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破滅の章  作者: Tomokazu
エピローグ
39/41

2

 あの時、ヒノイリノクニの都は完全に陥落し、王の屋敷にもヒノデノクニの軍が攻め込んでいた。シラヌイも捕えられ、王一族の処刑は免れないと思われた。

 だが、そんな絶体絶命の事態のなか、思いもよらない報せが届く。


 女王が死んだ――。


 そもそも、ヒノイリノクニを征服するという命令は、彼女によって出されたものであった。したがって、女王がいない今となっては、これ以上ヒノイリノクニに攻撃を仕掛ける理由はない。戦はあっけなく終結となった。


 しかし、すでにこの時には、ヒノイリノクニはその政治経済の中枢を担う都をはじめ、多くの地が壊滅に追い込まれていた。ヒノイリノクニの力では、もはや再興はかなわず、この地はヒノデノクニの占領下となる。

 王族の者たちは、処刑は免れたものの、幽閉されて二度と公の場に姿をみせることはできない立場に追い込まれることになった。

 結局、ヒノイリノクニは滅亡の道をたどることになってしまったのである。




 戦が終わってから数日のち、キグラがこの地へとやって来て、シラヌイと会った。


「お初にお目にかかる。私がヒノデノクニの宰相を務めるキグラです」


「私は、ヒノイリノクニの王・シラヌイです。――いや、“元”王ですかな」


 キグラに対し、シラヌイは自虐的に笑ってみせた。


「このような形で会うことになってしまったのは、残念に思います」


「いや、勝負は時の運。今回は天がそちらに味方しただけのこと。あなたがたを恨んではおりません。しかし、今回の戦で、たくさんの同胞たちが不幸な目に逢い、命を失ってしまった。そのことは誠に残念に思います。王としての責任を感じる」


 キグラは、自分よりも民たちのことを思いやるこの王を、心より素晴らしいと感じた。敵である自分にも敬意をもって話すほどに、清い心をもった人なのだとも思った。きっと、クニの人たちから真に愛されていたことだろう。神力と権威を振りかざし、人々をひれ伏させてきたわがクニの女王とは真逆だ。


「ご安心を。今後この地は我々がしっかり統治します」


「それにあたり、いくつか条件を出させてもらえませんか」


「何でしょう?」


「今後、このような形で悲しむ人々がいなくなるよう、あなたたちの手で一刻も早く、平和なクニを築いて欲しい。それともう一つ。このヒノイリノクニが、確かにこの地に存在したという事実を後世に伝えるような、記念となる建物を造って欲しい。私が心から望むのはその2点だけです」


「承知しました。あなたの願い、我々が受け継ぎましょう――」


 こうして、“日本”という一つの国家を造り上げる、というヒノイリノクニの壮大な野望は、これよりヒノデノクニに引き継がれることとなった。さらに、都のはずれに大きな社が建立され、シラヌイの死後、その御霊はそこに祀られた。つまり彼は神となり、同時にこの地に生きてきた一族の象徴にもなったのである。




 だが、ここでイチコは思う。


 国家統一の夢は、両国の頂点にいる者どうしの野望であり、一般人のイチコにはうかがい知ることはできない。ただ、社にシラヌイを祀ることについては、果たして本当に本人がそれを求めていたのだろうか――。


 彼は民衆の幸せを誰よりも願っていた。自分自身の栄光ではなく、同胞たちがこの地で生きた証を遺したかったに違いない。


 いま、神となった彼は、一体何を思うのだろう――。



 また、当時は女王が亡くなったことによる内政の混乱もあり、ヒノデノクニの側も大変な状況だった。こともあろうに、状況打開の策として、同じく神の力をもつイチコを新たな女王に据えるという案まで出たという。

 実際、イチコはキグラに呼び出され、そう願い出されたことがあった。


「わがクニの新たな女王として、地を治めてはくれないか」


 当然、イチコとしてはそんなことは考えられなかった。愛するクニを崩壊に追いやった者たちの側につくなどあり得ない。信仰を支配に利用しようとするヒノデノクニの考え方にも賛同はできなかった。イチコははっきりとした拒絶の言葉をもって、申し出を断った。キグラは黙ってイチコの返答に頷くと、訥々と話しだした。


「実をいうと、私はあなたに姉上を重ねていたのだ。晩年の彼女ではない。昔の純真な少女だった頃の姉上だ。お互いの立場や関係が少しでも違っていれば、私たちはまた違った出逢い方をしたかもしれない。そう考えると、今の互いの状況がとても残念に思う」


 だが、キグラのその言葉をも、「勝手なことを言わないでください」とイチコは否定した。


「それはあなたの一方的な思い込みです。私は私。あなたとも、そして女王とも、違う人間です」




 今となっては、彼の気持ちも少しは分かる気がする。彼は女王の命令に従わざるを得ない状況だった。にもかかわらず、このような場面では矢面に立たされ、憎しみや恨みの声を浴びせられる。彼は彼で、辛い立場だったのだ――。


  だが、当時まだ若かったイチコは、ヒノデノクニに対する憎しみの気持ちを拭い去ることができなかった。そんなクニの統治下で生きることも堪えられず、イチコは同じ思いをもつ仲間たちとともに、この地を去ることにした。


 東の方角へと安住の地を求めて進むと、小さいが文化文明の進んだクニがあった。王宮へと赴いて事情を話すと、「クニの領地の外れに、空いている土地がある。そこであれば住んでも良い」と王より許しをもらうことができた。


 イチコたちは、その土地を切り開いて、自分たちの新たな生活の場としたのである。

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