第 16 話 《 情報 》
道具屋の老婆からすすめられた酒場に来てみると、想像通りの店だった。
店を出るときに情報を売ってくれそうな人物がどこかにいないかと聞いてみると、この店を紹介された。こぢんまりとした店内の空気は煙草の煙でよどんでいてあまり長居したくない。まばらにいる客もどこか影があり、近づきがたい雰囲気の者ばかりだった。
そうそうに引き上げよう……。
魔眼を使い店内にいる全ての客のパーソナルデータを暴くと、カウンターの奥に座る女性の隣に腰掛けた。少々化粧が濃いが、美人の部類に入る容姿をしている。下着のような服装を着た、一見すると水商売風の女の正体こそ、盗賊ギルド所属の情報屋だった。
「こんばんは」
「あら……どこかでお会いしたかしら?」
飛鳥は首をふると情報を売ってほしいと伝えた。
「情報……なんのことかしら?」
用心深いのだろうか?
ステータスを見れば一目瞭然なのでこの女で間違いないはずなのだが……。
「一見客はお断り……かな?」
飛鳥はストレージから取り出したペトル金貨をとりあえず10枚小袋に入れて、彼女のグラスの横に置いた。
女は一瞬迷ったような素振りを見せるが、すぐに笑顔を見せて小袋を胸にしまった。もう取り戻せそうにない……。
「今日は特別にサービスしちゃう」
OKのようだ。現金だがわかりやすくていい。
「それで、何を聞きたいのかしら?」
「まずは……アースガルドという言葉は知っているかな?」
女は首を横に振ったがとくに落胆はしなかった。情報屋が取り扱うような内容でもない。どちらかと言えばアース教のお偉方に聞いたほうが成果が望めそうだ。
「なら……最近フィリラ王国からこの国に連れてこられた重鎮について教えてほしい」
女は視線を外して口をとざした。10万ペトルほどでは聞き出せない情報らしい。
しかたがないので金貨を10枚うわのせした。しかし女はチラリと見ただけで再び視線をそらす。がめつい女だ。
このまま駆け引きをしてもいいのだが、そもそも相場を知らないので時間が掛かりそうだと思い今回はやめておいた。
さらに80枚の金貨を麻袋に入れて彼女の前に置くと、すましていた唇がひきつったのでやり過ぎたかなと反省する。
しかし効果はてきめんで、口元をほころばせた女は肩を寄せてきた。
「一昨日の晩のことよ。この国では滅多に飛ばさない飛空艦が何隻も軍港に戻ってきたの。それも一隻の飛空艦を守るように厳重にね」
「何隻もか……そのうちの一隻は満身創痍じゃなかった?」
「いいえ。でも……昨日の昼過ぎに戻ってきた軍艦は被弾していたって話よ」
途中で乗り換えたわけか……。
三日前に飛鳥たちが救った艦がまさにその飛空艦だったのだろう。
「それでその厳重に守られた飛空艦に乗っていた人物は?」
「フィリラ王国の女王ソニア・エム・リーヴスよ」
「女王?」
「そう。30年前の神災で滅びかけた国を立て直した救国の姫君」
どうやら神災で生き残った王族らしく、ヴェラニディアの支援を受けて復興を成し遂げたらしい。かつては最寿の姫君と呼ばれた麗しのプリンセスだった彼女も、今ではたいそう立派な女王になられたそうだ。
「しかしなぜ女王がヴェラニディアに?」
「残念ながらそこまでは……でも、呼びつけたのはタース枢機卿だから次期教皇選に絡んでいるのは間違いないわね」
ここからは予想だと前置きして話した内容は信じがたいものだった……。
現教皇の退位は決定しているらしく、遠からず次期教皇選挙がおこなわれるらしい。有力な枢機卿は二人おり、そのうちの一人はサピエン・タースと言うきな臭い話が絶えない野心家で、この男は過去にアース教会に帰属する豪商や貴族を何人も宗教裁判にかけて葬ったことがあるそうだ。もっともらしい理由で追及はするが、実のところ自分の権力を脅かす存在を消していたのだからその傲慢さが伺える。
今回は対抗馬である、人格者と名高く信者たちから絶大な支持を得ているインサニア・クーラ枢機卿を蹴落とすために、ソニア女王を利用するつもりではないかというのが彼女の考えだった。
「つまりソニア女王はクーラ枢機卿の泣き所になると?」
「フィリラ王国の支援に篤志したのが当時大司教だったインサニア・クーラだからね。普通では考えられないような額の金と人材を投入して復興させたって話なのよ」
私的な事情が絡んでのことではと、今更蒸し返そうとしているわけだ。
ようやく儲け話の全容が見えてきた。
彼女から聞き出せそうな情報はここまでのようなのでお礼を言って店を出る。
帰り際にマスターの前に金貨一枚置くと恭しくお辞儀をされた。大丈夫だとは思うが、一応口止め料とチャージ料のつもりだ。
さて、どうしたものか?
思っていた以上に複雑な話だったようで正直、首を突っこみたくはないのだが……。
「ひょっとして余計なことしちゃったのか……」
助けたつもりの艦に乗っていたのが女王で、その人物を助け出そうとしている勢力がいたということは……偶然の一致と考えるのは強引な気がする。
道ばたで悩んでいてもしかたがないと思い、飛鳥はセカイレンズを発動して昼間に利用した酒場付近へと歩いて行った。
何件かの店を見てまわっていると、一階で酒場を経営している宿屋で目的の人物をみつける。少し迷ったがスペシャルスキルを選択して中へと入った。
宿屋が経営している酒場だけあって客入りはいいし、客層も良さそうだ。巡礼者たちや観光客はそれぞれのテーブルでにぎやかに談笑していた。
そんな雰囲気のいっかくで、真剣な顔をつきあわせている客がいた。飛鳥がは男たちの視界に入らないようには気をつけたが、堂々とカウンターに座る。
端の方なので目立つ場所ではないが、飛鳥の姿を視認している者は誰もいなかった。試しに使ってみたものの、このスキルの効果はなかなかすごい。
『 ステルスウォーカー 』
『 存在感の希薄が度を超して認識すらされなくなった孤独なオレ…… 』
説明はやっぱりアレだが、ようは認識を阻害するような効果があるのだろう。最強のぼっちスキルの効果に戦慄を覚える。まちがっても常駐などしないようにしよう。知り合いにまでシカトされたらメンタルがやられそうだ。
そしてもう一つのスキルを選択する。
『 ガンマイク 』
『 聞き耳を立てて隣人の秘密を暴け! 』
おそらく集音効果があるのだろう。プライバシーの侵害もはなはだしいが、この距離では会話の内容が聞き取れないのでやむをえまい。しかしなんだってこんなスキルをおぼえたのだろうか?
レベルが上がるにつれて人間性が失われていくような気がする……。
今は考えないようにして聞き耳に集中した。
「あんた……いくらなんでもいかれてるぜ」
「待ってくれ! こんなボロい儲け話はそうそうないぜ!」
「教会を敵にまわせばどうなるかぐらいわかるだろ? 簡単な仕事だろうがリスクに見合わねえんだよ。この話は聞かなかったことにする……他をあたってくれ」
体格のいい冒険者風の男が席を立ち去っていく。その背中に手を伸ばした男は崩れるように腰掛けた。なんとも見ていて辛い。声を掛けるべきかどうか迷っていると――突然視界が遮られた!
「いらっしゃ~い! お客さん、何にします? まずは一杯いっときますか?」
飛鳥の前に立ちはだかったのは年若いウェイトレスだった。
馬鹿な!
スペシャルスキルを破っただと?
入店してからこのかた誰の視線も感じなかった。他のウェイトレスだって何度も通りすぎていたのに、この子はハッキリと認識している。
動揺しつつも魔眼を発動してその理由が判明した。
『 ノーマルスキル:接客 Lv.9 』
『 クラス:グランドチャンピオン 』
『 接客コンテストの王者。長時間の接客にも耐えられる足腰と精神力を兼ね備えた真の給仕。きめ細かい対応に感謝するリピーター多数 』
よくわからないがレベルだけ見ればドラゴンスレーヤーと同じクラスであることは間違いない。スペシャルスキルに分身オーダーなんてのもあるし手練れのウェイトレスであることは疑いようがないだろう。
接客防衛術なんてのも身につけいるようなのでおとなしく度数の低い酒とつまみを注文した。
「かしこまりました~。ただいまお持ちしま~す!」
ウェイトレスの笑顔が残像と共に消えると、その背後のテーブルにいた男と目があった。
「旦那……」
消沈していたカペタの顔に生気が戻る。気配も感じさせずに現れたウェイトレスが酒とつまみを置いていくと、図々しくもカペタが隣に座ってきた。
「きっと来てくれると思ってたぜ!」
調子の良い男だ。しかし気になって来てしまったのは本当のことなので否定はすまい。とりあえず乾杯することにした。
カペタはジョッキを置くと肩を寄せてきた。先ほどと似たようなシチュエーションなのだがちっともうれしくない。
「それで、受けてくれるんだよな?」
「いや、その……詳しい話を聞かないことにはなんとも」
「なんだよ。旦那ほどの男が何を恐れることがあるんだ?」
「……教会とか」
カペタの顔に焦りの色が浮かんだ。
「どこでそれを……」
集音スキルで盗み聞きしたとも言えずに答えずにいると、カペタは諦めたような顔をした。
「降参だ。全部話すよ」
カペタの語った話は概ね情報屋の予想どおりだった。付け加えるならタース枢機卿の狙いが思っていた以上にえげつないということぐらいか。
「タースに財産を奪われた貴族や豪族は大勢いる。あの野郎は女王陛下を裁判で有罪に仕立て上げてフィリラ王国をのっとるつもりなのさ」
「のっとりですか……。しかしかりにも一国の王を裁けるものなんですか?」
「いまの国民は神災後に流れてきた者が多い。それに支援と称して布教しまくった成果で生き残った国民のなかにも改宗したものが大勢いる。もしも……」
カペタが言いよどむ。
「もしも?」
「……神災の原因が王家にあると認められれば国民は黙っていないだろう」
原因と言われて思い出す。フィリラ王国はルカの家族のかくまっていたばかりに神族に狙われたのだと……。
のっとりが可能なのかはともかく、女王の地位が危ないのは間違いないだろう。だからこそこの男は名前を偽りこの国に駆けつけたのだ。
「だから頼む。旦那の力を貸してくれ」
「…………」
「なあ、話せることは全部話した。だから――」
「全部ではないでしょ。フィリラ王国近衛隊長イオス・カーゴ殿」
偽名を見破られたイオスの両目が見開かれる。それも一瞬のことでカペタのときの陽気な顔つきを消すと本来のすごみを見せた。さすがはレベル40の聖騎士。妙な動きを見せたら瞬く間に斬られそうだ。
「貴様……何者だ?」
「言ったでしょ。駆け出しの商人だと。職業柄情報収集は欠かさないようにしているんですよ」
「なるほど……そういうことにしておこう」
本当のことなのだが信用がないというは辛いものだ。さて、本題に入ろうか。
「救出するのはいいとして、その後どうするつもりなんです? 教会を敵にまわすことにはかわりないでしょう?」
「時間を稼げればいい。クーラ殿が教皇になればタースは失脚する」
なるほど。タースの失態にも繋がるわけか。おそらくこの男はクーラ側に繋がりがあるのだろう。
「時間を稼げばいいのなら出頭を拒めばよかったのでは?」
「……陛下は何もやましいことはないと言って出て行かれたのだ」
もちろんイオスたちは止めたようだが、臣下のなかにもアース教徒はいるし、復興支援を続けもらった恩義がある教会の意向を無視することもできず、出頭を受けざるをえなかったという理由もあったようだ。
しかし黙って指をくわえて見ていたわけではない。空賊を雇い移送中の飛空艦を襲わせたそうだ。危険ではあったが国境をこえられては手も足もでなくなると判断して強行した。そして結果は……。
申し訳ないことをしたと心の中で謝罪しておく。
「もう我々には時間がない。これが最後のチャンスとなるだろう。だから……手伝ってはくれまいか?」
責任は感じている。だが……。
「すみません。俺には荷が重すぎる。お断りいたします」
飛鳥は席を立ちイオスに背中を向けたが食い下がってはこなかった。
飛鳥はもう一度心の中で謝罪すると、決心をかためて店を後にした。
第 17 話 《 女王と提督 》




