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人形殺しの岬さん

作者: 露(つゆ)
掲載日:2026/10/29

 私は昔から大事にしてきた人形を殺してもらう。


 幼い頃、祖母に貰った日本人形。祖母と一緒に名前も考えた。この子は芳野(よしの)。

 私と芳野はずっと一緒だった。遊ぶ時も、家にいる時も、寝る時も。流石に高校生になった今は外に持っていくことはなくなったが、それでも私の大事な友達だ。学校やバイト先であったこと、家族の愚痴、嬉しかったこと、悲しかったこと……たくさん芳野に話した。

 しかし、そんな芳野の様子が最近、変だ。

 朝に置いた所から、帰ってきたら動いている。お母さんに聞いても触っていないと言う。

 夜中にごそごそ音がすると思って見てみると、芳野がいる。私が見た時には動いてはいなかったが、音の方向から芳野しかあり得ない。

 一回や二回じゃない。毎日だ。

 そして極めつけは……。

「幸太郎(こうたろう)……寝不足? なんか最近、隈が凄いけど……」

 私は彼氏の幸太郎に話しかける。幸太郎は少し言いづらそうにしてから口を開いた。

「信じてもらえるかわかんねーけど……未来(みらい)の部屋にある日本人形いるじゃん……。あの人形に毎晩首絞められる夢見んだよ……」

 私は笑えなかった。

 そうして幸太郎は日に日にやつれていった。このままでは死んでしまうのではないかと本気で思った。

 芳野のせいなの……? 私は……どうすればいいの……?

 とぼとぼと道を歩いていると、ふと、町内掲示板に貼ってあるチラシが目に入った。


『あなたの人形、殺します。相談無料、成功料一万円のみ! 岬人形専門霊能事務所』


 人形を殺す……? 人形専門……? よくわからない……。

 けど、人形を扱ってくれるなら……! 私は藁にもすがる思いでバイト代と芳野を持ってそこを訪ねた。


「ここか……」

 私は小さなビルの中にある小さな一室の前にいた。

『岬人形専門霊能事務所』

 扉にはそう書いてある。

 私は意を決して扉をノックした。

「は~い」

 中からそう男性の声が聞こえたので扉を開ける。

「いらっしゃい。ご依頼の方かな?」

 そこには三十路くらいの、ボサボサの頭、よれよれの服、裸足にサンダル、無精髭が生えている人が煙草を吸って立っていた。……本当にここに来て大丈夫だったのだろうか。変な壺とか買わされないよね……?

 男性は煙草を灰皿で潰して給湯器のある方へ行く。

「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

「あ……こ、紅茶で……」

「あいよ」

 男性は紅茶を入れる間に私に話しかけてくる。

「相談? 依頼? あ、どうぞ座って」

 私はお言葉に甘えてソファーに座らせてもらった。

「えっと……相談してから依頼するか決めようと思って……」

「おっけ、いいよ。話して」

 私は芳野のことを話した。男性は紅茶を出して自分もソファーに座った。

「あー、それ、念が入っちゃったね」

「念?」

「簡単に言うと魂が宿っちゃった。大切にしてるとそうなりやすい。それで、君自身や周りの者に危害を加え始める」

 私は芳野をぎゅっと握りしめた。

「君が悪い訳じゃないよ。人形ってそういうもん。あ、紹介が遅れたね。俺はこういうもんだ」

 男性は名刺を渡してきた。そこには『人形専門霊能者 岬 健吾(みさき けんご)』と書かれていた。

「それで、どうする? たぶんこのままだと大変なことにはなるけど。俺ならその子を殺してあげられる」

「殺すって……?」

「まあ、お祓いみたいなもん」

「私は……」

 芳野は大切な友達だ。ずっと一緒にいた。でも……。

「依頼、します……。この子を……殺してください……」

 もう一緒にはいられない。

 私はローテーブルに芳野を置く。

「わかった。君の覚悟は受け取った」

 岬さんは立ち上がって棚からお札のような物を出し、芳野に貼り付けた。

『ぎゃあぁぁぁ……』

「ひっ……!」

 断末魔が聞こえる。これはきっと芳野の叫びだろう。芳野……。

「はい、終わったよ」

「え……もうですか?」

 私はぽかんとした。

「もっと霊能バトルが繰り広げられると思ってた?」

「あ、はぁ、まあ……」

「地味なもんだよ。けど……」

 岬さんは私を見つめて言う。

「確かに殺したよ」

「……」

 芳野とのいろんな思い出がよみがえる。芳野は私の半生だ。それが消えてしまった。

「一度、念が入った人形はまた念が入りやすい。お焚き上げに出した方がいいね。合同供養なら安く済むから」

「岬さん……」

 私はうつむきながら言う。

「私、きっと芳野に恨まれてますよね……。自分の勝手で命を宿らせて……自分の勝手で困ったら殺して……」

 少しの間の後、岬さんが口を開く。

「人形との付き合い方はそういうものだよ。害をなすなら殺さなきゃいけない」

 私は涙を流した。

「私、芳野を殺しちゃった……! 大事な友達なのに……!」

「命ってね」

 岬さんがしゃがんで私と目線を合わせてくれる。

「二度死ぬんだ」

「二度……?」

 私は岬さんの言いたいことがわからなかった。岬さんは優しい声色で語りかける。

「一度目は肉体の死。二度目は誰かに忘れられた時。だから君が芳野ちゃんのことを覚えていれば芳野ちゃんはずっと君と生きられる。大切な思い出まで無かったことにしなくていい」

 芳野は……ずっと私と一緒に……。

「ね?」

 岬さんの言葉に私は泣きながら

「……はい!」

 と言った。


 私が泣き止むまで岬さんは急かすこともせずに紅茶を飲んでいた。ゆっくりしていっていいよ、と言ってくれたので私も入れてもらった紅茶を飲んだ。

 少し、気になったことを聞いてみた。

「あの、岬さんはなんでこのお仕事をしているんですか?」

 人形を殺すとか、人形専門霊能者とか……どうして人形なのだろうと。

 岬さんはやや声のトーンを落として話す。

「俺も昔、大切にしてた人形を殺してもらったから」

「岬さんも……?」

 岬さんは自嘲気味に笑う。

「贖罪かもしれない。戒めかもしれない。殺した理由を探しているのかもしれない。自分が救われたいだけだよ」

 岬さんも……苦しんでいたんだ。きっとさっきの言葉だって簡単に見つけた答えじゃないかもしれない。だから私は岬さんに言いたかった。

「私は、岬さんに救われました」

 私は岬さんの目を真っ直ぐに見た。岬さんは目を丸くした後、今度は柔らかに笑った。

「そっか」


 その後、芳野をお焚き上げに出して、平和な日常が戻ってきた。幸太郎も徐々に元気を取り戻していった。

 芳野のことは、大切に胸にしまっている。

 そんな日常を過ごしていると、ふと思う。岬さんは今日も人形を殺しているのだろうか。

 いつかあの人が救われる日が来ることを私は願っている。

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