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第8話 連邦(フェド)の光芒(オーラ)~前編~

作者: 目賀見勝利

第7話 能登の錫杖 の続編です。先に第7話を読む事を推奨いたします。

 《大和太郎事件簿・第8話/連邦フェド光芒オーラ

        〜2039年の奇跡〜   前編

                  ※本篇は、第7話「能登の錫杖」の続編です。

                   先に第7話を読むことを推奨いたします。



        『正義が死ねば、天罰が下る。』(ジム・ギャリソン)


連邦の光芒1;プロローグ

ケネディ大統領暗殺事件:


アメリカ中部標準時の1963年11月22日12時30分、第35代アメリカ合衆国大統領であるジョン・F・ケネディ(通称;JFK)が南部の町・テキサス州ダラスで暗殺された。暗殺事件の一週間後に設立されたウォーレン調査委員会によって1964年9月28日に888ページの報告書が発表され、暗殺犯人は事件直後に逮捕されたリー・H・オズワルドと断定され、オズワルドの単独犯行とされた。しかし、無実を主張していた当のオズワルドはマフィアの一員とされるジャック・ルビーによって、ケネディ暗殺事件の二日後にTV生中継されていた公衆の面前・ダラス警察署地下通路で射殺されていた。なお、ケネディ暗殺事件の26巻・2万ページに及ぶ関連証拠資料は75年後の2039年まで公開されないとされた。何故に75年後なのかは不明。しかし、1992年に関連証拠資料の98%は公開された。現在も国立公文書館に保管されている残り2%の関連証拠資料はかなりの物が紛失していると噂され、公開年の2039年になっても真相は判明しないだろうと云われている。


因みに、1963年11月22日は日本流に謂えば、宮中で大嘗祭だいじょうさいが行われる中卯なかうの日であった。

大嘗祭おおにえのまつりとは、新しい天皇の即位の儀式を行うことである。新しい天皇が11月22日に初めて新嘗祭にいなめさいを行う日であるとも云える。現今では中卯の日とせず、11月22日夕刻から23日深夜にかけて行われるのが通例である。1963年11月22日は大統領が死亡し、新しい大統領(?)が誕生するべき日であったのかもしれない。

なお、アメリカ中部標準時の12時30分はダラスでは太陽が真南に来る南中時である。


事実、11月22日の13時には二人の神父によってJ・F・ケネディの死亡を告げる終油の秘蹟が行われ、14時38分にはジョンソン副大統領が大統領就任の宣誓を行っている。そして、産軍複合体の影響力が強化されたアメリカは麻薬を求めて、ベトナム戦争の泥沼にのめり込んで行くことになる。


一方、ルイジアナ州オーリンズ教区ニューオーリンズの地方検事ジム・ギャリソンはCIA要員であるクレイ・ショーなる人物がケネディ暗殺に関与したとして1967年3月に逮捕・告発したが、裁判では無罪とされた。ジム・ギャリソンによると、ケネディ暗殺は産軍複合体による組織的な犯行でCIA、国防総省、アメリカ軍隊、兵器産業、マフィアなどの幹部たちが半年前から周到に準備して実行した事件であるらしい。ケネディ暗殺の真相を政府が隠ぺいしようとしている事は正義に反する行為であり、『正義が死ねば、天罰が下る。』とジム・ギャリソンは報道記者に向かって叫んだらしい。クレイ・ショーは1974年に癌で死亡したが、CIAは彼がCIAの工作員であったことを1979年に公表している。(ジム・ギャリソンによる暗殺事件の背後関係推理については1991年製作のアメリカ映画『JFK』で詳しく描かれた。)


当時と異なり現在では、組織権限の乱用を避けるため、CIA(中央情報局)はアメリカ国内での防諜活動が禁止されている。そのかわり、FBI(連邦捜査局)の下部組織であるNSB(連邦捜査局国家保安部)が国内の防諜を担当している。


なお、1921年11月20日生まれのジム・ギャリソンは1992年10月21日に死亡した。約70年を生きた訳である。また、ジム・ギャリソン(Jim Garrison)の正式な名前はEarling Carothers  Garrison であったが1960年代の早い時期にJim Garrisonに改名したらしい。Earling Car (for) Others と解釈すれば、『他の人々の(ために)最初に走っている電車・荷車』と云う意味になる。また、Carと云う文字は古代詩などのChariot=The Car of the Sun−God(エジプトなどの太陽神が乗る古代の二輪戦車)の意味で用いられることもある。正義を守る戦いのため、最初の一歩を踏み出すことを運命付けられた人物であったようである。


その後、JFK暗殺事件時に司法長官であった弟のロバート・ケネディ(RFK)は大統領予備選挙に向けて全国遊説中、1968年6月にロサンゼルスの祝賀会場で頭部を撃たれ、翌朝に死亡した。その場で取り押さえられた犯人はイギリス統治時代の1944年エルサレム生まれのパレスチナ系人のサーハン・B・サーハンという男であった。サーハンはロバート・ケネディがイスラエル親派であったから殺したと証言した。

サーハンは犯行時の記憶がなく、催眠術を懸けられた状態で犯行に及んだのではないかと噂されている。また、サーハンはロバート・ケネディの正面から銃を撃ったが、真犯人はロバート・ケネディを後ろから撃った人物であると云う説がある。犯行直前までサーハンと話していた女性らしき人物は水玉文様の衣服を現場に残して姿を消したらしい。ロバート・ケネディを暗殺するために発射された銃弾は10発であったが、サーハンの持っていた回転式拳銃は6発しか弾が入らないものであったらしい。

また、ロサンゼルス警察は事件後、RFKの体を貫通した弾丸が埋まっていたドアーをはじめ、各種証拠写真などを早々に廃棄し、背後関係の継続捜査も行っていない。その後、FBIが捜査を受け継いだが新しい真実は発見されなかった。

なお、サーハン・B・サーハンは秘密結社『薔薇十字会』と関係があったとされている。


当時、JFKとRFKの暗殺を予見していた霊能予言者のジーン・ディクソン(1904又は1918年〜1997年)は『(JFK暗殺の運命は避けられなかったが、)ロバート・ケネディの暗殺可能性は本人も知っており、本人が注意していれば暗殺を防ぐことが可能であった。』と述べていたらしい。


また、1952年7月14日の夜、ワシントンに於いて、ジーン・ディクソンは『蛇の幻』を彼女の寝室で見たらしい。

その蛇は黄色と黒の縞紋様で、頭はピラミッドの形をしていたらしい。そして、その蛇は知性のある眼で東の方を見据えていたとのことである。その蛇は、東の方には知恵と理解があるとジーン・ディクソンに教えるような眼差しをしていたそうである。その時、紫がかった色をしている異様な光が東側の窓から差し込んで蛇を照らしていたらしい。そして、午前3時14分に蛇の幻は異様な光と共に姿を消した。(邦題『アポカリプス666』ジーン・ディクソン著、高橋良典訳、1983年 自由国民社刊 174〜176頁よりの要約)


また、旧約聖書に登場するヨブと云う名で、神に愛されている人物が、JFKとRFKの父親である悲しみに沈む実業家のジョセフ・P・ケネディを慰めるため、ジョセフを抱きしめている光景をジーン・ディクソンは夢に見たようである。英語読みのジョセフはヨセフとも発音される。ヨセフとはイエス・キリストを生んだ聖母マリアと結婚した大工の名前でもある。また別人で、ユダヤ人であるヤコブ(改名後はイスラエル)の息子ヨセフはエジプトのファラオが見た夢の意味を解き明かしたのでエジプトの首相になった人物である。このヨセフは世界的飢饉のときイスラエル人をエジプトに呼び寄せた。エジプトに来たイスラエル人の子孫はヨセフの死後、エジプトのファラオの命令で奴隷となり苦しめられる。そして、後年のモーゼによるユダヤ人のエクソダス(旧約聖書の出エジプト記)の話に繋がっていく。

ちなみに、ジョセフ・P・ケネディの子は男5人、女4人いた。長男JPK・Jrは第二次世界大戦下の英国で29才の時に死亡、長女CAKは航空機事故で28才の時に死亡、そしてJFKとRFKである。結局、ジョセフ・P・ケネディは合計4人の子供を不慮の事故で亡くしている。


※ヨブ;

 旧約聖書のヨブ記に登場する信仰心の篤い人物。サタンはヨブの持ち物に関しては自由に扱って良い、と主(神)が許可した。そのため、ヨブの7人の息子と3人の娘はシバ人によって殺されてしまう。また、ヨブ記にはリバイアサン(レビヤタン)と呼ばれる口から火を吐く龍のような怪獣が登場する。ヨブはどんなに苦しい目に会っても主(神)への信仰心を保ち続けた。最終的に、主はヨブを今まで以上に祝福した。ヨブは新しく7人の息子と3人の娘を持ち、ヨブは長寿を全うしてヨブの物語は終わる。ちなみに、3人の美人娘の名は、エミマ、ケツイア、ケレン・ハプクであった。



連邦の光芒2;依頼人登場

埼玉県東松山市の大和探偵事務所、2011年1月11日(火)午前11時頃


東武東上線東松山駅の改札を出て西口階段をおりると正面に『大和探偵事務所 〜よろず相談、調査を安価でお請けいたします〜』の看板が目にはいる。

大柄な白人男性が『事務所ココ→』と看板にかかれた矢印の方向にある3階建ての小さなビルの2階に上がり、大和探偵事務所とかかれた小さなドアーの横にあるインターホンを押した。


インターホンのチャイムが鳴った時、大和太郎は千葉県成田市台方にある麻賀多まがた神社の境内摂社・天之日津久神社から岡本天明と云う人物に降ろされた神示が書かれた『ひふみ神示』に関する文献を読みながら、日本地図を思い浮かべていた。

「この成田市にある麻賀多神社と群馬県の榛名山にある榛名神社、そして能登穴水町甲の円山にある加夫刀比古神社が一直線の霊ラインに乗りそうだな。『ひふみ神示』は『日月ひつき神示』、『霊継ひつぎ神示』とも呼ばれているのか。2年前に宝達教授たちが行なった榛名山斎生神業と関係があるのかな。岡本天明氏が描いたこの寂しげで打ち沈んだようなクレパス画『風のかなしみ』の山は何だろう。新潟県妙高高原の『火打山』か?それとも大爆発前の『榛名山』か?二年前、能登の謎を解明した時、藤原教授は麻賀多まがた神社の事に気が付かなかったのだろうか?藤原教授が『ひふみ神示』を知らないとは思えないが。キリスト教の行く末に恐怖でもあって、麻賀多まがた神社と榛名神社を結ぶ霊ラインについて、あえて言及するのを避けたのだろうか・・・?あの時、教授は『火打山』の名前を出すのが精いっぱいだったな・・・。今度、藤原教授に会った時にはその理由を聞いてみることにしよう。

あれ、チャイムが鳴ったな。もう11時か、待っていた客人が来たな。」と太郎は思い、事務机から入口ドアーの方へ歩いて行った。


※ひふみ(一二三)神示;

昭和19年6月10日、東京・千駄ケ谷にある鳩森八幡神社の留守神主をしていた岡本天明(本名は信之のぶゆき)が47歳の時、天之日津久神社の前で、ひつくの神から自動書記を受けたのが始まりで、昭和36年の「五十いせ黙示」を受けるまでの多くのお筆先神示全38巻の総称をひふみ神示と云う。

自動書記は数字、ひらがな、簡単な表象記号(象形文字)をミックスして書かれた文章であった。

「二二八八れ十二ほん八(ふじは晴れたり、日本晴れ)。◎の九二のま九十の◎のちからをあら八す四十七れる(神の国のまことの神の力をあらわす世となれる)。卍も十も九も八きりたすけて七六かしい五くろうのない四かくるから 三たまを二たんにみかいて一すしのま九十を十四て九れ四(仏もキリストも何も彼もはつきり助けて七六しちむつかしい御苦労のない代が来るから みたまを不断に磨いて一筋の誠を通うして呉れよ。)」と云う神示が有名である。

三千世界(神界、霊界、物質界)の建て替え建て直し時代の様子と、人としての身の処し方を述べた神示である。


『ひふみ祝詞のりと』と謂う神呪かじり言葉は47文字で構成されるが、最後に「ん」と発音しない文字が隠されている。ひふみ言葉をじった後に飲み込む時の音が『ん』であるとの事。

この黙字『ん』を加えると48文字となり、この48文字を『四八音ヨハネ』と云い、『ん』を『四八音の黙字』と呼ぶらしい。


日文祝詞ひふみのりと

47文字の神文。石上神宮、出雲大社、阿蘇・弊立神社、戸隠神社、大山阿夫利神社、鶴岡八幡宮、秋田・唐松神社などに残されている秘文ひふみ。推古天皇が『天照大神から大己貴おおなむち命に降ろされ玉うた神勅と聞いている。』と聖徳太子に述べている。

《ひふみよい むなやこともちろ らねしきる ゆえつわぬそを たはくめか うおえにさりえ てのますあせえ ほれけ》



「Come in,please.(ぞうぞ、お入りください。)」と入口ドアーを開けた太郎が英語で言った。

そして、白人男性は部屋の中に入り、応接用のソファーに座った。

「How do you do.(始めまして,)ジョージ・ギャリソンと言います。」と白人男性が英語で言った。

「始めまして、大和太郎です。」と英語で言って、太郎は白人男と握手した。

「ワシントンにいるスティーブからは紹介連絡を受けています。」と太郎が言った。

「スティーブとは北辰会館アメリカ支部総会で知り合いました。私は北辰会館ワシントン支部の会員です。スティーブとは組手稽古を30回くらい行いました。」とジョージ・ギャリソンが言った。

「スティーブから貴方は北辰空手の4段と聞いています。かなりの実戦空手の実力者であると。」

「あなたも強いとスティーブから聞いていますよ。」

「一度、池袋の道場で組手稽古をいたしましょうか。」と太郎が言った。

「それは有り難いですね。日本に来てから空手の実戦的な練習相手がいなくて、体がなまっていたところです。」とジョージが言った。

「日本にはいつ頃来られたのですか?」

「昨年の12月10日です。日本に来てからちょうど一か月が経ちました。」

「スティーブからはFBIの捜査官と聞いていますが?」

「そうです。東京溜池にある駐日大使館駐留の連邦捜査官です。」

「CIAとも関係があるのですか?」

「CIAとは組織がちがいますので、全くの別行動です。情報交換を行う場合はありますが、目的や基本的な情報網は異なっています。アメリカ大使館滞在のFBIは主に、日本にあるアメリカ軍基地内での国防に関する事件の捜査・処理を担当します。当然、日本国内に事件捜査は及んで行きます。その場合は日本警察の主権を侵さないように種々の配慮を行います。現在、駐留しているFBI捜査官は5名です。」

「そうですか。ところで、私への依頼内容は?」と太郎が訊いた。


ジョージ・ギャリソンからの依頼内容は次のようなものであった。

約2年前の2008年12月14日にグアム島にあるアメリカ空軍基地で秘密結社ブラッククロスの一員と思われるジョッシュ・オブライエンと云う男をFBIとCIAが一緒に取り調べる予定であった。しかし、CIAが連行していたオブライエンは香港からグアム国際空港に到着した時にハンス・マルクスと云うドイツ人の男によって拳銃で殺害された。その場で逮捕された男のハンス・マルクスと云う名前はパスポートに書かれていた名前であった。その後の調査でハンス・マルクスはオブライエンが香港から乗ってきた飛行機便に乗っていたのが判明した。マルクスはドイツ企業の駐在員として3年間以上香港に住んでいたらしいが、そのドイツ企業の所在ビルとされる所には事務所は存在しなかった。また、自宅とされる住所にもハンス・マルクスが住んでいた形跡はなかった。パスポートは偽造でありハンス・マルクスは精神異常者らしく、自分の過去の記憶があいまいで、証言が二転三転し、オブライエンを殺害した記憶も曖昧であった。どうも、オブライエン殺害時にマルクスは催眠術に掛けられていた可能性があり、当時マルクスやオブライエンが乗っていた飛行機の乗客を追跡調査したが怪しい人物は見つけられなかった。グアム島に住んでいた人物が関与している可能性も考え調査したが、怪しい人物は浮上しなかった。そのため、捜査は暗礁に乗り上げ中断された。マルクスは精神異常者とされ不起訴処分となり、引き取り手がいないのでアメリカ・ロサンゼルスの精神病院に隔離されたが、入院して二か月後に首つり死体となって発見され、ロサンゼルス警察によって自殺と断定された。


その頃、ジョージ・ギャリソンは三崎和良みさきかずよしと云う人物がロサンゼルス警察の留置施設内で2008年10月に首つり自殺をしたとされる事件の捜査を担当していた。ロサンゼルス警察の見解は自殺であったが、FBIの下部組織である連邦捜査局国家保安部(NSB)の捜査官であったジョージ・ギャリソンは1982年に三崎和良と妻・一子かずこがロサンゼルス郊外で強盗に襲われ、銃撃によって妻が死亡した事件の背後関係に疑問があるとして被害者とされていた三崎和良の背後関係を再調査していた。NSBはアメリカ国内の防諜公安警察である。三崎和良は足を撃たれ軽傷であったが、三崎一子が意識不明の重体でありアメリカ軍がヘリコプターを出して彼女の日本国内病院への移送に協力していた。その後、日本の病院で三崎一子は死亡した。NSBは三崎和良のアメリカ軍を動かせる実力に疑問を感じており、妻・一子に掛けられていた保険金詐欺ではないかとされる1982年のロサンゼルス警察が捜査している事件内容とは別の角度から捜査を行っていたのであった。1981年に三崎和良の知人である黒石千代子がロサンゼルス郊外において白骨死体で発見されており、この事件の捜査も暗礁に乗り上げていた。三崎和良の背後に何らかの不法組織が存在するとの想定でNSBのジョージ・ギャリソンは調査活動をしていた。しかし、その調査活動も昨年の11月で打ち切られ、ジョージ・ギャリソンはワシントンにあるNSB本部から日本大使館のFBI駐在班に転籍となり、来日していた。調査活動の中止に不満があったギャリソンは日本に来たのを利用して、三崎和良の背後組織を調査する決意を固めた。そして、空手仲間であるスティーブ・キャラハンから紹介を受け、日本の土地鑑がある大和太郎に調査協力を依頼しに来たのであった。


「オブライエン殺害と三崎和良氏の自殺は関係あるのですか?」と太郎が訊いた。

「どちらもアメリカ軍が関係しているところが引っ掛かります。オブライエンの属する秘密結社ブラッククロスはアメリカ軍の銃器を盗んだ組織から軍用拳銃を購入していたと考えられます。単なる売買関係だけであるのか、もっと親密な関係なのかは不明です。一方、三崎和良の背後にアメリカ軍の一部を動かせる組織があるのではないかと考えられます。このように、アメリカ軍に影響力のある闇の組織が存在しているのかどうかを調査したいのです。アメリカの国防に影響する問題は国家の安全を守るFBI(連邦捜査局)やNSB(連邦捜査局国家保安部)の職務です。そのために、三崎和良の日本における背後組織の存在について調査したい訳です。」とギャリソンが言った。

「判りました。ところで、アメリカ軍の銃器を盗む手口とはどのようなものでしたのでしょうか?」と太郎が訊いた。

「アメリカ軍の銃器はメーカーの製造工場からアメリカ国内にある国防総省の兵站へいたん物資備蓄センターの保管場所に一旦納品されます。この時の銃器輸送トラックの運転手を買収した窃盗団組織が保管場所に向かうトラックから新品の銃器を一部抜き取り、中古品の銃器に置き換えます。銃器の入った木箱の下部にあるものだけを中古品に交換して納品されるため、納品検査時点では見つからなかったようです。そして、兵站物資備蓄センターから世界中のアメリカ軍基地に銃器は輸送機で送られます。そして、アメリカ軍基地に新品の銃器が運ばれた際、基地にある中古品銃器を回修するのですが、その時に軍内に居る仲間が新品銃器の木箱の中にある中古銃器を取り出して回修していたようです。日本にある横田基地が銃器盗難に気づき、国防総省とFBIが捜査した結果、窃盗団組織を発見し、一部の人間を逮捕しました。かなり大掛かりな組織であり全体像は現在もはっきりしていません。その後、銃器の納品検査は強化され、盗難事件はなくなりました。」とギャリソンが説明した。

「では、窃盗団組織が壊滅した訳ではないのですね?」

「そういうことです。現在もFBIが継続して捜査活動をしています。」

「ところで、三崎和良の件は、どのあたりから調査しますか?何か、情報はありますか?」と太郎がジョージに訊いた。

「三崎和良は横浜にある芸能プロダクションに所属していました。そのプロダクションを調査してみたいのですが。」

「住所は判っていますか?」

「神奈川県横浜市中区山下町○○にある赤井ビルの3Fに事務所があるようです。」

「そこへ行きましたか?」 

「いいえ。まだ日本の地理のことはよく判りませし、日本語も話せません。ですから、日本人であるあなたに協力していただきたいのです。報酬はFBIからの調査経費で支払われます。私の上司もOKしています。」

「その芸能プロダクションの名前は何ですか?」

「レッド・シューズプロと云う名前です。」

「レッド・シューズ(赤い靴)ですか。ちょっとインターネットでホームページを調べてみましょう。」と言って、太郎は事務机ところに行き、パソコンを操作した。


「レッド・シューズプロは各種イベントに女性コンパニオンを派遣するのが主な仕事のようですね。TV放送局のバラエティ番組にも人材を提供していると書かれていますね。そのほか、プロレスラーや僧侶、評論家、音楽グループなども所属していますね。僧侶とは、変ったタレントが所属していますね。会社の創立は1980年ですか。三崎和良氏は創立時からの所属だったのでしょうかね?」と太郎がジョージに訊いた。

「ええ。1982年にはレッド・シューズプロ所属とロサンゼルス警察の調署には記録されています。近日中に、この芸能プロダクションを訪問したいのですが・・・。」とジョージ・ギャリソンが言った。



連邦の光芒3;殺人事件発生

神奈川県横浜市山下町の芸能プロダクション事務所、2011年1月14日(金)午前11時頃


FBI捜査官のジョージ・ギャリソンと大和太郎は前日にアポイントを取っておいたレッド・シューズプロの社長を訪問した。大和太郎は日本語の通訳として同行した事になっている。

質問事項については、ジョージとの事前打ち合わせに沿って太郎が訊き、メモを取ることになっていた。

赤井ビル3Fにある芸能プロダクション事務所の応接室で、社長と副社長を交えた4人が話し合っている。


「2年前まで貴社に所属されていた三崎和良氏のことでお尋ねしたいのですが。」と太郎がレッド・シューズプロの創業者であり、三崎和良の友人でもあった荒井公明社長に言った。

「FBIが三崎和良の何をお調べになっているのですか?三崎和良は2008年10月にロサンゼルス警察の留置所で自殺したはずですか・・・。」と荒井社長が言った。

「ロサンゼルス警察の見解ではそうですが、三崎氏の弁護士は殺されたと言っていました。FBIとしては、ほんとうに留置所内で殺人事件が起こったのかどうかに関心があります。そして、1982年にロスアンゼルスであった強盗事件の真相解明が必要と考えています。」と太郎が言った。

「それで、何をお答えすればよろしいのですか?」と荒井社長が訊いた。

「三崎氏は創業当時からも貴社所属のタレントと聞いていますが。」と太郎が言った。

「その通りです。ここにいる副社長の三好栄治も創業当時からおりました。三崎が居なくなってしまったので、創業時から当社にいるのは私と三好の二人だけになりました。三崎が居なくなって残念です。当時、三崎はアクセサリーなど外国品の個人輸入の商社を営んでいました。目立ちたがり屋で自尊心も強く、TVタレントとしての活動を目指していたようです。そこで、我社の創業と同時に所属タレントとして契約しました。」

「タレントとしての仕事はどのようなものでしたか?」

「TVドラマの通行人とかでチョイ役です。本格的な演劇を勉強した経験はありませんでしたね。わが社としては、彼の人脈に魅力がありました。」

「どのような人脈ですか?」

「横須賀のアメリカ海軍の人脈です。アメリカ海軍のイベントに我社の所属タレントをコンパニオンとして派遣する仕事を受注する役目を三崎氏にお願いしました。」

「三崎氏はどのようにしてアメリカ海軍との人脈を創ったのでしょうか?」

「彼のおじさんが音楽バンドの一員で、戦後の進駐軍時代からアメリカ軍キャンプ地にある音楽レストランやバーに出演していた関係で、子供のころから横須賀のアメリカ海軍には出入りしていたようです。個人輸入品のアクセサリーなども横須賀基地内で販売していたようです。そういった経緯からアメリカ軍内のイベント担当者と懇意になったようです。将校クラスの人物にも顔が利いたようです。ですから、妻・一子さんを日本国内の病院に移送する時に米軍のヘリコプターが協力した訳です。」と荒井社長が言った。

「1982年のロサンゼルス強盗事件に関連した保険金詐欺疑惑事件について、三崎氏は何と言っていましたか?」

「もちろん、無実を主張していました。私どもはそれを信じていました。連日、マスコミが我社にも押し寄せてきましたがね。当時、会社の事務所は現在とは別の場所で伊勢崎町にありました。ご承知でしょうが、日本国内の裁判では死亡した三崎の妻・一子さんの保険金詐欺については無罪となりました。このことは、三崎が一子さん殺しの犯人とは無関係ということになります。しかし、アメリカ国内では強盗事件の1年前の1981年にロサンゼルス郊外で起きていた三崎の知人である黒石千代子さんの白骨死体事件については未解決のままでした。ロサンゼルス警察は三崎和良を重要参考人としてマークし、入国管理局に手配書を配布していましたから、2008年6月に三崎がアメリカ領のグアム島に遊びに来た時に三崎はグアム警察に逮捕されました。私は三崎に『ロサンゼルス警察はまだ君を追いかけているからアメリカに行ってはいけない。』と忠告していたのですが、三崎は私の忠告を無視してグアムなら安全だと言ってグアム島に行き、逮捕されてしまいました。もっと、強く引きとめるべきでした。残念です。」と荒井社長は悔しそうに言った。

「黒石さんの事件も三崎氏は無罪を主張されていましたか?」と太郎が訊いた。

「ええ。三崎はそう申しておりました。私もそれを信じていました。」

「その、三崎氏のグアム旅行の目的は何だったのでしょうか?」

「旅行の目的ですか?それについては、私は何も聞いておりません。」と荒井社長が言った。


「そうですか。ところで、荒井社長さんは以前には議員秘書をされていたと伺っておりますが?」

「ええ。この芸能プロダクションを創業する以前は民生党の山中角兵衛代議士の私設議員秘書でした。」

「山中首相の秘書をされていたのですか。」

「ええ。1976年の民間航空機輸入に関する贈賄事件の時に、民正党から管理責任を問われ山中代議士の秘書を辞めました。」

「そうですか。それはお気の毒でした。ところで、貴社は現在もアメリカ海軍のお仕事は継続されていますか?」

「ええ。会社としてアメリカ海軍と年間契約しております。ジャズなどの音楽バンドや歌手についても派遣契約しています。この派遣契約も三崎氏が我社に残してくれた財産です。」

「それは商売繁盛で結構なことですね。」

「おかげさまで。」

「三崎氏が懇意にしていたアメリカ海軍の人物はご存じですか?」

「特に個人的に親密であったと云う人物は知りませんね。ビジネスとしての付き合いだけであったと思いますよ。クリスマスカードも万遍無く贈っていましたからね。私の知る限りでは特定の人物はいなかったでしょう。」

「そうですか。ところで、社名のレッド・シューズプロの由来は何ですか?」

「赤い靴です。『♪赤い靴 履いてた 女の子 異人さんに連れられて 行っちゃった。♪』と云う唄から取りました。明治時代の横浜には外国人居留地がありましたからね。」



大和太郎とジョージ・ギャリソンは社長に礼を言ってプロダクション事務所を出た。そして、エレベータホールに向かった。

3Fのエレベータ扉が開いて、二人の男がエレベータから出てきた。

エレベータが来るのを待っていた太郎の肩と一人の男の肩が触れ合った。

「失礼。」とエレベータから出てきた男が言った。

「すいません。」と太郎も言って、男の顔を見た。

「あれ。この男は、確か神奈川県警山手署の刑事では。『キッスの香り』事件のとき、本牧ふ頭での自動車事故について説明を聴いた、あの刑事に似ているな・・・。今も山手署に居るのだろうか?」と太郎は思い、男の後ろ姿を目で追った。

「どうかしましたか?(What‘s happen?)」とギャリソンが言った。

「あの二人連れの男たち、警察の刑事です。」と太郎が言った。

「刑事?(Detective?)」

「ええ、右側を歩いている男を以前に警察署で見たことがあります。」

「どこへ行くのでしょう?」

「後を追いましょう。」と太郎が言って、ギャリソンと二人で刑事の後を尾行した。


二人の刑事がレッド・シューズプロ社に入って行ったのを見届けて、太郎とギャリソンはエレベータで1Fに下り、赤井ビルを出た。そして、赤井ビルの向かいにあるドトール・コーヒーの店に入り、ガラス越しに通りの向こう側が見えるカウンター席に座った。

そして、赤井ビルの出入り口を見張りながら、芸能プロダクション社長から聞いたメモの内容を太郎がギャリソンに説明し始めた。

コーヒー店に入って20分くらい経過しただろうか、二人の刑事が赤井ビルから出てきた。

太郎とギャリソンはコーヒー店を出て、刑事を追跡した。

刑事たちは赤井ビルから歩いて5分くらいの海岸通りにある、神奈川県警察本部ビルへ入って行った。


太郎は警察本部ビルからちょうど出てきた望遠レンズ付きの写真機を持った新聞社のカメラマンと思しき男に声を掛けた。そして、ギャリソンがFBI捜査官のバッジをカメラマンに示した。

「最近、何か大きな事件でもありましたか?」と太郎が訊いた。

「ええ。本日の早朝に、山下公園近くにあるアンシエント・グランド横浜と云うホテルの横で女性の墜落死体が発見されました。自殺、他殺の両面から警察は捜査しているようです。まだ、初動段階ですから、詳細な発表はありませんが、今日の警察の動きでは殺人事件の捜査本部が出来るようです。死体の近くには、その女性の赤い色のハイヒールが転がっていたらしいです。これから、現場写真を取りに行くところです。興味があるようでしたら、車に乗せて連れて行ってあげますよ。」と朝読新聞社と書かれた腕章をしているカメラマンが言った。



連邦の光芒4;捜査会議

神奈川県警察本部 『赤い靴女性殺人事件捜査本部』の捜査会議  2011年1月17日(月)午前10時頃


「昔は、赤い色のハイヒールは高級コールガールの印だった。日本滞在の外国人相手にホテルのロビーや廊下で高級コールガールがたむろしていたものだ。最近ではあまり姿を見なくなったがな。」と老刑事・高神たかがみが言った。

「高神さん、それはどういう意味ですか?」と捜査本部長の河井刑事部長が訊いた。

「言葉通りの意味です。被害者の若井友恵わかいともえは高級コールガールであったのかも知れないと云うことです。」

「それでは、被害者の所属していたレッド・シューズプロは売春斡旋業者と云うことですか?」

「そうとは限らない。若井友恵が個人的なアルバイトとしてコールガールをしていた可能性もある。しかし、レッド・シューズプロはコンパニオン斡旋を隠れ蓑にして売春斡旋を行っていた線も捜査確認すべきでしょう。」と高神刑事が言った。

「第6班は買春組織に関して、どう言っているのだ?」

「現在のところ、レッド・シューズプロは調査対象リストには載っていないらしいですが・・・。」と高神刑事が言った。


被害者、若井友恵28歳、芸能プロダクションのレッド・シューズプロ専属契約タレント。

主に企業展示会やTV番組のコンパニオンとして活動。英語検定1級。TOEIC900点。

本籍地;東京都品川区北品川6丁目。自宅住所;横浜市中区根岸旭台 パークサイドビラ303号室


遺体状況;ライトイエローのワンピースを着用、赤色ハイヒールが遺体近くに散乱、死因は頭蓋骨折と全身打撲による出血多量。オーバーコート、手袋、ハンドバッグは現場からは発見されなかった。コート類が見つかったのは墜落したと思われるホテル最上階のスイートルームからであった。ホテルの宿泊簿には香港在住のドイツ人企業家であるハンス・マルクスと云う人物がそのスイートルームに一人で泊まっていることになっていた。死体が落下したと思われるホテル上層階の各部屋を当たり、警察がスイートルームを訪問した時にはその人物の姿は無く、被害者の物と思われるオーバーコートと手袋、ハンドバッグがその部屋に残されていた。

死亡推定時刻は午後11時から午前2時の間。ホテルの従業員による遺体発見時刻は午前6時ころであった。

被害者のハンドバック内にあった免許証より本籍地と現住所を確認。財布には現金5万3千円と小銭、クレジットカードが残されていた。その他にはハンカチ、口紅やパフなどの化粧道具、シルバーで出来た縦5センチくらいのやや大きめの十字架のネックレスが入っていた。携帯電話は所持していなかった。また、ハンドバッグ内にあった芸能プロダクション発行のタレント証明証より、レッド・シューズプロ社の契約タレントであることが判明した。死体が発見された日に、捜査一課の高神刑事と山手署から転属して来たばかりの沢本刑事がレッド・シューズプロ社を訪問し、被害者が若井友恵であることを確認した。翌日には、両親が警察署を訪問し、遺体が若井友恵本人であることが確認された。

ドイツ人企業家の行方は不明のままであった。


「ホテルの監視カメラの記録映像はどうなっているのかな?ハンス・マルクスと若井友恵のツーショットは写っていたのか?」と河井刑事部長が訊いた。

「今、ビデオスクリーンに出ている映像をご覧ください。スイートルームのある最上階の廊下の映像です。若井友恵が殺された前日にマルクス氏はホテルに投宿しました。カメラ位置がマルクス氏の泊まっているスイートルームから遠いので顔立ちははっきりしませんが、ホテルのフロント従業員はこの人物がハンス・マルクス氏であると証言しています。この時は一人です。事件のあった日、マルクス氏は午後9時12分に部屋に戻って来ました。そして午後10時05分に若井友恵がマルクス氏のスイートルームを訪問してます。二人はドアー越に少し話し合ってから若井友恵はハンス・マルクスのスイートルームに入って行きました。午後11時50分にハンス・マルクスは一度外にでています。30分後には部屋に戻って来ました。その後、午前7時前に若井友恵が落下した地点の上方にあるホテルの各部屋を調査するために我々警察がマルクス氏のスイートルームに行くまで、マルクス氏はスイートルームから出て来ていません。」と相原刑事が説明した。

「どう云うことだ。マルクスは何処に消えた?」と河井刑事部長が訊いた。

「実は、事件発生後の朝7時ころ、隣の部屋に宿泊していた二人の日本人夫妻がチェックアウトをしています。しかし、監視カメラのビデオ映像ではこの夫婦が部屋を出る時は3人で出ています。我々がスイートルームの中の現場検証で必死になっている時に、見計らった様に日本人夫妻はチェックアウトしました。ハンス・マルクスはチェックアウトの手続きはしていません。宿泊予定日数分の料金は事前に支払われており、ホテルのフロントでは特に問題にはならなかったようです。」

「そのうちの一人がハンス・マルクスだな。夜の間にベランダから隣の部屋に移ったか。日本人夫婦の名前と住所は調べたのか?」

「はい、宿泊名簿に書かれた氏名と住所を調べましたが、該当者は住んでいませんでした。偽名でした。連絡先の電話番号も全く関係のない会社のものでした。マルクス氏の連絡先の電話番号にも国際電話しましたが、通話不能でした。全国の空港や港湾にある入国管理局・出入国審査課にマルクス氏の入出国の有無を調査依頼しましたが、現在のところ、記録は見つかっていません。」と滝沢刑事が言った。

「ハンス・マルクスの入出国記録がないと云うことか?」

「ええ、そう云うことになります。記録があれば、指紋や顔写真が登録されていたはずでしたが・・・。」

「ハンス・マルクスの顔写真はない訳か。それにしても、どうやって日本に入ってきたのだ?密入国でもしたのか?それとも、別の名前を使ったか?」

「現在、ホテルフロントにある監視カメラの記録映像からハンス・マルクスと偽名である樋山時雄・幸子夫妻の顔写真を作成していますが、いずれもサングラスや帽子、マフラーなどで顔を隠しており、はっきりした顔形は判明しないでしょう。フロント係も素顔は見ていませんしね。用心深い奴らですね。」と滝沢刑事が言った。

「若井友恵の所属していた芸能プロダクションはどう言っているのだ?」

「若井友恵が高級コールガールをしているのは知らないし、そのような事はないだろうと社長は言っていましたが・・・。」と高神刑事が言った。

「しかし、何故にハンス・マルクスは朝まで隣りの部屋に居たのだ?若井友恵が墜落死した時、すぐに逃げなかったのだろう?睡眠でも取っていたのか?」と河井刑事部長は思った。

「三人がホテルから出て行く時はタクシーを使っていないのか?」と河井が訊いた。

「ハンス・マルクスは一人でホテルを出ていきタクシーは利用していません。日本人夫妻はタクシーで横浜駅まで乗車したことが判命していますが、その後の足取りは掴めていません。」

「やっかいな事になりそうだな?現在、手掛かり無しか・・・。殺人の動機は何かだな・・・。死亡推定時刻からハンス・マルクスがホテルを出て行くまでに5時間以上ある。何故に、殺害後すぐに逃げなかったのだ?マルクスと日本人夫妻の関係は?どこから詰めていくかだな・・・。」と河井刑事部長が呟いた。


「若井友恵の経歴ですが、横浜市内にあるフェデス女学院大学の英文科を卒業して、3年間は外務省の翻訳事務員をしています。その後、レッド・シューズプロ社とタレント契約をしたようです。コンパニオンになって3年になります。何故に外務省を辞めたのでしょうね。女優に成りたいと云う思いがそれほど強かったのでしょうかね・・・。」と高神刑事が言った。

「当面は若井友恵の筋を追いかけるしかないかな。それに、この時代に若井友恵が携帯電話を持っていなかったと云うのが気になるな。ハンス・マルクスが持ち去った可能性もあるが・・・。ハンス・マルクスが犯人として、その動機は何か?」と河井刑事部長が言った。

「刑事部長、若井友恵の住んでいるマンションの部屋からは携帯電話は発見されていません。若井友恵の母親やレッド・シューズプロに問い合わせて、若井友恵の携帯電話の有無を調べてみます。」と沢本刑事が言った。

「そうしてくれ。ハンス・マルクスに関しては、私の方でインターポール(国際刑事警察機構)に問い合わせておく。あと、何もなければ本日はこれにて散会とする。」と河井刑事部長が言った。



連邦の光芒5;

東京・溜池のアメリカ大使館、2011年1月18日(火)午前10時頃


大和太郎とジョージ・ギャリソンが会議室内で話しあっている。


「この毎朝新聞の記事によると、横浜のホテルでの赤い靴女性殺人事件における容疑者として最上階スイートルームのドイツ人宿泊客ハンス・マルクスを指名手配したらしい。それと、殺されていた女性はレッド・シューズプロの所属タレントだったようです。」と本日の朝刊紙面を指差しながら太郎が言った。

「ハンス・マルクス!」とギャリソンが言った。

「そう、ロサンゼルスの精神病院で自殺したとされるドイツ人のハンス・マルクスと同じ名前だ。」

「横浜の警察に行ってみたいな、太郎。」とギャリソンが言った。

「こちらの情報を持っていけば、警察も会ってくれるだろう。」と太郎が言った。

「早速、横浜に行こう。」とギャリソンが言った。

「そう来ると思った。門前払いされない為に一応、知りあいの警察関係者の紹介を貰っておこう。」と太郎が携帯電話を上着のポケットから取り出した。



連邦の光芒6;

神奈川県警察本部内の応接室  2011年1月18日(火)午後2時頃


河井刑事部長、高神刑事、沢本刑事が太郎とギャリソンの応対をしている。


「警察庁の半田警視長から話は聞いております。それで、ハンス・マルクスについて何をご存じなのですか?」と河井刑事部長が訊いた。

「我々が知っているドイツ人のハンス・マルクスはロサンゼルスで2年前に死にました。」と太郎が言った。

「それでは、単に名前が同じだけと云うことになりますね。」

「いえ、そう単純な話ではないのです。」

「単純じゃない?」

「ハンス・マルクスの名前を利用していると思われる世界的組織の存在です。ロサンゼルスで死んだハンス・マルクスはその組織に殺されたとFBIでは考えています。」

「世界的組織?」

「ええ、秘密結社ブラッククロスです。」

「ああ、公安から聞いています。宗教法人の末世立法・オメガ教団をバックアップしていると謂われている組織ですね。確か、オメガ教団の前身は以前に神経に作用するVXガスを用いた毒ガス事件を引き起こしたアルファ真理教のモスクワ支部でしたね。アルファ真理教が解散した時、モスクワから逃走したモスクワ支部の人間がモンゴルで設立した宗教団体でしたね。」

「そうです。オメガ教団本部はモンゴルのウランバートルですが、富山県高岡市と北海道札幌市に日本支部があります。」

「我々が指名手配したハンス・マルクスがオメガ教団と関係があるとお考えですか?」と高神刑事が言った。

「オメガ教団かブラッククロスに関係ある人物ではないかとFBIは想定し、追跡したいと思っています。できれば、警察と情報交換をしていきたいのですが。」と太郎が言った。

「しかし、何故に警察が現在指名手配中のハンス・マルクスがFBIの追跡しているブラッククロスと関係があると推理されているのですか?」と沢本刑事が訊いた。

「それは、芸能プロダクションのレッド・シューズプロ社の存在です。」

「レッド・シューズプロの存在?」

「そうです。2008年にレッド・シューズプロに所属していた三崎和良氏がロサンゼルス警察の拘置所で首つり自殺しました。この自殺にもFBIは疑問をもっています。今回殺された女性もレッド・シューズプロに所属していたとの事ですね。また、ロサンゼルスの精神病院で死んだハンス・マルクスはブラッククロスの一員と思われるジョッシュ・オブライエンと云う人物をグアム島で暗殺しています。ここに居るギャリソン捜査官はハンス・マルクスを名乗る人物がブラッククロスと関係するのではないかと考えているようです。」と太郎が言った。

「なるほど、主旨は理解しました。しかし、警察としましては、若井友恵の殺害犯人と思われるハンス・マルクスが秘密結社ブラッククロスと呼ばれる実体不明の組織であると決め付ける訳にはいきません。ただ、現時点ではその可能性について否定も肯定もしません。」

「それでは、FBIへの協力はして頂けないと云うことでしょうか?」

「いえ、捜査過程でハンス・マルクスが秘密結社ブラッククロスと関係すると判明した場合にはFBIへの情報提供は行います。ただ、現時点では、我々神奈川県警が掴んでいる事実は申し上げられません。というよりも、ハンス・マルクスについては何も掴んでいません。むしろ、公安の方がブラッククロスやオメガ教団に関する情報を持っていると思われます。警視庁の公安部に問い合わせして頂いた方がよろしいのでは?」と河井刑事部長がFBIとの協調行動は出来ないと云ったようなニュアンスで、やんわりと言った。


「そうですか。」と言って、太郎はギャリソンに今までのやりとりを英語で説明した。

「OK、判った。」とギャリソンが英語で言ってソファーから立ちあがった。



連邦の光芒7;

山下公園近くのアンシエント・グランド横浜ホテル  2011年1月18日(火)午後3時前


神奈川県警から情報を得られなかったので、太郎とギャリソンは情報収集のため、殺人現場のホテルを訪問していた。

「アメリカ合衆国の連邦捜査局FBIの者ですが、1月14日の金曜日にあった女性墜落死事件を調査しています。正面出入り口や最上階の廊下にある監視カメラの記録映像を見せていただけないでしょうか?」と太郎がギャリソンのFBI証を見せながらホテルのフロント係員に向かって言った。

「地下の警備員室に行ってもらえますか?そちらの非常階段で地下一階に降りて右方向へ行けば警備室があります。私の方から警備員には電話を入れておきます。そこで、記録映像は見れると思います。よろしくお願いします。」とフロント係員が言った。

「ハンス・マルクス氏は確か最上階のスイートルームに宿泊していましたね。」と太郎が訊いた。

「ええ、そうです。16階の1607号室です。」


ギャリソンと太郎は警備室内に設置されているパソコン画面を見ながら、監視カメラの録画映像を確認した。

「1月13日の午後9時過ぎにハンス・マルクスは部屋に戻ってきている。そして、午後10時05分に若井友恵がハンス・マルクスの部屋を訪問。少しドアー越に話してから部屋に入ったな。午後11時50分にハンス・マルクスが出てきて、30分後にまた部屋に戻ってきている。翌朝7時過ぎに隣の部屋からハンス・マルクスと思しき男と二人の男女がトランクを持って出てきたな。マルクスと二人の男女は別行動か・・・。チェックアウト後、ホテルの正面出入り口からでた男女はタクシーに乗ったか。マルクスはフロントでチェックアウトの手続きをせず、徒歩で表通りに向かったか。この二人の男女の名前をフロントで確認しよう。」



連邦の光芒8;

東京・溜池のアメリカ大使館の会議室 2011年1月18日(火)午後6時頃


横浜から戻ってきたギャリソンと太郎が今後の調査活動について打ち合わせをしている。


「やはり、神奈川県警とは別行動でレッド・シューズプロ社を調査する必要がありそうだな。」とギャリソンが言った。

「警視庁の公安部に協力要請するかい?」と太郎が訊いた。

「オメガ教団に関する調査はアメリカ大使館から日本の公安委員会に協力要請はしてある。明日の午後、警視庁公安部との打ち合わせをする予定だ。太郎も出席してくれ。」とギャリソンが言った。

「了解した。ところで、レッド・シューズプロ社の調査はどのように進める?」と太郎が訊いた。

「アメリカ海軍の横須賀基地のイベント担当者から情報収集する予定だ。明後日、横須賀基地を訪問することになっている。太郎も同行してほしい。」

「了解した。」

「ところで、横浜のホテルで殺された若井友恵だが、何故殺されたのだろう?本当に、ハンス・マルクスが犯人だろうか?それと、隣の部屋に宿泊していた日本人夫妻との関係は何か?どう思う、太郎?」

「警察発表を掲載している新聞記事からするとハンス・マルクスが犯人と考えるのが妥当だな。また、日本人夫妻のことだが、宿泊名簿に書かれていた連絡先に電話してみたが不通だったところを視ると、樋山時雄・幸子は偽名だろう。この夫妻が殺人に協力している可能性も否定できない。しかし、ハンス・マルクスは若井友恵を殺害後5時間以上もホテルに留まっていた理由は何だろう? ハンス・マルクスがブラッククロスの一員なら、日本人夫妻もブラッククロスかオメガ教団の要員の可能性がある。」

「ブラッククロスとオメガ教団か・・・。これは、忙しくなるな・・・。」

「ああ、そうだな。」と太郎が合い槌を打った。

「それから、若井友恵の経歴を調べてもらえるかな、太郎?」

「ああ、了解。新聞記事から住所は横浜市中区根岸旭台のパークサイドビラと云うマンションらしいから、そこから追いかければそれほど難しい調査ではないだろう。マルクスとの関係でも見えてくれば良いのだがな・・・。まあ、なんとか当たってみるよ。」と太郎が言った。



連邦の光芒9;

警視庁公安部の会議室  2011年1月19日(水)午後2時頃


大和太郎が通訳をしながら、FBIと警視庁の公安部員が会議を行っている。


「最近のオメガ教団の動きについて報告いたします。高岡市にある教団支部と札幌市にある教団支部の交流が活発化しており、近いうちに新たな動きがあると思われます。」と公安部長が言った。

「新しい動きの内容は判っていますか?」とギャリソンが訊いた。

「未確認の情報ですが教団の支部長が交代するようです。そして、新しく顧問をモンゴルのウランバートルにある本部から招くようです。」

「テロ行為の準備の可能性についてはどうですか?」

「現在のところ、そう云った動きは無いようです。しかし、注意は怠れません。ところで、FBIからは何か情報はありますか?」と公安部長が訊いた。

「映像スクリーンを見てください。この二人の男女は先日、横浜のホテルで発生した殺人事件に関係していると思われます。オメガ教団関係者であるかどうか判りますか?」とギャリソンが訊いた。

「サングラスやマフラーで顔を隠しているので何とも言えませんが、容姿から判断すると、札幌支部の支部長とその秘書に似ていますね。」と信者として教団に出入りしている刑事が言った。

「札幌支部長とその秘書ですか?」

「ええ、確かなことは言えませんが、なんとなく似ていますね。」

「その横浜のホテルでの殺人事件とは、芸能プロの女性タレントが殺された事件ですか?」と公安部長が訊いた。

「そうです。ハンス・マルクスと云う名前のドイツ人企業家が犯人である可能性が大きいのです。」

「ドイツ人ですか?」と公安部長が言った。

「この男です。顔がはっきりしませんが・・・。」と言って、ギャリソンがパソコンを操作しながら映像スクリーンにハンス・マルクスの映像を映し出した。

「昨日、高岡支部に出入りしていた外国人に雰囲気が似ていますね。ドイツ人ですか?」と高岡支部への潜入捜査員が言った。

「自称、香港の企業家でドイツ人と言っているようです。しかし、連絡先とされる電話番号は不通です。空港の入国管理局から何らかの情報が得られればありがたいのですが。」とギャリソンが言った。

「判りました。我々のほうで確認して、後日、連絡いたします。」と公安部長が言った。



連邦の光芒10;

神奈川県横須賀市のアメリカ海軍基地MP本部  2011年1月20日(木) 午後11時頃


MPミリタリー・ポリス本部内にある会議室でギャリソンと太郎、そしてイベント担当者のアルフレッド・コーエンが話し合っている。そして、MP統括主任のジェシー・カートライト少佐が立ち会っている。


「レッド・シューズプロ社についてお尋ねします。」とギャリソンが言った。

「どのような事でしょうか。」とコーエンが言った。

「年間にレッド・シューズプロにコンパニオンなどの派遣を依頼されるのは何回くらいですか?」

「そうですね。10回くらいですかね。依頼する人数はイベント毎に違います。また、タレントの種類も違います。音楽バンドのときもあれば、女性コンパニオンの時もあります。ジャズシンガーなどもたまに来てもらいます。」

「この写真の女性に見覚えはありますか?」と太郎が東京都品川区北品川に住んでいる若井友恵の母親から借りてきた写真を見せた。

「記憶にありませんね。誰ですか、この女性は?」

「若井友恵と云って、1月14日に横浜のホテルで殺されたレッド・シューズプロのコンパニオンをしている女性です。」

「そうですか。過去のイベントで基地に入場したタレント名簿を調べてみましょう。」とコーエンが言って、会議室にあるパソコンを操作して、事務員用データベースにアクセスした。


「若井友恵さんですね・・・・。昨年の12月23日のクリスマスイベントでコンパニオンとして来ていますね。その時の一回だけですね、基地に来たのは。」とコーエンがパソコンのモニター画面を見ながら言った。

「レッド・シューズプロ社との間で、何かトラブルがあったと云うような事はどうですか?」

「特になかったと思いますが・・・。」とコーエンが言った。


その時、カートライト少佐が口を挟んだ。

「2年半前にちょっとした事件がありましたね。夏のビヤパーティでロックバンドが来た時です。あれは、確か、レッド・シューズプロから派遣されてきた音楽バンドの一員でした。基地内でうろついているところをMP隊員が発見して捕捉したことがありました。本人はトイレを探していて道に迷ったと釈明したので解放しました。しかし、補足した場所が銃器保管庫の近くで、パーティ会場から200メートルくらい離れたところだったので少し不信に思ったのを覚えています。過去の順回記録を調べれば、その人物の名前は判ります。しばらくお待ちください。」と言って、カートライト少佐が会議室を出て行った。

しばらくして、一つのファイルを手に持った少佐が会議室に戻ってきた。

「2008年8月15日のパーティですね。ベースギター担当の長門雄二と云う男ですね。レッド・シューズプロ社より派遣となっていますね。特に不審な物を持っていなかったし、実害もなかったので直ちに釈放しています。」とカートライト少佐が言った。

「2年半前か。米軍横田基地で銃器盗難事件があった頃だな。あの時、オメガ教団に出入りしていたブラッククロスに関係していた男の自供ではブラッククロスから軍用拳銃を支給されたと云う事だったな。アメリカ国内で銃器メーカーから米軍の兵站へいたんセンターへの輸送道路上で運送トラックの運転手と窃盗団がグルになって、新品の銃器と中古の銃器を入れ変えてしまい、それら銃器が兵站センターから世界各国の基地へ運ばれてから中古品を回修すると云う手の込んだことを行っていたな。銃器保管庫の周りをうろついていた長門雄二か。米軍基地での中古銃器を回修する役目を担っていたのかな?米軍基地内に窃盗団の仲間がいるのかもしれないな。確か、FBIが銃器窃盗団のアジトを押さえたのだったな。ジョージはそのことを知っているだろうか?」と考えながら、太郎は長門雄二の名前をメモした。

「そのころ、銃器類の盗難事件はありましたか?」とジョージ・ギャリソンが訊いた。

「横田基地で盗難事件があったとの情報で横須賀基地でも銃器庫を検査しましたが、窃盗の事実はありませんでした。」とジェシー・カートライト少佐が言った。


MP本部を出た太郎とギャリソンは基地正面ゲートに向かって歩いていた。

その時、前方から歩いてきた軍人がギャリソンに声を掛けた。

「ヘイ、ジョージ。ジョージ・ギャリソンじゃないか?」とその軍人が言った。

「やあ、ロナルドか、ロナルド・ヒューズじゃないか。久しぶりだな。カレッジを卒業して以来だな。長い間会っていなかったので気が付かなかったよ。いまの階級は何だ?」とギャリソンが訊いた。

「先月、大尉から少佐に昇格したところだ。ところで、時間があれば、基地内のカフェで少し話さないか?」とヒューズが言った。

「ああ、良いだろう。ああ、こちらは僕の友人で大和太郎と云う私立探偵だ。太郎、こちらは僕の学生時代の友人で、ロナルド・ヒューズだ。」とギャリソンが二人を紹介した。



連邦の光芒11;

アメリカ海軍横須賀基地内のカフェ  2011年1月20日(木) 午前11時40分ころ


昼前の食堂カフェには、まだ昼食を取りに来る兵士は少ないようである。閑散としたカフェの窓際テーブル席に3人は座って話している。


学生時代の思い出話や近況、ギャリソンが基地に来た理由などをしばらく話したあと、ヒューズが言った。

「最近の日本近海の軍事情勢はかなり緊迫している。」

「どう云う事だ?」とギャリソンが訊いた。

「中国とロシアの太平洋における軍事展開が加速している。そしてK国の核ミサイル。中国人民共和国は南シナ海と東シナ海の海底資源開発を模索している。そのため、太平洋沿岸での主導権を握るために海軍力を増強している。航空母艦に力を入れているが、アメリカ海軍は中国の原子力潜水艦の建造数が多い点に注意を払っている。対空ミサイル等を含むイージスシステムを装備した駆逐艦(イージス艦)で航空母艦を警護できるのかどうか、実体験がないから不明だ。特に、海面近くを水平に飛んでくる複数のミサイルに対する空母防衛機能が充分であるのかどうか・・・。一方、ロシア連邦は中国の動きに呼応して極東での軍事力強化を始めた。樺太や北方領土近海の海底資源開発は軍事強化の言い訳に過ぎない。ロシアにはシベリアの地下に個体ガス燃料が豊富に眠っているから、それほど燃料エネルギーには困らないはずだ。本音は対中国戦略での軍事力強化だ。日本にとって、中国は『前門の虎』、ロシアは『後門の狼』に成ってしまったと云う訳だ。そして、貧困にあえぐK国はいつ爆発するかもしれない『極東の火薬庫』だ。しかも、中国とロシアはSCO(上海協力機構)と云う中央アジアにおけるアメリカの動きを封じる為の同盟を2001年創り活動している。SCOにはカザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンも参加しています。近年、イランやパキスタン、インドなどもオブザーバーとしてこのSCO同盟の会議に出席しており、アメリカの外交戦略を牽制しています。」とヒューズが言った。

「それに対して、アメリカの極東戦略はどうなっているのだ?」とギャリソンが訊いた。

「中国市場への影響力を狙っている東部エスタブリッシュメントが主導権を握っている産軍複合体が極東アメリカ軍の動きにブレーキを掛けている。しかし、アメリカにとって極東にある日本に軍事基地を置いておくことは、中国とロシアの中東地域での軍事力に対する牽制効果がある。中国軍が人海戦術で沖縄上陸作戦を遂行すれば、それを防御するのは難しい。それは、中国本土と沖縄の距離が近すぎるためだ。グアム島と中国本土との距離は長いので、上陸用兵士を乗せた中国艦船が南シナ海を航行中に空爆やミサイルで撃沈出来るが、距離の短い沖縄と中国本土間ではそういう事は出来ない。あっという間に沖縄に上陸され、占領されてしまうだろう。アメリカ海兵隊をグアム島に移転させる計画はそういう問題に対処するためだ。また、中国軍が中東地域の石油生産量が減少し、原油の価格が上昇した時、石油権益を求めて中国とロシアは軍事力を背景として中東地域の実力支配に動き出すだろう。その時、極東からアメリカ軍が中国とロシアに警告する。いつでも中国とロシアを攻撃できるぞと・・・。アメリカの極東軍事力に対する防衛線を事前に強化しようとしているのが、現在の中国とロシアの太平洋岸の動きだ。アメリカにとって、日本にある軍事基地は中東地域での石油権益確保のための保証書みたいなものだ。」とヒューズが言った。

「保証書?」とギャリソンが訊いた。

「保証書の有効性には常に疑問があると云う事、すなわち、有効期限があると云うことだ。」とヒューズが言った。

「有効期限とは何時だ?」

「中国とロシアの海軍力が充実して日本にある米軍基地が簡単に攻撃される環境になった時だ。言い換えると、日本がアメリカ軍の兵站へいたん補給基地の役割が果たせなくなる時とも言える。それは、日本の自衛隊の能力とも関係するがな。」

「そういう考え方もあるか・・・。」とギャリソンが言った。


「イランやサウジアラビアなどアラブ石油産出国は原油生産量が落ちるとどうなるのです。」と太郎が訊いた。

「イランのように原子力発電に力を注いでいるところもあるが、経済的な困窮ははっきりしている。太陽光パネル発電や風力発電の可能性もあるが、砂漠の砂による影響があり、機能維持に多大な経費がかかる。結局、アラブ諸国間での石油をめぐる戦争が発生し、それを仲裁するためにイギリスやフランス、ドイツなどのヨーロッパ諸国の連合軍が中東に平和維持のための兵力を派遣することになる。石油タンカーが通過する地中海と紅海を結ぶスエズ運河やペルシャ湾入り口のホルムズ海峡が封鎖されると欧米や東南アジア、極東の日本にとっても死活問題だからな。もちろんアメリカもヨーロッパ諸国と同じように出兵することになるだろう。中東地域には第5艦隊がバーレーンに駐留しているが、横須賀基地に居る我々第七艦隊も中東地域に出動することになる。先ほども言ったが、海兵隊も中東出兵に備えるため、沖縄からグアムに兵士を移動させることを現段階で計画中だ。日本の沖縄から中東への派兵は日米安保条約の縛りがあるので、B52などの大型爆撃機や大型輸送機を多量に発着させるにはグアム島が向いている。すなわち、グアムの空軍基地から海兵隊員を即座に中東へ輸送できる体制を強化するために海兵隊のグアム移転は重要な問題だ。海兵隊の中東出兵の必要性が生じた時には、エジプトやトルコ、イスラエルなどの地中海沿岸地域は中世の十字軍遠征のような戦乱に見舞われていることだろう。もちろん、イランはこの時とばかりにイスラエル粉砕に向けた軍事行動を取るだろう。当然、イスラエルも黙ってはいない。また、イスラム教スンニ派とシーア派の宗教対立によるテロ活動や、アルカイダなどのテロ集団が利権を求めてアラブ諸国の背後で動き出すと混乱を収束させられなくなる可能性もある。先日、北アフリカのチュニジアで市民デモを発端とした政権交代が発生したが、今後、アラブ人が互いに殺し合う場面が多くなると予想される。また、ヨーロッパ国家間でも石油権益めぐる争いを生じる可能性もある。すなわち、ヨーロッパ国家間の同盟が崩れる危険性もある。といったところが、現在のアメリカ国防総省の一部の人間が考えている近未来における中東情勢分析だ。その時のため、アメリカは国力維持に懸命なのだが、石油が枯渇すれば、金を持っていてもしょうがない。軍事支配力がすべての時代に逆戻りするのかもしれない・・・。」とヒューズが説明した。


ヒューズの説明を聞きながら、太郎は「ハルマゲドン(世界終末戦争)の到来か?」と思った。

「そうか、大変な時代が来る可能性がある訳だ。だから、新しいエネルギー源を早く確保するために中国とロシアが海底資源開発などに動いている訳だな。石油枯渇が早いか、新エネルギー開発が早いかで世界情勢はかなり変わる訳だな。ところで、横須賀基地でのロナルドの役目は何なのだ?」とギャリソンが訊いた。

「アメリカ海軍第七艦隊司令官の秘書官としての任務についている。以前は、空母ジョージ・ワシントンに乗っていたがね。」とロナルド・ヒューズ少佐が言った。


基地正面ゲートでヒューズの見送りを受けたギャリソンは東京の大使館に戻るため京浜急行の横須賀中央駅に向かった。

一方、大和太郎は長門雄二の調査でレッド・シューズプロ社に行くため、JR横須賀駅に向かった。



連邦の光芒12;

横浜・レッド・シューズプロ応接室  2011年1月20日(木)午後3時頃


女性事務員がレッド・シューズプロ社の受付で大和太郎と話している。

太郎はライブハウスで演奏するバンドを探していると云う触れ込みで事務員から話を聞いている。


「お待たせしました。ロックバンド・キャサリンズの長門雄二のプロフィールですが、1984年生まれの26才です。5年前からベースギター担当をしています。現在、グループは解散しており、弊社とのタレント契約はありません。替りのロックバンド・キャッスルズと云うグループがあります。こちらでいかがですか?」と資料ファイルを見ながら女性事務員が言った。

「いえ、長門雄二に興味があるのです。かれの住所は判りますか?」と太郎が訊いた。

「神奈川県川崎市幸区鹿島田○○のハッピーハイツ105号ですね。」

「経歴などは判りますか?」

「川崎市内の○○工業高校を卒業して、地元の高萩製作所と云う工場に勤めていますね。その三年後、ロックバンド・キャサリンズの一員になったようです。」

「キャサリンズの活動履歴などは判りますか?」

「横浜市内や川崎市内のライブハウス、ダンスクラブで演奏活動をしていますね。キャサリンズが弊社の契約バンドになったのは4年前です。昨年の10月にバンドは解散し、契約は解消されました。」

「よく出演していた店はどこですか?」

「この資料では伊勢佐木町のライブハウス・メタルボンバーを拠点にしていたようですね。」

「解散の理由は何ですか?」

「さあ、私は知りません。でも、キャサリンズは人気が有りますから、ライブハウスの集客にはうってつけですよ。如何ですか、お店が繁盛すると思いますが。」と女性事務員が言った。

「ええ、少し検討します。どうもありがとう。」と言って太郎は芸能プロを出た。



連邦の光芒13;

東京・溜池のアメリカ大使館の会議室 2011年1月24日(月)午前10時頃


太郎とギャリソンが捜査状況の確認と今後の捜査方針について話し合っている。


「ロックバンドの長門雄二は死んでいた。昨年の11月の夜中に車でねられたらしい。現場近くの警察の話では、長門雄二が自宅近くの住宅街で十字路に突然飛び出し、右方向から走って来た車にねられたそうだ。車にはね飛ばされて転倒した時に頭を地面に強打して死亡したようだ。車の運転手はロシア人だったらしい。」と太郎が言った。

「そのロシア人の名前と住所は聞いて来たか、太郎。」とギャリソンが言った。

「ああ、手帳にメモしてある。ロシア人がどうかしたか、ジョージ?」と太郎が訊いた。

「夜中だと、車のライトと騒音で車が走ってきているのに気がつくはずだ。それなのに長門雄二が十字路に飛びだしたと云うのは、少し不自然じゃないか?」

「なるほど。長門雄二はロシア人に殺された可能性があるな。」

「ロシア人は運転手ひとりだけだったのか?」

「日本人の友人二人も同乗していたらしい。この友人の証言で警察も納得したらしい。」

「やはり、あやしいな。二人の友人が近づいてくる車に向かって長門雄二を無理やり押しだした可能性があるな。そのロシア人と二人の日本人を追跡調査しよう。」とギャリソンが言った。


「判った、そうしよう。それから、若井友恵の経歴について調べた。」と太郎が言った。

「何か新しい事でも判ったか?」とギャリソンが訊いた。

「横浜にあるフェデス女学院大学の英文科を卒業後、外務省に3年間勤めている。その後、コンパニオンとしてレッド・シューズプロ社とタレント契約を結んでいる。わざわざ、外務省を辞めてまでコンパニオンになる理由がよく判らない。よほど、タレントをりたかったのかとも思ったのだが、母親の話では、学生時代には芸能界などには興味は無かったようだ。フェデス女学院大学に入ったのも学校の建学精神が気に入っていたからだそうだ。自宅近くの東京都内にも良い大学があるのに、わざわざ横浜の大学を選んだのはその建学精神によるらしい。」と太郎が言った。

「建学精神?」

「フェデス女学院大学は明治時代初期ころ、すなわち1868年頃にアメリカから来たキリスト教の女性宣教師マリア・フェデスがフェデス女学校を創立した時に始まる。その時『A Shield For Others(他の人々のための楯)』をモットーとした教育を目指したのに始まるようだ。だから、校章も中世ヨーロッパの騎士が使っていた楯の中にフェデスの頭文字Fが入っている紋章になっている。若井友恵はこの建学精神を実践しようと思ってタレントに転身したとして、コンパニオンを通して社会貢献したいと考えたのだろうか?私には何か不自然に思える。もっと、他の何かの理由があった。そして、ハンス・マルクスに近づいたと考えると、どうだろう?」と太郎が言った。

「なるほど。若井友恵がハンス・マルクスに近づく理由か・・・?」とギャリソンは考える素振りを見せた。

「若井友恵はハンス・マルクスが秘密結社ブラッククロスの一員であると考えていたとしたら?明治時代に来日した外国人には秘密結社ビッグ・ストーンクラブの会員が多くいたらしい。フェデス女学校がビッグ・ストーンクラブの後見人が援助して創立され、現在も何らかの影響力をもった人物がフェデス女学院大学内にいるとしたらどうだろう?」

「若井友恵がビッグ・ストーンクラブの一員に勧誘されたと云うことか?」

「必ずしもビッグ・ストーンクラブ員とは限らないが、ブラッククロスと思われるハンス・マルクスに殺されたとすると、どこかの組織の情報部員であった可能性も考えられる。しかし、『A Shield For Others(他者のための楯)』と云う精神に従って行動していると考えると、やはり、若井友恵はビッグ・ストーンクラブの情報員として外務省に入り、さらにレッド・シューズプロ社を探索するためにタレント契約したのではないかと考えられるのだが。」

「そうすると、レッド・シューズプロ社も何処かの諜報機関の活動拠点と云う訳か?そして、三崎和良もどこかの情報部員であった?そう考えると、若井友恵がレッド・シューズプロ社に近づいた理由が見えてくる。1981年と1982年のロサンゼルスで三崎和良が関係したと思われる死亡事件の真相も判るかも知れないな。」とギャリソンが言った。

「レッド・シューズプロ社はブラッククロスかも知れないし、ロシア連邦の諜報機関かもしれない。あるいは、その他の情報機関かもしれない。長門雄二を車でねて殺したかも知れないロシア人たちが真実を解き明してくれる鍵かも知れないな。」と太郎が言った。



連邦の光芒14;捜査会議

神奈川県警察本部  捜査会議  2011年1月24日(月)午前10時頃


「検視解剖の結果、新しく判ったことがある。被害者は左腕に注射痕があった。血液検査の結果、ナチス・ドイツが開発したとされる自白剤の反応が出た。ナス科の植物ベラドンナから抽出される薬物アトロピンだ。ベラドンナは西ヨーロッパや北アメリカに自生している植物らしい。薬物アトロピンはVXガスなどの神経ガスの解毒剤として利用できるが、多量に注射されると大脳に影響を与えて意識が朦朧もうろうとなる。その為、アトロピンを注射された人間は質問されたことに素直に答えてしまうことになる。まあ、意識朦朧としているから話している内容が事実とは限らないがな。また、薬物投与が致死量に達すると死亡してしまう。したがって、ハンス・マルクスと日本人男女は若井友恵から何かを聞き出そうとしたが、友恵が意識不明となり死亡したと判断して墜落死に見せかけたのかもしれない。あるいは、友恵自身が秘密を自白させられるのを恐れて、自ら墜落死を選んだのかもしれない。以上が検視解剖から判ったことだ。」と河井刑事部長が言った。

「若井友恵がハンス・マルクスたちの秘密を知っていたと云うことですか?」

「まあ、それは私の推理だ。これからの捜査でこの辺りの事を明らかにしていきたい。ところで、捜査の進展はあったのかな?」と刑事部長が訊いた。


「若井友恵の携帯電話の件ですが、母親の住む家に何回か電話を入れていました。母親から友恵の携帯電話番号を聞き出し、携帯電話会社で過去一年間の通話記録を調べました。レッド・シューズプロ社や母親の家との通話のほか、学生時代の友人、コンパニオンとして派遣された企業との通話などがほとんどでした。死亡日前日やその2〜3日前に殺害現場のホテルであるアンシエント・グランド横浜に電話した記録はありません。ただ、決まった公衆電話から2〜3か月に一回くらい電話を受信しています。公衆電話の場所はJR市ヶ谷かJR飯田橋駅近くの公衆電話ボックスからでした。通話時間は30秒くらいですので、出会いの場所を確認するぐらいだったと思われます。いずれにしても、通話内容は不明ですので推測に過ぎませんが・・・。あと、自宅マンションには固定電話がありませんでした。」と沢本刑事が報告した。

「市ヶ谷か飯田橋ね。これについて、何か意見がある者は居るか?」と河井刑事部長が言った。

「恋人か友人ではないのですか?」と相原刑事が言った。

「若井友恵の交友関係を調べたか?」と刑事部長が訊いた。

「通話記録から知人関係は聞き込みを完了していますが、市ヶ谷や飯田橋に住んでいたり、通勤している知り合いは居ませんでした。」と沢本刑事が言った。

「通勤経路から電話した可能性もあるだろう?」

「確かに、その可能性はありましたので、可能性のある知人には確認しましたが、通話は携帯電話を使うから公衆電話は使わないそうです。」

「なるほどな。」

「第三者に自分の正体が判るのを嫌っている人物と云うことになりますかね。」と老刑事の高神が言った。

「例えば?」

「若井友恵のパトロンか、何処かの愛人とか、あるいはコールガールの常連客とか?」と高神が言った。

「また、若井友恵の高級コールガール説ですか?」と河井刑事部長が言った。

「その可能性も視野に入れておくべきでしょう。」

「市ヶ谷と云えば自衛隊がありますね。」と相原刑事が言った。

「それが?」

「自衛隊の秘密情報部員であったとか。」

「秘密情報部員?そんな組織が自衛隊にあるのか?」

「表面上はそういった組織はないでしょうが、どこかの部署が情報収集活動はしているでしょう。厚生労働省の麻薬Gメンみたいな役目をする潜入捜査官がいても不思議じゃないでしょう。」

「なるほどな。まあ、コールガール説、情報部員説として、若井友恵がハンス・マルクスに殺されなくてはならない理由は・・・・?そうか、先日来たFBIが言っていたオメガ教団とブラッククロスか?高神さん、どう思いますか?」と刑事部長が訊いた。

「確かに、先日来たFBIと私立探偵が言っていた事が事実とすれば、若井友恵が自衛隊の諜報部員と云う説の可能性はありますね。」と高神刑事が言った。

「何かの秘密を掴んだ若井友恵がハンス・マルクスとその仲間の日本人男女に殺された訳か。あるいは、自分の素姓を隠すために自殺を選んだか?」と河井刑事部長が呟いた。

「警視庁の公安部から情報を貰ってきましょうか?」と高神刑事が言った。

「高神さんの顔で、頼みます。正面切っての依頼じゃきた情報はもらえないからな。」


※Gメン(G−Men);

GはGovernment(政府)の頭文字。直訳すれば『政府の奴等』と云う意味になる。

アメリカの昔のギャング(悪人)がFBIを呼ぶ時に使った呼び名に由来する。現在は、FBI捜査官の事をFederalの頭部分を取って『Fedフェド』と蔑称しているようである。

因みに、アメリカのタクシー運転手の間では日本人(Japanese)のことをJap−manと呼ぶ場合があるらしい。



連邦の光芒15;

警視庁公安部長室内  2011年1月24日(月)午後4時30分頃


「おお、高神じゃないか、久しぶりだな。お前がここに来るとは、何かあるな。なんだ?」と公安部長の柳本龍一郎が言った。

「同期のよしみで教えてほしいことがある。」と高神刑事が言った。

「そう、はっきりと訊くなよ。いくら同期といっても言えねえこともあるぜ。」

「そう言うなよ。武士は相身互あいみたがいと謂うだろう。俺たち、警察じゃ、先はそう長くないぜ。」

「まあな。おれは、お前よりちょっと長いがな。」

「まあ、それはそれとして、オメガ教団とブラッククロスの事を知りたいのだが。」

「おいおい、そんなことが神奈川県警に関係あるのかよ?」

「とぼけなさんなよ。先日、アメリカ大使館駐在のFBIが訪ねてきただろうが。どうだ、図星だろ。」

「相変わらず、地獄耳だな。それで?」

「それでじゃねえよ。こっちが訊いているんだ。あとで、酒をおごるからよ。」

「参ったな。おれの弱味を突いてくるな。おまえにはかなわねえな。」


「お前たちが追いかけているハンス・マルクスとか云う野郎は富山県高岡市のオメガ教団支部に姿を現わしたぜ。それから、日本人の夫婦者はオメガ教団の札幌支部長とその秘書の女性に似ている。ハンス・マルクスについては追跡調査中だ。まあ、そんなところだ。それで、お前の方は?」と柳本が訊いた。

「何が?」

「おいおい、ただ乗りはねえだろ。ハンス・マルクスと被害者の女の関係だよ。どうなんだ、そこを詰めるために俺のところに来たんだろ。ちがうか?」

「相変わらず、読みが鋭いな。殺された若井友恵は自衛隊の情報部員ではないかと睨んでいる。」

「自衛隊?なるほどな、ハンス・マルクスからブラッククロスに関する何かの情報を掴んだ女がそのホテルで殺されたと云うことか?」

「まあ、そんなところと想像している。若井友恵の体内から自白剤アトロピンが検出された。それ以上の情報は無い。」と高神が言った。

「そうか、了解。それじゃ、ちょっと夜には早いがチュー(日本酒)を飲みに行くか、お前の奢りでな。」と柳本が右手で口を引っ掛けるような格好をした。

「よかろう。警察学校時代の話で盛り上がるか。中央署の鈴木にも声を掛けてみようか。あいつもチューが好きだからな。電話を借りるぜ。」と言って、高神が事務机の上にある電話の番号ボタンを押した。



連邦の光芒16;告別の日

東京都品川区北品川6丁目の若井家  2011年1月25日(火)午後2時頃


JR山手線の五反田駅から品川駅方向に通じる距離1キロメートルくらいの長さの片側2車線、合計4車線の一般道路は『明治通り』とか『ソニー通り』、『八ツ山通り』と呼ばれている。

この明治通りと品川駅前を通る第2京浜国道(国道15号線)とのT字路交差点は新八ツ山橋

と呼ばれるJRの東海道本線、山手線、京浜東北線、横須賀線の跨線道路橋である。新八ツ山橋は、毎年の正月に行われる関東大学・箱根駅伝のテレビ番組を見ていると登場する名前である。ここを一位で通過出来ればほぼ優勝できると謂われている箱根駅伝における名所の一つである。この新八ツ山橋の近くは御殿山と呼ばれる小高い丘になっており、江戸時代には桜の名所であったらしい。現在の御殿山地区は品川区北品川と港区高輪にまたがっている。江戸末期、アメリカからの2度目のペリー来航に備え御台場と呼ばれる砲台が数基連ねて、品川海岸沖に作られた。この時の埋め立てに用いる土砂は八ツ山や御殿山を削り取って用いられたようである。八ツ山と御殿山は隣り合った小さな山であったらしい。ペリーは江戸城に近い品川周辺の海岸を開港するように要求したらしいが、江戸幕府は江戸城より離れた横浜村を開港することで決着させた。東京百景の品川神社も近くにある。

明治に入って、海外貿易が進められると、新橋・横浜間にいち早く鉄道が開通され、横浜港で陸揚げされた物資が東京に運ばれた。横浜村と云うのは横に曲がっている岬(砂洲)にある漁村であったようである。その場所は現在の神奈川県庁から山下公園にかけての周辺であったらしい。横浜中華街のあるところは岬の内海であったらしいが、幕末から明治時代に埋め立てられたとのことである。

現在の御殿山地区には俳優の三浦Tと歌手の山口Mの新婚時代の住居があったペアシティ・ルネッサンスと云う高級マンションがある。そのマンションの南側は江戸時代の八ツ山があった地であり、三菱開東閣と云う旧岩崎家別邸の建築物がある。また、江戸時代の御殿山があった地には御殿山ガーデンヒルズ、キリスト品川教会チャペル、私立の原美術館、外国の大使館などがある。キリスト品川教会チャペル付近は江戸末期に高杉晋作たちが焼き討ち事件を起こしたイギリス公使館の建設地であった。攘夷運動の江戸での中心地が御殿山周辺であったのだろうか?桜の名所・御殿山は江戸時代には将軍徳川家康の品川御殿や各地大名の江戸屋敷があった場所である。そこから御殿山の呼称が発生したらしい。大きな樹木の生い茂る三菱開東閣は東京都港区高輪4丁目が所在地である。開東閣に沿った西側には一方通行路が走っており、その道を隔てて西側が品川区北品川6丁目である。ちなみに、JR品川駅は港区港南が所在地である。

北品川6丁目は電機メーカーであるソニーの発祥地(前身の東京通信工業の社名で発足した時は銀座にあった白木屋デパートに間借りしていた)であり、かつてのソニー御殿山本社ビルがあった場所である。現在はガーデンシティ品川御殿山というオフィスビルが建っている。ソニー創業者の一人である井深大いぶかまさる氏が逝去した時、遺体を乗せた霊柩車がこのソニー通りと通称される明治通りを弔意の警笛を鳴らしながらゆっくり走り、社員一同が歩道から井深氏を見送ったらしい。世界を股に掛けて日本経済、アメリカ経済に貢献したソニー会長でもあった盛田昭夫氏の社葬は品川駅前にある高輪Pホテルで盛大に行われた。また、2011年2月13日にソニーの技術開発のリーダーであった木原信敏と云う人物が84歳で逝去されたとのことである。日本で初めての音声テープーレコーダーやビデオテープレコーダーなどの技術開発に取り組んだ発明技術者で多くの特許を持っており、井深大氏が唱えた『自由闊達なる理想工場』ソニーの技術開発に多大な貢献をした人物であるらしい。木原氏の葬儀はご遺族の希望で密やかに行われたらしいが、木原氏に感謝しているソニーOBや有志の希望で、高輪4丁目にある品川Pホテルに於いてお別れの会が催され、400人を超える多数の出席者があったらしい。

さらに、2011年4月23日にはソニー発展の中興の祖と謂われ、当時のCBSソニー、現在のソニーミュージックエンターテイメントを立ち上げ、その基礎を築いた大賀典雄氏も81歳で逝去したようである。ここに至って、グローバル企業・ソニーの幼年期は終わり、青年期が始まろうとしているかのようである。

そして、人類の歴史もいずれは幼年期を終え、青年期に入って行くのかもしれない・・・・。




明治通りの御殿山交番前交差点から一方通行路を北に歩いて行くと住宅街がある。その一角に若井家がある。

神奈川県警の検視解剖を終えて、若井家に友恵の遺体が返された。損傷の激しい遺体は前日に斎場で荼毘だびに付され、遺骨による葬儀が若井家で行われている。喪主は父親の若井良夫である。

受付係は若井友恵の学生時代の友人たちが務めている。

大和太郎も友恵の母親から連絡を受け、焼香に来ていた。太郎は友恵の事を母親から聴いた時、葬儀の日が決まれば連絡をくれるように依頼しておいたのであった。

そして、自衛隊の竹下統合幕僚長の姿があるのを太郎は見つけた。

竹下は自衛隊の製服姿でなく、喪服を着用している。


「竹下さん。お久しぶりです。」と周囲に竹下が自衛隊の統合幕僚長であることを気づかれないように、太郎は『さん』付けで声を掛けた。

「あれ、大和さんじゃないですか。2年ぶりですかね。どうして、ここに?」と竹下が言った。

「ある人物の依頼で、昔の事件の調査をしています。その事件調査をしている時に若井友恵さんの死亡事件に遭遇しました。それで、お焼香に参りました。竹下さんこそ、どうしてこちらに?」と太郎が訊いた。

「若井友恵さんの父親は現在では通信機メーカーの役員だけど、自衛隊員であった時期がありました。それで、父親の若井良夫氏とは知り合いでね。友恵ちゃんも子供の時から知っていましたので、お別れを言いに来ました。友恵ちゃんが三才くらいの時にこの近くを散歩に連れて歩いたことがありました。その時、品川駅方面が見渡せる高台の空き地がありましてね。その空き地にはクイが打たれ、水平に張られた二本の針金線で囲われていたのですが、私は中に入って景色を見ようと友恵ちゃんに言ったのでした。その時、友恵ちゃんはこう言いいました。『おじさん、ほんとうに中へ入ってもいいの?』とね。私の目の前には立ち入り禁止の立札がありました。友恵ちゃんは小さな時から正義を見分ける目を持った子でしたね。『背負うた子に教えられる。』とはこの事でした。もしかして、友恵ちゃんは正義を守るために生まれてきたのかも知れませんね。」と竹下がしんみりと言った。

「そんなに正義感の強い女性だったのですか。生まれ付きですか・・・。」と考え深げに太郎が言った。

「ところで、この場を見渡した限りでは、わたしの知っている自衛隊関係者も数人参列していますね。若井良夫氏の通信機メーカーはアメリカ大使館やアメリカ軍基地にも製品を納めていますから、アメリカの大使館員や軍人も来ているようですね。」と竹下が言った。

「そのようですね。私の知っているアメリカ大使館関係者も数人来ていますね。探偵としての守秘義務がありますから声をかける訳にはいきませんが・・・。」と太郎が言った。

「ところで、友恵ちゃんは殺されたそうですね。」と竹下が訊いた。

「ええ。警察はその様に見ていますね。」


「ところで、明日の午前11時ころ大和さんはお時間空いていますか?空いていれば、市ヶ谷の私の所に来てもらえませんか。」としばらく考えるような素振りをした後で、竹下が言った。

「ええ、大丈夫ですが、何か?」

「昔話をしたいと思いましてね。年を取ると昔話が恋しくなっていけませんなあ。」と照れて首筋を擦るような仕種しぐさをしながら竹下が言った。

「そうですか。それでは、明日の午前11時にお伺いいたします。よろしくお願いいたします。」と竹下の意図をくみ取った太郎が言った。


太郎と竹下が話していると、葬儀司会者の声がスピーカーから聞こえてきた。

「故人の若井友恵さんは『トゥデイ(TODAY)』と云う歌曲がお好きであったそうです。この曲は『うしろへ突撃(Adovance to the Rear)』と云う1964年製作のアメリカ南北戦争時代を背景とした喜劇映画の主題歌です。故人はこのアメリカ映画に登場するマーサ・ルウーと云う南軍の女スパイが気にいっていたそうです。ルウーと云う言葉はフランス古語で車輪と云う意味です。また聖母マリアを祀る聖母教会には『バラ窓』と呼ばれる車輪を思わせる形をしたステンドグラスがあります。映画では西部にある軍用黄金を巡り、南軍と北軍と悪党や西部開拓者、インディアン等が入り乱れての戦いとなります。そして、北軍の大尉と南軍の女スパイが出会うと云うストーリです。それでは、故人をしのんで、歌を聴くことにいたしましょう。」


そして、アコースティクギターのスローテンポで静かな曲調しらべに乗った、優しい歌声がスピーカーから聞こえてきた。


♪Today ,while the blossoms still cling to the vine♪(今日はまだブドウの木に花が咲き誇っています)

♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♪

♪A million tomorrow shall all pass away♪(この先、何百万日が過ぎ去っていくとしても)

♪E’er I forget all the joy that is mine,Today♪(今日と云う、私の楽しい、いち日を私は決して忘れない)

♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♪

♪You’ll know who I am by the song that I sing♪(あなたはわたしの歌う曲で私の正体を知ってしまうでしょう)

♪Who cares what the morrow shall bring♪(でも、明日のことなど、どうでもいいの)

♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♪

♪Today is my moment and now is my story♪(今日のこの瞬間が私の思い出であり、私の人生物語なの)

♪I’ll laugh and I’ll cry and I’ll sing♪(私は笑い、そして泣き、そして歌う)

♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・♪

♪E’er I forget all the joy that is mine,Today♪(今日と云う、私の喜びの日を私は永遠に忘れない)


葬儀参列者一同はしんみりと、静かに流れる歌曲に聞き入っていた。

学生時代の友人たちは友恵の気持ちを思い、目に涙していた。


※若井友恵より;

キリスト教文明にとって、vine(ぶどうの木)は赤いワイン(wine:ぶどう酒)を生みだすもので、赤ワインはキリストの血を象徴しています。この歌曲の最初のフレーズ『今日はまだブドウの木に花が咲き誇っています。』の意味は、いずれ花は散るものであると云う事であり、『ひとはいずれ死を迎えるものである。』(キリストが最後の晩餐で言った言葉)と言っているのです。そして、最後の晩餐に於いて、キリストの12使徒は赤ワインを飲み干したのです。すなわち、キリストの命(意志)は12使徒の中で生き続けたと云うことを意味します。



連邦の光芒17;

東京・市ヶ谷の自衛隊本部敷地内の庭   2011年1月26日(水) 午前11時頃


大和太郎と竹下統合幕僚長が庭を歩きながら話し合っている。


「大和探偵に相談があります。」と竹下が雑談をしばらくした後に切り出した。

「本題に入りますか。」と太郎が言った。

「若井友恵の父親が復讐を考えている。」と竹下が言った。

「統合幕僚長のお知り合いの若井良夫さんがですか?」

「そう。若井良夫は私より4年後輩であるが、若い頃の航空隊時代には私の部下であった人間だ。そのころから現在まで、彼との付き合いは続いている。現在は通信機器メーカーの重役をしているが、情報本部時代には国内通信防衛班で活躍した実績がある。国内通信防衛班とは対外的な名称だが、職務は外国諜報員すなわち外国スパイやテロリストの発見と情報漏洩の防止を画策する部隊だ。簡単に云えば防諜部隊だ。彼は盗聴器や通信技術などを利用した分析諜報活動の担当、すなわち、シギント&テキントと呼ばれる技術諜報部隊で働いていた。かなり優秀であったと聞いている。彼の長男であった武文くんはヒューミントと呼ばれる潜入諜報班の一員だった。武文くんは7年前の夏に職務遂行中に中東のイラクで事故死した。表面上は自動車事故死を装っていたが、某国の諜報部隊かテロ組織によって殺されたとの噂もあった。その時のショックで父親の若井良夫は自衛隊を辞めた。その代わりと言っては何だが、当時は大学4年生だった友恵ちゃんが私の所へ来て、兄の意志を継いで正義を守るために自衛隊に入りたいと言ってきた。父親の良夫は反対したが、友恵ちゃんは聞き入れなかった。私がバックアップしてくれなくても自力で自衛隊に入ると言って聴かなかった。どういう方法で自衛隊に入ったのか私も知らないのだが、気が付いたら友恵ちゃんが情報部の潜入防諜班ヒューミントに配属されていた。配属部署は本人の希望らしい。もちろん、母親には自衛隊に居ることは秘密にしてある。対外的には友恵ちゃんは外務省採用と云う形をとって、最初から秘密裏に情報収集活動をする目的で自衛隊職員となった。どうも、大学時代に知り合った人物の紹介で自衛隊に採用されたのではなかと云ううわさがある。だから、友恵ちゃんが自衛隊所属であることを知っているのはごく一部の人間に限られる。いま大和探偵もその一人になった訳だが。」

「大学時代の知り合いと云うのは誰であるのか、統合幕僚長はご存じですか?」

「いや、見当もつかないが、未確認情報だからガセネタかも知れない。」

「そうですか。」

「そう云うことで、現在の若井良夫は娘と息子を殺された復讐心に燃えている。私の忠告も耳に入らない状態だ。当然、自分の生命の事など意識にない。彼が何を仕出かすのか、私は心配だ。そこで、大和探偵にお願いなのだが、彼の手助けをしながら、彼を護って欲しいのだ。近日中に君を彼に紹介する。彼も手助けが必要だから、君の申し出をOKするだろう。君がFBIの協力者であり、若井友恵殺害の真相を追いかけていると知れば、断る理由がないだろう。」

「どうして、統合幕僚長は私がFBIの手伝いをしていることを知っているのですか?」

「君が友恵ちゃんの母親のところに現れた時、我々の関係者が若井家周辺の警護に当たっていたのだよ。不信人物として、大和太郎探偵の名前が私に報告された。そして、尾行・追跡調査した。そういう訳だよ。」

「そうですか、判りました。何とかお力になれるようにします。たぶん、FBIのOKが必要になると思いますので、至急に連絡を取ってみます。」と太郎が言った。


「それでは、大和探偵には若井友恵に関する情報をもう少し与えておかなくてはなりませんね。」

「ぜひ、お願いします。」

「我々はハンス・マルクスが秘密結社ブラッククロスの一員と見ています。その理由は大和探偵もご存じの的場史朗からの情報です。香港での情報活動をしている的場史朗が、ある時、銃器調達依頼を受けました。依頼主はドイツ人企業家を名乗るハンス・マルクスでした。もちろん、企業家と云うのは嘘です。銃器売買の世界では当たり前のことです。そして、マルクスを尾行監視していると、時々、日本からの旅行者を装った日本人やモンゴルから来るロシア人とホテルで密会している事を知りました。的場史朗からの報告を受け、我々はその日本人を監視していました。その担当者が若井友恵でした。若井友恵が何か情報を掴んで殺された可能性もあります。」

「その日本人がオメガ教団の人間である訳ですね。」と太郎が言った。

「やはり、知っていましたか。」

「ええ。警察の公安部から聞きました。」

「サラリーマン化した警察の公安部は高岡と札幌の教団支部を盗聴監視しているだけで、人物に接近しません。それでは防諜の役目を果たせません。我々は国家機密を盗むスパイに対して防諜活動を行うのが目的です。彼らの動きをながめているだけでは役目を果たせません。危険を承知で相手の懐に飛び込まないと相手の狙いが判りません。1月13日の若井友恵の行動がそれです。日本人夫妻を装った吾妻剛と埼山妙子がハンス・マルクスと何を話すのかを調べるため、友恵ちゃんは高級コールガールに扮して、ハンス・マルクスに近づきました。的場史朗からの情報で、マルクスは香港でも買春を常習としている事は判っていました。結局、1月13日から14日に掛けて、あのホテルで何があったのかです。ブラッククロスとオメガ教団は何を考えているのか?」


「2年前の巡航ミサイルの暴発事件はご存じですか?」

「ああ。君がCIAに協力して香港と東京を行き来しているので情報収集をして、中国海軍の原潜からミサイルが日本に向けて発射されたのを知った。その後、あの事件はどうなったのかな?」

「守秘義務のため詳細はお話できませんが、ブラッククロスの人間が逮捕され、その犯人がハンス・マルクスと云うパスポートを持った精神異常の男にグアム島の空港で殺されました。今回の事件に登場するハンス・マルクスと同じく香港の企業家と云う事でしたが、香港での住所は虚偽でした。その後、ハンス・マルクスはロサンゼルスの精神病院で首を吊っているのが発見されました。自殺なのか、他殺なのかは不明だったそうですがロサンゼルス警察は自殺と断定したようです。その後の動向は知りません。原潜からのミサイル発射はブラッククロスが日本とアメリカが中国と一戦交えることを期待していたのかも知れませんが、その意図は不明です。」

「なるほど。今回の事件のハンス・マルクスと同じ名前ね。ブラッククロスは何を考えているのだろう?」

「公安部からの情報ではオメガ教団の支部長が近日中に交代するかもしれないそうです。」

「支部長の交代は我々も情報を得ている。ウランバートルの本部には不信なアメリカ人の出入りがあるそうだ。そのアメリカ人男性はブラッククロスではないかと我々は考えている。」

「ブラッククロスがモンゴル国のウランバートルに現れている訳ですか。新しいテロ行為を計画しているのでしょうか?」

「我々は情報活動を強化しているところです。では、近日中に若井良夫を紹介する手はずを整えますので、また連絡します。」と竹下が言った。

「判りました。ところで、レッド・シューズプロ社についての情報はありますか?」と太郎が訊いた。

「現在のところ、我々は、レッド・シューズプロ社自体は単なる芸能プロダクションと考えています。しかし、副社長の岩井圭吾と云う男が曲者くせものです。まだ、尻尾しっぽを掴んでいないが、ロシア諜報部の協力者であるかもしれないという若井友恵からの報告が情報本部の防諜班にありました。友恵ちゃんは情報本部からハンス・マルクスがブラッククロスであるとの情報を受け、マルクスに接近したです。ロサンゼルスで強盗に襲われた三崎和良が創業時から所属している芸能プロと云うことで、3年前から若井友恵が潜入調査を開始しました。三崎和良は2年前にロサンゼルス警察の拘置所で自殺しましたが、岩井圭吾はその訳を知っているかも知れません。アメリカ人弁護士が三崎和良は殺されたと言っていますが、真実はどうかです。三崎和良と岩井圭吾の関係はどうであったかですね。」

「副社長の岩井圭吾がロシア諜報部の協力者かも知れないのですか・・・。」と太郎が呟いた。

「ああ、それから、若井友恵の遺品の中に携帯電話が無いそうですが、大和探偵は何か知っていますか?」

「いいえ、知りません。いまの質問で若井友恵さんの携帯電話が行方不明であることをはじめて知りました。」

「そうですか。やはり、マルクスたちが持ち去ったのでしょうかね。」と竹下が言った。

「携帯電話が何か?」と太郎が訊いた。

「いや、行方が判らないと云うのでどうしたのかな、と思っただけです。友恵ちゃんの遺品ですから、ご両親のところに早く戻れば良いなと思っているのですが・・・。」と竹下が言った。

「見つかったとしても、警察から両親に返却されるのは、もっと先になるでしょうね。」と太郎が言った。



連邦の光芒18;

グアム島の連邦捜査局FBI現地駐在署   2011年1月27日(木) 午後3時頃


グアムはアメリカ合衆国の準州である。大統領選挙への投票権はグアム住民にはない。

グアム島の西部には海軍基地、北部には空軍基地があり、島面積の3分の1が軍用地である。

海軍基地には主として、第7艦隊の原子力潜水艦や巡洋艦が出入りしている。

空軍基地には戦略爆撃機が配備されており、極東地域の有事にはアメリカ空軍の出撃基地となる。

また、中国海軍の原子力潜水艦が近海に出没したりしているらしい。

近年は沖縄本島から海兵隊員7000人の移駐も計画されている。

千葉県柏市とグアムは友好都市である。また、グアム島にはFBI現地駐在署がある。


成田発10時の飛行機グアム国際空港に到着したのは日本時間の午後14時であった。空港からタクシーに乗り、島中央部にあるH銀行が入っているビルの前でFBI捜査官のギャリソンは降りた。そして、そのビルの2階に上がったギャリソンはFBIオフィスと書かれたドアーを開けて中に入った。

ギャリソンはFBI現地署長に挨拶したあと、署長から紹介されたダグラス捜査官によって会議室に案内された。

東京を出る前に事前連絡しておいたので、2008年12月のジョッシュ・オブライエン殺害事件と2008年6月に三崎良和逮捕勾留の関係資料とパソコンが会議机の上に置かれていた。


「資料の内容について質問があれば、いつでも声を掛けてください。」とダグラス捜査官が言った。

「ジョッシュ・オブライエンが殺された時の映像は見られますか?」

「パソコンのデータベースでオブライエン殺害事件を検索すれば、事件の概要が見られます。しかし、監視カメラのあるところで殺人事件が起きていませんので、殺害場面の映像はありません。到着したオブライエンと連行してきたCIA要員がゲートを出るところの監視カメラの記録映像は見られます。また、オブライエン殺害犯人であり、ロサンゼルスの精神病院で死んだハンス・マルクスがゲートを通過する姿も確認できます。」とダグラスが言った。

「事件前1年間の空港及び近隣にある電話の通話記録は調べられますか?」

「2001年9月11日のニューヨーク国際貿易センタービルなどの同時多発テロ事件以来、行政指導により、空港及びの近くにある公衆電話を含むすべての電話に関する通話記録は5年間保存される事になっています。グアム島電話局に行けば記録を閲覧できます。」

「電話局は何処にありますか?」

「行きたい時に声を掛けてください。私が車でご案内します。」

「ありがとう。しかし、今日は資料などの確認だけで夕方になりそうですから、明日、電話局に行くことにします。」と、腕時計で時間を確認しながらギャリソンが言った。


大和太郎から『ジョッシュ・オブライエンは2008年9月13日にグアムに行き、午後6時頃、何処かホテルの公衆電話を使って、ナンバー・ファイブと呼ばれている人物に電話している。これはある霊能者にオブライエンを透視してもらって判明したことだ。』と聞いていたギャリソンは、通話記録からナンバー・ファイブの電話番号とその所在地が判明すると考えていた。


「三崎和良が2008年6月22日にグアム国際空港に到着した時には逮捕されず、翌日の朝、ホテルに居たところをグアム警察に逮捕されましたね。」

「そうです。空港の入国審査官が三崎和良を確認した指名手配書は1983年に発行されたもので、その有効性を確認するため時間が必要でした。そのため、空港到着時には通関を許し、グアム警察がロサンゼルス警察に確認した後に逮捕を執行した訳です。」

「確か、逮捕されるまでの12時間の三崎和良の行動は調査されていませんでしたね。」とギャリソンが言った。

2008年当時、NSB(連邦捜査局国家保安部)で三浦に関しての調書を読んで疑問を持っていた点について訊いた。

「2008年当時、グアム島FBIは三崎和良の逮捕には直接関与していません。グアム警察とロサンゼルス警察が主体で活動していました。ただ、アメリカ本土のNSBからの依頼でグアム警察から調査資料のコピーを取り寄せて、NABへ送付していただけでした。私がその役目をしておりました。」とグアム駐在FBIのダグラス捜査官が言った。

「当時、私はNSBの捜査官で、三崎和良の背後組織の調査を担当していました。」とギャリ孫が言った。

「そうでしたか。それで、三崎和良の行動の何を確認されたい訳ですか?」

「2008年6月22日に空港を出た後の三崎和良の行動です。空港やホテルで誰かと会っていなかったかどうかです。空港の監視カメラ映像とホテルの電話使用の有無などが調査できれば良いのですがね。」

「それでは、三崎和良の件の調査も明日ですね。」とダグラス捜査官が言った。



連邦の光芒19;紹介

品川駅前の高輪Pホテル・コーヒーラウンジ  2011年1月30日(日) 午前11時頃


日曜日の朝であるが、ホテルでの結婚披露宴に出席する客などでコーヒーラウンジは混み合っている。

その雑然とした雰囲気の中で、竹下統合幕僚長が若井良夫に大和太郎を紹介している。


「大和探偵はCIAなどに協力したことのある人物です。若井君の強力な助っ人になるでしょう。」と竹下が若井良夫に言った。

「よろしくお願いします。」と若井が言った。

「こちらこそ、よろしくお願いします。」と太郎が言った。

「ところで、若井君。今後の行動方針は決めているのか。」と竹下が訊いた。

「一昨日、会社の重役会議で辞意を伝えました。後任者が決まれば、担当責務の引き継ぎを行い、その後に辞職します。現在、その後の計画を練っているところです。ところで、大和探偵にお訊きしますが、友恵の死亡事件につてどの程度調査は進んでいますか?」

「今、私はある依頼人に協力している状態です。そして、その依頼人が属している組織が現在、あなたの事を調査中です。その依頼人からは、私が若井さんに協力することに仮OKを貰っています。数日中に情報共有をOKするかどうかの返事をその依頼人からもらえることになっています。」

「情報共有がNOになる可能性もあるのですか?」

「実は、その依頼人は若井さん、あなたにも捜査協力人になってもらいたいと考えているようです。あなたが自衛隊の情報本部時代につちかった技術諜報手法と情報分析能力を活用したいらしいのです。あなたに関する調査結果に問題点がなければ、FBIから捜査協力依頼が来るでしょう。」と太郎が言った。

「私が捜査協力ですか?」

「ええ。若井さんがよろしければですが。若井さんが単独で行動しても有効な情報を集めることはかなり難しいと思われるし、若井友恵さんを殺害したと思われる相手はかなり危険な組織に属しています。ですから、その組織に協力しながら、友恵さんのかたき討ちをするのが良いのではないかと思いますが。」と太郎が丁寧に言った。

「確かに、私にとって、それは良い話ですね。判りました。それでは、その依頼人からの返事を待って行動計画を考えることにします。」

「そうですか。それを聞いて安心しました。ところで、英語は話せますか?」と太郎が訊いた。

「ええ、喋れます。自衛隊の情報部時代には駐日アメリカ軍との情報交換は英語で行っていました。」



連邦の光芒20;打ち合わせ

東京・溜池のアメリカ大使館  2011年2月1日(火) 午前10時頃


グアム島での調査を終え、日本に戻ってきたジョージ・ギャリソンが大和太郎、若井良夫と調査打合せ会議をしている。


「太郎が言っていた通り、2008年9月13日午後6時ころ、ジョッシュ・オブライエンはホテル内の公衆からある人物に電話していた。公衆電話の監視カメラの記録映像の時刻とグアム電話局にあるその時刻の通話記録を調べた。2001年9月11日の同時多発テロ事件以来、アメリカの公共部分に設置されている監視カメラ映像と公衆電話の通話記録は5年間保存されることになっている。その通話記録では、オブライエンが宿泊していたホテルの近くにある別のホテルに宿泊している人物への電話だった。その宿泊人の名前はクルト・ボルマンだった。ホテルの宿泊簿の記録からドイツ系のアメリカ人実業家であるらしい。住所はアメリカ本土のマサチューセッツ州ボストン郊外となっていた。現在、アメリカにいる知人にクルト・ボルマンの人物情報を調べてもらっている。」

「FBI本部ではなく知人に調べてもらうのか?」と太郎が不思議に思って訊いた。

「FBI本部にもブラッククロスの諜報員が入り込んでいる可能性があるからな。そのうち、我々の動きもブラッククロスに知られてしまうだろうが、現時点で、われわれがクルト・ボルマンを調べている事をFBI本部には知られたくないからな。まあ、知人とは、太郎も知っている私立探偵のスティーブ・キャラハンだよ。」とギャリソンが言った。


「スティーブなら大丈夫だな。そうすると、クルト・ボルマンがナンバー・ファイブと呼ばれる人物なのか?霊能者の霊視によると、ジョッシュ・オブライエンは電話相手をナンバー・ファイブと呼んでいたらしいからな。」と太郎が言った。

「そのナンバー・ファイブが何を意味しているかだが?現時点で、人物の呼称と断定するべきかどうか?組識内での地位を示すのかどうか?あるいは、もっと、他の何か?」とギャリソンが言った。

「秘密結社ブラッククロスの幹部の呼び名と考えるのが妥当では?」と太郎が言った。

「ブラッククロスの幹部は最低でも5人いると云う訳かな?いずれにしても、クルト・ボルマンに関する人物情報が入ってからどのように動くかを決めることにしよう。」とギャリソンが言った。

「三崎和良の件はどうなりましたか?」と太郎が訊いた。

「2008年6月22日午後1時30分ころにグアム国際空港に到着した三崎和良は翌日の23日の朝にホテルのロビーで逮捕されました。しかし、22日の空港ロビーで白人の男と歩いているところが空港監視カメラの記録映像に残されていました。その白人男性は2008年9月13日夕刻にジョッシュ・オブライエンが宿泊していたホテルでオブライエンと会話しながら歩いている監視カメラ映像を見つけた。三崎和良とジョッシュ・オブライエンを結び付けてくれる白人男性の名前はホテルの宿泊客名簿からハンス・マルクスであることが判った。横浜のホテルに現れたハンス・マルクスと同一人物であるかどうかは、横浜のホテルの監視カメラ映像や警視庁公安部に保管されているハンス・マルクスとグアムから持ち帰った監視カメラ映像の比較分析で判明するだろう。現在、アメリカ大使館にいる科学分析官が調べているところだ。」

「長門雄二を車で撥ね殺したロシア人と二人の日本人の名前と住所を警察で調べた。ロシア人はドミトリー・モロゾフと云い、中古車販売業者です。日本で購入した中古車をロシアに運んで販売している企業家です。東京都大田区久が原にあるマンションに住んでいます。二人の日本人は運送業社長の前田三郎とそこで働いているトラック運転手で月宮恵吉です。二人とも東京都大田区に住んでいます。なお、人物調査はこれからです。」と太郎が言った。

「若井友恵さんに関して、警視庁公安部から情報をもらった。友恵さんの体内から自白剤アトロピンが検出されたそうだ。そのほか友恵さんについて、何か判ったことはあるかな?」とギャリソンが訊いた。

「友恵さんは自白剤を注射されていたのか・・・。葬儀の時に来ていた学生時代の友人から聞いた話だが、友恵さんの住んでいた根岸旭台のマンションの近くにある『ドルフィン』と云う名前のレストランへ白人男性と二人で入っていくのを目撃したことがあるらしい。それは6年前の春の夕暮れ時で、大学を卒業した年だから印象に残っていたらしい。その女性もボーイフレンドとレストラン近くの根岸森林公園でデートをして、その男友達と連れ立ってJR根岸駅に向かって歩いていたらしい。その時偶然に、若井友恵さんと白人男性の姿を見たとのことだ。その時、友恵さんはその友人には気が付いていない様子だったらしい。しかし、学生時代には友恵さんに恋人がいたと云う話は聞いたことがないらしい。男性の年齢は40歳前後だろうと云うことだが、白人男性なので、年齢を見分ける自信はないとのことだった。まあ、見た目が40歳くらいの白人男性としておこうか。白人は日本人に比べたらけて見えるから30歳代かもしれないがな。」と太郎が言った。

「白人男性ね。若井さんは何かご存じありませんか?」とギャリソンが若井良夫に訊いた。

「大学時代以降の娘のことは、あまり知りません。白人男性の恋人がいると云う話も妻から聞いたこともありませんね。ところで、友恵の携帯電話が遺品の中にないとのことでしたが、現在も見つかっていないのですか?」と若井良夫が訊いた。

「携帯電話が気になりますか?」と太郎が訊いた。

潜入捜査班ヒューミントの友恵が使う道具は盗聴器のはずです。自衛隊の情報本部で支給する盗聴器は携帯電話です。」

「携帯電話が盗聴器になっているのですか、なるほど。」と太郎が感心するように言った。

「支給される携帯電話には超高解像度のデジタルカメラと録音メモリー装置が内臓されています。通常の使い方では、秘密に撮影されたカメラ映像や録音内容を再生できません。普通の映像や音声が再生されるだけです。暗証コードを携帯電話のボタンで入力すると秘密記録再生モードに入れます。敵の手に携帯電話が渡ったとしても、秘密記録内容は暗証コードを知らないとふつうの再生しかできません。秘密映像や音声を録っているとは判りません。ハンス・マルクスが友恵の携帯電話を奪ったとしても、友恵が入手した情報が何であるのかは判りません。そこで、友恵に自白剤を注射して、何を知っているのか、どこの組織の人間であるのかを聞き出そうとしたのでしょう。友恵は矇朧とした意識の中で、すべてを白状するまえに、携帯電話を持ってベランダから飛び降りたのではないでしょうか?」と若井良夫が言った。

「そうすると、ホテルの周辺に携帯電話が落ちている可能性がある訳だな。」とギャリソンが言った。

「そうだとしたら、警察か自衛隊が、友恵さんが墜落死した周辺からすでに携帯電話を見つけているはずだろう。統合幕僚長の話ぶりでは、友恵さんの携帯電話は発見されていないと思われるのだが。」と太郎が言った。

「ホテル周辺の茂みを探しただけだと、発見出来なかった訳か?」とギャリソンが言った。

「友恵が落下しながら、ホテルの下の階にあるベランダに投げ込んだとしたら?」と若井良夫が言った。

「明日、横浜のホテルに行ってみよう。あのホテルはマッカサー元帥以来、アメリカ大使館やアメリカ軍将校などがよく利用するので、FBIと云えば部屋を見せてくれるだろう。今は冬で寒いから、ベランダに出る宿泊客も居ないだろう。携帯電話はまだベランダに残っているかもしれない。」とギャリソンが言った。

「ところで、私の今後の活動はどうしましょうか?」と若井良夫が訊いた。

「明日は、横浜のホテルへ3人で行きましょう。その後は、長門雄二を撥ねたロシア人と二人の日本人をマークして情報を集めてください。」とギャリソンが言った。



連邦の光芒21;携帯電話の捜索

アンシエント・グランド横浜ホテル  2011年2月2日(水) 午前11時頃


ジョージ・ギャリソンのFBI証を見たフロント係員は、大和太郎、若井良夫を含む3人を連れて、ハンス・マルクスが宿泊していた部屋の下層階にある3つの部屋へ案内した。

最初の部屋では幸い、宿泊客はチャックアウトしてしまっているので、女性職員が清掃と備品整理のために入室しているところであった。

4人は部屋に入って行った。

「ベランダを見ることが出来ればいいのですが。」と太郎が言った。

「冬場はベランダに出るお客様はあまり居らっしゃらないようですが。」と言いながらフロント係員がベランダ側のスライドのガラスドアーを開けた。

ベランダに出た3人は鉢植えの植栽周りを探したが携帯電話は見つからなかった。

「ベランダも毎日清掃するのですか?」と清掃中の女性職員に太郎が訊いた。

「冬場は、ガラスドアー越に外を見て、特にゴミなどがなけらばベランダには出ません。」と女性が答えた。

「ここ2週間くらいの間、他の部屋のベランダに携帯電話が落ちていたことはありませんか?」

「携帯電話ですか?見かけていませんね。」と女性が言った。

「過去一か月間、携帯電話の忘れ物は届いておりません。」とフロント係員が言った。

「では、この下の階にある部屋へ案内していただけますか?」と太郎が言った。


そして、3階下のベランダにある糸杉の鉢植えとベランダの落下防止壁の間に目立たない様に落ちていた白色の携帯電話を若井良夫が発見した。

「これです。自衛隊情報本部が特別製作している携帯電話です。たぶん、友恵のものでしょう。」と若井良夫が言った。

若井良夫は携帯電話に暗証コードを入力し、記録写真映像を液晶画面に出した。

「間違いありません。友恵のものです。」



連邦の光芒22;ナンバー・ファイブ計画

東京・溜池のアメリカ大使館  2011年2月2日(水) 午後3時頃


携帯電話に暗証コードを入力し、記録写真映像を液晶画面に出した。

そして、ギャリソンと太郎がその画面を覗き込んだ。

ハンス・マルクスと二人の日本人男女がホテルの部屋の中で話している写真に撮られていた。

「音声も録音されているようですから、データはパソコンに取り込みましょう。」と若井良夫が言いながら、携帯電話からメモリーカードを取り出した。

そして、若井良夫はカードを装着したメモリーカードアダプターをパソコンのメモリースロットルに入れ、パソコンのキーボードから暗証番号を入力した。


「この音声はテロ計画の遂行指令だな・・・。シャワー音がうるさいな・・・。」と驚いたように、ギャリソンが言った。


聞き取れた内容は次のようなものであった。

『2001年9月の同時多発テロは成功したが、2008年9月の巡航ミサイル攻撃の失敗から早くも2年が過ぎた。早く、次の計画を実行し、神の計画を実現しなければならない。その計画が世界のひな型である日本に於いて成功・実現しなければ、世界へ波及することが出来ない。ナンバー・ファイブ計画は最重要項目である。オメガ教団はハンス・マルクスの指示に従い、計画を実行せよ。最初は2008年9月のミサイル着弾予定地点であった都市で事件を起こせ。BC本部指令・第666号。なを、この指令書はこの場で焼却する。以上だ。』とハンス・マルクスの英語音声が録音チャプター1に記録されていた。


「ナンバー・ファイブ計画とは何だろう?」とギャリソンが言った。

「判らないな。」と太郎が言った。

「BC本部のBCとはブラッククロス(Black Cross)のことだろうか?」

「西暦年号の紀元前(B.C.)を意味するビホアー・キリスト(Before Christ)と云うことも考えられるな。」と太郎が言った。

「イエス・キリストが生まれる以前と云うことか・・・?」

「そう、キリスト教が存在していなかった時代、あるいは、キリスト教の存在しない時代を意味するのかもしれないな・・・。」と、2年前に能登の謎を解いた時の藤原教授の様子を思い浮かべながら太郎が言った。

「それは、我々クリスチャンにとっては大変なショックだな。」とギャリソンが言った。


※因みに、紀元後を意味するA.D.はアンノ.ドミニ(Anno Domini)と云うラテン語の略で、意味は『我が主(神)の時代(In the year of our Lord)』と云うことらしい。


「とにかく、次の録音チャプター2の内容を聞いてみましょう。」と若井良夫がパソコンを操作した。

そして、若井友恵のささやくような小さな声が聞こえてきた。


「今、ハンス・マルクスが携帯無線ハンドトーキーの呼び出しを受け、連絡ドアーから隣の部屋に入って行き、ベランダの近くで話しています。ドアー越しに聞こえる話声を模写します。『ナンバー・ファイブ計画実行日は4月8日とする。事前に起こすテロ事件は日本ではひな祭の日とされる3月3日で、場所は計画書通りだ。明日から準備に入れ。』ああっ、ハンスが戻ってくるので録音を切ります・・・。」と、慌てている若井友恵の声で録音は終わっていた。


「この録音を行った時に友恵はハンス・マルクスに不信感を持たれたのかもしれないな・・・。」と若井良夫が言った。

「しかし、携帯電話が盗聴器であることは見破られなかった訳だな。」とギャリソンが言った。

「しかし、不審に思ったハンス・マルクスは自白剤を友恵さんに注射した、と云うことだろうか?」と太郎が言った。

「自白剤で意識朦朧としていたが、友恵は携帯電話の内容を残すために、ハンス・マルクスの隙を見計らい、携帯電話を持ってベランダに出た。そして、そこから飛び降りた。落下しながら友恵は下階のベランダにある糸杉に向けて携帯電話を投げたのだろう。自衛隊仲間に情報を残すために。そのまま地面まで携帯を持って落ちれば、後でハンス・マルクスが拾うかもしれないと考えたのかもしれないな。あるいは、地面に落下して携帯が壊れて、メモリーカードも破損すると思ったのかもしれない。兎に角、糸杉に当たった携帯電話はその鉢植えとベランダの落下防止壁の間に落ち、今日まで、ひと目につかずにベランダにあった訳だ。」と若井良夫が友恵の思いをはかるように言った。

「そう云うことだろうな・・・。友恵さんには気の毒なことであったな。」とギャリソンが残念そうに言った。


そして、3人はしばらく黙り込んだ。

しばらくしてから、ギャリソンが口を開いた。

「3月3日のテロ事件を起こす場所は何処だろう?一か月以内に場所を特定できるかな・・・。」

「たぶんそれは、2年前の巡航ミサイルの目標地点であった場所だろう。」と太郎が言った。

「携帯無線の電波到達距離は3キロメートル以内と考えられる。だから、ハンス・マルクスが無線で話していた相手は隣の部屋に居た二人の日本人でしょう。」と若井良夫が言った。

「とすると、その日本人の動きを監視して場所を特定するしかないか。拉致しても口は割らないだろうからな。ハンス・マルクスは何処へ行ってしまったのだろうか?」と太郎が言った。

「警視庁公安部からの情報では富山湾に浮かぶ漁船でロシアのウラジオストックに渡ったらしい。公海上で沿岸警備艇が監視していたロシア漁船にその日本漁船から一人の金髪男が乗り移ったと云う目撃情報が公安部に届けられたと云うことだ。現在、公安部員がオメガ教団札幌支部にいるその二人を監視している。もちろん、尾行も行っているようだ。」とギャリソンが言った。

「ロシアに逃げたか、ハンス・マルクスは。」と太郎が呟いた。

「当面の調査目標は彼らがテロ事件を計画している場所を突き止めることだな。私は警視庁公安部、及びCIAと連携しながら行動する。ミスター若井は長門雄二を殺害したと思われるロシア人のドミトリー・モロゾフと日本人グループの調査を進めてください。太郎は自衛隊などとコンタクトを取り、3月3日と4月8日のテロ計画地の割り出しに全力を注いでほしい。自衛隊以外でも情報を得られそうな人物とコンタクトしてもらいたい。以上だが、何か意見はあるか?」とギャリソンが言った。

「了解。」と太郎、若井良夫の二人が同時に言った。



      〜「連邦の光芒」前編 終了  後編に続く〜




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[一言] 私は普段、短編を読まず連載ばかり読んでいるのですが、検索設定で短編除外するのを忘れて検索していて偶然、この作品に気付きました。 文章量も十分あり読み応えはありますが、第○話とかの続きものな…
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