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破滅の章  作者: Tomokazu
第四章
29/41

2

 数多の小舟が、こちら側の岸に向かってくる。

 ヒノデノクニの兵士たちを乗せた船だ。ヒブリ率いるヒノイリノクニの軍は、それを迎え撃つべく対岸で待機していた。


「矢を放て」


 ヒブリの命令で、兵士たちが次々と矢を射る。時を同じくして、ヒノデノクニの軍勢もこちらに向かって矢を放ってきた。双方から矢が飛び交い、矢が刺さって倒れていく兵も次々と現れる。ついに戦がはじまったのだ。


「できる限りでいい。奴らが上陸するまでに少しでも多くの攻撃をしかけるのだ……」


 大国同士の争いである。相手側が送り込んできた兵の数は相当なものだろう。自分の側もできる限りの兵力を投入して戦に挑んでいる。互いに総力戦というわけだが、両国の間には海があり、ヒノデノクニの軍はそこを越えてこないといけない。敵が海にいる間は、陸にいるこちらの側が有利だ。その間に、どれだけ相手側の兵力を削げるか。これが戦いを有利に進めるうえでの大きなカギとなるだろう。


 ヒブリの読み通り、戦がはじまってからしばらくの間は、ヒノイリノクニの方が善戦していたといっていい。しかし、戦局は次第に変わってゆく。


「北の方角の海岸より、相手側の上陸を許したとの報告がありました!」


「なんだと?」


 側近の知らせに、ヒブリは驚いた。いつかは上陸されるとは踏んでいたが、あまりに早すぎる。なぜ――と考えて、ヒブリははっとした。ここ数年の間に、ヒノデノクニは数限りない使者を送り込んできている。その度に、使者は海を渡ってきたはずだ。そのうちに、海の潮の流れや、こちらの海岸の地形をすみずみまで把握していたとしたら……。できるだけ早く上陸できるよう、作戦を高じることも可能かもしれない。


「他の海岸からの上陸は、なるべくさせないようにするんだ」


 ヒブリがそう命令した矢先――、

「南の海岸でも、ヒノイリノクニの兵に上陸されました!」

 また別の側近が報告する。


「…………!」


 ヒブリは絶句した。こんなにもあっさりと、侵攻されてしまうとは……。


「されてしまったものは仕方がない。だが、これ以上の侵攻は許すな。ここで食い止めろ」


 彼は気を取り直して、部下に命じた。




 3日に及ぶ派遣から、ヒブリたちの軍勢が都に戻ってきた。


 当然ながら、戦によって命を失ってしまった兵も少なからずいる。家族の死を嘆き悲しむ者たちが出てしまうことも、戦争においては仕方のない光景だ。


 イチコとトワリ、イサミ、ハナドリ、そしてヒブリの妻・キミは、ヒブリが帰ってくるのを待っていた。


 馬に乗って戻ってきたヒブリは、幸運なことに怪我ひとつなく、その点は喜ばしいところだった。だが、その表情は暗く沈んでいるように見えた。


「ヒブリさん……」


 イチコが彼に声をかけると、ヒブリははっと顔をあげて、笑顔を作った。


「ああ、イチコさんに皆さん。わざわざ出迎えてくれたのですか」


 ヒブリは馬を降りた。


「どうですか。状況は」


 キミがヒブリに尋ねた。


「ああ、問題はない。安心してくれ」


「兄貴、本当に大丈夫なのかよ」


 さすがに、今回ばかりはトワリも心配そうだった。


「なんだお前、この兄が信用できないのか? 余計な心配はせず、大船に乗った気分でいろ」


 ヒブリは大仰に笑ってみせるが、空元気であることがうかがえた。


「私も戦に連れて行ってください!」


 ここでそう言ったのがイサミである。だが、ヒブリは彼に向かって、厳しい視線を向けた。


「ダメだ」


「なぜです。私も父上の息子として、戦に貢献したい」


「お前は初陣にはまだ早い」


 父のきっぱりとした物言いに、イサミは寂しそうに顔を伏せた。再び、ヒブリは穏やかな声になって、一同を見渡しながら言った。


「私はこれから、王の屋敷に行って、今回の戦の結果を報告してくる。皆は先に家に帰っていなさい」


 去り行くヒブリの後ろ姿を見守りながら、イチコは「本当に大丈夫かな」と呟いた。トワリが言った。


「戦は兄貴の領分だ。俺たちは俺たちのできることをやるしかねえ」

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