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第 6 話 《 全能戦艦 》


 神災……なのか?

 目の前に現れたのは大艦隊だ。疑う余地はない。

 狙われたのは周辺国……そのはずなのに不安が押し寄せてくる。

 

 嫌な汗が流れた。もしも妖精艦を動かしたことでルカの存在が知られたとしたら……。


 いや、そんなはずはない。妖精艦といってもたかだか一隻。沈めるにしても仰々しすぎる。それにリンフルスティが飛び立ったのはついさきほどのこと。対応するにしても早すぎる。


 まだ見つかっちゃいない。

 これは神災……それとも別の理由で――。


 考え込んでいた飛鳥の目を覚ましたのはイラの叫び声だった。


「逃げましょう! 提督様、お嬢様!」


 蒼白した顔で訴えかけるイラを見てようやく現実を直視する。


 その通りだ。考えている暇なんてない。一刻も早くこの場を去る。大艦隊なら動きは鈍いはずだ。リンフルスティの最大戦速なら……。


 そこまで考えて背後を振り返る。そこにはまだ飛空艦が視認できた。


 いま逃げたらあの艦はどうなる?

 考えるまでもない。必死に逃げてはいるが、戦域を離脱できるまでにはまだ時間が掛かる。大艦隊が待ってくれるはずもなく、押し寄せる大波に呑み込まれるだけだろう。


 せっかく助けたのに……見捨てるのか?


 イラが懸命に離脱しようと叫んでいた。ルカは不安と脅えの入り交じった瞳で飛鳥の言葉を待っている。


 判断を下すのは自分だ。ルカにクルーの安全を説いたのも自分だ。だから言うべき言葉は一つしかなかった。それなのにいざ口にしようとすると躊躇われる。そしてその判断の甘さが飛鳥たちを窮地に追い込んだ――。


「高魔力反応多数――多数確認ッ! 提督ッ!」


 しまったッ!


「か、艦首を艦隊正面に向けろッ! イラ――ッ!」


 飛鳥が叫び、慣性に体が引っ張られ、視界には無数の青白い光が瞬いた。


 ほんの一瞬で目まぐるしく変化する世界。


 悲鳴をあげることすらできずに、衝撃に襲われた体をゆっくりと起こしたときにはもう、全てが終わっていた。


 目に映ったレーダーには、大艦隊の前に弱々しくも艦首を向けたリンフルスティが耐久力を半分まで減らして明滅していた。


 どうやら間に合ったようだ。しかし攻撃を受ける面積を減らしてもなおこのダメージだ。あのまま受けていたらと思うと……ぞっとした。


「よくやった――イラッ!」

「だ、大丈夫でございます」


 舵を掴み弱々しく立ち上がるイラの額から赤い血が流れていた。ルカの方を見ると空魔法のおかげで衝撃は緩和され無事だったが、傷ついたイラを見てショックを受けた様子だった。


 もう一刻の猶予もなかった。それなのに振り向いて見てしまった。更にダメージを負い、今にも轟沈されそうな飛空艦の姿を――。


「くそッ!」

 

 もう迷ってる暇なんてないのに決断することができない。


 なにが提督だ。偉そうなことを言っても土壇場では命を天秤にかけることもできない。


 異世界ならなんでもできると思っていた。このふざけた職業にも意味があると思っていた。それなのに、それなのに――。


『 アドミラルセイフティ解除 トランスフォーメーション可能 YES/NO 』


 再び地平線から青白い光が瞬く。だがもう――飛鳥は迷わなかった。


「イラ、ルカ、衝撃に備えろ! これより本艦はトランスフォーメーションに移る!」


 確証があったわけじゃない。だが賭けてみる気になれたのは自分が提督だからだと思った。飛鳥は躊躇うことなくYESを――押した。


 青白い光の矢が次々に撃ち出され妖精艦に迫る。世界は破壊の光に包まれた。


『 マジックフィールド 展開 』


 命を奪おうとする獰猛な衝撃はいつになっても届かなかった。しかし妖精艦の震えを肌で感じる。いまこの艦になにがおこっているのか――。


 甲板が真っ二つに割れて左右に分かれると、その隙間を埋めるように艦橋が下がる。コケに覆われた緑の外装は姿を消し、新たに生まれ出た黄金に輝く装甲が、煙の中から姿を現す。金色の大剣を思わせるフォルムへと変形したその名も――。


『 全能戦艦リンフルスティ 』


 神々しいその姿に誰もが釘付けとなった。偽りの衣を脱ぎ捨てた妖精艦が本来の姿を取り戻して神の軍勢の前に立ちはだかる。


 失われた耐久力がぐんぐんと回復していく。相対的に新たに追加されたステータス『魔力容器』が減っていくが、この分なら全快までに一割失うぐらいだろう。


 魔力容器だけではない。追加ステータスはまだまだ増えていく。なにより飛鳥を驚かせたのは魔砲兵装の充実ぶりだ。空白だった場所に表示された数々の兵装はスクロールしても間に合わない。


 先ほどまでの姿が偽装だったのだと思い知らされる変化だった。

 しかしいつまでも驚いている場合ではない。クルーの様子を見ると、イラは圧倒されたまま硬直し、ルカは――。


 光り輝いていた。白い肌には幾何学的な文様が浮かび上がり、黄金の光を発している。瞳の色までも神々しく輝いていた。


『 ハイリンクシステム 作動 』


「ルカ、その姿は……」

「わかりません。でも……わたしのこと以外なら全てわかります」


『 ホルスの魔眼 発動 』


 ルカの左目が虹色に輝く。するとレーダー内に映る全ての機影の正体が暴かれた。驚異的な情報量にもかかわらず、ルカはあっという間にやってのけた。


【 エンジェル級神造艦 】

【 耐久力/8000 装甲値/2000 機動力/250 】


【 魔砲兵装 】

【 ライトニングアロー[光属性] 攻撃力/3000 】


 全てがエンジェル級神造艦と表示される。他のクラスが見あたらないのでわからないが、これだけの数となるとこの性能でウルス級飛空艦の立ち位置だと思われる。


 とんでもない軍事力だ。しかし相手が何者であるかわかれば例え驚異的な性能であっても自然と受け入れることができた。


 ふと、ステータス以外に気にある項目を見つけた。


【 無神 】


「ルカ、敵艦に生命反応のようなものは感じられるか?」

「……ありません。まるで……空っぽです」


 やはりか。どうやら自動制御、あるいは遠隔操作の無神艦らしい。


「神不足か……あるいはずぼらなのか……。ふ、ちょっと神様に親しみを感じるな」

「提督?」

「すまん。気にしないでくれ。どっちにしろ好都合だ。これなら遠慮なく戦える!」


 飛鳥の言葉に悲鳴を上げたイラが振り返る。そしてルカの姿を見てぎょっとした。


「お、お嬢様、そのお姿は……いえ、それよりも提督様、たしかに今の妖精艦ならばとも思いますが、しかしあの数ですよ?」

「心配するな。戦いはするが……勝とうなんて思ってない」

「では逃げ――」

「本艦はこの場で固定。マジックフィールド最大展開!」

「えぇぇぇぇっっっっっっっっ!!!!!!!!!!」

「心配しないでイラ。あの程度の魔砲ではフィールドは抜けない」


 それは先ほど実証済みだ。しかし魔力タンクにも限界はある。いつまでも防げるものではない。だが飛空艦が戦域を離れるまでの時間は十分に稼げるとふんだ。


「ライトニングアロー……来ます!」


 再び視界が青白く覆われる。しかし衝撃もなく当然ダメージも皆無だった。魔力容器は八割を切ったがすぐにゲージが戻っていく。これはいい。丁度自然回復分と同じぐらいの消費量らしい。展開範囲を広めていなければ使用量よりも回復量の方が多いぐらいだ。


「提督、迎撃しないのですか?」

「ああ。一艦一艦の力は大したことないが、あの数を殲滅しようとなるとどれだけの魔力を消費するかわからない。それに相手は無神艦だ。自爆なんて手を使ってこないともかぎらない。だから……迎撃は最後でいい」


 ルカは素直に頷いた。いまはただ耐える。衝撃もダメージもないとはいえ、視界に迫るライトニングアローを何度も受け続けるのは精神を磨り減らす。だがわかったこともある。無駄だと気づいてもよさそうなのに諦めることなく撃ち続けてくるということは、おそらくはマニュアルではなくオートなのだと。つまり近くに神族はいない。


 相手が人工――いや、神工知能ならば複雑なことを考える必要はない。予定どおりでいい。あとはどれを使用するか……。


 魔砲兵装の数が多すぎるというのも困りものだ。選択肢がありすぎて迷う。条件は広域で射程が長くそこそこ威力のある魔砲だ。


 ざっと見て気になる兵装を見つけた。MAPの文字が意味するのは……マップ兵器か?

 詳しく見てみると、着弾点を指定して広範囲に影響を及ぼすものだった。


【 インフェルノ[MAP][火属性] 攻撃力/4500 】


「提督、飛空艦が戦域より離脱しました」

「よし。インフェルノを使う!」

「提督、詠唱に入る前に装甲への補助兵装使用を具申します」


 詠唱――見落としていた。


 ライトニングアローを連射していたように見えたので忘れていたが、機械的に発射される魔砲にも詠唱時間が存在する。高位の魔砲であればあるほど詠唱時間は長くなり、攻撃範囲の広いMAP兵装は特に詠唱時間が掛かるのだ。


 そして詠唱中は他の魔砲が使用できない。当然マジックフィールドも。剥き出しの装甲ではオリハルコンといえど、ライトニングアローの集中砲火には耐えられないことは経験済みだった。だがルカが示した通り対応策はある。


 飛鳥は補助兵装の項目を見渡して――みつけた!


【 フィジカルアーマー[土属性] 特徴/物理障壁による船体強化 】 


「わかった。フィジカルアーマー使用後にインフェルノの詠唱に入れ!」

「了解。それと『加速詠唱』『魔砲激成』の使用許可を申請します!」


 兵装のなかにそんなものはない。おそらくルカのスキルだ。言葉から察するに前者は詠唱スピードをあげ、後者は魔砲の威力をあげるスキルなのだろう。どちらも願ってもない。さすがはハイエルフと言うべきか。


「よし。許可する! 頼むぞ、ルカ!」

「はいッ!」

「イラッ」

「は、はひッ!」

「リンフルスティはしばらく無防備になる。ゴブリン戦のときのようにかわせるだけかわしてくれ」

「え、えっっっっっっ!!!!!」

「船体強化をほどこしてあるからさっきのようなダメージは受けないはずだ」


 敵は待ってはくれない。再びライトニングアローが艦に迫る。


「機関最大戦速! 頼むぞ、イラッ!」

「はひぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!」


 船体が傾き閃光がそれる。


「その調子――くッ!」


 かわしきれずに着弾したライトニングアローの衝撃が艦を襲う。その威力はフィジカルアーマーにより軽減されているが、無数の魔砲がわずかな衝撃を積み重ねて耐久力を削っていく。そして――。


「詠唱完了! いつでも撃てます!」

「よし! インフェルノ――発射ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 艦の中央から砲塔が迫り出し、真っ赤な炎の弾が放物線を描きながら大艦隊の中央へと沈んだ。


 瞬間――!


 紅蓮の炎が大空を焼き尽くす。押し寄せる大波のごとく、炎は一瞬で地平線まで広がり、劫火が神造艦を呑み込んでいく。地獄絵図を思わせる獰猛な炎は爆発と共に勢いを増して空を真っ赤に染め上げた。


 これがインフェルノ?

 いや、違う。桁が違う。おそらくルカのスキルによって激成したのだ。


 信じられない光景を目の当たりにして、炎の勢いがおさまるまで誰一人口を開くことはなかった。

  

 赤一色の世界が徐々に本来の色を取り戻していくと神造艦が一艦、また一艦と墜落していく。レーダーを見ると爆心地あたりの光点は消え、周囲の光点も明滅している。たった一発で大艦隊の半数近くが戦闘不能に陥っていた。


「て、敵が……引いていきます」


 イラの言う通り、目視でもわかる。神の軍勢が潮を引くかのように、戦線を離脱していくのが見てとれた。


「か、勝った……勝ったのでございますか?」

「ああ……一発当てて逃げるつもりが……ははは、勝っちまったな」


 現実感がない。しかし目の前の真実は受け止められる。退けたのだ、あの神災を。神の蹂躙を止めた。この妖精艦と自分たちの力で!


 一番の功労者はなんと言ってもルカだ。さぞ喜んでいるだろうと振り向くと――。


「ルカ――ッ!」


 飛鳥は椅子から飛び降りると、床に倒れたルカを抱き起こす。意識はあったが焦燥しきった顔をしていた。


「もしかして加速と激成を使ったせいなのか?」

「そう……みたいです」

「……ごめん。気づいてやれなくて」

「大丈夫……です。魔力を使い切った……だけですから」


 駆け寄ってきたイラがルカの顔を覗き込み、ホッとした顔を見せたので本当に大丈夫なのだろう。


「もう無茶はするなよ、ルカ」

「ごめんなさい、提督……」

「もういいよ。ルカのおかげでアースガルドを退けたんだ」

「提督……」


 小さな勇者が笑顔を見せる。しかしその笑顔は少しずつ崩れ――。


「死んじゃうって……思いました。提督も、イラも、わたしのせいで、死んじゃうって……。だから、怖かったです。すごく、怖かったです。怖かった、怖、かっ、だ――」


 いつしかルカの顔は溢れ出した涙でぐしゃぐしゃになっていた。ただただ恐怖を口にして泣き続けた。


 飛鳥はその小さな体を抱きしめて、生きている証であるぬくもりを与え続けた。



次回 第 7 話 《 進路 》


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