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第2話 ~森を抜けて~

 長閑な街道を歩くと言うのは、私としては嫌いじゃない。のんびり出来る時間というのは、幾らあっても良いくらいだ。

 普段から運び屋として働いていると余計にそう感じるのかもしれないな。荷物を持っている間は、それを奪われたり無くしてしまわぬよう細心の注意を払っていることだし、こうして呑気に歩いているということは滅多に無いんだ。

 こういう点では、一人ではないというのも悪くないのやもしれん。まぁ、もう少し普通の格好をした共なればなお良かったが。


「次の街となると、フォーカナルの街になりますね。あそこの山菜料理はなかなかのものですよ」

「ほう、山菜か。そう言えば山裾の森の多い地域だったな、フォーカナルは」

「ええ。王都へ向かうには、そのフォーカナルの先にあるフォセル山を超えねばなりません。フォーカナルでの準備は必須でしょう」


 ふむ、腐っても探検屋、か。やはり旅慣れている。探検屋は言わば旅のスペシャリスト、居ればそれだけで旅も楽になるのは当然だろう。正直、雇わないかと言われた時は迷ったのだよ。

 ま、これでも私は旅慣れた運び屋ではあるがね。一つの街に留まり、そこを拠点に動いている運び屋連中よりは旅というものについても知識はあるつもりだ。

 フェルガドを発ってから、日もなかなかに高くなりつつある。同じような旅姿の者や荷馬車が通っているので妙な事に巻き込まれる心配も無いし、順調であると言えるだろう。


「こうやって見てると、旅してる人って結構居るんだね」

「それはな。他の街へ歩く以外の移動手段で行こうとすればどうやっても金が掛かるし、金は有限だ。とすると、なるべく金を使わないで何処かに行く為にはこうして旅支度をして歩いた方が消費は少なく出来る訳だ」

「……? 今、あなたは誰にそれを言ったんですか?」

「ん? こいつにだが?」

「はーい、僕でーす」


 ふむ、こうして第三者の反応があると実際にリープが喋っている訳ではないという事が分かるな。実に不思議そうな顔をロウガッファはしている。

 そこで、少々にはなるが私に起こっている現状を説明する事にした。勝手について来ているとは言え、共に行動している以上多少の情報の共有は必要だろう。

 こいつが何であり、私と話せる経緯をとりあえず優先的に説明した。と言っても、私が分かってるだけにはなるがな。


「に、にわかには信じられない話ですね……」

「私もそうだが、それの当事者になってしまった以上全てを信じられないと言ってる場合ではないのでな」

「しかしドラゴンと来ましたか……本当だったとしたら、前代未聞の大事ですよ? こんな身近に伝説の存在が居るなんて」

「ほらほらトゥアン、これだよ。これが僕がドラゴンだって分かった時の普通の人の反応だよ! えっへん」

「自慢げに言われてもな? どうも私はドラゴンというものについて知らんものだからなんとも反応し難いのだよ」

「まぁ、私の知り得た範囲の事でしたら、ドラゴンについてご教授致しますが?」


 そうだな……ただ歩いていると言うのも退屈だし、聞くのも悪くないか。


「よし、聞かせてくれ」

「畏まりました。そうですね……まず、ドラゴンというものが一般的にどういったものであるか、というところから始めましょうか」


 世界の力の化身、なんて言われてるのは私も知っているが、それが具体的にどういう事かは知らんから、それでいいだろう。

 ドラゴンとは、この世界が生まれた時に誕生した種族の一つで、その存在は世界にある元素の力の数だけ居るとされている。

 即ち、火、水、風、土……これがまず四元と呼ばれる元素、所謂属性と呼ばれるもので、後の元素はこれらの組み合わせで生まれているそうだ。

 ドラゴンはこの元素に密接に関わる存在であり、元素を体現した存在がドラゴンだ、というのが世の見解だそうだ。まぁ、詳しくは分かっていないというのが正しいらしいが。


「因みに、この元素が全ての物を形作る上での基盤となり、あらゆる物が属性を持つ切っ掛けになっているとされていますね」

「ほう……それは、人や物が生まれる、産むという概念とは別に、という事か?」

「そうですね。人や動物は交配によって生まれる訳ですが、その際に親の持つ元素をランダムに受け継いで属性が決まるとされています」

「なるほどな。で、その元素に関わる存在だからこそ、ドラゴンはこの世界の力の化身と言われてる訳か」

「その通りです。と言っても、これについても過去に遺跡から見つかった碑文から読み取られたもので、詳しくは分かっていないですがね」


 ふむ……ようはなんとなく大事だとは分かっているが、どう大事かは分かっていないと言う事か。随分適当なんだな。


「ですが実際、ドラゴンの居る地域ではそのドラゴンの持っている元素が活性化され、その地域の環境に影響を与えているという実例はあります」

「ほうほう、それは?」

「1番分かり易いのは、この世界で1番大きな活火山、ドラゴンズロアでしょうか。あそこには炎のドラゴン、ファイヤドラゴンが居る事が確認されています。それらの長であるファルブールというドラゴンは、人にも友好的なドラゴンとして知られていますね」

「いや、知らんが」

「そ、そうですか……」


 基本的に私は、仕事の話と飯のネタくらいにしか興味が無いのでな。機会があれば、その辺りの一般常識も調べてみるか。


「と、とにかく、一部地域ではドラゴンは確かに存在しており、それがなんらかの理由で居なくなると……その地域は死ぬ、とされています」

「地域……土地が、死ぬ?」

「えぇ。例えば先程話したファイヤドラゴン。今も多くがドラゴンズロアに生息していますが、過去にドラゴンを倒した者としての誉れを得たいと考えた人間に倒され、その数を大きく減らすという痛ましい事件がありました」

「なんと。それで、どうなったんだ?」

「……100年、でしたでしょうか? ドラゴンズロアの近くは溶岩がむき出しの地獄のような光景になり、その周辺の地域からは植物、動物問わず全ての者が一瞬で死に絶え、近づく者はすべからく死に絶えたと伝えられています」

「な!? 何故そのような事が!?」

「ファイヤドラゴンが突発的に急速に減った事によりその場の火の元素が著しく減少し、世界がそれを補填する為に周囲から火の元素をかき集めた為、とされていますね。実際はどうなのかというのは分かっていませんが」


 なんと……恐ろしいものだな、それは。一部の人間の身勝手によってそんな大災害が起きていたとは知らなんだ。


「多分、それは正解かなぁ。ファイヤドラゴンが居なくなると世界から火の元素が無くなるし、それで元素のバランスが崩れたら世界が滅んじゃうよ」

「世界が滅ぶだと? ドラゴンはそんなに重要な生き物なのか?」

「うん。ドラゴンがやってるのは、世界の元素のバランスを保つ事。それにはドラゴンって言うその元素のみを持って生まれた存在が必要なの。んーと、ちょっと難しいんだけど、ドラゴンはね、空気中にある色んな生き物から自然と発せられる魔力を元素に変える力があるんだ。それによって、世界の元素を増やしたり減らしたり出来るんだよ」


 ドラゴンが……元素を生み出す? しかもそれに使われているのは、魔力だと? うむ、難し過ぎてさっぱり分からん。


「元素って言うのはもちろん目に見えるものじゃないけど、ドラゴンが息をすれば自然と生み出せるんだって。その息吹によって、世界には元素が満ちていく、と。そういう仕組みがこの世界にはあるんだよねー」

「うぅむ……そうだとすると、ドラゴンが減るという事は世界の元素が減る、という事で間違ってはいないのか」

「そうそう。で、ドラゴンは自分の属性の元素の結晶みたいなものだから、死んじゃうとそれが大地に還元されちゃうの。だから、そのドラゴンズロアってところは溶岩地帯になっちゃったんだろうね」

「ん? なら別に元素は減らないのでは?」

「ところがどっこい、大地に還元されたドラゴンの元素は濃度が濃過ぎてすぐには次のドラゴンを生み出すのには使えなくて、それでも世界中の元素のバランスを取る為にドラゴンは生まれなくちゃいけない。だからさっきの話みたいな事になったんだろうね」


 聞けば聞くほど、ややこしい仕組みがそこにはあるようだな……頭の中で聞いた事がこんがらがって来たぞ。


「ま、ドラゴン同士で子供を作る場合はそんな事にならないんだけどね。親になるドラゴンが生み出した元素で子供は出来るから」

「なるほど、分からん」

「あ~、この辺は難しいから、また今度ゆっくりお話しようか。歩きながらじゃ難しいでしょ」

「そ、そうだな」

「……本当に、その小さなドラゴンと話が出来るようですね、あなたは」


 あ、途中からリープの話を聞くのに集中していてロウの事を忘れていた。うっかりしていたものだ。

 今聞いた話を纏めるのを試みるとだな、どうやら人間側の見解とドラゴン側の真実では食い違いがあるようだな。

 人間側の見解では、ドラゴンが死ぬとその場の元素が極端に減り、それを補う為にその周囲からその元素を集めるとなっている。その際のドラゴンが持っていた元素は消滅していると考えていいだろう。まぁ、何故その場の元素が減少するかに謎が残っているが。

 で、ドラゴン側が知っている事実では、ドラゴンが死ぬとそのドラゴンが持っていた元素は大地に還元され、そのドラゴンが生み出していた元素供給がストップする為元素が減少を始め、大地に還元されたドラゴンの元素はその濃度が濃過ぎる為に大地が暴走、その元素が持つ事象に沿ったなんらかの災害が起きる、と。

 そして元素供給を復活させる為に減ったドラゴンを補う必要があり、そのドラゴンを生み出す為に周りの他のものから元素を掻き集めなくてはならなくなり、結果として周囲の生物が死滅する事態が起きたと、こういう事だな。

 頭をフル回転させた所為で謎の頭痛が起きてきたぞ……だが、二人から聞いた話を纏めるとこんなところだろう。

 で、何やらロウガッファが私とリープが話していた事が気になっていそうな顔をしているので、とりあえず私が纏めた話をしてやるとするか。間違っていればリープから指摘されるだろう。


「……と、言う事らしいぞ」

「な、なんと……何やらそちらのおチビさんがピィピィと鳴いていましたが、そんな高度な話が成されていたとは……」

「すごーいトゥアン。分からないって言ってたのにちゃんと分かってるじゃん!」

「しかしその話だと、何故その死んだドラゴンの元素から次のドラゴンは生み出せないのでしょう? その濃度とやらも薄まり、一石二鳥のように思うのですが」

「それは、ドラゴンが生まれる課程の問題かな。さっき言った通りドラゴン同士で子供を作る場合は特に何も問題無いけど、世界がドラゴンを生み出すには特定の条件があるみたいだよ」

「条件? それは?」

「ごめん、僕も知らないよ~。ただ、亡くなってすぐのドラゴンの元素にはそのドラゴンの遺志みたいなものが残ってるだろうし、それが使えない原因かもね」


 遺志なんてものがあるのか? と聞いたら、魔力ってなぁに? と返された。そうだった、明確に意思の力という奴がこの世界にはあったんだったな。

 つまり、死んですぐのドラゴンの元素にはそのドラゴンの持っていた魔力というか、遺志が残っている為に次のドラゴンを生み出せないという事なのか? 遺志を残すというのには、何か不都合があるという事か……。

 っと、これをまた私がロウに通訳せねばならなかったのだな。ロウガッファも、流石にこんな話を聞かされると私がリープと話しているという事を認めざるを得ないだろう。


「なるほど……実に興味深い話ですね」

「そうなのか? まぁ、私もなんだかんだで興味本位で聞いたが」

「探検屋として遺跡等に入るとそういう関係の物を見つける事もありますので、ね。しかし、この話をそちらの小さなトカ……ではなく、ドラゴンが知っていたというのもまた驚きで」

「全くだ。リープ、お前は本当に何者なのだ?」

「それが分かれば苦労しないったら」


 確かにな。まぁこいつがなんであれ、面白い話を聞けたというのは事実。かなり頭は使うがね。

 あの包みの状態よりは遥かにマシな状態での旅が出来るのだし、この際リープの正体については保留としておこう。物知りなチビドラゴンくらいに思っておけばいいだろう。

 と、話しながら歩いていたがなかなかに進んできたな。そろそろ次の街への看板があってもいいんだが……。


「ん? 何やら先に人だかりが出来ていますね」

「ふむ、どうやらそのようだな。何事かあったか?」

「んー……」


 唸ったと思ったらリープが上空へと飛んでいった。なるほど、上から様子を見るという事か。

 しばらくパタパタと飛んでいたが、すぃーっと降りてきたな。さて、何があったかな?


「なんか、皆看板見てたみたいだよ? 何が書いてあるかまでは見えなかったけど」

「看板? なんのだ?」

「はて? そんな人目を引くような看板、この街道にありましたかね?」


 行ってみて読めば何か分かるだろう。何も無ければそれに越した事は無いんだがな。

 ……むぅ、見えん。人垣でさっぱりだ。まぁ、私の背がそこまで高くないというのもありはするが。

 昨晩の酒場で騒いでいた退治屋に間違われた通り、私の背はぎりぎり青年と言えるそれ程度だ。ロウガッファとは頭半分程……いや、一つ分は低かったりする。少々悔しいがな。

 まぁでも、19の女性ならば割と背としては平均的ではなかろうかと思っているのだが、どうだろうか? 小さいのだろうか……。


「フォーカナルで何やら、祭りのようなものが開かれているようですね。それの告知のようです」

「み、見えるのか? 私にはさっぱり見えんぞ」

「はい。なんでも、フォーカナル周辺の森の中に隠された品を探し出せば賞金が貰えるようですね」


 森の中で探し物、ねぇ? なんとも不毛に感じるのは私だけだろうか? 森でそんな悠長な事をしていれば、まず間違い無く迷うと思うのだが。

 更に聞くと、探し出して貰いたい物は一本の杖だそうだ。特徴は、先端に青い水晶の付いた金属製の杖との事らしい。まぁ、特徴としては森の中で探せなくもない代物だな。


「と、言う事らしいですよ。看板を出しているのが魔道士ギルドという事は、魔法関係の品だと考えるべきでしょう」

「なるほどな。ま、我々には関係の無い事だ、フォーカナルへ急ぐか」

「そうですね」

「杖なんか手に入れても意味無いもんねー。行こ行こ」


 ここに集まってる連中は、大方賞金に目が眩んでこの看板を読んでいるのだろう。願わくば、この探し物に首を突っ込んで誰ぞ被害が出ないといいがな。

 にしても、なんで森の中にそんな金属製の杖なんてものがあるんだ? 誰かが襲われて落としたという線が単純にならありそうなものだがな。


「あ、また看板だー。今度のはフォーカナルってところがあっちにあるって案内みたいだね」

「ふむ、これがあると言う事は……」

「フォーカナルまでは後2時間程ですか。時計が無いから正確では無いですが、夕刻までには十分着けますね」


 うむ。その為にも朝早めに出たからな。あまり遅い時間まで掛かってしまうと、宿を取れない可能性もある。それは避けたいのでな。

 では、目的地までの大よその距離も分かった事だし、また歩き出すとするか。


 で、何故こうなった。


「いやぁ、まさか麗しき女神と同室で眠れるとは。今晩は良い夢が見れそうです」

「くっ、同室ならば折半でという甘言が無ければ……」

「まぁまぁいいではないですか。私が勝手に同伴しているとはいえ旅の仲間なのですし」

「はぁ……おかしな気を起こしたらダガーで解体してやるからな」

「滅相もない。小心者ゆえ、そんな気などとてもとても。お傍に居られるだけで十分にございます」


 やれやれ、本当に読めぬ奴だなこいつは。言ってる事に嘘は無いだろうが、如何せん見た目からしてそれが本当なのか読めん。今回の発言は信頼に足ると判断するしか無いが。でなければ明日の朝、街の近くに死体が一つ転がっているだけだ。

 ま、こうして無事にフォーカナルに着いて宿も取れた事だし、荷物は下ろすとするかな。……ついでに、マントも外してしまうか。


「あれ、トゥアン、マント抜いじゃったの?」

「ん? あぁ、別に寝起きする室内で羽織っている必要も無いしな」

「……しかし勿体無いですね。別に隠す必要も無いのではありませんか? その髪」

「確かにな。でもこれは何と言うか……単なる私の勝手だからな。見せて困るものでは無いと分かっているのだが……」


 なんとなく、この髪を人目に晒し続けるのに抵抗がある。そうそう無い毛色というのもあるが、それ以上に何故かこの髪は人の視線を集めてしまうのだ。昔からな。

 それで苦労した事もあるからか、何時からかフードを被って生活するようになったのだ。今でこそこうして外す事もあるが、もっと前は滅多な事ではフードも外さなかったものだよ。

 でも、これも慣れていくべき事なのかもしれないな。普通の運び屋として生きていく上では。


「まぁ気にするな。癖のようなものだ」

「そうですか……でも、マントを脱ぐと目立ちますね、そのナイフホルダー」

「ふむ、八本程刺しておけるので便利だぞ?」


 私のマントの下は至って普通の服装だ。……まぁ、男性物の服装ではあるがな。いや、スカート等よりもジーンズやカットシャツの方が動き易いのでな。

 それに、投げナイフ用のソケットの付いたベルトを巻いている訳だが、普段はマントで隠れているので見えないが、こうしてマントを外すとまともにナイフが見えてしまうのだよ。無論ダガーを吊っているホルダーもな。

 まぁ、私の身なりなんてそう話題にする事でもない。ここいらで終わらせても問題無いだろう。


「さて、これからどうする? 私は一応ギルドへ行くが」

「そうですねぇ……ならば、私も少し顔出しに行って来ます。あ、鍵はあなたがお持ち下さい」

「いいのか?」

「えぇ。私からの信頼の証という事で」

「妙にプレッシャーを掛ける物言いをするな。分かった、ならばこちらで預からせて貰うぞ」

「はい、よろしくお願いします」


 この部屋にどちらも荷物を置いていくのだから、信頼の証等と念を押すのは当然だろうな。私が妙な気を起こせば、ロウの荷物に手を出す事が出来てしまう事だし。

 ま、よっぽど大事な物は奴も携帯しているだろうがな。どっちにしろ、勝手に自分の荷物を漁られるのは気分の良い事ではあるまいて。

 ロウが部屋から出るのを待って、リープを連れて私達も部屋から出た。鍵を掛ければ、誰かが忍び込む心配はあるまい。


「ん、そう言えば……私達の方が帰りが遅くなった場合どうする?」

「適当に時間を潰していますのでお構いなく。また何処かへ行く場合、宿の者に言伝て行きますので」

「了解した」


 それならば、宿から出て一旦別行動だな。たまにはマント無しで行動するのも悪くないだろうと思って、マントはそのまま部屋に置いてきた。

 街行く人々も、穏やかな日常を享受しているようだ……と言いたいところだったんだが、何やら目付きのギラギラしている者も混ざっているな。大方、街道で見たあの看板の所為だろうが。

 全く、そんなにも魅力的なものかな、森の中から杖を探し出せば賞金という話は。リスクの方が大きいと思うのだがね、主に遭難や猛獣、魔獣との遭遇で。


「ふーん……杖探しに行く人、いっぱい居るみたいだね」

「そのようだな。宛もなく森の中を進むという事の危険さを知らんでも無いだろうに、ご苦労な事だ」

「そうなの? まぁでも、森の中って確かに迷っちゃいそうだよね」

「あぁ。旅慣れて感覚の分かる者が同伴しているなら別だが、そうでなければかなりの遭難者が出てもおかしくない。魔道士ギルドも危険な事を企てたものだ」

「そう言えば、魔道士ギルドってなぁに?」

「ん? あぁ、世に言う魔法使いと言う奴等が集まって、過去の魔道士が使っていた道具や魔法を研究しているところさ」


 過去の魔道士達、取り分け大魔道士なんて呼ばれた連中の事を研究しているのだったかな。そうでもない一般の魔道士の事を調べてもあまり益は無いだろうしな。

 恐らく、今回の杖もそう言った大魔道士の所有物だったのだろう。それがこのフォーカナルの近くにあるという情報が入手出来たから、この大騒ぎを始めたのだろう。迷惑な事だ。

 どっちみち私は関わる気は無い。眉唾物の情報に踊らされ、あるかも分からない物を探すなんて無謀もいいところだ。


「さぁ行くぞ。フォセル山を超えるとなると、多分仕事もあるだろうしな」

「運び屋のお仕事だね。山って事は山に登るって事になるけど……大丈夫なの? 誰かの荷物を預かって」

「それをしないと仕事にならんのが運び屋だ。依頼者も、その辺りを分かっていても運んで貰いたい物しか依頼に出さないさ」

「そっか、なるほど」


 それでは、運び屋ギルドへ行ってみるか。上手く仕事があってくれれば資金の上乗せが出来ていいのだがなぁ。

 夕日の照らし出す街を歩く。やはりこの時間は良い……夕日というのは、何処か心を落ち着かせてくれる感があるのだよ。

 物悲しげとも言えるがね。でも、私はこの時間が好きだ。朝日も嫌いではないがね。

 おっと、夕日を楽しむのもいいが、ギルドへ行くのも忘れないようにせねばな。

 ギルドと他の建物を見比べるのは、そう難しい事じゃない。それぞれのギルドには定められた看板を軒に下げる事になっているのでな、それを目印にするだけだ。

 運び屋ギルドの看板は、白い鳥が描かれている。確か、自由に空を飛ぶ鳥のように、自由に世界を巡り荷物を運べる事を願って、とかいう意味が込められているという話だったかな? 確か、そういう意味合いの看板だったよ。

 それを現在見つけて、そこへ向かっている。まぁ、ある程度は何処の街の何処にギルドがあるかは把握してるがね。

 ギルドの扉をくぐると、そこは小さな酒場のようになっている。これは、同じ運び屋同士で多少なりとも情報交換等が出来るように設けられたスペースらしい。まぁ、そんなに利用される事は無いが。

 と言いつつ、何やら今日はギルド内が大入りだ。一体何があったんだ? ……手近に居る運び屋に聞いてみるか。


「済まない、ここは運び屋ギルドだよな? 何故に今日はこんなに運び屋が集まっているんだ?」

「ん? 同業者か? 俺達も困ってるところなんだ。何故か、最優先で受注待ちの依頼以外が無くてな、それが終わるのを待ってるってところだな」


 彼が私を運び屋と一瞬で見抜いたのにはもちろん訳がある。それは、一つのペンダントだ。運び屋ギルドに所属している運び屋は必ず一つの統一されたペンダントを身に付けているのが決まり事でね、白い翼を模したトップが付いた物を皆付けている。もちろん私もな。

 しかし、まさか依頼が一つの依頼で埋め尽くされるなんて事があるとは……なんだか嫌な予感がするのだがな。


「一体何処の馬鹿がそんな真似を? 依頼一つ出すのも安くない筈だが」

「天下の魔道士ギルド様さ。まったく、大魔道士の封印した杖だかなんだが知らないが、そんな物を見つけてギルドに運んで来いだなんて巫山戯た依頼だと思わないか?」

「あぁ、全くだ。俺達運び屋をなんだと思ってるって話だよな」


 私の馬鹿にした発言から、近くに居た運び屋達が口々に愚痴を漏らし始めた。やっぱり、魔道士ギルドが関わっていたか……。

 にしても、ただの杖ではなく大魔道士の封じた杖と来たか。まぁ、予想通りと言えばそれまでだな。


「何人かは面白そうだって言って依頼を受けてたが、帰ってきてない辺りまだ見つかってないか、帰れなくなったんだろうな」

「無謀な……そもそも運び屋の本分でもない仕事を受ける輩が居るから我ら全体が勘違いをされると言うのに」

「違いない。が、この依頼が取り下げられないとこの街で仕事を受けられないのも事実なんだよな」

「こっちは仕事が出来ないと稼ぎが無いって言うのに、勘弁して貰いたいもんだぜ」


 この場に居る全員が今の一言を聞いて溜め息をついた。正に、全員の総意が込められた一言だったな。

 これは、ここで仕事を受けるのは諦めた方が良さそうかもしれん。現に聞いたところ、蓄えに余裕のある運び屋はもう次の街へ向かったそうだ。

 それをしていないここに居る面々は、蓄えに不安の残る面子という訳だ。一応このギルドでも安い食事等は取れるのだが、如何せんこの状態が長引くと厳しい者も居るだろうな。


「ったく、依頼自体はあるだろうにそれを差し止めるなんて、王国認可のギルドは本当に面倒だよな」

「それに尽きるな。幾ら運び屋が下位のギルドだからって、その需要は魔道士ギルドの倍はある筈だぞ?」

「依頼を出してる人間の気も考えろっていうの。あー、なんか話してると頭に来た」

「大分皆鬱憤が溜まっているようだな……早くその杖が見つかるか、無いという事を証明してくれる者が現れてくれればいいが」

「まぁ、他のギルドも同じような状況らしいから、時間の問題だろうがな。探検屋の奴等が動けばあっという間だろうさ」


 それだな。……ん? 探検屋? ……何やら嫌な予感がしたんだが、気の所為だよな。気の所為、だよな?

 とりあえず情報は聞けたし、一応受付に依頼の事を聞いたが、話していて通りだと言われた。まぁ、仕方ないか。

 で、ギルドを後にした訳だが……出て三秒で嫌な顔に出会った訳だが。どうしてくれようか。


「……一応聞くが、何故お前が此処に居る?」

「いえいえ、あなたの顔が見たくなっただけでのぉう!?」

「それ以上冗談を言うのなら今度は脳天に命中させるぞ?」


 ちっ、一撃目のナイフは止められたか。指で挟んで止めるとは、器用な奴め。


「わ、分かりましたから二投目は勘弁して下さい……仕事のお誘いで来たんですよ。あなたが協力してくれるなら、造作も無く終わると思いますんで」

「……杖探しか?」

「ご明察です。と言っても、どうやらそちらのギルドも同じ状況のようですが」

「あぁ、こっちの依頼もそれを最優先にするよう言われて、全ての依頼が差し止められてるようだ」

「この状況はあまりよろしくありませんし、さくっと我々で解決しませんか?」

「はぁ……他の運び屋の為でも、自分の為でもある、か」


 こいつが居れば森で迷う事は無いだろうし、やってやれん事も無し、か。まさか、旅が始まったばかりでこんな面倒に巻き込まれるとは思わなんだ。


「分かった。協力してやるし、そっちも私に協力するって形にする。いいな?」

「それはどういう事で?」

「しばし待っていろ」


 踵を返してギルドに入り、驚いている他の運び屋の横を通って今受けられる唯一の依頼を受けた。こうすれば、私達がその杖を見つければ、魔道士ギルドは私達両方に依頼分の報酬を支払わねばならなくなる訳だ。ようは嫌がらせの類と思って頂ければいいだろう。

 そしてすぐにギルドから出て依頼書をロウに見せる。にやりと笑ったと言う事は、私が何を企てたかは理解出来たようだな。


「精々、稼がせてもらうとしようか」

「えぇ、それも目いっぱいに、ですね」


 依頼報酬は金貨15枚。二人合わせれば30枚もの大金となる。嫌がらせには十分な額だろうさ。

 この世界の通貨は三枚の硬貨からなっている。王国が統一させた通貨で、金貨、銀貨、銅貨の三枚だ。

 金貨は銀貨100枚と換金出来、銀貨はまた銅貨100枚と換金出来る。金貨は銅貨換算で一万枚の価値があるという事になるな。

 我々のようなギルドに所属している者は、依頼によってはこの金貨を得る機会は少なくない。が、一般市民ではそうはいかないだろう。

 商人がこの金貨を得るには大規模な商談を成立させねばならないし、労働者がこの金貨を拝むには三ヶ月金を使わないで働いてやっとというところだろう。まぁ、そんな事出来ないだろうがな。

 それを30枚も支払わせられるんだ。幾ら王国のお墨付きのあるギルドであろうと好い顔の出来ない額だろうさ。

 今部屋を借りている宿の借り鎮は銅貨30枚、それを考えても、フォーカナルに逗留してもお釣りが大量に来る仕事だ。やりたくは無かったがな。


「とりあえず仕事の算段をしましょうか。この辺りの森についても説明したいですし」

「そうだな。何処か適当に食事を取れる店に入るか」

「ですね。あ、これはお返ししておきます」

「当たり前だ。こんな事で消耗品を減らしてる訳には行くまい」


 最初に投げつけたナイフを受け取り、またホルダーに戻す。まだ荷物の中に予備のナイフはあるが、極力なら残しておける事に越した事は無い。

 さて、こうなってくるとロウも交えて食事をしに行く事になるな。別段好みに煩い事は無いだろうが、一応聞いておくか。


「ロウ、お前何か好まんものはあるか?」

「食事でですか? いえ、特には」

「そうか、ならば何処でもいいな。よし、行くぞ」

「むぅー、トゥアンが他の誰かと話してると僕が喋れないのが残念だよね。退屈だよぉ」


 うぬ、確かに他の相手と話しているとリープに構ってやれはしないが、へそを曲げないように多少注意してやらねばならんな。難しいものだ。

 仕方ない、ここは何か気に入りそうな物を食べさせる事で埋め合わせとするか。まぁ、メニューを見せて選ばせる事に変わりは無いが。

 何はともあれ食事だな。何やらロウが良い店を知ってるそうだから任せる事にして、とりあえず歩こう。……何故かリープの奴が私の頭に乗って楽をしてるが、捨て置こう。

 ふむ、なんだ良い店とは屋台の事だったのか。こういった屋外で食事を取る店も嫌いではないが、席の数が無くて立ち寄れない事が多いのだよな私の場合。だが、ここはどうやら席に着いて食事が出来そうだ。

 簡素ながら、テーブルと椅子が用意されている。屋根が無いので雨天時は勘弁願いたいが、今日の天気は悪くない。問題無いだろう。


「適当に見繕って頼んでくるので、少し待っていて下さい」

「そうか? では任せるとしようか」

「あれ? ここはメニュー表見て頼んだりする訳じゃないんだ」

「そのようだな。まぁ、日によって場所が移動する事もある屋台式の店では、屋台の何処かにメニューが書かれてる事が多い。メニュー表を用意するだけかさ張るだろうしな」

「ふーん、物を減らして移動し易くする感じ?」

「だろう。私は屋台なんぞ持った事も無いし、詳しくは知らんがな」


 ……にしては、ロウの奴この店が此処にある事が分かっているように歩いていたな? 大抵ここに店を構えているのだろうか? まぁ、そういう屋台が無いとも言わないが。

 我々の他にも、数人の客が別の席に座っている辺り客入りは悪くないようだ。何か串焼きになっている物を食べているようだが、この店の勧めの品だろうか?


「お待たせしました。丁度焼きあがったところで運が良かったですよ」

「む? なんだその料理は?」

「川魚の串焼きと鶏肉の串焼き、それと山菜の炒め物ですよ。どれもなかなかの一品です」

「ほう……他の客が食べていたのもこれか。美味そうじゃないか」

「えぇ。そちらのおチビさんの分もちゃんとありますよ」

「わーいやったー! どれから食べようかなー」

「すまんな。代金は後払いか?」

「そうなります。こちらが用立ててもいいのですがね」


 貸しを作るのは好きではないので、そこはもちろん自分とリープの分はこちらが支払う。使うのを渋るが、別に無い訳では無いし。

 それでは……まずは山菜から一口。ふむ、ほろ苦いこの味がなかなか良い。乙な味とはこういうものなのかもな。

 

「美味しいこれ! 塩だけなのになんか甘い!」

「魚の甘味が塩によって引き立てられているのだな。焼き加減も良さそうだし、良い腕の調理人が居るようだな」

「そうでしょう? まぁ、ここの店主と少々知り合いでしてね、先程別行動中に出会いましてこのように店に寄った訳です」

「そういう絡繰だったか。通りで迷いもせずにこの屋台へ来た訳だ」


 リープの機嫌も良くなったようだし、任せて正解だったとしておこう。それでは、自分の分を食べてしまうとするか。

 一頻り食事を楽しんで、途中でリープが魚の串焼きを追加したついでに飲み物も注文。飲みながら、日も傾いていくのを眺めている。

 そろそろ明日の為の話を始めても良い頃合か。ロウガッファもそれになんとなく気付いたのか、懐から何かを取り出した。


「では、そろそろ明日の探索について打ち合わせましょうか」

「そうだな。それはこの近隣の地図か?」

「えぇ。中心がフォーカナル、そして北側がフォセル山になります。我々が探索するのは、周囲の森の中という事になりますね」


 森は、フォーカナルを包むように広がっている。いや、森の中にこのフォーカナルを作ったというのが正解だな。確か、フォセル山に街道を作る際に拠点にしていた場所がそのまま街になったのだったかな。

 それのお陰でフォセル山を超えるのは多少楽になり、山の向こう側との行き来も楽になったと。それまでは完璧に獣道のような場所を超えねばならなかったようだし、確実に往来が楽になったのは確かだろう。

 っと、今大事なのは山ではなく森の中だったな。話を戻さねば。


「この森の中に、目当てにしている杖があるのだったな?」

「そのようですね。過去に居た大魔道士の一人、ゼームという人物が使っていた杖だそうです」

「ふむ……それが何故こんな場所に? そもそも、誰がそんな物がこの場所にあると?」

「なんでも、ゼームは没年近くにはこの周辺で暮らしており、この森の中には彼が亡くなるまで暮らしていたアトリエがあると調べ上げられているようですね。なんでも、彼の弟子だった魔道士の手記にそうあったそうな」

「よくもそこまで知っているものだな?」

「探索に必要なのは、調べあげられるだけのその場の情報なのですよ。事前情報が多ければ多いほど探索は楽になりますからね」

「なるほどな。それならば、ある程度のそのアトリエがある場所も把握しているのか?」


 等と私が疑問を投げかけると、ロウの奴が固まった。まぁ、分かったら分かったで、それなら何故こんな大掛かりな探索依頼がされているって話になるがね。

 だが目印は決まった。多分そのアトリエとかいう場所に杖はあるだろうし、それならば森の中でも探しようはある。ぽつりと置いてある杖よりはな。


「はむ……気になったんだけどさ、その杖って魔力が宿ってるのかな?」

「うん? まぁ、大魔道士なんて呼ばれている者が持っていたものなのだから、魔力があってもおかしくは無いかもしれんが」

「ならそれ、多分僕ある場所分かるよ」


 ……はい? な、え?


「うん? そのおチビさんはなんと?」

「……恐らくだが、杖のある場所が分かるそうだ」

「うん。なんか変な魔力を感じるところが来るときにあったんだ。それを追っていけば、多分あるんじゃないかなぁ?」


 ドラゴンとはこうも便利な存在なのだろうか? そんなものが分かるとは、便利の極みだな。

 ロウもこの発言には流石に開いた口が塞がらないか。道化師が化かされるとは、とんだ喜劇じゃないか。


「ちょ、ちょっと待って下さい? ど、どうしてそんな事が分かるのですか?」

「どうやら、この街に来る途中で変な魔力とやらを感じ取ったらしい。大魔道士の所有物、それが魔力を持っていると考えるとだな」

「その魔力の出処が、その杖であると?」

「ありえない話でも無いのではないか?」

「う、うーん……ただ闇雲に探すよりは、それに賭けてみるのも悪くないように思いますが」

「僕もそれが杖だとは言えないけどね。見に行ってみるのはありじゃないかなぁ?」


 リープが嘘を言っているようには見えんし、そもそも嘘をつく理由も無し、か。当たりでは無いにしても、確認するのはいいかもしれんな。


「で、探検のエキスパートはどういう決断を下す?」

「……行ってみるべき、でしょうね。外れだとしても、そういった魔力を放出している何かがあるのを放置しておくのは如何なものかと思いますし」

「なら、決まりだな。リープ、明日は案内を頼むぞ」

「任せて! ドラゴンの凄いところ、見せちゃうから!」


 いや、ドラゴンとは魔力を探知出来るものなのか? 昼間歩いている時の話から、元素を探知出来そうな感じはするのだが。

 まぁ……いいか。やる気になっているようだし、明日はとりあえず任せてみよう。

 で、その代わりと言わんばかりにもう一本串焼きを要求してくると。大分気に入ったようだし、それくらいの我が儘は聞いてやるとするか。

 さて、リープが食べ終わったら明日の探索の為にも宿に戻るとするか。湯浴みもしたいところだしな、ある程度時間に余裕を持って帰っておくといいだろう。


 日付は変わり、我々は現在昨日フォーカナルに来た時に通過した街の入口に立っている。

 マント等の装備品の準備、よし。一応の治療薬等も持ったし、携帯出来る食料も持った。準備に抜かりは無しだ。

 ロウガッファはいつも通りの格好だが、こいつの得物は特殊だし、一応探索に必要なものは用意していたようだから大丈夫だろう。見た目がどうであれ、私以上に探索はお手の物だろうしな。

 宿から出掛けに宿の主人に聞いてみたが、まだ杖が見つかったという話は街で広まっていないと言う。我々にもまだ猶予は残されているだろう。


「では、大魔道士の杖探索を始めるとしましょうか」

「あぁ。まずはリープが魔力を感じ取ったという場所まで行くとしよう。大体どの辺りなんだ?」

「昨日あった人だかりをちょっと過ぎたくらいのところだよ。フォーカナルの案内があった少し先だから、ここからだとそんなに遠くないかな」

「じゃあまずはそこまで行くとするか」


 ロウに通訳をし、まずはそこまで行く事にした。……やはり街道に居る人間が多いな。それなりの数が杖探しをしている者だと思っていた方がいいだろう。

 にしても、かなりの人間が探しているだろうに今までなんの手掛かりも見つかっていないようなものなのはどういう事だ? 昨日聞いた話では、依頼はここ最近出されたもののようだが、それでも多少なりとも手掛かりくらい掴んでいる者が居ても悪くないと思うのだが? 妙に引っ掛かるのだよな。

 ……何事も無ければそれに越した事は無いが、何が起こるかも分からん。用心はしておくか。


「ん~……あ、この感じ……昨日と同じのだ!」

「見つけたか?」

「うん、こっち!」


 街道を基準に分けて東側の森の中をリープは指差している。どれ、この先には一体何があるのやらな?


「うん? そちらは……」

「どうした、ロウガッファ」

「いえ、そちらの先にはあまり深く森は続いていないんです。ほら」


 ふむ、ロウの見せてきた地図には確かに、西側の方に森が広がっている。東側は曲がったフォセル山と平地に挟まれた、それほど広くない森があるだけのようだ。

 しかしリープはそちらを指し示しているのだし、行ってみるしかあるまい。駄目なら別の場所を探すだけだしな。


「一先ずは行ってみよう。何も森深くに大魔道士のアトリエがあると決まった訳でもなし」

「それもそうですね。確かその大魔道士が隠れたのはフォーカナルが出来た大分前という話ですし、ありえなくも無いですね」

「寧ろ出来た時にその大魔道士が暮らしていた場所が発見されなかった事に疑問を感じるがな」

「……確かに。何やら妙な感じがしますね」

「とりあえず行こうよー。僕がバッチリ案内するし!」


 ここで話していても埒が明かないのは確かだ。ならば、森に入るとするか。

 リープを先頭にするのは少々不安だが、漂ってきているという魔力を感知出来ているのはこいつだけだ。致し方ない事として、周囲の警戒をするとしよう。

 街道とは違い、整備されていない木々の間を縫うようにして進んでいく。多少歩き難い感があるが、別段支障を来たす程の事でも無いな。

 帰りの時の為に、等間隔で木に印も刻んでいる。戻れなくなる心配もこれで無いだろう。


「なるほど、流石は敏腕の運び屋ですね。帰りの為の準備も抜かり無しですか」

「こんなところで野垂れ死にはしたくないのでな。まぁ、お前が居ればその心配も無いかもしれんが」

「いえいえ。優秀な仲間が居るのと居ないのとでは安心感がやはり違いますので。どうです? これを期に私と探索のパーティを組むというのは」

「こらこら、運び屋を仲間にしてどうする。同じ探検屋で組め探検屋で」

「それがあなた程の手練に出会う機会が無いものでしてねぇ……下手な探検屋より優秀な運び屋は何人か知っているのですが」


 ……なんというか、改めて運び屋の万能さを垣間見るな、こうして別のギルドの者と話すと。

 それだけ運び屋の立場というか仕事がおかしな方向で多様性に富んでいるという問題でもあるのだが。一体なんなんだろうな、魔獣の体の一部を『運んで』来てくれ等という依頼は。運ぶとはそういう意味では無いと思うのだが。寧ろ退治屋に頼めよと何度思った事か。

 まぁ、稼ぎが良ければ受けてしまう運び屋にも問題があるが。というか私もそんな一人だったりするのだがな。


「んー、なんか魔力がちょっとずつ濃くなってきてるかな? 近付いてる感じはするよ」

「そうか。……私にはさっぱり分からんな」

「いえ……確かに何かの魔力を感じますね。私にはここまで進んでこないと分かりませんでしたが」

「なんだ、分かるのかロウ?」

「これでも一応魔力を扱える者ですので。と言っても、これがあの街道から分かるその小さな竜には適わないのでしょうが」


 ふむ、これは分かる人間にしか分からない感覚だな。だが、どうやら目的地は確実にこの先にあるようだ。ロウガッファも感じているなら確実だろうて。

 幾らそこまで広くないとは言え森は森。大分進んで来たと思うが、まだ先があるのか? いい加減木以外の物が見たいところだ。

 ……ん? 何やらそれなりに開けた場所に出たな? 森の中にぽっかりと開けた空間か……怪しいな。


「リープ、お前の感じている魔力とは、まだ先から流れてきているものなのか?」

「んー……あれ? なんかよく分かんなくなってきた。なんでだろ?」

「確かに私も……辺りは木々ばかりですし、おかしいですね?」

「? 何を言ってるんだお前達は?」


 こんなにも開けた空間に居るのに、木々しかないだと? どういう事だ?

 いや、ロウガッファは依然として木々を避けるような動き方をしている。これはまさか、この開けた空間は私以外に見えていないのか?


「お前達、ここはまだ森の中か?」

「? 妙な質問ですね? 当たり前ではないですか?」

「トゥアン? どうかしたの?」


 やはり、私以外には見えていないのか。だとしたらこの場に何かあると見た方が良さそうだな。

 ならば、見えている私が調べるしかないか。ここで二人の感覚が遮られたという事は、ここにはそれなりの何かがあるという事だ。

 日は高く、開けたここが明るいのは救いだな。調べるには十分だ。


「え!?」

「な、トゥアンあなた、体が木に!?」

「少し待っていろ。何かがある筈……ん? これは?」


 開けて草地と化しているこの場に一箇所だけ石版が埋まっているように石面が顔を出していた。しかもそれに、魔法陣のような物が描かれている。

 その中に何か書かれているな。これは……『我が英知を収めし場所を暴きたくば、この魔法陣を打ち消し試練を打ち倒せ』か。何か出てくるぞと言っているようなものだな。

 確か魔法陣というのは、一部でも欠ければその効力を失うのであったな。ならば、ナイフでこれを削ればどうなるかな?


「これで……どうだ!」

「!? な、これは!?」

「木が消えていくよ!? トゥアン何したの!?」

「いや、これを削った……! 悠長に話をしている暇は無いようだな」


 削った魔法陣の上、丁度私の頭の上にばちばちと音を立てる黒い球体が現れた。魔法陣の文章通りなら、これが試練とやらか。

 ダガーを引き抜き、その場から離れる。私の様子から察したのか、ロウは身構え、リープは私の傍に来た。

 黒い球体は膨張を始め……かなりの大きさになった時に、弾けた。そして弾けた中から現れたのは、一体の魔獣だった。


「う、馬!?」

「馬だが……これは少々厄介かもしれんな」

「魔獣ナイトメア、悪夢が実体化した存在等と言われておりますが、相対する事になるとは思いませんでしたよ」


 漆黒の鎧を身に纏った黒馬だが、デカい。普通の馬とは有に二回りは大きい。これに蹴られたら一堪りも無いぞこれは。

 差し詰め、大魔道士の家を守る守護者というところか。勘弁願いたいものだな。

 どうやら奴にとって私達はもう敵と認識されているようだ。鼻息を荒げて、今にもこちらに襲いかかってきそうだ。


「……リープ、下がって森の中に隠れていろ。お前の事を守っている余裕は無いかもしれん」

「う、うん」

「これは、本気で相手をしないと命が無さそうですね」


 ロウが手を合わせると、そこから一般的にトランプと呼ばれているカードが現れた。

 あれが奴の得物。前に説明されたのは確か、自身の魔力をトランプとして顕現させた物だったか。自分の魔力が続く限りは出せるらしいが、便利な物だな。

 普通のトランプなら、どう使おうと得物になるような事は無いが、こいつの使うそれは違う。魔力によって、刃物のような切れ味になっているので投げてよし、切ってよしの万能な武器になっているようだ。


「行けるな、ロウ」

「もちろんです。向こう様も待ちきれないようですので……」

「始めるとするか!」


 こちらの準備が出来るまで待っているとは、試練というのも案外親切に出来ているものだな。が、私達の準備が終わったと見てからの行動は早かった。

 一直線にこちらに突っ込んで来た訳だが……速い。馬だというのもあるだろうが程度があるだろうに。気付いたら目の前に居ると言った感覚だぞこれは。

 かろうじて、ロウガッファも私も回避した。直線的な動きが速いのは分かったが、その体では横への移動はそう速くなかろうて。

 いきなり接近戦を仕掛ける程私は馬鹿じゃない。まずは、ナイフで牽制をさせて貰おう。


「これは、避けれまい!」


 二本のナイフが奴目掛けて飛んでいく。刺さってどれだけの痛手になるかは分からないが、少しでもダメージは入るだろう。そう思っていた。んだが……。

 まさか金属と金属がぶつかり合う音がしてくるとは思わなんだ。身をよじって、ナイフを鎧の部分で受けよった。避けれないのなら受けるまでか、ただの魔獣では無さそうだな。

 そして何故かロウガッファには目も暮れず、私を標的にしている。多分、魔法陣を削った者を最優先の標的に据えるようになっていたのやもしれんな。困ったものだ。


「あなたの相手は、彼女だけではありませんよ」


 私と分かれるように避けたロウが動いたようだ。黒馬の影から、跳ぶようにしてロウの姿が見えた。

 持っているトランプが一斉に投げ出される。それに気を取られるであろう事を予想し、私も前に出た。ナイフが効かないのならば、直接斬りつけるだけだ。

 が、またも予想の斜め上を行く出来事が起こった。目の前に捉えていた筈の黒馬が、一瞬にして消えたのだ。

 そして、ロウガッファの放ったトランプが私目掛けて飛んでくる。これは不味い、反応が遅れたらこれで引き裂かれるところだった。


「ぬぉぉぉぉぉ!?」

「な、飛んだ!?」


 トランプをダガーで弾き、なんとか難を逃れて後ろに飛び退く。飛んだという言葉を聞いていたので、咄嗟に上を見上げていた。

 ……流石魔獣、と言ったところか。それはどうという事でもないと言いたげに、平然と宙に浮いていた。本当に、こんな奴を相手にすることになるとは悪夢だな。

 体制を立て直し、空中の奴へ警戒を向ける。また突進してくるかと思ったら、空中から私を見下ろしてるようだ。一体何を企てているのだ?

 すぅっと降りてくると、また私に狙いを定める。参ったな、完全に私を潰しに来ているようだ。


「ロウ! 下手に投擲は使うな! どちらも巻き込まれかねん!」

「ふぅむ……堅牢な鎧に軽い身のこなし、馬にしておくのが勿体無いですね」

「冗談を言ってる場合か。気を抜くとやられるぞ」

「その、ようですね!」


 唐突にバックしたかと思ったら、後ろ足でロウガッファに蹴りをお見舞いしたらしい。仕掛けた事で、どうやらロウの事も狙うようにはなっていたようだ。

 しかもその動作は溜めも兼ねていたらしく、今度は私目掛けて突進してきた。気を抜けない相手とは本当に厄介よな。

 最小限の動きで突進を避け、逆手に持っているダガーで流れのままに切りつけた。が、左手には痺れだけが残る。当たったのは鎧か。

 鎧の隙間を狙うにしても、避けるのに集中すると狙いが定めきれない。だからと言って攻撃を当てに行くと、恐らく轢き逃げをされる。これは参った……。

 しかも方向転換が速い。さっきのバックもおかしいとは思ったが、なるほど、バックや方向転換時は僅かに地面から浮いて行っているようだ。不自然な動きの絡繰はそれか。

 一撃も受けてないとは言え、このまま避けていてもこちらは体力を消耗する。奴に疲れがあるか分からない状況だと、こちらが一方的に不利になっていくと思っていて間違い無い。魔獣の相手とは、かくも難儀なものだな。


「バラバラに攻撃していてもダメージは期待出来ないようですね……」

「頭数はこちらの方が上だ。なら、賢く行くとするか」

「ですね。仕掛けるタイミングはお任せします」

「分かった」


 先程は飛んで避けるという事を知らなかった故に失敗したが、ロウガッファと同時に攻めたあれは悪くなかった。奴も受けるのではなく避ける事をしたという事は、あの攻撃は防ぎきれないと判断したからだろうしな。

 今度は避けるという事とその方法が分かっている。仕掛けるには十分な情報だ。

 奴は常に私を視界に入れるように動く。ならば、それを利用してこちらは動けばいいのだ。

 突進を私が誘導し、その隙にロウが移動。タイミングを測って私から攻撃を仕掛け、ロウガッファがそれに追撃を掛ける。連続攻撃を仕掛ければ、また奴は宙に逃げるだろう。そこが狙い目だ。


「……来たか!」


 十分に助走を付けた突進が私目掛けて襲ってくる。だが、避けられなくは無い。

 避けると同時に、地面を蹴り前へ。幾ら鎧はあろうとも、隙間は無防備だ!


「せぇい!」


 ……やはり、鎧の部分を咄嗟に刃に向けられた。今度は右手が痺れる。が、防がれたという事は意識は完全にこちらに向けられている。ロウガッファ、上手くやれよ!


「その隙、頂きます!」

「!?」


 私の反対側へ回り込んでいたロウが攻撃を仕掛けたのだろう。黒馬は明らかに慌てた様子を見せた。

 そして、奴の体は宙に浮く。先程は咄嗟だった故にここからの追撃が出来なかった。だが、事前に示し合わせていればそのような失態を繰り返しはしない。

 身を屈めロウの放ったナイフを避け、腰にあるナイフをまた二本引き抜く。地面を背にして見上げた先には、奴の無防備な腹がある。そこを、狙い穿つ!


「はぁぁ!」

「ヒィィィィン!?」


 確かに、ナイフは刺さり奴も悲鳴にも似た鳴き声を上げた。これだけやってやっと一手とは、本当に苦労する相手だな。

 ……!? な、落ちてくる!? いや、真下からの攻撃に反応して踏みつけるような形を取るつもりか!?

 くそ、体を起こしての回避は間に合いそうだ。この機転の早さ、こいつ……本当にただの魔獣ではないな。

 跳び退いて……!? なんだ、奴が降りた場所から力が、吹き出す!?


「ぐぁぁぁ!」

「な、トゥアン! くぉっ!?」

「……ブルルル」


 し、衝撃波……そんな攻撃まで出せたのか。デカい図体は使いよう、だな。

 跳んでいたお陰で吹き飛ばされはしたが、多少なりともダメージは減らせたようだ。が、かなりまともに受けてしまったがな。

 まだ、立つ事は出来る。が、あんなものを再三受けていたらそれだけでやられる。同じように真下から攻撃すれば、またこの衝撃波が来るだろうし、下手をすれば踏みつけられて終わりだ。

 打つ手が減らされるというのは、あまり愉快な事では無いな。やるにしても、鎧の隙間を抜くしかないか。


「トゥアン! トゥアン大丈夫!?」

「リープか? 問題無い、お前はそのまま隠れていろ」

「……やだ」

「ん?」

「やだ! トゥアンが痛い目に遭ってるのに隠れてるだけなんて! 僕も戦う!」

「馬鹿を言うな。お前では奴に手傷を負わせるのは……」

「出来るもん! ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから時間を稼いでて!」


 ? 何をするつもりだ? ……だが、リープの目からは確かな決意のようなものを感じる。……賭けてみるか。

 ロウは先ほどの衝撃波で吹き飛ばされ、木にぶち当たってしまったようだ。辛うじて立とうとしているが、まだ少々時間が掛かりそうだな。

 ならば、時間を稼ぐ。リープが何をしようとしているか分からんが、奴も頭が良いのはこれまでの会話で分かっている。何も打算が無くてああ言いだしたのではあるまい。


「全く……苦労させられる相手だよ、貴様は」

「ブルル……ヒィィィン!」


 腹にナイフを受けてご立腹なのか、一度嘶いて先程よりも更に速く駆け、その巨体を生かした突進をしてくる。

 流石に躱すので手一杯だな。それに、先程の衝撃で少々体が痺れる。反応出来るだけマシなものだ。

 躱し際に鎧の隙間を狙うも、打ち合って響くのは金属音だけ。この鎧だけでも無ければ話は別なんだがな、殆ど弾かれてしまう。これは、先にダガーの方が駄目になると考えた方がいいだろう。

 リープの方をちらりと見ると、目を閉じて何か……力を溜めているようにも見える。一体何をしようと言うのだ?

 何にしても、出来れば早くして頂きたい。この突進を避けるのもいい加減しんどいのだ。


「……我、数多を統べし者として命ずる」

「ん? リープ?」

「穢れを焼き払いし炎龍の焔よ、我に仇成す者を焼き払う為、来たれ!」

「な、なんだ!?」


 リープの目の前と、黒馬の真下に赤い魔法陣が浮き出た!? な、何故かとんでもなく危険な予感がするので後退した。

 瞬間、爆発的な火炎が黒馬を包んだ。どうやら、奴の真下の魔法陣から発生したもののようだ。


「ヒィィン!? 熱い、熱いー!」

「ぬぉ!? 喋った!?」

「お願いします負けでいいからこれ止めて下さいー! 死んじゃう! 本当に死んじゃうー!」

「お、おぅ……もういいぞ、リープ」

「あ、うん、分かったー」


 リープの目の前の魔法陣が消えると、黒馬の下にあった魔法陣も消えたようだ。……辺りに生き物の焦げた臭いが立ち込めているが、生きているのか、こいつ?

 どさりと倒れたが……まだ息はあるようだな。まぁ、あの爆炎に包まれて生きている辺り、流石魔獣の生命力と言った所か?


「う、うぅ……あんな魔法は反則ですぅ……人間の使える力じゃないですぅ……」

「だってあれ竜魔法だもん。使った魔力はトゥアンから貰ったけど」

「竜魔法? なんだそれは?」

「えっとね、なんとなく思い出した、僕達ドラゴンだけが使える魔法だよ。今のは火竜の力を呼び出して相手を燃やしちゃう、炎龍の真炎っていう魔法なの」

「り、竜魔法って……人間では絶対使えない禁断魔法の一つじゃないですかー! ヤダー!」


 よく喋るようになったな、馬め。……ん? しかもこいつ、リープの言ってる事が分かるのか?

 というか、また私から魔力を貰ったとか言わなかったか? 大丈夫なのかそれ?

 気付いたら右手の証紋も浮かんでいるし、本当に力は使われたようだな。特に異常も無いようだし、平気か。


「痛たた、一体何が起こったのですか?」

「む? おぉロウガッファ、生きてたか」

「殺さないで下さいませ……どうやらこの様子だと、戦いは終わったようですね」

「うぅ、ま、まだ頑張れば……」

「……我、数多を統べし」

「いやぁ! 止めてください本当に死んじゃいますからぁ!」


 また炎龍の真炎とやらを唱えようとしたのか、リープ。さっきので懲りたのか、黒馬の方の心が折れているようだがな。

 キョトンとしてるロウの奴に何が起こったのかを説明してやった。どうやら、馬が燃やされてるところは一応見ていたようだな。


「あれが、そのおチビさんが使った魔法、ですか……信じられませんね、高位の魔道士でもあんな火力、生み出せるかどうか」

「あれは正直、人間では使えない力ですよ。魔力の総量的に保たないと思いますし」

「……あれって、私の魔力とやらを使って出したのだよな?」

「うん。だからートゥアンの魔力は物凄く多いの。炎龍の真炎なら、2時間くらい出してても平気なんじゃない?」


 ……私の魔力とやらは、一体どうなっているんだ? 今まで考えたことも無かったが、どうやら相当とんでもない物のようだが?

 まぁ、気にしても仕方ないか。とりあえず試練とやらは突破と見ていいんだろうな? じゃなかったら、リープにもう一発撃たせるだけだが。


「うぅ、今日は厄日です……なんでか結界魔法は破られるし、とんでもなく強い人達と戦う事になるし、おまけにこの世から消されそうになるし……わーん!」

「まぁまぁ泣くな泣くな。私達はある物を探してここに来ただけだ、要件が済めば帰る」

「ぐすっ……ある物って、なんですか?」

「と言いますか、このナイトメア普通に喋ってますよね? え?」

「す、少し待っていろロウ。私達が探しているのは、大魔道士ゼームが持っていたという杖だ。心当たりは無いか?」

「え、ご主人様の杖を探してるんですか? 多分、家の方にあると思いますけど?」


 こ、こいつまさか、ゼームに仕えていたのか? いや、守護者なんぞをしてる時点で察するべきだったか。

 !? な、何も無い空間から家が出てきた!? いや、生えてきた!? 待て待て、後者は表現としておかしいな。落ち着け私よ。


「ご主人様の家ならこちらですよ。私負けちゃったし、あなた達はこの家に入る資格有りとさせて頂きます」

「そ、そうか……では、入らせてもらうぞ?」

「どうぞどうぞ。私は、結界魔法を突破して私を倒せる者が居たらここを開放するように言われていましたから」


 軽いな、守護者。まぁいい、入っていいと言うのならお邪魔させて貰うか。

 中に入ると、そこは至極普通の家だった。なんというか、若干拍子抜けする程に。


「ここが、大魔道士の没した家、なのでしょうか?」

「まぁ、あれが言ってた事から確定すると、そうなるな」

「あ、ここだよ追ってきた魔力が出てるの! この家の奥から感じるよ!」


 なら、私達の魔力追跡のゴールは、少なくともここのようだな。そしてここがゼームの家ならば、大方の予想通りではあるか。

 魔力が感知し難かったのは、ここが今まで隠されていたから。先程二人が感じられなくなったのは、守護者の奴がここを隠すのを強固にしたからというところか?

 家の奥の部屋に入って、リープが感じていたであろう魔力の根源は発覚した。そして……ここが、大魔道士の没した場所であるという事も。


「ト、トゥアン、あれ……」

「白骨、か。その傍にあるのは、杖だな」

「ん、この白骨の傍にあるものは、手記でしょうか?」


 奥の部屋にあったのは、ベッドとそれに横たわる白骨、それに杖と一冊の手記だった。

 申し訳無い気もするが、手記を手に取らせてもらった。パラパラとページを捲ると、それにはこの人物が書いていたであろう日記が記されていた。

 この森で暮らすようになってから、穏やかな日々を過ごせていた事。それまでは、大魔道士として追われ続けていた事。最後のページには、穏やかな気持ちで最期を迎えられて幸せだという文字が綴られ、筆者の名前が書かれていた。


「願わくば、遍く世界がこのような平穏の中に包まれる事を切に祈る……ゼーム・スペアラー、か」

「ならばこの白骨はやはり……」

「大魔道士ゼーム、その人だろうな。……よっと」

「え、トゥアン、その骨、どうするの?」

「もう何年とも言えぬ間、ここの独りだったのだ。……大地に返してやってもいいだろう」

「なるほど……ならば、手伝いましょう」

「え、えっと、ちょっと怖いけど、僕も」


 二人の言葉に頷いて、分担して遺骨を外に運び出した。風化が進んでいるかと思ったが、そうでもなくて助かった。触れた途端にぱらりでは、どうする事も出来んからな。

 外に居た黒馬に事情を話すと、泣きながら手伝うと申し出てくれた。聞くと、主人が亡くなったのは理解していたが、認めるのが怖くて、ずっとこの家の中には入れなかったらしい。……サイズ的にギリギリではあるが、ゼームが健在だった頃は家に入る事もあったそうだ。まぁ、大分屈んだような状態ではあったようだが。

 馬の手伝いもあって、簡素ながら彼の墓標は滞りなく作る事が出来た。気に入っていたこの地で、静かに眠ってほしいものだ。


「あの……ありがとうございます。ご主人を埋葬してくれて」

「いや、私が勝手に申し出ただけだ。あのままでは……寂しいものな」

「うん、そうだよね……」

「大魔道士、ですか。名を馳せた者が最後に求めたものは穏やかな日々とは、なんというか、少々切なくなりますね」


 しみじみとした後、彼の墓前で手を合わせた。なんというか、そうしなければいけないような気がしてな。

 さて、後回しにしていたが、きちんと杖も回収していかねばな。これが無ければ、フォーカナルの騒ぎは収まらんのだし。

 青い水晶の付いた金属の杖、装飾も見事だと言えるだろう。魔道士ギルドに渡すのが惜しく感じるな。


「これを持ち帰れば、依頼完了ですね。しかしこんな場所にあったのでは、誰も見つけられなくて当然ですよ」

「全くだ。下手な奴だったらあの馬に蹴散らされて終わりだったろうな」

「僕としては、その前にトゥアンがやってた事が気になるけど。なんでトゥアンにだけは、あそこが森に見えてなかったんだろ?」


 知らんよそんな事。私には普通に開けた空間に見えていたし、それがどういう原理なのかもそれほど興味を引く事案では無い。

 とにかく、杖を無事回収出来たので御の字だ。日が傾く前に帰るとしよう。

 ゼームの家から出ると、そこにはやはり黒馬が居る。主人の墓を見つめているようだな。


「こちらの用件は終わった。待たせたかな?」

「いえ、そんな事は。もう要件は終わりでしょうか?」

「あぁ。この家はどうするんだ?」

「また、夢の中に微睡ませます。そして結界魔法を修復すれば、ここが荒らされる事も無いでしょう」


 そう黒馬が言うと、ゼームの家は透き通るようにして消えていった。魔獣ナイトメア、か。微睡ませると言っていたが、物が夢を見るのだろうか?

 ま、消えたのは事実。そう受け止めるだけだな。そして馬が私が削った魔法陣に近づいていって、何かを言っている。何を言ってるかは分からんな。


「む!? ま、また木が!?」

「うん? そうなのか?」

「トゥアンにはやっぱり見えてないの? うわわ」

「あれ? 結界魔法は元に戻した筈なんですけど……あなた、何者ですか?」

「ん? 私か? トゥアン・ソフィエル。しがない運び屋だ」


 としか名乗りようが無いしな。呆れられてもこれはどうしようもない。

 というか、ここの魔法陣を直したのにこの馬は何故消えん。出てきた時と逆に消えるのではないのか?


「あー、お前はここの魔法陣が直っても消えないのか?」

「多分、ご主人から課せられた使命が終わったので、私も開放されたんだと思います。自由になったのはいいけど、これからどうしよう……」

「うーん、魔獣を野放しにしておくというのは、些か危険でしょうか?」

「うぅ、私ってやっぱり、退治されてしまうのでしょうか?」

「どうなんだろうな? 私達クラスがかなり本気でやって苦戦していたし、並の相手が来ても返り討ちに出来るんではないか?」


 というか、さっきまで生死を掛ける寸前の戦いをしていた相手とこんなに暢気に話をしていていいのだろうか? いや、まぁいいか。

 で、このナイトメアと呼ばれている魔獣、もとい馬は本気で自分の今後をどうするか迷っているようだ。どうすべきかな?


「ねぇトゥアン~、このお馬さん、連れて行ってあげられないの?」

「うん? これをか?」

「うん。だって、ずっとここに居たんでしょ? それも一匹で。それって、あのゼームって人と同じくらい寂しかったんじゃないかなぁ?」

「むぅ、それもまぁ、そうかもしれんが……」


 ……しまった、今の会話を聞かれていたらしい。物凄く連れて行って欲しそうな視線が私に向けられている。

 いやだって、なぁ? 魔獣だぞ魔獣。普通の馬ならいざ知らず、魔獣を連れて歩くなんていいのか? ドラゴンを連れている私が言うのもあれだが。

 うっ、寄ってきて懇願の眼差しを送ってきている。いやいや、ここで妥協してしまっていいのだろうか? 運び屋に道化師(探検屋)にドラゴンに魔獣って、破天荒なメンバー過ぎやしないか?


「うぅ、トゥアンさん~」

「まぁ、連れて行ってもいいんじゃないですか? 相互理解が出来て、実力もある馬なんて恐らくもう出会える機会はありませんよ?」

「いや、馬だ馬だと言っているがこいつは魔獣だろ? 危険だろう」

「絶対に、ぜーったいに人間を襲ったりしないって誓いますし、なんでもしますからぁ、お願いします~」

「む、むぅ……」


 全員から仲間にしてしまえという視線を感じる。なんだこのアウェイ感は。

 ……まぁ、これからの旅の事を考えても、馬の一匹でも居れば楽かもしれんがな。私も押しに弱いものだなぁ。


「……お前、名は?」

「え!?」

「ゼームから呼ばれていた名があるのだろう? 無ければ、馬で呼ぶが」

「め、メリア! メリアです! メリア・スペアラーです!」

「スペアラー、か。ゼームはお前を家族だとして接していたのだな」


 でなければ、自分と同じ名を与える事もあるまい。口調と声の高さからして、大魔道士の娘と言ったところか? 少々厳ついが。


「では聞こう、メリア・スペアラー」

「は、はい!」

「お前は、魔獣の身で人間である私達と共に来るか?」

「……僕ドラゴンなんだけど」

「い、今はそれは置いておくように」

「えと、連れて行って欲しいです。きっと、ご主人もそうした方が喜ぶと思うので」


 ここで自分に尽くして果てて行くより、生きる事を、と言ったところだな。うむ、そうであって欲しいものだ。

 ならば、決まりだな。やれやれ、また金の消費が嵩むような気がするのだがなぁ。


「ならば仕方ない、か。こいつにも言っているが、遅れるようなら問答無用で置いていくからな?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「こうして、トゥアン一行には新しい仲間が出来ましたとさ。というところでしょうかん!?」

「焚き付けておいて他人事のように語るな阿呆が」

「そういえばメリアは僕の言ってる事分かるみたいだね。僕リープ! よろしく~」

「リープ君ですね、よろしくお願いします」


 ロウにナイフを投げつけてやったところで、フォーカナルに帰るとするか。あの宿、一応馬屋はあったな……デカイがなんとかなるか。

 何やら、森を抜けるのならば自分に乗ってくれとメリアから提案されたので、とりあえず乗ってみる事にした。私とロウガッファが同時に乗っても大丈夫とは、流石魔獣と言ったところだな。

 杖をしっかりと持ったのと、リープが私の頭にしがみついたのを確認してメリアに一声掛けた。すると、メリアの体は宙に浮く。そうだ、こいつ飛べたのだったな。

 そのまま森の上を駆け抜けていく。いやぁ、これは実に爽快だ。悪くない。


「これは素晴らしい! まさか、宙を駆けるとは!」

「で、でも流石にお二人を乗せるのは、ちょっと厳しいですぅ」

「ふむ、まぁ基本は普通に歩いての旅という事は変わらんという事だな。ま、今だけでも帰る時間が短縮出来て良かったとしておこう」

「うわぁ、僕が飛ぶよりずっと速ーい! メリア凄いすごーい!」

「あ、ありがとうございます!」


 ――ありがとう……


「ん?」

「どうかしましたか?」

「いや、今……何でもないな。空耳だろう」


 ……ゼーム・スペアラー、貴殿の大切な家族、確かに私が預かろう。だから、安心して欲しい。

 風の中に聞こえたその声に、私は胸の中でそう答えた。すると、ゆっくりと笑う老人の顔が、空の雲の中に見えた気がした。

 また妙な同伴者が増える事にはなったが、こういうのも、案外悪くないのやもしれんな。

 では、しばし空を賭ける牝馬の背から見る森を堪能しながら、街へ戻るとしようか。

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