第 18 話 《 枢機卿 》
女王の部屋をあとにして宮殿から出ようとした飛鳥の前に、立ちはだかるように居座る影があった。
入るときにも通ったが、エントランスに椅子などなかったはずだ。まるでわざわざ用意したような不自然な場所に置かれたその椅子に座っていたのは、古びた祭服を着た老人だった。どこか疲れた表情をした白髪の信徒が飛鳥がいる方に首を回すと……。
「用件は済みましたかな?」
老人はまるで飛鳥の存在を認識しているかのように立ち上がり見据えてきた。
ステルスウォーカーはたしかに発動しているというのに気づかれた。二度目とはいえ今回は足音などにも注意してきた飛鳥に落ち度はない。なのに目の前の老人はわざわざ待っていたかのように振る舞っている。
何者だ?
すぐさま魔眼で老人の素性を調べると、飛鳥も驚く大物だった。
『 インサニア・クーラ 』
教皇の地位にもっとも近い枢機卿……。
タースに謁見したのち接触を試みようとしていた人物だ。しかし好都合と喜んではいられない。出会いとしては最悪だった。
「そう身構えないで下さい。ここには私以外おりませんので」
たしかにクーラのタグ以外は周囲にない。人払いさせたようだ。しかしなぜ?
「貴方はイオス君に雇われた間者ですかな?」
なるほど。この老人がイオスの協力者だったというわけか。
「彼女を連れ出そうとしたところをみてもしやと思いましたが……違いましたかな?」
まるで近くで見ていたかのような物言いだった。それがこの老人のもつスペシャルスキルの正体なのだろう。
『 千里眼 』
その名どおりの意味を持つスキルなら遠隔透視が可能なのだろう。内容を把握していないところをみるとあくまで視覚による情報を得られるだけのようだ。
しかしこちらのスキルすら見透かすとはかなり上位のスキルらしい。レベルも人族でありながら30を超えている。加えて魔術レベルはイラをも凌ぐ。人の良さそうな顔つきの老人だが、その内に秘めた力は人の上に立つに値する実力の持ち主だった。
「ご存じかと思いますが……私はインサニア・クーラと申します」
「……アスカ・カミジョウ。しがない商人でございます。クーラ枢機卿にお目にかかれて光栄に存じます」
「どうか頭をあげて下さい。わたしとてしがない信者の一人でしかありませんので」
ポルコとは間逆の性格らしい。謙遜しているわけではなく本心から口にしているようだ。
「して……アスカ殿はなにゆえソニア殿にお会いになられたのか?」
「……イオス殿から話は聞いておりましたゆえ、ソニア様の様子をうかがいに……」
「そうでしたか……それで彼女に断られたのですね?」
飛鳥は素直に頷いた。誘拐を認めているにもかかわらず、クーラは追及する立場でありながら落胆の色を見せた。
「そのご様子ではクーラ様も説得を?」
「はい。ですが彼女は聞き入れてはくれませんでした」
恩のあるクーラをもってしても説得できなかったのなら、飛鳥の出番などあるはずがない。こうなるとイオスの準備と行動が無駄に終わるように思えた。あの聖騎士が強引に女王をさらえるかどうか甚(はなは)だ疑問だ。
それにしてもクーラはなぜそこまでソニアに肩入れするのかが疑問だった。
「結果的にではありますが……裁判は教会の総意でおこなわれることになったはずです。なのになぜ……しがない信者である貴方がそこまでするのですか?」
クーラが眉間に皺を寄せる。怒りの感情など持ち合わせていないような善人の顔に、はじめて人間らしい感情の色をみた。
「つまらぬ権力争いなどに巻き込んで彼女の神格を汚したくないのです」
「……神格?」
「さよう……最寿族は神の血を引く高貴なる身分。とりわけ王家の血を引くソニア殿は神族にもっとも近い人間なのです。それを知っていながらタースは、教会こそが神にもっとも近い存在であるべきだと主張して裁判に踏み切りました。だがそれは建前で私を失墜させることが目的なのです」
「ならば教皇選を辞退されては?」
「残念ながら辞退は許されないのです。それにタースが教皇になれば自分の地位を脅かす存在を見逃すことはないでしょう……」
どのみち裁判はおこなわれるということか。それにても神格か……。彼女のステータスを見てもそれらしい情報は見当たらなかったので、正直なところよくわからない。
「ソニア様もご自分の素性はご存じなのですか?」
「無論です。しかしあまり自覚はないようだ……」
果たしてそうなのだろうか?
自覚しているからこそ、自分の態度が人々の考え方に影響を及ぼすとわかっての行動に思えた。
「そろそろ限界ですな……」
「?」
「私の行動は見張られておりますゆえ外部の力を借りるほかないのです」
衛兵のタグが宮殿に集まってくることに気づく。千里眼で察知したのだろう。クーラはイオスに期待していると伝言を残して去って行った。手みやげのつもりか衛兵たちを散らして……。
次回 第 19 話 《 それぞれの思惑 》




