第 9 話 《 スタッフ 》
艦長ごっこは第二幕に突入していた。
今は仲間に入りたそうにこちらを見ていたイラを加えて、エルフが二人仲良く遊んでいる。
先ほど死にかけていた艦長は『てーとくのきせき』なる『すきる』で息を吹き返して完全復活を遂げたらしく、またも左舷の弱さを憤慨してクルーを叱咤しているところだ。よほどこの艦の左舷に不満があるらしい。
イラはというと雄叫びをあげながら舵を握っている。自動航行中のためロックしてあるが、そんなに荒々しく扱うのはやめてほしい。しかし現在トランスフォーメイション中らしく聞いちゃくれない。
「往生せいやあぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!」
せめて静かに遊んでほしい……。
飛鳥はステータスを閉じるとデータベースを開いた。ステータスの変化に驚いて忘れていたが、本来はこの艦を知るためにわざわざブリッジに足を運んだのだ。当初の目的を完遂するとしよう。
こうしてじっくりとスペックを見ると驚きを通り越して呆れてしまう。
魔砲兵装だけでも50以上、補助兵装まで入れると100以上ある。
魔砲兵装には威力以外にも色々と属性があるし、補助にいたっては戦術によって使い分ける必要があるものばかりだ。有用ではあるが、全ておぼえて活用するとなると頭が痛くなる。しかし生存率を上げるためにはおぼえるしかあるまい。
幸い補助兵装については偽装モードの方にも移せることがわかったので、普段からいろいろと試してみようと思う。
それから特殊兵装について……。
リンフルスティを全能と言わしめる兵装がこれだ。
特殊兵装は数こそ少ないもののどれもがおかしい。マジックフィールドもその一つだ。魔砲によるダメージを5000まで無効化とある。ライトニングアローがまったく届かなかったのも理解できた。他にも魔力回復なんていう魔力で動いている船艦にとってみれば永久機関まで積んでいた。回復していたのは見ていたので察しはついていたが改めて考えてみると凄すぎだ。
意外だったのは修理に関する兵装がなかったことだ。正確に言えば補助兵装にあるのだが、自動で修復するタイプのものではない。戦闘中に勝手に耐久力が回復していたので、そういった兵装が積んであるのかと思ったのだが……。
結局――夜まで調べてみてもよくわからなかったので、とりあえず保留とした。
晩ご飯を食べ終えた飛鳥は、自室へと戻る途中で違和感を覚えた。この艦も夜間は飛空船艦の慣例にならって通路の照明をいくつか落としてあるので昼間に比べて視界が狭い。ゆえに違和感などあっても気がつかないはずなのだがなんだろう?
飛鳥はステータス画面を呼び出すとスペシャルスキルの欄から『セカイレンズ』を選択する。すると視界の至る所にポップしたタグが表示された。『通路』や『照明』といった当たり前のものから、『足下に注意』といった情報まで表示されるいまいち使えないスペシャルスキルだ。異世界おのぼりさんである飛鳥には便利なスキルかと思いきや、自分が知らないものに対しては『アンノウン』としか表示されないのでガッカリした。しかし無作為にタグがつくため探し物などには便利ではないかと考えていた。早速出番が回ってきたわけだ。
飛鳥は周囲を注意深く見渡す。そして――見つけた。
遙か後方よりじっと見詰める小さな人影を!
『アンノウン』
つまりルカではない。だいたい今はイラと一緒に後片付けをしているはずだ。
その姿は飛鳥の視界に入った途端にすっと消えた。
背筋に冷たい汗が流れる。どういうことだ?
この艦のクルーは3人のはずだ。自分の知る限りあの背丈で心当たりがあるのはルカのみ。クルー以外が乗艦していれば警報が鳴るはずだ。
「え……まさか?」
いるのか?
異世界にもいるのか?
異世界だからこそいるのか?
気づけば飛鳥は後退り、駆け足で自室へ飛び込むと、ベッドに潜り込んで夜が明けるのを祈るように待った。
翌朝――。
食欲はなかったが、二人にいらぬ心配をさせないために朝食の席につく。しかし顔色の悪さから気取られて結局心配させてしまった。
「提督、どうしたのー?」
「なにか問題でも発生いたしましたか?」
「う~ん。なんて言うか、その……」
幽霊を見たと言ったらどんな反応をされるだろうか?
一応提督としての威厳もあるし、神を敵にまわそうとしている者が、幽霊ごときにブルっていると思われては士気にかかわる。
ここは慎重に話す必要があるだろう。
「教えてほしいんだけどさ……この世界に、その……幽霊とかっているのかな?」
「?」
「幽霊とは……魔物の類でございますか?」
「モンスターとかではなくて、その……ゴーストとかファントムとか言うのかな? とにかく実体はないけど存在している不思議な感じの生きていない者のことだよ」
二人は顔を見合わせるだけで返事はかえってこなかった。しかたなく飛鳥は四谷怪談や皿屋敷の話を聞かせた。
「祟りこわいでず……ぐすん」
「ご心配には及びません。お嬢様に害を為す不届き者はこのイラが叩き斬ってやります!」
根本的に伝わっていない気がする。知りたいのは幽霊が存在するかどうかだ。もう面倒になってきたので昨晩のことを打ち明けた。すると――。
「それきっとブラウニーです!」
「なんと、さすがは提督様。わたくしなど一度も会ったことがございませんよ」
案外あっさり正体が判明した。
「ブラウニーって言うと寝てる間に仕事を肩代わりしてくれる妖精のことか?」
「起きてるときでも働いてくれますよー」
「この艦の整備や修理を担当する精霊だと聞きいております」
どうも妖精というより精霊に近い存在らしい。それゆえに人前には姿を現さず、認識できるかどうかもあやしい存在だそうだ。魔力容器から魔力を取り出して、耐久力を回復させてくれたのは、そのブラウニーだったのだろう。
よかった、幽霊じゃなくて。
しかし艦の維持に精霊とは、さすがは妖精艦と言うべきか。いざとなったらたった一人でも運用できるわけである。
「人知れず頑張ってくれてたわけか……」
修理してもらっていたと知るとなんだか申し訳なくなる。艦を危険にさらしたのは飛鳥の判断の甘さだっから……。
「ブラウニーに会えないかな?」
イラが50年住んでいて一度もあったことがないとなると、ルカだけが頼りだったのだが……首を横にふられた。
ルカも初めて乗艦したとき以来見たことがないそうだ。当然会う術もない。
飛鳥の知るブラウニーと言われる妖精は人に姿をみられることを嫌う。この異世界のブラウニーにも該当するのだろうか?
「ブラウニーは恥ずかしがり屋さんです」
他にも報酬を要求してきて見会わないようなら怒って出ていってしまうのだとか。
「陛下と結んだ盟約を破ることはないかと」
どうも盟約によって縛られているらしく、艦を放棄しないかぎりいなくなることはないようだ。しかし絶対ではなく、責任者が相応しくないと判断すれば去っていくらしい。
ルカもイラも飛鳥に全幅の信頼を寄せているのでその可能性を疑っていないようだが、当事者である飛鳥は不安を抱かずにはいられなかった。
なので会うのは無理でも挨拶ぐらいはしておきたい。それに言っておきたいこともある。
しばし考えて、名案というほどでもないが一つ思いついた。
「精霊というのは俺たちみたいに食事をとるのかなあ?」
「どうでしょう。存在するために魔力が必要としか……」
「食べますよー」
快活と答えたルカを見てイラが眉をしかめた。
「お嬢様、提督様に嘘を教えてはいけませんよ」
「ほんとだよー。ブラウニーがお菓子を食べちゃうのー」
詳しく聞いてみると、ルカは摘まみ食いを精霊のせいにしている。と、イラは思っているらしい。
飛鳥も出会い頭であれだったので疑いようもないが、民話どおりならその可能性は十分に考えられる。
試してみる価値有りか……うまくいけばルカの冤罪も晴らせるし一石二鳥だろう。
という訳でルカをたしなめているイラに提案してみた。
「お菓子でブラウニーをおびき寄せるのでございますか?」
微妙にニュアンスが違うが、結果に大差はないので頷いておく。不安げなルカの頭を撫でてやりながらイラに向き直ると――。
「イラの力添えが必要だ。手伝ってほしい」
「わたくしが必要……お、お任せ下さい!」
イラのテンションがおかしい気がするが、時間がおしいのでさっそく調理をはじめることにした。
イラに材料を揃えてもらう。幸い基本的な材料は備蓄されていた。
「パンでも焼かれるのですか?」
「甘いパンですか?」
「ちょっと違うな。パンのようなものを揚げて作るお菓子だよ」
二人が揚げるという言葉に衝撃を受けていたところを見るとこちらの世界では珍しいようだ。
「ドーナツって言うんだ。こーんな感じのお菓子だよ」
右手でわっかを作るとそれを口に運ぶまねをした。ルカもイラも興味津々のようだ。
飛鳥が閃いたのは子供のころに読んだ童話のはなし。
記憶はおぼろげだが、仕事を手伝ってくれた妖精に貧しい老夫婦はドーナツを差し出したのだが、堅くて食べられないため紅茶にひたして食べたとか。その妖精はレプラホーンだったような気もするが、正直そのあたりは曖昧だ。
ともかくドーナツを紅茶にひたして食べるシーンがとてもうまそうだったことだけはおぼえている。思いつきとはいえ、ルカの話もあるので期待できるのではないかと思う。
早速調理に取りかかる。元の世界ではホットケーキミックスが余ったときなどによく作ったものだ。もちろん異世界にそんな便利なものはなかったので、小麦粉と砂糖と卵、そして油。生憎とベーキングパウダーはなかったが、代わりに重曹のようなものがあったので代用することにした。
物珍しそうに眺める二人に調理方法を説明する。とはいっても極端なはなし材料を混ぜて油で揚げればそれっぽいものはできる。油の温度さえ注意していれば調理スキルのないルカでも作ることができるだろう。
とは言っても高レベルのものが作った方がおいしいに決まっている。そこでイラの出番だ。
『 ノーマルスキル:調理 Lv.5 』
先ほど魔眼で確認したところコックのクラスを持つほどなので凄腕だったと知り驚いたものだ。彼女の作る料理がどれも旨かったのも頷ける。ちなみに飛鳥は……。
『 ノーマルスキル:調理 Lv.2 』
『 クラス:自炊できる独身 』
『 レシピを見ながらなら調理できる。たまに目分量で失敗する。適量ってなにさ! 』
このありさまなので、ドーナツといえど異世界の食材を使う以上は慎重に調理したほうがいいだろう。というわけで楽しいクッキングの時間だ。
分量はイラと相談しながら混ぜていく。ルカと一緒にこねこねしながら水を加えて、ほどよいかたさのものができたら小さく丸めて少し平らにして穴をあける。材料がなくなるまで作ったら40個ほどできた。さあ、あとは揚げるだけだ。
油の温度は160度ぐらいでよかったはずだ。イラには低温でと説明しただけで伝わった。さすがはコッククラス。
さっそくイラに揚げてもらう。油を吸った生地がじょじょにふくらんでいく。小麦色にそまったドーナツを取り出すと、甘くて香ばしい匂いが広がった。今にもよだれを垂らしそうなルカが顔を近づけてくる。
「おいしそうです。味見してもいいですか?」
「まだ熱いから冷ましてからね」
冷めるまでドーナツをじっと見詰めるルカの姿を微笑ましく見守りながら、隣でイラが次々に揚げていく様を見て感心していた。
全ての生地を揚げおわり、いよいよ第一号の試食にとりかかる。三等分にわけたドーナツを三人同時に口に入れた。
「おいしいです!」
「これはなかなか……新食感でございます」
二人とも気に入ってくれたようだが飛鳥の予想していた出来ではなかった。
予想していたふわふわのドーナツにならなかったのは、純粋な薄力粉ではなかったのとベーキングパウダーの有無だと思うが、表面のさくさくした食感が日本一有名なドーナツチェーンの揚げドーナツにそっくりだったので満足はしている。
二つほど二人にわけて、後は皿にのせてテーブルの上に置いておくことにした。もちろん紅茶も忘れずに陶器のポットに入れておく。
それから数刻が過ぎ……。
夕食を食べ終えるころになってもドーナツは残ったままだった。食後によだれを垂らすルカにひとつだけ食べさせた以外には減っていない。片づけを終えたイラと共に調理場を後にする。そのさい――。
「提督様、なにを置いていかれたのですか?」
「手紙だよ。どうも会えそうにないからさ」
「精霊に置き手紙でございますか?」
「そう。変かな?」
イラは馬鹿にするわけでもなく「伝わればいいですね」と言って微笑んでいた。
翌朝、イラにおこされて調理場に行くとテーブルの上の皿は空っぽになっており、入れ直しておいた紅茶もなくなっていた。そして飛鳥が残した『ありがとう』という置き手紙に二重丸が上書きされていた。
これは正解を意味するのか、はたまたドーナツの催促なのか……どちらにしろ気に入ってくれたようだ。
その晩のこと。飛鳥が部屋に戻る途中でふと足を止めて振り返ると、栗色の髪をした少年少女たち集まっていた。小さな手で輪っかを作り、おもいおもいにお茶目なポーズをとっている。望遠鏡のように覗き込むものや、眼鏡のようにしてくいくいして遊ぶもの、口いっぱいに頬張ろうとするもの、共通しているのは全員が笑顔だったことだ。
それはほんの一瞬の出来事で、瞬きしたときはすでに消えていた。
飛鳥は記憶にあるドーナツの種類を思い出しながら、料理を作る楽しみをおぼえたのだった。
第1章終了です。
幕間を挟んで第2章に移ります。
いよいよ提督無双のはじまりです。お楽しみに~。
次回 幕間 《 エルフの胸の内 》




