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第 15 話 《 再会 》

 逃亡者の捜索はその後も行われたようだが、きっと捕まってはいないだろう。

 衛兵に情報を流しておこうかとも思ったが、あまり心証のよくない自分が関わり合いになるのもどうかと考えやめておいた。


 それから飛鳥たちは今日の宿を決めて、近くの店で早めの夕食をとることにした。


 今晩のディナーはヴェラニディア名物『モンクの晩餐』と『シスターの晩餐』を頂くことにした。ご当地グルメに期待して待つこと半刻……飛鳥の期待は大いに裏切られた。


 目の前のトレイにのっているのは、よもぎパンに野菜のスープ、あとは蒸かし芋と干し肉。ルカとイラが注文した『シスターの晩餐』の方には、干し肉の代わりに申し訳程度の果物がのっているだけだった。


 ここが宗教都市であること、そしてメニュー名から察するべきだった。他の客の様子を見ると、巡礼者と観光客の反応は見事に二分しており、推して知るべし……。


 無論、飛鳥たちも観光客と同じ反応であった。せめてもの救いはよもぎパンのように見えた緑色のパンは、疲労回復に効く薬草を練り込んだもので、匂いはバニラエッセスのように甘く、フランスパンのような堅めのパンが主流なこの世界にしては珍しい、ロールパンのような柔らかい食感のパンだった。

 ルカもイラもこのパンだけは満足したようだ。


 ひとしきり名物にたいしての駄目出しを終えると、話題は昼間見た逃亡者の話に移った。飛鳥が感知した攻撃について話すとイラがやけに食いついてきた。


「それは間違いなくエレメンタルアローだったのでございますか?」

「ああ。間違いないよ。偶然放たれたというよりは衛兵の足止めをするために青果店を狙ったように見えた。」


 イラは顎に指を当てて何やら逡巡したのち口を開いた。


「エレメンタルアローとは精霊魔法でございます」

「魔法……ということは妖精族がいたのか?」

「おそらく」


 この国に訪れる妖精族は非常に珍しいはずだ。


「つまり偶然居合わせたわけではないと?」

「必然と考えるのが妥当かと……そもそも精霊魔法というのは使い手の少ないレア魔法でござまして、偶然居合わせることなどまずないでしょう」


 聞けばイラもルカも使用できないらしい。ステータスを見たかぎり、二人はかなり優秀な魔法使いだ。その二人が使用できないのだから本当にレアな魔法なのだろう。


 そんなレアな魔法使いが逃亡の手伝いをしたのだから、あの黒衣の人物も只者ではないのかもしれない。たしかに機敏な動きには飛鳥も目を見張ったほどだ。


「カペタの話もあるし……なんか事件でも起こりそうな雰囲気だな」

「そうでございますね……早めに出航した方がいいかもしれません」

「だな。ミスリルの件が片付いたら必要なものを買い揃えて出国しよう」


 話はまとまった。ルカにも意見を聞いておこうかと思ったのだが、見るとこくりこくりと船をいでいた。どうやら追加注文したよもぎパンもどきを食べて満腹になったらしく、急激な睡魔に襲われているようだ。


「今日はもう宿に帰って休もうか」

「それがよろしいかと。わたくしはギルドに行って宿の場所を知らせておきます」

「そうだね。頼むよ」


 査定が終わりしだい連絡をくれるように言っておけば、わざわざ確認のために足を運ぶ必要がなくなる。そちらはイラに任せることにして、飛鳥はルカを連れて店を出た。


 宿に戻ると部屋のベッドに倒れ込んだルカの体にシーツをかけてやる。すぐさま寝息をたてて幸せそうな顔を浮かべて寝てしまった。


 本来なら風呂にでもいれて綺麗な体で寝かしてやりたいところなのだが、あいにくとこの宿には風呂がない。グレード的には一般価格の宿なのだが、それでも風呂はなかった。どうも風呂というのは高級な宿にしかないらしく、手持ちの資金では三人分の宿泊費を工面することができなかったので諦めた。


「やはり封印を解くしかないな……」


 飛鳥がひとりごちる。実は妖精艦内には風呂場があった。艦内マップで確認できるので間違いない。みつけたときには歓喜したものだ。

 なんせエルフたちは新陳代謝が悪いのか、汗やら垢やらがでにくくほとんど汚れないのだ。そのためたまに行水するだけでいいのだと教えられた。


 飛鳥は世界の理から逸脱した存在であるはずなのだが、普通に汗もかけば汚れもするので行水程度で満足できるはずもない。だからこそ風呂場の存在を見逃すことができなかったのも道理だろう。


 しかし――ッ!


 なんと風呂場の入口が結界により封じられていた。提督の権限をもってしてもドアは開かなかった。条件が揃わないと結界はとけないとメッセージさんが教えてくれるまでドアの破壊に躍起やっきになったものだ。


 内装までも頑丈な妖精艦の性能が恨めしかった。いつの日か必ず封印をとき、妖精族に風呂の素晴らしさを教えてやるのだ。そう誓って今日も行水で我慢した。


 それから一刻が経ち、さっぱりした気持ちで部屋に戻ってくつろいでいる。

 まだ日が暮れたばかりで寝るには早すぎた。アルコールに興味があれば酒場にでもくり出すところだが、あいにくとそういったたしなみはない。しかし酒場に行く必要性は感じていた。目的はそう……情報だ。


 アース教の総本山ならばアースガルドについての有益な情報を得られるかもしれないと考えていた。

 酒場に情報が集まると楽観しているわけではないが、なにかしら得られるものはあると思う。むやみに滞在期間を伸ばすつもりはないので、限られた時間を有効に使おうと、飛鳥はベッドから起き上がり部屋を出た。


 隣の部屋でぐっすりと眠るお姫様の寝顔に出掛けることを告げて、飛鳥は宿屋を出ると酒場へと向う……前に少々道草することにした。


 昼間ほどの賑わいはないがそこそこ人通りのある路地をぬけて、街灯の少ない脇道に入ると目的の看板を見つけて中へと入った。


 薄暗い店内にはいつくもの棚が並び、多種多様の商品が置かれている。

 飛鳥が入った店はいわゆる道具屋と呼ばれるところだった。だが表通りにあるような健全な店ではなく、少々訳ありの品を取り扱う道具屋だ。魔眼の力がなければ到底見つけられなかっただろう。本当に役立つスキルだ。


 飛鳥は店内のものをざっと見てほくそ笑むと、カウンターの奥で様子を伺っていた老婆に声をかけた。


「なんだい? ここはあんたのような坊やが来る店じゃないよ」


 まあ言わんとすることはわかる。この店の品は素人目にはわからないような貴重な物ばかりだ。つまりそれ相応の値がついている。駆け出しの商人風情が足を踏み入れるべき店ではないと言っているのだ。


「そう邪険にしないでよ。こいつ買い取ってほしいんだけど……」

「なんだ、宝石――ッ!」


 飛鳥が差し出した小袋の中身をのぞいた老婆が目の色を変える。小石ほどのものを一つ取り出すとガラスのような瞳で覗き込んだ。そして……にやりと笑うと飛鳥を見据えた。


「上物じゃないか。これほどのマテリアルはそう滅多にお目にかかれない」


 老婆は鑑定鏡を使わなかった。それでも本物のミスリルだと見抜いた。それも職業欄を見て納得する。


『 職業:鑑定士 』


 本職ならばスキルを使うまでもないようだ。話が早くて助かる。


「一応聞いておくが……盗品じゃないだろうね?」

「もちろん。アンタの目利きならわかるだろ?」

「……そうさね。悪かったよ」


 簡単に引き下がってくれて内心ホッとしていた。火事場泥棒的に入手した品である。後ろめたくはないが、なんらかの疑惑も待たれるようならギルドに預けているいる分を回収する必要がある。


「それで、いくらで買い取ってくれんだい?」

「そう急ぐもんじゃないよ。どれ……」


 老婆は全てのマテリアルを袋から取り出して一つ一つ手にとって目をこらした。

 この店に来たのは小銭稼ぎとギルドで聞きそびれたミスリルの相場を知るためだ。

 この程度の量に抑えたのはギルド職員の反応を気にしての配慮だ。少々大袈裟な気はするが、警戒するこしたことはない。元の世界で200キロほどの鉄屑売りに行った経験があるが、5000円程度にしかならなかった。

 レアメタルならば鉄ほど安くはないだろうが、所詮小石ていどの大きさだ。100グラムあるかないかのマテリアルが10個ではたいした金額にはならないだろう。そう思っていたのに……。


「全部で200万ペトルだ」

「はあ?」

「なんだい? これでも色をつけてやってんだよ。この大きさのマテリアルじゃあ、いくら純度が高くても武器にはならない。せいぜいマジックアイテムの付与媒体か、装飾品にしか使い道がないのさ」


 別に不満を口にしたおぼえはない。単純に驚いただけだ。つまりミスリル[良]の価値は……。


 1グラム=2000円!


 鉄屑なんて1キロで25円ほどだったのに……。

 そういえばスマートフォンより小さい1キロの地金が400万円で売っていたのを見たことがある。つまり1グラム4000円ということだ。金の半分ほどの価格だが破格なのは間違いない。比重はよくわからないが、イラが持っていたペトル金貨も2グラム以上はあるように見えたので、現在の地球の相場に近いようだ。


 アイテムストレージのすみにあったようなカスマテリアルを売っただけで200万円転がりこんできたのだ。驚かないわけがない。飛鳥が唖然としていると、老婆の舌打ちが聞こえた。


「若いくせにがめついねえ。わかったよ。220だ。これ以上は諦めとくれ」


 勘違いした老婆が勝手に値を上げてくれた。ひょっとしてもっとつり上げられるのかとも思ったが、飛鳥の反応を見ながら冷や汗を流しだした老婆を哀れに思いやめておいた。


 店を出た飛鳥の懐にはごっそりと金貨のつまった麻袋が入れられていた。本来ならうれしいはずなのにこの重さが気持ちを暗くさせた。


 ギルドに置いきたミスリルのことを考えると胃が痛くなる。小石程度の量を売って200万ペトルだ。全てが[良]ではないにしろ、あの量では[可]でも相当な価値があると思われる。


「いくらになることやら……」


 想像ができないので考えるのはやめておこうと思う。

 飛鳥は悩みを振り払うように早足で酒場へと向かった。


 ◆


 イラは夜のとばりが下がりはじめた路地を早足で歩いていた。


 簡単なおつかいであったはずなのにずいぶんと時間を食われた。それもこれも人族の職員がやたらともてなしてきたからだ。


 必要ないというのにお茶と茶菓子を振る舞ってくるのだ。そのうえアスカのことを持ち上げて、将来は名のある豪商になること間違いなしなどと褒め称えた。


 メイドとして将来の伴侶としは人族の戯言とはいえ付き合ってやらないわけにもいかず、しかたなく話を合わせてやった。本当なら豪商などという小さな器に収まることなどありえないと説いてやりたいとろだが、いまは目立つわけにはいかないので黙って聞いてやった。


 そのせいで伝言一つ伝えるだけの仕事に、ずいぶん時間をかけてしまった。アスカに無能だと思われないかとか、ルカが腹を出して寝ていないかとか、心配事にやきもきしながら歩いていると、突然路地の影に気配が現れる。

 思わず立ち止まったイラの前方には濃いグリーンのフードをかぶった小柄な人影が立っていた。


 その姿に見覚えがあったイラは眉間に皺を寄せた。


「そう怖い顔をするなよ。イラ・ルプス・エオロ」

「どちらさまでございましょうか?」


 フードを脱いだ人影は、自分の特徴的見せつけるように、長くしなやかなブロンドの髪をかきわけた。見せつけてきたのはその美しい顔ではなく、特徴的な先の尖った長い耳だ。


「この耳に見覚えがないとはいわせない」

「お前の耳自慢など聞きたくもない。ロニー・ユル・フット」


 知らぬ存ぜぬでとおそうかと思っていたのに、くそ長い『ロニーの耳自慢』がはじまるかと恐れて思わず返事をしてしまった。


「こんなところで立ち話もなんだ。一杯やりながら旧交を温めようじゃないか」

「悪いが急いで宿に戻る必要があるのでな。失礼する」


 ロニーを迂回しようとしたら回り込まれた。


「そう邪険にするなよ。昼間のことでちょっと相談があるんだ」

「……やはりあの精霊魔法はお前の仕業か」

「ご名答。よく気づいたな。それとも……教えてもらったのか? あの人族に」


 ロニーがアスカに興味を抱いているようなら近づけさせたくはなかった。


「警戒するなよ。今アンタが誰に雇われているかなんて興味がない。アタシはアンタと話しがしたいのさ」

「……いいだろう」


 この女がしつこいのはよく知っている。なんせ冒険者時代には長いこと一緒に旅をした仲だ。目的はどうあれ旧交を温めたいという申し出はうれしくもあった。


 手近な酒場へと入ると灯りが不足している角の樽テーブルに腰を下ろした。狭いテーブルで、顔をつきあわせて話すような内緒話をするにはもってこいの席だ。


 ウェイトレスをつかまえたロニーが早速酒を注文するとすぐにテーブルへと届けられた。再びフードをかぶっていてもこういう店では誰も気にとめない。イラもドミノをかぶったまま酒をあおった。


「良い飲みっぷりじゃないか。こうしてアンタと飲むのも50年ぶりか?」

「そうだな」

「へー、ずいぶん落ち着いたじゃないか。あれだけ毛嫌いしていた人族に仕えていられるわけだ。あの男に……牙でも抜かれたのか?」

「ゲスの勘ぐりはよしてもらおう」

「……悪かったよ。今日は昔なじみに出会えて興奮してるのさ」


 相変わらずなれなれしい女だ。冒険者として付き合っていたころと何一つかわっていない。


「それで、相談とはなんだ?」

「そうせくなよ。おねーちゃん! おかわり!」


 酒の追加がくるまでとりとめのない話題をふってくるが、何一つ興味がわかなかった。それにしてもロニーにしてはやけに羽振りが良い。


「いつも金穴に喘いでいたお前がなつかしいな。借金は返し終わったのか?」


 陽気だったロニーが急に押し黙った。


「お前まさか……あれから50年だぞ?」

「う、うっせー! アタシだって頑張ってるんだぞ! ほんとだぞ!」


 子供のようなことを言う。たいしてかわらない歳だというのにまるで成長していない。見ていて恥ずかしくなってくる。


「つまり……相談とは金の無心か?」

「ち、違う! 馬鹿にすんな! そうじゃなくておいしい儲け話をもってきてやったんだ!」


 デジャブかと思ったら、内容までそっくりそのまま同じだった。


「その話なら昼間主が断ったところだ。ゆえにわたしも乗るきはない」

「え! マジで? ま、まあ、そう言わずに考えなおしてくれよ」

「断る」

「そこをなんとか――」

「こ・と・わ・る!」


 ロニーが口をへの字に曲げると、残りの酒を一気に飲み干した。諦めたかと思ったその顔には陽気さの欠片もなく冷たい表情を浮かべていた。


「なら……あのときの借りを返してくれ」


 有無を言わせぬその言葉はイラの口を閉ざした……。


次回 第 16 話 《 情報 》

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