第 5 話 《 初陣 》
抜けるような青空がどこまでも続く。
眼下にひろがる大樹の森から飛び立ったリンフルスティはいま空をかけている。
その光景を飛鳥は艦橋を見渡せる椅子に座り眺めていた。
この艦には先ほど見た飛空船のようないくその翼は収納されておらず、気休め程度の羽が数枚、左右の外装から展開しているのみだ。帆船のような形状だが、マストがないので甲板は広く感じられる。殺風景な気がしなくもないが、視界を遮るものがないせいか空が広く感じられた。
しかしはじめて見る光景と体験のはずなのに不思議と落ちつている。
元の世界で旅客機に何度か乗った経験があるからかもしれない。旅客機の小窓から見た空よりも広く、そして美しく見えた。
操舵しているイラは何十年かぶりに舵を握ったらしく緊張しているようだ。気負うなと言ってやりたいが、ガチガチで声がかけづらい。
隣にいるルカは初めてだというのにリラックスしている。むしろその感触を楽しんでいるように見えた。
自分なら間違いなくあたふたするだろう。
なんせルカの体は宙に浮いているのだ。
発進後に全ての操作権限を得た艦長の席がそれだった。
空魔法で足場と体を支えているらしいのだが、魔法自体をはじめてみた飛鳥が理解できるはずもなく、とにかくそういうものなのだと納得した。艦橋を自由に飛び回り、全方位見渡すために採用された形らしいとのことだ。
飛鳥の席でも不自由はないが、死角もあるためルカほど見えているわけではない。なので目標物をみつけるのはルカにまかせた。レーダーを併用しているのですぐに見つかるだろう。
本来ならば艦長の仕事ではないのだが、全ての指示に決断を下す艦長という立場をルカに背負わせたくなかったので、全体を把握してサポートする副長的な役割にまわってもらった結果だった。
この艦の眠りを覚ましたのは飛鳥であり、提督という立場であれど、いま責任を負うべき艦長のポジションは自分がすべきだと考えてこの椅子に座っている。
「そろそろか……」
この艦の巡航速度はウルス級よりも速い。倍以上の船体とは思えないほどだ。よほど進路が変わっていないかぎりは追いつけるだろう。
そんなことを考えていたら、早速レーダーが反応を示した。
状況は悪い方へと進んでいた。飛空艦のダメージが更に増えていて、耐久力が半分以下に減っている。
巡航速度も落ちていて、4隻の飛空船が囲むように距離をつめているようだった。
視認できる距離まで近づくと、イラが振り返り不安そうな顔を見せた。
「あの……お嬢様、そろそろ速度を落とした方がよろしいのではございませんか?」
「どうして?」
「格下の空賊とはいえ、舐めてかかれば手痛いしっぺ返しを食らうやもしれません。幸いこちらには気がついてないようですし、ここは遠距離魔砲による奇襲がいいのではないかと……」
「?」
噛み合わない二人に助け船を出してやる。
「イラ、実はこの艦には……武装がないんだ」
「へ?」
困惑しているようだ。当然の反応をろう。艦長の首が縦にふられると、イラがぎょっとした。
「ど、どういうことですか? まさか魔砲兵装を積んでないなんてことあるわけ――」
「そう。積んでないの」
「丸腰じゃないですか!」
イラの言う通りだった。システム画面で確認したときは飛鳥も目を疑ったものだ。
この世界の常識では飛空艦等には魔砲兵装と呼ばれる、魔法及び魔術を撃ち出す砲塔が装備されているはずなのだが、この艦の兵装項目は空白だった。
RPGゲームによくある武器や防具は持っているだけじゃ駄目、装備しないと的なアレかと思ったのだが、格納庫にもそれらしい物は一切なかった。頼れる火気が積んであると思っていたのは飛鳥だけじゃなかったようだ。
パニック寸前のイラとは対照的にルカは落ち着いている。それもそのはず。この艦の性能を知っている者ならまったく慌てる必要がない。それが丸腰で救援を許可したわけでもある。その妖精艦のスペックとは――。
【 妖精艦リンフルスティ 】
【 耐久力/30000 装甲値/2800 機動力/200 】
耐久力も装甲値も桁が違うのだ。ファイアブリットが実際どれほどの破壊力があるのかはしらないが、おそらく正面から直撃を受けても装甲を傷つけることはできないと思う。なんせこの艦の装甲はオリハルコンで守られているのだ。
元の世界のようなアトランティスに存在したという伝説の金属というほどでもないが、この異世界でもレアメタル中のレアメタルであることにはかわりなく、世界最高の硬度を誇る金属だった。木製の外装の一部に鉄板を貼り合わせただけの飛空船とはモノが違うのだ。
おそらく体当たりしても余裕で勝てる。だから飛鳥も安心していた。
そのあたりのことをイラに説明したやったのだが、どうもステータスの話しになると上手く伝わらない。しかしルカについてもそのあたりは同様だった。どうやらルカにも自分が見ているような数値が見えているわけではないらしく、もっとこうふわっとした感覚のようなもので強弱を判断しているようだ。
いったいなぜか?
これが提督の力なのだろうか?
悩んでもよくわからないので今は保留にしておく。
そうこうしている間に追いついたようで、彼方に飛空船が見えた。
しかしこのままでは衝突コースだ……。
負ける気はしないが本気で体当たりするとなるとそれなりに覚悟がいるので――。
「ルカ、どうする? 突っ込むか?」
イラの悲鳴は無視してルカに確認した。舵を握っているのはイラであるが、操舵士の役割は進行方向を選ぶぐらいのものだ。それにしたって操艦スキルを持つルカは舵を握らずとも操縦できる。よって進むも止まるもルカ次第だった。
「アンカーを使います」
「なるほど……接近して打ち込むつもりか?」
ルカが頷く。リンフルスティには艦を空中で静止するための錨が四丁ある。空で固定する目的上、立体的な動きが可能なため上下左右どこでも打ち込めるようだ。百メートル級の艦のアンカーならば、ぶつけるだけでもダメージは十分に見込めるだろう。
しかし射程はそう長くないうえ、命中率は期待できそうにない。つまりギリギリまで接近する必要がある。
ならば先手必勝だ。最大戦速で一気に距離をつめてアンカーをぶち込んで――と、敵の速度が一気に落ちた。
「前方の飛空船より高魔力反応多数確認ッ!」
ゴブリンの素早い対応に舌を巻く。
「け、警告もなしにいきなり攻撃でございますか?」
「魔物に道理を説いても仕方がないだろ。それよりもイラ、しっかりかわせよ!」
前方の飛空船から赤い光が煌めいた。
「ファイアブリットきますッ!」
「イラッ!」
「はいッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」
両足を踏ん張ったイラが舵をぶん回すと、船体は左に大きく反れる。艦の側面を添うように、炎の塊が熱気を撒き散らしながら次々に後方へと消えていく、遅れて爆砕音が響いた。
「全魔砲回避成功です」
「よくやった、イラ」
「は、はい。提督様、わたくし実戦は――」
「そのまま最大船速で敵の正面に回り込め!」
「ええッ? 今でもギリギリだったのに接近してはかわせませんよお!」
「心配するな。この艦の足なら次がくる前に回り込める!」
魔砲には詠唱と呼ばれる装填時間が存在する。以前データを斜め読みしていたさいに得たにわか知識が役にたった。今度はじっくり読んでみよう。だがその前に――。
「とばせ、イラッ!」
「ひぃッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」
涙目のイラに檄を飛ばして艦を旋回させる。魔砲発射のために速度を落とした飛空船が速度を上げるのに手間取っている隙に、リンフルスティはその巨体に見合わない優雅なターンを見せて、見事敵の正面へと回り込んだ。そして飛空艦とすれ違った瞬間――。
「今だ、ルカ! ぶち込んでやれ!」
「全アンカー射出ッ!」
四丁の錨が飛び出し、飛空船に襲いかかる。しかし魔砲兵装と違い、最大戦速の最中ではまともな照準が合うわけもなく、辛うじてかするのが関の山だった。
なのに――四隻の飛空船は衝撃でちりぢりに吹き飛ばされていた。
錨にえぐられた船体は傾き、まともに航行できるかも怪しいほどのダメージを受けていた。ステータスを見る限りもはや反撃をする余力はないだろう。錨が凄いのか装甲が紙なのか判断しかねるが、ともかく上手くいった。
飛鳥は速度を落として艦を反転させるように指示を出した。
「提督、敵船から通信映像が送られてきました」
「ゴブリンからか?」
どうも一方的に送られてきたものらしい。無視してもいいのだが、一応見てみることにした。正面に映し出された映像は光魔法によるものらしい。劇場で映画上映を待っているような雰囲気のなか、突然そいつはむさ苦しい顔を見せつけてきた。
でかい口を開き、耳障りなでかい声で笑うと、赤い瞳でぎょろりと睨み付けてきた。
『我が輩はゴブリンの王、キング・ジョージ一世である! 何者かは知らぬが我が不屈のゴブリン船団を退けたことを誇りに思うがいい! だがしかし! 我が輩の覇道は誰にも止められぬ! 次に会ったときは容赦せぬぞ! 心せよ! ふははははははっっっっっっ!!!!!! あっはははははははははっっっっっっっっっっ!!!!!!!!! わっははは――――』
不屈のゴブリン船団がこそこそと戦域を離れていく。ひょっとして時間稼ぎのつもりなのだろうか?
「なんかイラっとする敵でございますね」
「アンカー回収しました。いつでも撃てます」
たしかにウザい。しかし恨みがあるわけでもないので、わざわざ逃げる敵を追う必要もないだろう。
それよりも気になるのは助けた飛空艦の方だ。今も止まることなく進んでいる。もはや戦闘は終了したというのに一刻も早くこの場から立ち去りたいように見えた。
「提督、飛空艦より魔法電文を受信しました」
通信ではなく電文。雷魔法を応用した電報のようなものらしい。音魔法による通信が困難である可能性が高いとはいえ何かが引っ掛かった。
「読み上げてくれ」
「はい。『貴艦の救援に感謝を示す。本艦は作戦行動中であるため至急ヴェラニディアに帰国する必要有り。尚、本作戦は軍機につき他言無用に願いたい』以上です」
「なんて恩知らずな物言いでございましょう。これだから人族は――」
イラの怒りはもっともなのだが、こちらとしては都合がいい。船籍でも確認されようものなら芋づる式にルカの存在が知られる可能性がある。ついでに飛空艦と間違えているようだが訂正する必要もないだろう。
「提督……」
ルカが落ち込んでいる様子だった。作戦行動中というきな臭い話しが気になったのだろう。
「ルカが気にする必要はないよ。俺たちが救援に向かったからあの艦の人たちも助かったんだ。そしてなにより初めての戦闘でクルーが怪我を負うこともなく勝利した。艦長として誇っていい。良くやってくれたね、ルカ」
ルカの顔がパッと明るくなる。実際良くやったと思うので近寄ってきた小さな頭をなでてあげた。イラが物欲しそうな顔をしていたので労いの言葉だけはかけておく。調子に乗られると後で困ったことになりそうなので手は出さなでおいた。
さて、勢いで飛び立ったはいいが、このまま闇雲に飛び回るわけにもいかない。
「俺たちも移動しよう。今後のプランを考える必要もあるし、どこかゆっくりできるところで――」
言いかけた飛鳥はその口は開いたまま空を凝視した。突如としてわいた雲が空を覆い陽光を遮る。そして赤い光を帯びた巨大な魔法陣が浮かび上がった。説明を求めようとしてルカを見る――その顔からは血の気が引き、唇をわなわなと震わせていた。
「ルカ、これはいったい……」
「こ、高魔力源体多数、多数――来ますッ!」
ルカの叫び声と同時に虚空から真っ白な艦が現れる。その数は瞬く間に地平線を埋め尽くし、尚も増え続ける。レーダーを見ると光点と光点の重なりにより巨大な怪物が生まれようとしていた。
突如として眼前に現れた大艦隊の正体は――。
『 緊急事態発生! アースガルド 接近! 緊急事態発生! アースガルド 接近! 』
いつもとは明らかに様子の異なるメッセージが、飛鳥を困惑させる。
「……アースガルド――?」
飛鳥の言葉にルカの体がびくりと震えた。
「知っているのか?」
「……神の……神の軍勢です」
神災と呼ばれる神の蹂躙が唐突としてはじまろうとしていた。
次回 第 6 話 《 全能戦艦 》




