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第 23 話 《 ワンちゃん拾いました! 》

「さあ、帰ろうかルカ」

「提督!」


 アスカに軽々と抱きかかえられたルカは、まるでお姫様のような気分だった。そんな幸せな気分を台無しにするかのようにグゥっとお腹が鳴る。


「もうお腹が減ったのかい? まったくルカは食いしん坊さんだな」

「えへへ、お腹ペコペコです!」

「よし、それじゃ、お菓子の国に向けて出航だ」

「お菓子の国ですか!」


 なんて甘美な響きなのだろうか。ルカは思わずウットリとした顔でアスカを見ると優しく微笑んでくれた――。


『ルカちゃん、ルカちゃん、起きて下さい。もうすぐ夕飯の時間ですよ!』

「ご飯……ですか?」


 急に視界がハッキリとした。自分が夢を見ていたことにようやく気がつくと、緩慢な動作で体を起こす。どうやらソファで眠っていたらしい。

 遅まきながら自分の置かれている立場を思い出す。部屋には誰もおらず、テーブルの上も綺麗に片づけられていた。不思議に思っていると例の声が囁いた。


『さあ、遅くなる前に帰りましょう』

「でも……」

『大丈夫です。提督が来て彼らを更生していきました』

「提督が迎えに来てくれましたか!」


 ルカが感激していると、例の声は残酷なことを口にした。すでに提督はおらず、書き置きを残して帰ってしまったとのこと……。


 書き置きには宿に帰って留守番しているようにときつく書かれていた。それからかまってやることができずに、申し訳ないという主旨の言葉が長々と書かれていた。それはもう胸焼けがするほどに……。

 深いお詫びとこの埋め合わせはきっとすると誓いをたてて、何かあればまたすぐに駆けつけると結ばれていた。


『提督は急用ができたようです。決してルカちゃんを置いて行ったわけでは――』

「はい! わたしは大丈夫です。帰ったら提督にごめんなさいします」

『ルカちゃん……』

「それから……声さんの言うこと聞かなくてごめんなさいでした」


 ルカは誰もいない虚空に向けて頭を下げた。それが誠意だと思ったから……。

 例の声は気にしていないとでも言うように『一緒に帰りましょう』と優しい言葉を口にした。


『そうそう、提督からの預かりものが、そこの封筒に入っています』


 テーブルに置かれていた封筒を手に取って中を確認すると、数枚の金貨と食べ過ぎないようにと注意する伝言の書かれた紙が入っていた。

 ルカは首からさげていた財布の中身と、封筒の中から出てきたお金をテーブルに並べて、真剣な表情で見下ろした。


『ルカちゃん、ひょっとして……』

「……はい」

『大金持ちさんですか!』

「はい!」

『バンザーイ! バンザーイ!』

「ばんざーい! ばんざーい!」


 歓声を上げて喜ぶと、ほくほく顔で部屋を出た。すると……。


「お嬢ちゃ――お嬢様、おはようございます。このたびは大変失礼なことをしてしまいまして我ら一同心よりお詫びのほどを――」


 強面だった虎顔の大男が手もみしながら近づいて来ると、気持ち悪いほど丁寧な口調で謝罪してきた。その後ろに続く怖い顔の男たちも揃って頭を下げると――。


「申し訳ありませんでしたッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!」


 合唱するように腹の底から声を出して謝罪の言葉をのべた。

 ルカが圧倒されていると、男たちが左右に分かれて扉までの道をつくる。


『さあ、気にせず帰りましょう!』

「……はい」


 なんとも狐につままれたような気分だったが、例の声によると提督がしつけをしたそうで、もう風紀を乱すようなおこないはしないと誓ったらしい。組織も今日で解散なのだとか。どの顔を見ても早くここから逃げ出したいと言わんばかりに怯えていた。


 ルカはお言葉に甘えて寂れた聖堂を後にした。


「お疲れ様でしたッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」



 日が沈みはじめると、街も様変わりしていく。土産の露店が片づけをはじめ、隣の飲食店が灯りをともして呼び込みをはじめる。昼間とはまた違った活気に満ちあふれていた。


 宿に帰る前に食事を取ろうと、屋台を見て回っていたルカは、奇妙な視線を感じた。しかしまわりにいるのは巡礼者を誘っている客引きの店員ぐらいで、ルカのことを気にしている者はいない。

 だがどこまで進もうとも、視線は後からついてきていた。


 気味が悪い……そのはずなのに不思議と不安は感じなかった。


 それでもこのままでは落ち着かないので、今度は意識を集中して視線を巡らせる。


 見つけた!


 しかしその人影は、視線があった瞬間に路地の影へと消える。ルカは思わず飛び出していた。狭い路地裏に消えたはずの影だが、ルカの瞳は見失うことなく正確にとらえていた。これがアスカの言っていた『すきる』というものの力なのだろうか。ともかくそのおかげで見失うことなく追いかけることができた。


「おっかけこなら負けませんよー!」


 ルカは空魔法を詠唱する。途端に足裏が地面から離れてわずかながら宙に浮く。


 この程度なら誰かに見られても気づかれないだろう。空魔法は非常に珍しいそうなので、イラに人前では使用しないように言われている。風魔法と併用することで飛ぶように駆けることができるので便利なのだが、ひきこもりのルカにとってはあまり活躍の場がない魔法であった。だからこそ役立つ場面にでくわしてうれしくなり、ついつい調子にのってしまい、気づけば影を追い詰めていた。


 袋小路にいきついた影は反転して身構える。その姿をハッキリと視認したルカはきょとんとなった。


「ワンちゃんですか?」


 人だと思っていた影は真っ黒な毛の大型犬だった。どおりで早いはずだ。魔法を使っていなければ全然追いつけなかった。


 それにしてもなぜこの犬は自分のことを見つめていたのだろうか?


 魔法をといたルカは、刺激しないようにそっと近づいていく。黒犬は警戒していたが、荒い息のままその場に崩れた。


 ルカが慌てて近寄る。よく見るとダメージを負っているようだった。視線を巡らせると、後ろ足に出血のあとをみつける。


「痛いですか?」


 ルカが気遣うも、黒犬は声すらあげずに立ち上がろうとしていた。


 ルカは迷わず詠唱をはじめると、黒犬の後ろ足に手を当てる。途端に優しい光が後ろ足を覆うと、傷口が塞がり血痕が砕けて消えた。


 回復魔法。あまり得意ではないが、早さと効果には自信がある。大怪我ならば手を挙げるしかないが、大幅に欠損していない組織なら満足に修復することができる。潜在的な魔力量が多いため、不得意な魔法も力押しでなんとかなるのだと、イラが教えてくれていた。


 すっかり挽回した黒犬が立ち上がると、嬉しそうに舌を出す。そのまま頬をなめまわされた。


「くすぐったいですよー」

「ありが、とう」

「!」


 ビックリした。なにがビックリしたって黒犬が妖精語を話したのだ。妖精語は精霊をかいして話す特殊な言語らしく、人族や獣人族では習得が困難だと教わっている。ましてや動物が話しているのだから驚くのも当然だろう。獣人語を話す動物の話は聞いたことがあるが、やはり妖精語を話す動物は特別だ。ひょっとして……。


「妖精族ですか?」

「そ、う」

「やっぱり……」

「きみ、も?」

「はい!」


 ルカがヘッドドレスをズラして耳を見せると黒犬も驚いていた。


「さっきの、魔法、若い、のに、すごい、ね」

「若くないですよー! こう見えても812歳です!」


 胸をはっていたルカだが、黒犬のつぶやきを聞いて失敗に気がついた。


「もしか、して、ハイ、エルフ?」

「うう……な、内緒ですよー」


 黒犬が無言で鼻先を近づけてくるとひくつかせた。


「本物。どう、りで、同じ、匂い、する、と、思った」

「わたし臭いですか?」

「違う。きみ、から、エリス、と、同じ、匂い、した」

「……エリス?」

「う、ん。友達、の、ハイ、エルフ」

「ハイエルフって、もしかして……エリス・フェザー・フロージですか?」

「そ、う。エリス、の、こと、知ってる、の?」

「知ってます! わ、わたしのお姉ちゃんです!」


 生き別れた姉の名前を聞いたルカの瞳から大粒の涙が流れ落ちる。アルフハイムが滅んだその日、ルカは家族のなかで一人リンフルスティに乗せられた。その後母の死は聞かされたが、姉の行方は教えてもらえなかった。きっと生きてはいないのだろうと絶望していた。だけど……。


「お姉ちゃんがどこにいますか? 生きて……ますよね?」


 ルカが黒犬に詰め寄る。しかしいつまで待っても返事はかえってこなかった。


「どうしたんですか? お姉ちゃんのこと知ってるんですよね?」

「……ずっと、会って、ない」


 つたない口調で黒犬は、30年間エリスの行方を捜していると気遣わしげに答えた。フィリラ王国が神災に襲われたその日を最後に会っていないのだと……。しかし少なくとも30年前までは無事だったのだと知り、ルカは涙を浮かべた。もちろん不安はいぜんとしてある。だが記憶にある姉はどんな状況でも気丈に振る舞える強い女性だった。それは友達だと名乗った黒犬も心得ているようだ。


「きっと、生き、てる! エリス、強い、絶対、に、生き、てる!」

「ワンちゃん……」


 慰めるように涙を舌でぬぐってくれる黒犬の気持ちが嬉しかった。


「ありがとうございます。もう大丈夫ですよー!」

「よかった。じゃあ、いく。怪我、なお、して、くれて、ありが、とう」

「待って下さい! どこに行くんですか?」

「ソニア、助けに、いく」

「誰ですか?」

「エリス、の、友達。ソニア、と、一緒に、エリス、探す。約束、だから……」


 エリスの友達と聞いてはルカもじっとしてはいられなかった。ましてやエリスの行方を捜してくれている人が困っていると聞いては黙っていられない。だから――。


「わたしも手伝います!」

「……危険、だよ?」

「大丈夫です。魔法だって使えます!」

「でも……」

「お姉ちゃんならわたしの友達が困ってる姿を見たら黙ってません。だから……」


 黒犬にじっと見つめられたルカは、目を背けることなく真剣に見つめ返した。すると――。


「ぼく、は、グリム」

「ルカです! ルカ・トゥルーデ・フロージです!」

「ありが、とう。ルカの、力、貸して、ほしい」

「はい!」


2章の主要キャラがようやく出揃いました。遅筆ですみませぬ。

次回は飛鳥の話。提督は苦労人……。

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