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第 1 話 《 異世界の遭難者 》

 上條飛鳥がまだランドセルを背負っていた可愛げのある頃の話しだ。努力すれば夢は叶うと、今では顔も朧気な担任の先生が教えてくれた。幼い自分はその言葉を信じてがむしゃらにサッカーボールを蹴ったものだが、ついぞドライブシュートはうてなかった。


 幼い飛鳥の人生設計では必殺シュートを武器にして、並みいる全国の強豪校と死闘を繰り広げる予定であったが、一歩も踏み出さずに頓挫したわけだ。


 才能という名の神から与えられたギフトが無ければ夢を叶えるのが困難だと気づいたのは、ランドセルを卒業したあたりだったと思う。


 そんな飛鳥が思春期真っ盛りの中学時代に中二病を開眼させたのは必然だろう。他力本願で有りもしない才能が目覚めるのを来る日も来る日も待っていた。もちろんそんな日は訪れることなく、いいかげん暇を持て余すようになると中二病は次の段階へと移った。


 つまり現実から逃避である。


 具体的には過去に飛ばされて歴史を変えてみたり、異世界に召喚されて勇者になってみたりする類の妄想だ。

 いつか来るその日のために飛鳥は必死に勉強して筋トレも続けた。


 結果、戦国時代の偏った知識とそこそこの筋力を手に入れたわけだが、異性が色めき立つ貴重な三年間を棒に振ってしまったことは今も後悔している。


 そして高校生になる頃――。


 以下略


 実際それほど語るべきこともないので長々と回想することもないだろう。


 その後、飛鳥は頭の片隅で妄想を続けつつも現実と折り合いをつけて就職し、ファンタジーに憧れて連休に山奥や森林に足を運んでキャンプがてらにエア冒険(ソロプレイ)を楽しむだけのサラリーマンとなった。


 まさか自分がそんな痛くて平凡な大人になるとは夢にも思っていなかったが、その考えもアラサーを間近に控えている今では納得している。いつの間にか現実との折り合いつけていて、分別のある大人へと成長していたわけだが、ファンタジーへの憧れは未だに尽きない。


 そんなわけで異世界色の強い富士の樹海へと疑似異世界ツアーに来たのが三日前のことだ。

 そして憧れの樹海へと足を踏み入れて遭難した……。


 まさかである。噂と違いコンパスが狂うこともなかったので、安心して踏み込んだら出られなくなった。

 携帯電話のアンテナも立つし楽勝だと思っていたのだが、二泊三日のエア冒険の帰路で突然の豪雨に襲われて、雨宿りしようとした大木もろとも落雷に襲われた。


 本当に死ぬかと思った。荷物が黒こげなのによく無事でいられたものだ。不可解だが落ち着いて考えるのは安住の地に舞い戻ってからでもいい。そう言い聞かせて飛鳥は煤で汚れたガタガタのコンパスを片手に樹海を歩き続けていた。


 そしてさ迷うこと数刻……。 


 いつ頃から気づいていたのか自分でも定かではないが、こんな生き物を見てはいよいよ疑わざるをえない。


 十メートルほど先に凶悪な笑みを浮かべた緑色の肌をした小人が、錆び付いた鉄剣のような物をかまえて立っていた。


 飛鳥はその生き物が何なのか知っている。しかしその名を口にする前に飛鳥の視界にその名が浮かび上がった。


『 ゴブリン 』


 ご丁寧に接近中と警告するかのような赤い文字まで浮かび上がって点滅しているではないか。

 まるでゲームのような光景だ。しかしドット絵のモンスターに慣れ親しんだ飛鳥にとってこの臨場感は耐えられない。


 リアル過ぎる――。


 ハッキリ言って気持ちが悪い。ファンタジーに憧れはしていたものの、これだけ可愛げがないと見るに堪えない。

 できればお引き取り願いたいがよく見るとジリジリとにじり寄って来ていた。


 ゲームなら速効で『逃げる』コマンドを選ぶところだが、生憎とそんなメッセージは浮かんでこなかった。

 なので勝手に逃げ出した。脱兎の如く逃げ出した。キーキーと背後から叫び声が聞こえてきたが、振り返ることなく躊躇わずに逃げ出した。

 その甲斐あって上手く逃げ延びることができたようだ。こんなときの為に体を鍛えておいてよかったと思う。さて……。


「何なんだよこの状況は……」


 あれは間違いなくゴブリンだ。長年培ったファンタジー知識と照らし合わせても一致する。そう書いてもあったし……。


 そもそもあの浮かび上がった文字は何なのだろうか?

 ゴブリンの鳴き声が聞こえなくなったあたりで消えてしまったので、再確認はできないがたしかに視界に浮かんでいた。


 あれか?

 これは夢か?


 なんて今更誰が信じる? 少なくとも飛鳥は信じられなかった。


 あの落雷を境にして世界が変わったことを認めるしかない。目を背けていたが樹海のスケールもより深く大きくなっている。幻想的とも感じられるが、ゴブリンに遭遇した後では不気味としか思えなかった。


 そして導き出される答えは一つしかない。


「とうとう来たんだ…………異世界に」


 あれだけ羨望していた夢だというのにあまり嬉しくないのは何故だろうか?

 まだ実感が湧いてこないだけなのか?


「いや……違うな」


 飛鳥が望んでいた展開ではないのだ。自分から行けばいいなどと思っていたのは、あくまでエア冒険を楽しむ為の設定であり本心ではない。やはり異世界に来るなら、召喚とか転生とかそういった不思議な始まり方であるべきなのだ。


 それなのに……それなのに……。


 富士の樹海で迷子になったと思ったら……気づけばそこは異世界だった。


 思わず深い溜息がもれる。感動も何もあったものじゃない。異世界バージンがこんなに無感動に終わるとは思ってもみなかった。


「やり直しを要求したい――」


『 ゴブリン 接近中 』


「またかよ! 畜生ーッ!」


 飛鳥はキーキーと追い立てられながらひたすら樹海を駆け抜けた。


 ゴブリンとの逃走劇を終えた飛鳥は息も切れ切れにその場にへたりこんでいた。休日に道無き道を走り回った痛い経験と、背後から敵が迫っているという妄想による訓練の甲斐あって、なんとか逃げ切ることはできたがさすがに体力が保たない。


 いったいあのゴブリンはなんの怨みがあって自分を追い回していたのか?


「所詮魔物だし本能かな……」


 実にシンプルな答えが導き出されると、ここは自分にとって優しくない世界なのだと実感が湧いてくる。


 つまり危険だ。


 走り回っていてわかったことがある。残念なことにこの体には異世界の不可思議な力がまったく宿っていないのだ。

 逃走中に一度、隙を見てゴブリンの奴に石をぶつけてやったのだが、掠り傷すら負わなかった。あれがゴブリンの王だと言われたら諦めもつくが、どう見ても小物だったので酷く落ち込んだものだ。自分の腕力は並だと認めるしかなかった。


 次に魔法を試してみた。恐らく選ばれし者なら無詠唱で火ぐらいおこせるだろうとチャレンジしてみたのだが、まったく反応しなかった。どれだけイメージを膨らませても妄想が現実に転化することはなく、空虚な気持ちに襲われただけだった。


「どーしたもんかな……」


 信じたくはないがどうやら自分はレベル1らしい。いや、やっぱり信じない。もっとこう、明確に数字とかで示されない限り認めるわけにはいかない。


 ふと、先ほど視界に浮かび上がった文字のことを思い出した。


 あれはまるでゲームのようだった。もしかしてステータスなども見られるのではなかろうか?

 コントローラーもなければマウスもタップする画面もない。しかし視界には文字が浮かんだ。

 なんとなく、文字が浮かんでいた場所を意識して触ってみた。端から見たら何もない場所で手を振っているように見える奇妙な行為だが……当たりだった。


『 名前:アスカ・カミジョウ 』

『 種族:人族 ♂ 』

『 年齢:二十歳 』

『 Lv:1 』


 宙に浮かぶ文字を目の当たりにして飛鳥はショックを受けていた。


 やっぱりレベル1だった……。


 どおりで弱いわけだ。それにしてもこの年齢はどういうことなのだろう?


 体型は十年前から変わっていないので判断できない。せめて鏡でもあれば確認できるのだが、落雷で焼失してしまったので当然持っていなかった。異世界に行くとなぜだか若返る現象は珍しくもない話しなのであまり驚きはしなかったが、やはりレベルについては不満だ。

 

 気を取り直して他のステータスも見てみると……。


『 ノーマルスキル:交渉 Lv.3 』


 適正は商人なのだろうか?

 思い当たる節はある……。


 高校卒業後はたまにアルバイトをして小遣いを稼ぐ程度のフラフラした人生を送り、そろそろ未経験では雇ってもらえないよ、とバイト先で知り合った人生の先輩方が親切に教えてくれたので、ちょっと怖くなって就職した。それから社畜として五年ほど働いた経験値が反映しているのかもしれない。ちょっとだけ嬉しいが自分の異世界ライフはこれじゃない。

 

 あと調理スキルもあるがこれは一人暮らしで身についた自炊のおかげだろう。しかしレベル2程度なので役にはたつまい。他を見ても……。


『 ノーマルスキル:**** 』


 意味深なアスタリスクがあるだけだった。だが諦めるのはまだ早い。これはレベルが上がれば身につく類のものなのかもしれない。

 できれば最初から専用のユニークスキルがあれば救われたのだが、欲は言うまい。


 そして気になる項目を見つけた。


「職業――ッ!」


 勇者か魔法使いか、いや魔法の才能は皆無なのでやっぱり勇者か?

 ランクは落ちるが戦士か僧侶か商人か――いや、商人は別に望んでいないな。他には騎士とか錬金術師といったものにも興味しんしんだ。


 飛鳥は自分の才能を確かめるべく、職業の項目に触れた。そして――。


『 職業:提督 』 


「…………………………え?」


 予想を斜め上にいく展開に頭がついてこない。しばし呆然とした後、自分なりに納得のいく答えを考えてみた。


 1:この世界特有の固有名詞である。

 2:フリガナで別の意味に変わる。

 3:……バグ。


 どれもありそうだしまた、なさそうだ……。


 そもそも確認する術がないのでどうしようもない。実はアイテムストレージ的な場所に艦隊でもしまってあるかと思って調べてみたが、非常用にとポケットに入れていたチョコレートだけしか入っていなかった。ほんとガッカリだ……。


 せめて甘いものでも食べて頭を休めようとポケットに手を突っ込んでみたが、何もみつからない。


 はて?


 もう一度アイテムストレージを開くとたしかにある。すると手の中に一口サイズに小分けされているチョコレートが出てきた。アイテムストレージを見ると1ダースあったチョコレートが一つ減っていた。


「なるほど。そういう仕組みか……便利な世界だ」


 ロジックはよくわからないがファンタジーということでとりあえず納得した。手ぶらで動き回れる開放感に比べれば、不思議なシステムへの不安など大した問題ではない。


 さて、いつまでもじっとしてはいられない。また緑色の追跡者に追いかけ回されるのは勘弁だ。

 立ち上がった飛鳥は周囲を見渡した。


「どちらに行くべきか……」


 一応コンパスはあるが異世界の地図もないので役に立たないも同然だ。とにかくこの危険な森を出たいところだが、すぐに出られる保証もないうえ相変わらず雲行きも怪しいので、まずは雨風が防げそうな安全な場所を探すことが先決だろう。生憎とこのステータス表示にはマッピング的な機能が備わっていなかったので、勘だけが頼りだ。


 飛鳥が注意深く木々の隙間を見つめていると、森の奥に他より明るい場所を見つけた。

 足は自然とその方角に向けられて、周囲を警戒しながら歩き進んだ。

 

 そして――!


 緑のトンネルを抜けると明るい光に包まれた場所に到達した。そこは開けた場所で大樹はないが、その代わりに巨大な大木のようなものが横たわっていた。あまりにも巨大で全容がわからないが、あきらかに人工物だと思われる。まるで壁のようなその木のまわりを歩いてみた。


 しばらくして飛鳥はぐるっと半周ほどして立ち止まった。


「……でかい」


 目算なのでハッキリとはわからないが、ゆうに百メートル以上はあると思われる。周囲を歩いていて気がついたのだが、この建造物は船なのではないだろうか?

 居住目的の建造物にしては横長でぶっかこうに思えた。もちろん自分の世界の常識がこの異世界でも適応されるとは思っていないが、間違ってはいないような気がする。ゴブリンのときみたいに文字が浮かび上がってくれればよかったのだが、生憎とそこまで便利ではないらしい。 


 ともかく木造の船と仮定すると、随分年期の入った船のようだった。外装は所々に青々とした苔や大樹の枝かと勘違いしそうな立派な蔦に覆われている。何故陸に打ち上げられているのかという疑問も、遠い昔この場所には河があったと言われれば納得できる。湿気も多そうだし木造などすぐに朽ちてしまうようにも思えるが、この船は何百年も前からこの場所に眠っていたような貫禄があった。

 実は世界樹から作られたとか、そんな曰くがあるのかもしれない。それならば納得できる。


 ようは何を言いたいのかというと、この船の残骸の中でなら安全に休むことが出来るのではないかということだ。


 正直疲れた。疲労困憊なのだ。


 しかし先ほどから突っ立っていたのには理由がある。何故ならこの場所が入り口だと確信があったからだ。特に案内板のようなものがあったわけでもないのだが、いかにも登って下さいといわんばりの階段が伸びているのだからこの先が入り口に違いない。が、階段の先は壁である。扉のような継ぎ目が見あたらないのでどうしたものかと悩んでいるところだ。


「あ……」


 冷たい滴が頬に当たる。とうとう降ってきた。これは是が非でも中へと侵入して雨宿りせねばなるまい。


 飛鳥は階段を上り終えると壁と睨めっこをはじめた。近くで見ても継ぎ目のようなものは見当たらないし、風化してしまったのか取っ手らしいものもない。どうしたものかと壁に手をつき表面を滑らせた。瞬間――。


「ををッ!」


 無音で壁が凹んだと思ったらそのまま横にスライドした。


「開いた……」


 つまらない感想だが実は半信半疑だっただけに驚きだった。入り口だと良いなーと自分を偽っていたのだから仕方がない。何事も試してみるものだ。そう……足踏みせずに試してみるべきなのだ。例え中が薄暗くて不気味であっても……。


 正直言っておっかない。割と頑丈そうな外壁なので中に魔物が入り込んでいる可能性は低いそうだが、闇というのは人の心を脅えさせる。しかし雨脚は速く、本降りが近い。

 健康保険証も使えそうにない異世界で、風邪とはいえ病気にかかれば命取りになるやもしれない。だから躊躇しているわけにもいかず、飛鳥は意を決して中へと踏み込んだのだった。

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