第 25 話 《 聖騎士 VS 提督 》
大聖堂に辿り着いた飛鳥は焦っていた。
セイカレンズを通してイオスの位置は特定できたのだが、すでに賊の侵入を許した教会側が、外をかためていた冒険者までをも増援として敷地内に入れているようだった。
おかげで正面から苦労せずに侵入できたものの、イオスは冒険者らしい集団から離れて宮殿の方へと向かっている。
「しゃーないか」
ステルスウォーカーを解除した飛鳥は周囲を気にせず走り出した。
スペシャルスキルといえども、派手に足音を鳴らせば気づかれる可能性があるので仕方がない。それならばバレる覚悟で急いだ方がましだと判断した。
もちろん教会と事を構えるつもりはない飛鳥は変装している。
もはや着慣れた白いローブにミスリルの仮面をかぶっていた。これなら見つかっても浮かれた観光客のフリをして逃げられるとふんでの変装だ……きっと大丈夫。
それにしても……軽い。羽が生えたかのように一足一足が飛ぶように軽いのだ。 原因はすぐに判明した。
『 クイックネス 』
運動における筋肉や関節の動きを最適化して敏捷性を向上させるスペシャルスキルらしく、普段どれほど無駄な動きをしていたのか思い知らされているところだ。このスキルはアクティブ選択がされているようで走りはじめたら勝手に発動した。下級スキルについてはざっくりとしか確認していなかったので、今後も驚かされることがありそうだ……。
イオスのタグに変化があった。どうやら回廊の途中で足止めをくっている様子。これ幸いと更に加速した飛鳥はイオスのタグが止まっていた場所までたどり着いた。そこにはたったいま衛兵を全滅させたイオスが立っていた。刃に血糊が付着していなところを見ると倒れている衛兵は気絶させられているだけのようだ。
衛兵の数は10人ばかりだが、圧倒的な実力差がなければできない芸当だろう。レベル40は伊達ではないようだ。
飛鳥に気づいたイオスが振り返ると躊躇いもなく剣を構えた。
「その格好……衛兵ではないな。だが冒険者の中にはいなかったはず……。誰かは知らぬが邪魔をするなら容赦はせん」
殺気を放つイオスに対して飛鳥は恐れることなく一歩踏み出して口を開いた。
「女王陛下からの伝言だ。気持ちは……かわらない」
「…………」
「アンタに伝えてほしいと頼まれた。意味はわかるんだろ?」
「…………」
「今ならまだ引き返せる。そこらで気絶している衛兵のことなら……怪盗が化けたとかなんとか言えば――ッ!」
一際タグが集中している場所を見た飛鳥は思わず絶句してしまう。おそらく怪盗が衛兵に囲まれているのだろうと考えていたので注意はしていた。が、タグが重なりすぎていて気がつかなかったがよく見るとその中心にイラのタグがあった。
なんでこんな場所に?
今朝急用ができて出掛けなければいけなくなったと頭を下げられた。飛鳥も後ろ暗いところがあったので追及はしなかったが、まさか夜までかかる急用が窃盗とは思ってもみなかった。何か理由があるのだろうが、考えたところで見当がつかない。
自発的にしろ操られているにしろ衛兵に捕まる前に逃がす必要がある。と、飛鳥が考えていると隙をつくかのようにイオスが動いた。
突進しながらも流れるように剣を振るう。しかしイオスの不意打ちは飛鳥に届かなかった。詰めたはずの距離がまるで変わっていないことに気づいたイオスの顔に焦りの色が浮かぶ。
飛鳥は表情一つ変えずに詰められた距離と同じ距離を移動していた。我ながらたいしたものだと感心する。
『 戦術予報 』
感覚器官から得られた情報を分析して状況の推移に応じた対処法を脳に直接伝達するというなんともSFチックなスペシャルスキルのおかげでイオスの動きは丸見えだった。もっともクイックネスが発動していなければ反応はできなかっただろう。これもアクティブ選択がされていた。下級とは思えない破格のスキルだ。それにしてもありがたいのだがちょっと自分の体が怖い……。
魔眼でイオスのパーソナルデータも把握していることだし負けることはないだろうと安堵した矢先、イオスの気配が変化した。
「やむを得まい……こんなところで時間をかけている暇はないのでな」
剣を正眼に構えたイオスは己を鼓舞するように裂帛の気合いを発する。するとイオスの体から金色の炎が吹き出した。全身を覆うその炎は眩いばかり光り輝く。
『 聖霊闘気 』
魔眼によると聖騎士が会得するスペシャルスキルらしく、使用者の身体能力及び魔力を数倍に跳ね上げるとある。飛鳥もその手のスキルを会得しているが、全パラメーターを底上げするような便利なものではない。それに比べるとこのスキルは異常ともいえる破格の仕様だ。なにより……。
カッコイイ!
ゆらゆらと立ち上る黄金のオーラを身にまとう騎士……どう見ても勇者や英雄のポジションだ。それに引き替えみすぼらしいローブを着た正体不明の信者風の男など悪役の代名詞のようではないか。
たぶんルカが見たら大喜びするだろう。もちろん飛鳥はヤラレ役だ……それはともかく――。
「盛り上がってるところを悪いんだが……アンタは女王の意思を無視するきか?」
「…………」
「女王は法廷に立ち真実を伝えると言った。受け入れられないとわかっていながら覚悟をもって望むつもりだ。それをアンタは……邪魔するのか?」
「……承知の上だ。例えとがめられようと私はあの方を救い出す!」
実直な奴だ……。
あるいはこの男の行動こそ正しいのかもしれない。しかし飛鳥にも思うところがあった。だからイオスを……止める!
飛鳥も覚悟を決めて無効にしていたスキルを解放した。
互いの視線が交差する。それが合図となった!
一足飛びで間合いに入られたかと思うとすでに金色の炎に包まれた剣が飛鳥の頭上に振り下ろされた。しかしその切っ先は空を切る。
戦術予報により回避したのも束の間、驚くべきスピードで反応したイオスが再び飛鳥に迫る。横薙ぎした刃がローブを切り裂き飛鳥の脇腹をとらえた――はずだった。
またも誰もいない空間を斬る結果となったことに驚きを隠せないイオスから飛鳥はすでに距離をとっていた。
聖騎士が伊達ではないことを思い知らされる。それほどの脚力と反応速度だった。聖霊闘気をまとったイオスのレベルは今や40どころではない。あのまま上位のスペシャルスキルを解放していなければあっさり切り捨てられていたことだろう。だが――。
今は負ける気がしない。恐らくイオスは触れることすら敵わないだろう。何せ切れたはずのローブはまったくの無傷であった。イオスが斬ったのは飛鳥の残像でしかなかったのだ。
『 風歩 』
白兵戦レベル10の仙人クラスで習得したであろうこのスペシャルスキルは疾風の如き脚さばきで何人も寄せ付けない。いま飛鳥は人知を超えた速度で動くことが可能となっていた。
もはや力量の差は伝わったことだろう。しかしイオスは諦めることなく剣を構えなおした。
「アンタじゃ俺に勝てない」
「……ああ、加減していては万に一つも勝機はないだろう。ならば……本気でいかせてもらう!」
イオスが剣の柄を握り込むと刃にオーラが流れ込むように光り輝く。振りあげた剣は光に包まれ天を貫くかのように伸びた。そして――。
裂帛の気合いと共に振り下ろされた剣から光の刃が生まれた。刃は天井を切り裂き斬撃が床に一筋の溝を作る。その溝の長さは通路の奥まで続いていた。
おいおい……。
射程も脅威だがなによりその切れ味に驚かされる。壁にしろ床にしろ全て表面をミスリルで覆っているはずなのだ。光沢から察するに純度は低いのだろうが、仮にもミスリルならば鋼の刃では傷もつけられないはずだ。それなのに床には深い傷がつけられている。そしてその傷は飛鳥の足下すれすれに生まれたものだった。
だが甘い……。
これは飛鳥に対する警告であり威嚇だったのだろう。死にたくなければ邪魔をするなと言外に語っている。
無論、飛鳥も剣筋は見えていたのであえて動かなかった。そして魔眼によるアナライズも完了した。
『 エクスキャリバー 』
聖霊闘気を刀身に宿して放つ必殺の一撃は防御不能の破壊力を秘めているらしい。ミスリルの建造物を軽々と切り裂いたのだからその自信も頷ける。しかしその必殺の一撃ですらもう、飛鳥の脅威にはならなかった。
「それで終わりか?」
「……後悔することになるぞ」
飛鳥の投げかけた言葉を警告に対する答えだと受け取ったイオスが剣を構えなおして刀身を光らせた。
もはや語ることもなく――はじまった!
殺気の込められた剣筋が光を放ち飛鳥に迫る。だが光の剣は飛鳥をとらえることなく空を切った。しかしそれで終わりではない。壁を切り裂く光の筋が横一線する。だがそれも飛鳥は跳躍して余裕でかわす。しかしそれがイオスの狙いだと気づいたときにはすでに剣先は飛鳥に向けられていた。
刺突――しかしただの突きではない。レーザーのごとく放たれた切っ先が目にもとまらぬ早さで飛鳥の胸を貫いた。が――。
感触がないことにイオスが気づいたときにはもう飛鳥は目の前に立っていた。
驚愕する瞳が何故と語る。かわすことのできないはずの空中で、目の前の敵がまるで宙を駆けるかのように加速したことが信じられなかったのだろう。
『 空歩 』
どんな足場にも摩擦を生み出し駆け抜けることができるスペシャルスキル。これにより空を駆けることも可能となる。
我に返ったイオスがそのまま剣を振り下ろそうとする腕を飛鳥がつかんで止めた。イオスは微動だにしない自分の腕が、飛鳥の細腕に止められている事実に信じられないという表情を浮かべていた。
『 肉体狂化 』
一時的に骨格筋のリミッターを外して狂戦士の力を得るベルセルククラスのスペシャルスキルだ。その力は鎧をまとった騎士の体を片手で軽々と持ち上げて、そのまま背負い投げるかのように背中から床に叩き落とすことすら簡単なことだった。
激しい衝撃音と共にイオスの体が崩れ落ちる。世界が反転したことに気がついたときにはもう勝負はついていたのだろう。飛鳥は剣を取り落としてうめくイオスを見下ろしていた。
「……悪く思うなよ」
できればこんなことはしたくなかった。そのためにタースに情報を流して聖堂内の警備を厳重にして思い止まらせるつもりでいたのだが、イオスの意思は飛鳥の考えていた以上にかたく、結果としてこんなことになってしまった。
立ち上がることもできずに呻き声をあげるイオス。しばらくは動けないだろうと立ち去ろうとした飛鳥の背中に弱々しい声がかけられた。
「……旦那」
驚いて振り返るとイオスが笑みを浮かべていた。
「……やはり、な。己の、実力なら、理解している。この国の、衛兵ごときに、おくれを、とるほど、俺の、剣は、なまくらじゃない……ましてや、闘気を、まとえば、何百人、だろうと、負ける気は、なかった。だが、唯一の、懸念は、ギルドで、出会った、アンタさ……」
言葉をかわしたのはわずかだからと油断していた。イオスは声ではなく飛鳥の力を目の当たりにして確信したという。
「旦那……教えてくれ。ソニア様は……本当に、助けを、望んでおられないのだろうか?」
飛鳥はその問いに答えることができなかった。
◆
イオスは痛みを堪えて立ち上がろうとしていた。
そこにはもうアスカの姿はない。イオスは見逃してくれたのだろうと解釈した。だがその気持ちに応えることはできないと心の中で詫びながら両膝に力をこめる。
なんてざまだと自嘲気味に笑いながらも痛みに耐えて立ち上がった。
全身が悲鳴をあげている。それほどの衝撃だった。なんせ背中の鎧が砕けているのだ。闘気をまとっていなければ体がバラバラになっていたかもしれないと思うほどの力で床に叩きつけられた。だが恐らくあれでも手加減してくれていたのだろう。
やれやれ……。
イオスは聖騎士の奥義まで出したというのにアスカは剣すら握らなかった。実力の差は歴然だ。どれだけ鍛錬をつめばあれほどの強さを手入れることができるのか、最寿族である自分でも想像ができないほどの長い年月が必要なのは間違いない。
イオスは邪魔をされたというのに妙に清々しい気分だった。陛下から預かった伝言も信じたくはなかったが、アスカの言葉は信用している。ほんの数回言葉をかわしただけだが誠実な男だと思えた。なにより陛下が伝言を託した者を信用しないわけにはいかない。それが近衛として幼き頃より陛下を守り続けたイオスの本心だった。
まだ最寿の姫と呼ばれていた頃より付き添い、神災により国を焼かれて唯一生き残った姫の護衛として、どん底まで突き落とされた国を復興するために女王としてその身を国に捧げると決めた幼き王を支えることが、生き残った自分の勤めだと心に誓った。だからイオスはソニア・エム・リーヴスを信じる。それなのに……。
じっとしていられなかった。他国の権力争いに巻き込まれるのを黙って見ていることができず、気がつけば国を飛び出して後を追っていた。幸運にも先回りすることができ、内部関係者の協力まで取り付けることができた。
陛下のしようとしていることは正しいことのなのかもしれない。しかしそれによって陛下が下げずまれることを悲しむ者が祖国に大勢いる。たとえ王の座を退こうともソニア・エム・リーヴスが愛されていることにかわりない。イオスもその一人であり今は代表者だと思っている。だからこそ納得するわけにはいかなかった。アース教の茶番に付き合う必要などない。真実を語る場所はここでなくてもいいはずだ。だから……。
「今一度……お考え直し……下さい」
イオスはその場にソニアがいるかのように語り掛けると、重い足を引きずりながら奥へと進んでいった。
次回 《 怪盗 vs 狂信者 》
更新遅れてすみません。週一は守りたかったのですが、所用で時間がとれなくなったのでしばらく遅れがちになると思います。m(_ _)m




