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トワリとイチコは王の屋敷にいた。
シラヌイに、トワリが造った船でクニを脱出すれば、より多くの人間を救えるかもしれないということを伝えに来たのである。さらに、王が乗るといえば、より多くの民衆が船に関心をもってくれるかもしれない、という目論見もあった。
ところが、彼らの話を聞いたシラヌイは、静かにかぶりを振ってこう答えた。
「私は乗りません」
それは意外な言葉だった。イチコが言った。
「なぜですか。このままここにいても、敵に制圧されるだけです。わずかでも生きられる望みが増えるのなら、それに賭けるべきじゃないでしょうか」
「望みはわずかじゃねえよ!」
と、トワリがイチコに反論する。自分の技術を過小評価された気がして、不満だったのだろう。
「ごめん――でも、言ってることは間違ってないじゃない。シラヌイ様、考え直していただけませんか?」
「いいえ、私の決断は変わりません」
「どうしてですか?」
「トワリ、お前はその船には二百人ほど乗れると言ったな」
シラヌイの問いに、トワリは頷いた。
「二百人――確かに船としては結構な人数を乗せられる。だが、それでもこのクニの人口と比べたら、ごくひと握りだろう。おまけに、このクニの王族だけでもそれなりの数だ。それだけの人数が乗るとすれば、あと民衆はどれだけ乗船できるのだ」
「…………」
「私は、王としての責務をまっとうしたい。王の一族に負わされた責任とは、クニの繁栄と民衆の平和のために働き、有事の時には自らを犠牲にしてでも人々を守ることだ。逃げるわけにはいかない。おそらく、私以外の王族の人間も皆、そう思っていることだろう」
シラヌイの口調は、穏やかだがきっぱりとしていた。さらに続けていった。
「トワリ、それにイチコさん。自分が守るはずのこのクニが崩壊しそうな今、生き延びるために脱出しようとする人を、私は止めることはできない。その代わり、思いを同じくする者たちを、ひとりでも多く船に乗せてあげて欲しい。それが私の願いです」
というシラヌイに対し、ふたりとも何も言えなくなってしまった。シラヌイは、本当に自分のクニや民衆のことを愛しているのだ。このクニから逃げることを真っ先に考えていたイチコやトワリよりも――。シラヌイは穏やかな微笑みをもって言った。
「あなた方が無事、安住の地にたどり着けることを願っていますよ」
それから、ヒノデノクニの軍が都に攻め入ってくるまで、大して時間はかからなかった。
圧倒的な軍力と兵力の前に、わが軍はひとたまりもなかったのだろう。残念なことだが、ヒブリや彼の率いる兵たちは、すでに還らぬ人となってしまったに違いなかった。
「敵が攻めてくるぞ!」
街は逃げ惑う人々でごった返していた。
人の波に呑まれて戸惑う人や、小競り合いや暴動によって怪我をする者。屋台や商店では盗みが頻発し、街には阿鼻叫喚が響く。平和な都の様相がすっかり変わってしまっていた。
「今夜、出発しよう」
トワリが言った。イチコは緊張した面持ちで頷いた。
「海辺に船を停泊させてある。ハナドリを連れて、先に向かってくれ」
彼の示す場所がどこなのか、イチコにもすぐに分かった。都から北西の方角の山を越えたところにある海岸だった。海上にそびえ立つ大きな三角の岩が目印だ。青春時代、トワリとよく訪れた場所である。
「でも、トワリくんはどうするの?」
「俺はもう一度都の連中に声をかけて、一緒に船に乗る連中を集めてくる。その際、水や食料も追加できそうなら、可能な限り持っていこう」
ここ数日の間、彼らは船に積む物資を調達しがてら、都に住む者たちに一緒に逃げないかと声をかけて回っていた。海を渡って大陸に行く、という一見現実離れした話に難色を示す者も多かったが、藁をもすがる気持ちで承諾する者もいて、口約束ながら同志はそれなりの数に及んでいた。改めて呼びかけることで、より多くの賛同者を得られるかもしれない。
善は急げだ、とすぐに3人で家を出た。
「敵が都に入ったぞ!」
その時、どこかから怒声が聞こえた。イチコは焦った。
「早く逃げないと。トワリくん、連中に捕まらないように気をつけてね」
「ああ。イチコもな。例の場所で落ち合おう」
イチコはハナドリとともに例の海岸に向かうため、トワリは街の人々を呼びかけるために、それぞれの道を行ったが、ふたりともまた会えると信じて疑わなかった。




