第 24 話 《 怪盗 》
飛鳥はチンピラ共にお灸をすえた後、冒険者ギルドに向かっていた。
何故かというと、ルカの救出までさかのぼる……。
メッセージに追い立てられるようにして辿り着いた聖堂跡で、ルカの姿をみつけたときは肝を冷やしたが、穏やかな寝顔を見て胸をなで下ろした。念のため服従のポーズをとっていたレオルグに、エロ同人みたいな乱暴をはたらいていないかと確認したところ、「俺様はお前とは違う!」と失礼な誤解をされた。
ともかく無事なようなのでレオルグを立たせると、気絶した部下たちをおこさせてスキルで脅して組織は解散させた。その際、イオスの動きを探るために情報を集めてみたところ奇妙な噂を耳にしたのだ。
「怪盗キャッツアイズ?」
そいつは有名な女盗賊らしく、性別以外の素性は不明らしい。神出鬼没ではあるが、盗みに入るときには必ず予告状を出してくるのが特徴なのだそうだ。
律儀なのか自信家なのか……どちらにしろ迷惑な奴らしい。
その怪盗キャッツアイズなる盗人が、レギンレイヴ大聖堂に保管されている『神化の指輪』と呼ばれる秘宝を、今晩盗み出すといった内容の予告状を送りつけてきたらしい。
飛鳥にしてみればそれ自体はどうでもよかったのだが、その護衛任務が冒険者ギルドに依頼されていたと聞き……現在にいたる。
ルカを残してきたことが気がかりではあるが、何かあればメッセージが知らせてくれるはずなのでそれほど心配はしていない。それに見た目は無害な少女に見えるが、あれで多彩な魔法が使えるハイエルフだ。チンピラ共から自分の身を守ることぐらいは可能だろう。もっとも恐怖に支配されたチンピラ共が約束を違えるとは思えないが……。
そんなわけで飛鳥は冒険者ギルドへと急いだ。
ギルドに到着した飛鳥が中へと入ると、目に見えて雰囲気が変わった。冒険者たちが壁際にはりつき、カウンターでだべっていた職員たちが総立ちとなる。
怯えすぎだろ……。
カウンターに近づくと、今にも泣き出しそうな若い女性職員がガタガタと震えていた。
「あの――」
「は、はひッ!」
こんないたたまれない気分はこの世界に来てはじめてだ。さっさと用事をすませて出て行こう……。
飛鳥が例の依頼の件を詳しく尋ねると、震える手で依頼書を渡された。内容を見るとチンピラ共の話していた通りのものだった。依頼主がアース教会となっているところをみると、クーラが手を回したのだろう。
涙目の職員に詳しい経緯を聞いてみると、昨晩届いた予告状に対して教会は警備を強化する目的で今朝方依頼を出したらしい。なんでも大聖堂は年中無休で開放されているらしく、衛兵だけでは人手が足りないそうだ。
一時的に締めてしまえばいいのに、という飛鳥の疑問は教会側のプライドが許さないそうで、ギルドに依頼がくるのは至極当然なことなのだとか……。
これがイオスの言っていた作戦なのだろう。冒険者の中に味方を紛れ込ませて、混乱にじょうじて女王を奪還するつもりなのだ。
やや強引ではあるがタースに聞いたところによると、裁判は明後日らしいのでイオスが焦るのも無理はない。
飛鳥にはソニアとかわした約束があった。思い止まってくれるかどうかはわからないが、伝えないわけにもいかない。
飛鳥は涙目の職員に礼を言ってギルドを出た。
セカイレンズの有効範囲内にイオスはいない。どこに潜伏しているかわからない以上は闇雲に走り回ってもしかたがないだろう。
「となると……」
直接現地で待ちかまえていた方が確実だろう。飛鳥は星が輝きだした空から視線を戻して大聖堂へと向かった。
◆
イラは思いにふけっていた。
もう350年も生きた。見た目は20代前半の人族とかわらないものの、実際はそれなりの歳になる。私服も随分と落ち着いたものを着るようになった。肌の露出が少なく体型がわかりずらいものに変えている。自分の体に自信がないわけではないが、10代の頃のような格好をする勇気はない。ヴェラニディアに到着して若者の姿を見ては歳をとったと、そっと溜息をついたものだ。それなのに……。
「なぜ私がこのような屈辱的な格好をしなければならないのだ」
イラは自分の姿を見る度にこみ上げてくる怒りを抑えるのに必死だった。考えまいとしても目を開ければ、目の前に立つロニーが同じような格好をしているのだから嫌でも思い知らされる。
辺りは暗く、空から降り注ぐ月明かりが唯一の光源であり、屋根の上に立つロニーとイラを照らしていた。
その姿は一言でいえばレオタード。しかし胸の下辺りには何故だが穴があいており、蒸れ防止という言い訳は苦しい。平らなロニーはいざ知らず、豊満な双丘を抱えるイラにとっては酷く恥ずかしいつくりだった。加えてえげつない股先の食い込みにどんな意味があるのか?
ロニー曰く、これが怪盗キャッツアイズの正装らしい。
「まったくこの程度で怯むとは……これだから処女は」
「お前だってまだだろうが!」
「しかたがないだろ。アタシに見合う男がいないのだからなッ!」
灰色がかったアッシュブロンドをかき上げて、誇らしげに耳を見せつけてくるロニー。こいつの理想は昔と変わらず、強くて金持ちで耳の美しい男性らしい。耳の基準は謎だが、他の二つを兼ね備えた男などそうそういない。なので……。
「お前このままだと一生独身だぞ」
「ぐッ!」
人のことを言えた義理ではないが、ロニー・ユル・フットといえば、ガーデンベルクの英雄と呼ばれる凄腕の弓使いで、精霊魔法をつがえた矢はドラゴンの鱗をも射貫くと評判の冒険者だ。そんなロニーより強い者などなかなか見つかるものではない。現に昔一緒に冒険していたときには一度もお目にかからなかった。
「アンタこそどうなんだ? 自分より強くてかっこよくて金持ちで子供好きだけどちょっと乱暴なところもある本当は優しいミステリアスな男はみつかったのよ!」
とうとう見つかったよ、ド直球の素敵な男性がな! と、言ってやりたかったがすんでのところで思い止まった。
耳はよくわからないが強さ言うまでもなく、金目の物はロニーが腰を抜かすほどもっている。紹介しろと迫られてもやっかいだ。アスカのことは絶対に秘密にしようと誓った。
沈黙が答えと言わんばかりに笑い声をあげるロニーに哀れみの視線を送っていると、丸めたマントを渡された。これを身につけろと言うのなら喜んで――と思ったのも束の間愕然とする。丸めたマントの中から出てきた物を見て気を失いかけた。
「な、なんだ……このふざけたアクセサリーは?」
「本物は獣人だからな。文句を言わずにつけろ」
なんのためらいもなくロニーが装着したのは偽物の猫耳だった。そしてアイマスクとマントをつければ完成らしい。
イラは頭を抱えた。引き受けるべきではなかった……。
まさかロニーからの頼まれ事が、怪盗キャッツアイズの模倣犯とは思ってもみなかったのでしかたがないとはいえ、こんな恥ずかしい格好をして盗みをはたらかねばならないと思うと情けなくなる。
ルカが聞いたらどう思うだろう……案外喜びそうな気がする。
アスカには……絶対に見せられない!
こんな破廉恥な格好を見てふしだらな女だと思われたら……いや、案外喜んでくれるのではなかろうか? いつも露出の少ないメイド服で迫っているから効果が薄かったのではと思えてくる。このエロい格好で「ご奉仕するニャン!」とか迫ればあるいは……。
「おい、いつまで固まってるんだよ。嫌なのはわかるけど早く身につけろって!」
「……なあ、ロニー」
「な、なんだよ?」
「このコスチュームもらっていいか?」
「え、ああ……仕事が終われば――」
「よしッ! いくぞロニー!」
イラはウキウキしながら猫耳を装着してポーズなんかをとってみたりした。
「イケるッ!」
「なにがイケるのか知らんがしっかりしろブス。アンタかなりキモいぞ」
「おい、尻尾はないのか!」
なにやら戦慄顔のロニーの肩をゆすって問い詰めたが、マントで尻は隠せるので尻尾のオプションは用意していないとのこと。思わず舌打ちしてしまう。
「まあいい。さっさと終わらせてあの方がお休みになられる前に帰るぞ!」
「お、おう……」
釈然としない顔つきのロニーだったが、イラはお構いなしに急かした。
こうして……。
風魔法を使いながら二つの黒い影は屋根づたいに大聖堂へと飛んで行った。
闇に紛れてしばらく行くと、夜だというのにやたらと明るい大聖堂が見えてきた。伝う屋根もなくなったので地上に降りる。
「なあ……屋根にのぼった意味ってあったのか?」
「雰囲気だよ、雰囲気。本物なら空魔法でさっそうと侵入するけどアンタ使えないだろ?」
「お前だって使えんだろうが!」
空魔法の使い手などそうそうお目にかかれるものじゃない。魔法には自信があるイラでもまったく使用できないぐらいだ。ましてや精霊魔法しか使えないロニーに言われる筋合いはない。
「で、どうやって侵入するつもりだ? かなり厳重のようだぞ」
大聖堂の正面には衛兵に加えて冒険者たちも待ちかまえていた。この分では他の入口も厳重に警戒されていることだろう。返事がないので横目でロニーの様子を窺うと、やや青ざめていた。
「おい、お前……まさか無策じゃあるまいな?」
「え、いや……こんなに厳重だとは思ってなくて……」
「バカなのかお前は!」
「だって昼間下見に来たときはもっと甘かったろ?」
たしかにその通りだった。予告状に時間の指定はしていないので、昼間に盗みに入る可能性だってあったはずだ。しかし昼間の警備はこれといって厳重とは感じられなかった。これではまるで夜来るのを知っていたような配備だ。
「出直した方がいいのではないか?」
「ダメだ! ぜーーーったいにダメだ!」
今日の夜に盗みに入る。それがクライアントとの契約らしい。
「くっそーホントなら犬っころに突撃させてそのスキにと思ってたんだが……」
「なんだその目は? 私は火中の栗を拾うなんてごめんだぞ」
作戦と呼ぶにはあまりも稚拙な陽動こそがロニーの狙いだったらしい。昔から頭を使うことが苦手な奴であったが今もかわらないようだ。
「そりゃ相棒も逃げるな」
「アタシのせいじゃない! もともとクライアントから押しつけられた奴だし勝手にどこかへ行ったんだよ。いい迷惑さ!」
真相はわからないが人手を欠いた分の補充にイラが駆り出された事実はかわらない。こんな頼りない相棒では逃げ出したくなる気持ちも理解できるので同情すら感じていた。やれやれ……。
「じゃあ、私の魔法で闇の濃度をあげてから影魔法で侵入するというのでどうだ?」
「おお! いいなそれ。相変わらずこっすい魔法の使い方なら達人級だな!」
「お前ケンカ売ってんのか! ああッ!」
心のこもっていない謝罪を受けながらも、取り合えず矛をおさめたイラは詠唱をはじめた。すると灯りに照らされて煌煌としていた大聖堂が徐々にその輝きを失っていく。ゆっくりと闇に落ちていく大聖堂の異変にまだ気づくものはいない。ただ夜が深まっていくと感じているだけなのだろう。
「一気に消しちまえよ」
「うるさい、気が散るから話しかけるな」
「アタシの弓なら真夜中だろうと楽勝で当てられるのを忘れたのか?」
「お前なあ、教会にどれだけの魔術師がいると思っているんだ? ここら一帯なら昼間のように明るくするぐらいわけない数が控えているはずだぞ」
敵は入口をかためている衛兵や冒険者だけじゃない。教会の要職につく連中は高位の魔術師が多い。イラ一人で作り上げた闇など簡単に払いのけてしまうだろう。ましてや戦闘など極力避けるべきだ。
闇の濃度をギリギリまであげると詠唱をとめた。これでしばらくは視界の悪い状態が続く。
続けて影魔法の詠唱にはいると、ロニーの腕を引っ張って近場の影に身を隠した。
影魔法『シャドウアドバンス』は影と一体になり、認識阻害を引き起こす魔法だ。声を出したり目立つ行為をしなければ、まず見つかる心配はない。広い大聖堂内なら影を伝って進むこともできるだろう。
「いいかロニー。余計なマネをせずに私の後だけついてこいよ」
「わかってるってば」
ロニーに小声で指示を出すと、イラは慎重に大聖堂の入口へと向かった。
こんなときでも開門して、信者を受け入れているお人好し共の隙をぬって進んでいくと、難なく侵入に成功した。
「楽勝だな」
「黙ってろ」
緊張感に欠ける相棒に小声で注意をして先へと進む。案の定、なかにも衛兵やらローブを着た魔術師ふうの信徒があちらこちらで見張っていた。
大聖堂の広い通路でなければとっくに見つかっていただろう。さらに注意して進むべく、ロニーに念を押そうと振り向いたイラは、思わずバカの頭をぶっ叩きそうになった。
「なにやってんだ」
「いや、せっかくだから土産にな……」
壁にかけられていたミスリル製の飾りを剥がそうとするロニーを止めようとした手に、思いのほか力が入りすぎた結果――剥がれた飾りがガシャリと床に落ちた。
当然の如く注目が集まる。
阻害されていた認識がサッと明瞭と変わる瞬間、すでにイラは駆けだしていた。あっという間に巡回中の衛兵の間合い入ると剣を抜き、同時に土魔法を詠唱する。剣身が鎧を切り裂く――ことはなく、外装を砕き体ごと力任せに吹き飛ばした。
あれ?
ピクリとも動かない衛兵と、巻き込まれた相棒の衛兵に近づいてみたら完全にノックアウトしていた。
「アンタえげつないことするな……。なにも土魔法まで使わなくてもいいだろ」
「いや、その……」
上等な鎧に身を包んでいたので、斬るつもりいかねば一撃で仕留められないと考えて、しかたなく土魔法により硬化させた剣の打撃で動きを止めるつもりだった。なのでまさか鎧が砕けるとは思っていなかったし、もう一人を巻き込む予定もなかった。動きを止めてから改めて昏倒させるつもりでいたのに……。
イラは自覚する……明らかに強くなっていると。
ルカのメイドになってからの50年間は、力を衰えさせない程度の訓練しかしてこなかった。だから強くなる理由がない。なのに……。
「やるじゃんか。冒険者を辞めて腕がなまってると思ってたんだがな」
「…………」
「と、おいでなすったぜ!」
物音を聞きつけた衛兵たちが集まってくる。警戒していた為か行動が早い。あっという間に10人以上の衛兵が駆けつけてきた。
「バレたからには遠慮しないぜ!」
ロニーが弓をかまえて弦を引くと、間の空間に風の渦が生まれる。
「荒ぶる風よ、我が意に応えよ、シルフィッッッッッッッッッアロー!!!!!」
指から離れた弦に押し出されるかのように、渦から疾風の矢が飛び出した。その風圧を感じたときにはもう、衛兵たちが倒れていた。肩や足に開けられた穴から溢れ出した血と共に悲鳴があがる。
「おい、ロニー、加減をしろ!」
「こんなもんすぐに魔術で回復するってーの! 魔術師がわんさかいるんだろ?」
たしかにかりにもここは教会だ。回復魔術にたけた者も多いはず。致命傷でなければ間違っても死ぬことはないだろう。それでもこんなふざけた仕事で他者を傷つけることには抵抗があった。
「増援が集まる前に離れるぞ!」
「おうさ! さっさとお宝のところまで突っ走ろうぜ!」
イラとロニーは喧噪がわきはじめた大聖堂のなかを駆け抜けて行った。
次回より提督無双開始!
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