レシピ通りの家庭科とは
場面は調理実習です。
真奈がレシピ通り料理を作れるのか、注目です。
家庭科室には、各班のテーブルに食材が並べられていた。真奈はエプロンをつけながら自分の班の位置を確認する。
今日の調理実習は「カフェ風パスタランチ」。メインのナスとベーコンのトマトパスタ、温野菜のシーザーサラダ、ふわふわ卵のコンソメスープ。完成予想図の写真はまるでレストランのようだった。
「真奈、パスタお願いね」
班長の優子が言った。
「うん、任せて」
真奈はレシピを手に取る。手順が明確で、やるべきことが指示されているレシピが好きだった。
先生の合図で調理実習が始まった。
ナスは「1.5センチ角」、ベーコンは「1センチ幅」、ニンニクは「みじん切り」。包丁を持つと気持ちが落ち着く。下ごしらえはどれも正確に、均一に。
「真奈、手際いいね」
美咲が感心したように言った。
問題はここからだった。
「パスタを茹でる(8分)。同時進行でソースを作る」
つまり8分でパスタとソースを仕上げなければいけない。真奈は鍋に塩を「小さじ2」入れ、パスタを投入してタイマーをセットした。フライパンにはオリーブオイルとニンニクを入れ、弱火で香りを出す。台所にいい香りが広がった。ベーコンをきっかり2分炒めて、次はナス。
「ナスに火が通るまで炒める(目安5分)」
(目安ってなに?)
真奈は時計を見た。残り5分。つまりナスを5分炒めれば、ちょうどパスタが茹で上がる計算だ。でもナスはまだ固そうに見える。
真奈は中火から強火に上げた。レシピには「中火で」と書いてあるけれど、5分で確実に火を通すには強火の方がいいはずだ。
フライパンの中でベーコンとナスが激しく音を立てた。
「真奈、ちょっと火が強すぎない?」
隣でスープを作っていた千夏が声をかけてくる。
「タイミングを合わせないと。パスタが茹で上がるまでにソースを仕上げなきゃ」
その時、フライパンから煙が上がり始めた。慌てて火を弱めようとしたけれど、もう遅い。ナスとベーコンの端が焦げていた。
「うわ、真奈やりすぎ。焦げてる焦げてる!」
千夏が声を上げる。
「真奈、トマト缶入れちゃえば?」
優子の助け舟でトマト缶を投入する。少し焦げた破片が混ざったソース。
「……計画通りじゃない」
続いて「塩で味を調える(適量)」。ここまで全部分量が指定されていたのに、急に曖昧になる。とりあえず塩を振って、足りない気がしてもう一度振った。
「真奈、ちょっと入れすぎじゃない?」
美咲も口を出す。
真奈はソースを味見した。しょっぱくて、かすかに焦げた匂いと味がする。
タイマーが鳴った。8分。パスタの茹で時間は計画通りだった。
盛り付けながら、隣の班の鮮やかな赤いパスタが目に入る。真奈の班のパスタも赤いけれど、レシピ写真ほど綺麗ではなかった。
食べてみると、パスタの固さはちょうどいい。しかし、ソースはしょっぱくてかすかに焦げた味がする。
「……食べられないほどではない」
「全然食べられるよ」「トマトの味はちゃんとするし」
優子と美咲が慰めてくれる。確かに完全な失敗ではない。でも成功とも言えなかった。
ちゃんとレシピ通りにやったのに。下ごしらえは完璧だったのに。
片付けをしていると、先生が来た。
「森北さん、どうだった?」
「……レシピ通りにやったんですけど、微妙でした」
「料理のレシピって、あくまで目安なのよ。火加減も、材料の大きさも、フライパンの種類も、環境によって変わる。だから『5分』って書いてあっても、実際には早かったり遅かったりする」
「でも、それじゃあレシピの意味が……」
「レシピは道しるべ。でも最後は自分の目と鼻と舌で判断する。それが料理よ」
感覚、という曖昧なものに頼るのは、まだ不安だった。
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家に帰ると、キッチンで佳奈がエプロンをつけて材料を並べていた。パスタ、ナス、ベーコン、トマト缶。
「佳奈、それって」
「パスタ作ろうと思って。真奈、調理実習微妙だったんでしょ。それで、一緒に復習しようと思って」
「……誰に聞いたの」
「結菜。結菜の友達が真奈の班の子の妹で」
情報が回るのが早い。
「レシピ通りにやったんだけど、微妙だったんだよね」と言うと、佳奈はふうんと少し考えてから言った。
「それが原因かもね」
「え?」
「レシピは目安。大事なのは、様子を見ながら調整すること」
先生と同じことを言われた。
「でも……曖昧じゃない?」
「曖昧っていうか、柔軟? コツ、教えてあげるから、こっち来て」
真奈はエプロンをつけて佳奈の隣に立った。
「ナスとベーコンを切って。真奈の得意分野」
「それは任せて」
包丁を手に取り、ナスを切る。1.5センチ角、均一に。
「真奈、切るの本当に上手だね。ただ、料理って、そこまで正確じゃなくても大丈夫なんだよ。『一口大』でいいの。ただ揃えると火の通り方が均一になるから、それはすごくいいこと」
佳奈がフライパンにオリーブオイルとニンニクを入れた。台所にニンニクの香ばしい香りが広がる。
「ほら、このニンニクの香り。これが『いい香りがするまで』の合図。時間じゃなくて、香りで判断するの」
佳奈はレシピを見ていない。フライパンの中を見て、香りを嗅いで、判断している。
「ベーコンは、脂が出て少し色づくまで。ナスはしんなりして、少し透明感が出てくるまで。それが火が通った合図」
「じゃあ、2分とか5分っていうのは……」
「目安。大体これくらいって意味。じゃあ交代ね」
真奈はゆっくりナスを炒めた。学校でやった時よりも、ずっと落ち着いたペースで。
「ほら、見て。ナスの色が少し変わってきた」
「本当だ……」
「これがトマト缶を入れるタイミング」
赤いソースがフライパンの中で優しく煮立つ。
「味付けは少しずつ。塩を一つまみ入れて、味見して、足りなかったらまた足す」
真奈はスプーンでソースをすくって口に入れた。トマトの酸味と、ナスの甘み。
「……おいしい」
「もうちょっと塩を足そうかな」
佳奈がほんの少し塩を足して、また味見をする。
「真奈も」
もう一度味見をした。さっきよりも味がはっきりしている。
「……少し変わった」
「この『少し』の調整が大事なの。レシピにはない部分」
2人でパスタを仕上げて、お皿に盛り付ける。鮮やかな赤いパスタが完成した。
一口食べると、トマトの酸味、ナスの甘み、ベーコンの塩気が口の中でバランスよく混ざり合う。
「……調理実習のとは全然違う」
「学校のも食べられたんでしょ? 次はもっと上手にできるよ」
佳奈が笑った。
「でも、どうやって感覚を身につければいいの? 私、レシピ通りにやる方が安心なんだけど」
「レシピは大事。基本を教えてくれるから。でも、それをベースにして、自分で調整する練習をするの。何回も作れば、だんだんわかってくる」
佳奈は少し真面目な顔になった。
「そうだ。一つだけお願いしていい?」
「なに?」
「料理する時は、誰かがいる時にして」
「……そんなに心配?」
「うん」
佳奈は真っすぐに真奈を見た。
「真奈は下ごしらえは完璧だけど、火加減の感覚はまだ練習中でしょ? 私やお母さん、結菜でも、誰かがいる時だけ。ね?」
真奈は少し考えて、うなずいた。
「……わかった。約束する」
「ありがとう」
佳奈がほっとした顔で笑う。
その時、玄関が開いて結菜が帰ってきた。
「ただいま。あっ、パスタの匂い!」
「ちょうどよかった。一緒に食べよう」
3人でテーブルを囲む。
「おいしい。これ、真奈が作ったの?」
「佳奈と一緒に」
「じゃあ学校のリベンジ成功だね」
「学校のは、レシピ通りにやったのに上手くいかなくて」
「レシピ通りにやって失敗?」
「レシピは目安。様子を見て調整が大事なんだって」
「まあそうだね、レシピ通りにはいかない時もあるよね」
真奈は腕を組んでうなずいた。
レシピは道しるべ。最後は自分の感覚で判断する。それが料理。
苦手なことも、家族と一緒なら乗り越えられる。
パスタを一口頬張って、静かに思った。次は、もっと上手に作れるはずだ。




