第 12 話 《 異世界の商人 》
防具屋を出てしばらく歩くと、遠目でもわかるほど立派な宮殿のような建物が見えてきた。
ルカが感激している建物がなんなのか魔眼で調べてみる。
『 レギンレイヴ大聖堂 』
『 アース教の総本山。神々が地上に残された痕跡と語り継がれている。何度も改修されたのでゴージャス。アース教徒でなくても一生に一度は行きたいパワースポット 』
どうやら観光名所のようだ。このまま観光を続けたいところだが、余計な出費で手持ちも心許ない。なので観光は早々に切り上げて予定どおり商業ギルドへと向かった。
メインストリートを外れて、受付のお姉さんに言われた通りの道を歩いて行くと、ほどなくして目的の場所についた。
「随分とまぁ、立派だな」
雑居なビル的なイメージを持っていたのだが、先ほど見た大聖堂には劣るものの、かなり金の掛かった建物だ。パッと見、ホワイトハウスのようだった。
商人らしい人々が出入りしているところを見ると商業ギルドで間違いないだろう。
飛鳥は緊張気味のイラと好奇心丸出しのルカを連れて中へと入って行った。
ルカが感嘆の声をあげる。イラも圧倒されていた。飛鳥も腕組みをして満足する。
中も外装に負けず劣らず立派であった。一見するとスケールの大きなこじゃれた銀行のロビーようだが、行き交う人々はファンタジーな衣装に身を包んだ商人たちだ。立ち話しする声もどこそこの貴族がどうとか、流行の魔術工芸品がどうのと異世界情緒にあふれた会話であった。大変よろしい。
案内板を見ると総合受付のようなところがあったので早速行ってみた。
眼鏡の素敵なお姉さんに「初めてです」と言うと……色々とやさしく教えてくれた。
もちろん必要書類の書き方の話しだ。
ここにきて初めて自分が書いた日本語が異世界の文字に変換されることに気がついた。そういえば案内板も普通に読めた……。
こんなことがまかりとおる理由は一つしか思いつかない。
ステータスを開きスペシャルスキルを確認すると……それっぽいのを見つけた。
『 オグマの概念 』
『 アルゴリズムの解析とセンスにより、驚くほど短期間で言語の獲得に成功する 』
どうやら知らぬ間に読み書きをおぼえてしまっていたようだ。もう便利すぎて怖い。
常駐型スキルのため、デフォルトでアクティベーションされていた。怖いけど便利なので外さずにおく。
書類を書き終えてお姉さんにお礼を言うと、カウンターへと向かった。ちょうど空いたブースがあったので中へと入る。
「ようこそ商業ギルドへ」
知的な眼鏡がキラリと光り、飛鳥たちを見据えた。受付の人ほど若くはないものの、これまた眼鏡の似合うお姉さんだった。メガネスキーにはたまらない場所であろう。
「どうぞお掛け下さい」
言われるまま椅子に座る。幅がある椅子だったのでルカもちょこんと隣に座った。イラはメイドらしく後ろに立って控えているようだ。
子連れであることを指摘する様子もないでのこのまま話すことにした。
書類を差し出して登録に来たむねを伝える。
「かしこまりました。それでは書類の方を拝見させて頂きます」
銀縁眼鏡からのぞく視線の鋭さに少々緊張してしまう。上司に報告書を提出したときの緊張感に似ていた。元の世界の苦い経験がよみがえり、彼女の眉間に皺がよる度に冷や汗が流れる。
ほどなくして書類におとしていたお姉さんの視線が飛鳥に向けられた。
「何か不備がありましたでしょうか?」
「いいえ。記入漏れ等はございません。ですが……審査を通す前にいくつか質問させて頂いてもよろしいですか?」
別に後ろめたいこともないので望むところだ。
「ではまず保有している飛空船についてですが……」
妖精艦などと書けるわけもないので飛空船ということにしておいたのだが、いきなり虚偽の報告がバレたのか?
「こちらはレンタル船ですか?」
「レンタル船……とはなんですか?」
「あらかじめ期間を定めて借り受けた飛空船のことですが……ご存じないのですか?」
当然ご存じない。そういったサービスがあることすら知らなかったことを伝える。
「ではこちらに記入されている飛空船『リンス』はご自分の所有する船で間違いございませんか?」
リンスと言うのは登録用に考えた偽名だ。本当の名前から足がつかないようにと配慮した。なので安心して頷く。すると――。
眼鏡の奥の瞳がわずかに動揺していた。話の流れから言わんとすることはなんとなくわかった。ようは駆け出しの商人が船を所有していることが珍しいのだろう。
「リンスは兵装も備えていない貨物船のようなものですから、そんなにたいそうな船ではありませんよ」
「そう……ですか。ではこちらのコアトルス級というのも間違いございませんか?」
「ええっと……実際はもう少し小さいのですが、なにぶんハンドメイドの船でして……書き直しましょうか?」
「いえ、こちらで追記しておきます」
ハンドメイドという言葉が効いたようで、駆け出しのくせにばかでかい船を所有していることに対しての疑念は晴れたようだった。
よくよく考えればコアトルス級は150リーフ以上の大型船なので怪しまれるのも当然かもしれない。しかしウルス級では小型すぎるし、中型のロメウス級でも100リーフほどなので、選択肢から選ぶとなるとコアトルス級が妥当だと思われる。
「では次に主な取引商品についてですが……鉱物で間違いございませんか?」
船のときよりも慎重に聞いてくるので不安になる。なんとなく駆け出しが取り扱う品ではないような気はしていた。しかし売り物になりそうなあてはそれしかない。
「だめですかー?」
飛鳥の不安が伝染でもしたのか、隣に座る少女が不安げな表情を浮かべていた。
少女のうるんだ瞳がお姉さんを追い詰めていく。動揺している様子がかいま見えた。
「駄目……というわけではありませんが……鉱物などの取引はかなりの量を売買しますので、それなりの設備と資金がある商人の方でないと……難しいのです」
ルカのことを気にしてか、随分とにごして説明してくれた。詳しく聞いてみると、そもそも鉱物を取り扱うのは鉱業権を持つ大商人か、採掘できる土地を所有する貴族ぐらいのものなのだとか。
「それにたいていのものは大量に捌きますので、飛空船も一隻というわけには……」
お姉さんは遠回しに初心者が手を出す商売ではないと言いたいらしい。何も知らない駆け出しの若造が、と鼻で笑われても仕方がないところだ。
だが、案ずることはない。採掘の手間も輸送の問題も既に解決済みである。しかし問題がないわけでもなかった。出所とアイテムストレージのことを隠して大量に捌くことが可能なのかということだ。
そういえば含みのある言い方をしていたが、ひょっとして……。
「あの……例えばレアメタルの取引なら小規模な商船でも可能ですか?」
「レアメタル……ですか? たしかに少量買い付けて市場に流すだけでも儲けは見込めますが……ご存じかと思いますが希少金属は一部の貴族や大商人が独占しております。ですので参入できるチャンスなどないかと……」
なるほど。それを聞いて安心した。不自然じゃない量なら取引してもかまわないだろう。
「実は知り合いからレアメタルを買い付けまして、それで商売をと思っていたのです」
「そうでしたか……お知り合いに……」
眼鏡の奥の瞳から哀れみを感じる。自分で言っておいてなんだが詐欺にひっかかったバカ丸出しの若造みたいだ。お姉さんの視線はバカな若造から隣に座る無垢な天使に移り、唇を引き締めた。
「わかりました。取引商品は……鉱物で登録させて頂きます。登録については変更可能ですし、あくまでギルド名簿に載るさいのプロフィールのようなものですので、あまり気になさらずご自由に取引なさって下さい」
完全に偽物だと思われているうえに同情されているようだ。
「確認事項は以上となります。審査終了後に発行されるギルドカードは後日お渡しいたしますので明日以降におこし下さい」
「ずいぶんと早いんですね」
「はい。商人への道は誰にでも開かれていますのでよほどのことがなければ審査に落ちることはありません。それに商売は――時間が命ですので」
お姉さんの決めゼリフなのかどや顔をしていた。素直に感激する少女にならって飛鳥も感激するフリをしておいた。お姉さんも満足そうだ。
「では商業ギルドのルールと、今後の取引についてご説明いたします」
ようやく本題だ。飛鳥も気を引き締めて背筋をのばした。
「まずは会員規約ですが、取り扱う商品や相手に制限はありません。ですがギルドの信頼をいちじるしく損なう行為を犯した場合にかぎり、強制的に脱退となりますので気をつけて下さい」
制限はないがギルドの顔に泥を塗るような行為はするなという。さじ加減がよくわからないが、商人ならば武器や薬なども扱うはずだ。大っぴらにできない取引をすることもあるだろう。なので制限はない。ようはバレないように上手くやるか、権力に守られるような立場ならかまわないと言いたいのだろう。
そんな危うい取引をするつもりはさらさらないので気にする必要はなさそうだ。
「それでは取引についてですが、原則としてギルドはあらゆる商品の取引に応じます」
お姉さんは強い口調ではっきりと言った。偽物でも買い取ってくれると言いたいようだ。その優しさは嬉しいのだが……誤解です。
「ただし需要を上回る量や相場を上回る値段での取引はできませんのでご了承下さい」
「ではたくさん売りたい場合や価格に納得できない場合は……」
「取引先をご自分で開拓していくしかないでしょう。ですが鉱物となると……」
価格の安いものや、かさばらないものなら飛び込み営業でもやっていけるが、鉱物はそもそも取引相手すら限定される。信用のない駆け出しの商人が開拓するのは極めて困難だとのこと。
まあ金儲けが目的ではないのでそれほどがっつくつもりはない。開拓も面倒そうだしギルドに売ってしまって問題はないだろう。
お姉さんは簡素ながら基本的な説明は以上だとしめた。
「ありがとうございました。ではさっそく商品を売りたいのですが……」
お姉さんの顔に緊張が走る。期待に満ちたルカの視線が気になるのだろう。
「わかり……ました。では鉱物ということなので、まずはサンプルをお見せ頂けますか?」
予想はしていたのでとくに慌てはしなかったが……飛鳥は少々迷っていた。
これだけ疑われているとなると、あまり品質の悪いものを提出すれば、本当に偽物だと思われかねないのではなかろうか?
どのようにして真偽をはかるのかはわからないが、レアメタルだからと過信して手を抜くようなまねはしないほうがいいかもしれない。
飛鳥は事前に準備しておいたズタ袋の中に手を入れるとアイテムストレージを開いた。
高純度で小さな塊となるとこれか……。
『 ミスリルのマテリアル[良] × 馬※桁◆ 』
でかいものなら[優]になるので、このカンストを通りすぎてどれだけの量を所持しているのかわからない中から、[良]のマテリアルを手探りで見つける。何度か出し入れしたことで、なんとなく感覚はつかんでいたので難無く目的の大きさのものを取り出せた。
ちょうど人の頭ぐらいの大きさのミスリルの欠片をテーブルの上に置く。軽くて丈夫なだけあって、擦り傷すらついてないうえちょっと重いが片手でも持ち上げられた。
この質のものなら心配しなくてもいいだろうとお姉さんの反応を窺い見ると、眼鏡の奥の瞳が恐々としていた。
「こ、これ、まさか……ミスリルですか?」
「え、ええ、まあ……」
そういえばレアメタルとは言ったがミスリルとは一言もいわなかった。しかし驚きすぎではなかろうか?
お姉さんはぶつぶつと独り言をつぶやきながら、胸元からルーペのようなものを取り出すと、ミスリルの欠片を食い入るように見詰めた。
なんだろう?
魔眼で調べてみると『鑑定鏡』とでた。説明を読んでみると物の価値をそれなりの精度で調べられるマジックアイテムのようだ。
お姉さんの手が震えている。鑑定鏡を外して顔を上げると先ほどまでのあたたかい眼差しは消え、瞳の奥から畏怖しているのを感じた。大げさではなかろうか?
「精製済みでこの大きさ……しかもサンプルなんですよね、これ?」
「ええ。取引したいのはもう少し大きなものなのですが……」
予想はしていただろうにお姉さんは更に驚いた様子だった。
「失礼ですが……これほどのものをどこで?」
「先ほどもお話したとおり知人から譲ってもらったものです。それ以上の情報となると商売人としての命にかかわるので……」
「……そうですね。失礼しました。鑑定させて頂いたところ、このミスリルは間違いなく本物です」
まさか神の船を鹵獲したなどと言えるわけもないので、これ以上突っこまれたらどうやって誤魔化そうかと不安であったが、取り越し苦労だったようだ。おそらく鑑定鏡の能力がそれほど信用にたるものなのだろう。興味深いアイテムだ。
お姉さんからサンプルを返してもらうと奥の扉へと丁重に案内なれた。
飛鳥はいよいよ巨万の富を求めて、異世界を飛び回る商人としての第一歩を踏み出したのだった……あれ?
第 13 話 《 商人とチンピラ 》




