのにはトラウマがあるからなあ。ははは・・・」

 「ははは・・・」

 「ははは・・・。」

 私が発するその声は、空気にすら溶けず、空気すらもが私をすり抜けていた。

 その空気を、少しでも捕まえようとしたとかそういうわけではないが。

 私はいつもの、お気に入りで、故にそれしかない一張羅のスーツの上着を風にぶつけるような形で乱暴に脱いで「消し去った」。あいつはきっとこう言うだろうからな。

 「暑いわ、あいつは。見ていて暑い」

 聞こえなくても、大体分かる。

 耳に空気が通り抜けるほど聞いたからなあ?

 私の顔には、彼女の姿が映っていた。

 鏡で出来た、

 私の顔には。

 眩しい光が映っていたのだ。

 私に名乗る名前はない。

 普通の人に見せるべき姿形がないように。

 魂は、普通は目には見えないものだ。何故だと思うね?

 他人に見えないように、盗まれぬように。同じ「誰か」を量産しないように。生きている限り、死んでも尚更に。人の手の届かないところに「しまわれ」、しかし仕舞われる故に確かに存在する設計図だからだよ。人が他人と完全に分かり合えない理由もそれだと思うね。

 誰かを完全に知ることは、知恵の果実を、林檎だか無花果だとか柘榴だとかをかじることは罪なのだ。誰かが他人の全てを盗む罪までは。居るのかも分からない「かみさま」って奴は人間には背負わせたくないようだ。

 私は神様なんて信じないが、無神論者であるが。しかし魂と言うものは確かにあるものだと思うぞ?

 何故なら私がここに居るからだ。

 文字通り、魂「だけ」の私がな。

 それ以上の複雑な理由なんてないし、いらないと思う。それはもう、考えるだけ無駄なことであって。無用の長物、ながもの、閉じておくべき古びた巻物だと言うことだ。

 長いものは巻いておけ、ってねえ。昔の、名前も思い出せない悪友にそんな事を言われた気がするよ。…少し前までの私と同じく、自分だけの力を信じてたような奴がな。

 それは間違いであると、あいつは気付けたのかな?

 私のそれも正しいとは限らないが。

 きっと両方、「真実」からは遠くあるのだろうね。

 …しかし私は、名前もないのに。忘れているのに、曖昧以外の記憶と共に。

 体もないのに。

 曖昧な記憶の顔すらないのに。

 役目を終えたはずの破れた設計図は、今も劣化品である、劣化品でしかない私を作り続けている。

 それに意味などないはずなのに。

 何故だか私は意味を探している。

 それを、

 この顔に映った入道雲が、見越したように笑っているのだ。

 表情が曇る。比喩等ではなく、文字通りの鏡の顔が、文字通り曇りを映しているのだ。

 つまり、この鏡上が雲で覆われていると言うことだ、鏡面が。

 今の私のこの形というのは、きっと誰かの、鏡写しの物真似でしかないからな。それを悟った私は悲しく。

 代わりにあの雲が笑い泣きを請け負ってくれる、とでも言ってくれる、のだろう。

 雲の様に、無数の水の分子の塊の様に。曖昧ではあるが、希薄ではあるが。集団の中で自分の形を持った奴が私はうらやましいのだ。

 …話が逸れたが。度々、逸らしたが。

 名乗るならば、そう。もしも私の存在を知るのであれば。私をどこかで知ることがあれば。

 「鏡の顔の男」と私は名乗る。

 そう呼んでもいいし、別に呼ばなくてもいい。

 あまり死人に、故人に引っ張られすぎてもろくなことはないからなあ?

 無視しておくならそれでもかまわんが・・・

 だがきっと、お前は無視することなどできぬのだろうね。

 何故ならお前は、私のことが知りたい。

 そうだろう?

 そうなのだろう?

 お前は知りたいのだろう?

 お前は、

 私も。

 「花塚 響宇」と、「鏡の男」は。

 今日も自分を、「私」を探していると言う訳だ。

 今日も我等は待っている。同じ時間に、違った時間が流れることを。

 …或いは全く同じ時間というのを望んでも良いかな?

 たまには「かみさま」に祈ってみるのも、酔狂になる時というのも悪くないかもな。

 

 /(切断                               魂

                      は、 肉体からは切り離されたものである。

     違う世界に、未開封の瓶の内側と外側のように違う場所にあるものである。

          ただし、それを繋ぐのは―(そう、繋がれているのだ)

                    コルクの栓のような、曖昧なものなのだろう。

 魂は瓶の内側の液体ではなく、その中に閉じ込められた気泡だ。一度栓が空けられれば…

           それは瞬く間に、逃げて。溶けて消えて見えなくなってしまうのだ。

 今日も世界のどこかでは、生きているコルクが逃げ出す気泡を掻き集めている。




鏡の顔の男「▲これにてプロローグは終了だ。さて、次回は…




 …どんな話だったかな?いやはやいかんな、昔の記憶ばかりでなく今の記憶まで失ってしまうのは。多分、俺と響宇が墓場で会うことになるだろう。基本そうしてこの話は進んでいくんだ、例外もあるかも知れないがな。それでは次話をお楽しみに・・・▼」

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