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第 14 話 《 儲け話 》

 冒険者ギルドを追い出された飛鳥たちはメイン区画からさらに離れて下町のような路地を歩いていた。


「こっちの方は賑やかだな」


 メインストリートほどではないが、冒険者ギルドの周辺に比べれば活気がある。

 ぽつぽつと露店もあるし、道具屋のような店も見かける。巡礼者たちの姿もちらほらと見かけた。


「この辺りには安い宿があるんで金のない観光客や巡礼者がけっこう集まってくるんですよ」


 飛鳥たちを引き連れていた男が振り返り、にわか知識を披露する。カペタと名乗ったこの男は先ほどの喧嘩をとめに入ってくれた勇敢な冒険者だ。

 話してみると気さく奴で、まじめそうな顔に似合わずお調子者だ。この国に来て日が浅いというのにガイド気取りで説明までしてくれている。


 なぜカペタと行動を共にしているかというと、先ほどの喧嘩の一件で飛鳥たちは衛兵に目をつけられてしまったのだ。はじめは注意だけだったのだが、相手が森林大帝だと知るやいなや詰問にかわった。どうもあのライオンは有名人らしく、悪党に命を狙われた商人となると、疑わしい取引をしているのではないかとかんぐられたわけだ。

 ミスリルの件もあるし、あまり詮索はされたくない。どうしたものかと困っていたところを、カペタが擁護ようごしてくれた。他の冒険者たちは相変わらず目も合わせてくれなかったので本当に助かった。


 衛兵に解放された飛鳥はなにかお礼をしたいと申し出た。それなら酒でも……というわけでカペタに酒をおごるため、昼間っから酒を出してくれる酒場へと向かっているわけである。


 しかし昼間っから酒とはろくでもない大人だ。

 ここにいたるまでに何件かの酒場を通りすぎたが、どこも閉店中の札が掛けられていたところみると、この世界でも酒を飲むのは夜という暗黙の了解があるのだろう。


 とうぜんそんな場所にルカを連れて行くわけにはいかない。だが……。


「子供さんが喜ぶ甘いデザートなんかもありますよ」


 なんてカペタが余計なことを言うものだから、うちの甘党が瞳をキラキラさせて、早く行こうと催促してきたのは言うまでもない。結局ルカを落胆させるわけにもいかないのでこうして連れて来たわけだ。


「ここですよ。ささ、どうぞどうぞ!」


 外観はともかく中はわりと小綺麗な感じの店だった。酒を飲んでいる客もいるが大声を出して騒いではいない。なんとなく落ち着いた感じの喫茶店という雰囲気の酒場だった。


「この店はこの辺りにしては割高なんで客層がいいんですよ」

「なるほど……」


 おごりだと思って高い店に案内されたらしい。くそ、お調子者め。

 テーブルに座りメニュー表を見るイラの様子をうかがい、小さく頷いたのを確認してホッと胸をなで下ろした。おごるなんて勝手に口にした自分もお調子者だと反省する。


 そんな飛鳥の心情も知らずにカペタは遠慮なく酒を注文する。ルカも負けじとスイーツらしいメニューを注文していた。張り合わないでほしい……。


「旦那は飲まないんで?」

「アルコールは苦手でして……」


 飲めなくもないがすぐに気分が悪くなるので自分からすすんで飲むことはなかった。付き合いで一杯や二杯ならかまわないが、そうでなければウーロン茶で十分だ。


 さすがに異世界のメニューにウーロン茶はなかったが麦茶があったのでそれにした。イラは上品に紅茶を注文していた。もちろんスイーツも忘れずに。


 乾杯という雰囲気でもないが、カペタに誘われるまま軽くグラスをぶつけ合った。いい飲みっぷりだ。飛鳥も麦茶で応戦すると、隣に座っていたルカもミルクをごくごくとやりだした。


「ぷはッ」


 小さな口で無茶するものだから案の定こぼした。カペタにつられてルカも笑っているので行儀は悪いが目をつぶろう。酒の席だし無礼講だ。と思ったがまわりの視線が気になったので宴会は即中止した。


「しっかしお嬢ちゃんはすごいなあ!」

「?」

「旦那の殺気に耐えられる胆力の持ち主なんてそうそういないぜ」

「提督はこわくありませんよー!」

「ていとく?」


 困惑したカペタにあだ名のようなものだと説明しておく。この程度で身バレするようなことはないと思うが、今後のことを考えると注意する必要があるかもしれない。


「あだ名ねえ……まあいいや。それより旦那、あんなスゲエ殺気を放てるなんてさぞ有名な冒険者なんだろ?」

「冒険者じゃありませんよ。私は駆け出しの商人です」

「はあ?」


 適当に話をでっちあげてこの国には取引に来たと言っておく。しかしまったく信用されなかった。


「またまた~。人族であのレベルの殺気を放てる奴なんてそうそういないぜ。それもその若さでだ。相当な修羅場を潜ってなけりゃありえない!」

「そう言われてもねえ……」


 神災という地上最悪の修羅場を潜ったのは事実だが話せる内容ではない。だいたい殺気もスキルで発したものだし説明はなお困難だった。


 食い下がるカペタを見てイラが助け船を出してくれた。


「信じられないというのなら、ギルドの名簿を調べてみるがいい」


 冷たいイラの視線にカペタも押し黙った。


「そこまで言うなら本当なんだろうな……すまない。ちょっと調子にのりすぎた。立ち入っちゃいけないことってあるもんな」


 結局信じていないのでは?

 まあいい。立ち入っちゃいけない隠し事があるのはお互い様だ。この男のステータスを見る限り、かなり訳ありの人物のようだから……。


「それより旦那、駆け出しの商人ってことはけっこうコレで苦労してるんじゃないか?」


 カペタは親指と人差し指で円をつくると含みのある笑みを見せた。コレが何を意味するのかは言うまでもないだろう。

 ハッキリ言って手持ちはないが、まったく困っていない。先ほどギルド職員を困らせるほどの取引をしてきたばかりだ。


「うまい儲け話があるんだ……一緒に乗らないかい?」

「遠慮しておきます」

「ち、ちょっと待ってくれよ! 話も聞かずに断るなんて商人としてどうよ!」

「そう言われても……安全安心をモットーに商売をしていくつもりなんで」

「そりゃないぜ。冒険してこその商売だろ? そんな大人しい気構えじゃあ大商人様にはなれっこないぜ!」


 なるつもりはないが、なってしまう悪い予感はする。


「申し訳ないが――」

「ペトル金貨100枚……旦那になら払う」

「払うって――」

「誤解するなって! 払わせるんだ。交渉は俺がするから任せてくれればいい」


 だいたい100万円ほどか。元の世界なら給料の三ヶ月分以上だ。いま飲んでいる麦茶一杯が200円ほどなので、こちらの世界でも決して安くはない金額だろう。

 それゆえに怪しかった……。


「いったいなにをさせるつもりですか?」

「ちょっと耳貸してくれ」


 ますます怪しくなってきたが、すでにルカが乗り出しているので飛鳥もしかたなく顔を寄せた。


「こいつはオフレコなんだが、去る国のご令嬢がこの国に連れてこられて軟禁されているらしい。そのご令嬢を助け出すために腕の良い冒険者をさがしてる奴がいるんだ」

「だから俺は冒険者じゃ――」

「わかってるって。ほしいのは旦那のような強い男ってだけさ」

「はあ……。でもそれって誘拐ですよね?」

「まあ、そうだな。でも安心してくれ。俺たちの役目は雇い主がご令嬢を助け出すための隙をつくることだ」

「つまり陽動しろと?」

「話が早いねえ。さすがは商人様だ。雇い主は俺たちに迷惑をかけるつもりはないって言っている」

「関係性を疑われるのでは?」

「ああ、だからギルドを通した依頼という形にするそうだ。バレたとしても冒険者たちは騙されたってことになるから心配はいらないさ」


 そんなに上手くいくものなのだろうか?

 そもそも冒険者じゃない飛鳥がどのようにして依頼を受けるのか?

 などと考えつつも、とりあえず話の腰を折るのはやめておいた。


「それでその去る国のご令嬢とは?」

「それは……わからない」

「では軟禁してるのは……誰なんですか?」

「詳しいことは依頼を受けてくれたら……話すよ」


 カペタの視線は真剣だった。ここで頷けば本当のことを話してくれるだろう。だけど……。


「やはりお断りします」

「どうしてだよ!」

「俺には他に……守るものがありますから」


 乗り出していたルカを席に戻して頭をなでる。うれしそうに頭をふる少女の姿を見てカペタも腰を下ろした。


「わかったよ、旦那」


 カペタは残りの酒をぐっとあおると席を立った。


「もうしばらくはギルドかこの近くの宿にいる。気が変わったら声をかけてくれよな」


 それだけ言うとカペタは店を出て行った。


「おじいちゃん大丈夫ですか?」


 ルカの問いかけにイラが首をかしげる。この子も魔眼を持っているのだから気がついておかしくはない。


「彼の年齢は百歳をこえていたよ。最寿族って言うらしいんだけど……」


 イラはすぐに納得した。


「只者ではないと思っていましたが最寿族の生き残りでしたか」

「知ってるのかい?」

「はい。以前お話した神災により滅ぼされた小国というのが、フィリラ王国と呼ばれた最寿族の故郷です」


 名前の通り長寿の種族で見た目は人族とかわらないものの、その寿命は四倍以上あるらしく、人族の寿命では辿り着けない高みに到達する者も少なくないという話だ。やけにレベルが高いと思ったらそういうことか。


「人族とはいえ最寿族の手練れならば提督様の殺気のなかをかいくぐれる者もおりましょう」

「殺気ねえ……」


 たんにスキルを選択して発動させただけなので、凄いと言われてもあまり実感がない。


「アレそんなに凄かったの?」

「もちろんでございます。わたくしなど思い出しただけでも……」


 顔が青くなっていた。


「て、提督様、その……初めてお会いしたときに失礼な口をきいてしまった失態は今だ反省しておりますのでどうかお許しを……」


 そういえばそんなこともあった。気づけばガタガタと震えだしたイラが床に正座していた。今にも土下座しそうな体勢だ。


「お許し下さるまで土下座でも――」

「いいよもう! 前に許しただろ!」

「しかし不安なのでございます! どうか罰を!」


 足にすがりついて許しを請うメイドの姿は凄惨せいさんであり、飛鳥に向けられる周囲の視線は侮蔑ぶべつをふくんでいた。なんだかまた衛兵を呼ばれそうな気がしたので、席を立つことにする。


 店を出た飛鳥たちは今晩の宿を探すべく練り歩いていた。

 奥へと入って行くにつれて露店も増えていき、のみの市のような雑多な街並みに変わっていく。店をのぞいているだけでも結構楽しめる。あいかわらずうさん臭い土産物を売っている露店もあれば、見なれないカラフルな野菜や果物を売る青果店、なにやら良い匂いを漂わせる屋台など様々な店がひしめき合っていた。


 物欲しそうな顔で屋台の前に立ち止まるルカや、異国の食材に目を光らせるイラの姿を微笑ましく見守っていると、背後から喧噪が聞こえてきた。


 徐々に近づいてくる喧噪に何事かと道行く人々が振り返る。飛鳥も人々の視線の先を見詰めた。


 人混みの中を縫うように駆け抜けてきた人影が飛鳥の前を通りすぎる。誰にも何にもぶつかることなく風のように擦り抜けていくその姿に目を見張った。


 その後に道行く人々を乱暴にかきわけて走る衛兵たちの姿があった。

 どうやらいま通りすぎた真っ黒なマントで全身を覆った不審人物を追っているようだ。直線ならまず間違いなく追いつけないだろうが、この人混みの中を潜り抜けていてはあの黒衣の逃亡者もいつかは捕まるのではないかと思えた。そのとき――。


『 エレメンタルアロー 接近 』


 えッ!

 

 飛鳥は咄嗟とっさに身構えたが、衝撃は5メートルほど先にある青果店を襲った。天幕を支えていた柱が折れ山積みされていた果物を巻き込んで路上に派手にぶちまける。間の悪いことに衛兵たちが通りすぎようとして、転がった果物に足をとられて将棋倒しとなった。


 どこから誰が撃ったものなのか?


 周囲を見渡してはみたものの、怪しい人物は見つけられなかった。

 結局、二度目の攻撃はおとずれることなく、衛兵たちは逃亡者を逃した……。


 誰もが偶然の事故だと思っているなかで、黒衣の逃亡者を逃がすために放たれた攻撃なのだと気づいているのは飛鳥だけだった。


次回 第 15 話 《 再会 》

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