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数多の小舟が、こちら側の岸に向かってくる。
ヒノデノクニの兵士たちを乗せた船だ。ヒブリ率いるヒノイリノクニの軍は、それを迎え撃つべく対岸で待機していた。
「矢を放て」
ヒブリの命令で、兵士たちが次々と矢を射る。時を同じくして、ヒノデノクニの軍勢もこちらに向かって矢を放ってきた。双方から矢が飛び交い、矢が刺さって倒れていく兵も次々と現れる。ついに戦がはじまったのだ。
「できる限りでいい。奴らが上陸するまでに少しでも多くの攻撃をしかけるのだ……」
大国同士の争いである。相手側が送り込んできた兵の数は相当なものだろう。自分の側もできる限りの兵力を投入して戦に挑んでいる。互いに総力戦というわけだが、両国の間には海があり、ヒノデノクニの軍はそこを越えてこないといけない。敵が海にいる間は、陸にいるこちらの側が有利だ。その間に、どれだけ相手側の兵力を削げるか。これが戦いを有利に進めるうえでの大きなカギとなるだろう。
ヒブリの読み通り、戦がはじまってからしばらくの間は、ヒノイリノクニの方が善戦していたといっていい。しかし、戦局は次第に変わってゆく。
「北の方角の海岸より、相手側の上陸を許したとの報告がありました!」
「なんだと?」
側近の知らせに、ヒブリは驚いた。いつかは上陸されるとは踏んでいたが、あまりに早すぎる。なぜ――と考えて、ヒブリははっとした。ここ数年の間に、ヒノデノクニは数限りない使者を送り込んできている。その度に、使者は海を渡ってきたはずだ。そのうちに、海の潮の流れや、こちらの海岸の地形をすみずみまで把握していたとしたら……。できるだけ早く上陸できるよう、作戦を高じることも可能かもしれない。
「他の海岸からの上陸は、なるべくさせないようにするんだ」
ヒブリがそう命令した矢先――、
「南の海岸でも、ヒノイリノクニの兵に上陸されました!」
また別の側近が報告する。
「…………!」
ヒブリは絶句した。こんなにもあっさりと、侵攻されてしまうとは……。
「されてしまったものは仕方がない。だが、これ以上の侵攻は許すな。ここで食い止めろ」
彼は気を取り直して、部下に命じた。
3日に及ぶ派遣から、ヒブリたちの軍勢が都に戻ってきた。
当然ながら、戦によって命を失ってしまった兵も少なからずいる。家族の死を嘆き悲しむ者たちが出てしまうことも、戦争においては仕方のない光景だ。
イチコとトワリ、イサミ、ハナドリ、そしてヒブリの妻・キミは、ヒブリが帰ってくるのを待っていた。
馬に乗って戻ってきたヒブリは、幸運なことに怪我ひとつなく、その点は喜ばしいところだった。だが、その表情は暗く沈んでいるように見えた。
「ヒブリさん……」
イチコが彼に声をかけると、ヒブリははっと顔をあげて、笑顔を作った。
「ああ、イチコさんに皆さん。わざわざ出迎えてくれたのですか」
ヒブリは馬を降りた。
「どうですか。状況は」
キミがヒブリに尋ねた。
「ああ、問題はない。安心してくれ」
「兄貴、本当に大丈夫なのかよ」
さすがに、今回ばかりはトワリも心配そうだった。
「なんだお前、この兄が信用できないのか? 余計な心配はせず、大船に乗った気分でいろ」
ヒブリは大仰に笑ってみせるが、空元気であることがうかがえた。
「私も戦に連れて行ってください!」
ここでそう言ったのがイサミである。だが、ヒブリは彼に向かって、厳しい視線を向けた。
「ダメだ」
「なぜです。私も父上の息子として、戦に貢献したい」
「お前は初陣にはまだ早い」
父のきっぱりとした物言いに、イサミは寂しそうに顔を伏せた。再び、ヒブリは穏やかな声になって、一同を見渡しながら言った。
「私はこれから、王の屋敷に行って、今回の戦の結果を報告してくる。皆は先に家に帰っていなさい」
去り行くヒブリの後ろ姿を見守りながら、イチコは「本当に大丈夫かな」と呟いた。トワリが言った。
「戦は兄貴の領分だ。俺たちは俺たちのできることをやるしかねえ」




