第 26 話 《 怪盗 VS 狂信者 》
「ヒャッホォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!!」
イラの隣では秘宝を手にしたロニーが奇声をあげながら小躍りしていた。なんともあさましい姿だ。同じ女としてこうはなりたくない……。
侵入に気づかれたイラたちは、その後も仕事熱心な衛兵たちを軒並み返り討ちにして進んだ結果、見事お宝の間へと辿り着いた。
正直に言って楽な道のりだった。衛兵たちはあまり実戦経験がないようで僅かな怪我にも怯えるしまつ。生傷の絶えなかった冒険者時代の自分から見たらいかに軟弱なことかと呆れてしまう。
それに比べて途中で加わった冒険者ギルドの連中は骨があった。とはいえ多少だ。ロニーの放つほぼ不可視の矢を前にして近づくことすらできなかった。
お気の毒としか言いようがない。実力の差は歴然としていて、イラはたいした出番もなくここにいたっている。こんな恥ずかしい格好までして連れてこられたというのになんとも釈然としない結末だった。
とはいえこれで仕事も終わりと思うとせいせいする。
「もう十分だろ。そろそろ退散するぞ」
「なんだよ。ノリわりいな。もっと喜ぼうぜ!」
「そんなこと後で一人でやれ。私は帰る」
「ち、ちょっと待てってば!」
イラが踵を返すとロニーが腕をつかんでくる。
「なんだ、うっとおしい!」
「別に急ぐこたーねえだろ。どうせ相手は雑魚ばかりだ」
「侮りすぎだ。今は司祭クラスの連中が集まっているうえ枢機卿共もいるんだぞ」
「あいつらの専門は回復とかそんなんだろ? だいたい攻撃系の魔術師がいたところで屋内じゃまとも戦えやしないって」
言わんとすることはわかる。殺傷力の高い上級魔術は当然威力もあり攻撃範囲が広い。自分の家を傷つけるようなまねはしづらいだろうと言いたいのだ。
ましてや戦闘経験は少ないはず。それは相手を殺す覚悟も備わっていないということだ。よほどの実力差があって手加減できる自信がないかぎりは、殺す可能性がある上級魔術など例え敵であっても向けられはしない。
だからと言って油断していいわけではないだろう。それはロニーもわかっていることだろうに……。
「おい、ロニー……お前なんか私に隠していないか?」
「え! べ、別に何も……」
怪しい……。
そういえばなぜ冒険者までもが警護にまじっていたのだろう?
人手不足とはいえプライドの高い教会の連中が外部の力を借りるなど珍しいことだ……。
敵の渦中だということも忘れてロニーに詰め寄っていたイラは、突然現れた気配に気づき弾かれるように振り向いた。
そこには一人、信者らしき者が立っていた。男とも女ともつかない華奢な体躯に見覚えのあるローブを纏っている。露店で見たときはあまり気にはならなかったが、この場で堂々と着られると畏怖を感じずにはいられない。冗談のつもりならば笑ってやるところだが、生憎とその表情は銀色の仮面に隠れてわからなかった。
「たく、今度は観光客が相手か? 教会の本山って言ってもたいしたことねえのな」
先ほどまで衛兵を倒しまくったせいか増援がとぎれている。そこにきて現れたのがただの信者とおぼしきものではロニーがぼやく気持ちもわかる。しかしイラは警戒していた。ここに来るまでに戦闘不能となった衛兵たちの姿は見てきているはずだ。それなのにたった一人で現れたのだ……。
気配も感じさせずに風のようにあらわれた信者は、ロニーがいうように見た目こそ浮ついた観光客だがとてもそうは見えない。もしもしらふでそんなローブを着るものがいたとすればそいつは……。
「狂信者か……」
「なに?」
「気をつけろロニー……そいつはやばい奴かもしれん」
「はッ! なにビビってんだよ。アンタともあろうものが、あんなもん……見掛け倒しさ!」
ロニーが素早い動作で弓をかまえて弦をひくと無詠唱で風の矢を飛ばした。威力は落ちるが無詠唱による奇襲はまずかわせない。そうロニーが自信をもっているように、イラもその技術には一目おいていた。それななのに……。
「……え?」
かわされた。直撃寸前で横に飛びかわされたのだ。油断していたロニーはまだその事実を受け入れられずにいる。しかし感触がないことに気づくと唇を歪ませた。そして今度こそ詠唱をとなえながら弓を引いた。
「なめんなよ、狂信者ッ! まぐれは続かねえぞ!」
風がロニーに向かって流れ込むように集まると一点に凝縮する。そしてロニーの叫び声と共に爆発するように風の矢が乱れ飛ぶ。到底かわせるはずもない。見なれたイラですら数本しか目で追えなかった。それなのに……。
「……嘘だろ」
ロニーの顔が驚愕で歪む。イラも信じられない光景を目の当たりにした。今度は半歩も動かずに体をそらしただけで全ての矢をかわしたのだ。獲物を見失った風の矢は壁や床をえぐり霧散する。狂信者は掠り傷ひとつ負わずにその場に立っていた。
その顔に表情はない。イラもロニーもその不気味な雰囲気に飲まれて立ちつくしていた。
◆
いったいぜんたいなんなのか?
いきなりの仕打ちに飛鳥は内心戸惑っていた。
イラのタグを追ってやってきた部屋に入った途端にエレメンタルアローの接近を感知して飛び退いてみれば今度は連射してきた。一度五感で体験すれば戦術予報で楽にかわせるとはいえ、あまりの仕打ちだ。おまけに狂信者とか暴言を吐かれている。
怒ってもいいのではないか?
しかし今更名乗りづらかった……。
狂信者と勘違いされてもしかたがない姿だ。それにイラの姿を見る限り、触れてはいけない話題のように思える。今朝行き先を告げずに出て行ったのは、破廉恥な姿を見られまいとの行為だったのかと思うと、安易に正体を明かすことを躊躇われた。
いい歳をして恥ずかしいに違いない。
何故あんなコスプレをしているのかは知らないが、無事は確認できたので立ち去ってもいいのではないかと考えていると――。
「ロニー、あれをやるぞ!」
「へ……お、おう! あれだな! よし! アタシらの最強コンボを見せてやんぜ!」
中指を立てて飛鳥を挑発してきたのはロニーと呼ばれた少女だ。魔眼で確認したところ妖精族らしい。
『 名前:ロニー・ユル・フット 』
『 種族:妖精族♀ 』
見た目は17、8の少女だが実年齢はイラと同じく300歳代。しゃべり方がなんとなくオヤジ臭いので違和感があったが年齢を確認して納得する。
そしてステータスを確認すると以前イラが言っていた精霊魔法の使い手だとわかった。しかし飛鳥の目を引いたのは魔法ではなくスキルの方だ。この少女面白いスキルをもっている。
『 精密射撃 』
このスキルは艦砲射撃などにも使えるのではなかろうか?
実に興味深い……。
などと考えているうちにイラが何やら詠唱をとなえ終えた。
瞬間――。
照明用のランタンから灯りが失われる。まるで闇に食われるかのように光源が消えて部屋が真っ暗に! しかしそれで終わりではなかった。闇は更に濃くなり視界を黒く塗りつぶしていく。
これは――闇魔法ッ!
状況から察するに間違いない。以前イラのステータスを魔眼で確認しときにこのような効果の魔法があった。しかしなんて魔法だ。せいぜい目眩まし程度のものだと思っていたのに今では1メートル先すらまともに見えない。
たいしたものだがこれでは飛鳥の姿も見えないはずだ。
闇に紛れて逃げるつもりか?
しかしセカイレンズ越しに見えるタグはその場にとどまったままだ。ロニーの言葉から察するに、今度は彼女がなにかをしかけてくるはずだが……この状況でどうやって?
と、微かに聞こえた詠唱の声。その声が止むと――。
戦術予報が頭の中に流れ込む。直後、無数の矢があらゆる角度から飛鳥に襲いかかった。刹那、疾風の歩みで予報地点を全て避けると飛鳥はロニーに向けて突進した。
この視界の悪さを無視するような精密な射撃には恐れ入る。これが彼女のもつスペシャルスキルの効果なのだろう。たしかにこれは最強コンボと豪語しても納得がいく。ならば先に潰させてもらおう。
飛鳥は通路で倒れていた衛兵から失敬したショートソードを腰から抜くと、ロニーの握る弓に目がけて剣をを振るう。しかし――。
何――ッ!
突如として両足の自由が奪われる。まるで沼に足をとられたかのような感触。足下を見るとタールのようなどす黒い闇が両足に絡みついていた。
イラかッ!
まるで飛鳥の動きが見えているかのような見事な罠だ。イラの魔法欄に『ナイトアイ』といういかにものな魔法があったので、おそらくこの闇のなかでもこちらの動きが見えているのだろう。
再び戦術予報が警笛を鳴らす。この隙に距離をとっていたロニーがエレメンタルアローを放つ。連携のとれた絶妙な攻撃。しかしそれでも飛鳥の脅威にはならなかった。空歩により闇を沼を抜け出すと、不可視の矢をすり抜けて再度ロニーの懐に突っこんだ。
「ち、ちょッ! なんで当たんねえんだよって、こっちくんなあああああああああああああッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!」
かまえた弓を剣の腹で弾くと、そのままの勢いで鳩尾に拳を叩き込んだ。くぐもった声と共に吹き飛んだロニーの体は壁にぶつかり動きを止めた。
加減はしたつもりだが肉体狂化による力はすさまじい。華奢な体つきの女性とはいえ五メートル以上も吹っ飛ぶとは思わなかった。ただでさえ敵意もない女性に拳をふるってしまったことに対する罪悪感があるのに、大けがをさせてしまったとあっては――と、不安に怯える飛鳥の背中に殺気が迫る。
「――くッ!」
風歩で離れたその場所に一閃。遅れて悔しそうな声があがる。
急激に薄まる闇から間髪入れずにイラがはい出してきた。ロニーが脱落したので魔法をといて、守備から攻撃にまわったようだ。その素早い対応には舌を巻く。だが一度きりのチャンスも逃し、接近戦において攻めてに欠けるイラは次の手が打てずに動けずにいた。
しかしまだ戦う気でいるのはその目を見てわかった。
しかたがないか……。
傷はつけたくないが、戦意を挫く必要はある……。ならばと飛鳥は剣をかまえると、本気で間合いを詰めた。それは一瞬のこと――。
瞬きする間もなく目の前に現れた飛鳥の姿をとらえて――イラの顔が驚愕に歪む――しかしそのときすで勝負はついていた。飛鳥の剣がイラの刃を砕いていたのだ。粉砕といっていいほど見事に粉々に破壊していた。
『 武器破壊 』
ベルセルククラスのスペシャルスキルで、文字通り武器に対して驚くべき破壊力を発揮する。魔眼で見たところ、そこそこ値の張る剣だった為に躊躇ったがいたしかない。今度弁償しようと心に誓い、擦れ違いざまに謝罪して首筋に手刀を叩き込んだ。
崩れ落ちたイラを確認して周囲の状況を確認した。この部屋に近づいてくるタグはない。しばらく気絶した二人を放っておいても大丈夫だろう。
これで誘拐事件は未然に防げたはずだ。一仕事終えた飛鳥はようやくホッと胸をなでおろして退場しようかと思ったそのとき、予想していなかったタグを見つけた。
「なんでルカがッ!」
ルカのタグがぐんぐんこちらに近づいてくる。方角からすると宮殿の方なのだが、理由がさっぱり思いつかない。それにやけにトリッキーな動きだ。まるで忍者が屋根の上を飛び跳ねているかのようだった。
今日はいったいなんなんだ?
イラに続いてルカまでもが飛鳥の頭を悩ませる。しかし考えていてもしかたがない。このままでは警戒体勢の教会施設に飛び込んでくる。どんな理由があるにせよ、見過ごすわけにはいかない。
飛鳥は窓の縁に足をかけると空へと飛び出した。
◆
もう大丈夫だろうか……。
ロニーはそっと目を開けて周囲を窺う。狂信者の姿がないことを確認するとホッと胸をなで下ろした。その胸の下あたりがズキズキと痛むが、この程度ですんだのはひとえに才能のなせる技だろう。
狂信者に吹っ飛ばされたロニーは意識を失うフリをして様子をうかがっていたのだ。そう、反撃のチャンスを逃すまいと、狂信者の隙をつくつもりで気絶したフリをしていた。
それなのにだらしない相棒は獲物を破壊されたうえにあっさりと気絶させられた。まったく不甲斐ない。これではなんのために気絶したフリをしていたのかわからない。
しかし慈悲深いロニーはイラを責めるつもりはなかった。相手が悪かったのだ。したがないことだったのだ。あんな怪物が出てくるなんて誰が想像できただろう。否、ロニーでさえ予想できなかった事態だ。だから誰も責められるわけがない。
それにしても恐ろしい相手だった……。
思い出しただけでも身震いしてしまう。ほぼ不可視のシルフィーアローをかわすなんて芸当そうそうできるものじゃない。ましてや連射した矢を全てかわされたことなんて初めてだった。それだけではない。イラの闇魔法により視界を奪われた状態でかわすなど、それこそ不可能だというのにあの狂信者はやすやすとやってのけた。
他の精霊魔法を使ったところで結果は同じことだっただろう。もっとも最速で発動できる風のエレメンタルアロー以外は発動前に蹴散らされそうだ。それほどに敵のスピードは驚異的だった。
「はぁ……」
ガーデンベルクの英雄とまで言われた自分が自信をなくして思わず溜息をもらすほど強敵だ。殺されていてもおかしくはなかった。舞台女優も真っ青のこの演技力には本当に感謝だ。さて……。
「おい、イラ、起きろ。とっととズラかるぞ」
思わずイラを揺り起こす手が乱暴になるがこれも相棒のためだ。別に自分が一刻も早くこの場から立ち去りたいとかそういうふぬけた理由ではない。
なかなか起きないでかなり乱暴に揺すったのが功を奏してイラが目を覚ました。
良かった……死んでなくて。
一応心音は確認していたので大丈夫だと確信はしていたが、やはり起きてもらわないことには不安である。巻き込んだ手前罪悪感もあるので……。
「ん……どうして――ッ!」
ガバッと勢いよく体をおこしたイラが周囲を警戒するように首をまわした。狂信者がいないことを確認しながらも落ち着きがない。よほど恐ろしかったのだろう。真っ青な顔でなにやらブツブツとつぶやきだした。
「なぜ謝罪を……それにあの声……そんな……まさか……でもあの圧倒的な強さは……」
こりゃあ頭を強く打ったに違いない。可哀想に……。
「おい、ロニー!」
「な、なんだよ?」
「あの方はどこに行った!」
「はあ? あの方ってどこの方だよ?」
えらい剣幕で問い詰めてくるもんだから若干引きつつも、どうやら狂信者の行方を聞いているようであった。
「どうせお前、死んだふりして聞き耳を立ててたんだろ?」
「人聞きの悪いことを言うな! あれはチャンスを窺って――」
「そんなことはどうでもいい! で、あの後どうなった?」
ぐぬぬ……。誤解もはなはだしいのだが、錯乱ぎみのイラに対して大人である自分が引くべきだろう。仕方がないので、暗闇でも音で周囲の状況を読み取れるこの優れた美しい耳で聞いたことを話してやる。
「お前が無様に叩きのめされた後な……えっと……そうだ『なんでるかが』とか叫んだと思ったら――」
「なんだと! ではやはりあの方は――それでその後どうなった?」
ガシッと肩をつかんで揺さぶるのはやめてほしい。舌を噛みそうだ。
「えっと……そこの窓から飛び出して…………自殺した」
「おい……ふざけるな!」
「ほんとだってば! だってここ三階だぜ。それもえらいスピードで飛び出しってたからな。ありゃ死んだぜ、絶対」
あのときはわが耳を疑ったものだが、狂信者のすることなら納得もできる。そんな的確な分析結果を話してやっているというのに、イラときたら窓の外に飛び出さんばかりに駆けだして夜空を凝視していた。
「おい、もういいだろ。そろそろトンズラして――」
「ロニー」
「なんだよ?」
「借りは十分に返したな」
「あん? ああ……まあ十分だ。だからさっさと――」
「ならここで解散だ。お前は先に逃げろ」
「先にって……アンタはどうするのさ?」
「やることができた。わたしはあの方を追う!」
言うが早いかイラは部屋を飛び出して行った。あっけにとられたロニーはその場に置き去りにされたことに気がつくと無性に腹が立ってきた。
「んだよ、もう!」
弓を拾い上げたロニーは迷った末にイラの後を追った。なんだかんだで巻き込んだ罪悪感が尾を引いていた……。
ここまでお読み頂いてありがとうございます。更新が不定期となりますが、気長にお待ち頂けるとありがたいです<(_ _)>




