《500文字小説》葉桜の頃
子供の頃、何度も歩いた道を歩く。住宅街ということもあり、目に入る風景は然程変わらない。通りを抜けると桜並木が続く疎水が見える。
真新しい新緑の中で、ふと鮮やかな色が目に入った。四季咲きの桜だ。狂い咲きとも言えるが。
「……あの子ね、戻ってきているのよ」
僕は母からそんなため息混じりの言葉を聞いた。あの子、とは僕の従妹だ。母親同士が姉妹で、近所に住んでいるので、兄妹か姉弟のように育った。何でも話せて、互いの弱さも狡さも曝け出せる相手だった。その反面、近すぎて、異性と感じたことはなかった。
ただ、妻は従妹の存在を気にしていた。妻は束縛するのが好きな女で、携帯を勝手に見たり、連絡がつかないと、何度も携帯に電話をかけてきたりメールを送ってきたりした。自然と従妹とは連絡を取らなくなり、彼女の結婚も母から聞いたのだった。
気疲れして、たまたま実家に顔を出した時、従妹の話を聞いて、久々に顔が見たくなった。他に理由などなかった。
彼女は一人で家にいた。その懐かしい顔を見た時、心が安らぐのを感じた。
「……久しぶり」
そう呟いて彼女は嬉しそうに、どこか切なげに微笑んだ。その表情を見た時、僕は思わず彼女を抱き寄せていた。