第 29 話 《 魔術師の天敵 》
お待たせしまして申し訳ないです。だいぶ空いてしまったので前回までのあらすじから。
使徒にそそのかされたクーラが、ソニアをワルキューレ復活のための生贄にするべく礼拝堂に連れ出す。ソニアを助けるべく飛び込んだルカたちだったが、クーラの禁術によって追い詰められた。その窮地に駆けつけたのはもちろん飛鳥だった……。
飛鳥はふぅと安堵の溜息をもらして着地した。
間一髪だった。
中庭を駆け抜けて辿り着いた礼拝堂は真っ赤に染まっていて、戦術予報も侵入を拒んだ。だがルカをはじめとした面識のあるタグの群れが禁術に呑み込まれようとしているのを黙って見過ごすことなど出来るわけがない。
咄嗟に飛び込んだ飛鳥はぶっつけ本番でスペシャルスキルを発動した。
『魔法斬り』
魔術師の天敵クラスで習得したスキルなだけに不安ではあったが、その効果は絶大で見事に禁術を切り裂くことに成功する。
しかしながら剣先の触れる間合いに飛び込む必要があるため、魔術の中に飛び込む必要があり、結果真っ白なローブは焦げてしまった。この程度ですんだことを喜ぶべきなのかもしれないが今後は装備についても考える必要がありそうだ。
ともかくローブを脱ぎ捨てるとルカたちの安否を確認する。誰もが唖然としていたのでとりあえず安心させる為に笑顔を振りまいておいた。
「提督ーッ!」
ソニアの胸の中で守られていたルカが飛び出してくると今度は飛鳥の胸に飛び込んでくる。
受け止めてやるとキラキラした瞳で見上げてきた。
「怪我は……なさそうだね」
「はいッ! 女王様が守ってくれましたよー!」
改めて見たソニアの顔には涙が流れていた。しかしその表情には怯えも恐れもない。どちらかといえば嬉し涙のように思えた。
飛鳥はソニアに礼を言うとルカも頭を下げた。素直でよろしい。だが……。
「留守番してるように言っただろ」
「てへっ。ごめんなさーい」
まるで反省している素振りを見せなかったので、明日からおやつ抜きと判決を下すと禁術に襲われたときにも見せなかったほどの絶望的な表情を浮かべた。
少し酷かなと思ったが、助けを呼ぶようにイラの名を叫ぶルカに嫌な予感をおぼえる。すると駆け寄って来たイラがやや興奮気味に――。
「すべてはお嬢様から目を離したこのイラの責任でございます。どうかこの身にきっつい罰をお与え下さい!」
嬉しそうな顔をする変態メイドに頭を抱えていると背後から奇声が聞こえた。
「何を――ッ! いったい何をした――ッ!」
振り向くとクーラが激昂していた。何をと言われても見ての通りなのだが……。わざわざ説明してやる必要があるとも思えないが衆目が集まってしまのでしかなく口を開いた。
「……斬った」
単刀直入に答えてやったというのにクーラは反応を見せない。周囲も唖然とするばかりだった。ひょっとして……と思いイラに視線を向ける。
「確認したいんだが……魔術は斬れないものなのか?」
「もちろんでございます。魔術も魔法も防ぐことすら簡単ではございません。ましてや斬るなど……わたくしも初耳です。そうですか……斬ったのでございますか……早すぎて見えませんでしたがたしかに剣を振り下ろしておりましたね。さすがは提督様」
魔術師の天敵……実は凄かったのか……。
「ふざけるなッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
まあ、当然の反応だろう。穏和そうだった枢機卿も激昂するほど非常識だったようだ。
「そんなことできるものか! どんなペテンを使ったのかはしらんが、これ以上の邪魔はゆるさんぞ!」
言うが早いか早速魔術を放ってきた。この見覚えのある形状はライトニングジャベリンか……。使徒に比べたら大きさも鋭さもまるでない。それにたったの三本だ。かわしてもいいのだが無駄なことだとわからせてやるつもりで今度はゆっくりと剣を振り三本の槍を切り捨てた。
再び絶句する一同。どうも刺激が強すぎたらしい。まあ、これで矛を収めてくれれば幸いだったのだが……。
「ふ……ふ……ふははは――ふはははははははッッッッッッッ!!!!!!」
クーラは気でも触れたかのように笑い出した。よくない兆候だ。
「諸君ッ! これは神が我々に与えた試練だ! かの悪魔を打ち倒し神格を取り戻すことこそが我々に与えられた使命である!」
これではどっちか狂信者かわらないなと飛鳥は苦笑した。
「ルカ、あと少しだけみんなを守ってくれるか?」
「――はいッ!」
素早く意図をくんでくれた少女がマジックフィールドを展開する。かなり辛そうだが我慢してもらおう。イラに視線を向けると、何も言わないうちにルカを守るように立った。イオスもソニアを立たせると守るように構えて頷いた。その他の面々も空気を読んだのか身構えている。
「――制圧してくる」
「殺せエエエエエエエエエッッッッッッッッッッ!!!!!!!!」
飛鳥とクーラの声が重なると死を恐れぬ衛兵が無数の魔術の援護と共に襲い掛かって来た。
風歩により衛兵たちの間をすり抜けざまに切り倒す。急所は外しているがすぐには動けまい――と思いきやすぐさま回復魔術により傷を癒していく。
やっかいな――だが!
飛鳥は頭部への攻撃に集中する。傷は浅いが頭を揺さぶれた衛兵たちは脳震盪により気絶していく。回復魔術で傷を癒してもしばらく動けないはずだ。
要領を得た飛鳥は衛兵を気絶させながら魔術師たちに接近する。恐怖に戦きながらも果敢に魔術を撃ち出すが、飛鳥にとっては小蠅を払うも同然に魔術を切り裂いて突き進む。
すぐさま乱戦状態に入り慌てふためく魔術師の群れを確実に無力化していくと上空から不愉快な笑い声が聞こえてきた。
周囲の敵を一掃して見上げると、いつの間にかクーラが天井付近に浮いていた。
「空魔術ってやつか……」
「その通りだ。驚いたかね? 魔術を極めしわたしにとっては造作もないことだがね」
遠巻きの敵たちが感嘆の声をあげているところを見ると大層な魔術らしい。飛鳥にとっては見なれた光景なので驚きはしなかったが、味方を犠牲にしている間に詠唱していたかと思うと心底呆れた。その顔が呆気にとられたようにでも見えたのか、クーラは満足げに笑う。
「魔術師が空を制する……その意味がわかるかね?」
「……さあね」
不愉快な笑い声を頭に浴びせられる。クーラは出来の悪い生徒に語り掛けるかのようにわかりやすく説明してくれた。
「一方的な虐殺だよ」
そう言うとクーラの手のひらが瞬いた。その光から無数の雷が落ちてくる。味方も巻き込む広範囲の攻撃を躊躇いなく撃ち出したクーラは、地上を見下ろして笑い声を止めた。
「どこに――逃げた?」
「ここだよ」
弾かれるように見上げたクーラは天井すれすれを闊歩する飛鳥をみて破顔した。
「馬鹿な……貴様のような小僧が空魔術を使えるなどと――」
「アンタのようにただ浮いてるだけの魔術と一緒にしないでくれ」
理解の範疇をこえたものに対して反射的に手をかざすクーラはまたも目標を見失って固まった。
「――後ろだ」
「――なッ!」
振り返ったクーラの顔は驚愕で歪み、その背を剣の背で叩きつけた。白目をむいた老体は空魔術の消失と共に石畳に落ちると、立ち上がることもできずに呻いた。そしてあれほど勢いのあった敵兵たちが武器を落としその場に崩れていく。
首謀者を倒されたことで戦意喪失といったところか……。
ルカたちの方を見ると討ち漏らした敵を倒し終えて飛鳥の姿を見上げていた。はしゃいでいるルカに手を振りながら、階段をおりていくかのように地上に戻った。
「提督すっごいです! 空魔法も使えたんですねー!」
「ああ……あれは魔法じゃなくてスキルだよ」
相変わらずルカには伝わらなかったようだが、とりあえず「わかりましたー!」と言ってはしゃいでいた。
「アスカ……殿」
疲れた顔のタースが警戒しながらも近寄ってきた。イラが肩越しにルカの素性を知られたと伝えてくる。すでにヘッドドレスも外れてしまっていては言い訳も難しいだろう。ハイエルフは黙示録で神族に戦いを挑んだ妖精族だ。過去の話であってもアース教徒にとっては敵であることは間違いない。慎重に対応した方がよさそうだ。
「タース殿、見ての通りこの子はまだ子供です。黙示録に直接関係していません。どうか……」
「誤解してもらって困る。我々が生き延びられたのは彼女の守りがあってこそ。感謝こそすれ他に含むところはない」
そう言ってタースは頭を下げた。背後の衛兵たちもそれにならう。過去の因習に囚われていない男だとは思っていたが、改めて安心した。
「重ねてアスカ殿の救援に感謝する」
「いえ……当然のことです」
実のところルカたちを助けにきたついでのようなものなので心苦しい。しかし今後のことを考えるとアース教会とは有効的な関係を築いておきたい。幸いタースは現実主義者なので良好な関係を築くことも難しくないように思えた。ここは友好的な姿勢を示しておいたほうがいいだろう。
「こんな形になってしまいましたが私たちは教会に敵対する意思はありませんので……」
タースの顔が一瞬ひきつった。衛兵たちのほうは目に見えて怯えている。敵対という言葉が刺激的だったようだが、その意思はないと繰り返すとなんとか場の緊張はほぐれた。
どうもやり過ぎたようだと反省しているとソニアが近寄ってくる。礼儀正しく待っていたようだった。そして頭を下げるので慌てさせられる。
「あ、頭をあげて下さい」
ソニアは深々と下げた頭をあげる。異世界の常識にうとい飛鳥にも一国の女王が頭をさげる意味は理解できる。今度は自分が緊張させられる番のようだった。
「私のせいで彼女を巻き込んでしまって本当に申し訳なく思っております」
「陛下を……?」
実のところこのお家騒動の事情を知らない飛鳥はソニアを奪い合う戦いだったのだと聞かされて納得した。
「ならルカは助太刀するために飛び込んだってことか?」
「はいッ! お姉ちゃんの大切なお友達ですから!」
まったく無茶をする。しかしその無鉄砲さをしかる気にはなれず頭を撫でてやった。くすぐったそうにしながらも喜んでいるルカを見てソニアが優しく微笑む。
「ありがとう。ルカちゃん。それから……」
ソニアの潤んだ瞳に見つめられて動揺してしまう。それほどに魅力的だった。
「困ったことがあったら必ず貴方が助けに来てくれる……それがエリス口癖でした」
そしてソニアは満面の笑みで「ありがとう」と口にした。
思わずドキリとしてしまう。随分と年上だっていうのにその笑顔はとても可愛らしく、飛鳥の鼓動を高鳴らせた。
そんな幸福な時間は老人の悲鳴により止められる。
「使徒様、使徒様、使徒様、お助け下さい! お助け下さいッッッッッッッッッッ!!! どうか、どうか、あの悪魔に神罰をッッッッッッッッッッ!」
意識を取り戻したクーラが悲鳴をあげて天を仰いでいた。しかしその声が届くことはないだろう。しかし――。
「どうしたんだみんな?」
一様にクーラを凝視して緊張している。そのなかでタースが唇を振るわせた。
「アスカ殿……クーラの強行には後ろ盾がある。よもやと思うが……これだけのことをしでかすとなれば……使徒……様が絡んでいる可能性を否定できない」
なるほど。そういうことか……。
「それなら心配はいりませんよ」
「?」
飛鳥は声を張り上げて注目を集めた。
「残念だがスールは助けにはこない」
周囲のものたちはまるで飛鳥の口にした言葉が別の国の言語かと思うような反応を見せた。おかしい……とも思ったが、地上に名前を知るものはいないとかなんとか言っていたことを思い出す。
「未来を司る者スール……そんな名前の使徒なら既に――倒した」
空気が一変する。クーラがわなわなと震えていた。
「戯れ言を……戯れ言を……ぬかすな! 使徒様が貴様なぞにッ!」
「ならご自慢のその目で敷地内を探してみればいい」
まだ文句を口にしながらも千里眼を発動して視線をさまよわせるクーラ。その視線が一点に止まると――絶叫した。
「ばばばばばばばばばっば馬鹿な馬鹿な馬鹿なッッッッッッッ!!!!!!」
ありえないありえないと口にして取り乱すクーラの姿を見て場の空気が一気に重くなった。さすがの飛鳥もその視線にたじろいでしまう。
「アスカ殿……まさか本当に」
タースをはじめとした信者たちが真っ青な顔で見つめてくるので居たたまれなくなる。
「ええ、まあ……。ここに来る途中いきなり襲われたもので……やむを得ず」
さすがにまずかったのだろうかと不安になっているところに、ルカとイラが空気も読まずにテンションをあげて褒め称え来るのでまいった。ソニアたちはただただ驚いているようだった。
結局とどめを刺さずに気絶させるにとどめておいてよかったと思いたい。逃げられて現在地がしられるリスクをおいたくはなかったが、人間のかたちをしたものを殺すことには抵抗があった。
めそめそと泣き出す老人の姿は見えるに耐えなかったが同情はしない。クーラがソニアの命を奪おうとし、あまつさえルカたちも殺そうとしたのだがら……。
「……もはやこれまで」
呟いたクーラが膝をつくと手を仰ぎ叫んだ。
「皆の者、これより我らの手によりワルキューレ復活の儀をとりおこなうッ!」
クーラの言葉に呼応するように兵士は兜を、魔術師はフードを脱ぐと各々が短剣を引き抜く。まだ戦うのかと思った矢先、握りしめた短剣の刃を自らの首に突きつけた。
「皆の魂は必ずや楽園へと運ばれる――神のために殉職せよッ!」
その儀式は唐突におこなわれた。あるものは泣き叫び、あるものは笑いながら自らの首に剣を突き刺し流血が飛び散る。吐き気をもよおすような血の臭いが礼拝堂内に広がった。
狂ってる……。躊躇うこともなく自殺するその集団の瞳は、息をひきとってもなお狂気で輝いて見えた。
「悪魔よ……己の無力に泣き叫び、神に逆らった愚かさを呪うがいい……きひッ」
爛々と輝くクーラの瞳が飛鳥を射貫く。そして邪悪な笑みと共に何事かを呟き自らの心臓に短剣を突き刺した。
血の臭いが鼻孔をかすめた。その臭いが背後からだと気づき振り向いた飛鳥が見たのは、首から血を流すソニアの青白い顔だった。
その場に崩れるソニアをイオスが抱きかかえると泣きそうな顔で主人の名を叫び、溢れ出す血を抑えようと両手で首を押さえる。その手元を凝視した飛鳥は遅れて原因に気づいた。
『生贄の首飾り』
ソニアの首にかけられていたのは呪いのマジックアイテムだったのだ。クーラの最後のつぶやきが発動キーだったと気づき苦虫を噛み潰す。しかし後悔している暇はない。飛鳥はイオスの手を無理矢理どかすと首飾りを引き千切った。
「ルカッ!」
「はいッ!」
説明せずとも意図に気づいて回復魔法をかけるルカ。しかし魔力が枯渇しているせいか思うように傷が塞がらない。ルカの顔は今にも泣き出しそうだった。
周囲に視線をおくるが誰も手を出そうとしない。できないのだと気づいた。みんな満身創痍で魔術がつかえるほど魔力が残っていないのだ。タースのすまないと言うつぶやき声もなんの慰めにもならなかった。
魔法も魔術も使えない自分のふがいなさに打ちのめされていると、突然床が揺れ動き、地響きと共にその揺れは激しさを増した。
「なんだッ?」
立っているのも辛くなる揺れと共に戦術予想が警告を鳴らす。そして――。
『 アースガルド接近! 』
再び神災の口火が切られた。
いつもお読みいただきありがとうございます。




