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せつない話

作者: 山中幸盛

 幸盛には四人の息子がいる。そのうち「覚悟」していたのは長男だけで、次男以降は「あれま」「そんな」「ほんまかいな」といった具合に、油断していたといおうか避妊具をつける手間を惜しんだといおうか……などと原因をさぐるのは親側の傲慢であって、真実はやはり、彼ら自身が幸盛夫妻を「選んで」くれたので、生まれてきたのだと思う。

 だから幸盛は子供たちがかわいくて仕方ない。しばしば友人たちから「一人くらい女の子が欲しかったでしょう?」といらぬ心配をされるが、負け惜しみなどではなく、幸盛は心の底から息子たちを誇りに思っている。


 幸盛は亭主関白を気取っていて、長男のおむつなど一度も取り替えたことがなかった。それが、十年が経過して四男が生まれると、まるで別人のように四男をかわいがる。大便のついたおむつも取り替えてやるし、一旦口に入れて吐き出した食べ物も、「これこれ」と叱りながらぺろりと食べてしまう。念を押すが、いずれも五歳年上の三男坊のときまでは考えられない行為だった。

 世間様と同じで、長男はおっとりしているし、次男は要領が良く、三男は甘えん坊である。では四男はといえば、はてさて、これがまた無気味な存在なのである。

 この末っ子が一歳五カ月の頃、兄たちとは幾分異なる才覚を発揮し始めた。「そろそろおむつを替えようか?」と話しかけると、さっさと自分で紙おむつを取ってきてゴロンと横になる。みずから歯ブラシをもってきては、磨けとせがむ。また所構わず自分の靴と帽子をもってきて、外へ連れて行けと命令する。帽子などうっとうしいだろうに、外に出られた喜びの方が勝るのか、いつまでもかぶったまま遊んでいる。

 日曜日の朝など、幸盛がふとんの中でゆっくりしているときに鼻先に幸盛のズボンを突き付けるのは、いつまでも寝ていないで早く起きて自分と遊べ、と主張しているのだ。

 さらには、一度も教えていないのに、タバコとライターと灰皿が一セットと心得ていて、抱いて欲しい時などには、幸盛のもとへこの三点セットを運んでくる。幸盛はこれには舌を巻いた。上の三人の兄たちの場合、この三つが一セットであることをなかなか覚えてくれなかったのだ。だから幸盛はどんなに疲れていても、この三点セットを突き付けられれば、あっさりと服従させられる羽目に陥る。

 その四男が生後一年のころ、母親の両乳房にマジックインキで『へのへのもへ』を書いて乳離れを試みてみたが見事に失敗した。その日の夜遅く、彼は顔を背けながら、ついにそのバケモノにしゃぶりついたのだ。

 それから半年ほどが過ぎたので、再度乳離れ作戦を執り行うことにして、残酷にも正露丸を水で溶かして母親の乳房に塗りつけてみた。思惑は的中し、衝撃的な臭いと苦さに顔をしかめてわんわん泣き叫び、疲れ果てて一度は眠ったものの、深夜に目覚めて再び泣き始めた。牛乳やお茶を差し出してもガンコに拒否し続けるのだから大したものだ。

 ところがいくら泣き叫んでも母親がオッパイをくれないので、業を煮やした四男は幸盛の枕元にやってきた。幸盛はタヌキ寝入りであきらめさせようとしたが、敵も然る者、わんわん泣きながら三点セットをもってきて灰皿を幸盛の頭にコツコツとぶつけてきた。「マイッタ」と、幸盛は蒲団からはい出し、四男を抱き締めて、子守歌を歌いながら小一時間部屋の中をくるくる回り続けた。

 やがて四男はついに、両親の決意が揺るがぬものと認め、しぶしぶコップのお茶を飲んでくれたのだった。


 歳月が流れ、その四男も大学二年生になった。勉強嫌いは山中家の伝統で、四男も兄たちに倣って塾にも行かず毎日毎日感心するくらい遊びほうけていたのに、中間・期末テストの際の四半夜漬けだけで地元の公立高校と地元の有名私立大学に推薦入学してしまったのだから天才としか思えない。

「勉強しないのは勝手だけど、大学に行くのなら、国立大学の分しか学費は出さんでな」

 と息子達が中学に上がった頃からしっかり言い含めてあったので、長男と三男はあっさりと大学をあきらめ、私大の工学部に入った次男はアルバイトに精を出して年間五十万円を四年間で計二百万円見事に完納してくれた。文系に進んだ四男の場合はろくにアルバイトもしていないのにどこでどう工面するのか毎月三万円を一年間きっちり出してくれた。

 四人とも二枚目だしスタイルも性格も良いから全員彼女がいるようだが、とりわけ四男にいたっては実に堂々としている。二階の一室を彼にあてがっているのだが、ある日突然、

「お父さん、もうじき彼女が来るで」

と宣言し、その上、しゃあしゃあと、

「今晩泊まっていくで」

と意表を突かれた。

「え? ああ……」

 彼は小五の時に母親と死別しているので幸盛は何も言えなかった。音楽のボリュームをガンガンに上げた部屋の中で、正露丸の苦みも臭いもなく『へのへのもへ』も描かれていない両乳房に、晴れてむしゃぶりついていることだろう。



*文芸同人誌「北斗」 第559号(平成21年7・8月合併号)に掲載 

*「妻は宇宙人」/ウェブリブログ  http://12393912.at.webry.info/ 



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