きっと私はシアワセになる。
ある時、唐突に記憶が蘇った。
そして、気づいた。
ここが、乙女ゲームの世界だということ……私がヒロインだということに。
それに気づいた時は喜んだ。
前世の私はまだ十代だったようだが、小学生が楽をするには十分な知識、精神年齢が流れ込んできた。
ある日、主人公の投げた賽銭が、祀ってあった鏡に当たり割れてしまい、飛び散った破片を三人のイケメン狐と共に探すという、人外との恋愛シミュレーションゲームだ。
色々突っ込みどころの多いゲームだったが、それはこの際、どうでもよかった。
ゲームの攻略対象は主に三人。
俺様なリョウくん。
お兄ちゃんなリュウくん。
チャラ男でも真っ直ぐなシュウくん。
中でもリョウくんが大好きだった私は、絶対に攻略してやる!
と意気込んだ。
……けれど、転生に喜んでいたのはその日だけ。
興奮が冷めた私は、重大な事に気づいた。
ヒロインの両親は、事故死してしまうのだ。
私は運命を恨んだ。
さっきまで喜んでいたくせに、と言われても、両親がいなくなるよりはいい。
こんなことなら、ヒロインになんかなりたくない!
けれど……どう足掻いても無理だった。
両親は私の小学校の卒業式の帰り道、歩道に突っ込んできたトラックにひかれて死んだ。
トラックが突っ込んでくる瞬間、私はやけに冷静だった。
『逃げられない。』
確信した。だから……両親と一緒に死のうと思った。
……でも、叶わなかった。
私は、奇跡的に目を覚ました。
『こんな奇跡なんていらない!死なせて!!おとーさん!おかーさん!
あ゛ぁあぁあぁぁ!!!』
自分の声がフラッシュバックする。
あの時から、私は壊れた。
絶対にシアワセになってやると誓った。
あれからは大変だった。
私は、親戚中をたらい回しにあった。
高校生になり、やっとのことで独立した。
元々住んでいた家を買い戻し、暮らした。
そして、鏡を壊した。
全て、ゲームのシナリオ通りに動いた。
「それなら、絶対に手に入れる……私だけの、アナタ。」
リョウくんには、彼だけを落とすためだけのルートがある。
通称、『リョウくん一直線ルート』
初めて会った時、リョウくんとハプニングキスをする事によって起こる、特殊ルート。
以前に会ったことがある……という設定だったと思う。
私にとって、重要なことは一つ。
他のルートには、必ずバッドエンドに転がる可能性があるが、このルートなら必ず結ばれる、という事だ。
彼を確実に手に入れるには、そのルートに入ることが絶対だった。
そして、私は実行に移した。
重なる唇。私は、精一杯慌てて見せた。
『あ、ごめんなさい!……あなたは?』
『オレはリョウ。今日からお前を落としにかかる。覚悟しろよ……?』
ここまではシナリオ通りだった。
だが、彼らとの同居生活は、ゲームとは異なっていた。
「マアヤちゃん!遊びに行かない?ダメだったら、家で遊ぶのでもいいよ?」
「仕方がないなー、シュウくんは甘えん坊だね?」
「マアヤちゃん、今日の夕飯は何がいい?」
「リュウくんの作る料理は何でも美味しいからな〜。なんでもいいよ!」
「じゃあ、カレーにしようぜ!」
「リョウくん、毎日カレーにするつもり?」
「よし、今日はカレー風味のスープにしようか。」
「おー、リュウ兄ナイス!やったな、シュウ!」
「それで喜ぶの、リョウだけだよ……。まぁ、いいけど。」
シュウくんはチャラ男じゃなくて、甘えん坊。
リュウくんは、私がいい子じゃないことに気がついていたようだった。
けれど、こんなワガママな私に優しくしてくれた。
ゲームの中の彼らとは、また違った彼ら。
そんな彼らの愛を受けて気がついた。
リョウくんを好きになることだけが、私の人生じゃないって。
でも、気づいた時には、手遅れだった。
私は既に、リョウくんに溺れていた。
「お前が愛しているのは、オレだけだよな…?」
「えぇ、そうよ。私が愛しているのは、あなただけ……」
「もう、あいつらと話すなよ。」
「……それで、アナタの愛が貰えるのなら。」
「お前は、オレだけを見ていればいい。」
兄弟の前では見せない笑顔で笑う彼。
彼も、ゲームのリョウくんとは違っていた……ただし、それは私の前だけ。
異常なまでの愛情、執着心。
私にだけ、それを見せてくれた。
何が彼をここまで変えたのかは分からない。
私に分かっているのは一つだけ。
私は、そんな彼のことが好きで、彼の痛いぐらいの愛情がないと生きていけなくなってしまったこと。
後戻りはできないということ。
そして……シュウくん、リュウくんとのお別れは、確実に近づいていた。
「何で、あいつらと話していた……?」
「…一緒に暮らしてるのに、話さないなんて無理だよ。」
「なら、会わなければいい。
もう、オレ以外の男は目に入らないようにしてやるよ……」
彼も、私も、病んでいた。
通常、『リョウくん一直線ルート』では、途中から神様から帰還命令が出て、シュウくんとリュウくんだけ、神社に帰ることになる。
だが、この世界では、リョウくんが動いた。
この家を、自分と私だけにするために。
リョウくんが神様の所へ出掛けた日。私は区切りをつけることにした。
二人がこの家を去ることに関して、リュウくんには全く問題ない。
でも、このまま別れれば、シュウくんはこの恋を引きずることになる。
それだけは避けたかった。
だから私は最悪の一言を放った。
「ねぇ、シュウくん、そろそろまとわりつくの止めてくれない?邪魔なんだけど。」
「マ、アヤ?何を…」
シュウくんが信じられないというように目を見張った。
「私の好きな人は、リョウくんだけなの。
シュウくんはチャラ男で偶にヘタレでしょー?
私の好みじゃないのよねー。」
嘘だ。シュウくんはチャラ男でも、ヘタレでもない。
「だから、あんなに冷たくあしらったのに。
どうしてかしら……?」
これも嘘だ。私がシュウくんを冷たくあしらった事なんて一度もない。
たった数ヶ月だけだったけど、大事な……弟のような存在だった。
「ちょっと麻綾ちゃん……っ!」
リュウくんが焦ったように口を挟む。
もう、シュウを傷つけないでくれ。
瞳が、そう語っていた。
私だって、シュウくんの傷ついた顔を見ていたくない。
「リュウくん、黙って。あなただって私にとってはどうでもいいのよ。私には、リョウくんさえ居ればいいの。」
そんなことない、リュウくんだって大事だ。ホンモノのお兄ちゃんができたみたいで、嬉しかった。
でも、リョウくんを手ばなせない。
「マアヤ……。」
シュウくんが虚ろな瞳でつぶやく。
そんな彼に私はとどめを刺した。
「はぁ、こちらが好いていない攻略対象に好意寄せられるって結構疲れるのね。でも、もうそろそろ帰還命令が出るはず。」
「な……?」
リュウくんが訳が分からないというように呟いた。
「今の内にお別れ、言っておくわね。サヨウナラ。」
大好きだったよ、私の兄弟。
どうか……幸せに。
次の日、シュウくんとリュウくんに帰還命令が出た。
それから、月日が流れた……。
『鏡、揃ってよかったね。
……帰らなきゃいけないんだよね。』
『……鏡はもう、神様に預けてきた。オレは……お前と共にいたいから。』
『それって……?』
『オレは、おまえのことを愛してるよ、マアヤ。』
『私も、愛してる。』
「でも、永遠じゃないかもしれない。」
「なら、どうすればいいの?」
「答えは、簡単だ。死は永遠を作り出せる。」
彼は、冬に使うヒーター用の灯油を持ってくると、その場に撒いて、最後に私と自分自身にかけた。
彼が何をしようとしているのかを悟った。
「あなたがそれを望むなら、私は身をゆだねる。」
「永遠に愛してるよ。」
二人で抱き合い、リョウくんは灯をともした。
炎と彼に抱かれながら、彼の耳元に囁いた。
「私も、永遠に愛してる。」
私は……私達は、どこで間違えてしまったのだろうか。
私には、もう考えることすらできない。
私はシアワセになった。
これは私の救いようのない死アワセな物語。
バッドエンド……でした。
ハッピーエンドも一応考えたのですが、ヤンデレハッピーエンドって、思いつかなかったんですよね……。
よろしければ、本編もよろしくお願いします。