第1話 ~旅立ち~
少々日当たりは良くないが、なかなか悪くない部屋が取れた。まぁ、日もまだ高いのだから当然と言えば当然か。
で、この部屋に来るまで私の背に張りつき、今は今晩の寝床となるベッドで嬉しそうに跳ねているこの羽付きトカゲにこちらに注目させるところから始めるとするか。
一組置いてあるテーブルと椅子、それの椅子だけを移動させベッドの横に置いた。それに腰掛けて、じっくりと話すとしようか。
「わーい! このベッドって言うの、結構柔らかいねー!」
「喜んでるところ悪いが、少々私の話に付き合ってもらうぞ」
「ん? 話ってなぁにマスター?」
「……先に言っておくが、私の名はトゥアン・ソフィエルだ。マスターと呼ばれるのは妙な感じがするから、トゥアンとでも呼んでくれ」
「トゥアン? トゥアン! そっか、マスターの名前ってトゥアンって言うんだね! うん、分かった!」
……これは、合意したと見ていいんだな? なんというか、聞こえてくる声もやる事も子供だな、本当に。素直なのはやりやすくていいんだが。
さて、目の前で落ち着いたようなので話を続けさせてもらおうか。そうだな……まずは確認からさせてもらうとしよう。
「さて、名乗ったところで聞かせてもらうが、先程お前が言った事は本当なのか?」
「なんの事? 僕さっきなんて言ったっけ?」
「自分がドラゴンだと言った事だ。あれは真実なのか?」
「えー、信じてなかったのぉ? こんなにカッコ良くて頭の良い生き物がドラゴン以外に居るなら教えて欲しいなー」
見た目の様子は置いておくとして、私はそもそもドラゴンという種自体の事を知らない訳だから、何を基準にしてそれと断定すればいいかさっぱり分からないな。
知らないと言っても、お伽話程度の知識なら一応あるにはあるが、そこに登場するものはどれも身の丈は人の数十倍、力は尾の一薙ぎで山を吹き飛ばす等と言った所謂化物と呼ばれるようなものばかりだ。それに目の前のトカゲサイズが同族とはとても思えないな。
「まぁいいや。僕は正真正銘ドラゴンだよ。って言っても、僕が覚えてるのは自分がドラゴンで、誰かに封印されて卵にされちゃったって事だけだけどね」
「封印? 何故?」
「知らないよぉ。だから、僕が覚えてるのはその二つだけなの。あ、この言葉なんかはトゥアンと契約した時にほんのちょっとだけ記憶を分けてもらったから分かるだけだから」
私の記憶、だと? その割には私の名等は知らなかったように思うのだがな? どういう事だ?
いや、そうか。記憶と言っても、恐らく私の体験や私に起こった事象等についての記憶を除いた、言葉についての記憶だけを共有したと考えれば良さそうだな。
これで先程、ベッドという物自体を知っていてもそれがどういった感覚がするかを知らなかった事も納得出来る。少々ややこしくはあるが……。
「つまりお前は、私の知っている物についての知識を持っているという事だな」
「そう、そんな感じ。その物はなんて名前で、どう使うかくらいは記憶を分けてもらったから説明されなくても分かるよ」
それは便利なものだな。っと、少し論点がずれてきたか。修正しなければ。
「それは分かった。が、分からないのはそれを可能にした契約というものだ。なんなんだそれは?」
「えっとね、僕達ドラゴンが一生に一回だけ出来る事で、他の生き物と僕達の命を繋げる事で僕等はその生き物から生命力と魔力を、僕等はその生き物へ寿命の共有と僕達ドラゴンの力全ての行使権を与える儀式って感じかな」
「……嫌に専門的に覚えてるじゃないか」
「んーとね、僕が分からないのは『僕』の事で、『ドラゴン』の事は覚えてるっぽいかもー」
ようは自分についての記憶だけが欠落しているという事か? また難解な記憶障害だなそれも。
つまり、こいつそのものの事を訪ねても答えは返ってこないが、ドラゴン全般に言える事については解を求められるという事で良さそうだな。なら、まずは契約とやらにもう少し掘り下げて訪ねてみるか。
「分かった、一先ず質問を契約についてに戻させてもらうぞ。そうだな……何故そんな事をする必要があるんだ? ドラゴンと言えば、この世界の力の化身と呼ばれる者達ではないのか?」
「そうなんだけど……緊急手段って言うのかな? ドラゴンが何かの理由でもの凄ーく弱っちゃって、死んじゃうって時にだけ出来るようになるんだって。それで、一時的に生きる為の力を誰かから貰う状態にして、自分の力を自分を治す為に使えるようにするんだって」
「ほぅ、つまりはドラゴンの延命手段という事か。だがやけに制限が大きいもののように思うが?」
「ドラゴンがただ単に死んじゃうっていうのはね、この世界の力が失われる事になるの。それが起こると、えっと、世界のバランスが崩れちゃって、すっごく危ないんだって。だから、なるべく契約して貰えるようにって事じゃないかなぁ?」
……よく分からんが、つまりドラゴンが死ぬという事象そのものが避けるべき事であるから、その避ける為のシステムがこの契約と理解してればいいだろう。というかそれ以上の理解の仕方が分からない。
だが、何故それを私とこいつがしなければならなかったんだ? 球体にはなっていたが、それがドラゴンにとっての瀕死を意味する状態とは思えんな。現にこいつはあの球体の状態を封印と言ったしな。
「なんとなく契約とやらについては分かったが、何故それを私とお前の間でしなければならなくなったんだ? お前は封印されていたんであって、瀕死では無かったんだろ?」
「これはね、僕自身に封印を解く事が出来る力が無い状態だから、それが出来そうなトゥアンの魔力を借りる為にした、って言うのが正解かな」
「……そもそも分からないんだが、私に魔力なんてものがあるのか? 魔法なんてものを学んだ覚えは無いんだが」
「あはは、魔力って言うのはどんな命にもあるものだよ。えっと、生きる為の体力とかを生命力って呼ぶとするでしょ? 魔力は意思の力って言うのかな? 精神力とか、心の力だと思ってくれればいいと思うよ」
「ふむ……まぁ、なんとなく言わんとしている事は分かった気がする。ならば、学べば私も魔法の行使が可能ということか」
「それはどうだろ? 魔力自体はどんなものにもあるけど、それの活かし方には個体差みたいのがあるみたいだよ? 例えば、トゥアンが言うように魔力をそのまま力にするのが魔法でしょ? それとは別に魔力を何かに溜めたり送って使うのが魔弾とか魔剣とかいう力だし、そもそも魔力が高いだけで使えないってパターンもあるみたいだし。そういう人は外部から別の誰かに使って貰うって形でなら魔力を使えるんじゃないかな?」
こいつ、記憶喪失だ等と言うのは本当は嘘なんじゃなかろうか? 饒舌にも程があるだろうと言いたいところだ。
が、魔力については確かに分かり易い説明だった。あっても行使出来ないか、自分にあった行使方法を知らないと使えない……なるほどな。安直に魔力は魔道士達のものという訳ではないという事か。
「あ、それで話を僕とトゥアンの契約に戻すけど、トゥアンの魔力は僕と相性も良さそうだし、量も凄く多そうだから契約させて貰ったんだ。契約ってね、誰とでも出来るものじゃないんだよー」
「さっき出た、相性とやらの問題か?」
「そう! で、僕とトゥアンの相性はもうバッチリ! ただ……バッチリ過ぎて、契約する時にあんなに派手になっちゃったんだけど」
「そ、そうだったのか……」
詳しく聞くと、私と契約する為にこいつが私との繋がりを築こうとする際に、私側から無意識に流れ込んできた魔力が多量で、あの放熱と発光状態になったそうな。後からそっとあの広間を通った時に、あまり大騒ぎになってなかったのが不幸中の幸いだった。
全く、そんな話をされたのではこいつを一方的な悪党には出来んな。まぁ、その契約とやらを無理やり押し通そうとした時点で悪いと言えなくもないが。
よし、これであの時に起こった事のあらましを知る事も出来たな。今はとりあえずその辺りまで押さえられておけば、概ね納得出来たと言えなくもないだろう。
「でも……なんでトゥアンは僕がドラゴンだって知らないのに僕を持ってたの?」
「ん? あぁ、私の方から色々聞いたのだから、今度は私が答える方だな。うむ、まずは順を追って話そう」
私がこいつ、というよりこいつを封じていた球体を運ぶ事になったのは全くの偶然だ。多額の報酬、魔導機関車のチケット付きで期間は無期限という破格の仕事だった故に受けただけだからな。
だが、その破格さも今なら理解出来る。幼体とはいえドラゴンそのものを運ばされていたんだ、ドラゴン保護協会からすればどんな手でも無事に運ばせたい代物だったのだろう。そんな物なら自分達で部隊でも編成して運んで頂きたいところだったがな。
いや待てよ? もしや……ドラゴン保護協会もあれが何かまでは知らなかったのでは? だから未知の物体を運ばせるのに自分達の門下を使うのを渋り運び屋を使った。……その線、濃厚だな。全く、運び屋をなんだと思ってるんだか……。
確かあの球体は何処ぞのドラゴンに纏わる遺跡だかで見つかっただのなんだのと受け取る時に喧しく説明されたからドラゴン絡みの物であるという事は把握していたんだろう。だからあの破格の待遇か、なるほど読めたぞ。
「じゃあ、トゥアンは何も知らずに僕を持ってたってこと!?」
「そうなるな」
「それで契約出来る相手が見つかるなんて……きっと僕らには運命の赤い糸が!」
「あったんなら即切り捨てておきたいな」
「あぁん酷いー。そんなに邪見に扱うと僕泣いちゃうぞー」
「とにかく、私はお前をドラゴン保護協会に引き渡さねばならんのだ。……それで依頼達成になるか不安は残るが」
なんせ、形状変わり過ぎどころの話では無いからな。おまけに、これから逃げ出す事も出来ん長旅も始まるのが確定しているのだし、こいつを王都まで運べるか自体が不安だ……。
「でも、僕のマスターはもうトゥアンで契約しちゃったし、そのなんとかってところに渡されても困るよぉ」
「とは言っても、仕事は仕事だ。どうであれ、私はお前を保護協会に引き渡さねばならん」
「うぅーん、そうだ! なら僕を渡して報酬を貰ったら、トゥアンが僕を呼び出してよ!」
「……? どういう事だ?」
「契約者の権限でね、マスターは僕達ドラゴンと離れても、ドラゴンを呼び出す権限が与えられてるんだ。ちょっと試してみようか」
そう言って青飛びトカゲは私から部屋の隅辺りまで離れた。いや、そんな権限が与えられていても、何をどうすればいいんだ?
「そこで右手を胸に当てながらこう言ってみて。『我と命共にする者よ、在れ』って」
「む……こうか? えっと、我と命共にする者よ、在れ」
むぉ!? 右手にあの紋が!? っと思ったら飛びトカゲが目の前に居る!?
「はーいマスター♪」
「うぉぉ!?」
「そんなに驚かないでよー。これが、『召喚の文言』だよ。忘れないでね」
「あ、あぁ……出来たという事は、本当に契約とやらをしているんだな」
「だからそうだってばー。その右手の『竜の証紋』が動かぬ証拠でしょ」
「竜の証紋というのか、これ」
確かに今落ち着いて見ると、どことなく目の前のこいつの頭の形に似ているような気もする。角短いし、なんか丸っこいし。
なんというかこう、これでもまだこれの主になったと言われてピンと来てない私は鈍いのだろうか? それとも、こう反応するのが普通なんだろうか。分からなくなってきたぞ。
おっと、消えた。どうやらこの証紋とやらは必要な時以外はこうして消えているようだな。目立たぬように出来るのは便利と片付けておいていいだろう。
「ふぅ! いっぱい喋ったらお腹空いてきちゃった! ねぇトゥアン~、何か食べたいよ~」
「うん? そうだな……日も少々傾いてきたし、何処かで食事を取って、明日からの旅に備えて準備をするか」
「なるほど。確かおーとだっけ? そこにあるドラゴン保護協会ってところに僕を連れて行くのが今のトゥアンの仕事なんだよね」
「まぁな。……といっても、道中で旅の路銀を得る為に他の仕事もせねばならんだろうが……」
はっきりと言おう。私の今持ってる資金では旅の準備は容易に出来ても王都まで辿り着けないと。途中海を渡る時には船代、毎日の食事に食費、野宿ならば掛からないが宿代、何らかの戦闘になればナイフ、諸経費と一日を過ごすだの移動するだのをすれば自然と金は消えていく。補充するタイミングが必ず必要になるのだ。
因みに運び屋ギルドでは運び屋一人につき四つまでは同時に依頼を受ける事を可しとしている。一つがこのトカゲ搬送で埋まっている私は後三つは仕事の依頼を受けられるという訳だ。それを上手く使って資金を得ていくしかあるまい。
「とりあえず今はご飯食べに行こうよー。トゥアン早く早く」
「待て待て、そう急かすな」
「あ、その前に」
「むぉ!?」
せ、急かしたと思ったら唐突に止まりおって、何がしたいんだこいつは。
「はい! マスターのドラゴンとして一つお願いがあります!」
「なんだ?」
「名前付けて!」
「……は?」
「だから、僕の名前。相棒に向かってお前とかこいつとかじゃ僕ヤダー」
また妙な駄々を捏ねだしたぞこの飛びトカゲは……私、そういう他者の名前を決めるとかいう事は苦手なのだがな。
「因みに聞いておくが、飛びトカゲ等では……」
「ひ、酷い! 一部地域では神格として崇められてるドラゴンを掴まえて飛びトカゲなんて! おぉ、神よ……」
「いや今自分が神格と呼ばれてる地域もあると言ったばかりではないか? それにお前は今どう見ても飛ぶトカゲだろうが」
「こ、これは幼体なのー! おっきくなればそりゃあもう大きくて誰もがありがたや~って言うようなすっごいドラゴンに!」
「なるのか?」
「……ごめんなさい、分かりません」
だろうな。なんせ自分の記憶が無いと言う事は、自分がどんなドラゴンから生まれたかも分かっていないのであろう? 予想はしていたさ。
やれやれ、めそめそし始めた事だし、あまり苛めないでやるか。しかし、名か。何がいいのやら?
「くすん……どうせならカッコイイ名前つけてよぉ……」
「全く、苦手な分野のハードルを上げられる私の身にもなってくれ。そうだな……」
青い竜、か。それでいてカッコイイ、うん、さっぱり分からん。
ここは竜と言うのは置いておこう。下手に枠組みがあると思いつくものも思いつかん。
うーむ、とりあえず触れてみて考えているが、鱗が柔らかいからかなんとなくプニプニとした感触だな、全身。なかなか心地良い触り心地かもしれない。
……よし、下手に考えるのを止めよう。こうなったら適当に思いついたものをこいつに聞いてみて、それで良いと言えばそれがこいつの名で。それでいこう。
「ちょ、ちょっと擽ったいよー」
「……リープ。お前の名は、リープでどうだ?」
「え? リープ?」
「うむ。なんとなく勘で決めただけだが」
「うーん……まぁ、それでいっか。変な名前じゃないし」
これじゃ嫌だと言われてもまた困るんだがな。まぁでも、どっちにしろ咄嗟に思いついただけだがな。
しかしリープか……何処かで聞いた事のあるような気がするのは何故か? 思い当たる事は無いのだがなぁ。
自分で決めておいて考えるのも馬鹿らしいか。ともあれ、これで良いと言ってるし、とりあえずはリープと呼んでやる事にしよう。
「では食事に行くぞ、リープ」
「はーい。あ、もう一個」
「……なんだ?」
「そんなまたかーみたいな顔しないでよー。これで終わりだから」
やれやれ……聞いてやるとするか。
「僕とトゥアンって今普通に話してるよね?」
「あぁ」
「でもこれ、他の人が見たらトゥアンが僕に独り言話してて、それに僕が相槌打つような感じで鳴いてるようにしか見えてないから」
「何? ……つまり、お前は人の言葉を話している訳ではないのか?」
「そゆこと。契約を結んだマスターが困らないように、多分契約自体にそういう効果があるんだろうねー」
所謂翻訳の力という事か? ふむ、これは気を付けないと、私は傍から見れば言葉の通じない飛ぶトカゲに話しかけている痛い女と見られる訳か……そんな事になったら目も当てられんな。
最後の話はなかなか実用的で良かったとしておこう。まぁ、私は恐らく気にせず話をするだろうがな。人の目を気にし過ぎても詰まらないだろう。
「これで本当にお仕舞い! 最後までご静聴ありがとーございました!」
「言葉の使い方として間違ってはいないが……訂正する程の事でも無いか。さぁ食事だ、行くぞリープ」
「分かった! ごっはん、ごっはん!」
そういえば、こいつには何を食べさせても問題無いのだろうか? 食べさせてみて、好まなければ与えないようにすればいいか。
特に何も置いてはいないが、今借りている部屋に鍵を掛けて出た。借りている間はこちらで管理するよう言われているから、出掛けても持っていなければならないのは少々面倒か。
で、一応部屋を借りる時にリープは隠して入ったので、同じように背に張り付かせて出る事にした。これはマントの利点だな。
夕方の町は街灯にも火が灯り、昼間とはまた違う明るさに包まれる。やはり日の光とは違って、物悲しく感じるものだ。
さて、と。軽く背中に張り付いてる奴を突くと、もぞもぞと動いた後マントから出て来た。先程は全く訳の分からないものだったから隠したが、ある程度何かという事は分かったし、暴れまわるような事もあるまい。
「なーに、トゥアン」
「大した事じゃない。お前を隠したまま町中で行動するのも面倒だから、前もって町中で一緒に行動しておこうと思っただけだ」
「あ、なるほどー。僕、このまま町の中ではずっとトゥアンの背中に居なきゃならないのかと思ってたよ」
「これから背負う荷物等も増える事になる。そうはいかんだろ」
……やれやれ、背から出してやっただけなのに何をそんなに嬉しそうにしているんだかな。別に大した事でも無かろうに。
しばらく私の頭の上をくるくると飛び回った後、並ぶような高さに降りて行こう行こうと言い出した。なら、目的地まで行くとするか。
少しだけ周囲から見られてる気もするが、そこまで目立つような存在でも無いだろう。ただし、こいつがドラゴンだ、等と言わなければだがな。
さて、この時間に食事を取る場合、基本的に普通の店や屋台は店仕舞いを初めてしまう為に利用出来ない事が多い。ならば何処へ行くか? その答えは実に簡単だ。
夕方と言えば、昼間に散々働いた者達が明日に向けての英気を養う時間だ。その時間に1番盛況になる場所がある。私の知る限りでは、だが。
「……ねぇトゥアン」
「ん? どうした?」
「ご飯って……ここで食べるの?」
「そうだが」
「いやだってここ……酒場、だよね?」
ふむ、リープの言う通り私は酒場を目指して歩いており、現在目的地の目の前に居る。何やらリープは何か妙な顔をしているが、酒場というのもそう悪い場所では無いぞ。
構わずに入ると、観念したのか渋々そうにリープも共に入ってきた。ざっと見、席はありそうだな。
「いらっしゃいませー!」
「邪魔するよ。食事も一緒に頼みたいんだが、テーブルは空いてるだろうか」
「はい! あのー、そのお隣を飛んでるのは……」
「あぁ、私の連れでね。席は特に要らないが、こいつの分も注文させてもらうのでお目溢し頂けないかな?」
「あ、いえ、全然大丈夫です! それではお席にご案内します!」
「任せるよ」
盛況な店の中を何処まで入り込む事になるかと思ったが、割と入口側の席に案内された。ふむ、そんなに騒ぐ客は近くに居ないようだし、寧ろゆっくりと酒を飲む者が揃っている席の方に案内してくれたようだな。
席の周りも清掃が行き届いているし、良い席だ。少なくとも、飲んで騒いでる者達が近くに居る席よりはずっと上等な席だろう。
「ここならゆっくりお食事も取れると思いますよ!」
「うむ、良い席だ。案内感謝するよ」
「いえいえ! それではこちらがメニューになります。御用の際はこちらのベルでお呼び下さい!」
店員の応対も実に素晴らしい。なかなか良い店に入れたようだな。
メニュー表と小さな呼び出しベルを受け取って席に掛けさせてもらった。一応四人掛けの席のようだな……一人で使うには少々贅沢やもしれん。
「ふーん、もっと騒がしい感じなのかなーって思ってたけど、そうでもないんだね」
「わざわざそういう席に案内してくれたようだしな。それとも、騒がしいあちら側が良かったか?」
私の指差した方をリープが見ている。この店の半分、奥側はこことは別世界のような状況だ。
がやがやと騒がしく、皆大いに笑い酒を煽っている。ああいった雰囲気も嫌いではないが、落ち着いて食事が出来んのは間違いないだろう。おまけに、酔っ払いに絡まれる心配もある。それがまた面倒で仕方ない。これは食事に酒場を利用する際の難点だな。
「うん、こっちが良い」
「だろう? そら、食べてみたい物を選ぶといい」
「はーい」
メニュー表を開き、リープにも見えるように置いた。小さいからテーブルに直接座る形になってるが……別に汚すような事は無いだろう。ここまで飛んで来たことだし。
ふむ、なかなかメニューはあるようだ。店も大きく人も入れるようだから食事にも手は抜いていないというところか。
魚料理、肉料理、前菜に、酒の共の一品料理。どれも悪くは無さそうだな。
「あ、僕このミートパイって言うのがいいな」
「ほう、値段も手頃だし……いいだろう。飲み物はどうする?」
「んー……あ、ミルクがある! これ!」
「分かった。私もさっさと決めるとするか」
……む、店主のオススメクリームソースのパスタ? ほう、お勧めとあるくらいだから悪くなさそうだな。それと飲み物は、蜂蜜酒なんてものがあるのか。これにするか。
注文も決まったのだから店員を呼ぶとするか。受け取ったベルを鳴らして、と。
「はーい! ただいまー!」
席案内や注文を受けている店員は三人程居るようだが、私のところへは先程席へ案内してくれた店員がまた来た。オレンジ色の頭巾とエプロンが似合う明るい声の女性だな。
「お待たせしました!」
「いや、手早い接客痛み入るよ。ミートパイとミルク、それとこのお勧めのクリームパスタとやらと蜂蜜酒を頼む」
「分かりました。えへへ、パイとパスタはこのお店の自慢の一品なんです。どうぞご堪能下さい!」
「それは楽しみだ。堪能させてもらおう」
メニュー表を渡すと、ニコリと笑ってカウンターの方へ走っていった。恐らくあのカウンターの先が厨房なんだろう。
私にも、あれくらい愛嬌と可愛げがあればこういう店で働く事も出来ただろうな……別に今の生活が嫌いではないが、ああいう同性を見るとついそんな事を考えてしまう。
今更な話ではあるがな。今の私があんな仕事をしてると想像すると、我が事ながら笑ってしまいそうになる。巫山戯た客が来たら間違い無くナイフが飛んで行く事になるだろうしな。
「なんでトゥアン、笑ってるの?」
「ん? いや、少し自分がここでああして働いていたらどうかと考えててな。似合わなくて笑ってたのだよ」
「そうかなぁ? トゥアンは綺麗だし、人気出そうだと思うけど?」
「いや、容姿よりも内面がこういった仕事に向かないんだ。邪魔する者は打倒するという生活が長過ぎる弊害さ」
お陰で、女手一つで世界を渡り歩けるようにはなったがな。運び屋とは因果な仕事だよ、全くな。
いい加減店に居るんだし被ってるフードを外すか。そろそろ食事も来るかもしれんし。
ふむ……このフード付きのマントもそろそろ傷みが出てきたな。金に余裕が出たら、買い替え時か。
「お待たせしまし……え!?」
「ん? おぉ、来たか」
「あ、あの、お客さん……女性だったんですか!?」
「ふむ、そうだが。あぁ、フードを被っていたから勘違いさせてしまったか。失礼した」
「い、いえ! こっちが勝手に間違えてただけですから。あ、じゃあ、温かい内にどうぞ召し上がれ!」
料理と飲み物を置いて慌てた様子で去っていってしまった……なにやら顔も赤かったように思ったが、なんなんだ?
「へぇ~、これがミートパイか~」
「フォークやナイフの使い方は分かるんだったな?」
「うん! ねぇ、もう食べていい!?」
「もちろん。それでは、頂こうか」
「はーい! いっただっきまーす!」
早く食べ始めたいと言わんかのようにフォークとナイフを握っていたので、我慢させる事も無いし頂くとするか。
リープがパイにナイフを当てて切ると、そこからは良い香りのする湯気と美味そうな肉汁が流れ出てきた。ほう、自慢の一品の言葉に偽り無しか。
それを目を輝かせて見ているリープは置いておいて、私も自分のパスタを食べ始めるか。ほう、具材はポテトとサーモンか。悪くは無さそうだ。
くるくるとフォークにパスタを巻きつけて、よくソースと絡めた後に口に運ぶ。うむ! サーモンはバターで焼かれていたのか、香ばしい香りとクリームと調和したサーモンの風味が素晴らしい。
具材のポテトを口に運ぶと、しっとりとした中にさくりとした食感も感じる。こちらは表面を揚げているようだな。美味いじゃないか。
一通りを味わい、蜂蜜酒を一口。酒と蜂蜜を混ぜて割っているようだが、これもなかなか。使っている酒は果実酒だな。
何も言わずに、一口分を切っては口に運んでる辺りリープのミートパイも上々の出来のようだな。食事の充実している酒場とは良いものだ。
「美味しいー! これ、すっごく美味しいよ!」
「ふふっ、良かったな」
「……ねぇ、トゥアンのそれもちょっと食べてみたいんだけど……ダメ?」
「これか? ……よし、ほら」
「わーい!」
一口分のフォークに巻いて差し出すと、嬉しそうな顔をしてそれを咥えた。こうして見るとなかなか可愛らしいじゃないか。
おぉ、幸せそうな顔をしている。どうやら基本的になんでも食べれそうだな。何よりだ。
「お返しお返し。トゥアンはい、あーん」
「おっと、済まないな。……うん、美味い」
「本当!? 良かったぁ」
……ふむ、同じ物を美味いと感じるのだから、味覚としてのズレも無さそうだ。これからの旅の間の食事も大丈夫そうだな。
なんせ、基本的に作るのは私という事になる。これで私とズレた味覚をされていたら、そこで躓くところだったからな。初めての食事でそれが解かれば御の字だ。
それからはニコニコしながら食事を続けるリープを眺めながら私もパスタに舌鼓を打つ時間だ。ゆっくりと食事が出来るのはやはり良いものだ。
店の中の雲行きが怪しくなってきたのは、私達の食事が終わる頃だった。どうも賑わっている方の席が喧しくなってきたようだ。
「なぁ、姉ちゃん達よぉ、こっち来て酌してくれよ!」
「すいません、うちはそういう事はしていないですし、他のお客様の接客もありますので……」
「んだとぉ!? こっちは高い金払って飲んでやってんのに言う事聞けねぇっていうのか! あん!?」
全く馬鹿者め……下衆にそんな事を言っても変わる事は無いだろうが、客が自分達だけのような言い分をしてくれる。あの馬鹿者共の飲む安酒などよりよっぽど高価な酒を飲んでいる客がこちら側に居ると言うのに。
これではゆっくりと味わいながら飲んでいた蜂蜜酒も不味くなるというもの。下賎な輩にはお黙り頂くとするか。
さて、何か投げるものはあったかな。手頃なのは、銅貨辺りしか無いか。ま、迷惑料としておこうか。無論奴等の分は奴等に払わせるがね。
「なんか嫌な感じ……ねぇトゥアン」
「一応聞いておくが、なんだ?」
「あのお姉ちゃん助けてあげようよ。ご飯とか運んでもらったんだし、ほら、腕掴まれて痛がってるし」
「や、止めてください!」
「うるせぇ! いいから俺達の相手しやがれ!」
「そのようだな。……だがリープ、忘れてくれるなよ? 私は一介の運び屋でしかなく、基本的にこういう面倒事は嫌いだ」
が、それもまた時と場合というもの。世話になった者が無下に扱われているのを黙って見ていられる程に、私は人が出来ていないのでな。
私の言った事に一瞬残念そうにするも、私が硬貨を纏めている袋から一枚の銅貨を出した事で、リープの顔は残念から不思議そうなものに変わった。
これはナイフ投げの応用のようなものだ。投げ方こそ違えども、当てる為に投げるという事に変わりは無い。人差指と中指で挟むようにして、手首のスナップを効かせて勢いに乗せてやればいい。
すると一枚のコインは吸い込まれるようにして、店員を掴んでいる男の手首の辺りに当たる。我ながらなかなかの技量だろう。
「痛ぇ! な、なんだこりゃ?」
「侘び鎮だ、取っておくといい」
「侘びだとぉ? てめぇ、こっちが今から楽しもうってのに水差しやがって、銅貨一枚で済まそうってのか? あぁん!?」
下らん馬鹿よな。残っていた蜂蜜酒を飲み干して、騒いでいる奴等の方へ出させて頂こうか。おっと、フードは被り直すとするかな。
ふむ、どうやらさっきのコイン投げで店員は逃げられたようだ。そのまましばらくカウンターの中に居て頂こう。
「勘違いしているようだから言うが、それはこれから起こる事への先の侘びだ」
「先の侘びだぁ? 訳の分からん事を言う餓鬼だ、っはごぉ!?」
「こういう事だ。迷惑な客にはご退場願おうか」
鳩尾に掌底での突きを綺麗に入れてやったんだ。一時的な呼吸困難で動けぬだろうさ。っと、この隙に……。
1番騒いでいた男が倒れた事で、仲間であろう五人が立ち上がった。美しき仲間の情か? このように良い店での暴挙を可しとしている時点で底が知れるわ阿呆共が。
「この野郎……俺達は退治屋だぞ? それを分かってなくて喧嘩を吹っ掛けてきたんなら一度だけ許してやる。有り金全部とは言わん、半分も置いていけばな」
「ほぉ、なかなか良心的な事を言うじゃないか。だが、お前達がなんであれ、そんな事をするつもりは無いな」
「そうかよ。なら、道端に捨てられてるのを後悔しろやぁ!」
馬鹿な奴等よ。酔って正確な目測も出来なくなってる相手に遅れを取る程私は飲んじゃいない。殆ど素面だ、散々酒を煽っていた奴等には掠らせる気すらせんわ。
馬鹿正直に殴りかかって来た馬鹿の拳を身を屈めて避け、そこから足を払う為に水面蹴りを放つ。おぉ、なかなか派手に転んで頭を打ったようだ。まぁ、死にはしないだろう。
そこから立ち上がるついでに掌底を構え、打ち下ろしを狙っている男の顎を突き上げた。そのような部分に一気に衝撃を加えられればどうなるか、簡単に分かるだろう。
「な、つ、強ぇ……」
「半分で許してやる。これ以上迷惑を重ねぬうちに、こいつ等を拾って出て行く事だな」
「ぐぐっ……馬鹿が、油断しやがはがぁ!?」
「ドラゴンキーック&ダーイブ! トゥアンを後ろからなんて襲わせないもんねー」
「ん? おぉ、リープか。助かったぞ」
どうやら1番最初に伸してやったと思っていた奴がまだ完璧に伸びてはいなかったようだ。が、倒れたところにリープが乗っている辺り、リープの追撃で完全に伸びたようだな。
ならば視線をたじろいでいる奴等に戻そう。睨みつけると、明らかに怯えたような表情をした。もうこちらに仕掛けてくる事は無いだろう。
「く、くそっ、覚えてろよ! 退治屋に楯突いた事後悔させてやる!」
「結構だ。私は運び屋、名はトゥアン。記憶したか?」
「!? は、運び屋……だと!?」
「そうだが?」
おや、何も言わずにそそくさと逃げていきおったわ。まぁ、それも分からない事も無いが。
退治屋はその名の通り、人に害を成す魔獣や猛獣を倒す事を生業とする者達だ。この事実だけならば、事戦闘に関してはスペシャリストと言っても良い。
ならば何故奴等は運び屋と聞いて顔色を変えたか。……簡単だ、退治屋から見れば、運び屋は驚異なのだよ。
基本的に魔獣退治を退治屋はチームで行う。人間がそれらに相対するのは簡単な話ではないのでな。
しかし、運び屋は運び先によってはこれらとの戦闘をしなければならなくなる可能性があるのだ。何故かと聞かれると……時折無茶な依頼があってだな、どこぞの魔獣が持っている何がしを持ってきてくれや、時間的制限によって街から街へ最短のルートを通って行かねばならなくなり、そこが魔獣の徘徊するルートであっても押し通らねばならない、なんて依頼もあったりするからなのだよ。前者のは完全に運び屋の仕事を勘違いしている依頼主によるものだがな。
そう言った理由で、新米ではない運び屋の多くがそんな修羅場をくぐり抜けている事が多い。現に私も、魔獣の類と手合わせさせられた事も幾つかある。
そんな相手は、退治屋から言えば魔獣と同程度の危険度と考えているのだろう。現に私は、奴等に手も足も出させない自信がある。例えあいつ等が素面であろうともな。
とにかく、これにて決着だ。馬鹿共は居なくなり、これ以上ここで暴挙を働こう等と思う者は居るまい。
「お、お客さん、大丈夫ですか!? すいません、私を助ける為に……」
「なぁに、美味い飯と酒のお礼と取って頂ければ幸いだ。こちらこそ済まないな、気にはしながらやったが、店の中で争った非礼を詫びよう」
「いえそんな! 他のお客さんにも特に何も無かったようですし、凄く助かりました!」
おっと、まさか他の客からも拍手が送られてくるとは思わなんだ。まぁ、良い見世物くらいに思って頂ければ幸いだな。
「しかし、少々騒ぎ過ぎた事だし、私はこれでお暇させて頂くよ。勘定はこれで頼む」
「え、銀貨!? そんな、多過ぎます!」
「迷惑料さ。あ、ついでに奴等からの迷惑料だ、ほら」
「え、えぇ!?」
大方、私にやられれば金も払わずに出て行くだろうと踏んでいたのでな、殴り倒した三人からは金が入っているであろう小袋をスリ取っておいた。これでも足りない分は、致し方無しとして頂こう。
「では、失礼させてもらうよ。行くぞ、リープ」
「あ、お客さん!」
引き止めようとしてくれるのはありがたいが、これ以上ここに長居すると他の客に飲めや何やらと絡まれそうなんでね、そのまま後にさせてもらうよ。
外は、すっかり日は落ちたか。まだ雑貨を売る店が開いていればいいがな。
「……かっ」
「ん? どうしたリープ?」
「カッコイイ! 僕のマスターカッコ良すぎ!?」
「なんだ急に? 別段大した事はしていないだろう」
「その偉ぶらないのがまた良い! うーん、良い人をマスターにして僕満足だよー」
大袈裟な。それに、騒いでいたのは奴等だったとは言え、酒場の中で暴れたのには変わりない。あまり褒められた行為をしたとは言えんさ。
「ピンチに陥る女の人を颯爽と現れて助けて去っていく、やっぱり王道の人助けはこうでなきゃね」
「それをするのが、女の私でなければ完璧だったというところか? こんな事ばかりやってたら、いずれ表を大手振って歩けなくなるだろうな」
「え、なんでなんでー?」
「先程の奴等のように、邪魔された者は私に少なからず怨恨を残すだろう。そういった物が積もりに積もったら、私をつけ狙う輩が現れるようになる。そうなったら、何時いかなる時に自分が狙われてるか分からないのに悠長に歩いていられると思うか?」
「そ、そっか……人助けするのにも、後が大変って事があるんだね」
そういう事だ。何も考えないで人助けが出来るのは、狙われる心配の無い王国付きの騎士共や罪人を捕らえる事を仕事にしている者くらいな者だ。私なんかがあんな事を続けていれば、あっという間に噂が広がって、面倒極まりない事になるだろう。
まぁ、私の場合は気に食わない相手が居たらやらかしてしまうんだがな。それを別に止める気は無いし、これまでそこまで目立つ事も無かったからいいのだろう。
しかしリープにも人助けの危険性は分かってくれたようだ。これで無理や無茶を通してでも誰かを助けよう等と言い出すことは無いだろう。
「あれ? でもならなんでさっき自分の名前を言ったの? それが危ないんだよね?」
「あの場合は、ああ名乗らないとまたあの店に面倒を掛けるかもしれなかったからな。あの店が私を雇ってあんな事をさせた、なんて妙な勘違いをあの馬鹿共ならしかねないと思ったし」
「そっかー……」
「そうして自分が犠牲になる事すら厭わずに、ごく自然に誰かを救ってしまう姿勢がまた美しいのですよね、あなたは」
嫌な声がして咄嗟にそっちへとナイフを投げてしまった。無駄、なんだがな。
案の定、私の投げたナイフは建物の石壁に当たり弾かれた。やれやれ、相も変らぬ早業よな。
「いやはや、毎度毎度あなたの愛は熱烈ですねトゥアン?」
「何時から居た、ロウガッファ。まさか、酒場に居たのではないだろうな?」
「えぇ。あなたの活躍はこの両眼にしっかと、ひょぉ!?」
「だったら手伝わんか! そうすれば、多少なりとも奢ってやる事も考えたものを」
「いえいえ、麗しき我が女神に食事を奢って頂くなんてこの道化には身に余る光栄。勿体なくて今晩眠れなくなってしまいますよ」
私が今ナイフにて脳天を狙った男の名は、ロウガッファ・アーブ。簡単に言うと、腐れ縁という奴でな。前々からこうしてふらりと現れては巫山戯た事を言ってくるのだ。
容姿は至って……不可思議。ツンツンとしたブロンドの髪型はまぁいい。だが服装が如何せんおかしい。赤と白の縞模様の長袖のインナー、それの上には緑色のベスト。ズボンはブカブカとした白色の物を履いており、その影から見える靴下はインナーと同じ色。靴は赤く塗られた革靴と奇想奇天烈としか言えない出で立ちだ。
それにフェイスペイントで左目の下には涙のペイントを、右目には月のペイントを入れている見た目からして、人に言われる字名は道化師。まぁ、本人も自覚があってこういった見た目をしてるらしいが。自分で道化等と言っているんだからな。
と言っても、性格が破綻しているという事は無いし、割と真面目な方の人種ではあるがね。私も数回助けられた事もあるし。
「で? 今更話しかけてきたのはどういう了見だ?」
「いえいえ、あなたが何やら可愛らしい相棒を連れていたので気になりまして。そちらの、飛ぶトカゲのような相棒は如何なさったんで?」
「ん? 僕の事?」
「だろうな。こいつは……一時的な相棒兼荷物と言ったところだな。明日からこいつを王都まで運ぶ為の旅だ」
「ほう……ここから王都までを歩覇するとなると、一ヶ月以上掛かりますよ?」
「分かっている。しかし、受け取り主からの要望がそうである以上、逆えんのが運び屋の辛いところだな」
幸いなのが、依頼に期限が設けられてない事だな。これで期限を設けられてたら、否応無しに転送屋の世話にならざるを得なかった訳だし。
まぁ、金銭的に負担が掛からなくなっただけで、その道中がきついという事に変わりは無いがな。何にしても行くだけだが。
「そういえばロウ、お前は何故この街に居る?」
「それは当然、あなたを陰ながら支える為……じ、冗談、冗談です。だからナイフを構えないで下さい。仕事でたまたまですよ」
「仕事? この街の近くに探索されていない遺跡等があったのか?」
「えぇ、最近見つかったようでして。我々探検屋に依頼が来ていたんですよ、遺跡の調査がね」
探検屋、文字通り遺跡や未開の地の調査を主としている奴等の事だ。これにもギルドがあったな、そう言えば。
その探検屋でも、このロウガッファはなかなか優秀な方だそうな。見てくれと言動を除けば、まぁ腕は立つし優秀な方なのだろう。
「なるほどな……まぁ、明日私が旅立てばしばらく会う事も無いだろう。元気でな」
「素っ気ないですねぇ。もし幾らか都合して頂けるなら、不肖な身なれどこのロウガッファ、あなたの旅路のお供を務めさせて頂きますよ?」
「要らん要らん。余計な金を使ってる余裕はそう無い。お前を雇うくらいなら、食料の一つでも多く買わねばならんのでな」
「残念ですねぇ、折角あなたと共に歩める時が来たと心躍らせましたのに」
「勝手について来るのなら、遅れぬ限り構いはしないが? 食事等の世話までしてやるつもりは無いが」
「なるほど、その手がありましたか」
「間に受けるなって」
っと、こんな世間話をしている暇は無かったのだな。早く雑貨屋に行かねば、準備を明日から始める事になってしまう。せめて荷物を入れておく鞄くらいは今日中に準備したいものだ。
……居るんだし、ついでにこいつにも聞いてみるか。良い店を知っているかもしれんし。
「ロウガッファ、お前この街でこの時間でも店を開いている雑貨屋を知らんか? まだ開いているところは開いていると思うのだが」
「ふむ、旅の支度を整える為ですね。それならばなかなか良い店がありますよ。ナイフ等も必要なら、割安で買えるでしょう」
「本当か? それは助かるな。よし、案内料だ。その店まで案内してくれ」
「おっと、有難く頂いておきましょう。本来ならこんなもの頂かなくても案内するところですが」
「貸しを作りたくないだけだ。そら、リープも行くぞ」
「あ、はーい」
私達が話してる間退屈そうにフラフラ飛んでいたので一声掛けた。時間を取らせたのは悪かったな。
ロウの先導でその店へ。こいつの言う通り、割安であってくれると本当に助かるのだがな……。
……ん、ふぅ……朝、か。やれやれ、あの後店自体があったのは助かったが、その後宿に戻って買った物の確認と整理で寝付いたのは大分遅くなってしまったからな。まだ少々眠い。
しかし、眠いからと言って寝ている訳にもいかん。窓からは朝日が差し込んで来ているし、天気は良好。旅の始まりには悪くない日だ。寝惚けているのは勿体無い。
夜分に整理したリュックサックは、旅に必要であろうものを一頻り入れて膨らんでいる。こいつを背負って、出掛けるとしようか。
「ん? そう言えばリープは何処へ行った? 姿が見えんな?」
確か昨日は私が整理をやってる間に寝ていて、毛布を掛けてやってた筈なのだがな。
いや……何やら私が寝ていたベッドに妙な膨らみが出来ている。まさか、な?
掛けていたシーツを捲ってみると、何時から潜り込んでいたのか、やはり膨らみの正体はリープだった。いつもなら潜り込んできた時点で気付く筈なのだが、些か寝る事に集中し過ぎたか。
「おい、おいリープ」
「ん~? あ、トゥアン、おはよ~」
「良い感じで寝惚けているのは分かるが、なんでお前こっちに入っている?」
「お日様が出るくらいに目が覚めちゃって、ちょっと寒かったから~」
なるほど、二度寝だったのか……まぁいい、別に疾しい気持ちなんぞ微塵も無いだろうしな。
居るのが分かればそれでよし。リュックを背負ってと、旅立つ前の腹ごしらえと行くか。
「まぁいい、そろそろ宿を出るぞ。早い屋台ならもう店を出しているだろうし」
「屋台? 朝ご飯!?」
「そういう事だ。そら、行くぞ」
「はーい! ご飯ご飯~!」
食事の事になるとしゃっきりするとは、便利なものだな。単純と言ってしまえばそれまでだが。
リープが頭の横に浮いたのを確認して、部屋に忘れた物が無いか見回して後にした。と言っても、置いていって慌てなければならない物は常に身に付けているから心配は無いがな。
部屋の鍵を返し、宿から出ると白い朝日に体が包まれる。この感じ、私は嫌いじゃないな。
「ふわ、目がぁ~」
「ゆっくりと瞬きしていれば時期に見えるようになるさ。ついておいで」
「うー、待ってぇ~」
目を瞬かせているリープを少し待ちながら、あの広場へ。うむ、屋台は数軒だが出ているな。
そこで木の実を混ぜて焼いたパンと、クッキーが売っていたので買ってみた。いや、正確には買わされた。リープの奴が食べたいと言うのでな、道中で摘んで食べるとしよう。
これで腹ごしらえも十分だ。今日は次の街が一日歩けば行ける距離にあるので、特に食材を多く持つ必要も無いだろうからこのまま出立しても問題無いだろう。
「よし、それでは……」
「王都に向けていざ出発ー!」
「いやぁ、こうして麗しき方と旅路を行けるなんて幸せですねぇ」
「……なんでお前が居る!?」
「いや、朝食を取りに出たら丁度あなたが居るのを見掛けましたので。昨日言っていた通り勝手について行こうかと」
「お前は阿呆か! しかも旅用の荷物まで持って、来る気過ぎるだろう!」
「いいではないですか、迷惑は掛けませんよ?」
「くっ……勝手にしろ。遅れるような事があれば問答無用で置いていくからな」
「はっはっは、肝に銘じますよ」
キョトンとしたリープに声を掛け、また歩き出す。まったく、ロウガッファの奴……物好きというかなんと言うかな。
だが、言った通り遅れたり足手纏いになるようであれば置いていくだけだ。と言っても、こいつがそうなる事はまず無いだろうがな。
妙なメンバーにはなったが、旅を始めるには良い日だ。風も穏やかで、日は明るく世界を照らしている。
「トゥアン……この人と一緒に行くの? 変な人だよ?」
「否定は出来んが、一応腕は立つしなぁ」
「しかし、飛ぶトカゲと美しき赤毛の運び屋、そして道化師とは異色の組み合わせですねぇ」
「お前が言うなお前が。一番の異色分子が」
……人目という点で、一抹の不安が残るがな。