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序章

 視界をおおう閃光と、鼓膜をつらぬく轟音が、飛鳥の意識を現実へと引き戻す。


 視界の隅で舵にしがみついたダークエルフが泣き言を叫んでいる。その声も衝撃と共に掻き消された。


「提督、ご決断をッ!」


 飛鳥の傍らに立っていたハイエルフが轟音に負けじと叫んだ。その表情に少女特有のゆるさは微塵も感じられない。彼女の真摯な眼差しと、溢れ出すような自信を肌で感じとった飛鳥は、震える拳を握りしめて決心した。


「迎撃用意ッ! 撃ってえぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッッッッ!!!!!!」


 飛鳥のくだした決断が、世界を真っ白に染めた――。



 という感じの夢を見た。目が覚めるとそこは大樹の生い茂る緑の世界。ちっぽけな人間など飲み込んでしまうような樹海であった。

 飛鳥は痺れる体を抱えてなんとか自力で起き上がると安堵の溜息をもらす。


「……死ななくて良かった」


 落雷に打たれて赤子の頃から現在に至る二十九年の歳月が一気に脳内を駆けめぐったときには死を覚悟した。最初で最後の走馬燈に脅えながら意識を失い、気づいたらこの有様だ。全身のけだるさと痺れに身を任せて、このまま湿ったこけの上で休んでいたいところだが……そうもいかない。


 なんせこのままでは寒さか飢えで死んでしまう。

 飛鳥は現在、富士の樹海で迷子になり、荷物は落雷により焼け出され、挙げ句にゲリラ豪雨で濡れた衣類が執拗に体温を奪っているありさまだ。

 この状況はすこぶるまずい。

 雨は止んだが木々の隙間から見える空は、まだどんよりとしていて油断できない。


 飛鳥はなけなしの体力を振り絞り歩き出した。


 思えば後悔ばかりの人生だったが不満はない。好きなことをして死ぬのなら本望だ。と、割り切れるわけではないが自己責任である。

 誰を恨むわけでもない。こんなこともあろうかと遺書も残してあるので家族と会社に対するけじめはつけられるはずだ。しかし心残りがないわけでもない……。などと考えるのは既に生きることを諦めているあらわれか? 


 いかんいかん。


 飛鳥は弱気を振り払うように頭を振った。

 まだ死ぬわけにはいかない。自分には異世界に召喚されて世界を救うという使命がある!

 それが中学生ぐらいから漠然と抱えている夢であった。剣と魔法でモンスターを打ち倒し、世界を支配せんとする魔王の野望を打ち砕く!


 しかしながらそのときは未だ訪れず、途方に暮れていた飛鳥は一計を案じた。

 呼ばれていないのなら押し掛けてしまおう!


 という設定で有給休暇を潰して富士の樹海に足を踏み入れた飛鳥だったが、今は早く家に帰りたいと切に願う……。

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