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いよいよ都の方まで、ヒノデノクニの軍の足音が近づいてきた。
ヒブリは戦いに出ようとしていた。
ここで逃げるわけにはいかなかった。次の戦いに負ければ、彼らは確実に、都へと侵攻してくる。それはつまり、今回の戦争自体への敗北を意味していた。
家族に、そして弟のトワリと義妹のイチコが、彼の出立を見送りに来ていた。その誰もが、ヒブリの表情から、彼が今回の戦いにおいて覚悟を決めていることを悟った。おそらく、彼にとって最後の戦いになる。これまでに何度も敗戦を重ね、兵の数もずいぶんと少なくなっている。それでも、彼は軍の長として、戦い抜かねばならないのだった。それで、自らの命を散らすことになろうとも。
「行ってくる」
ヒブリは見送りに来てくれた者たちにそう言って、出発しようとした。その時――、
「やはり、私も連れて行ってください!」
彼に乗る馬の身体にすがりつくように、声をあげる少年がいた。イサミだった。
「ダメだと言ったろう」
「なぜですか。私はあなたの息子です。この大事な局面を、何もせずにいるなんて耐えられません。死ぬのなら、戦に出て死にたい」
「ばかっ!」
ヒブリは身体を大きく動かした。それにつられて馬が鳴き声をあげてうごめき、イサミはその場に尻もちをついた。ヒブリは怒声を響かせた。
「何ということを言うのだ、この愚か者が」
そして、彼は弟のトワリの方を見た。
「トワリ、兄としての最後の願いを聞いてくれ」
「――何だ」
「この馬鹿のことをよろしく頼む」
「分かった」
トワリの返答は短かったが、その視線はまっすぐに兄の方を見ていた。
「じゃあ、みんな、元気でな」
トワリは優しくそう言い残して去っていった。その背中を見送りながら、トワリは言った。
「イチコ、この都が制圧される前に逃げよう」
「逃げるって――どこへ?」
「海の向こうへだ」
「海の向こう――?」
言葉をおうむ返しにして、イチコははたと気づいた。それは、遠い日のこと。少女の頃に交わした口約束だった。
「完成したんだね?」
「ああ、本当はもっとはやくにできるはずだったんだけどな。戦の影響で、いままでかかっちまった」
ここしばらく、トワリが家を頻繁に空けていた理由がようやく分かった。彼は、船の完成を目指し、作業に追われていたのだ。それならそうと事前に言っといて欲しかったものだが、トワリも彼なりに必死で、つい伝えるのを後回しにしてしまったのだろう。
「どうだ、一緒に来てくれるか」
「もちろんだよ。この先、どんな運命が待ち構えていようとも、トワリくんとはずっと一緒。出発はいつにするの?」
「もう少しかかる。まずは一緒に船に乗る人間も探さないといけない。なるべくたくさんの人間が乗った方が、おもりになって船が安定するんだ。あとは、それだけの人数が船に乗るとなると、水や食料などの物資もかなりの量を積み込まないとならねえ。今、都の連中に船に乗らないかという声掛けと、物資の運搬を進めているところなんだ」
「分かった。私もやる。キミさんも、手伝ってくれますか?」
「分かったわ」
イチコの呼びかけに、キミは力強くうなずいた。何か自分も行動することで、死地に向かっていった夫に対する悲しみを紛らわせようと考えたに違いない。
「ハナドリもてつだう!」
と、娘が甲高い声をあげる。本人はいたってまじめな様子だが、大人たちは思わず笑ってしまった。各人の胸に不安がうずまく中で、彼女の純真無垢な振る舞いに癒されたような心地になった。
各々の思惑はさまざまにせよ、それぞれが一つの活動に向かって動く決心を固めた。その中で、イサミだけがただ首を垂れて、押し黙ったままであった。




