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トワリはイサミとキミを連れ、海岸に向かう道を急いでいた。
道中、めぼしい人間に今夜出発だという旨を伝え、近しい人間にもこのことを伝えてほしいと言って回った。可能であれば、その合間に物資も調達したかったが、それは難しい。事実、今でも遠くの方から、雄叫びや断末魔の悲鳴が聴こえてきている。ヒノデノクニの軍はあと一歩のところまで迫っているのだ。うかうかしていたら、自分たちも無慈悲な殺戮の犠牲者になってしまうだろう。
「あっ」
通りを急いでいる時、ふいにキミが小さな悲鳴をあげた。トワリが振り返ると、キミがその場に座り込んで、手で足を押さえていた。
「どうした?」
トワリが訊くと、キミが答えた。
「足をくじいてしまいました」
「何だと、こんな時に……」
「私はもういいです。トワリさん、イサミとふたりで逃げてください」
「だが――」
「いいんです。イサミさえ助かれば、私はどうなっても。悩んでいる暇はありませんわ、さあ早く、行って!」
彼女の言う通り、考えている余裕はなかった。トワリはイサミの手を引いて走り出した。イサミも心配そうに母のことを見ながらも、トワリに引かれてよろよろと走っていく。
しばらくふたりして走り、山道の入口まで来た。ところが、その場でイサミは突然、立ち止まってしまった。
「なんだ。一体どうした?」
トワリも立ち止まって、イサミを振り返った。イサミはうなだれたまま、トワリの顔を見ずにぽつりと言った。
「……私は行きません。母のもとに戻ります」
「何言ってんだ。戻れば殺されるんだぞ」
「それでも構いません」
「お前、自分が何言ってんのか分かってんのか?」
「はい、私はこれ以上、あなたに従う気はない。たとえ血がつながっていようが、あなたは私の父ではないからです。私にとっての父上と母上は、あのふたり以外にはいません。死ぬのなら、私も両親と同じ場所で死にたい」
「馬鹿野郎!」
トワリは叫んでイサミの胸元をドンと押した。イサミは軽々と突き飛ばされて、その場に倒れ込んだ。トワリは噛み殺したような声で言った。
「コイツ、あの兄貴に育てられておきながら、何でこんな腐りきった人間になったんだろうな。俺の血のせいか……? 面白くもねえ」
イサミはその場でいじけたようにうずくまっている。トワリは彼の方へと歩いていくと、襟をぐっと掴んで持ち上げた。なおもだらんとしたままのイサミの耳元に顔を近づけて言った。
「おい、これだけは言っといてやる。兄貴がなぜお前を戦場に行かせなかったか分かるか。キミがあの場で、なぜ俺たちだけを行かせたか分かるか。お前に生き延びて欲しいと願ったからだ。お前に一族の未来を託すためだ。なのに、自分から死にたいと抜かすなど、お前の慕う両親への裏切りじゃねえか。ふたりの願いを無にするな。最期の時まで希望を捨てないことが、自分の生命に対する責任だと知れ」
トワリはイサミを半ば強引に立たせ、襟元を掴んでいた手を、トワリの手へと戻した。
「お前が俺のことをどう思っていようが、そんなことはこの際どうでもいい。だが、俺は何としても、お前を連れていくぞ。それは兄貴から託された俺の責任だからな。お前は前の責任を全うするように動け」
トワリはイサミの手を引いて、山道を進んだ。意外なことに、イサミの足取りは、さっきよりもずいぶんとしっかりしたものになった。トワリは内心で思った。コイツはコイツなりに、自分の使命を理解しようとしているのかもしれない。




