第4話 ~暗雲と、夢~
むぅ……やはりメリアと戦りあったのが不味かったか。ダガーが多少刃壊れを起こしている。直ぐにどうこうと言う事は無さそうだが、少し研いでやらないとならないか。
しかし、朝日を輝り返す私の得物はなかなかに綺麗なものだ。我ながらきちんと手入れはしているんでね。
あぁ、朝日と言ってもまだ太陽が僅かに顔を出しただけだよ。結局この時間まで起きていたし、これを見てしまってから眠る気も起きないし。
「んー、また新しい一日が始まりますねぇ」
「うむ。天気は良好、体調も悪くない。まずまずの流れだな」
「そうは言っても、セルファの町がどうなってるか分かっていないですけどね……」
「ぬっ……悪い事を考えていても致し方無し。今日は町に入れると信じようじゃないか」
「それも、そうですね」
朝まで起きていたのは私とメリアだけだよ。カブラスとリープは途中でリタイアさ。
ふむ、セルファの方の煙は大人しくなっているし、今日は進めるようになっているのを期待したいところだな。
……ん? なんだ? セルファ側から何かが叫びながら近付いてくるな? まだはっきりと何を言ってるかは分からんが……。
「……け……れ! ……」
「あれは……! トゥアンさん、人です!」
「のようだな。だが、後ろに妙な連れを引き連れているようだ」
「た、助けてくれぇ! 誰かぁ!」
はっきりと登ってきた男の声が聞こえた。助けを求めている、か。まぁ当然だな。
男の後ろからは、何やら鳥のようで鳥ではないものが男に迫りつつある。なんと言ったかな……人の女性の体を持ち、腕が羽の魔獣、そうだ、ハルピュイアと言ったか。
この際それは置いておくとして、あのままではあの男はあれ等に襲われてまず絶命するだろう。黙って見ているんでは、明日の寝覚めが悪くなると言うものか。
「メリア、まだキャンプに張った陣は解いていないな?」
「はい、継続中です」
「よろしい、ならば……朝の一労働と参ろうか」
「お供します!」
良い一声だ。ならば、駆け出すとしよう!
緩やかに降り始めた山の斜面を、岩肌を蹴りながら私とメリアで駆け下りる。交差際に、仕掛ける。
男に今にもその足の鋭い爪を食い込ませようとしている一匹に狙いを定めて……飛び掛かると同時にダガーを振り抜く。手応えあり、だ。
「ギャェェェェ!?」
「ふん、知性も何も感じん叫び声よな。うちの魔獣を見習って貰いたいものだ」
「褒められたと解釈させて貰いま……す!」
私が切りつけたものの後から迫ってきていた同種の魔獣をメリアが轢き逃げた。おぉ、錐揉み回転しながら地面に落ちたぞ。流石だな。
「あ、あなたは!?」
「話は後だ、お前が追われていたのはこいつ等だけか?」
「は、はい!」
「よろしい。怪我は……なんとか無さそうだな。ならば、しばし下がっていろ。メリア!」
「はい! 拒絶の壁でこの方を包みます!」
素晴らしい判断の早さだ、助かるよ。
メリアが呪文を唱えると、登ってきた男を守るように光の壁が形成された。これで守りは磐石と見ていいだろう。さて……。
「では、まずはこいつ等を黙らせるとしようか」
「了解です。……な、なんか姿が女性だからちょっとやり難い気もしますけど……」
「そうも言ってはいられないさ。向こうは、どうやらやる気のようだ」
まぁ、切られたり轢かれたりで痛めつけられれば狙いを私達にしてくるのは明白よな。寧ろ、私達の初手で倒れなかった事を賞賛すべきやもしれん。
が、悪いが倒させてもらうよ。どうやら向こうの力量はさほどでは無さそうだし、メリアが仲間に居れば余裕で対処出来る相手だと言って間違い無い。
先に引き抜いていた左のダガーに合わせ、右のダガーも構える。メリアは荷物も載っていないし、動いても問題は無さそうだな。
ならば仕掛けよう。後手に回ってもいい事などありはしないだろうしな。
私が初手で切りつけた個体はダメージが大きかったのか、まだよろよろとしていて飛び上がってはいない。ならば、先に空中に復帰したものを相手にしようか。
メリアの突進を受けて直ぐに体制を立て直すとは、多少はやる。ま、二体居た間を駆け抜けただけで倒されるのも如何なものかとも思わなくもないがね。
全部で三体か、纏めて相手をするには億劫だったかもしれんが、分担すればどうという事は無いな。
「トゥアンさん、一体はお任せしても?」
「あぁ、君の相手をするよりは格段に楽な相手だ。任されよう」
「あははは……では!」
「参ろうか!」
それぞれに相対した相手との交戦へと入っていく。メリア程じゃないにしろ魔獣だ、用心に越した事は無い。
飛び上がって、足をこちらに向けて突っ込んでくるか。なるほど、自慢の爪での攻撃が奴等のメインの攻撃法という事か。ならばやり易い相手だと言えるだろう。
向かって来たところを冷静に……斬る。む、引きが思ったよりも早いな、こっちの攻撃を警戒しているのか?
飛ばれると流石にただの人間である私には辛いものがある。空中での動きは素早いし、ナイフを投げても無駄になるだけだな。
やれやれ、私も向こうのように飛べれば楽なのだけどな。そんな贅沢は言えんか。
「ギィィ!?」
「逃げたって、無駄です!」
「どうやらそちらのお友達は手こずっているようだぞ? 助けにはいかないのか?」
「グ、ギィィ……」
追尾するように、メリアはハルピュイアを空中で追い掛け回している。あれに追われるのはきついぞ、経験者だから言えるが。
ほう、仲間意識はあるようだ。ダガーを構える私に警戒はしたいが、仲間の様子は気になるようだな。
だが気を割いたら、遠慮無く斬りに行かせてもらうよ私は。躊躇すれば、やられるのはこちらなのでね。
動きの鈍っている内に一気に接近し、ダガーを振るう。……よし、こいつの足にある爪は両足合わせて6本。片方三本ずつだ。その一本、頂いた。
「ギャァァ!?」
「……すまんな、殺す気は無いが……無力化させてもらう」
「グッ、ウ?」
「? もしかして、私の言っている事は分かっているのか?」
ふむ、警戒はしているが、こちらを攻撃してこようとする動きは止めたな。話が分かるのは素晴らしいじゃないか。
「でやぁぁぁぁ!」
「ギィヤァァァ!」
「……あーうん、とりあえず、まずはあれを止めて話をしないか? それとも、このままやるか?」
「キュィ」
首を横に振るか。懸命な判断だな、生きるという観点では。もう大体動き方の癖や攻撃時の呼吸は掴みかけているし、このままやっても爪の無いハルピュイアが一匹出来上がるだけだ。
先程までとは違う、荒々しさの無い鳴き声を仲間のハルピュイアに向けている。おっ、向こうも反応したぞ。ん? メリアもこっちを向いてるな。
「えっ、どういう事ですか? 戦うなって……」
「メリア、一旦降りて来い! まずは話を聞いてから決着をつけても遅くはないだろう!」
「ピィ、キュアア」
「キュオゥ?」
何を言ってるか分からないが、どうやらあっちも話を纏めているところらしい。平和的解決、にはならないかもしれないが、何がどうしてこんなことになってるかを確認出来ないかな。
とりあえず何を言ってるかメリアが理解出来ているようだから、通訳してもらうとしよう。
ばさりと翼を動かして、飛んでいた一匹が私の目の前に降りてきた。で、私の隣にはメリアが何か言いたげな顔をして降りてきた。納得いかなそうだな。
「……何があったんですかトゥアンさん。突然そっちのハルピュイアが停戦を持ちかけてきたと思ったら、トゥアンさんから話をしようと持ち掛けられたって」
「ふむ、種族の違う魔獣の言葉も分かるのだな。それならば話が早い、あいつ等の言葉の通訳を頼むよ」
「それは良いですけど、私の質問への答えになってないです」
「さっき君が言った通りだよ。あいつ等と話をする。そして、それ次第では戦闘を終えようと思う」
「い、いいんですか? ほんの少し前に交戦に入った相手と」
「君なら、私がこういう奴だと分かってると思うがな?」
あ、溜め息吐かれた。だが、理解はして頂けたようだ。必要が無ければ戦闘はしたくないのが私の本音ではあるところだし、こういう展開も悪くない。
左のダガーだけを残して、右はホルダーに戻した。一応、受けだけは出来るようにしておかないとまた急に襲われたら堪らんからな。
向こうも大体話を纏めたようだ。む、ダウンしていた三匹目も復帰してきたか。この後戦闘になると少々面倒やもしれんな。
「では、しばし剣ではなく言葉を交わそうか。まずは……そうだな、自己紹介でもしようか」
「って、そ、そんな暢気な……」
「まぁまぁ任せて貰おう。私の名はトゥアン・ソフィエル、ここにたまたま滞在していた旅の者さ」
「ピィィ」
「えっと? 私達には特に名は無いから、好きに呼べ。だそうです」
「了解した。それではハルピュイアの諸君、単刀直入に聞こう。何故あの男を襲おうとしたのかな?」
……メリアの結界内できょとんとしているお前だお前。別に私は忘れていた訳じゃない、会話に組み込むタイミングを計っていただけだ。
む、何かピィピィと鳴いているが、私には何を言ってるかさっぱり分からん。メリアの耳はしきりに動いているから、あいつ等の言っている事を理解してるのは確かだろう。
「襲ったんじゃない……命令で追っていただけ? 捕まえて、主人の元へ連れて行こうとしていただけだ、ですって?」
「な、なんだって!? 嘘だ、だって爪で!」
「ふむ、掴む方法がそれしか無いし、手が翼なのだから仕方ないのではないか? 体の構造はどうしようもないだろうし」
「いやでも……そう、なのか?」
「らしいですよ?」
「……馬が喋ってる!?」
うん、面倒だ。この際こいつはしばらく無視して話を進めよう。必要になったらまた話題で触れてやればいいだろう。
「それは置いておくとして、何故この男を? 見たところ、ただの一般人のようだが」
「あの町の人間を逃がす訳にはいかないって事らしいですよ。主人達がやった事が露呈するからって」
「やった事? なんだそれは?」
「人間の生気を集める? らしいです。どういう事なんでしょ?」
「そ、そうだ! セルファは今大変なんだ! それをフォーカナルに伝えに行く為に俺はここに居るんだよ!」
「どういう事だ、話してくれ」
「町が……襲われた。いや、今も襲われてるんだ! このままじゃ、皆死んじまう!」
なんと……昨日から続いていた戦火はそれか。しかも現在進行形とは、笑えない話だ。
「どういう事か、詳しく聞く前に見に行った方が良さそうですね」
「……起きてきたか、ロウ。どうやら、そのようだ。すぐに発てるか?」
「荷物は持ってきました。あ、ついでにおチビさんも」
「気が利く男は嫌いじゃないぞ。他の皆は?」
「陣の中で何人かはここの様子を見ていたようですから、簡単に説明するだけで話は通るでしょう」
本当にいつの間にか傍に居る奴だな、ロウガッファは。まぁもう話を聞いていたなら次の行動へ移るのは早く出来る。それに越した事は無いな。
ロウからリープを受け取り、とりあえずは抱き抱えておこう。ま、これから走れば起きてしまうだろうがな。
「メリア、荷物は君に任せる。それと、キャンプの陣を解いてくれ」
「了解しましたが……大丈夫でしょうか?」
「今ここに危険分子は……」
「ピュイ?」
「居なくもないが、どうにかなるだろう。セルファからの御人よ」
「は、はい」
「今からここにちょっとしたキャンプ地が現れる。そこの者達に、今の話をしてやってくれ。それでどうするかは各自に任せよう」
ダガーを仕舞い、走る準備を進める。下り坂を思い切り走るのは身体的にあまりよろしくないが、そうも言ってられないだろう。……今からの私の発言的にな。
「さてハルピュイアの諸君、君達の任務はそこの御人を捕まえる事だったな?」
「ピィ」
「だが、ここに君達を倒しかけた私と、私の仲間が居る。しかも、恐らく私達は君の主人と敵対する者だ。そんな私の事を、男の追跡中に見つけてしまった君達はどうするかな?」
うむ、顔を見合わせている。こうでもしないと、またあの男を追い掛けそうだったのでな、餌を与えるにしても適当なものが他に無かったのだから仕方ないだろう。
流石私の仲間達、まだそう長い期間一緒に居た訳ではないのに、今の発言で私が何をしようとしているのか大体理解したようだ。その証拠に、見事に顔が引き痙っている。
「と、トゥアン? あなたまさか……」
「荷物の準備は……出来たようだな。メリアの体調は問題無いだろうし、ロウガッファ、体調は万全か?」
「万全じゃない、と言いたいところです」
「それは万全だと受け取らせてもらおう。そら……」
「シャァァァ!」
「走るぞ!」
「やっぱりですか!」
「えぇぇぇ!?」
餌とはもちろん私達自身の事だ。主人の命令で動くこいつ等が、主人に仇名す者を見つけて食らいついて来ない訳が無いと思ったからな。予想通りで結果は上々だ。
お陰で、現在一気に下山するのを強いられているがね。ほらロウ、メリア、しっかり足を動かせー。
「な、なんで寝起きで全力疾走しなければならないんですか!?」
「こういう寝起きもいいではないか、なぁ!」
「私に、同意を求めないで下さいー! 下り坂走り難いよー!」
「ん? あれ? なんでこんなに揺れるの?」
「起きたかリープ! 今少し立て込んでいるから、もう少し飛ぶのは我慢しろ!」
「……なんか後ろから追ってきてる! 追ってきてるってー!」
「ピュァァァァ!」
これで全員起床だな、全力で走りながらだが。リープもすぐに現状を理解したようだ。説明の手間が省けて助かる。
足を止めたらこの斜面を間違い無く転がり落ちることになるだろうな。それほどの加速が今付いている。止めるだけじゃなく、縺れさせてもアウトだなこれは。
「ぬぅぉぉぉぉぉぉ!」
「こ、これどうやって止まるんですかぁ!?」
「……知らん!」
「知らんって、えぇぇ!?」
「壁に激突したら痛いでは済まされない速さですよこれぇ!」
「気合で……耐えろ!」
「そんな無茶苦茶なぁ!」
「あ、ちょっと皆前! セルファってところ見えてきちゃったよー!?」
む、門は閉じているか……ならば開けるまでだな。
「ロウ、メリア! 先んじて門を超えてなんとか開けてきてくれ!」
「ど、どうやってですか!?」
「その門が閉じちゃってるんですよ!? 入れませんよぉ!」
「あのな、メリア、お前はなんだ!? しっかり頼むぞ、魔獣ナイトメア!」
「あ、そうだった!」
「なるほど、そういう事です、か!」
やはり身のこなしが軽い奴が居ると行動力が違うものだな。この疾走状態からメリアに飛び乗れるとはロウも流石なものだ。
そのままメリアは宙に浮き、空中を駆ける。下り坂が走り難いと言っていたのは本当らしく、ぐんっと走るスピードが上がったのが確かに分かる。
私を追い越して、門の上部を目指すように進んでいく。分かり易いところに門の開閉をする装置があればいいのだがな、果たして上手くいってくれるか……。
あいつ等が門を開けてくれないと、私は門の前で立ち往生しなければならなくなる。門にぶつかる前に走る勢いは殺すが、その後、後ろに居るハルピュイア三匹の相手をしなければならなくなるからな、少々きついというのが本音だ。
「うー、僕がトゥアンを抱えて飛べたり出来れば良かったんだけど……」
「ま、なるようになるさ。お前は自分が出来る事を手伝ってくれれば、私は十分だよ」
「う、うん……でもこうやって走りながら喋るのって大変じゃない?」
「分かってるなら訝しげに話掛けてくるんじゃない! 大変に決まってるだろう!」
「だよねー。でも、後ろの飛んでるのに追いつかれないんだからトゥアンって足速いよね」
「これは、下り坂の効果が大きいがな!」
ダメだ、走りながら喋ると舌を噛んでしまいそうだ。足に意識を集中してないと転んでしまいそうだし、程々にしておこう。
ぬぅ、門は大分近付いてきた。が、未だ開くような素振りは無い。先に行ったロウとメリアの姿は門の先に消えたし、早いところ開けてくれると助かるのだがな。
「ぜぇっ、はぁっ……も、門はまだか!?」
「んー……あ、門動き始めたよ!」
「それは、重畳だ!」
この勢いなら……到達する時には十分に通れる筈! よし、そのまま開いていってくれ!
私も流石に、息が切れてきた。や、やはり一気に下山するのは無理があったか。セルファが宿を取れる状況ならば、一休みしていきたいところだぞ。
よし、門まで後少し! そのまま……走り抜ける!
「やった! ……って、トゥアンブレーキブレーキ!」
「何!? うぉぉ!?」
なんで道の真ん中に人が倒れている!? くそっ、避けて……しまっ、バランスが!?
ぬぐぉぉぉ!? いつつつ……人は踏まなんだが、盛大に転けた。バランスを崩した時にリープの事は放り出したから大丈夫だろうが、勢いがついていた分体が転がる転がる。せ、背中が……。
「うぐぅ……我ながら、かなり無茶だったか……」
「大丈夫……みたいだね? なんであんな状況になってたのさ、魔獣に追われるなんて」
「まぁ、元々追われていたのは私達ではなかったんだがな? 成り行きでああなってしまったと言うか……」
なんて暢気に話してる場合ではなかったな。ん? ハルピュイア達の姿が見えんが、何処へ行った?
辺りを見回しても、居ない。その代わり、道端で何人もの人が倒れている。まだ息はあるのか?
「おい、大丈夫か? 意識はあるか?」
「くっ、あん……たは……まだ……うご、けるのか……?」
「あぁ。意識はあるようだが、動けないのか?」
「体……に、力が、入ら……ない。力が、抜けて……いく……」
「……トゥアン、なんか変だよ。この人の魔力が、どんどん抜けていってるみたい」
なんだって? 確か、魔力は意志の力だと言っていたよな? それが抜けるとは、一体どういう事なんだ?
「体も弱ってるみたいだし、このまま放っておいたらこの人、衰弱して手遅れになっちゃうよ」
「なんと? いやだが、私は医者じゃないんだ。こんなもの治しようが……」
「倒……してくれ……化け、物……そいつ、が……力を奪って……ぅっ……」
「おい、おい! くそっ、気を失ったか」
「化け物? んん……この魔力の流れの先に居るのかな?」
「分かるのか、リープ」
「うん、周りの人の魔力も同じ方にゆっくり流れていってるから、多分」
化け物、か。些か気になるが、あまり手を拱いてる時間は無いようだ。やるしかあるまい。
ロウガッファとメリアは何処だ? 合流してリープの感じている先へ行きたいのだが、門を開いて何処へ行ったんだ奴等は。
……はぁ、ここで抛けていても事態が好転するでも無し。合流する前に、何が起こってるかだけでも突き止めておくか。
「……よし、その流れの先に行こう。案内頼むぞ、リープ」
「分かった。でも、二人は待たなくていいの?」
「門を開け、恐らくこの状況は見ているだろう。言い切れはしないが、恐らく奴等も動いてる。ならば、私達は私達で動いていれば、その内ひょっこり姿を表すだろうさ」
「そう、だよね。……大丈夫かな、二人共」
「なぁに、ロウの奴は自分から危険に突っ込んでいくタイプじゃない。何があっても、安全は確保してるだろうさ」
不安そうな顔はしてるが、コクリと頷いてリープはついて来るように言った。……リープが妙な事を言うから、私も何やら妙な不安に駆られている。下手な事に無策で挑むような奴では無いが……おかしな事になっていてくれるなよ。
警戒をしつつ、異様な光景となった町中を進んでいく。進む先進む先で町民であろう者達が倒れ、気を失ってるような者から苦しんでいるような様子の者まで様々に居る。これを異様と言わずに何を異様と言おうか。
中には鎧を着た戦士の出で立ちの者も居る。戦っていたのは、恐らくこういった者達なのだろう。
家の壁面や道には争った後のように剣の斬り跡が付いているし、外に置いておかれていたであろう木箱や樽は破壊されている物も見受けられる。だが、無事な物も多いな。狙いが町の物資では無い……か?
「! なんだろう……薄気味悪い、嫌な感じの力を感じる……」
「薄気味悪い力? 魔力ではないのか?」
「魔力……なんだろうけど、なんていうか、ねっとりして黒い感じ? 絶対に、物質的には触りたくないタイプというか」
「そ、それはあまり触れたくない代物だな」
「……! え!? これって……」
「どうした?」
「その魔力の近くに、ロウとメリアの魔力を感じる! でも、なんか二人の魔力が弱い……トゥアン、急ごう!」
魔力が弱い、か。この町の様子からして、厄介事に首を突っ込んで行ったな? それか、厄介事の方からロウ達に接触したか。どちらにしろ、あまり良い状況ではない事が伺えるな。
飛ぶスピードを上げたリープを追って、私も足を速めた。朝からハードなものだ……まぁ、先程のは自分の所為だが。
リープの後を追っていくと、町の広場まで出た。そこで私の目に1番最初に飛び込んできた物は……あまり見たいと思う物では無かった。
一見すると、巨大な黒ずんだ肉の塊のようだが、それに手足が生えており、肉塊にはこれまた大きな目玉と口が付いている。はっきり言ってグロテスクと表現するしか無い存在だな。
「な、何、あいつ……」
「化け物、か……言葉に偽り無しである事を恨んだのは、これが初めてだな」
今まで見てきた魔獣のどれとも該当しないその姿の化物は、生えている右手に一振りの太刀を握っている。いや、太刀なんて洒落た物では無いな。馬鹿デカい刃を備えた鉄の塊と言った方がいいだろう。
それに一滴たりとも血が付着していないのも気になるが、それ以上に最優先で気にしなければいけないものを私の目が捉えた。
「……! トゥアンあそこ!」
「分かっている。リープ、覚悟はいいな?」
「行くんだよね? が、頑張る」
「よし、よく言った!」
化け物がゆっくりと自らの得物を持ち上げる。あれを振り下ろしたらどうなるかは分からないが、まず愉快な事にならないのは明白だ。
足に力を溜めて、一気に駆け出す。交差際、まずはその一撃を振り下ろすのを止めさせよう。
「せぇぇぇい!」
気合を込めて滑らせた左手のダガーは奴の腕を捉え、鮮血を吹き出しながら切り傷をその腕に刻み込んだ。
鳴きも呻きもせずに、ガランと落とされた鉄の刃が転がる。デカブツの目は、切られた腕を見ているようだ。上げたまま固まっているが、反応はしているようだな。
「……手応えがあるのに反応が無いというのは、薄気味が悪いものだな」
「トゥ、アン……さん……」
「何故……来たの、ですか? ……早く、逃げて……」
「全く、そんな成りでよくそんな事が言えたものだな。辛うじて立っているじゃないか。お前達こそ、早く退け」
「そう、したいのですが……ね……」
「立ってるので、もう……精一杯……なん、です」
? 外傷は無いようだが、相当に消耗しているな? 一体何があったんだ?
とにかくロウとメリアが動けないのならば、私がやるしかあるまい。あまり直視したい物では無いのだがなぁ。
「トゥアン! 魔力が集まってるのそいつにだよ! えっと……目! 目のところに魔力が集まってる! そこを潰せば、魔力を吸い取ってるのは止められるかも!」
「でかしたリープ。なるほど、お前がこの町を襲った者か」
……喋りもせずに、落とした剣を拾っている。妙だな、動き自体は鈍重だが、本当にこいつが町を襲った者なのか?
この町がこいつ一匹に襲われてこんな事態に陥ったとは考え難いな。まだ何かあると想定しておくべきか。
さて、どうしたものか。腕からまだ血を流していると言う事は、攻撃によりダメージは与えられているだろう。こいつが痛みを感じているかは別としてな。
故にダガーで攻撃は出来る。が、メリアとロウガッファを足腰立たなくしたのもこいつだとすると、いきなり飛び込むのは愚策。まずは様子を見るか。
僅かにだが後ろの二人は下がろうとしてるな……少し時間も稼ぐか。
「その、怪物の剣……絶対に……受けちゃ、ダメ……です!」
「体の力を……根こそぎ、奪われます、よ」
ほう、どうやら力を奪う切っ掛けになるのはあの剣のようだな。あれもどうにか出来ればやってみるか。とにかく、まずは奴の目を潰してやろう。
ん? あれは……さっきのハルピュイア達じゃないか。倒れているところを見ると、こいつ等も目の前のこいつにやられたのか? ふむ、仲間とかでは無いのだろうか?
「うわぁ、トゥアン避けてぇ!」
分かっているさ、剣を持ち上げていたのは見ていたからな。
おっと、存外振り下ろすのは速いな。相当重そうだし、それもあって振り下ろしは加速しているか。
そして、そこから横に薙ぎ払うと。肩の動きを見ていれば、次に相手がどう動くかはある程度読める。まぁ、こいつの腕の生え方からして、肉塊に取って付けたようなものだから肩と呼んでいいのか疑問だが。
「さす、が、ですね……」
「なるほど、剣を振り回すのは速いし、痛みの無い体か。ロウ、お前油断したな?」
「面目、無い……」
「違い、ます……ロウ、さんは……」
「今は無理に話さんでいい。後でゆっくり聞くさ」
「うぁぁ、トゥアン避けるのに集中してよぉ! 見てるこっちがハラハラするったらぁ!」
そりゃあ、この目玉肉塊の攻撃を避けながらロウ達と会話しているのだから、リープからそう言われても仕方が無いか。
体のすぐ横を、鈍く重い風切り音を上げながら鉄の塊が荒れ狂うように振り回される。足はずしんと重々しい足音をさせながら、僅かずつこちらに向かってきてるようだ。これで足まで俊敏だったら手に負えないが、それは救いだな。
さて困ったぞ。この中で少しでも手を出せば、間違い無くこの刃は私を捉えるだろう。だがかと言って、避けるだけを続けていてもこの町の連中や、予想でしかないがロウガッファとメリアも時間切れを迎える。参ったな。
距離を開けるか? いや、そうしたところで打開策は無い。ナイフで牽制しようにも、痛みを感じないのならそれに意味は無いだろうしな。ナイフ一本刺さったくらいじゃ屁とも思わずに襲ってきそうだし。
……よし、この剣閃には慣れてきた。避ける分には問題無さそうだ。少しずつメリア達から離れるように誘導も出来るくらいだ。
「ふぅ……厄介だな」
「ひぃぃ、トゥアンちょっとは離れようよぉ! ぼ、僕見てらんない!」
「いや、そろそろ何かしらの援護があるかと、待っているんだが、な! っと」
「……そうだった! よぉし、特大のやっちゃうから!」
ようやく魔法を使う気になってくれたか。私が手を出せん以上、現状動けるリープしか頼る相手が居ない。本来なら私だけでなんとかしたいがな。
「我、数多を統べし者として命ずる! 穢れを焼き払いし炎龍の焔よ、我に仇名す者を焼き払う為、来たれ!」
剣閃の合間を縫って、僅かに身を引く。よし、魔法陣は奴の足元ジャストだ。
赤い魔法陣がカッと輝き、天を衝くように火炎が燃え上がった。多少は効いてくれるといいのだが……。
!? な、まだ動くのか!? どうなってるんだこいつは、燃えてるんだぞ!?
「えぇ!? これでまだなんともないの!? このぉ~、これで……どうだぁぁぁぁ!」
「ん!? ちょっと待てリー……うぉぉぉ!?」
ぜ、全力撤退! 敵に背を向けるなとか言ってる場合じゃない! 炎竜の真炎とやら、どこまで火力が上がるんだ!?
奴を包む火柱は真っ赤な炎から、真っ白と言える程の炎にまで密度が上がった。あ、熱っ! 冗談じゃない、私が燃えてしまう!
「燃え……尽きろぉぉぉぉ!」
「……ブ」
「ん?」
「ボァァァァァ! ブォ、ボアァァァ!」
「おぉ!? く、苦しんでるのか!? っと言うか、ここまでしないと悲鳴すら上げんのか!?」
うぅ、世にも悍ましい悲鳴とはこの事か。なんというかこう、腹の底に響いてくる嫌な声だ。が、確実に苦しんではいるようだな。
しかし先程から右手の証紋がとんでもなく光ってるが、大丈夫なのか、これ?
「くっ、これ以上は……無理~」
「ボ……バ……」
「いや、上出来だ。全く、あの炎をまともに受けてまだ形を保ってるこれの異常さに私は唖然とさせられるよ」
黒ずんだ肉塊だった物は、黒い炭一歩手前の物になるまで燃焼されたようだ。これでまだ動こうとする意志がある事に本当に驚かされる。普通の生物だったら数秒持たず燃えていただろうな。
燃やされた手足は殆ど力を失い、だらりと垂れている。再生等するかは分からないが、今が絶好のチャンスだろうな。
「すまんがその目、頂くぞ!」
「ブギェァァァ!?」
飛び上がるようにして狙いすましたダガーを、奴の目の中央に突き立てた。……手応え、有りだな。
ん? ダガーを刺した部分で、何かが砕けた? いや、何か硬い鉱物のような物に当たったような感じがしたが、なんだ?
っと、まだ動けたか。無理に動かせばボロリと崩れてしまいそうな腕を我武者羅に振り回して、私を殴りつけに来た。とりあえず逃げておくか。
「よっと。リープ、目は潰せたと思うが、どうだ?」
「……うん、魔力の流れ、無くなったみたい。これでもう町の人がこれ以上悪くなる事は無いと思うよ」
「了解した。が、こいつをどうするかな? こんな町の広間には置いておけんしなぁ」
「ブゥー、フゥー……ボァァァァ!」
おっと、最後の抵抗か? まだ大分元気そうだな、この分だと。
はっきり言って、私のダガーはこういうデカブツを相手にするには不向きだ。ダメージを目に見えて与えられる相手になら幾度も切りつけて勝利とする事は出来るが、こいつは本当に痛覚が無いと見える。でなければ、こんなに体が炭化して動ける筈が無い。
そういった相手はどうやって倒すか。……真っ二つにしてやるのが1番手っ取り早いのだろうが、それをダガーでやるのは至難の業だろうな。
ふむ、どうするか……ん? 何かがこっちに飛んでくるな。音からして……刃物か。
左のダガーで弾けるな。これは、刃だけのナイフか?
「イブルアイからの魔力回収が止まったと思い見に来てみれば、こんな陳家な人間にコアを破壊されるとはな!」
「……誰だお前?」
ナイフが飛んで来た方向を見ると、蝙蝠の羽のような翼を背に持つ、黒い長髪の男が浮いていた。一応服装は上等そうなスーツを着てるが……。
「我が名はフェスト! 魔貴族のフェストなり! さぁ、頭を垂れよ!」
「いや、知らんが」
「何ぃ! この高貴にして姿を見る事さえ至福とされる我を知らばぁ!?」
「……トゥアン、ナイフ投げる前に話くらい聞いてあげれば?」
「いや、面倒そうだったのでな。おーい、とりあえずそれは返すぞー」
「き、貴様ぁ……下賤な人間風情が私に楯突くと言うかぼすっ!?」
「だから喧しいと言うに。さっさと用件を言え用件を」
私の容赦無い投擲に若干涙目になってるようだが、どうやら気を取り直したようだ。魔貴族、とか言ってたが、何者だ?
「ふ、ふん! まぁいい……よく聞け愚民! 貴様は今、とんでもない事をしてくれたのだ、このフェストの邪魔と言うな!」
「そうすると、この化け物はお前がけしかけて来たようだな? 人々から魔力を吸い取り、それを集めて何をするつもりだ?」
目玉肉塊(元)は、主人であろうこのフェストとかいう奴の真下に行ってジッとしている。ま、そもそも動けるのがおかしい状態なのだが。
「無論、我らの糧とするのだ。矮小な人間とはいえ魔力は魔力。搾り取ればそれ相応の量にはなるのでな」
「それがどういう結果を生み出すのか、分からないとは言わせんぞ」
「ふん! 人間なんぞ我らにとっては家畜も同然! 幾ら朽ちようが知った事ではない!」
「……よしリープ、奴を灰に変えてやれ」
「了解! 我、数多を統べし者として命ずる!」
「ほう? 陳家なトカゲの魔法で我を攻撃するつもりか? 面白い、受けてやろうぞ」
随分余裕だな? こいつの火力は笑いながら受けられるような代物ではないぞ?
「穢れを焼き払いし炎龍の焔よ、我に仇なす者を焼き払う為……」
「ん!? ちょっと待て、その魔法は!?」
「来たれ!」
「ちょま、うぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」
「……何か余裕を見せる要因があるのかと思ったら、普通にダメージが入っているな」
「や、止めろぉぉ……し、死んでしまう。こ、この、魔貴族である私がぁぁぁ……」
……呆れを通り越して哀れになってくるな。しょうがない、止めてやるか。
リープに止めてやるよう言うと、発生した炎はすぐに収まった。で、燃やされていたフェストとかいう奴は、落ちて目玉肉塊に拾われている。
一応主人が危険に遭うと目玉肉塊も慌てるようだ。オロオロとしている。
「くっ、馬鹿な……何故、永劫の闇の中に消えた筈の竜魔法が……」
「ふむ? 貴様、リープの魔法を知っているようだな。ついでだ、洗いざらい吐いてもらうぞ」
「この世界に、我ら魔族を脅かせる者などとうの昔に潰えた筈なのに……何故だ、何故貴様は忌むべき力を使える! レジェンディアは滅びた筈だ!」
「! レジェン……ディア?」
「知っているのか? リープ」
「ううん……でもなんだろう、凄く懐かしいような感じがする……でも、なんか胸の真ん中が苦しくなるような……」
リープのこの反応……レジェンディアとやら、何かあるな。
それにこいつの言った魔族という言葉、少々気になる。こうなったらとことんボコボコにして吐かせるとするかな。
「おのれ……この事を皆に知らせなければ! 戻るぞ、イブルアイ! 使えぬハルピュイアなんぞと一緒にここに残したが故に散々な目に遭ったわ!」
「! 待て!」
「小賢しい人間め、次はもう容赦せんぞ! この世界は、我ら魔族の物だ!」
喋るだけ喋ってその場から消えおった……魔族、なぁ? 気になる事を何個か言っていたから、聞き出したいところではあったんだがな。
ん? ……おいおい、あの馬鹿、目玉肉塊が持っていた剣を置いていったぞ? 私では扱える物ではないが……いいのか?
「トゥアン……」
「ん? ……気にはなるが、まぁ仕方ないな。リープ、レジェンディアとやらの事は、また今度調べような」
「う、うん! あ、ロウとメリア、大丈夫かな?」
「おっとそうだった、えーっとあいつ等は……」
「ここに、居ますよ。全く、あなた達は本当に無茶を実行するものですよ」
ん、ふらついてはいるが立ち上がれたか。どうやら魔力の吸い上げとやらが止まって、少しずつではあるが回復しているようだな。
メリアの方も座り込んではいるが、どうやら復調してきてるようだ。表情がさっきよりも楽そうにしている。
「まず言いたい事は色々あるが……この阿呆め、なんであんな化け物に挑んでいった?」
「それについては面目次第も無い……あのハルピュイア達があなたを狙いから外し別の場所に飛び去ったのを見て後を追ったのですが」
「その先にあの怪物が居て、油断した私がハルピュイアの子達と一緒に切られちゃって、ここに落ちちゃったんです」
「ほう。……駄目だな、この者達、もう息が無い……」
「無理も無いでしょう。あの化物、私達を襲おうとする前に、その子達に剣を突き立てていましたから……」
魔力を吸い取られて死ぬと言うのは、相当に苦しむ死に方のようだな……。死に顔に、苦悶の表情を浮かべている。せめて、瞳だけでも閉じておこうか。
魔獣にもしていいか分からないが、せめて胸に十字を切り、冥福を祈ろう。……もう少し早く駆けつけていれば、この者達も救えたやもしれんとなると、居た堪れんな……。
「しかし、あなたが来てくれていなかったら私もメリアも後を追う事になっていたでしょう。感謝します、トゥアン」
「あぁ、感謝しろ。無茶をするなとは言わないが、頼むからせめて合流してからにしてくれ。でないとこちらも困るのでな」
「うぅ、すいませんでした……」
「生き延びる為にも、肝に銘じておきますよ」
「よろしい。さて、二人とも動けるか? 動けるようなら手分けして町の者を診てやるとするぞ」
「い、いきなり鞭打ちますね……分かりました、やりましょう」
よし、それでは町の様子を確認して周るとしよう。……犠牲者は、とても少ないとは言えんかもしれんがな。
うむ、あのキャンプからこちらへ来た者達が一部でも居てくれて助かった。お陰で私達三人だけで救助をしなきゃならないという事態だけは避ける事が出来た。それでも、大分時間は掛かったが。
だが、これは……酷い。とりあえず無事な者から広間に集めて手当てはしているのだが、もうその広間も埋まろうとしている。おまけに、意識不明者や……二度と目を覚ます事の無くなった者も相当数だ。葬儀や埋葬をしてやりたいが、この数は我々だけではどうしようもないな。
「こんな……こんな事って……」
「起きてしまった事を憂いている訳にはいかない。メリア、回復の陣をまだ張れるか?」
「やれます。ちょっと待って下さいね……穏やかな光に見守られし、ここは、安らぎの聖域なり!」
白い十字架のような陣が地面に敷かれ、その陣からは光が湧き出ている。これが回復の力を持っているようだが、どうもこれには陣を張っておける時間が制限されてるらしい。
故に、永続的に回復の力を維持してはおけないそうだ。メリアが疲労していた事も考えると、あまり無理を重ねさせるのも不味いだろうしな。
「ご苦労、メリア。しばらく休んでいろ、それだけやれば十分だ」
「でも、まだ!」
「倒れている者は確かに居る。その中に、自分も増やす気か?」
「うっ……」
「頑張ろうとしてくれるのは有難いが、誰かを助けて自分もなんて考えるのは馬鹿げている。これから先、君に助けられる者はまだまだ居るんだからな」
魔物であるメリアが人間を助けようとしてくれている事自体が感謝してもしきれん事なんだ、それを命懸けでやれというのは烏滸がましいにも程がある話だ。
だが……メリアにはああ言ったが、本当に町一つの人間を手当てするとなると、メリアにはもう少しだけ魔法を使ってもらいたいところではある。
まぁ、魔法に頼るだけが手当てという訳じゃない。外傷の治療等だけが手当てと言う訳でもないしな。
「トゥアン! 見つけてきましたよ!」
「でかしたぞロウ。ん? 後ろのは?」
「調理器具の出資者です。丁度、フォーカナルで積んできたそうなので」
「トゥアンさーん! フォーカナルからも人を連れてきました! ……ところで、鍋や包丁なんて何故探していたんですか?」
「おぉ、カブラスか。いやなに、魔力というのの回復にどれだけ効果があるかは分からんが、炊き出しでもしようかと思ってな」
「あっ、なるほど」
ふむ、カブラスの荷車を見ると、大鍋が三つに器なんかがある。……正直に言って器は圧倒的に足りないが、これは町の者にも許可を取って使わせて貰えばなんとかなるだろう。
とりあえずこれで調理は出来る。と、言いたいところなんだがな。後もう一つ、いや、二つ程必要な物があるんだ。リープが上手くやってるといいんだが……。
「トゥア~ン! 食べ物売ってるところとご飯出してるお店、あったよー!」
「来たか。で、そこの主人は?」
「自分は動けないから使ってくれって! 後、町の為だから食べ物も使いたいだけ使っていいよって言ってた!」
「上出来だ、そこに案内してくれ。っと、ロウとカブラス! お前達は調理器具を運ぶのを手伝ってくれ!」
「え? どういう事ですか?」
「リープが調理出来る場所を見つけてきたのでな、そこに移動して炊き出しの準備だ」
「そんな、どうや……いや、なるほど……おチビさんの知性は底が知れませんね、筆談ですか」
そういう事だ、よく分かったなロウ。リープの奴、紙とペンを持っていただけだったんだが。
リープは私の記憶から物の形状や使い方の記憶を写し見て知っている。と言う事は、文字についても知っているという事だ。そもそも普通に文字なんかは読めていたしな。
ならば、書く方も出来るのではないかと思って、紙とペンを渡してみた。結果はご覧の通り、筆談が出来るくらいに書く事も出来たという訳だ。これはなかなか便利な発見だったやもしれん。
瞬発的な会話とはいかないが、これで時間を掛ければ、私以外の人間にもリープが自力で自分の意思を伝える事が可能になったという事だ。ま、基本は面倒だし紙の消費もあるから私が通訳するだろうがな。
よし、場所に食材に器具も揃ったとなれば、後は調理を始めるだけだな。どれ、一つ頑張ってみるとするか。
リープの先導に続いて、広場から少しだけ離れた一軒の食事処まで来た。ふむ、店の前で座っている御人が店主かな? それならば私からも一言言わねばなるまい。
「リープ、あの方が?」
「うん、このお店の人だって」
「そうか。……辛いところ失礼、炊き出しの作成場所の提供に礼を言わせてほしくてな」
「ぐっ……って事は、このちびの主人はあんたか。なかなか出来た相棒が居るじゃないか、まさかこんな飛びトカゲが人の字を書けるとはな」
「むぅ~、僕はトカゲじゃなくてドラゴンなのに~」
「まぁまぁ。とにかく場所の提供に感謝する。大事な店の厨房、使わせてもらうぞ」
「……条件を一つ上げるなら、美味い物を作ってくれ。そうすりゃ厨房も喜ぶ」
「承知した。量を求められる炊き出しの食事だが、なるべく期待に沿える物を作ろう」
親指を立てて見せたのを目で確認して、店の中に入らせてもらうとしようか。
おっと、店の中は綺麗の一言に尽きると言った様子だ。なるほど、店主が店の前に居た理由はこれか。恐らく、自分の身を盾に店を守ったのだろうな。
ならばその思いに敬意を払い、しっかと厨房を使わせてもらうとしよう。早速用意を始めるとしようか。
「わぁ~、綺麗な道具。トゥアンの持ってる包丁とかと同じできちんと手入れされてるみたいだよ」
「ほう、そんな事も分かるのか」
「うん! ね、ね、トゥアン。僕も手伝える事は手伝うから、一緒にここに居ていい?」
「うん? 構わんよ。だがまずは、外に居る二人に鍋や器を運び入れるように指示してきてくれ。あれが無いと始まらないからな」
「はーい! 了解であります!」
……リープの奴、鍛えれば道具の目利きなんかも出来るようになりそうだな。何にどんな素質があるかというのも、こうして眺めていると面白いものだよ。
さて、リープが二人を連れて来て、鍋等の搬入は終わった。ここの鍋も大きい物は使えそうだな……それを合わせて鍋は5つといったところだ。よし、てきぱきと作っていくとするか。
「で、お前達はどうする? リープは手伝うと言うからここに居させてもいいが、手伝わんのなら町の様子を見に戻ってもらおうか?」
「料理の事になると私は手が出せませんからねぇ……いや、そうですね。ちょっと思うところもあるので、私は町の方へ行きます」
「じゃあ私は……町の方に居ても手伝えそうな事もありませんし、芋の皮剥きくらいなら出来るので……」
「ふふっ、分かった。ロウは町で私の手伝いをしてくれる者を、カブラスはここで手伝いを継続、だな」
「なんだ、お見通しですか。では少し出てきます」
私に隠して縁の下の力持ちでもやろうとしようとしたんだろうが、何か閃いたと言わんばかりの顔をすればある程度予想はつくさ。この状況で料理の出来ないロウガッファが手伝うというなら、そういう事くらいだろうしな。
それでは芋の皮剥きをすると言ったカブラスにはそのまま皮剥きをしてもらって、リープには玉葱の皮でも頼むとするか。そうやる事が多いという訳でもない事だし。
基本として、弱っている者にいきなり消化系に負担を掛けるような物を食べさせられる訳も無し、作ることになるのはスープや、ポトフが良いところだ。つまり食材を手頃な大きさに切って大鍋で煮込む。後は味付けをしっかりしてやれば完成という至ってシンプルな料理だからな、基本的な炊き出しの料理とは。
というか、それ以上手間の掛かる料理を私だけで負担するのは無理と言うもの。ロウガッファがどれだけ働き手を集められるかに寄っては、作らない事もないがな。
さて、着々と料理の準備は進んでいるが、やはり鍋の当番をするのが私だけとなると他の鍋にまで手が回らん。一つずつの鍋をかき回していたんでは時間が掛かり過ぎるなこれは。
「すいません、ここで炊き出しの用意をしていると聞いたのですが……」
「ん? あぁ、確かにしているが、もう少々待ってくれ。作り手不足でまだまだ用意に手間取っているがね」
「いえ、それほどではないですけど多少調理の心得があるのでお手伝いをと思いまして」
「ほう、それは助かる。では、食材はここにある物と、表の店の物を使っていいと言われているので頼むとしよう」
「分かりました。えっと、調理器具は……」
「好きな物を使ってくれ。それと、これは炊き出しだからまずは量が必要だと言う事も念頭に入れておいてもらおう」
「はい!」
ロウの働きかけか、一人目が来てからはぞろぞろと手伝いを申し出る者達が来た。よし、これなら十分に炊き出しを用意出来そうだ。なかなかやるじゃないか、ロウガッファも。
中には調理器具を持参したり、町民達から更に借りてきたりする者も現れて、俄かに賑やかになってきたじゃないか。誰も何も報酬なんて無いと言うのにこれだけ集まるとはな、人の善意というのも、捨てたもんじゃないというところかな。
私が作っていたスープも完成し、大鍋のまま広場の方へと運ばれていった。料理は出来ないが、作った物を運んだり配ってくると申し出てきた者達も居たのでな。
この分なら、炊き出しは滞り無く出来そうだ。さて、私も次の用意を始めるか。
「お、っと。どうなったか見に戻ってきましたが、順調なようですね」
「ロウか。あぁ、こっちは問題な」
……い? な、なんだ? ロウの声がしたと思って振り返った筈なんだが、そこに奴が居ない。
いや、それどころではない。何処だここは? 私は厨房でスープを作っていた筈だぞ!? なのに、なんで……。
「空を……飛んでいる!?」
ど、どうなっているんだ!? 屋内に居た筈なのに何故空の上に居る!?
混乱する私を他所に、風景が流れていく。だから私は飛んでいると表現しているのだ。本当になんなんだこれは!?
ふと気付くと、私の足元が黒い事に気付く。それだけじゃない、立っている場所を見回すと、巨大な翼が羽ばたいているのが視界に入った。私を中心に、左右に大きく羽が広げられている。
鳥の羽毛がある翼ではなく、リープの翼のような皮膜のある翼だ。だが、大きさはリープの比ではない。そもそも私が背に乗っているんだから当然だ。
――美しい。この美しい世界を、何故……
「ん?」
なんだ、今のは? 声? 何処から?
疑問を感じながら立ち尽くした私の足元、私が立っている場所は空を切りながら進んでいく。……分かってきた、私が今、何処に居るかが。
黒く、陽光を照り返し輝く鱗。巨躯で空を飛び回るこれは……鳥なんかではない。もっと、もっと巨大な力。この世界の、一番強大な力を持つ存在。
「ここは、ドラゴンの背……なの、か?」
私の疑問に答えるかのようにバサリと翼が動き、体を擡げるようにしてドラゴンの頭が現れた。空中に静止して、何をする気だ?
――止めろ! 私に……こんな事を、させないでくれ!
「なんだ? 何をするつもりだ!?」
私が見つめるドラゴンの頭の前、恐らく口元であろうところに小さな光の珠が浮かんだ。……はっきりと分かる。あれは……膨大な魔力を圧縮して出来た、強大な力だ。
そして、それは更に大きさを増しながら力を増幅させていく。……まさか!?
「止めろ! そんな物を撃ったら、ここは!」
――嫌だ、私はこんな事をしたくはない! 誰か、誰か私を止めてくれ! 誰かぁ!
ドラゴンの悲痛な叫び、それが私の頭に、心に直接響いて来る。まさかこのドラゴン、操られているのか? でも、誰に?
そんな疑問を考えてる暇は無かった。既にドラゴンが集めている力は弾けんばかりに集まっている。眼下には、緑豊かな大地。それが今、この力によって薙ぎ払われようとしている事は容易に理解出来た。
依然として私に聞こえるドラゴンの叫びとは裏腹に、私が見つめるドラゴンはその光を放つ動作に移る。なんなんだこれは、本当にどうなってるんだ!?
「よせ! なんで拒んでいるのにそんな事をしようとする! 止めろぉ!」
駄目だ、私の声は全く届いていない。背を少し登り、なんとかドラゴンの表情が見える位置まで移動した。
そこで、何がドラゴンを操っているかが分かった。ドラゴンの鼻先に、一人の男が立っている。こいつが、嫌がっているこのドラゴンを操っているのか!
咄嗟に私は駆け出し、ダガーを抜いていた。このドラゴンの叫びが、私にそうさせる。止めなければ、こんな……悲しみを。
「貴様ぁぁぁぁ!」
……だが、間に合わなかった。男が持つ杖が、無慈悲にも振り下ろされる。それに合わせるように、ドラゴンは集めた力を開放してしまった。
閃光はドラゴンが放つ咆哮に合わせ、大地を切り裂き吹き飛ばす。大地が、世界が……死んでいく。
私の叫びに気付いたのか、男は振り返りこちらを向いた。酷く驚くような顔をしている。が、もうそんな事に構う気は無い。
――あ、あぁ……そんな……
絶望。自らが起こしてしまった破壊に対しての。それが私の中に流れ込み、私の心を染めていく。
そのままの勢いで、私は……男の胸にダガーを突き立てた。なんで、こんな事をこいつにさせた。何故!
――何故私を……闇に染めた! ゼガン! 何故!
……ゼガン? それが、この男の名前?
私の手によって、たった今ドラゴンに滅びを命じた男は命を失った。ダガーを引き抜くと、男の体は壊れた人形のように、ドラゴンの体を滑り、落ちていく。
なのに……何故、また力を溜め始める? もうお前を操る者は居ないんだ! そんな事はしなくていい!
――……もう、止められない。誰にも、私を……
「止めるんだ! 何故また力を溜める!? そんな事をする必要、もう無いんだ! 止めろ!」
――誰か、私を……
……閃光と共に、最後に聞こえて来た声は途切れた。このドラゴンの、心が……死んだ。
声が聞こえなくなって、私の意識も遠くなっていく。何も、見えなくなっていく。
……? でも、なんだこれは? ドラゴンの中にまだ、光が……?
……視界が戻ると、そこには天井と、私の顔を心配そうに覗き込むリープの顔があった。どう……なったんだ?
「トゥアン!? 大丈夫? 僕の声、聞こえる?」
「あ、あぁ……リープ、ここは?」
「セルファの宿屋だよ。はぁ~、良かったぁ」
体を起こすと、自分がベッドに寝かされていた事に気付いた。それに、何処かの一室に居るという事も。リープの説明の通りなら、宿のようだが……。
「トゥアン、何処まで覚えてる?」
「覚えているか? 何をだ?」
「自分が何をやってたかだよぉ。まだ頭ははっきりしてない感じ?」
何をしていたか? 確か、ドラゴンの背で……いや、いやいや待て、そもそもあれがおかしいだろう。町の中に居て唐突に空の上なんておかしすぎる。
ならあのドラゴンの背での事の前を言うべきだろう。えっと……そうだ、炊き出しの用意をしていたんだったな。
「確か、炊き出しを作っていて……」
「うん、そこまでは覚えてるんだね。そこでトゥアン、倒れちゃったんだよ」
倒れた? 私が? ……だとすると、あの時急に場所が変わったのは私が気を失った所為、という事か?
だとしてもおかしい。あれが倒れた私の見た夢だと言われても、鮮明に覚え過ぎている。あのドラゴンの叫びも、ゼガンという男を刺した事も、依然として私は記憶しているぞ?
ん? 少し考え込んだ間にリープが俯いてしまっていた。どうかしたんだろうか?
「……トゥアン、ごめんね。トゥアンが倒れたのって、多分僕の所為だ」
「私が倒れたのがお前の? どういう事だ?」
「炎龍の真炎を、高い威力で使い過ぎたんだと思う。それで、トゥアンの魔力が急激に減っちゃったのが負担になって……」
それで、その過負荷で私の意識が飛んだ、と。なるほど、確かにそう言われるとそうなのかもしれないな。
ふむ、現在は特に体に違和感を感じる事もないし、意識もはっきりとしてきた。あのドラゴンの……夢? のようなものは気になるが、概ね問題は無いだろう。
ならば、別段リープを責める事もあるまい。そもそも、リープの魔法には助けられたのだ、恨むのはお門違いだろうて。
言葉を詰まらせ、また俯いたリープに手を伸ばす。こいつめ、何かされるかと目をキュッと閉じたぞ。私がそんな事する訳ないだろうに。
そっとリープの体を引き寄せて、包むように抱いてやった。これで少しは落ち着くだろう。
「え、あれ?」
「……私は、別に気にしないさ。元々私を助ける為にお前は魔法を使ったのだろう? だったら、俯く必要なんか無い」
「でも、でも……」
「寧ろ胸を張って貰えないとなると、これからお前に魔法を使ってもらうのを躊躇わないとならなくなるじゃないか。私はな、あまり出し惜しみというのが得意ではないのだがな」
今回とて、私のみの力でどうにか出来た等と言う気は無い。言える筈も無い。あのままあの目玉肉塊と戦いを続けていれば、疲弊した私が奴の餌食になっていたであろう事は容易に想像が出来る。
それを、こいつが……リープが救ってくれたのだ。その代償が倒れるだけなら、まぁ安いものだろう。
「な? だから俯くな。下なんか向いてたって、面白くもなんともないだろう」
「……うん」
それでいい。もうしばらくは、こうして抱っこしていてやるとするか。
ん? 足音が近付いてくるな。二人、一人は恐らくロウガッファの奴だな。
扉が開いて、予想通りロウの姿がそこにあった。もう一人はカブラスだったか。
「一応女の寝ている部屋に入るのだから、ノックくらいしても悪くないと思うが?」
「おっと、お目覚めでしたか。驚きましたよ、目の前で突然、糸が切れた人形のようにあなたが倒れるのですから」
「トゥアンさん、もうお加減はいいのですか?」
「ま、概ねな。どうやらあの肉達磨と戦った時の大技が原因だったようだ、もう大事無いさ」
「あれですか。確かに法外な程の火力でしたからね、あれ。しかしあれは、そのおチビさんが使った魔法だったのでは?」
「消費する魔力は私の方から供給されているそうだ。だから、魔法で魔力を消費するのは私という事らしい」
なんだ? ロウガッファが私の言葉を聞いて目を見開いたぞ? 何があったのだか?
「あなたの魔力で、あれが発動した? という事は、あれを出せる程の魔力が、あなたにはある、と?」
「らしいぞ? 私にもよく分からんがな」
唖然とされてもな? こればっかりは私の魔力を使っているリープではないと分からん事だな。
何にしても、もう体は動く以上のんびり寝ている事もあるまい。リープはまだ抱いていてやるが、ベッドからは降りるとするか。
「よっと」
「うん? もう起きられるのですか? まだ寝ていても問題ありませんよ」
「そうも行くまい。町の状況は?」
「大丈夫です。フォーカナルから本格的な救助が来ましたし、落ち着きを取り戻す、までは行きませんけど……衰弱していたこの町の住民達の救護は進んでいます」
そうか……ならば私がそう出しゃばる必要も無し、か。なら別にそう急いて動く必要も無いな。
「しかし、奴は一体なんだったのでしょう? それにあなたが話していたあの人間……いや、確か魔族と聞こえて来ましたが、あれは?」
「うん? 私もよくは知らんが、確か……魔貴族のフェスト、と名乗っていたな。あの肉達磨を操っていたというか、使役していたのも奴らしい」
「魔族か……僕が知ってるのは、大昔にこの世界とは違う、魔界って所からこの世界を支配しに来た種族って事くらいかなぁ。後はよく分かんない」
いや、知っていたのかリープ。ほんの少しの情報とはいえ知っていたのは何より。この世界を支配とは、穏やかじゃないな。
「でも、魔族はこの世界から追い出されて封印された筈なんだけど……」
「ふむ……だが奴は自分を魔族と名乗った。何かが……起き始めているのやもしれんな」
「……本当に、私もその小さなドラゴンと話をしてみたいですね。一体何の話を?」
おっと、この通訳をしなきゃならないのを本当に忘れがちだ。私には普通に話しているようにしか聞こえんから、どうしても他の者にもそう聞こえていると勘違いしてしまうのだよな。
今リープから聞いた話を二人にも話して聞かせた。この世界から姿を消した筈の者達の帰還、か。
「その話が真実だとすると、各地の遺跡に残されている『魔なる者達』という者達の情報に謳われている存在と合致しそうですね」
「魔なる者達ですか。私も子供の頃にお伽話としてなら聞いた事がありますね。大昔に、この世界の全ての生き物が手を合わせて退治した怪物、だったかな?」
「あれがそれだと言われても信憑性に欠けるが……この町で起こった事を鑑みると、あながち冗談では無いのかもしれんな」
「だとしたら、その魔族がなんの為に町を襲ったのでしょう?」
「さぁ? 奴は確か、魔力を我らの糧とする為、と言っていたかな。他者から奪った魔力を糧にするなんて、可能なのか?」
「出来なくはないんじゃないかな。相手から魔力を奪う魔物とかって、実は結構居るんだよ。それらと一緒の事が出来るって考えればいいんじゃないかな」
なるほど……どのみちあんな奴等の糧になんてされるのは御免被る。次に会う事があれば、敵と認識して間違いは無いだろう。
どうやら私とリープは奴等にとって危険な存在らしいしな。旅を続ければ、向こうからこっちへちょっかいを出してくるやもしれんと覚えておこう。
「ふむ……おチビさんを王都まで運ぶだけの旅でしたが、世界レベルできな臭くなってきましたね」
「全くな。あまり妙な事に巻き込まれる前に王都に着きたいものだよ」
「うーん……この話、いち商人でしかない私が聞いても良かったんでしょうか? もっとこう、王国騎士団や退治屋ギルドにするべき話では?」
「そうだが……私は嫌だぞ? そんなところに話に行ったら、もっと情報を寄越せだの協力しろだの、果てにはリープを寄越せと言ってきかねん。あの魔族とやらを相手にするよりそっちの方がよっぽど面倒だ」
「ま、一つの町が落ちかけた事件ですから、その内騎士団も退治屋も動き出すでしょう。私達があれこれするまでも無いでしょうね」
「え、それでいいんですか?」
私もロウガッファも頷いた。私もロウも、別段勇者でなければ戦士でもなし、余計な事までして厄介事に更に関わるのは避けて通るさ。
私の最優先の仕事はリープを王都の依頼主に渡す事だ。それ以外はほんのついでの話でしかないのだよ。
「なんにせよ、今日はもうゆっくりと休むとしましょう。あ、ここの支払いは立て替えておきましたんでご心配無く」
「あぁ、済まなかったな。……と、釣り銭は取っておけ。運び賃込みだ」
「貸しを作るのは嫌い、でしたね。それでは遠慮無く受け取っておきます」
「はぁ……あれだけの事があって平然としていられるお二人が羨ましいです。私なんか、話を聞いただけで震え上がってしまいましたよ」
「人生多少なりとも太く生きていなければ、世渡りなんか出来んさ。それに、分からぬ先の事を考えても疲れてしまうしな」
「そういう事ですね。じゃあ、軽く食事でもどうですか二人共。朝から何も食べていませんし、いい加減空腹でして」
そう言えばそうだな。リープにも食べたいか聞くと、今まで忘れていたのか急にリープの腹の虫が鳴いて笑ってしまった。
難儀な事もあったが……まぁ、今そう深く考えても仕方あるまい。まずは腹拵えをして、明日からの旅に備えて休むとしようか。
「なんだか本編では大変な事になっちゃってるけど、後書きの情報コーナーだよ!」
「やはりここもやるのだな。今回は確か……リープ、お前の事だったな」
「そうそう。まずは自己紹介しようかな。僕はリープ、ドラゴンで、一応生後五日って事になるのかな? 今はトゥアンの相棒でーす!」
「なんのドラゴンか、どんな力を使えるか、そもそもドラゴンなのか等まだまだ謎の部分は多いが、な」
「いや僕はドラゴンだってばー! 竜魔法が使えるのがその証拠でしょ!? それに、トゥアンと僕はドラゴンが出来る契約によって主従関係になってるんだからね!?」
「ふーむ、私としてはその竜魔法というものの事もまだはっきりとは分からんし、契約だって望んでした訳ではないしなぁ」
「ひどーい。その右手に輝く竜の証紋も、召喚の文言も確認したじゃんかー。もう僕達は切っても切れぬ間柄なんだよー」
「そう言われてもなぁ……まずは王都のドラゴン保護協会に渡さないと、お前には私の配達物という役割も付与されてしまっているのだが」
「そ、それはまぁ置いといて……竜魔法の『炎龍の真炎』でトゥアンの戦いもばっちりサポート出来るんだから相棒って呼んでよー」
「分かった分かった。確かにあの魔法の力は頼りになる。これからも頼むぞ」
「うん! ……トゥアンが倒れない程度にね」
「当たり前だ。あれを使われる度に倒れていたら洒落にもならん」
「ですよねー。ま、今僕について分かってる事はこんな感じかな?」
「ふむ、それと異様に物知りという事もあるな。自分の事についてはさっぱりだが」
「あ、それね。実際僕も、何処であんな事覚えたのかは全然覚えてないんだよねー。まぁ、便利だからいいでしょ?」
「うむ、それで構わんだろう」
「っという訳で、第二回情報コーナーはこれでおしまい! 第三回は……ロウの事にでもしようか」
「人物紹介の順番としてはそうなるな。次が何時になるか分からんが」
「う、うん……そんなに時間が掛からないで出来るといいんだけどね……」