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勇者探しの話  作者: 針鼠土竜


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2/2

アルネモイド家の話。

光臨歴四三二二年、八月二十二日。


豊かな森林と緩やかな丘陵に囲まれた国、ネリアス公国。

その北部、ヒュグノー領を治めるアルネモイド家の屋敷に、次男が誕生した。


産声はよく通り、力強かった。


出生体重、三一五九グラム。


当主リュトワー、その妻テネシア、そして控えていた侍女たちの間に、安堵の吐息が静かに広がる。


名は――ルークス。


「一族の光となる者へ」


父がそう願い、与えた名だった。



ルークスは淡い銀灰色の髪を持って生まれた。

まだ柔らかな産毛のようなそれは光を受けるたび白にも見え、時に青みを帯びる。


瞳は深い蒼。

泣き疲れて目を閉じていても、不思議と印象に残る色だった。


幼子らしい丸みを帯びた顔立ちだが、時折見せる視線だけが妙に落ち着いている――と、侍女たちは口を揃えて言った。


もっとも、当人にその自覚はない。


いや。


自覚できるほどの「言葉」を、まだ持っていなかった。



生まれて数週間、ルークスはよく眠り、よく泣き、よく乳を飲んだ。


だが一ヶ月を過ぎた頃から様子が変わる。


泣く回数が減り、代わりによく声を出すようになったのだ。


「あー……う、あ」


意味のない音。

当然、言葉にはならない。


それでも彼は目の前の顔をじっと見つめ、指を差し、何かを伝えようとしていた。


母テネシアや侍女たちは微笑みながら応じる。


まるで会話が成立しているかのように。


そしてルークスは満足そうに笑った。


――理由は分からないが、声を出すと安心した。


それだけは、確かな感覚として彼の中にあった。



生後五ヶ月を迎える前、ルークスは揺籠を脱出した。


気づけば屋敷の廊下を這い回っている。


テネシアが見失うのは日常茶飯事だった。


廊下の角で眠っていたり、玄関近くで途方に暮れて泣いていたり。


とにかく、落ち着きがない。


「この子は本当に次男なのかしら……」


母は半ば呆れながら笑った。



さらに驚くべきことに、生後六ヶ月で歩き始めた。


早すぎる成長だった。


長男ラウノートですら八ヶ月目前だったのだ。


四歳の兄ラウノートは剣術稽古を始めてから弟に付きっきりではなくなったが、それでも稽古後には必ず顔を出した。


汗まみれのままルークスを抱き上げ――


「ラウノート、着替えてからにしなさい」


父に叱られるまでが日課である。


ルークスは兄の木刀を杖代わりにして歩くのを好んだ。


時折、意味もなく振ろうとする。


当然、持ち上げきれない。


そのたびに兄の「剣術指導ごっこ」が始まり、屋敷は笑い声に包まれた。



母テネシアは、隣国テルハーゲン出身の貴族令嬢だった。


柔らかな栗色の髪と穏やかな緑の瞳を持つ女性で、社交界では聡明さで知られていた。


ネリアス公国の貴族学校在学中、リュトワーと出会い結婚。


この世界では珍しい恋愛結婚である。


長男を二十三歳で、ルークスを二十七歳で出産した。


貴族社会において、長男は家を継ぐ者。

次男は支える者。


それが常識だった。


ゆえに教育も剣術中心。

魔術は最低限のみ。


近年、魔術師の価値は下がりつつあったからだ。



父リュトワーはヒュグノー領の領主。


黒髪に鋭い灰色の瞳を持つ、静かな威圧感のある男だった。


林業と養蜂を発展させ、この地を「蜂蜜の街」と呼ばれるまでにした功績者でもある。


普段は政務に追われ屋敷に顔を出さない。


だが夕刻になると必ず子供部屋を訪れた。


「今日はな、川の橋を直す話になってな」


テネシアに一日の出来事を語りながら、眠るルークスを眺める。


その表情だけは、領主ではなく父親だった。


若い頃、一時的に家出し冒険者として過ごした過去を持つという噂もある。


剣を握る姿を見ると、それが事実だと誰もが理解した。



ルークス一歳の誕生日。


それは公国貴族の伝統行事として、領民全体で祝われた。


屋敷の外では蜂蜜菓子が振る舞われ、街は祝福の空気に包まれる。


次男とはいえ、領主の子が無事一年を生きた。


それだけで十分な理由だった。


誰も知らない。


この幼子が、いずれ世界の均衡そのものに関わる存在になることを。



そして――


ルークスに二度目の夏が訪れる。


まだ何も知らないまま。


ただ、理由の分からない「懐かしさ」だけを胸の奥に残して。

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