第8話:黒マントの正体とドラゴンの来店
前話では、バックヤードの奥深くで発生した**定期イベント【棚卸し(インベントリ・チェック)】**を、洗剤やラップといった「主婦の知恵」で見事に攻略しました。
無事にSランク食材が並ぶ冷凍倉庫を解放し、今夜は豪華に「すき焼き」だと盛り上がるカズマたちでしたが、平和な時間は長くは続きません。
店の外から響き渡るドラゴンの咆哮。
掃除(ダンジョン攻略)の次は、**害獣駆除(ドラゴン退治)**の時間のようです
いらっしゃいませー。ポイントカードはお持ちですか?」
「ブヒッ(持ってる)。コレ、使ウ」
「はい、シルバー会員様ですね。本日は『霜降り和牛』がポイント3倍となっております」
スーパー・ビッグAは、今日も平和だった。 ダンジョン(倉庫)の攻略によって高級食材が解放されたおかげで、客単価は爆上がり。 オークの戦士たちは、戦利品の魔石を惜しげもなく「和牛」や「メロン」に注ぎ込んでいる。
「順調だな……」
俺はレジカウンターの中で、安堵の息を吐いた。 エネルギー残量は満タン。ミャーコは警備という名目で昼寝をし、リナリスはバックヤードで『ハーゲンダッツ(ストロベリー)』を舐めている。 異世界スローライフ、ここに極まれり。
そう思っていた。 あの男が来るまでは。
『警告:店舗駐車場に、極めて高い魔力反応を感知。』
不意に、店内放送が鳴り響いた。
「ん? またオークの団体様か?」
俺が防犯モニターに目をやると、そこに映っていたのは緑色の巨体ではなく――漆黒のローブを纏った、一人の男だった。
「……あいつは」
以前、オークたちの行列を影から見ていた黒マントの男だ。
男は駐車場のど真ん中に立つと、バサリとマントを翻した。
「聞け! 忌まわしき『洗脳の城』の住人よ!」
拡声魔法を使っているのか、男の声が店内までビリビリと響いてくる。
「我が名はゼノス! 魔王軍情報部・統括将軍である!」
「魔王軍……将軍だと?」
アイスをくわえたままのリナリスが、顔色を変えて飛び出してきた。
「カズマ、まずいぞ! 将軍クラスといえば、単騎で国を落とせる化け物だ! なぜそんな大物がこんな辺境の店に!?」
「用件を聞いてみよう」
俺は自動ドアを開け、広場へ出た。
「おい、そこのコスプレ野郎! うちの駐車場で大声を出すな! 近所迷惑だろ!」
「こ、コスプレだと……!? 貴様がこの城の主か!」
ゼノスはギリリと歯噛みし、指を突きつけてきた。
「私は見たぞ! 凶暴なオークたちが、骨抜きにされてこの店から出てくる姿を! 貴様らは『食』という快楽物質を使い、魔族を洗脳して自軍に引き込んでいるのだろう! あの黄金色の泥……あれは禁断の精神汚染兵器だ!」
「ただのカレーだよ! 営業妨害で訴えるぞ!」
「問答無用! このような危険な施設、放置しておくわけにはいかん! 我が魔王軍の威信にかけて、この地から消滅させてくれる!」
ゼノスが空に向かって両手を掲げた。
「出でよ! 破壊の化身! 全てを焼き尽くす最強の生物よ!」
ドォォォォォン……!!
空が割れた。 比喩ではなく、空間に亀裂が入り、そこから「圧倒的な熱量」が溢れ出した。
「ボス……逃ゲロ。アレハ、勝テナイ」
ミャーコが尻尾を股に挟み、ガタガタと震えている。
裂け目から現れたのは、深紅の鱗に覆われた、全長三十メートルはあろうかという巨大な翼竜。
「レ、レッドドラゴン……!?」
リナリスが絶句する。
「ドラゴン種の中でも最強の火力を持つ、生ける災害だ……! まさか、使役しているのか!?」
「ハハハ! 恐怖せよ! さあ、焼き払え!」
ゼノスの号令と共に、ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。 喉の奥で、灼熱のマグマが輝くのが見える。
「ブレスが来るぞ! 防衛結界、最大出力!」
俺が叫ぶのと同時だった。
ゴォォォォォォォォォォッ!!!!
ドラゴンの口から放たれたのは、火炎放射なんて生易しいものではない。レーザーのような超高熱の奔流だ。
ドガァァァァァン!!
炎がスーパーの正面入り口を直撃する。 見えない壁――自動ドアに施された『入店管理結界』が、激しく火花を散らして悲鳴を上げた。
『警告:外壁温度上昇。結界耐久値、急速に低下中。』
「くそっ、耐えろ! 耐えてくれ俺の城!」
数秒後。 炎が止むと、そこには黒く煤けたスーパーの姿があった。 結界のおかげで倒壊は免れたが、ガラスにはヒビが入り、外壁のサイディングボードは溶け落ちている。
そして、何より――。
「ああっ!!」
俺は悲鳴を上げた。
「お、俺が昨日……徹夜して手書きで作った、『ポイント3倍デー』ののぼり旗がぁぁぁッ!!」
入り口に立ててあった旗が、跡形もなく燃え尽き、灰になっていた。 あの旗を作るのに、どれだけのポスカ(マーカー)を使ったと思っているんだ。
「……許さん」
「カズマ?」
「よくも……よくも俺の販促物を!!」
俺の怒りが伝染したのか、リナリスも前に進み出た。
「おのれ、爬虫類風情が! 私の城を黒く汚すとは何事だ! エルフの王女、リナリス・エル・フェランテが相手になる! 風の精霊よ、刃となりて敵を裂け! 最強魔法『真空の断頭台』!!」
ヒュンッ!!
リナリスの杖から、鎌鼬のような巨大な真空の刃が放たれた。 岩をも両断する必殺の一撃。 それがドラゴンの首筋に直撃する――はずだった。
ガキンッ!!
「……え?」
硬質な音が響き、真空の刃はドラゴンの赤い鱗に弾かれ、空の彼方へ消えていった。 ドラゴンは「何か当たったか?」と言わんばかりに、退屈そうに欠伸をしている。
「う、嘘だろ……? 私の最大魔法だぞ……?」
「無駄だ!!」
ゼノスが高笑いする。
「レッドドラゴンの鱗は『対魔力装甲』! いかなる魔法も無効化し、物理攻撃すら通さん! 貴様らの小細工など通用しないのだよ!」
「魔法が……効かない……?」
リナリスが膝から崩れ落ちた。 魔法使いにとって、魔法が効かない相手は天敵中の天敵だ。
「終わりだ。次の一撃で、そのふざけた箱庭ごと消し炭にしてやる」
ドラゴンが再び息を吸い込み始めた。 さっきよりも深く、長く。 次の一撃は、結界ごと店を貫くだろう。
「ボス……ダメダ。死ヌ」 「カズマ……すまない。私が無力なばかりに……」
二人が絶望に沈む中。 俺だけは、燃え尽きたのぼり旗の灰を握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。
「……おい、トカゲ」
俺の声に、ドラゴンがギロリと巨大な眼球を向けた。
「自慢の鱗で魔法を弾くって? すごいな。じゃあ、口の中はどうなんだ?」
「……何?」
ゼノスが眉をひそめる。
「外側が硬いなら、内側から攻めるまでだ」
俺はエプロンのポケットから、四角いパッケージを取り出した。 真っ赤な包装。そこに書かれた、禍々しい黒文字。
『カップ焼きそば・獄激辛(MAX END)』。
以前、間違って発注してしまい、あまりの辛さに誰も買わずに在庫の肥やしになっていた「食べる兵器」だ。
「魔王軍のエリートさんよ。お前ら、『カプサイシン』の恐ろしさを知ってるか?」
「かぷ……なんだと?」
「魔法防御? 物理耐性? 知ったことか。 これはな、『痛覚』への直接攻撃だ」
俺はパッケージをベリッと破り捨てた。 中から出てきたのは、真っ赤な液体ソースの小袋。 封を切っただけで、鼻の粘膜を刺激する異臭が漂う。
「リナリス! 立て!」
「カ、カズマ……?」
「最後の仕事だ。俺がこいつを投げる。お前は風魔法で、こいつをドラゴンの口の中に運べ!」
「だ、だが、魔法は効かないぞ!?」
「魔法で攻撃するんじゃない! 『デリバリー(配達)』するんだよ! お前の風なら、ドラゴンの口の中に正確に届けられるはずだ!」
リナリスの目に、再び光が宿る。
「……わかった。やってやる! 私の城を汚した罪、その体で償わせてやるぞ!」
俺はソースの袋と、激辛スパイスの粉末を握りしめた。 ドラゴンが口を大きく開け、炎を吐こうとしたその瞬間。
「食らえェェッ!! 特売品の在庫処分だァァァッ!!」
俺が投げた赤い液体と粉末を、リナリスの風が包み込む。 それはドラゴンの吸い込む息に乗って、無防備に開かれた喉の奥――粘膜むき出しの食道へと吸い込まれていった。
一瞬の静寂。
ドラゴンが目を丸くし、動きを止めた。
「……?」
ゼノスが訝しげに見上げる。
次の瞬間。
『ギャオォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!』
ドラゴンの悲鳴が、森中の空気を震わせた。
喉が焼ける。 胃が燃える。 魔法の炎ではない。唐辛子エキスによる、逃げ場のない激痛だ。
ドラゴンはのたうち回り、涙と鼻水を撒き散らしながら地面を転げ回った。 最強の鱗も、自分の体内までは守れない。
「な、なんだ!? 何をした貴様らぁぁッ!!」
狼狽えるゼノスに、俺はもう一つのアイテムを取り出した。 2リットルのペットボトルに入った『コーラ(常温)』と、ポケットに入っていた『メントス(ミント味)』だ。
「トドメだ。炭酸ガスによる胃袋破裂攻撃!」
「ひぃっ!? まだやるのか悪魔!!」
俺たちの防衛戦は、まだ終わらない。 このスーパーを守るためなら、俺はどんな汚い手でも使ってやる。
第8話をお読みいただき、ありがとうございました!
最強の生物であるレッドドラゴンを相手に、カズマが繰り出したのは聖剣でも大魔法でもなく、まさかの**「カップ焼きそば・獄激辛」と「コーラ・メントス」**でした。
どんな魔法も物理攻撃も弾く伝説の鱗を持っていても、**「内側(粘膜)」への直接攻撃と、胃袋での「化学反応」**には抗えなかったようです。
伝説のドラゴンが、巨大なゲップと共に沈黙する姿はまさに圧巻(?)でした。
結果として、ドラゴンは名前を「ポチ」、価格「0円」の大型備品としてスーパー・ビッグAに雇用(ペット登録)されることになりました。
魔王軍の将軍ゼノスも、カズマの「拷問(在庫処分)」に恐怖して逃げ帰りましたが、今後もこの「カレーの城」を巡る騒動は続きそうです。
次回、新たな従業員(?)ポチを加えたスーパー・ビッグAの営業をどうぞお楽しみに!
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