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第 7 話 《 進路 》

 じっくりと夜空を眺めたのはいつぶりだろうか……。

 もう記憶も曖昧だが、これだけははっきりと言える。


「こんなに綺麗な星空を見たのは初めだよ」

「わたしもです、提督」


 飛鳥の体に背中を預けて座るルカは嬉しそうに同意した。ここには星の光を霞ませる地上の灯りは存在しない。艦橋の明かりを消すと夜空と同化するようだった。おもむろにルカが星に向かって手を伸ばす。


「届きそうか?」

「うー、もうちょっとです」


 雲の上の飛んでいるせいだろう。それほど星が近くに感じられた。


 リンフルスティはいま高度1万メートルあたりをゆっくりと飛行していた。

 理由はもちろん人目を避けるためだ。アースガルドも雲より低い位置から現れたのでここまで高度をあげた。

 それでもあの金ぴか装甲では不安があるため、現在は元の地味な形に戻してある。もともと偽装のためだったようなので、普段はこの形にしておくことにした。


 あの後ルカを部屋で休ませ、イラと相談して一仕事終えると、早々にあそこからを立ち去ることにした。

 ルカにとっては800年も住んだ土地を離れることになるので、一言も相談しないで離れたことには申し訳なく思ったが、またアースガルドが現れないとも限らないので仕方がなかった。だからこうして起きてきたルカを抱えて謝罪したのだが、本人はまったく気にした様子もなく夜空を見詰めていた。


「夜の森は危険がいっぱいだから外に出たことはありません。だから……こんなに綺麗だなんて知りませんでした」


 800年間ずっと艦の中に閉じこもっていた少女は、こんなに美しい異世界の夜空を見たことがなかったと言う。


 この子にもっと世界を見せてやりたいと思った。異世界の空を飛び回り、飽きるまで世界中を連れ回してやりたい。


 しかしそれはかなわない夢だ。今も神族の復讐を恐れて空へと逃げている。


 この艦のスペックとルカの潜在力はたしかに凄まじいが、妖精王国アルフハイムを滅ぼした神の力はあの程度ではないはずだ。

 

 だからこそ迷っていた。今後どうすればいいのかを……。

 

「提督様、お嬢様、お食事のご用意ができました」


 ビックリした。闇にとけ込むとはさすがはダークエルフ。名前負けしていない。照明をつけると微妙な顔をしたイラがこちらを見ていた。たしかに少女を抱きかかえてはいるがやましい気持ちなど一切ない。誓ってロリコンではない!


「お腹ぺこぺこです!」


 ルカは椅子から降りてイラの元へ駆け寄ると、今日の献立を聞いていた。そういえばこちらの世界に来てから、チョコレートを一つ口にしただけだったことを思い出して、急に腹が減ってきた。飛鳥は二人に連れられて意気揚々と食堂へ向かった。


 連れてこられたのは食堂ではなく、ルカを発見した厨房だった。

 あのときは非常灯程度の灯りだったので気づかなかったが、随分とかわいらしい飾りつけがされている。


 どことなく艦橋の歓迎会を彷彿させたので、たずねてみるとイラが自慢気に語りだした。


 なるほどなるほど……。


 ルカを喜ばせるためにあえて子供っぽい装飾をほどこしてあるのかと思ったが、よくよく聞いてみるとイラの趣味だったようで感想はひかえておいた。


 厨房とはいえ、テーブルもあるしかわいらしい飾りつけのおかげか、リビングダイニングといっても差し支えない。実は隣が食堂なのだが、広すぎるためこちらに移住したそうだ。別に不満もないのでこの部屋で一緒に食事をとることにした。


 席があいているにもかかわらず、二人分の食事しか用意されなかったのでイラに聞くと、「わたくしはメイドですので」と恐縮された。いつもはどうしているのかとルカに聞くと、一緒に食事をとっているとのことだったのでこれからは三人でということにした。


 一人でとる食事が味気ないことは身に染みている。同意したイラが「わたくしも独身ですので」と悲痛な面持ちをされて見ているのが辛かった。なのであらためて三人分の食事を用意してからの晩餐となった。


 異世界にきて初の献立は、薬草らしい葉に包まれた鳥のような動物の蒸し焼き。

 素材の味を生かして岩塩でいただく。


 切り分けられた肉を一口食べると口のなかにバジルのような香りが広がる。見た目は淡白な鶏肉なのに、噛み締めるほどに肉汁は溢れだし、旨味が口から溢れだしそうだ。余計な味付けが必要ないのだと納得する。


 続いて滋養強壮によくきくマンドラゴラのスープ。

 薄く透明なコンソメスープのような汁をスプーンですくいあげてすする。お吸い物のようなあっさりとした味付けだが、乾燥したマンドラゴラからにじみでた出汁はどれだけのんでも飽きのこない味をしていた。


 主食であるパンは普通のフランスパンと同じ食感と味であったが、無個性であるがゆえにバランスがとれていた。


「どれもすごくおいしいよ、イラ」

「き、恐縮です。提督様さえよければ一生お食事の面倒を――」


 そこから先は聞かなかったことにした。


 久しぶりに楽しんで食事ができた。料理もうまいし、食卓を囲むのは死線をくぐり抜けた仲間だからだろう。


 食事を終え、テーブルの上を片付けると、イラが食後の紅茶をいれてくれた。

 アールグレイのような柑橘系の香りがする。異世界には地球の代用品が多くあるようだ。


 砂糖もそれほど高級というわけではないらしく、ルカのカップから紅茶が溢れ出しそうだった。

 イラも止めることなく、じゃんじゃん入れているので何も言わなかったが、エルフは糖尿病の心配がないのだろうか?


 一息つくとルカの目尻が下がってきたので、飛鳥はカップをおいて顔を引き締めた。


「今後の行動について三人で話し合いたい」

「かしこまりました」

「ぴしッ!」


 イラは姿勢をただし、ルカは眠気を吹き飛ばすように敬礼をする。

 まずは現在の状況を整理することにした。


 ルカが狙われている可能性があること。

 アースガルドに妖精艦の顕在が知られたこと。

 そして……戦う力があること。


「あの魔砲兵装の威力からハイエルフとこの艦を結びつけられた場合、この艦を追い回してくる可能性がある」

「……懸念はしておりました」

「……怖いです」

「だがこの艦が一筋縄ではいかないことは、撤退したことからもわかる」


 無神だったし、何%だか喪失したら撤退するようにプログラムされていた可能性はあるが、どっちにしろ伝わりはしただろう。


「つまり……次はあれ以上の大群なり強敵を覚悟する必要があるのでございますか?」

「その可能性は十分に考えられる」

「怖いでず……ぐすん」


 二人とも震えていた。一度勝利したといっても完勝というわけでもない。むしろルカが倒れて危なかったのではないかといまにして思う。二人ともそのあたりはわかっているようで慢心していなくてよかったと思う反面、トラウマになってやしないか不安でもあった。そのせいもあってか「逃げよう」という飛鳥の提案は素直に受け入れられた。しかし悲しいお知らせがある。


「このあと何千年と逃げ続けるのは不可能じゃないかと思う。だから……いずれ正面切って戦うことになるだろう」


 二人とも震えていたのが嘘のように真剣な顔つきをしていた。


「覚悟ならとうにできてございます」

「わたしも精一杯がんばります」


 もともと無謀な戦いを挑む気だったので、すでに覚悟はできているようだ。だが、飛鳥には全面戦争をする気はなかった。できれば講和に持ち込みたい。タカ派の連中には悪いが、過去の恨みを今生きるものたちに背負わせようとすることには疑問を感じていた。そのためにも神を舞台に引きずり出す必要がある。しかし現状の戦力ではそれも難しい……。


「できれば戦いたくはない。でも避けられないとなれば準備が必要だ。だから今後は目立たないように戦力の増強とアースガルドについての情報を集めていきたいと思う」


 アースガルドについてはわからないことだらけだ。まずは敵のことを知らねば講和の席に呼び出すこともできない。対等な立場でなければ和解も難しいだろう。どれだけの戦力を用意しなければならないのか知るうえでも、情報収集は戦力増強と同じぐらい大切なことだった。


「二人とも異論はあるか?」

「ございません」

「ありません。ぴしッ」


 ひとまず方針は決まった。あとは具体的にはどうするかだ。闇雲に行動しても意味がない。少し気になることもあるが、手っ取り早いのは協力者に助けを求めることだろう。それについてはあてがないわけでもない。だが実際のところ頼りになるのかどうかわからないのでイラに尋ねた。


「前に力を蓄えているとかなんとか言ってたところをみると協力者がいるんだよな?」

「……そのはずです」


 妙に歯切れが悪い。


「詳しいことは里に帰ってみないと……」


 どうやらイラも又聞きのようだ。しかし機密保持のためなら止む得ない処置か。『神災』という脅威も実在しており、この世界の支配者から見ればテロリストのようなものだ。協力者に迷惑が掛からないように情報を規制するのは当然だろう。


「ならとりあえずその里に向かおうと思うがどうかな?」

「賛成です」

「わたくしの実家に……」


 なぜイラがそわそわし始めたのかは追及しないでおく。かわりに里の場所と距離を聞くと、イラがはしゃいで部屋を出て行った。そして……。


 しばらくして戻って来ると、古びた地図をテーブルの上に広げた。

 どことなくユーラシアを思わせる形の大陸が載っている。


「現在わたくしどもがいるのが……このあたりでございます」


 イラが指差した場所は元の世界でいうところのネパールあたりだと思う。イラの指先はひたすら北上し、中国を越えモンゴルも越えロシアあたりで止まった。


「このあたりにわたくしの実家がございます」

「実家はともかく……その里はこのあたりなんだな?」

「さようでございます。距離にして約5万メニリーフほどになります」


 リーフ、前にも聞いたがどうやら長さをあらわす単位らしい。そのあたりも勝手に翻訳してくれればいいのだが、文句を言っていてもしかたがないので、この艦がどれぐらいの長さなのかを聞いてみた。


「そうですねえ……おそらく130リーフぐらいではないでしょうか」


 他にも比較になりそうな物の長さを聞いて見た感じだと、リーフ=メートルでよさそうだった。 

 ちなみに1000リーフ=1メニリーフだそうなので、こちらもメニリーフ=キロメートルでよさそうだ。


 となると里まで5万キロ。偽装モードのこの艦の巡航速度は時速100キロ程度なので20日ほどかかる計算になる。


「結構遠いな……」


 形はユーラシア大陸なのに規模は20倍ほどもある。この異世界は途方もない広さだ。今後も長旅を覚悟する必要があるだろう。

 幸いこの艦には永久機関のような魔力容器があるのでガス欠になることはないが、長旅となれば食料などの備蓄は必要になる。地図を見た感じだと手つかずの自然ばかりが広がっているので、補給できる箇所は限られていそうだ。そこのところを聞いてみると……。


「たしかに生活雑貨の補充は必要かと。食料はいざとなったら地上に降りて狩りをする手もございますよ」


 イラさんは頼りになる。50年前まではやり手の冒険者だったそうなので、言葉には重みがあった。飛鳥も忘れていた冒険者(エア)の血がうずいたので、機会があればご一緒させてもらおうと思う。


「よし。この先にある都市によって必要なものを買いそろえてから里に向かおう」


 こうして妖精艦の進路はヴェラニディア市国へと向けられた。


次回 第 8 話 《 レベル120 》


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