第2話:禁忌の黒き聖水(焼肉のタレ)
異世界に飛ばされたと思ったら、なぜか見慣れたディスカウントスーパーに辿り着いた主人公カズマ 。
第2話では、いよいよスーパーの食材を使った本格的な(?)自炊がスタートします。
半額シールが貼られた豚バラ肉とモヤシが、異世界の王女様にどのような衝撃を与えるのか…… 。
どうぞお楽しみください!
「……眩しい。目が潰れそうだ」
自動ドア――もとい『王城の結界』を抜けた俺を待っていたのは、深夜のコンビニよりも明るい、圧倒的な光の洪水だった。 整然と並ぶ白い棚。冷えすぎなほど効いている冷房。 そして、床に直置きされたダンボールの山。
間違いない。 ここは日本が誇るディスカウント・スーパーだ。
「どうだカズマ! これが我が城の『不滅の太陽(LED)』だ! 夜闇を恐れぬこの輝き、まさに王者の威光であろう!」
リナリスが、なぜかサービスカウンターの回転椅子に座り、ドヤ顔でくるくると回っている。
「はいはい、すごいすごい。で、なんでエルフの王女様がスーパーに住み着いてるんだよ」
「失礼な。住み着いているのではない、選ばれたのだ! ある日突然、森に現れたこの白亜の巨塔……。私が手をかざしただけで扉が開いたのだぞ? これは城が私を主として認めた証拠ではないか」
「ただの自動ドアセンサーだけどな」
どうやらこのエルフ、勝手にここを占拠している不法侵入者らしい。 まあ、店員も客も一人もいない今の状況じゃ、誰も文句は言えないか。
「さて……まずは腹ごしらえだ。厨房を借りるぞ」
「厨房だと? その奥にある『魔導加熱炉(電子レンジ)』のことか? 好きに使うがよい。だが、食材はどうする。我が宝物庫の品は、封印が固くて開けられんぞ」
リナリスが指差したのは、ポテチの袋だ。 開けられなかったのかよ。
俺は呆れつつ、店の奥へと進んだ。 目指すは精肉コーナー。 俺の体内時計が正しければ、今は深夜。つまり――。
「あった……!」
俺は震える手で、そのパックを手に取った。 豚バラ肉スライス。 そのラップの上に貼られた、黄色と赤の神々しい円形のシール。
『半額』。
「ふ、ふふ……。勝った。俺は勝ったぞ」
「カズマ、貴様、正気か?」
背後から覗き込んだリナリスが、顔を青ざめて後ずさる。
「見ろ、その肉を! 色がドス黒く変色しかけているではないか! それは『死の淵』にある肉だ! 腐敗の呪いがかかっている証拠に、禍々しい赤い印まで貼られている!」
「バカ野郎! これは『熟成』だ! このシールは、鮮度という代償を支払うことで、価格を半分にするという高等魔術なんだよ!」
「か、価格……? 何を言っているのか分からんが、そんな死にかけの肉など私は食わんぞ! 高貴なエルフの舌が腐り落ちるわ!」
「お前は黙って見てろ。次は野菜だ」
俺は隣の棚から、一袋19円の『モヤシ』をカゴに放り込んだ。
「なっ……! その白く透き通る繊維は……もしや、大地のエーテルのみを吸い上げて育つという幻の『白銀の根』か!?」
「ただのモヤシだ。安くてカサ増しできる最強の相棒だ」
「も、もやし……? そのような粗末な名で呼ぶとは。やはり人間は理解不能だ」
俺は必要なものを揃えると、レジ横にあるイートインコーナー(休憩所)へ向かった。 ここには、なぜか家庭用のカセットコンロが置いてある。 おそらく、異世界転移前の店員が休憩中に鍋でもつつく予定だったのだろう。
「いいかリナリス。今から、お前の常識をひっくり返してやる」
俺はフライパンを火にかけた。 ごま油を垂らし、チューブのおろしニンニクを投入する。
ジュワァァ……。
途端に立ち上る、食欲をダイレクトに刺激する暴力的な香り。
「っ!? な、なんだこの匂いは! 鼻が、鼻が熱い!?」
「ここへ、さっきの肉とモヤシを入れる!」
ジュババババッ!!
肉の脂が溶け出し、ごま油と混ざり合う。 モヤシが躍り、透明な色がしんなりと飴色に変わっていく。 リナリスは口元を手で覆いながらも、目はフライパンに釘付けだ。
「くっ、良い香り……いや、臭い! でも、嗅がずにいられない……! なんだこれは、幻覚魔法か!?」
「仕上げだ。これを見るがいい」
俺が取り出したのは、黒いボトル。 市販の『焼肉のタレ(中辛)』。 果実の甘み、香辛料の刺激、そして醤油のコクが凝縮された、人類の英知の結晶だ。
「いけぇぇッ! 禁忌の黒き聖水!」
ドボドボドボッ!
「ひぃっ!? 黒い! どす黒い液体をかけたぞ!?」
ジュワァァァァァァァーーーーッ!!!
タレが焦げる音。 立ち昇る白煙。 その瞬間、イートインコーナーの空気が変わった。
甘辛く、香ばしく、そしてどこか野性的な匂いが爆発的に広がる。 それは、生存本能に「食え」と命令する絶対的な匂いだった。
「あ……あぅ……」
リナリスが膝から崩れ落ちた。
「なんだ……この匂いは……。唾液が、止まらん……。胃袋が、キュウキュウと悲鳴を上げている……」
「完成だ。『半額豚バラのスタミナ・マシマシ丼』」
俺はレンジで温めたパックご飯(大盛り)の上に、炒めた具材を豪快に乗せた。 タレの染みた飯。テラテラと光る豚肉。シャキシャキのモヤシ。 茶色一色。 だが、この茶色こそが正義だ。
「ほらよ、王女様。毒見の時間だ」
ドン、とテーブルに置く。
「……ぐぬぅ。こ、こんな下品な見た目の料理……。茶色い汚泥のようではないか……」
リナリスは震える手で割り箸を掴んだ。 プライドと食欲が、彼女の中で激しく戦っているのが分かる。
「い、一度だけだぞ! 貴様があまりに勧めるから、慈悲を持って……その……」
「いいから食え」
「いっただき……ます!」
パクッ。
彼女の小さな口が、肉とモヤシ、そしてタレの染みたご飯を一度に迎え入れた。
一秒。 二秒。
カッ!!
リナリスが見開いた目から、光が迸った気がした。
「んんんんんっーーーー!!?」
「どうだ」
「な、ななな、何だこれはぁぁぁッ!!」
リナリスがテーブルをバンと叩いた。
「口の中で! 味が! 味が爆発している! この『タレ』という黒い液体、ただの塩気ではない! 果実の甘み、ニンニクの刺激、そして肉の脂が三位一体となって、舌の上でダンスを踊っているようだ!」
「食レポうまいな」
「そしてこの『ハクマイ』! なんだこの包容力は! 濃すぎる味を優しく受け止め、噛めば噛むほど甘みが広がり、次の一口を誘ってくる! これは……これは『無限機関』だ! 止まらん! 箸が止まらんぞカズマ!」
「うまいか?」
「うまい! うまいぞ! この『モヤシ』のシャキシャキ感も憎い! 半額シールの肉が、まさかこれほど柔らかく、深い味わいになるとは……! これは錬金術か!? いや、神の御業か!?」
ガツガツ、ムグムグ。 高潔なエルフの王女が、口の周りをタレでベタベタにしながら、男子高校生のように丼をかっこんでいる。 見ていて気持ちがいいほどの食いっぷりだ。
「ぷはぁっ!」
あっという間に、米粒一つ残さず完食。 リナリスは満足げに腹をさすり、うっとりとした表情で天井を見上げた。
「……認めよう、カズマ。貴様は優秀な料理人だ。この城の厨房を任せるに値する」
「そりゃどうも。……ん?」
その時、俺は異変に気づいた。 リナリスの体が、ぼんやりと赤く発光しているのだ。
「おい、リナリス。なんか光ってないか?」
「ん? おお、なんだか力が漲ってくるな。身体の奥底から、魔力が湧き上がってくるようだ……。ふむ、これが『スタミナ』というやつか?」
彼女は軽く肩を回し、鼻がムズムズしたのか、小さく息を吸い込んだ。
「くしゅんっ!」
可愛らしいくしゃみ。 その瞬間だった。
ドォォォォォォォォォォォンッ!!!!
「……え?」
凄まじい衝撃波が発生した。 目の前のイートインのテーブルが、一瞬で木っ端微塵に砕け散った。 それだけではない。 衝撃波はそのまま直進し、スーパーの壁に直径二メートルほどの大穴を開け、外の森の木々を十本ほどなぎ倒してようやく消滅した。
舞い上がる粉塵。 パラパラと落ちてくる天井の石膏ボード。
俺は、手元に残った空の丼を持ったまま、固まった。
「……あー、すっきりした」
リナリスが鼻をこすりながら、ケロリと言った。
「おい」
「なんだカズマ? そんな顔をして。……む? なぜ壁に穴が空いているのだ? 敵襲か?」
「お前のくしゃみだよ!!」
どうやらこの異世界スーパーの食材は、 こちらの住人が食べると、とんでもない『バフ(能力強化)』がかかるらしい。
「カズマ、おかわりはあるか?」
「あるわけねーだろ! まずはこの壁を直せ! 修理代はお前の皿洗いだかんな!!」
こうして、俺とポンコツ王女の、 24時間営業スーパー生活が幕を開けたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
日本の「焼肉のタレ」は、異世界のエルフにとって味が爆発するほどの威力があったようです 。
まさかくしゃみ一つでスーパーの壁に大穴が開くほどの「バフ(能力強化)」がかかるとは思いませんでしたが…… 。これからカズマは、店を破壊されないように料理を工夫していく必要がありそうですね。
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