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第 3 話 《 黙示録 》

 艦橋から眺める景観は実に雄大であった。


 飛鳥は歓迎会の飾り付けをかたづけさせると、艦橋のシャッターを全て開けて船長気分を味わっていた。


 差し込む日差しはあたたかく、可能な限り木材で作られた内装は、安堵感と共に癒してくれる。

 照明がつくまでは気がつかなかったが、この艦は飛鳥の知る鉄の塊のような従来の船とは違うようで、どちらかといえば大航海時代の帆船のような印象をうけた。


 しかしあくまで外装と内装の一部の話しだ。


 この艦のところどころで映画やアニメでみるような宇宙戦艦的な背景とかさなる。このブリッジにしても、今現在飛鳥が座っている偉そうな椅子など、いかにも顎髭をたくわえた艦長が座っていそうなものだった。


 悪くない気分ではあるが、果たしてこれで本当に良かったのだろうか?


 つい勢いで提督のポストに収まってしまったわけだが、よくよく考えてみると羨望していた異世界ライフとはだいぶ違う……。

 ゴブリンに追い回されていた頃が懐かしい。あれはファンタジーだった。それに比べて今の自分はどうだろう?


 目の前に立つ二人のエルフ。


 一方は長身で褐色の肌のダークエルフ、もう一方は金髪で色白のハイエルフ。一見すると異世界らしい彩りだ。しかし飛鳥のイメージとは違う。

 ダークエルフはもっとこう、影があり残忍でエロい格好をしているはずなのだが、目の前にいるのは性格破綻気味で、体のラインがわかりずらいメイド服を着込んでいるせいかエロくもないし、いまいち威厳にもかける。


「イラ・ルプス・エオロ、提督様のために粉骨砕身尽くす所存でございます」 


 ダークの方はこんな感じだ。ハイエルフの少女は良い子なのだけれど、やはりこれじゃない。

 美の女神と謳われる美貌と、近寄りがたい高貴なイメージだったはずなのに、目の前にいるのは気さくに笑いかけてくる可愛らしい少女だった。


「ルカも提督と共に頑張ります。ぴしッ!」


 敬礼が上手なハイエルフである。


 それにしてもルカが普通のエルフではなく、ハイエルフだと聞かされたときは驚いた。どおりで800歳を越えているのにこんな姿をしているわけだ。1万年ぐらいは生きられるらしいのでまだまだ子供なのだそうだ。

 一応個体差はあるらしく、300歳ぐらいで成人するハイエルフもいるそうで、環境次第なのだとか。なので今現在子供であろうとハイエルフは妖精族の頂点であり、敬うべく存在なのだ。と、イラが誇らしげに語った。


 ダークエルフとハイエルフ、どちらも異世界ライフにおいて高いステータスだ。しかしどうにも喜べないのは……この肩書きのせいだろう。


『 妖精艦隊提督アスカ・カミジョウ 』


 いつの間にか職業欄に追加されていた。他にもステータスに嬉しくない変化がおこっている。


 ステータスを見ると、提督の承認を受けてからあきらかになった、いくつかのスキルが表示されている。アスタリスクだった場所に『指揮』やら『操艦』やら『白兵戦』といった冒険者とはほど遠いスキルが表示されていた。現在ポイントがゼロなのでまったく強化ができないが、喜んでする気にもなれなかったので、あまり気にならなかった。


 できれば聖剣をふるい、大魔法を駆使して魔王と互角に戦えるような異世界ライフをおくりたかった。

 たまたま異世界にこられたまでは良かったのだが……上手くいかないものである。飛鳥は思わず溜息をもらした。


「どうかなされましたか提督様?」


 心配してくれているようなので、本心を口にするわけにもいかず、適当に思いついた言葉を口にした。


「提督として認めてもらったのはいいけど、陸に打ち上げられた船なんてどうしようかと思ってね。それにこの船かなり年代ものみたいだし、航海に耐えられるのかどうか……」


 我ながらよくまわる舌だと感心していると、二人のエルフはポカーンとした顔をしていた。何か妙なことを言ってしまったのだろうか?


「提督なのに妖精艦のことを知らないのー?」

 

 知らないよ、と笑顔で頷いた。


「そうなんだー……」


 ルカはイラにどうしようかと尋ねている。お任せ下さいと言わんばかりにイラが胸を叩いた。


「提督様、この妖精艦は人族で言うところの飛空船や飛空艦と呼ばれるものでございます」

「…………」

「提督様?」

「いや、その……飛空船と言うのは?」


 イラが絶句する。常識の類なのだろうか?

 字面から考えて飛行機のようなものではないかと予想はできるが、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。しかし予想以上に困惑させてしまったらしい。耳を澄ましてイラがルカに耳打ちしているのを聴き取ると――。


「お嬢様、お嬢様、わたくしからかわれているのでございましょうか?」

「う~ん……わかんない」


 こうなると事情を説明した方が手っ取り早い気がする。別の世界から来たなどと話しても普通は信じてもらえないだろうが、提督の言葉ならば信用してもらえるかもしれない。飛鳥はそう信じて別の世界からやってきたことを打ち明けた。


「お嬢様、お嬢様、やはりわたくしからかわれているのでございましょうか?」

「う~ん……そうかもー」


 まったく信じてもらえなかった。どうやらクルーの信頼度は低いらしい。ステータスに好感度とかのパラメータを実装してほしかった。

 これなら記憶喪失とかなんとか言って逃げておけばよかったが、今更言っても余計に怪しまれるだけだろう。

 どうしたものかと悩んでいると、ルカが閃いたと言わんばかりの顔で袖を引っ張ってきた。伸びるから止めなさい。


「提督、提督、あの黒いの出してー」

「黒いのって……チョコレートのことか?」


 うんうんと頷いてチョコチョコとはしゃぐルカにポケットから取り出した黒いのを渡した。受け取ったルカは生唾を飲み込みイラへと渡す。

 要領を得ないイラが視線で問いかけてきたので、お菓子だと教えてやる。胡散臭げに顔をしかめたが、ルカのすすめでしぶしぶながら口に含んだ。途端に口元がゆるみ、幸せそうな顔を見せた。


「黒いのに甘いですよ、お嬢しゃま」

「甘いけど黒いんだよー」


 二人とも笑顔だ。何がそんなに嬉しいのか……女子トークはよくわからない。


「それでルカ……イラにチョコレートを食べさせて何か意味があるのか?」

「チョコレートは初めて食べましたー」

「もちろんわたくしもです。このようなほろ苦いのに甘くてまろやかで口の中でとろける黒いお菓子など初体験です」

「ああ、なるほど……」


 つまり長寿であるエルフが知らないお菓子を所持していたという事実が、別の世界の証明になるということなのだろう。知らないお菓子の一つや二つぐらいあるのでは、という飛鳥の疑問は真っ向から否定された。それほど二人は甘味好きなのだそうだ。


 提督の言葉 < チョコレート


 この図式を知って複雑な気分だが信用してもらえるのなら我慢しよう。と、思いきや、イラはまだ少し怪しんでいる様子だった。


「やっぱりチョコレートぐらいじゃ信用できないよね」

「いえ、そういうわけでは……あの黒いお菓子は信用に足るものです」


 チョコレートに嫉妬だ。


「その……疑問があるのでございます」

「何? 今更隠すこともないし何でも聞いてよ」

「ではお聞きしますが……別の世界からいらっしゃった提督様がどうして妖精語を流暢に話せるのでしょうか?」


 ヨウセイゴ?


 飛鳥はここにきてようやく自分が異世界の言語を話していたことに気がついた。なにせ飛鳥の耳には、彼女たちの言葉が日本語としか聞こえていなかったからだ。


 しかし慌てる必要はない。この手の問題はあちらの世界でさんざん語り尽くされた話題だ。


「イラ、確認したいことがあるから何か喋ってみて」

「突然そのようなことを言われましても……」


 注意深くイラの口元を見ていて得心がいった。言葉と口の動きに違和感がある。つまり――。


「わかったよ。自動で翻訳されているみたいだ」


 イラに同じことをさせてみると、ややあって納得してくれた。


「このような魔法があるとは知りませんでした。わたくしもまだまだ若いですね」


 イラはルカの顔を見て納得したように頷いた。何か勘違いしているような気がする。おそらくルカはそんな細かいことを気にしていないだけで、理解などしていないように飛鳥には見えたのだが、イラの目にはハイエルフの英知ならば動じることではないと映ったようだ。そもそも魔法ではないと思うのだが、話しがややこしくなりそうなのでツッコミは入れずにこの話題はこれで終わりにした。


 素性も知れたことだし遠慮なく無知を披露する下地ができたので、とりあえず先ほどの質問を繰り返した。


「飛空船でございますか? そうですね……先ほど航海とおっしゃっていたところをみると、船はご存じなのですよね?」

「ああ。俺のいた世界と同じなら海上を移動する乗り物だ」

「さようでございますか。では端的に申し上げると、空を移動する乗り物でございます」


 予想どおりだ。しかし自分のいた世界ではこんな形状の巨大な乗り物は存在しない。艦橋を見渡す限り宇宙戦艦のような背景は雰囲気だけで、ハイテクな機器は見あたらず科学技術が地球よりも進んでいるとは到底思えなかった。ならば答えは一つだ……。


「ひょっとしてその飛空船とやらは……魔法で動いているのか?」

「魔法ではなく魔術でございます」


 何が違うのかというと質問には、魔法は妖精族がつかう奇跡で魔術は人族などがつかう奇術だそうだ。そして飛空船艦は人族の開発したものなのだそうだが、そんな細かい話しはこの際どうでもいい。ともかく安心した。もしも重油や軽油で動いてるなどと言われていたら夢も希望もない。

 ちなみに飛空船は貨物や貨客などの商船として運用されているそうで、飛空艦は軍用の飛空船だそうだ。どちらも想定内であった。問題は――。


「リンフルスティは特別なのか?」

「……リンフルスティ?」

「この妖精艦の名前だが……違うのか?」


 イラの視線を受けてルカが頷く。どうやら知らなかったらしい。少し悔しそうだ。代わりにルカが答えてくれた。


「妖精艦は妖精族が建造した船だよー。だからすっごいのー!」


 あまり参考にならないのでイラに補足を求めた。


「この妖精艦……リンフルスティはエルフをはじめとした妖精族によって建造された、極めて高性能な飛空艦でございます。1千年前に建造された船ではありますが、未だにリンフルスティを上回る飛空艦は存在致しません。ゆえに特別、あえて言わせてもらえば最強の船でございます!」


 言い切ったイラも聞いていたルカも満足そうな顔をしているのだが……胡散臭い。最新の飛空艦が1千年前に作られたものより劣るとは到底思えないのだが……よほど文明が停滞しているのだろうか? 

 なんせ平安時代の鉄剣で近代兵器に挑むようなものである。比べるまでもないだろう。

 

 飛鳥の反応が気に入らなかったのか、イラは続けて妖精艦の素晴らしさを説いた。

 妖精族と呼ばれるドワーフやグレムリンといった優れた技術力を持つ職人(?)たちが集まり、現在で失われてしまった数々の秘技をもって完成させた英知の結晶であるとか、1千年前の『黙示録』では大活躍したのだと息巻いた。


「その黙示録って言うのは?」

「それは……」


 イラが言いよどむ。ルカの顔にもいつの間にか影がさしていた。リンフルスティが軍艦であったなら何があったか察しはつく。


「戦争……だね?」


 ルカがイラの袖をぎゅっと掴むと重々しく頷いた。


「地上に住む全ての種族が仕掛けた……戦争です」

「全ての種族が? なら相手は?」

「…………神です」


 これには飛鳥も驚かされた。つまりこの世界には神が実在していているという意味だ。そして何を思ったのか戦争を仕掛けた。


「それで結果は?」

「…………敗北……しました」


 ルカは唇を噛みしめて耐えていた。配慮にかけていた……。長寿のハイエルフにとっては歴史ではなく思い出なのだと反省する。


 続きはイラが話してくれたのだが、黙示録については謎が多い。長寿の妖精族たちですら当時の生き残りはもう亡くなっているので仕方がないだろう。

 1千年前からはじまった戦争は200年続き、地上に住む種族の九割を失うことで戦争の幕は下りた。

 滅ぼされたに等しい犠牲……それほど苛烈を極めた戦争だったのだと結んだ。


「ごめん。嫌なことを思い出させてしまったね」

「いいえ……提督にはお話しすべきことですから」


 飛鳥はその意味を察したが、あえて尋ねた。


「どういうことだい?」

「神の脅威は800年経った今でも世界を支配しています」


 終戦から現在にいたるまで、神は地上に住む生きとし生けるものの頂点に君臨し、この世界を『神災』と呼ばれる神罰により支配していると言う。


「だから……生き延びたわたしたちが戦わなくちゃいけないんです!」


 ルカの瞳は決意に満ちていた。だがその色は危うくはかなげに見える。

 子供が背負うものじゃない。どれだけ長く生きていようがルカはまだ子供だ。死地に向かわせるなんて馬鹿げた話しだろう。言葉の意味を読み取れば、その理由にも予想がついたが、はっきりさせるためにも容赦なく尋ねた。


「ルカのような子供まで戦う必要があるとは思えないな」

「妖精艦を運用するには凄く魔力が必要です。だから……わたしは逃げません!」


 イラに視線を向けると悔しそうな顔をしていた。


「ダークエルフであるわたくしの魔力では力不足……。ハイエルフであるお嬢様だからこそ、艦長の椅子を引き継ぐことができたのです」

「艦長か……他にもハイエルフはいるんだろ?」

「……存じ上げません」 

「つまり……ルカ以外のハイエルフは黙示録で……戦死したと?」

「……わかりません」


 ルカに視線を向けると既に涙目だった。しかしその瞳はまっすぐに飛鳥を見ていた。


「ハイエルフだけじゃありません。多くの妖精族と共に妖精王国アルハイムは…………滅亡しました。まだ小さかったわたしはあのとき逃げることしてかできませんでした。だから生き残った妖精族と共に再起を図ると約束したんです!」

「そうでございます! その為に女王陛下はお嬢様に妖精艦を託されたのです!」

「女王からか……ルカは王族なのか?」

「……はい」


 国も無く、家族も失った者にする質問ではないのはわかっている。傷心のルカを支えていたイラの顔にも苛立ちが見えた。


「アルハイムが滅びてもお嬢様を慕う妖精族は多くおります。失礼ですが人族のような薄情者とは違うのです。わたくしたちは長きにわたり力を蓄えてきました。そしてリンフルスティが起動した今こそ発起するときなのです!」

「やれやれ……なに言ってるんだか」

「?」

「正気を疑うよ。今の話しを聞く限り勝機なんて欠片もないじゃないか」

「提督様?」

「どれだけ力を蓄えていたか知らないが、妖精艦を運用できるハイエルフはルカしかいなんだろ? そして最新鋭の飛空艦は1千年前に造られたこのリンフルスティに劣る。それで全盛期の戦力でも勝てなかった相手にどうやって勝負を挑む気だ?」

「それは……ですがわたくしたちは800年間力を――」

「力を蓄える時間があったのは相手も同じじゃないのか?」


 イラが言葉を詰まらせると、代わりにルカが食い下がる。目尻に溜まった涙が流れ出すのを必死に堪えて飛鳥に思いを伝えようとしていた。


「女王陛下が、お母さんが言ってました。もうすぐ提督が力を貸してくれるって、提督が導いてくれるって、提督がわたしたちを助けてくれるって!」

「……女王は……ルカのお母さんは亡くなられたんだろ? それは……遺言か?」

「……お告げです」


 もうすぐと言ったのでおかしいと思った……。加えてイラの焦ったような顔つきが、飛鳥の予想を裏付ける。


「お告げというのは?」

「……夢の中で、お母さんが……」

「なんだ……夢の話しか」


 飛鳥の冷たい声を聞いてルカの顔が青ざめた。イラがその華奢な体を抱きしめて、飛鳥に敵意を向ける。


「もうその話しはよろしいでしょう――」

「艦の名前も知らなかったダークエルフは黙ってろ」

「――ッ!」

「ルカ、残酷なようだがはっきりと言っておく。俺は肩書きこそ提督だが、軍略も知らなければ小舟すら運用したことがないド素人だ。殴り合いの喧嘩すらしたことがない、他人を傷つけたこともない――ただの平民だ。だから……君の期待には応えられない」


 ルカの頬を伝った滴が次から次への流れ落ちる。目蓋を閉じて止まらなくなった涙を必死に押さえるが溢れる落ちる涙は床を塗らした。


 ブリッジを飛び出していくルカと、後を追うイラの背中が見えなくなると、飛鳥は謝罪の言葉を呟いた。誰に聞かれることもなく……。



次回 第 4 話 《 発進 》

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