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第 17 話 《 女王と提督 》

 翌朝――。


 飛鳥は明朝から巡礼者でにぎわうレギンレイヴ大聖堂に一人で来ていた。


 観光を楽しみにしていたルカには申し訳ないが別行動をとっている。この国に漂いはじめた不穏な空気をルカたちに吸わせたくなかったからだ。


 本来ならば関わるべきではないと自覚している。しかし知らずに邪魔をしてしまった負い目と、不幸にも国を失った女王への更なる災難を黙って見過ごすことができなかった。それに……一つ確認しておきたいこともある。


 自分にどれだけのことができるかはわからないが、影ながら協力するために教会に潜入を試みるつもりだ。


 まだ時間が早いせいか、白いケープの信者のなかに黒い身なりの飛鳥は目立ってしまうようで、衛兵たちの視線を集めてしまっている。


 ちょっとまずったか……。


 飛鳥は不自然にならないように巡礼者の列から外れて、売店のような場所に向かった。


「いらっしゃいませー」


 さっそくスマイルを注文したくなるほど愛想の良い若い女の店員が、カウンターごしから声をかけてきた。まずは内部の情報を探ってみるかと、土産物を物色しながら世間話をするように聞き取りをする。


 彼女は出入り業者の販売員だそうで信者ではないらしい。教会に潜り込む足がかりにはなりそうにない。しかし土産物のウンチクを聞いているうちに光明が見えた。


 やたらとミスリル製のペンダントや飾り物が多かったので不思議に思っていたら、アース教会では神の金属として尊重されているらしく、身の回りのものをミスリルでかためることにより御利益があると信じられているそうだ。そしてなんとそれは、教会内の地位にまで関係しているらしい。


 より多くのミスリルを教会に寄付することで出世するのだとか。お布施を集めてミスリルにかえる。そのミスリルにより新たな教会を建てるらしい。その教会に更なる信者を集めて再びお布施をつのる。そうして組織の拡大に貢献したものが、今の大司教や枢機卿といったお偉いがたなのだそうだ。


 つまり金か……あるいはミスリルがあれば教会の中枢に切り込める。飛鳥は思わず笑みを浮かべた。


 適当に土産物を買うと店員に礼を言ってその場を離れた。結構買ったものだからサービスまでしてもらう。かさばるのですぐにストレージにしまうと、再び巡礼者の列に並んだ。今度は注意深く関係者の動向をさぐる……。


 中に進むにつれて総本山の大聖堂たる威厳が満ちていく。壁一面、白銀のような美しさのミスリルで覆われた通路を進むと、絢爛豪華な装飾をほどこされた祭壇に行き着く。


 参列者が足を止め、誰もがその荘厳(そうごん)な光景に息を飲む。飛鳥も例外ではなかった。しかし見ていたものに対する気持ちは信者たちとは相反するものだ。


 九体の神々の像が中央に君臨する一際大きな神の像を囲んでいる彫像を崇める信者たち。王座に座るその神こそが全知全能の神にしてこの世界の支配者であるオーディンの姿なのだと彫刻に下に立つ司祭らしい人物が語っていた。


 神災の原因にして1000年前から続く因縁の仇敵……。

 偶像とはいえその姿を見た飛鳥の心のなかにも、なにやら表現しがたい感情が生まれていた。


 しかし今はまだなにもできない……。

 いつの日かこのもやもやの正体もわかるだろう。飛鳥は神の像に背を向けて、膝をつき拝み続ける信者たちの間を歩いて行った。


 しばらく歩くとズラリと並ぶ蝋燭の回廊のような場所についた。どうやらここで蝋燭を買って祈りを捧げるらしい。とくに売り子がいるわけでもなく、新品の蝋燭の側にある箱に賽銭を入れるスタイルらしい。恐らく寄付できる場所があるとすればこのあたりだろう。案の定、身なりの良い巡礼者たちが集まっている場所をみつけた。


 近づいてみるとカウンターの前で何やら紙に記入している。寄ってきたシスターに聞いてみると、ここではまとまった額の寄付を小切手で受け付けている場所だそうだ。さっそく寄付したいむねと現金ではなくミスリルを持ってきたことを伝える。すると小さなトレイを差し出してきたので30メニウィートほどだと伝えた。落ち着いた感じのシスターが慌てて引っ込み、すぐさま戻ってくると個室へと連れていかれた。


 部屋に入ると年配のシスターに代わり、寄付の真偽について問われる。失礼な話だが30キロほどのミスリルなら6000万円ほどの価値があるので、金のなさそうな巡礼者に混じったみすぼらしい服を着た商人では信じられないのかもしれない。


 身分を証明するよりも実際に見せた方か早いので、テーブルの上を片づけてもらうとそれっぽく両手をかざした。アイテムストレージからいきなり出しては驚かれるだろうから、ちょっとしたパフォーマンスだ。たしかイラがこんな感じで魔法を使っていたはずだ。もちろん自分では使えないのでかわりにスペシャルスキルをチョイスした。


『 マルチプリンタ 発動 』


 テーブルの上に魔法陣が浮かび上がる。誰もが転移魔術だと疑わない出来のそれは完全な紛い物だ。このスキルは見聞きしたものをイメージすると見た目や音だけを完全再現してくれる。ハッタリには便利なスキルだった。


 シスターが転移魔術を確認したところで、ストレージから約30キロほどのミスリルのマテリアルを取り出すと、テーブルの上に落ちた。少し乱暴だった為に驚かせてしまったが、半信半疑だったミスリルの存在に意識を奪われて、似非(えせ)魔術がバレずにすんだようだ。


 先ほどの若いシスター同様に年配のシスターも慌てて部屋を出て行くと、今度はやたら恰幅の良い禿げた男を連れてくる。魔眼で素性を確認した飛鳥はほくそ笑んだ。


 飛鳥は素早く腰を上げると自己紹介をして一礼をする。


「ポルコ様にお会いできるとは思っておらずこのような格好で失礼します」

「おっほん! 私のことを知っておるのかね?」

「もちろんでございます。次期枢機卿と名高い大司教であられるポルコ様のことを知らぬ者など私のまわりには一人としておりません」


 ポルコは満足そうに微笑むと、テーブルの上のミスリルに視線を落として唇の端をつり上げる。豚がエサの釣り針に食いついたようだ。


 ポルコに誘われるまま部屋を出ると、裏口から外に出て宿舎へと案内された。宿舎と言っても見た目は城かと思うような外観で中もまた想像通りだった。そして彼の私室だと言う部屋に通される。彼の教区は別の土地だが、今は教皇選のためにヴェラニディアに訪れいるのだとか。大司教の数はそれなりにいるはずだが、私室が用意されているところを見ると本当に有望筋なのだろうか? ポルコも見せつけるように連れてきた節があるのであながち間違ってはいないのかもしれない。


 こいつは都合が良い……。


 飛鳥はおしみない賞賛の言葉を並べてポルコを持ち上げた。彼からの心証をすこぶる良好に保ち、さっそく寄付の話を持ちかける。案の定、待っていましたと言わんばかりに食いついてきた。


「こうしてお会いできたのも神の思し召しでしょう。ポルコ様の布教活動のお力になれれば私も信徒として幸せです」

「おっほほ、アスカ殿は素晴らしい先見をお持ちのようだ。そのお気持ちには是非ともお応えしたいところなのだが……」

「なにか問題でも?」

「私とて大司教の端くれ、ミスリルがどれほど貴重かは知っておるつもりだ。一部の豪商や有名貴族が独占している現状であれほどのミスリルをどこで手に入れたのかと疑問に思ってのう……」


 なるほど。一応馬鹿ではないらしい。しかし目の前のエサがほしくてほしくてたまらい大司教様は安心がほしいようだ。一瞬の不安はあったが想像通りの小物だと安堵した。


「全てのミスリルが表で流通しているわけではございません。日の目のをみない物も多くございます。私のような無名の商人であってもやり方一つであの程度のミスリルはどうとでなるのです」

「あの程度……か」

「はい。私の身元はギルドが保証してくれておりますのでお疑いでしたらご確認ください」

「い、いや。決して疑ったわけではない。気になったことを口にしただけだ。アスカ殿がギルドに所属する正当な商人であることはよくわかった」

「それは良かった……」


 商業ギルドの名前を出した途端に態度を変えたところをみると効果はてきめんのようだ。本当に裏を取られたらまだカードも持っていないので、かけ出しの怪しい商人だと思われないかと心配したが、ポルコは将来のパトロンを逃がしたくないばかりに信用することにしたようだ。


 あとは『お願い』を聞いてもらうためにサービスしてやればいいだろう。


「それではポルコ様、今回はお近づきの印として100メニウィートほど寄付させて頂きます」

「100メニウィート!」


 大司教もビックリのお値段は約2億円。少々奮発しすぎたかもしれないが、これで大概の頼みは聞いてくれるはずだ。


 飛鳥は再びスキルを発動して似非魔術によるパフォーマンスをおこなうと、100キロほどのマテリアルを床の上に出した。


 その輝きと量を目の当たりにして言葉を失うポルコ。


「高純度のマテリアルでございます。お気に召されましたでしょうか?」

「……も、もちろんだ! アスカ殿の誠意に感謝する!」


 望外の結果にポルコはすこぶる満足そうだった。今もマテリアルを見る顔がにやけている。もう十分だろう……。


「ポルコ様に折り入ってお願いがあるのですが……」

「なにかね? 私とアスカ殿との仲だ、遠慮はいらん。言ってみたまえ」


 ついさっき会ったばかりだというのに、金の力はこうも簡単に人と人との距離を縮めることができるものなのか……。だが都合はいい。


「ありがとうございます。では……タース枢機卿にお取り次ぎ頂けますか?」


 ポルコの表情が曇る。真意をはかるような瞳を向けてきた。


「他意はございません。私は教会との末永いお付き合いを望んでおります。次期教皇と名高いタース様と今のうちから繋がりがもてれば、ポルコ様がいずれその座を誰かと争うことになったときにお力になれるかと思いまして……」


 少しわざとらしかったかと心配したが、ポルコは教皇という言葉に敏感に反応して、目の前のミスリルをじっと見つめるとニンマリした。


「アスカ殿の頼みとあってはむげに断ることもできん。よろしい、このポルコがタース枢機卿に面会できるように手配しよう……特別に」


 特別という言葉をやけに強調してきた。恩着せがましいが感謝の言葉をのべておいた。


「ふむ。しかしなにぶんお忙しい方なので、このポルコをもってしてもすぐお会いできるとはかぎらぬがよろしいか?」

「もちろんでございます。この後の予定もありませんのでゆっくり待たせていただきます」

「わかった。しばしここでくつろいでいてくれたまえ。なるべく早く戻る」


 ごゆっくり~。


 飛鳥はセカイレンズを発動するとポルコのタグに印をつける。それから目一杯認識範囲を広げた。これでポルコの位置をいつでも把握できる。タグの表示は壁などに阻まれることがない。しかし範囲を広げることによって余計なタグも増えるため、ある程度選別する必要がある。

 飛鳥は手早くすますとステルスウォーカーを発動させて堂々と部屋を出た。


 さて、どこに行けばいいのやら……。


 あまり時間がないし無理をするつもりはないが、せっかく施設内に潜り込めたのだから空いた時間に囚われの女王を探し出すつもりでいた。


 しかし手がかりがない。普通なら地下でも探せば見つかりそうだが、裁判にかけられるまではそれなりの待遇で扱われているはずだ。となると客間のような場所を探せばいいわけか……。


 飛鳥は魔眼とセカイレンズを併用しながら施設内をこそこそと走り回った。いくら存在感がなくとも音などで気づかれる可能性があるので、人とすれ違うときは足音をたてずに進む。


 だいたいマッピングが終わったところでめぼしい場所を洗い出すと、宮殿があやしいように思えた。空振りでもかまわないので飛鳥は宮殿内に侵入した。


 関係者の数がぐっと減るこの場所はかつて教皇が住居として使用していたらしい。今は新築した方に移ったようで、こちらの宮殿は使用されてないはずだ。それなのに中には数名のタグが浮かんでいる。


 中には衛兵が数名いた。なにも使われていないはずの施設にだ……。疑う余地はないだろう。


 飛鳥は衛兵たちの間をすり抜けると目的の部屋へとついた。ドアノブに手をかけたところで思い止まる。場合によってはここから脱出することになるので、堂々と素顔を晒すわけにはいかない。

 アイテムストレージの中から使えそうなものを探していると、買ったおぼえのないものを見つけて戦慄した。


『 ヴェラニディアローブ 』


 どういうことだ? あれか? 捨てられない呪いの防具の類なのか?

 それにしたってどから紛れ込んできたのか?

 露店でも防具屋でも拒否したはずだ。他に思い当たる節など……まったくないとも言い切れなかった。もしかしてと思いローブの前後のアイテムを見てみると先ほど売店で買ったアクセサリーの類が目についた。


 店員がオマケと言ってサービスしてくれた物の正体に気づくと、呪われた宿命を感じた。手持ちのアイテムで変装できそうな物といえば、信仰第一と刺繍されたこのいかれたローブと祭事用らしいミスリルの仮面だけだった。


 時間に余裕がありさえすれば絶対に着ないし被らない二つのアイテムを取り出すとしぶしぶ装備する。我ながらダサいと思いながらもそっとドアノブを回して中へと入った。


 30畳はあるであろう広い部屋の隅で、窓の外をもの悲しげに眺める少女の姿があった。まだ十代の幼さを残していながらも大人びて見える凛々しい横顔に思わず見とれてしまう。肩までかかる銀髪がサラサラと風にゆれる。その愁いを帯びた銀色の瞳はなにを見ているのだろうか……。


 興味を引かれた少女の正体を魔眼で確認する。予想どおりリーヴス王家の生き残り、ソニア・エム・リーヴス女王その人だった。


 飛鳥はそっと彼女の背後にまわるとスキルを解除する。


「こんにちは、女王陛下。できればそのまま振り向かずに私の話を聞いて頂きたい」


 振り返ろうとしたソニアは飛鳥の牽制により思い止まる。肩の震えがいじましかったが、時間もないので話を続けた。


「家臣の方が陛下の救出をすべく動いています。ですが……随分と手こずっているご様子……あなたが望むのなら今すぐに私が助け出しましょう――」

「その必要はありません」


 不安などおくびにも出さずに否定される。予想していなかった事態に飛鳥の方が面食らってしまった。


「……よろしいのですか? 裁判で有罪が確定すれば苦労して復興した国を教会に奪われるのでしょう?」

「略式ではありますが既に王位は弟に譲りました。たとえ私が裁かれようともフィリラ王国が責任をとる必要はありません」


 連れてこられる段階で手を打っていたということか……。それが本当ならイオスが言うほど簡単にのっとることはできないだろう。それにしたって……。


「理不尽な裁判に対して思うところはないのですか?」

「…………」

「では……フィリラ王国が神災に見舞われた原因が黙示録を生き延びた者をかくまったことだとお認めになるおつもりか?」

「……それが私にできる最後の仕事ですから」

「どういう意味ですか?」

「神災とは神の試練などではなく……神々にとって都合の悪い者たちの命を奪うただの虐殺行為だと証明いたします」

「教会がそれを認めるとでも?」

「一人でも多くの方が目を覚ますきっかけになればいいのです」


 随分とリターンの少ない賭だ。リスクを確実に背負う分たちが悪い。それをわかっていながら甘んじて受けるソニアの覚悟はたいしたものだが、飛鳥には自暴自棄にも見えた。


「まるでご自分を責めているような行動ですね」

「…………」

「かくまっていた王家の血をひくハイエルフに何かふくむところでもおありか?」


 ソニアの肩が震えた。かくまっていた者については秘匿事項だったからだろう。


「……あなたは何者ですか? もしかして……使徒?」

「使徒……とは?」

「……地上に生きるものでありながら神につかえる者のことです」

「なるほど……神族の犬というわけですか」

「!」

「ご安心を。神に食らいつく牙はあれど振る尻尾はありません」

「……罰当たりな方ですね」


 ソニアの華奢な体から緊張が抜けたようだ。飛鳥は本来の目的を口に出す。


「かくまっていたハイエルフの安否はわかりますか?」


 再び彼女の体が緊張でかたまる。飛鳥は答えを催促するようなことはせずに黙って待った。


「……なぜそのような質問を?」

「知人の……家族かも知れませんので」


 迷ったが白状した。ハイエルフの関係者であることはできるかぎり秘密にしておきたかったが彼女には隠すべきではないと思ったからだ。


「……わかりません。あの日以来あの子には会っていませんから……。でも、きっと生きている。私はずっと信じています」


 それだけ聞ければ十分だった。本当なら助ける見返りに聞き出すつもりだった情報なので聞けずじまいに終わるところだった。彼女の心遣いに感謝して礼を言うと一つお願いをされた。


「私の救出に動いているのはイオスたちですね?」

「そうです」

「ではイオスに私の気持ちはかわらないとお伝え頂けませんか?」


 飛鳥は少し迷ったが承諾した。再びスキルを発動しようとした飛鳥をソニアのうわずった声が静止させる。


「お名前を……教えてくださいませんか?」


 名乗るべきだろうか?

 飛鳥は迷った末……。


「仲間からは……提督と呼ばれています」


 それだけ言い残して気配を消すと、飛鳥は振り返ることなく部屋を出た。


16話の予告とタイトルが変わってしまいました。混乱されていたらごめんなさい。すぐに枢機卿に会う流れでしたが思いのほか長くなってしまいましたので枢機卿への謁見は次回に。


次回 第 18 話 《 枢機卿 》

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