第 22 話 《 大帝の覚悟 》
レオルグは部下たちが掻き集めてきたお菓子と紅茶を持って部屋に戻った。
そして……。
テーブルに並べた大量のお菓子を猛烈な勢いで食べている少女の様子を窺っていた。それにしてもよく食べる。それに一々これはタダなのか、あれもタダなのか、と確認をとってくる。段々と答えるのが面倒になり全てタダだと言ってやると感動して打ち震えていた。
なんなんだこのガキは?
それなりに品の良い服装を着ているところを見ると貧民層ではないだろう。かといってお世辞にも上品とは言えない食べっぷりを見るに裕福層という感じもしない。とはいえ部下の話によるとお菓子につられてのこのこと誘拐されたような世間知らずのお嬢ちゃんなら貴族の娘という可能性もある。なんせ部下の報告によるとあの怪物はミスリルの取引をしていたらしい。そんな高価な物をあつかえるのは有力貴族か大商人だけだ。貴族かあるいは商人の娘といったところだろう。
しかしあの怪物が親かと言われれば実に怪しい……。
あの怪物はせいぜい20歳前後に見えた。目の前にいるこの娘は8歳前後か……。ちょっと計算が合わない。そこまで考えてようやく一本の線が繋がった。
歳が合わない+欠食+お金を気にする+ついでに似てない=奴隷
間違いない!
この娘は奴隷に違いない。貴族にしろ商人にしろ金持ちの娘がお菓子程度の金銭を気にするとは思えない。そもそも取引場に娘を連れていくのもおかしい。ときおり若い弟子を連れている商人などもいるが、お菓子につられて誘拐されるような間抜けな弟子はいないだろう。
あの怪物はこんな年端も行かない少女を買い取り、高い服を着せながらも満足に食事も与えない(食べっぷりを見るに確定)そのくせ仕事先にまで連れ回す、嫁と娘の目が届かないのをいいことに、旅の途中で好き放題やっているに違いない。
奴隷を買った理由など聞くまでもないだろう。
なんてことだ……あんな子供を無理矢理……想像しただけでも反吐が出る。
レオルグもこの国に住んでからはそれなりに悪さもしてきた。しかし子供と老人には手を出さなかった。それが超えてはいけない一線だと知っていたからだ。それなのにあの怪物は……。
人の良い顔をしていながら裏の顔は少女に手を出す変態の外道だったのだ。あれほどの力を持っているのだからやりたい放題なのだろう。嫁さんと本当の娘さんは泣かされているのかもしれない。隣にいた色黒の美人メイドもすでに弄ばれているに違いない。
食べ終わったお菓子の包み紙を名残惜しそうになめる少女の姿を見てレオルグは目頭が熱くなった。少女に気づかれないように背後の部下に声をかける。
「さっさと次を持ってこい」
「それがその……あとはこんなもんしか……」
部下が差し出したのは蜜壷だった。ほのかに花の香りがする。普段調味料として使う味の濃い花の蜜だった。
「馬鹿野郎! こんなもん食えるわけないだろうが!」
思わず叫んでしまい慌てて少女を見ると、脅えた様子はなく意識は蜜壷に集中していた。
「えっと……く、食うか?」
「はい!」
まさかと思いながらも差し出すと、スプーンですくった蜜を夢中で食べ始めた。なんてこった……。甘いものは嗜好品だ。当然奴隷であるこの子には与えられなかったのだろう。こんなものでも喜んでいるぐらいなのだからさぞ粗末なものしか食べさせてもらっていないに違いない。レオルグは唇を噛みしめて涙を堪えると――。
「蜜壷だ! ありったけの蜜壷を持ってこい!」
叫ばずにはいられなかった……。
それから一刻ほどが経つと蜜壷を空にした少女がテーブルに突っ伏した。レオルグはぎょっとさせられたがよく見ると寝ているだけだった。満腹になって眠ってしまったらしい。あどけない寝顔がかわいらしいがどう考えても油断しすぎだろう。誘拐されている自覚はあるのだろうか?
「さすが御頭だ」
少女の食い意地に若干ひいていた部下たちが寄ってくるとそんなことを口々に言い出した。いったいなんのことだ?
「ガキが倒れたときは毒じゃないかと思って焦りましたよ。でもあの蜜壷に混ぜたのは眠り薬だったんすね」
どうやら勝手に勘違いしているらしい。たしかに誤解を招くほどあっさり寝たのでそう思ってしまうのもわからなくもない。
「あとはあの野郎を誘き出すだけですね」
逆だ!
どうやって穏便に返すか、それが問題だった。おそらく街の連中に誘拐現場を目撃されている。せまい国なので仕方がない。
しかしだ!
本当にあの怪物の元へ返してしまっていいのだろうか。この子がひもじい思いをすることをわかっていながら見て見ぬふりをする……悪党が今更なにをと思いながらもレオルグは故郷で暮らす歳の離れた妹の顔を思い浮かべた……。
森林大帝の二つ名をわがごとのように喜びはしゃぐ妹の姿と、目の前で眠りこける少女とはちょうど同じぐらいの歳だった。似ていないにも関わらずレオルグの瞳にはダブって見えた。
レオルグは無言で立ち上がると部下たちを引き連れて部屋を出た。
広間にいた部下たちの視線が一斉に集まる。どいつもこいつもこりていないのかやる気は十分に感じられた。腹を決めかねていたレオルグの背中を押してくれているようだった。
レオルグが笑みを浮かべる。それは部下たちにとっては久しぶりに見る森林大帝の凶暴な笑みだった。
「武器を取れ! そして誰に逆らったのかをあの野郎の体に刻み込んでやれ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
雷のごとき喊声が聖堂を震わせた。そんな盛り上がっている最中に正面扉が開かれる。
「ごめんくださーい。ああ……本当にいるな」
誰もが振り返り闖入者に視線を向ける。そして――その姿を見て身構える暇すら与えられずに白目をむいてその場に倒れた。
まだ悪夢はさめていなかったのだ……。
思い出すのも恐ろしい頭のてっぺんからつま先まで黒い出で立ちの悪魔が現れた。黒髪がゆれる度にあの狂気の瞳が見え隠れする。
魂を鷲づかみされたような強烈な殺意が、唯一踏みとどまっていたレオルグに集中した。総勢40名の部下たちを一瞬にして倒した怪物が一歩、また一歩と近づいてくる。
「どうやらうちの子が世話になったようで……覚悟はできてんだろうなッ!」
この世のものとは思えない殺意に縛られたレオルグは、全身の毛が恐怖で逆立っていた。いったい何千、いや何万人殺せばこんな殺気を放てるというのか。冒険者として数々の修羅場を潜り抜けてきたレオルグをもってしても想像ができない境地であった。
だから自然とそのポーズをとっていた。獣人がプライドを捨て去り命すら投げ出す覚悟でとる最後の境地……。
すまねえ……嬢ちゃん……所詮この世界は弱肉強食……森林大帝の二つ名に恥じぬ最後を見せてやりたかったが……ここまでのようだ。
レオルグは心の中で少女に謝罪して怪物の前に寝っ転がって腹を見せた。
さあ、かかってこい!
次回は再びルカの話




