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破滅の章  作者: Tomokazu
第四章
31/41

4

 ヒノデノクニの軍がヒノイリノクニの領地に入った瞬間、戦局は一気に悪くなった。もともとの戦力に加え、見たこともない鎧をまとった者たちも戦いに参入している。どうやら、大陸のクニの兵士のようだ。


 まさか、大陸からも援軍を要請していたとは、ヒノイリノクニにとっては予想外であった。相手側の軍勢は一気にこちら側の軍勢を押し込み、なだれ込むようにして侵攻してくる。

 とりわけ、大陸の人間はこちらに容赦がなかった。野山を削り、田畑を荒らし、兵士・一般の民の見境なくヒノイリノクニの人間を惨殺し――戦が行われた場所は荒廃し、見るも無残な廃墟と化していった。そして、ヒノデノクニの軍勢は徐々に都に向かって進んでいた。




 その頃。

 イチコは祈祷場でたたずんでいた。


 わがクニの勝利祈願を行うつもりだったが、果たして意味があるのか――と思うと、どうにも身が入らない。ここまで絶望的な状況になると、どんな奇跡が起ころうとも、戦局は変えられそうになかった。

 気もそぞろになってしまうのには、もう一つ理由があった。今朝、夜が明ける前に、トワリが行き先も告げず、どこかに出て行ってしまったことだ。ここのところ、トワリが何も言わずに家を空けることが度々あった。こんな状況下で妻子をほったらかして何をしているのだろう――。トワリなりに何か考えていることがあるのだろうと思いつつも、それがうかがい知れないだけに、どうにも気持ちは休まらない。

 とにかく、こんな心理状態では、神様に伝わるものも伝わらないと、イチコは途中で儀を取りやめ、ただ何をするでもなくぼんやりと過ごしていた。


 そこへ、戸がバンと勢いよく開いた。驚いてその方を見ると、ミノカが立っている。普段の王妃らしい威厳のある居ずまいではなく、着衣は乱れ、泣きはらして真っ赤になった目でイチコの方を見ていた。


「……ミノカ! 一体どうしたの?」


 イチコが尋ねると、ミノカは顔をゆがめてぶわっと目から大粒の涙を流し、イチコに向かって駆け寄ってきた。抱きついて、泣きじゃくりながら叫ぶ。


「離縁された……!」


「離縁って、シラヌイさんと?」


「うん。『このまま一緒にいてもお前のためにならない』ってほとんど一方的に――」


 王族とはいえ、自身の個人的な思いや都合で夫婦関係を解消するなど、本来あり得ないことだ。よほどの覚悟のうえでのシラヌイの決断だったのだだろうと、イチコは思った。それだけ、いまが絶体絶命の状況下にあるということなのだろう。


「私、シラヌイ様と別れるのは嫌。シラヌイ様が死んじゃうのは、もっと嫌。ねえ、私どうすればいいの……!」


 ミノカはイチコの膝元にうずくまって泣き叫んでいる。イチコは何も応えられなかった。ただ、


(なぜ私たちばっかりこんな目に……)

 と、神棚の方を振り返り、恨みの言葉を内心で吐いた。


 その時、彼女ははっと気づいた。

 まるで、神に直接諭されたみたいに。


 辛い目に遭ってきたのは、自分たちばかりではない。


 思い出したのは、以前に恵まれない土地で暮らしてきた人々のもとを訪ねた時のことだった。彼らが作物もろくに実らないようなやせ細った土地で、長らく不遇な生活を強いられていたのはなぜだったのか――。

 さらに浮かんだのは、つい先日見た夢の光景だった。師匠であるマオが、若き日のシラナミから聞いたヒノイリノクニの真の目標。この地を統一し、一つの大きな国家を造り上げる――その大志を実現するためには、一体何をしなくてはならないのか。


 侵略――そして略奪だ。


 争いは世の常だ。勝者は富を得て大きくなるが、その下には数多の敗者がいて、彼らは理不尽な運命をたどることになる。ヒノイリノクニだって、そんな数限りない犠牲を払いながら、クニを大きくしていったのだ。違うムラの出身でありながら、このクニの要人に据えさせてもらえたイチコは、運が良かっただけなのだ。


 自分たちから、何もかも奪おうとするヒノデノクニのことを、ずっと憎いと思っていた。だが、それは自分たちの同胞がずっと行ってきたのと同じことを、ただやられているに過ぎないのである。




 ――因果応報。




 イチコはその意味を、身をもって感じていた。

 今までそのことに気づかなかった――いや、気づこうともしてないかった自分の愚かさをかみしめていた。

 なぜ、神様は自分たちに味方してくれないのだろうと、ずっと思ってきた。だが、もしかすると、神の真意とは、自分たちが知らずに重ねてきた罪の深さを知らしめ、自分の行いは自分に返ってくる――という世の理を伝えることだったのかもしれない――。


 ミノカはひとしきり泣いた後、少しは冷静さを取り戻したらしく、落ち着いた様子でこう言った。


「家族に会ってくる」


「家族――」


 それは、彼女が育った家に住む父と母、そして兄のことだろうと、イチコにも分かった。何せ、彼女とは幼少期からの付き合いである。


「うん。嫁いでから、ほとんど会えてなかったし、もう会えなくなるかもしれないから……」


 そう言うと、ミノカはよろよろと立ち上がり、ふらふら歩いて祈祷場を後にした。


 いざという時、友人を元気づけることもできない。戦局を有利に変えられるような力も持ち合わせていない。イチコは自分の無力さをかみしめていた。



 だが――。


 それでも――。



 生きる意志を放棄するわけにはいかない。

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