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その後も、度々両軍はぶつかり合った。
ヒブリの率いるヒノイリノクニの兵は、何度も戦いに出ては戻ってきて――を繰り返している。だが、回を重ねるごとに、帰還する兵の数は明らかに減っていった。戦局が苦しいことを思わせた。
はじめは気丈に振る舞い、周囲を不安がらせないようにしていたヒブリだったが、こちらが不利な状況にあることは、次第に民衆にも伝わり、隠せないようになってきた。ヒノデノクニの軍はじりじりと侵攻し、すでにヒノイリノクニの領土の手前まで迫っているという。クニへの侵入を許すのも時間の問題だった。
「戦の天才といわれるお前が、なぜここまでやられっぱなしになるのだ」
王の屋敷に、ヒブリやトワリ、イチコといったクニの要人たちが集められていた。シラヌイ王のヒブリに対する口調は決して責めている風ではなく、ただ事情を確認するための問いかけだった。だが、それでもヒブリは申し訳なさそうに顔を伏せた。
「恐れながら――大きな理由は2つあると考えられます」
「どんな理由だ」
「ひとつは、相手側の軍の武器や防具の多様さです。おそらく、ヒノデノクニ独自のものだけでなく、他の地方のクニや、大陸のクニのものと思われる武具も見受けられました。さまざまな戦局に応じて、臨機応変に適した武具や戦い方を選んでいるのだと思われます」
「なるほど――それで、もう一つは?」
「相手側がこの地の地形をよく理解しながら戦いに及んでいることです。おそらく、使者が訪れるうちに、わがクニやその周辺の地理を観察し、記録していたのでしょう」
ヒノデノクニの使者は、ヒノイリノクニを訪れるたび、クニの周辺を隅々まで観察していた。おそらくは、向かう道中でも同様のことをしていたのだろう。それは、戦いが起こった時、向こうが優位に戦いを進めるための取り組みであったと、今になって気づかされる。一方で、ヒノイリノクニが使者を送っても、主な視察場所は都とその周辺のみであった。もし仮に、こちらがヒノデノクニの方へと侵攻したとしても、ここまで有利に戦いを進めることはできないだろう。最初から相手の思惑通りに事は進められていたのだ。
「やがては、連中はわがクニの領地に侵入してくるだろう。どうだ、守れそうか」
「必ずや」
と、ヒブリはいったんは応えた。しかし、シラヌイが「……本当か?」と再度問いかけると、何も返せなくなってしまった。相手は高性能な武具を揃え、こちら側の地理を調べ尽くし、万全の状態で戦に臨んでいる。これからも苦しい状況に変わりはないだろう。いや、むしろもっと厳しい戦いになるかもしれない。
「私が神様に戦勝を祈願します!」
ここで叫んだのはイチコだった。だが、皆の心はそれでも鼓舞されなかった。ヒブリがぽつりと呟いた。
「……神様など、本当にいるのだろうか。いや、いたとして、本当に我々に味方をしてくれるのだろうか――」
「…………」
イチコは何も言えなくなった。ここ最近、自分が胸の内で思っていること。それをヒブリの口を通して、自分に突き付けられたような気がした。
「いずれにせよ、ここで踏ん張らなくては、より悪い状況になることは間違いない。苦しいとは思うが、何とか頑張ってくれ」
シラヌイの言葉に、ヒブリはただ「分かりました」と応えるしかなかった。
ヒノデノクニの王宮。
いつもの格子状の壇上では、女王がひじ掛けにもたれかかるようにして座っていた。普段より真っ白なその顔は、いつにもまして白く、青白くさえある。表情にもどこか張りがなかった。か細い声で弟のキグラに訊いた。
「戦局はどうだ?」
「はっ、もうじき、軍はヒノイリノクニの領地に攻め入ると聞いております」
「制圧は時間の問題だな」
女王の顔が少し明るくなる。キグラは表情を変えずに応えた。
「そのようです。もっとも、戦がはじまってしまえばこっちのものというくらいに、今まで準備をしてきましたからな。ヒノイリノクニに至るまでの道中や国内の地理地形、相手側の国力を徹底的に調べ上げ、他のクニにも派遣を送り武具や装備の技術を学んできました。さらには、大陸のクニにも使者を送り、姉君がこの地の支配者であるという証明を賜ってもいます。そろそろその方からの援軍も到着するでしょう」
「そうか。一刻も早くヒノイリノクニをわが手中に収めるのだ。そうしないと……」
そう言いかけたところで、女王は唐突に大きな咳をはじめた。ごほっ、ごほっ――と何度も繰り返し、口に当てていた手を見ると、血がついている。口元から垂れた血液をぬぐいもせずに、女王はキグラに言った。
「とにかく急ぐのだ。ヒノイリノクニの制圧を見届けないことには、私は死んでも死に切れぬ。何としてもシラヌイ王とイチコの首をここに持ってくるのだ」
女王の顔には、明らかに焦りの色がにじんでいた。キグラは相変わらず冷静な顔つきで、「最善を尽くしています」と応えた。




