第 8 話 《 レベル120 》
昨晩はぐっすり寝られた。
話し合いのあと、提督の個室だと案内された部屋は、広さこそ八畳ほどだったが内装や家具はしっかりとしており、一流ホテルのスイートルームのようであった。快適でないわけがない。
目まぐるしい事態の移り変わりに、思っていたよりも疲れていたらしく、ベッドに寝転んだ途端にうとうとしてしまい、いつのまにか眠っていて朝を迎えていた。
モーニングコールは少女の甘い囁き声だった。
目を覚まして隣を見るとルカの顔があった。驚いた飛鳥の顔を見て、満足げな笑みを浮かべると、一目散に部屋を出て行く。と思ったらひょっこり顔を出してくすくすと笑っていた。
「朝ご飯できましよー。お腹ぺこぺこです!」
笑顔でそれだけ言うと今度こそ去って行った。箸を転がしてもおかしい年頃なのかもしれない。
朝食はイラさん特製パンケーキに昨晩出された鳥の卵で作ったスクランブルエッグだった。部屋といい食事といい、元の世界のホテルで一泊しているような気分だった。
目の前の席でパンケーキに緑色のジャムのようなものと、甘ったるそうな蜜をこれでもかとかけて満足げな顔で頬張っているエルフの少女がいなければ、起きがけの頭ではここが異世界だと思えなかったかもしれない。
ベッドに横になったとき、目覚めたら全部夢で今も自分は樹海をさ迷っている、そんな想像をした。だから目を閉じるのが不安だった。しかし睡魔に逆らうことができず、目が覚めたらそこにルカの顔があったのは、驚きつつも嬉しかった。
「提督様、食事が進んでおられないようですが、お気に召しませんでしたか?」
イラが不安な顔を見せたので、起きがけでぼーとしていただけだと誤魔化してパンケーキに手をつける。ふっくらと柔らかく、ほんのり甘い見事な出来だった。
「うん、うまい。イラは良いお嫁さんになれるよ」
「お嫁さん!」
なにやらぶつぶつと言いながらにやにやしだしたので、急いで朝食を平らげるとそそくさとテーブルを離れて厨房を出た。
食事を終えた飛鳥はブリッジに足を運んだ。
ヴェラニディア市国までは2日ほどかかるためゆっくりできる。この艦は目的地を登録すると自動航行してくれるので、ブリッジを無人にしておいてもかわまわいなのだが、飛鳥には色々と確認しておかなければならないことがあった。
それは全能戦艦にトランスフォーメーションしたさいに更新された膨大な情報だ。偽装モードに戻した後でも確認できたので、後ほどじっくりチェックしようと思ったわけだ。
今後の艦の運用に大きくかかわることなのでしっかりと確認しておきたい。
椅子に座ってメニューをひらいた飛鳥は、妙な違和感を覚えてステータスをよびだす。そして……我が目を疑った。
『 Lv.120 』
何度見ても三桁に増えていた。こちらの世界に来てからステータスの存在に気がついたあと、何度も見返したがあのときは間違いなくレベル1だった。なのに一晩で120倍になっていたのだ。狐につままれたような気分だった。
異常は他にもあった。アスタリスクしかなかったスペシャルスキルの欄がぎっしりと埋まっている。いったい一晩のうちに自分の体に何があったのだろうか?
不安で不安でしかたがない。体に変調は見当たらない……と思ったがよくよく観察してみれば、妙に全身の筋肉が引き締まっているように見えた。それにいつもより体が重い気がする。不安は増すばかりだった。
普通ならモンスターを倒してレベルアップするはずだ。しかし異世界に来て未だに剣すら握ってもいないのに――。
「いや、待てよ……ひょっとして……」
ゴブリンとなら戦った。それどころか神造艦なる神の先兵を叩きのめした。それも1000はくだらない……。
密集していたとはいえ大量虐殺もいいところだ。一隻につきどれほど経験値がもらえたのかは知らないが、あれだけのことが反映されたと考えれば破格のレベルアップも頷ける。
「それで120か……。でもなあ……」
まったく強くなった感じがしなかった。実感がないにもほどがある。ノーマルスキルの各種は未だにレベル1をキープしているし……。
そこでようやく気がついた。スキルアップポイントが1000ポイントもある。最初に確認したときは0だった。あのときはふて腐れて気にとめていなかったのですっかり忘れていたが、このポイントを割り振ってスキルレベルを上げれば強くなれるのではないか?
と、思ったのだが、ふて腐れた理由を思い出して再び気分が沈んだ。なんせ上げられるスキルというのが『操舵』やら『砲撃』だからだ。操舵はイラがいるし、砲撃なんて上げる必要などないんじゃないかと思うほど、この艦の魔砲兵装はとんでもない。
使用をためらうような攻撃力1万超えの魔砲も装備されているのだ。どう考えても物語序盤で活躍する場なんてない……はずだ。多少不安はあるものの、アースガルドと正面切って戦う覚悟ができるまでは、急いで上げる必要もないだろう。
望んでいた剣術やら魔術やらの項目がない以上、このポイントも宝の持ち腐れだろう。そう考えていたところで目にとまったスキルがあった。
「白兵戦スキルか……」
なんだか漠然としていて関心を寄せていなかったが、これもある種の戦闘系スキルなのではなかろうか?
いまいちピンとこないが、ノーマルスキルの中では唯一興味をひいた。どうせ割り振る当てもない大量のポイントがあるのだがら、ためしに上げてみても問題はなかろうと考えて、白兵戦スキルを1から2に上げてみた。
消費ポイントはたったの1だったのでまったく心は痛まなかった。
『 ノーマルスキル:白兵戦 Lv.2 』
『 クラス:先輩 』
『 レベル1の素人相手に先輩風を吹かせられる程度の実力。射撃や投擲も一応使えるが、恥をかきたくなければ自慢すべきではない 』
「ふざけんなッ」
少しは期待していただけに悔しい。この場に弓があっても確認できないほどへぼいならレベル1と変わらないではないか。しかしだからこそ消費ポイントも低いのか……。そう考えれば納得もできる。
ならばとレベル3まで上げてみる。今度は2ポイント消費された。
『 ノーマルスキル:白兵戦 Lv.3 』
『 クラス:雑兵 』
『 レベル2の先輩を見下せる程度の実力。火器の使用も覚えたがまだまだ未熟。凡庸なのが悩み 』
「知るかそんな悩みッ!」
期待した自分がバカだったのか。どこかで誰かが笑っている気がする……。
腹立たしいがここでやめては何者かの思うつぼのような気がしてもう一段引き上げた。
消費は3ポイント。なんとなく法則がよめてきた。
『 ノーマルスキル:白兵戦 Lv.4 』
『 クラス:ベテラン 』
「おおッ!」
これは期待できそうなクラスだと思わず喜んでしまった自分の愚かさを呪う……。
『 レベル3の雑兵よりは強い古参。経験だけでは才能のあるフレッシュな新人には敵わないと諦めはじめる 』
やはり何者かにバカにされている気がする。限界に気づき諦めた古参の次はなんだ?
引退か?
まさかレベル5でカンストなのか?
ふて腐れた飛鳥は投げやりにポイントをふった。
そして数分後……。
飛鳥は激しい後悔の念にかられていた。
「やっちまった……」
割り振ったポイントはリセットできない仕様らしい。ベテランで懲りたので、説明をすっとばして上げ続けたらカンストしてしまった。最終的なクラスは……。
『 ノーマルスキル:白兵戦 Lv.12 』
『 クラス:神殺し 』
『 世界の理から逸脱した存在へと昇華した者 』
人間離れしてしまった。エースや達人の説明を読んでいればこんなことにはならなかっただろう。しかし途中で――。
『 ノーマルスキル:白兵戦 Lv.8 』
『 クラス:魔術師の天敵 』
『 修行の成果で魔法を克服。もはや高慢な魔術師など取るに足らないので胸を張っていい 』
なんてのをチラッと見ればイラッとして更に上げてしまうのも無理からぬことだ。次のドラゴンスレイヤーはカッコイイので仕方がない。しかしカンストはやり過ぎた。日常生活に支障をきたすレベルだったらどうしようかと不安にかられていると――。
『 ルカちゃんがやって来ましたよ 』
なんてフランクなメッセージが浮かび上がったと思ったら、本当にルカがとことことブリッジに入って来た。
『 モジモジしています。なにか相談ごとでもあるのかな? 』
あるのかな? じゃねーよ。なんだその柔らかいメッセージは!
もっと報告程度のそっけない感じだったじゃないですか?
『 早く声をかけてあげましょう 』
鬱陶しいのでメッセージは消した。
なんなんだ?
レベルアップの弊害か?
この世界の理から逸脱したのが原因なのかもしれないと思うと、後悔は増すばかりだった。他の変化も早めにチェックしておいた方がよさそうだ。しかしとりあえずは目の前の少女をどうにかしなければいけない。
「ルカ、なにか用事かい?」
「えっと……提督はお仕事ですか?」
「そんな感じかな」
飛鳥の答えを聞いたルカがしょんぼりした。
『 どうやらルカちゃんは一緒に遊んでほしかったようです 』
ほんとどうしちゃったのメッセージさん!
さっきから自己主張しすぎでしょ。いい加減にしてください!
「提督?」
「な、なんでもないよ。ルカ、今は忙しいから一緒には遊んであげられないけど――」
その後ルカには一人で出来るような遊びをいくつか教え、その中から彼女の選んだのは艦長ごっこだった。イメージトレーニングうんぬんの話が効いたのかもしれない。
現在、ルカ艦長はブリッジの中央で左舷の弱さを嘆きクルーを叱咤しているところだ。思いのほか楽しそうなのでしばらく放っておいても大丈夫だろう。
ノーマルスキルをいじくるのは危険だと判断した飛鳥は、スペシャルスキルの方を確認してみることにした。
「増えてる……」
白兵戦スキルを上げたがために、新たなスキルを得たらしい。
それにしても……多すぎる。
説明を読むだけでも一苦労だ。その説明にしたって白兵戦スキルのときと同様にふわっとした感じのものが多く、正直よくわかならいものばかりだった。
実際に使用して確認するにしても慎重にいきたい。となればまずは見覚えのあるスキルから選ぶべきだろう。ルカも使用していたので安全は保証されている……はずではあるが恐る恐る選択してみた。
『 ホルスの魔眼 発動 』
視界に入っていたルカのステータスが開示された。
『 名前:ルカ・トゥルーデ・フロージ 』
『 種族:ハイエルフ ♀ 』
『 年齢:812歳 』
『 Lv:12 』
やはりこのスキルすごい。ノーマルスキルやスペシャルスキルまで見えるところをみると、ステータスを丸裸にできる能力のようだ。
飛空船や神造艦のステータスを暴いていたところみると、無機物に対しても有効なのだろう。しかしルカの全てが把握できたわけではなかった。あの戦いで見せた『加速詠唱』と『魔砲激成』はどこにも表示されていない。
あのときのルカはいつもと様子が違っていたし、あの状態でなければ発揮できないスキルなのかもしれない。
それにしてもルカのレベルが低いのはなぜだろうか?
実際戦ったのはルカみたいなものだし、莫大な経験値を手に入れたはずなのだが、それにしてはやけに低い。種族の違いだろうか?
あとでイラあたりに聞いてみようかと思っていたら――。
『 イラが仲間に入りたそうにこちらを見ている 』
振り向くと出入り口のところで中の様子を窺うイラの姿をみつけた。飛鳥の視線に気づくとオロオロしだしたので、とりあえず呼び寄せる。
「どうしたんだよ?」
「いえ、その、お二人が楽しそうに遊んでいるところを邪魔しては悪いかと思いまして……」
遊んでいたのはルカだけだったはずだが、見ると艦長は故郷を懐かしみながら息をひきとるところだった。
気がつかぬ間に山場を迎えていたようだ。それはともかく先ほど抱いた疑問をイラにたずねてみると、飛鳥の予想どおりの答えが返ってきた。
「レベルという言葉は存じあげませんが、たしかに寿命が長い種族ほど時間をかけて経験を積む傾向がございます」
逆に寿命が短い種族は結果を求めることを優先するため、短期習得を目指して行動するそうだ。
効率を優先した結果がレベルアップの差なのかもしれない。そのあたりはまったく苦労してないためよくわらないが、単純なレベルの違いが戦力の決定的な差ではないようだ。
しかしレベルという言葉を知らないのはなぜだろう?
申し訳ないが目蓋を閉じて安らかな眠りについた艦長を呼び起こし、そのあたりのことを聞いてみた。すると――。
「魔眼ってなんですかー?」
「え? いや、ほら、索敵するときに使ったスキルのことだよ」
「あー、あれですかー」
なんとも気のない返事だった。それもそのはずで、ルカはスペシャルスキルについてしらなかった。ただなんとなくそれができると認識していてやっているだけだと言うのだ。もちろん数字など見えるはずもなく、同じ魔眼なのに見えているものが違うようだった。
最近お節介なメッセージといいスキルといい、どうも自分は他と違うらしい。あらためて異世界の人間なのだと思うのだった。
次回 第 9 話 《 スタッフ 》




