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第 21 話 《 大帝の憂鬱 》

 森林大帝――。


 それは優れた獣人に与えられた二つ名であった。


 白獅子の血を引くレオルグは、他の獣人よりも遙かに恵まれた体躯と勇猛な気質により幼い頃から一目置かれていた。成人して冒険者になるとその頭角をメキメキと現したレオルグは、多くの実力者から認められて名誉ある二つ名を授かった。


 あれからもう10年が経つ……。


 地上最強と呼ばれる竜人族に戦いを挑み破れたレオルグは、大帝としてプライドを引き裂かれ力という後ろ盾を失うと、冒険者としても立ち行かなくなった。


 そして巡礼者の護衛などというちんけな仕事で流れ着いた先がこの国だった。


 周囲の魔物は弱く迷宮などもない、レオルグクラスの冒険者には縁のないつまらない国だった。しかしその頃のレオルグにとっては住み心地のいい場所だった。ギルドにいる冒険者は駆け出しかと疑いたくなるほどレベルが低く、そのうえ冒険者としての向上心もない。適当に依頼を受けては日銭を稼ぐ程度で満足しているようなしけた連中ばかりだった。


 そんな連中に囲まれていたからだろう。レオルグは自身を追い詰めることもなく、そいつらを見下して安心していた。


 いつしかレオルグのまわりにはいまいち世間になじめない連中が集まるようになっていた。


 冒険者崩れもいれば狭い国の中で粋がるチンピラなど、この治安の良い国の中ではいまいち存在感のない連中ばかりだった。そんな奴らでも数が集まれば気もでかくなる。そのうえレオルグという後ろ盾がいれば自然と増長するのも当然のことだったのだろう。


 いつしかこの国のマフィア的な地位を確立してしまっていた。そこにはすでにレオルグの意思はない。ただ居心地の良さと怠惰な暮らしになれてしまっていたので抜け出そうとは思わなかった。


 そのレオルグが今、かつてない窮地に立たされていた。目の前には今にも泣き出しそうな少女が立ちつくし、見上げている。


 どうしてこうなった?


 昨日、人生最大の屈辱と恐怖をあじわったレオルグは将来のことを真剣に悩んでいた。そんな矢先に部下が「昨日のガキを捕まえてきやしたぜ!」なんて意気揚々と帰って来たのだ。


 捕まえてどうするつもりなのかと遠回しに聞くと、あの怪物を誘き出す餌だと自慢げに語った。


 こいつは馬鹿なのか?


 格の違いどころではない。次元の違いを感じさせる圧倒的な殺気にやられておきながら再戦を挑むつもりらしい。


 断言できる。


 勝てるわけがない。勝てるわけがないのだ!

 大事なことなので二度言った。一応御頭として面子があるので遠回しにだが……。


「大丈夫ですよ、御頭。このガキがいればアイツは手を出せやしませんよ」


 そんなレベルの相手ではないと言っているのだ。おそらくレオルグを含めて瞬殺される。想像しただけも恐ろしい……。

 そもそも殺気だけ戦意を喪失させられる相手にどうやって戦いを挑むつもりなのかと聞くと――。


「なんとかなりやすよ!」


 根拠なんてなかった。こいつらはいつだってそうだ。聞いた自分が馬鹿だった。


 レオルグは怒鳴り散らしたい気持ちをぐっと堪えて少女を見下ろす。すると少女の目尻に涙が――。


「声さん、ごめんなさい――提督――イラ――」


 やばーい! めっちゃやばーい!


 まだなにもしていないのにすでに自分たちの命は風前の灯火だ!


 レオルグの脳裏に昨日の悪夢が蘇る。脇の下からすっごい量の汗が流れ出し、自慢の牙が意図せずガチガチと鳴りだした。


 殺される。この子を泣かせただけで間違いなく惨殺される!


 逃げなくては! どこか遠いところに逃げなくては! 全身全霊をかけて世界の果てまで逃げなくては!


 レオルグが逃走を考えていると、どこかに行っていた部下が戻ってきて少女に甘食を差し出していた。


「約束のお菓子だ。これ食っておとなしくしてくれよ」


 よくわからないが部下がお菓子を差し出すと、少女は途端に笑顔になり遠慮なくムシャムシャと食べ出した。


 これだ!


 レオルグは部屋を飛び出すと手近な部下をつかまえて乱暴に引き寄せた。悲鳴をあげる部下にかまわず命令する。


「菓子を持ってこい――甘い菓子をかき集めて持ってこい!」

「へ? 御頭――」

「聞こえなかったのか! 死にたくなけりゃ今すぐ甘い菓子を探してこい!」


 レオルグの血相に脅えた部下たちが聖堂中を駆け回った。

 これで命が繋がった……。

 束の間ではあるが心の底から安堵した。あとはこの後どうするかだ……。


 レオルグはとりあえずお湯を沸かして紅茶の準備をしながら再び逃走経路について考えるのだった。


次回 第 22 話 《 大帝の覚悟 》


引き続き森林大帝のターン! 実は結構良い獣人だったりします。

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