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第 27 話 《 使徒 》

「はぁ……」


 その部屋の内装は慎ましいを通り越して簡素だった。あるのは硬いベッドと小さな木製の机と椅子のみ。とても枢機卿の自室とは思えない質素なものだ。その部屋の主は溜息を漏らすと硬い木の椅子に腰掛けた。


「なんたることだ……」


 その呟きに答える者はいない。インサニア・クーラは今見た光景を反芻して己の不運を嘆いた。


 千里眼による遠視でイオスが敗れる姿を見たときは我が目を疑った。聖騎士であるあの者がよもや敗れるとは……。本来ありえない番狂わせだ。


「あやつめ……そうまでして神格を穢したいのか」


 聖騎士を倒すほどの手練れを用意できるものなどそうはいない。ならばおのずと相手は見えてくる。


 サピエン・タース……。まず間違いなく奴が用意した手駒だろう。これ見よがしに信者の姿をさせたのは信心深い自分への当てつけに他ならない。


 おかげでイオスを手引きしてソニアを連れ出そうとしたクーラの計画は水泡に帰した。


「神よ……申し訳ございません」


 愚か者のタースがしでかそうとする罪を我が事のように反省するクーラは、椅子からおりて膝をつき頭を垂れた。


 自分がしっかりしていればこんなことにはならなかった。50年経った今もなお、己の無力さを噛みしめることが多々ある。思い起こせばはじめて神災を目の当たりにしたあの日から、自分はどれほど神に貢献できたのか……。


 クーラは10歳の誕生日を迎えたその日に故郷を失った。突然として現れた神の軍勢により祖国が滅ぼされたのだ。しかし恨みはない。滅ぼされて当然の独裁国家だったからだ。物心ついたときには貴族と民衆の内戦がはじまっていて、誰もが日に日に疲弊するそんな日々を送っていたクーラは、次に目を開けたとき隣の誰かが死んでいてもおかしくない世界に絶望していた。


 こんな世界滅べばいい……。


 何度となく思ったその願いは一夜にして叶った。運良く生き延びたクーラはそれが神の試練だったのだと、復興支援をしてくれた教会の信者に教わった。

 内戦に身を投じていた者たちがどう思ったのかは知らないが、クーラにはこれが神の与えてくれた救いなのだと思えた。犠牲はたしかにあった。しかし生き残ることが試練であり、生き残った者が神の望む世界を作り上げる。それは幼いクーラの人生を大きく左右する出来事だった。


 神に殉ずる。それがその後のクーラの生き甲斐となった。


 そしてその思いを抱きながら生き抜いた結果が今のクーラの姿だ。それなのに……。


「情けない……」


 最寿の女王を守ることができなかった。このまま不当な裁判で有罪にされれば神格を穢されその神秘を奪われる。人の身に宿る神格とはそれほどにもろい。ひとたび否定されてしまえば永遠に失われてしまうだろう。いずれは使徒になりえた才能だというのに……。


「神よ……私が力ないばかりに未来の使徒を失ってしまいます……お許し下さい」


 クスクス――クスクス――。


 神への懺悔をしているクーラの耳に、場違いな笑い声が聞こえた。顔を上げたクーラの瞳に映ったのは、窓の縁に腰掛けた白いローブを着た少女だった。


 その少女は聖職についてから久しく忘れていた男の本能を呼び覚ますほど美しい容姿をしていた。腰まで伸びる蒼い髪、陶器のような白い肌、蒼い瞳は吸い込まれそうなほど澄んでいる。クーラは思わず見とれていたことに気づくとようやくその口を開いた。


「な、何者か?」


 少女はその問いには答えず前髪を掻き分ける。すると額にアンスールの紋章が刻まれていた。


「お、おお、おおおおおッッッッッッッッッッ!!!!!!!」


 クーラは感激のあまり叫ばずにはいられなかった。その額に輝く紋章は間違いなく使徒の証だったのだ。


 ついに我が信仰心が使徒を呼び寄せたことに感動する。使徒は神託を携えて選ばれし者の前に姿を現すと教えられてきた。自分はただ直向きに神の教えを喧伝し尽くしきたにすぎない。それは信者ならば当たり前のこと。なのに使徒はいま自分前に姿を現したのだ。喜ばずにはいられなかった。年がいもなく叫んでしまったことを恥じらうこともせず、クーラは少女に頭を垂れた。


「顔をお上げなさい。あなたにはやるべき事がある。私はそれを伝えに来ましたの」


 鈴を鳴らしたかのような美しい声が耳に届くと、クーラは再び感激の叫び声をあげていた。


 ◆


 イラとの戦闘を終えたのちに部屋を飛び出した飛鳥だったが、その足は現在止まっていた。


 セカイレンズで逐一状況を把握していたのだが、ここに来て急にタグの動きが活発になったのだ。まるで反乱でも起きたかのようにあっちこっちで小競り合いが始まっている。


 イラたち以外にも侵入者がいた可能性もあるが、それにしては規模が大きすぎる。イオスを倒し、怪盗たちも止めたいま、女王の誘拐は未然に防げたと思っていただけにこの変化は解せない。


 宮殿に向かっている集団がソニアを連れて移動中であることも気になっていた。あれが護衛ならば問題ないがそうでなければ……。


 タースとクーラの位置を確認すると、それぞれ動き出していた。そのタグの密集度合いから考えて嫌な予感をおぼえる。


 だから飛鳥はさっさとルカを捕まえてこの場を離れるべきかどうか迷っていた。そのルカにしても引っ付いているかのように寄り添うアンノウンのタグが気になる。


 飛鳥が迷っていると突然、戦術予報がこの地点に警報を流した。咄嗟に反応した飛鳥が飛び退くと、光の槍が突き刺さる。遅れて『ライトニングジャベリン接近』のメッセージが視界に流れた。


 首を回して周囲を確認するが人影はない。しかし飛鳥にはハッキリとアンノウンのタグが見える。魔眼を発動するとその姿をハッキリと捉えた。


「ビックリですの。ジャベリンをかわしたうえに、私の姿を捉えるなんて……いったい何者ですの?」


 闇の中から姿を現したのは、白いローブを着た蒼い髪の少女だ。どうやら認識阻害の魔法だか魔術だかを行使していたらしい。しかし飛鳥はそんなことなど気にとめずに、彼女の正体を知り驚いていた。


「使徒……だと?」

「あら……本当に何者ですの? 見たところ平凡な人族にしか見えませんが……」


 まずいな……。


 ステータスを見るかぎりこの女は本物の使徒だ。つまり神に通じる者……。

 まだ戦力も整っていないというのに、目を付けられるわけにはいかない。しかしここでこの女を捕らえれば貴重な情報が手に入る。


 レベル68……。


 今まで見たなかでも群を抜く強さだがそれでも自分より低い。負けはしないだろう。気になることと言えばスペサシャルスキルか……。


「お答えしてくれませんの?」


 少女の瞳が怪しく光る。すると戦術予報が次々に頭の中に流れこんできた。その膨大な量に面食らった飛鳥に僅かな隙が生まれる。


「ならば――答えたくなるまで痛めつけてあげますのッ!」


 使徒を取り巻くように現れた無数の光が槍の形に変化すると一斉に飛ばされた。飛鳥は咄嗟に身を翻して空を駆ける。


「空魔法まで使えるとは――益々興味深いですのッ!」


 槍の追撃は途切れることなく飛鳥を追い立てる。それだけではない。障害物もない空を駆ける飛鳥の逃げ場が徐々に失われていく。


 それはまるで行動が読まれているかのような攻撃だった。


「未来を司るってのは伊達じゃないようだな!」

「そこまで知っていますの……」


 ピタリと攻撃が止んだ。訝しみながらも歩みを止めて地上に降りる。使徒のまわりに漂う光の槍はいぜんとして飛鳥を狙っていた。


「私は未来を司る者スール。あなたは?」

「……飛鳥だ」

「アスカ……聞いたことがありませんの。偽名ですの?」

「本命だよ。別に有名人じゃないし信者でもない。知らなくて当然だ」

「そんなことはありえませんの。私の本当の名を知る者はこの地上におりませんの。例外があるとすれば同胞のみ……」

「そうかね。情報なんて案外簡単に漏洩するもんだと思うぜ」

「私が名乗ってもまだ答える気はありませんの?」

「答えるもなにも俺は通りすがりの観光客だよ」

「……わかりましたの。本気で暴れるなと提督ちゃんから釘を刺されていましたが……あなたは例外ですの」


 今、聞き逃せない言葉を耳にした――。


 飛鳥が口を開こうとした瞬間、戦術予報が頭の中に雪崩れ込み、回避不能の警告が駆けめぐる。同時にスールの背後が発光し、生まれ出た光の槍が辺りを埋め尽くした。

 刹那、飛鳥は仮面を脱ぎ捨てスールを睨み付けた。その瞳に焼き付くような光の本流が飛鳥を呑み込み視界をズタズタに切り裂く。かわした先から襲ってくる光の槍が、腹を突き抜け肩を突き刺し飛鳥の体を蹂躙する。


 ほどなくして攻撃が止んだ。


「その傷でまだ立っていられるとはしぶといですの」


 ニヤリと笑う飛鳥が口を開くと言葉ではなく赤い血を吐き出した。当然だった。今や飛鳥の体を見て傷ついていない部分を探す方が難しかった。胸にも何本もの槍を受けていて、立っていられるのが不思議なほどだ……。


「でも……少しやり過ぎましたの」


 何がおかしいのかクスッと笑うスール。血だらけの飛鳥は荒い息を吐き出しながらも剣を抜きかまえた。


「あら、まだやる気ですの?」

「……たりめぇだ。神の……犬なんぞに……負けられっかよ」

「…………」

「……どうした?」


 スールがクスクスと笑い声をもらす。


「何がおかしい?」

「おかしな人ですの。私の名を知っていながら神の犬などと……」

「どういう意味だ?」

「どうやらご存じありませんのね……神族などとっくの昔に滅んでいることを」


 なんだと?


 まったく予想外の答えに耳を疑う。どういうことなのだろう。相手は使徒であり、神の僕のはずだ。それに神災に遭遇した身としては鵜呑みにする気になれない。


「なんの冗談だ? お前は使徒……地上に生まれながら神に仕える者のはずだ」

「誤解ですの。私たちは神聖なるおこないを献身する選ばれし者ですのよ。この世界を滅ぼそうとした愚かな神族などに従うことなどありえませんの」

「だったら……誰に従っている?」


 饒舌だったスールが押し黙った。


「さっき口にした……提督とやらか?」

「……おしゃべりがすぎましたの。なので……死んで下さい」


 スールが目を細め――そして見開いた。瞬間、周囲が光り輝きあらゆる場所から光の槍が飛び出すと、一斉に飛鳥を襲った。


 飛鳥の体が光の刃に呑み込まれる。鮮血が舞い上がる光景を見て、スールはケタケタと笑っていた。


 その姿を彼女の後方で観察している人影がある。それは誰であろう、瀕死の重傷を負っているはずの飛鳥だった。

 掠り傷一つ追っていない姿で先ほどからずっとそこにいたのだ。そうとも知らずにスールが戦っているのは彼女の目に映る幻覚だった。


『 幻瞳 』


 仙人クラスのスペシャルスキルで幻術の類なのだが、説明を見るかぎりLSDより凶悪な効果を発揮するので使用を躊躇っていた。しかし本気を出したスールのスペシャルスキル『未来視』が戦術予報を凌駕した為やむを得ず使用してしまった結果だ。


 正確に言えば本気の風歩によりかわすことはできた。実際、幻瞳を使用した後にライトニングジャベリンの射程から離脱できた。その気になれば空歩により遙か上空に退避することも可能だったりする。どうやら下位のスキルである戦術予報では上位のスキルである風歩や空歩のポテンシャルを把握しきれていないようだった。


 そんなわけでこのまま戦い続けるのは不安になったことと、情報収集の目的でスールを幻術にはめた。幻覚は飛鳥が言葉を挟むことによって誘導できるので、瀕死の敵に冥土のみやげを聞かせるように仕向けることができたわけだ。


 それにしても聞き出した情報は飛鳥を混乱させるものばかりだった。真実か否かを判断するためにもスールは捕虜にしたい。しかし問題もあった。先ほどの攻撃を見てもわかるように、取り押さえられるのは自分しかいない。幻術を解いて気絶させることはできるが拘束する術がない。


 改めてセカイレンズで状況を確認すると、名前の判明している役者たちが勢揃いしていた。その中にはルカのタグも……。


 飛鳥は苦渋の決断を下すと剣を抜き彼女の背後に立った……。

 

いつもお読み頂きありがとうございます。

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