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破滅の章  作者: Tomokazu
プロローグ
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プロローグ

 ザァァァァァ、ザァァァァァ――。


 波の音が聴こえてくる。空には月と無数の星がきらめき、それが真っ黒な海面に反射して、地上にも輝きをもたらしていた。海岸の向こうでは、三角の岩が水面のきらきらとした光の粒に包まれながらそびえ立っている。

 時折、つむじ風が吹いて、わずかに砂埃を巻き上げながら、砂浜に座る少女の頬をかすめていった。だが、この浜に堆積する砂はとてもさらさらしていて、多少身体に浴びても決して不快ではなく、むしろ心地の良ささえ覚える。


 イチコは、この場所が好きだった。ここを知って5年になるが、いつ来ても気持ちを落ち着かせてくれる。日中の光景もいいが、夜は夜でまた違った趣があった。


 何の気なく、彼女は天に向かって手を伸ばし、拳を握って何かを掴むような仕草をしてみせる。


「一体何をやってるんだ?」


 隣に座る少年が訊いた。


「星を掴んでるの」


「掴めるわけないだろ」


 少年は呆れたように言う。だが、少女はそれでも、「いつかは掴めるかも」と、しばらくそれを続けていた。


「女の子は、夢を見るものなんだよ」


「空想ばかり語っても仕方ねえだろ、夢でも、もっと実現できるような話をしたらどうだ」


 少年は素っ気なく言った。


「じゃあ、君の夢は何なの?」


 上に伸ばしていた腕を下ろし、彼女は訊き返した。こちらは乙女らしいお遊びに興じていただけだというのに。そこまで言うからには、あなたにはさぞかし意義深い夢があるのでしょうね――という嫌味もわずかにこもっていた。


「笑わないか?」


「もちろん。私がトワリくんのこと、笑ったり馬鹿にしたりしたことある?」


 トワリと呼ばれたその少年は、フン、と鼻で息をついて、ぶっきらぼうな表情のまま、海の方へと目をやった。


「いつか、海を渡って、大陸に行きたい」


 トワリはそう言った。


「ふふ……」


 思わず笑い声を漏らすイチコに、

「おい、笑わないって言っただろ」

 と、トワリは少し赤面する。


「ごめんごめん。トワリくんらしいなと思って……」


 馬鹿にする気持ちは本当になかった。この海を越えてはるか遠くには大陸があって、とてつもなく巨大な権力をもった国家が存在する。しかも、その文化・文明は、わがクニとは比べ物にならないくらい進んでいるという。そこに足を踏み入れたいというのは、彼らしい願望だと思った。


「でも、行くのは大変だっていうよ? これまでに何度も使者を出したけど、生きてたどり着けたのはごくわずかだっていうし」


 少女の声色に、少し不安が混じった。このクニを含むたくさんのくにぐにが、大陸の文化を学ぶべく、何度も遣いを出してきた。だが、航海の旅は過酷で、潮の流れが激しくてまったく違う方角に流されてしまったり、嵐で船が転覆したりして、一隻の船が生きて大地を踏める可能性はきわめて低い。そこで、陸にたどり着く可能性を上げるため、出発にあたっては事前に数多くの船を準備し、大勢の乗組員を各船に割り振ることとなる。だが、それでも大陸にたどり着ける船はわずかなものだ。遠洋は死と隣り合わせなのだ。


「そのために、頑丈な船を造るんだ。大勢の人間が一度に乗れて、嵐が来ても決して転覆しないような、そんな船を――」


「君がその願いを叶えられるよう、神様に祈ってあげるよ」


「神なんか存在しねえよ」


 トワリは吐き捨てるように言った。「いるもん」と、信仰心の厚いイチコは、ふくれっ面を浮かべた。神を崇め奉っているこのクニにおいて、トワリは神の存在については否定的だった。イチコとは真逆の信条である。


「俺の力で成し遂げるんだ」


 トワリはまっすぐな目でそう付け加えた。


「……そっか、応援してる」


 少女は再び笑顔をつくり言った。信条は違っても、彼の想いや夢を追う姿勢には共感するところがあった。


「その時が来たら、お前も連れてってやるよ」


 トワリはにんまりと笑った。生意気で世間知らずで、しかし自信と希望に満ち溢れた彼の横顔には信頼感があった。


「うん、約束。きっと、一緒に行こうね」


 イチコは、砂の上に置かれた少年の手に、自分の手を重ねた。彼となら、どこにでも一緒に行きたい――そんな気持ちになる。


 そもそも、こんな夜の浜辺になど、彼がいなければ来ることもなかっただろう。夜は闇の中に魔物が潜む恐ろしい時間帯だと人々はいうし、自分もそうだと思っていた。だが、夜にも天に無数の星が瞬き、決して寂しい環境ではない。そのことを彼女に教えてくれたのは、彼だった。


 トワリはいつも、イチコに新しい発見をくれるのだ。海を渡って大陸に行くなど、生まれてから15年の間、考えもしなかった。彼に言われなければ、その後も思うこともなかったに違いない。これからどんな世界をみせてくれるのだろう――、少女は少年に自分の夢をも重ねていた。

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